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<東京怪談ノベル(シングル)>




 遠回しに呟いた言葉は、”制服”という形で俺のもとへ戻ってきた。
(学校かぁ……)
 行ってみたいな。
 口には出さなかったその好奇心を、読み取る力はさすがだった。
 初めての制服に腕を通すと、これから起こることへの期待がわきあがってくる。
(俺もあの中に入れるんだ)
 それも初めて。
 初めてだらけの転校初日。
「よく似合っとるぞ、春華。……どうした?」
「え?」
 気がつくと、鏡に映した自分の姿をぼんやりと眺めていた。声をかけたのはこの制服を買ってくれた同居人――時間と世界に取り残されていた俺を拾ってくれた、霊能力者のおっちゃんだ。
「”どうした?”って何が?」
 訊ねながら振り返る。
 おっちゃんは困ったような表情をつくると。
「行ってみたかったんだろう? 学校。もっと嬉しそうな顔しろ」
「こんなにしてるじゃん」
 俺はにやりと笑ってみせる。
 しかしやはり、おっちゃんは鋭かった。
「そうか? ……少し、不安があるんじゃないのか」
「! そ、そんなんねーよっ」
(不安なんかあるはずない)
 これは自分が望んだことなんだから。
(でも――)
 俺は首を元に戻して、再び鏡に映った自分の姿を見つめる。
(あるはずないのに)
 おっちゃんを”鋭い”と思ってしまった時点で、既に負けた気がした。
(そんな自分は嫌だ)
 断ち切るように、ブンブンと頭を振る。
「おい春華?」
「よーしっ、いっぱい悪戯してやるぞ〜!」
「こらこら」
 元気よく両手を振り上げた俺を、呆れた顔でおっちゃんが見ていた。
 ――優しい目で。

     ★

(おっちゃんが拾ってくれなかったら)
 俺は今自分がどんな生活をしていたのか、想像すらできない。それほど俺にとって、今の世界は想像を絶するものだった。
(俺は人間じゃない)
 今の時代で”平安”と呼ばれる時間を生きていた、”天狗”だ。
 その天狗が何故この時代に存在しているのかといえば、それは俺が永いこと封印されていたからだった。
(悪戯ばっかしてたもんなぁ)
 当時はそれが仕事のようなものだった。けれど何故それをするのか、バレたことはない。
(誰も何も、考えない)
 ただ俺たちを嫌うだけ。
 ”天狗”を、嫌うだけ。
(何も知らないのに)
 俺たちのことを何も知らないのに、遠ざけていた。だから俺たちも、”人間”を知ることはできなかった。
(だけど俺たちは――)
 彼らを嫌うことができなかった。俺の悪戯は俺たちを知ってもらうためのものだったのだ。
 「逆効果だ」と、言われたこともある。けれど俺は他に方法を知らなかったし、どうしようもなかった。きっと親切にしてみせたって、気味悪がられるだけだろう。
(もしかしたら)
 怖かったのかもしれない。そのままの状況でいることが。
 少しでもお互いを知ってその上で嫌い合えたなら、なんの問題もないのだから。
 そんな理由から悪戯をくり返していた俺は、やがて封印されてしまった。ある意味それは人間側の答えだったのだろう。
 そうしてしばらく眠っていたのだが、ここにきて封印が解け、いきなり数十年も先の未来に放り出されてしまったのだ。
(あの時はホント、途方に暮れたよなぁ)
 同じ土地だとは考えられなかった。世界は変わりすぎていたから。
 しかし封印が解けたことを感じ取ったおっちゃんが迎えに来てくれて、俺はなんとか生活できるようになった。
 なんとおっちゃんは、昔俺を封印した陰陽師の子孫だったのだ。
(それから色々教わったっけ)
 何しろ俺には現代社会の知識が何一つない。見るものすべてが新鮮で、俺の好奇心をこれでもかというほど刺激した。
(そんで今回は”学校”!)
 学校がどんなものかは教わったが、”勉強”を教えるのはおっちゃんではない。人間と一緒に一つの部屋で、大人の人間から教わるのだ。
(楽しみだなぁ)
 心からそう感じる。けれどその奥底にある感情は、俺を戸惑わせていた。
(何なんだ?)
 自分でも理解できない。
(多分)
 理解したくない。
 そんな心を持て余したまま、俺は制服の波に混じっていった。

     ★

「――は、初めましてっ。伍宮・春華です。よろしくお願いします」
 実に俺らしくない挨拶は、もちろんおっちゃんの指導によるものだ。天狗同士の自己紹介ならここで風を使った技の一つでも見せるところだが、今回はそうはいかない。
『わかっていると思うが、力は使うなよ』
 おっちゃんにそう言われていたのはもちろん、俺は最初から隠すつもりだった。人間には自分にない力を持つ者を、極端に恐れる性質があるから。俺はそれを知っていたから。
 心の奥にあるもやもやを必死に振り払うように笑顔を見せる。部屋――教室の中はざわついていた。
「……ねぇ、結構可愛くない?」
「うんうん、カワイー♪」
「今までこのクラスにはいなかったタイプよねv」
 女子は大体そんなことを言っていた。
「おー、なんや明るそうな奴だな」
「男子勢力拡大!」
「あ、これで偶数人になったから2つに分かれる時楽だぞ」
 男子は大体こんなだ。
(よ、喜ばれているのか……?)
 人間慣れしていない俺には、残念ながらわからなかった。
「じゃあ伍宮の席はあの空いてる所な」
 手に持っていた名簿で、”先生”はいちばん後ろの席をさす。
「はい」
 気取った返事をして、俺はその席に向かって歩き出した。いちばん後ろなので、当然前の席の間を通って行かなければならない。
「よろしくねー」
「よろしく」
「よろ!」
 机の脇を通ると、皆気さくに声をかけてくれる。俺はそれぞれに返しながら、やっとこれから俺の席になる机へとたどり着いた。
「言わずともわかっていると思うが、仲良くな〜」
「は〜いっ」
 どうやらかなり明るく、ノリのいいクラスのようだった。



 その日は一日中、俺の周りから人が離れなかった。帰ってからおっちゃんにその話をしたら、
「転校生ってのはそういうもんだ」
と言って笑った。
(皆親切だった)
 教科書というものを見せてくれたり、建物の中を案内してくれたり――俺を知ろうとしてくれたり。
 おっちゃん以外の”人間”に、そんなふうに親切にされたことがなかった俺は、きっと赤面していたことだろう。ごまかすように何度も咳をしたりして。
 そこにあるものは嫌悪などではなく、確かな好意だった。
(それは多分、俺がいちばん欲しかったものだ)
 しかし手にした途端、襲われる。
(失ったらどうしよう)
 もし力ある者に見つかって、追われることになったら。そうして皆にも、バレてしまったら。
 今日の半分は、そのことを考えていた。
「相変わらず浮かない顔だな」
「そんなことねーって。学校楽しかったよ?」
 2人でちゃぶ台を囲みながらの食事。いつもこれだから、初めての給食も大変だった。やっぱり楽しかったけれど。
 おっちゃんは俺の表情を読み取るよう見つめると、一つため息をついた。
「な、なんだよー」
「仕方ないな。先祖の真似事でもするか」
「え?」
「お前に呪(しゅ)をかけてやろう」
「そんなんできんのかよ」
 疑わしいという目つきで見ると、おっちゃんはにやりと笑って。
「お前は今日制服の袖に腕を通したわけだがな、こういうたとえがあるんだ。”袖振り合うも多生の縁”ってな」
「? どういう意味だ?」
「”些細な関係もすべて、前世からの因縁である”」
「!」
 それはつまり、俺がかつて生きていた時代に生きていた人の魂が、今日学校で出逢った人たちの中に息づいている可能性があるということだろうか。
「――いずれ、同じように嫌われるって?」
(だから慣れ合うなっていうのか?)
 なら学校なんか、行かせなければよかったのに。
「逆だ」
 俺のそんな思考を、おっちゃんはばっさりと斬り捨てた。
「同じことをくり返すために生まれ変わったわけではなかろう。それでは意味がないのだ」
「じゃあ……」
「もちろん変えるために、お前たちは出逢ったのだよ」
「――っ」
 言葉が染み入る。
(確かにこれは呪だ)
 俺をこんなにも楽にする言葉。
(俺は怖がってはいけない)
 俺が怖がったら負けなんだ。
 そう言い聞かせていた心の元となっていた恐怖が、払拭された。矛盾は取り除かれた。
(そうだ)
 皆だってあの時とは違う。俺を知ろうとしてくれている。知らないまま嫌われることなんて、もうあり得ない。
(怖くないよ)
 心の中で、俺は呟いた。
(俺はもう、怖くない)
 これから俺も皆を知っていこう。
 そうして”人間”との新しい関係を、築いていこう――。





(終)