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幻想の国から〜エビフライの恐怖【2】
●ことのはじまり
扉をノックをする。
返事の声は聞こえるのだが、親切に開けてくれるという人間はいないらしい。
大きなお皿に山盛りのエビフライを抱えた結城は、最初と同じように足で扉をノックした。
「ごめん、両手塞がってるんだ。ちょっとドア開けてくれない?」
少し待つと、今度は中から扉が開かれた。
「こんにちは、結城さん」
零がにっこりと笑って結城を迎え入れてくれる。
武彦が、ギョッと目を丸くした。
「・・・なんだ、それは?」
「ああ、これ? お土産。この前のお詫び」
半分以上大嘘なのだが・・・。
箱詰めのお菓子ならともかくお皿に山盛り――結城もきちんとは数えていないが、三十尾以上は確実。多分実際にはもっと多いだろう――のエビフライなど、お土産としては不適当な部類に入ると思う。
意味もなくそんなものを持ってくるのはなんだか不自然に思えて、結城はこの前のゴキブリ騒ぎのお詫びなどという言い訳を持ち出したのだ。
・・・・・・どっちにしても不自然なことには変わりない気がするが。
実を言えばこのエビフライ、結城の友人である芳野風海(よしのふうか)の練習として作られたものだ。
なんでエビフライに拘るんだか知らないが、完璧にマスターするまでに犠牲となったエビはおそらく百尾以上。
今結城が持っているこれも、見た目は綺麗だが中身は・・・まあ、ロシアンルーレットだ。
食べてみなければ成功か失敗かわからないと言う。まったく、見かけが綺麗なだけになお性質が悪い。
・・・たとえ美味しいエビフライだとしても、全部を一人で食べるには量が多すぎるが。
そうしてこのエビフライの処分をどうしようと考えた挙句、思いついたのがこの草間興信所だった。
ここならばいつもたくさんの人が集まっているし、すぐになくなると見込んだのだ。
「つーわけで、このエビフライ、冷蔵庫入れておくから」
エビフライを冷蔵庫に仕舞いこんだ結城は、すぐさま興信所を立ち去った。
外れを引いた人には悪いが・・・・・それも運命。諦めてもらおう。
●興信所の入口で
ぱたぱたと元気な足取りで、みあおは草間興信所に向かっていた。
その入口で、知った顔を見つけて、みあおはぶんぶんと手を振った。
「こんにちわ〜っ。今から出かけるの?」
「あら、すれ違いになっちゃうわね」
ちょうど興信所から出てきたばかりらしいシュライン・エマは小さな笑みを零した。
「残念っ。人は多いほうが楽しいのに」
ちょっとだけ口を尖らせたみあおに、シュラインはクスクスと楽しげな声を漏らす。
「そうねえ、みんなでエビフライ食べてるわよ」
「エビフライ??」
確かに今はお昼時だが、なぜそれを強調するのかがわからない。普通なら『お昼を食べてるわよ』ですむはずである。
それはつまり普通じゃないということで・・・・・・。
「なんでエビフライなの?」
わくわくと瞳を輝かせたみあおに、シュラインは苦笑を浮かべた。
「結城くんがね、お裾分けにってものすごくたくさん置いて行ったの。今興信所にいる人数じゃ食べきれないと思うから、よかったらみあおちゃんも食べて行って。ただ、時々ものすごく不味いのが入ってるけど」
「へえ・・・面白そう〜。あ、そうだ。いいこと思いついちゃった♪」
「いいこと?」
シュラインの問いに、みあおはふっふっと不敵に笑って、
「うん、ものすごくいいこと。それじゃ、またねーっ」
みあおは一目散に家への道を辿り、そしてまた全速力で興信所に戻ってきたのであった。
●エビフライ記念日
「こーんにーちわーっ。エビフライ食べに来たよーっ♪」
ばんっと賑やかに扉を開けると、そこにはシュラインの言ったとおり大量のエビフライが置かれていた。
テーブルの上のエビフライを見つけた途端、みあおは瞳を輝かせてソファーに座る。
すでにある程度食べたあとらしい榊船亜真知が、皿の上に乗っているエビフライを見つめた。
「まだたくさんあるから、みんなで食べましょう」
穏やかな笑顔で言った亜真知は、台所へと向かって行った。たくさんあると言っていたから、どうやらエビフライを補充してくるつもりらしい。
「はーいっ」
台所に向かう亜真知の背に、みあおは元気な返事を飛ばす。
「こんにちわ」
「あ、こんにちわ〜」
ちょこんと座った場所のテーブルを挟んだ反対側でにっこり笑ってたのは藤井葛だった。
「葛もお昼に呼ばれたの?」
正確に言えば、みあおが来た時がちょうどお昼だったというだけで、招待されていたわけではない。
「そうそう。入ってきたらイキナリ・・・・って草間さん?」
「ん?」
・・・・・たしか、部屋に入ってきた時にはまだソファのところにいたはず。
何時の間にかデスクの方に移動していた武彦に、みあおと葛はきょとんとした瞳を向けた。
「俺はもう食べたからな。あとは任せる」
「ええ〜っ?」
「あら、そう?」
不満げなみあおとは対称的に、葛はたいして思うところはないらしい。
「じゃあ、じゃあ。せめて先に記念写真撮ろうよっ!」
「は?」
武彦だけではなく、葛も。そしてちょうど台所から戻ってきたところだった――零と亜真知がぽかんと疑問の声をあげた。
「だって、こんな大量のエビフライなんてめったにないもん♪」
亜真知が手にしているエビフライのお皿には今テーブルにあるエビフライと同じくらい――二十はあるだろうか?――の量が乗っていた。
「まあ、別に構わないが・・・・・」
半ば茫然としつつも、武彦は呟いた。
「そうねえ、こんなこと滅多にあるわけじゃないし」
そりゃあそうだろう。
山と積み上げられたエビフライに遭遇する機会など、そうそうあるものじゃない。
葛が頷いたのに続いて、亜真知と零も同意して。
食事が再開されたのは五人揃っての記念写真のあとだった。
●そういえば、作った人は・・・・?
写真撮影のあと、亜真知はそろそろ帰らなければいけないと、興信所をあとにして行った。もとはといえばお裾分けのお菓子を渡しに来ただけだったらしい。
「なかなか美味しそうに揚がってるじゃない」
醤油、ソース、タルタルソース、マヨネーズなどなど。数々の調味料と一緒に出されているエビフライに手を伸ばしつつ、葛は楽しげに口を開いた。
とりあえず醤油から行くつもりらしい葛を横目に、みあおはとっておきの調味料を取り出す。
「えへへっ。エビフライって言ったら深層海洋水の塩田天日干し天然塩っ!」
ちなみに原産地は深淵である。
「準備がいいんだねえ・・・」
「ふっふっふっ・・・。興信所の前で出がけのシュラインに会って、教えてもらったんだよ♪」
せっかくなので、家からお塩を持ち出してきたのだ。
「それでわざわざ取りに戻ったの?」
「うんっ。あ、ねえねえ。エビフライ取って貰っても良い?」
みあおの言葉に、葛が不思議そうな顔をした。だが子供相手だと思ったのか、特に不満そうにすることもなくエビフライをみあおの取り皿に乗せてくれる。
これで、美味しくないエビフライからは逃れられるだろう。
自分以外に『幸運』を与える能力を使えば、葛は美味しいエビフライを取れるはず。
前もってシュラインにこのエビフライの正体を聞いていたみあおは、この方法で美味しい物だけを食べようと決めていたのだ。
「そういえば・・・結城はなんでいないんだろ」
狙い通りに見事美味しいエビフライばかりを引き当てて、二人は平和にお昼御飯を食べていた。
そんな折にふと、みあおは思ったのだ。
葛はお皿の隅っこに貼り付けられているメモを見つめて、
「練習かなにかだったんじゃないの?」
たいして興味もなさそうに答えた。
これだけの量だから、練習というのは納得がいく。
だが結城の正体を知っているみあおは、結城が料理の練習をするなんて思えなかった。
何度かお茶をご馳走になったことがあるのだが、結城はいつでも自身の能力を有効に使い、本の中からお茶と茶菓子を用意していた。
だから作ったのは多分、結城の知り合いの誰か――風海しか思い浮かばないが――だろう。
「よし、聞きに行こうっ!」
「え?」
「だって、なんでこんなにたくさん持って来たのかも気になるし」
突然の宣言に茫然とする葛を引き連れて。
「エビフライご馳走様っ。また遊びに来るねーっ」
みあおは興信所を飛び出した。
●ことのおわりに
葛を引き連れ、やってきたのはシャッターが下ろされて久しい芳野書房。
「こっちこっち」
ぐるりと裏にまわったみあおは、おもむろに扉横ののチャイムを鳴らした。
外からザッと見ただけでは人の気配のないように思えるこの書店――実際『人』は住んでいないが。。
「あれ。みあお?」
予想に反して、すぐにガチャリと扉が開かれた。
「やっほー、結城。エビフライの感想言いに来たよ〜♪」
目を丸くして一瞬固まった結城は、すぐに立ち直って笑みを浮かべた。
「えーと、そっちのお姉さんは初めましてだよな。俺は結城。まあ、立ち話もなんだから入ってよ」
テーブルと椅子とお茶。
結城は人好きのする笑みで葛とみあおに椅子をすすめた。
「ああ、まだ名乗ってなかったね。私は藤井葛」
「よろしく」
にっこり笑った結城は、直後、どこか気まずそうに二人を見つめた。
「でー・・・あのエビフライ・・・どうだった?」
「結構美味しかったわよ」
「でもなんであんなにたくさん?」
葛の感想にほっと息を吐いたのも束の間、みあおの問いに結城は呆れ顔で肩を竦めた。
「俺に聞かれてもなあ・・・作ったのは俺じゃないし」
「じゃ、あなたも味見要員だったわけ?」
葛の問いに、結城は乾いた笑いとともに頷いた。
「で、あなたは食べたの?」
沈黙。
「ダメだよ、それは〜」
念の為にとタッパーにつめておいたエビフライを差し出して、みあおがにこにこと無邪気な笑みを浮かべた。
「・・・・・俺も食べるの?」
何故か気が進まないらしい結城に、二人は頷いた。
もともと彼が味見要員だったと言うならば、その彼がひとつも食べていないのは少し納得がいかない。
まあ、あの量だし。美味しくないものも混じっているというから食べたくないのもわかる気がするが・・・。
「別にまずくはなかったよ。それともエビフライ自体が嫌いだとか?」
少しだけ、結城の表情が明るくなった。
「え? 大丈夫だった? んじゃちょっと食べようかな」
面倒ごと――マズいエビフライの味見を興信所の面子に押しつけるつもりだったらしい結城の態度に、みあおと葛は冷たい視線を浴びせた。
その視線に結城は誤魔化すような苦い笑みを浮かべて、ひょいとエビフライに手を伸ばした。
そして。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘吐き」
「え?」
「美味しくなかった?」
まあ、そうだろう。
タッパーのエビフライはみあおが自分で入れた物なのだ。まずいものも――美味しい物を食べまくったあとだから、むしろまずいものが入っている確率の方が高いだろう――入っていて当たり前だ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1593|榊船亜真知|女|999|超高位次元知的生命体・・・神さま!?
1312|藤井葛 |女|22|学生
0389|真名神慶悟|男|20|陰陽師
1415|海原みあお|女|13|小学生
1838|鬼頭郡司 |男|15|高校生・雷鬼
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、日向 葵です。
このたびはエビフライの恐怖にご参加頂きありがとうございました。
タイトル横の番号は時間経過順に並んでおります。
【1】は昼前、【2】は昼過ぎ、【3】は夕方。
後ろにいる人ほど、まずいエビフライを食べる確率が高くなっていました。
作りながらエビフライを重ねていったので、下のほうにあるものほどマズい・・・(笑)
作戦勝ちの2番の皆様。おめでとうございます。
美味しいエビフライだけを食べ、平和に昼飯を終わることができました。
そのしわ寄せは騒ぎの元凶に行った模様ですが(笑)
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