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<東京怪談ノベル(シングル)>


南瓜時間

 姉が来る。藤井・葛(ふじい かずら)は冷蔵庫を翠の目でじっと見ながらそう呟いた。一人暮らしである葛の冷蔵庫の中にはたいしたものは入っておらず、姉のごはん以上に自分のごはんですら作れそうにはなかった。
「……買い物、行こうか」
 ぼそりと葛は呟き、冷蔵庫を閉めて立ち上がった。黒の髪がさわりと揺れる。
「何を作ろうかな」
 ぼんやりと思いながら、ふとカレンダーを見る。10月が終わろうとしている。そろそろハロウィンの時期だ。
「甘いものがいいかな」
 姉が「トリック・オア・トリート!」と叫びながら来るのを想像し、葛はぷっと吹き出した。そんな事はありえないのだが、もしそうやって来たら面白すぎる。
「ここは大人しく、南瓜料理にしようか」
 葛は「うん」と誰に言うでもなく頷くと、財布を持って部屋を出た。

 街はハロウィンが近いこともあり、お菓子屋がオレンジと黒の綺麗な装飾で飾られていた。魔女や狼男、吸血鬼に透明人間。
「ここに、ぬりかべとかカッパとか加わったら面白いのに」
 葛は小さく呟き、それは何かが違うと頭の中で突っ込んだ。それは違う。洋風のお化けと、日本の妖怪を混じらせてどうするのだろう。しかし、洋風の祭りだからといって和風のお化けを仲間に入れないのはどうかとも思う。日本でやるのだから、和風お化けたちでもいいような気もする。勿論、葛の頭の中でなのだが。
「ゲームだったら、ちゃんぽんなんだけどな。色んなのが出てくるし」
 ネットゲームの中には様々なモンスターが登場する。和洋折衷なんでもござれ、だ。ゲーム会社によって様々な違いはあるものの、全てのモンスターが洋風で揃えられていたり和風で揃えられていたりというものは少ない。どれもが大体に入り込んでいるのだ。それこそ、日本文化として正しいような気もする。
「そもそも、日本がこういう西洋のお祭りをやるというのが不思議なんだし」
 日本は西洋の祭りを好んでしている。バレンタインにクリスマス。そしてハロウィン。どれも玩具屋やお菓子屋の陰謀によって盛り上がっているような気もするが、ともかく好んでやっているのだ。逆に、外国で日本の祭りを好んでしているという話はあまり聞かない。日本の祭り自体、様々なものがあって、統一されていないというのも原因の一つとは思うのだが。下手をすると、10月は毎週どこかが祭りをしている状態なのだから。
「……あ」
 葛はふと足を止める。祭りについて考えていたら、思いがけないものに出会ってしまったのだ。それは、ハロウィンには欠かせない、ジャック・オー・ランタン用の南瓜であった。オレンジのすべすべした体をもった、南瓜。普通の緑色の南瓜とは違うその艶やかな色に、葛は一瞬虜になってしまった。
「……いいよね」
 誰に同意を求めるのでもなく、葛は呟く。
「ハロウィン近いし、いいよね」
 その色、つやつやした表面に加えて、形もなんとも可愛らしい。頭の中で、目の前の南瓜たちがジャック・オー・ランタンとなって踊る。それはきっと可愛らしく、素敵な風景であろう……。
「有難うございました」
 葛ははっとする。気が付けば、その南瓜を4個、購入してしまっていた。

 家に帰り、買ってきた食材を分けながら冷蔵庫に入れ、パタンとドアを閉めた。後に残る、オレンジ色の南瓜。
「……やっぱり、可愛いな」
 南瓜を並べ、葛は微笑んだ。
「そうだ。せっかくだから」
 葛は手をぽんと叩き、筆箱を探った。中からマジックを取り出し、オレンジの南瓜に顔を書いていった。笑った顔、起こった顔、泣いた顔、和やかな顔。あっという間に喜怒哀楽の南瓜が四つ。
「うん、折角だから」
 葛は南瓜の中をくり抜き始めた。実は食べられないが、種ならば食べられると聞いていた。ならば、折角買ったのだから種を取り出しておやつにしなければ。
「それに、ハロウィンも近いんだし」
 そう呟き、中を必死になってくり抜いていく。最初は上手く出来なかったが、徐々に上手くなっていく。ちょっとだけしか切らなくても、全てを綺麗にくり抜けるようになってしまった。
「うん、可愛い」
 くり抜かれた南瓜たちを並べ、葛はにっこりと微笑んだ。喜怒哀楽のかぼちゃが、並んで葛を見ていた。オレンジの南瓜、つやつやした南瓜。並べられたジャック・オー・ランタンン。愛しくてたまらない。
「……あ!」
 葛はふと時計を見て、はっとした。ジャック・オー・ランタン作りに夢中で、つい夕食を作るのを忘れていたのだ。姉はきっと楽しみにしているだろう。自分の作る料理の数々を。葛は料理が上手い。それは自他共に認める事実だ。そんな自分の料理を、きっと訪れる姉は楽しみにしているに違いないのだ。
「急がないと」
 葛はくり抜いた南瓜の実を捨て、種だけを取り出した。急がないと、と呟く割にはのんびりとやっている。種を口に放り込みながら、買ってきた食材を少しずつ取り出す。
「ええと……」
 材料を切り、味付けしようと調味料を取り出す度に四つのランタンたちと目が合った。ランタンたちがまるで待っているかのようだった。自分達に火が灯るのを。
「そういえば……心って炎の形をしているんだっけ?」
 姉からちらりと聞いた事のある話を思い浮かべ、葛は呟いた。ゆらゆらと揺れる炎のような心。ならば、ランタンたちに火を灯せば、彼らに心が生まれるのかもしれない。
「まさか」
 葛は小さく苦笑し、調味料を出す。だが、ふと目線はランタンたちに行ってしまう。訴えてくるかのようなランタンたち。
「うー」
 葛はそう唸ると、作りかけの料理を放り、南瓜の中に一つずつ蝋燭を入れた。小さな楕円形をした、平べったい蝋燭だ。
「……うん」
 葛は満足そうにそれを見て、一つ一つに火を灯した。ゆらゆらと揺れる南瓜の中の炎。喜怒哀楽を持ち、心の炎を持つランタンたち。
「可愛い」
 にっこりと笑い、再び葛は夕食作りに戻った。時々ランタンたちを見つめながら、南瓜の種を口に入れながら。まるで見守っているようだ、と思いながら。
「たまには、いいな」
 葛は呟く。コトコト、と鍋が揺れている。
「たまには、全然いいな」
 葛は微笑む。クツクツ、とご飯が炊けていっている。
「こういうの、悪くないな」
 並んだ四つのランタン。ゆらゆら揺れる四つの炎。喜怒哀楽を携えた南瓜。
「ハロウィンだし」
 もうすぐ姉が来るだろう。葛の作る夕食を楽しみにして、そしてそれをすぐに食べられると思って。だが、夕食はまだ出来てはいない。その代わりに四つの南瓜がジャック・オー・ランタンとなっているけれども。
「びっくりするかな?呆れるかな?喜ぶかな?」
 姉がどういう反応をするのか、葛は少しだけ楽しみになってきた。どういった反応を示しても、結局は楽しそうだと思う。
 出来上がったジャック・オー・ランタンは踊らない。可愛いけれども踊らない。葛の頭の中でそうであったようには、動きもしない。ただその場に並び、可愛らしく存在し、中にある蝋燭の炎を揺らしているだけだ。それでも愛しいと思ってしまうのは何故であろうか。
(自分で作ったから?)
 きっと、それもある。
(オレンジでつやつやしていているから?)
 きっと、それもある。
(四つも並んでいて、喜怒哀楽を表しているから?)
 きっと、それもある。だけど葛は知っている。それだけではないということを。この南瓜たちは何も言わないし、踊りもしない。だけど、ただそこに存在しているだけで何かを葛に与えてくれている。
「きっと、ハロウィンだから」
 街中がオレンジと黒に彩られ、トリック・オア・トリートと叫び、お化けたちが騒ぎ出し。葛もそれに便乗しただけなのだ。便乗したらあとは楽しめば良いだけだ。
 ジャック・オー・ランタンたちを愛しそうに見つめ、葛は微笑んだ。便乗して、このような南瓜がそこにいるのならば、それでいいと思いながら。
 その時、ピンポン、とチャイムが鳴った。姉が来たのだ。姉はこれらを見てどういう反応をするだろうか。ふと先程の疑問を思い浮かべ、それから葛はランタンたちを再び見た。きっと姉は笑うだろう。どんな意味をその笑みに含めていたとしても、姉は笑うはずだ。自分も、思わずランタンたちを見て笑ってしまうのだから。尤も、自分は愛しさを込めた笑みではあるが。
「だって、ハロウィンだもんね」
 葛はゆっくりと玄関に行く。ポケットにそっと飴を忍ばせながら。姉がいつ、「トリック・オア・トリート」と言ってもいいように。
「悪戯されるのは困るから」
 葛はそう言いながら玄関のドアノブに手を伸ばし、悪戯っぽく笑った。四つの南瓜の愛しさを、姉にどうやって伝えようかと考えながら。

<喜怒哀楽の炎はゆらゆらと揺れながら・了>