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私を知る彼女【混乱編】
●オープニング【0】
LAST TIME 『私を知る彼女』――。
9月半ばのある日、草間興信所を訪れた少女が居た。伊藤はるな(いとう・はるな)、星村高校に通う少女だ。
はるなのクラス1年C組に、転入生があったのが今月のこと。転入生の名は雪村樹理(ゆきむら・じゅり)、人形のように可愛らしい茶髪の少女だ。樹理はその容姿と、汚れを知らないような笑顔から瞬く間にクラスの男子生徒の注目の的となった。嫌味だとかお高くとまることもないため、女生徒の間でも評判は上々だという。
けれどもはるなには気になることがあった。それは樹理に校内案内を頼まれた時、初対面にも関わらずフルネームを呼ばれたこと。どうして自分の名を知っていたのか、その辺りのことを調べてほしいというのだ。
何か起こりそうな気がすると怯えるはるなの様子に、金にはならないと思いながらも依頼を引き受ける草間。そして一同は各々の方法で、調査を始める。
樹理自身には特に悪い印象は感じられない。有田、井田、上野という樹理にお熱な男子生徒の姿もある。ただ……樹理から微妙な雰囲気を感じない者も居なかった訳ではない。
調べているうちに、色々なことが分かってくる。樹理が3年前に軽井沢の私立高を病気で休学していたこと、父親が海外で名を知られた雪村湯三郎(ゆきむら・ゆざぶろう)医学博士であること、自宅付近で感じた魔の気配……。
そして依頼から3日後の朝、テレビで嫌なニュースが流れてしまった。何と樹理にお熱だった3人組の中の1人、上野浩二(うえの・こうじ)がグラウンドにある木から墜落して死亡したというのだ。
はるなの危惧が当たってしまったのか、それとも……。
調査はまだ終わりを迎えない。
●緊急ミーティング【1A】
「参ったな」
草間武彦はそう言って、渋い表情のまま事務所の中を見回した。事務所には朝のニュースを聞き付け、海原みなも、セレスティ・カーニンガム、鬼頭郡司、シュライン・エマの4人が訪れていた。一様に表情が厳しい。
「……お茶です」
草間零が4人の前に、お茶を置いてゆく。心なしか、零も表情が曇っているように思えた。
「とりあえず、皆に連絡は回してある。依頼人の伊藤はるなにも、だ。星村高校に入り込んでいる連中が、何かつかんでくれればいいが」
皆に聞こえるよう草間が言った。星村高校には、転入生として田中裕介が、教育実習生として宮小路皇騎が、それと守崎啓斗もその2人とは別に入り込んでいるのだ。
「ニュースを聞いた限りじゃ、事故の可能性が高いように思える。しかし、何でこのタイミングなんだ? よりにもよって、あの娘が不安を覚え、うちに依頼している最中に……」
草間が疑問を口にする。と、セレスティが間髪入れずにこう言った。
「このタイミングだから、まだよかったのかもしれませんよ」
「このタイミングだから?」
一瞬眉をひそめる草間だったが、すぐに何かに気付いた素振りを見せた。
「……そうか! そういうことだな?」
草間が尋ねると、セレスティが静かに頷いた。
「草間さん、何がそういうことなんですか?」
「事故じゃないと疑ってる人間が、ここに居るってことだ」
みなもの質問に、草間がきっぱりと答えた。
「……今回の事件が、依頼を受けていない時に起こってたら、首を突っ込んでみようと思うか? 普通は流すだろう?」
「その通り……かも。武彦さん、それ正論ね。例え気にはなったとしても、目の前の仕事で忙殺されてるでしょうしね」
シュラインはそう言い、お茶を一口飲んで喉を潤した。
「……こりゃ確かにヤバイかもな」
爪を噛む郡司。事件事故のどちらなのかまだ判明していないとはいえ、死者が出てしまった以上はもう洒落になっていない。
「こうなったら最後までやんぜ!」
郡司が威勢よく言った。だが、すぐにトーンダウンして、こう続けた。
「……タダ働きでもな」
溜息を吐く郡司。それを聞き、草間が苦笑する。
「結構な持ち出しだな、今回」
草間がちらっとシュラインや零を見ると、2人はしょうがないという仕草を見せていた。
「雪村さんが伊藤さんを知っている理由。そして、何故伊藤さんに構うのかの理由。2つは同じなんでしょうねぇ」
思案顔でつぶやくみなも。確かに、その2つが全く別々の理由に基づく物であるとは考えにくい。同じである、あるいは関連していると考えるべきであろう。
「あ、そうだ、武彦!」
郡司が思い出したように言った。
「何だ?」
「今回は学校に潜入してぇんだ。制服もよろしく♪」
「……啓斗に用意した予備があったな。零、後で渡してやってくれ」
「はい、分かりました」
草間の言葉に零が頷いた。すると郡司は指を1本立て、さらに話を続けた。
「ああ、それともう1つ!」
「今度は何だ?」
「軽井沢の樹理の家で見た機械がいったい何なのか調べらんねぇか? 俺はさっぱり解んねぇし。武彦手ぇ回せっか?」
「……お前な。俺がそっち方面に手を回せると思って……」
あっけらかんと言ってのけた郡司に対し、草間が呆れながら返事をしていたその時だった。
「手を回せないこともないですよ」
言葉を発したセレスティに、皆の視線が集まった。
「……ちょうど軽井沢の旧宅へ行ってみたいと思っていましたから。一緒に行きましょう、案内お願いします」
セレスティは郡司の方を向き、笑みを浮かべた。
●雪村邸を窺う者たち【1B】
「ふぁ……眠ぅ……」
朝――住宅街をてくてくと歩いていた御崎月斗は、大きな欠伸をしていた。受けていた依頼が朝方に終わり、今帰ろうとしていた途中だったのである。
やがて月斗は、更地の中にぽつんと建つ、3階建てでそこそこの広さの庭を持つ大変立派な家の前を通り過ぎることとなった。
「……ん?」
ふと足を止める月斗。そして玄関の門の所まで引き返す。そこには『雪村』と表札があった。
「雪村……あ」
月斗はぽんと手を叩いた。昨日啓斗から届いたメールに、そういう名前があったのである。
「そういやぁ、啓斗が依頼を受けたって言ってたっけ。確か草間からもメールが来てたよな……」
とつぶやき、携帯電話を取り出してメールを確認する月斗。すると、草間や啓斗からまた新しいメールが届いていた。前回と同じ内容、いや死者が出ている分、今回の方が事態が深刻になっていた。
「……前の時は忙しくて行けなかったけど、今回は調べてみるか」
そう月斗が考えたその時、家の玄関の扉が開く音がした。慌てて物陰に隠れる月斗。
家から出てきたのは、スーツ姿で背丈が高い中年男性。年の頃なら40代半ばといった感じか。背筋がピンと伸びており、血色もよさそうに見える。ただ……ちょっと神経質そうな顔立ちに見えないこともない。
(このおっさんがこの家の?)
月斗が物陰からこっそり覗く。恐らくはこの中年男性こそ、雪村湯三郎博士であると思われる。
雪村博士は家を出ると、そのまままっすぐに歩いていった。どうやらどこかへ出かけるらしい。
月斗は式神を召喚して、雪村博士の後を追わせることにした。それから自分は、啓斗との待ち合わせ場所へ向かっていった。
月斗の姿がなくなって少しして、別の物陰から1人の青年が現れた。真名神慶悟である。
「……これで家の中に人は居なくなったか。人は……な」
ぽつりつぶやく慶悟。事件の報を聞き、慶悟はすぐにこちらへやってきていた。
そして様子を窺うことしばらく――樹理、それと雪村博士が家を出ていったことを、慶悟はこの目で見ていた。
「博士の姿も確認した。話を聞くのは後でいいだろう……異変があらば、分かるはず」
慶悟は懐に手を入れ、呪符がそこにあることを確かめた。そして、門の方へと近付いてゆく。
そんな慶悟の姿を、また別の場所から見ていた者が居た。戸隠ソネ子である。
「……オモイは強イ……だから他人をハネつける……ジブンの世界がソコニある……他人が見えナイ世界……」
ぶつぶつとつぶやくソネ子。慶悟同様、樹理や雪村博士の姿はソネ子も見ていた。しかしソネ子は、雪村博士の姿から何がしか感じ取っていたようである。ひょっとしたら、ソネ子だからこそ感じられる何かを……。
「今度コソ……」
ソネ子は慶悟の姿が門の前にあることを確認すると、続いて下水溝へと視線を向けた――。
●臨時全校集会【1C】
「えー……本日起こった痛ましい事故により、1年C組の上野浩二くんという若い生命が失われてしまいました。これは非常に悲しいことです。同じクラスの生徒たちであれば、悲しみはことさらでしょう。だがしかし、生徒諸君にはどうか動揺はしないでほしい……」
星村高校の講堂では、緊急の臨時全校集会は開かれていた。壇上では校長が今回の事件について、全校生徒に説明を行っている最中であった。
裕介は1年C組の列で、皇騎は教員の列にて、そして啓斗は講堂の物陰に潜んで、各々校長の話を聞いていた。
別に泣いている生徒の姿はない。同じクラスの者も神妙な表情ではあるものの、今回の事件を悲しんでいるのかと言われると『?』がつく。このことでおおよそ、上野がクラスでどう思われていたかは想像付くだろう。
その中、程度の差はあれども動揺した様子の者が4人居た。上野とつるんでいた有田昭治(ありた・しょうじ)と井田健児(いだ・けんじ)、依頼者であるはるな、そして――樹理である。
校長の話は7分を過ぎても、まだ続いていた。
「……えー、今回の事件は警察の方の調べにより、おおむね事故であると見解が出ております。事件性はないとのことです。ですが、上野くんの当夜の行動について何か心当たりがあるという者が居るならば、ぜひ担任の先生へと申し出てほしい。それで……」
結局、校長の話は15分以上は続いただろうか。この後は教室に戻ってHR後に下校、そして明日は臨時休校ということが最後に校長の口から出てきた。
それから生活指導の教員や、学年主任などの話が続いて、全校集会は40分くらいで終わった。
終了後、三々五々教室へと戻ってゆく生徒たち。その流れに逆らうように、樹理が担任の所へ向かっていた。けれども、上野とつるんでいたはずの有田や井田が、担任の所へ行く気配は皆目見られなかった……。
●ただいま準備中【2】
「樹里嬢と過去何らかの形で会ったことがあるのかもしれませんね」
軽井沢へ行くための諸々の準備を草間興信所にて待っている最中、ぽつりとセレスティが漏らした。昨日のはるなの様子を振り返っての言葉である。
郡司の姿はすでになく、この場に居るのは草間やセレスティの他に、シュラインとみなもと零だけだった。シュラインもこの後、軽井沢へ向かうことになっていた。
「しかし、彼女には覚えはないんだろう?」
セレスティに疑問を返す草間。
「もし、姿が変わっていたとすればどうです。……これは手を回して入手した写真ですが」
と言って、セレスティは1枚の写真を取り出した。何でも、中学3年時の樹理の写真だという。
「動画の方が好ましかったんですが、これをはるな嬢に確認してもらえませんか」
「分かった。零、預かってくれ」
草間が指示をすると、零は言われた通りにセレスティから写真を受け取った。
「ひょっとしたら、伊藤さんがどこかの邪神とか勇者の生まれ変わりで、雪村さんはそういう組織から派遣された巫女とかいう話もなくはないのかも」
みなもが真剣に草間に言った。まあ、神代にまで遡れば考えられないことはないだろうが……。
「……もし本当にそうだったら、俺はこの仕事降りるぞ」
草間も真剣にみなもに言い返す。
「ますます怪奇探偵になるだろ……たく」
「違いますか……」
ぶつぶつと文句を言う草間。対照的にしゅんとなるみなも。
「姿が変わってた……ねえ」
神妙な面持ちでシュラインが言った。それに草間が反応する。
「うん? 違うって言いたいのか?」
「……ニュアンスがちょっと。もし、私の想像が当たってたら……ね」
シュラインの言葉はどことなく歯切れが悪かった。そんなシュラインに対し、草間が続きを促すような視線を向けた。
「……角砂糖の取り方、常時ズボンの人の動きっぽいのよね。普通スカートの人だったら、足を広げて取るものよ?」
「あ。そうです……よね?」
みなもがこくこくと頷いた。自分が何か物を落とした時、そうやって取っていたのだから。
「家ではズボンなのかもしれないぞ」
「それはそうだけど、他にも符号が色々揃ってるのが気になるのよ。博士の専門分野、郡司くんが見た機械、それから雪村家の新宅に工事が入ったのがちょうど月城くん失踪と重なって……」
事務所がしんと静まり返った。全員の頭の中に、嫌な想像が浮かんでしまったのだろう。……出来ることなら、そうではないことを願いたい想像が。
「もう少し、詳細な指示を与えた方がいいようですね。失礼」
沈黙を破り、セレスティが携帯電話で何処かに連絡を始めた。
「だからか。朝、彼女に電話した時に、月城友則のことをあれこれ聞いてたのは」
草間が尋ねると、シュラインはこくんと頷いた。
「月城くんと樹理さんは似てないって言ってたけど……何となく、何か隠してる気がするのよね。声のトーンが微妙で」
シュラインが首を傾げた。
「……娘を研究材料にしていたとは考えたくないですね」
小さく溜息を吐いて、連絡を終えたセレスティが言った。何にせよ、詳しい考察は軽井沢での調査、それとこちらでの聞き込みが済んでからの話だ。
●確定的な事実がそこに【5B】
「あー……やっぱり裏付け取るの、難しいわねえ」
シュラインは溜息を吐きながら、軽井沢をとぼとぼと歩いていた。
セレスティの車で一緒に軽井沢へ乗せてきてもらったシュラインは、別行動で樹理の休学理由の裏付けを取ろうとしたり、当時に何か事故はなかったかなどを調べようとしていたのだ。
しかし実際に高校へ向かって尋ねてみたものの、なかなか教えてくれず。それでもなお食い下がって、やっと『健康上の理由』とだけ教えてもらえた程度。
事故の有無については、地元の新聞やネットを調べてみても、該当するような事故は見付からず。警察署にも行ってみたが、やはり該当するような事故はないと言われてしまった。
「後は、旧宅近くで写真を見せて、確認を取るくらいかしら……やれやれ」
ぶつぶつとつぶやくシュライン。樹理の写真を見せ、本当に雪村博士の娘か確認しようというのだ。
(一応、高校では確認出来たけど……念には念をだわ)
シュラインがそんなことを思いながら、旧宅目指して歩いている時だった。前方からパトランプを回転させたパトカーがやってきて、シュラインのそばを通り過ぎていったのだ。
「……何かあったのかしら」
ちょっと気になったシュラインは、そのパトカーの後を追いかけてみることにした。エンジン音を辿ってゆくので、見失うようなことはなかった。
やがて辿り着いたのは、林と森の中間のような場所であった。パトカーが3台停まっており、野次馬も多少集まっていた。
「あの、どうかしたんですか?」
野次馬の1人を捕まえ、シュラインは事情を聞いてみた。すると、このような答えが返ってきたのである。
「ああ、これかい? いやー、何でも男の子の生徒手帳と、靴が片方見付かったらしいよ。それと……睡眠薬か何かの空き瓶だっけか?」
「……え?」
思わずシュラインは眉をひそめた。まさかとは思うけれども……。
そうこうしているうちに、証拠品をビニール袋に入れた警官が現れた。中に生徒手帳が入っていた――星村高校の名前と、校章が入った生徒手帳が。
シュラインは軽いめまいを覚えた。そして警官がパトカーの無線で連絡を始める。
「本部応答願います、どうぞ。発見物の1つに、生徒手帳がありました。氏名を確認。月城友則、星村高校1年。ええ、うちじゃありません。東京の高校です、どうぞ……」
●雪村博士の告白【6】
草間興信所。事務所の中はただ2人きりであった。1人はもちろんここの主、草間だ。そしてもう1人は……雪村博士。慶悟とソネ子が、事務所へ連れてきたのだ。
草間と雪村博士はテーブルを挟んで向かい合い、無言でソファに腰かけていた。静けさで事務所の空気は張り詰めていた。聞こえるのは、テープレコーダーのモーター音のみ。
いや、静かなのは2人が無言だからだけではない。結界が張られていたのだ、慶悟と月斗の両名によって。
玄関の扉の向こうでは、慶悟、月斗、ソネ子、啓斗、皇騎、裕介、それと零が中の様子を窺っていた。草間が皆に外で待機するように言ったのである。
「そろそろ……話してもらえませんか」
長い沈黙を破り、草間が口を開いた。
「博士、いったいあなたは何をしたんです」
草間は静かな口調で、きっぱりと雪村博士に問いかけた。
「私は……私はただ娘の……樹理の生命を救いたかっただけだよ」
ようやく雪村博士も口を開く。ややうつむき加減で。
「……樹理は脳腫瘍だったんだ。3年前そのことが判明した時、私は愕然としたとも。自分の専門分野でありながら、我が娘の病状に気付かなかったとは……とんだヤブ医者だ」
「その時、手術は行わなかったんですか」
「私が考えなかったとでも思うかね? だがそれは無理だった。腫瘍は手術不能な部位だったんだよ。正確には手術は出来ないこともないが、その後が保証出来ない部位だ。……好き好んで、愛娘を廃人にしようなんて親が居ると思うかね、君は?」
「…………」
草間は答えなかった。
「私はある方法を思い付いた。樹理を冷凍睡眠させることだ。今は無理でも……将来的に安全なる治療法が確立されるまで。いや、確立させるまで! そして私はそれを実行し、研究に没頭した……」
そこまで話すと、雪村博士は大きく息を吐き出した。
「だが……魔が差すとはそういう時なのだろうな。信じてもらえるとは思わんが、私の前に悪魔が現れたのだ……山羊の角を持った、半身半獣の悪魔が」
「……信じますよ」
短く答える草間。雪村博士の話はまだ続く。
「悪魔は私にささやいた。『他人の脳を移植してはどうだ』と。……正直言おう、私は考えたとも、脳移植を。脳全部ではない、手術で失われた部分を補うことが出来ないものかと。パーツのごとく。だが、そんなことは決して許されるはずがない! 私はそう考えていた……だのに……」
「あなたは悪魔の誘惑に負けてしまった。そうですね」
「ああ……その通りだとも。『この先にちょうどいい移植元が居る。今ならまだ間に合う』……そう言われ、私は半信半疑のまま悪魔の言う場所へ向かった。すると居たんだよ。樹理と同じ年頃の少年が。そばには空になった睡眠薬の瓶が転がっていた……恐らく自殺したんだろう。私は脈と鼓動を確認したが、すでにこと切れていた。そうしたらあいつが! ……悪魔がまたささやいたんだ。『今ならまだ、間に合うんだぞ』と……」
「……手術は成功したんですね」
「ああ、成功した。手術の翌日、少年の遺体は跡形もなく消え失せていた。まるで全て夢だったかのように……」
「しかし、現実だった」
「そうだ。後は悪魔が言うままに……軽井沢を引き払って、ここへ越してきたのだ。何故だかは分からないがな。だが娘は……樹理はまた元気に学校へ通えるようになった。これで魂を取られるのなら、親としては本望だよ」
雪村博士の最後の言葉は、心の底からの言葉であろう。
「なるほど、よく分かりました。申し訳ありませんが、いいというまでこちらに滞在していただきます。上が居住区域なので、そちらへ」
「……分かった」
極めて冷静に聞こえる草間の言葉に、雪村博士は素直に従った。そして単独、上の階へと向かう。
直後――事務所の中から、とても激しく机を叩く音が聞こえてきた……。
●決戦は明日【7】
「ごめんなさい……」
皆の視線を浴び、はるなは心底申し訳なさそうに謝った。
事務所に居るのは合わせて13人。郡司やセレスティ、シュライン、それからみなもも戻ってきていた。
「……あまり伊藤さんを責めないでくださいね。あたしが最初に聞いた時に、もうぼろぼろと泣かれちゃって……」
心配そうに言うみなも。泣きじゃくるはるなを何とかなだめ、ここに連れてきたのはみなもなのである。
「……まさか関係あるだなんて思わなくて……」
「いいんです、もうそれは済んだことで……」
また泣きそうになったはるなを、みなもが一生懸命になだめる。
「ああ、普通は思わないさ。……だろ?」
草間が皆の同意を求めるように言った。一同が各々頷く。
はるなが隠していた――関係あるとは思わずに言わなかったことは、まず有田たち3人が月城をいじめていたということ。そして、月城がはるなに好意を持っていたらしいということ。大きくこの2点であった。
「……何だか色々なことが説明出来そうね、これで」
溜息を吐きながら、シュラインがつぶやいた。心なしか若干顔色が悪く見える。
「後で情報を突き合わせてみましょうか」
「……それがいいでしょうね」
皇騎の言葉に、セレスティが同意した。
「早急に決着をつけた方がいいだろうな」
草間が言う通り、悪魔が相手であるのなら長引かせると少々厄介である。何を仕掛けてくるか、分かったものではないのだから。
「悪魔退治だってよ、啓斗」
「悪魔か……」
月斗の言葉に、啓斗が神妙な表情を浮かべた。
「武彦、そいつが原因なんだな? 間違いねぇな?」
「……今度こそ油断禁物だな……」
草間に念を押す郡司と、ぼそり若干悔し気につぶやく慶悟。反応は各々違うものだ。
「…………」
ソネ子は黙々と、もぐもぐと出されたお茶菓子を食べていた。ただ、思案顔に見えないこともなかった。
「いっそ明日……だな、決着をつけるなら。彼女と雪村博士にはここで待機してもらって……零、悪いが2人についてやってくれないか?」
「はい!」
草間の言葉に、お盆を抱えた零が大きく頷いた。
「そして悪魔をおびき出すには……」
草間はじろっと裕介の方を見た。目が合った裕介は、反射的に顔を逸らした。
「……明日、デートだって言ってたよな。雪村樹理と」
じーっと裕介を見つめる草間。他の者たちの視線も、徐々に裕介へ集まる。
「俺がおとりか……」
憮然とした表情で、裕介は頭を掻いた――。
【私を知る彼女【混乱編】 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
/ 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 0778 / 御崎・月斗(みさき・つきと)
/ 男 / 12 / 陰陽師 】
【 1098 / 田中・裕介(たなか・ゆうすけ)
/ 男 / 18 / 高校生兼何でも屋 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
/ 女 / 13 / 中学生 】
【 1838 / 鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)
/ 男 / 15 / 高校生・雷鬼 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
/ 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全17場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、ひょっとしたら頭を抱えてしまうかもしれないお話の第2回をお届けいたします。まさしく『混乱編』……かもしれませんね。
・先日『東京怪談』はリニューアルいたしましたが、このお話の時間は未だ9月です。年内に終わればいいんですが……いや、お届けいたしますけれども。
・今回プレイングを読んでいると、この展開を読まれていた方が結構居たような気がします。鋭いですねえ。でも謎はまだ残っていますし、決着はついていません。情報は前回同様に散らばっていますので、どうか頑張ってくださいませ。
・業務連絡ですが、リニューアルと同時に異界が登場しております。従来の『界鏡線・冬美原』は、『界鏡現象〜異界〜』へ移行して継続いたしますのでご注意を。また過去の依頼で登場した高原のNPCについても大勢登録しておりますので、お時間などございましたらどうぞご覧ください。
・シュライン・エマさん、62度目のご参加ありがとうございます。角砂糖のあれに気付いたのはお見事。本文をご覧いただければ、理由の大部分は氷解するのではと。もっとも、最悪の事態なのかもしれませんが。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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