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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


怪 ─呪(前編)─

   オープニング
   
 『怪』──あやしきに、道理はない。
 
 点滅する赤いシグナル。
 脳裏の端で鳴り続けている警報は、だが、それを開く事を止められなかった。
 タイトルの無い、黒い革表紙。
 ゆっくりと、手の中の『書』を開く。
「……これは……」
 何も──
 無い。
 そこには、何も書かれていない。
 空白のページを目にした途端、草間の意識は断たれた。
 
 
 秋晴れは、足を軽くする。
 何か良い話が。
 退屈しのぎにでも。
 あわよくば茶と茶菓子でも、口にしながら。
 あの探偵に逢いに。
 そんな気持ちで、草間の元を目指す。
 いつものドアを開け、現れたのは見慣れぬ小柄な老人だった。
 長い杖と、黒いフード付きのマント。
 目深に被ったそれが、表情を覆い隠す。
「『書』に災いをもたらす者……嗅ぎ回る犬──『書の中の者』に『死』を。チャンスは今夜十二時。『書』の傍で眠るが良い。これは『呪』」
 すれ違い様、不気味な怪老人から、暗い笑い声が漏れた。手にした杖が床を二回叩く。
「!」
 ハッとして振り返る。だが、老人はすでに消えていた。
 慌てて部屋に駆け込む。
 探偵がテーブルに突っ伏している。
 目を見開いたまま、手の下に厚い本を挟んでいた。
 揺すっても、声をかけても、返事がない。
 体はまだ暖かいと言うのに。
 
 ──コレハ、ノロイ──
 
 フラッシュバックする老人のしわがれた声。
 ソッと引き抜いた本は、角がすり切れ、けば立っていた。
 大きな古印字体の文字が血の赤で、『気の短い王様のお話』と刻む。
 物語は、途中から突然始まっていた。
『旅人は、物陰に隠れました。手には、王様が大事にしていた「杖」を持っていました』
 旅人の顔は小さくて良く判らない。


「その杖は王様の杖だ! 王様の杖だ! 泥棒に『死刑』を! 泥棒に『死刑』を!」
 紙の兵隊達は、そう言って扉の下の狭い隙間から、部屋の中へ入ってきました。
 旅人は、アッという間に紙の兵隊達に囲まれてしまいました。
 手に手に槍を構えて、旅人の体をチクチクとさします。
 旅人はたまらずに杖を手から離しました。
「取り返した! 取り返した! 王様! 連れて行く! 連れて行く、王様!」
 やたらと大きなうるさい声で、紙の兵隊達が叫びます。
 旅人は、しかたなしに紙の兵隊達に従いました。
 途中、突風が吹いて四人の紙の兵隊達が吹き飛ばされ、家の風見鶏に刺さって抜けなくなってしまいました。
 お城へつくと、旅人は王様のもとへ連れて行かれました。
 王様は赤い髪と、赤く長いヒゲを生やし、プンプンと怒っています。
 あまりにも怒りすぎて、体からは真っ赤は炎が吹き出ていました。
 王様の座るイスが真っ黒に焦げてしまっています。
「お前がわしの杖を盗んだ盗人だと!?」
「王様! 王様! 杖を!」
 二人の紙の兵隊が、王様に杖を渡そうと近寄りました。
 ところが王様の火が紙の兵隊に燃え移り、二人とも燃えてしまいました。
 落ちた杖を、林檎頭の執事が拾い、王様に渡しました。
 このお城の人達は、皆、頭が野菜と果物なのです。
 王様は旅人をギロリと睨み、怒鳴りつけました。
「『死刑』だ! 『死刑』だ! お前の首をはねて、カボチャを乗せてやる!」
 王様の言葉に、紙の兵隊とお城の人達は大喜びです。
 あまりにも喜び過ぎて、トマト男が自分の頭を落としてしまいました。
 潰れてグチャグチャになってしまったトマトを、男は自分の頭に乗せました。
「牢屋に連れて行け! 二日後に死刑だ!」
 王様が叫ぶと、火の粉が飛びました。
 その火の粉で、三人の紙の兵隊が燃えました。
「腹が減った!」
 王様はそう言うと、近くにいた林檎男の頭を奪って食べました。
 林檎男はバッタリ倒れて動かなくなりました。
 旅人は紙の兵隊達に引っ張られて、歩き出しました。
 歩いていると、二人の番兵に出会いました。
 頭が人参の人参男です。
 二人とも、頭にたくさんの穴が開いていました。
 ジッと立っていなければいけないので、頭についた虫を払う事ができないのです。
 人参男は槍をつがえて、こう言いました。
「王様の弱点は!」
 すると、紙の兵隊はこう答えました。
「水!」
「通って良し!」
 人参の番兵がサッと槍を引きました。その間を通って、旅人と紙の兵隊達はどんどん歩きます。
 途中、大きな扉が開いていて、たくさんの紙の兵隊達が、ハサミを使って新しい兵隊達を作っているのが見えました。
 やがて、次の番兵と出逢いました
 二人とも、頭がタマネギです。
 タマネギ頭の番兵は、どちらもドロドロに腐っていました。
 陽の当たらないジメジメした所に立っていなければならないので、痛んでしまったのです。
 タマネギ男は槍をつがえて、こう言いました。
「王様が大好きなのは!」
 するとまた、紙の兵隊はこう答えました。
「風!」
 タマネギの番兵がサッと槍を引きました。その間をまた通って、旅人と紙の兵隊達はどんどん歩きました。
 そしてとうとう、牢屋にたどり着きました。
 暗くて寒い鉄格子のついた、小さな部屋です。
 旅人はその牢屋に入れられてしまいました。
「『死刑』! 『死刑』!」
 紙の兵隊達は口々にそう言いながら、タマネギの番兵に牢屋の鍵を手渡し行ってしまいました。 
 残された男は、冷たい鉄格子を掴みました。
 どんなに力を入れても、びくともしません。
「……クソッ。何がどうなってるんだ……。俺はどうなるんだ?!」
 

 物語は、本の途中で終わっている。
 大きく描かれた旅人の顔と、倒れた探偵とを見比べる。
 十二時まであと半日。
 意を固めなければならない。

   1、気の短い王様の話

 探偵は目を覚まさなかった。
どんなに体を揺すろうと、くすぐろうと、正体の無い体はグニャグニャと揺れ動くばかりだ。
 草間の頬をつねっていた幼い手が、不安気な顔と共に離れた。
「武ちゃんのピンチだわ! 助けてあげなくっちゃ! ね? エリオット?」
 プゥッと頬を膨らませながら、抱いていたテディベアに話しかけたのは、セシリア・ローズと言う少女だ。アンティーク風の白いドレスと、長いウェーブの髪を持つ、自身が人形のような愛らしい娘である。
「……何度読んでも、眩暈がするな」
 そう言って青年は、着崩したスーツの内から、煙草を取りだし唇に挟んだ。名は、真名神慶悟。気を一つ所に絞る時、慶悟は良く煙草を飲んだ。
 手にした書をパタリと閉じると、慶悟は草間を見下ろした。
 微動だにしない眼。動かない胸。
 一人だけ時が止まっている。
「面白い『呪』よね。ドコの下等な輩かは知らないけど、草間さんもこんなのにとっ捕まるなんて、御間抜けさん」
 同じように探偵を見つめながら、禄上藤湖 (ふちかみ・とうこ)は妖しげな笑みを浮かべる。繊細そうな佇まいの、一見穏やかにも見える普通の娘だが、実年齢は三桁。人ではない。高位精霊だ。
 一体、何が原因なのか。
 追いかけていた物が何であったのか。
 全ては謎のまま、シュライン・エマはてきぱきと準備を進めて行く。白く細い指先が手にしているのは、水を入れたペットボトルだ。
「らしいと言えばらしいけど……」
 それと一緒にライターをカバンに詰め、シュラインは草間を見やった。無造作に垂れた草間の手。シュラインは、その優しきを知る唯一人である。
 だが、気丈夫な女の顔に鬱な気配は無い。ただ、蒼い眼差しは、思惑に暮れていると言った所であろう。
「これで準備は整ったけれど……。外見までは変えられないのよね。誰か、頭部を野菜に見せるような、幻術を持ってないかしら」
 フウッと白い煙を吐いて、慶悟は頷く。
「幻術では無いが……隠形法がある。姿を隠し、兵と同じ姿に式を変える。行動は式を通じて行うが……」
 どうだ? と、問う慶悟の目に、シュラインは小さく笑った。
 時刻は、午後十一時四十分を打つ。
 ブラインドの隙間から漏れる、袖看板のネオン。ホワイトボードには、草間と慣れた者以外には解読不能の走り書きがある。空にしても空にしても、小山を作るゴミ箱も、枕代わりのクッションが転がる、少し疲れたソファーも、何一つとして変わらない草間の事務所。壁に貼られたビキニ女性のポスターだけが、いまこの状況に、一石の寂しい笑いを投じていた。
 草間は動かない。
「問題の時間まで、あと二十分だね。そろそろ『準備』した方が良いかな?」
 探偵と対峙するソファーに腰を落とした御影・涼(みかげ・りょう)は、柔らかな物腰と、明るい目をした青年である。声が澄んで通るのは、『道』の道を行く者だからであろうか。涼は幼い頃から剣道を嗜んでいた。今は竹刀を、殺虫剤の缶に変えて両手で弄んでいる。
「不条理な世界か……」
「どこまで常識が通用するのかしらね」
 用意したカバンを膝の上に乗せ、シュラインは草間の横に身を沈めた。
 テーブルの中央に置かれた書物は、こうしてみると何の変哲も無い一冊の本だ。一同はそれを取り巻いて、各々楽な姿勢でイスやソファーに腰掛けた。
 手がかりは老人が残した言葉。
 ──今夜十二時。『書』の傍で眠るが良い──
 と、言うそれを、信じるしか無いのだ。
 目を閉じ、呼吸を深くする。
 徐々に近づく長針が、真夜中を指す頃──

 ゴォォォーーーン……ォォォン。
 一つ、二つ……三つ。否、四つかもしれない。
 上下左右、どこから鳴り響いてくるのかわからぬ鐘の音を、五人は耳にした。
 辺り一面に広がる黄土色。
 空は薄い黄土色。地面は濃い黄土色。真っ直ぐに伸びた道は、空より少し濃い黄土色。
 気づけば、そこに立っていた。
「……皆、大丈夫……?」
「あぁ……ここが本の世界か?」
 カバンをしっかりと握りしめている事を確認しながら、シュラインは天を振り仰いだ。慶悟の視線を追ったのだ。
「……な」
 空には無数のヒビ──境界線が走っていた。一定の大きさの四角いピースが、互いの凸凹を噛んで組合わさっている。
「まるで、パズルね」
 半ば呆れたような藤湖の目が、近づいてくる二人の者に移動した。
 一人は、大きなマスクをしたカボチャ頭の男だ。薄汚れたシャツとズボンを身につけている。肩を落とし、トボトボと力無い。
「んっ! んっんー!」
 もう一人は、クルリと巻いたドジョウ髭のセロリ頭。気取った銀色の蝶ネクタイと赤いベストに、黒いズボンを履いている。カボチャ頭の腕を引っ張りながら、偉そうな咳払いを繰り返していた。
 二人は、ジロジロと遠慮の無い視線で、一行の姿を凝視した。瞬き一つせず、目玉は今にも落ちそうになっている。横にくれば首を曲げ、通り過ぎれば振り返って、それでもまだ視線を逸らそうとしない。ひたすら、一行を見続けたまま、立ち止まりもせず行ってしまった。
「んっ! んっんー!」
 咳払いも遠ざかって行く。
 涼は、二人を見送りながら、思わず首を傾げた。
「あまり長居はしたくない場所だね」
「うん。早く武ちゃんを見つけなくちゃ」
 エリオットを抱きしめ、セシリアも顔をしかめた。慶悟は取り出した符を手に乗せ、ス、と指を切った。何事かを呟く。
 ハラリと地に落ちた札は、野菜の兵士になった。
「姿も消そう。ここから先は、この式を通じて動く」
「分かったわ。話は……普通にしても大丈夫よね?」
 口元に手をあてがったのは、ラディッシュの兵。シュラインの声だ。トマトの兵はテディベアを抱き抱え、レタスの兵は殺虫剤をポケットにしまった。
「お城はどこかな」
「それが問題ねえ……。地図も無いし」
 カリフラワーの後ろに立っているのは藤湖だ。
「進むしかないな」
 そう言って、ブロッコリーの慶悟は歩き出した。
 一行はそれに倣う。
 やがて黄土色の中に、ポツッと一人の兵が見えた。
 兵の真上に何かが浮かんでいる。
 傍へ行くと、それは丸い時計だと分かった。針は止まっていて、十二時を指したまま動かない。ネギの兵隊は、その下で長い棒を手に立っていた。直ぐ真横に、肩ほどの背丈の木が植わっているが、枝には一匹の亀がぶら下がっている。手足を伸ばした状態で、宙ぶらりんになっていた。全く動く気配がない。
「何をしているのかしら……」
 ヒソとシュラインが囁くのに、慶悟は肩をすくめた。
「時計──いや、亀の番……か?」
 ネギは五人が近づいても、微動だにしなかった。目も、正面を向いたままだ。
「早く行きましょう。関わらない方が良い気がするわ」
 藤湖が急いて過ぎようとした時、ネギが突然、大きな声で叫んだ。
「気取り屋と風邪っ引き屋が来るぞ! 時計に注意しろ! 時計に注意しろ!」
「キャ!」
「っと、大丈夫かい?」
 驚いて取り落としたセシリアのテディベアを、レタスの涼が拾い上げる。ネギは平然と口を噤み、何事も無かったかのように黙り込んだ。
「んっんー! んっ! んっんー!」
 そしてやってきたのは、先程すれ違ったセロリとカボチャの二人組だった。うるさい咳払いが近づいてくる。
 カボチャ男は時計の前で立ち止まると、鼻をムズムズとさせた。
「フワ……フワア……」
 ネギとセロリの顔が恐怖で引きつった瞬間──カボチャ男が大きなクシャミをした。
「フワアアクショオオン!」
 ゴオオオォォォォォン……ォォォン──
 オオオォォォォォン……ォォォン──
「! また……? どこから聞こえてくるの!?」
 カリフラワーの藤湖が天を仰いだ。
 鐘の音だ。四方から響いてくる。反響した音が、幾重にも重なり、辺り一帯に響き渡った。共鳴を起こしているのだ。
 その振動に刺激されたのか、ドオンと言う音がして、空からパズルが一つ、落ちて来た。ポッカリと開いた黒い空間から、大きな二つの目玉がギョロギョロとこちらを覗いている。
「覗き屋だ! 覗き屋だ!」
 セロリは腰を抜かし、カボチャが頭を抱えて蹲った。二人ともブルブルと激しく震えている。
「……」
 慶悟は絶句したまま、空を見上げた。
 目玉の動きは不規則で早い。どこを、何を見ているのか、全く分からない勢いで、キョロキョロと動き続けている。そもそも、あの速さでは何も見る事は出来ないだろう。見上げている者の方が、目を回してしまいそうだった。
「……武彦さんは、ここを一人で歩いたのかしら……」
 シュラインはこめかみを揉んだ。
 覗き屋と呼ばれた目玉は、そこに何があるのか興味が無いようだ。ただ覗いているだけなのである。
 だが、異変はそれだけでは無かった。
「木が……大きくなってる……」
 涼の呆然とした声に振り返ったセシリアが、再びエリオットを落とした。
「見て! 時計が回ってる!」
 一同が、空に気を取られている間に、肩丈だった木は生長していた。亀がバタバタともがき、時計が信じられない速度でグルグルと回っている。
 ネギ頭が木に登り、時計に向かって棒を延ばしていた。あと、二メートルほど長さが足りない。
 血走った大きな眼が、破れた空から覗き、セロリは腰を抜かして、カボチャは頭を抱えていた。時計は回転し、木はどんどん伸びて行く。
 狂気だ。
 鐘の音が、立ち尽くす五人の頭上に鳴り響く。
 やがて、ネギ頭の棒が時計を叩き落とした。
 ガシャンと派手な音がして、それが地面に落ちると、ネギは進んだ時間を慌てて巻き戻した。
 欠けた空の破片が静かに空へと登って行く。成長したはずの木は、どんどん萎み、亀は動くのを止めた。
「んっ! んっんー!」
 セロリは立ちあがると、カボチャの腕を引っぱった。咳払いと共に遠ざかる。十二時をさした時計をネギは空に投げた。ピタリと空中に留まったその下で、ネギ頭は何事も無かったかのように沈黙する。慶悟のブロッコリーと、シュラインのラディッシュは顔を見合わせた。
「頭がおかしくなる。行こう」
「えぇ……。武彦さんが心配だわ……」
 仲間がいても、言葉を失ってしまう異様な世界。草間はさぞかし戸惑った事だろう。
「そう言えば、武ちゃん何で杖なんて持ってたのかな?」
 歩きながらセシリアが言った。
 だが、事件の真相を知る者はここにいない。
 知っているのは、草間がこの世界のどこかに囚われていると言う事と、ここが異常な空間であると言う事だけだ。
「城はどこにあるんだろう……」
 涼は周囲へと目を向けた。
 一本道の周りには、荒涼とした荒れ地が広がっている。空も、地面も相変わらずの黄土色だ。低い山が大地の裾に横たわっているが、まるで生きているように波打っていた。
 城の姿は影も形も見えない。
「このまま出られないって事は無いわよね?」
 藤湖の呟きに、シュラインは眉を潜めた。
「まさか……。でも、否定は出来ないわね」
 行けども続く黄土色。吐く息に溜息が混じり始めた。それでも、五人は立ち止まらずに歩を進める。
 次に現れたのは、同じ形をした五つの家だった。
 慶悟は目を細め、涼は苦笑した。
「普通の家、じゃないか……」
「残念ながら、ね」
 二人は屋根の上に乗った風見鶏を見上げた。呆れるのも無理は無い。それぞれの屋根の上で、風見鶏達はひっきりなしに喋っていたのだ。
『うるさい! うるさい! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ』
『お前こそ、うるさい! お前が黙れ黙れ黙れ黙れ!』
『うるさいのはお前達だ! お前も黙れ黙れ黙れ黙れ!』
『ええい、やかましい! お前達こそ黙れ黙れ黙れ黙れ!』
『黙れ黙れ! やかましいと言うお前もやかましい! 黙れ黙れ!』
「誰がと言うより、皆、黙った方が良いみたいだけど……」
 シュラインがより一層悩ましい顔で、風見鶏達に向かってぼやく。
 屋根の上は風が強いようだ。風見鶏達はクルクルと回りながら怒鳴っていた。
 そこへ飛んできた白い大きな紙が、風見鶏の一つに巻き付いた。風見鶏は口を塞がれ、モゴモゴとくぐもった声で怒り始めた。
『またお前達か! 邪魔だ邪魔だ! 邪魔邪魔! どけ!』
 巻き付いた白い紙は、兵士だった。風見鶏に刺さってもがいている。
『見ろ! うるさいからだ! うるさい奴に巻き付いた!』
『うるさい奴は口を塞がれる!』
『ざまあみろ!』
『ざまあみろ! ざまあみろ! うるさい奴め!』
「……」
 慶悟は無言でポケットを探った。煙草を探していたのだ。だが、思い直して止めにした。吐いた煙で隠れている事が知れては面白く無い。
「……行きましょう」
「それが良い……」
 藤湖も涼も呆れ顔で、背を向けた。前方から白い何かが、大量に走ってくる。セシリアが呻いた。
「嫌な予感がする〜」
「えぇ。ライター出しとこうかしら……」
 シュライン達を取り囲んだのは、前後左右にヘラヘラと揺れる、頼りない紙の兵隊達だった。構えた槍は、まるでローラーで轢き潰したかのように、厚みが無い。
「お前か! お前か! それともお前か! あそこに『アレ』を刺したのは、お前か!」
 ブンブンと槍を振り回し威嚇する兵士に、シュラインのラディッシュはライターを握りしめた。『アレ』とは、つまり、勝手に飛んできて刺さった紙の兵の事だろう。
「冗談じゃないわ、皆、風のせいよ」
 藤湖は反論したが、兵は槍で藤湖の腕をチクリと刺した。
 理不尽極まりない話である。
 風見鶏達は、兵士の巻き付いた仲間を、けたたましく笑い飛ばしている。
 ラディッシュとブロッコリーが溜息が漏らした。
「……良いかしら」
「あぁ……」
 溜まりかねたように、掲げたシュラインのライターに、紙の兵士達はどよめき、腰を抜かした。
 藤湖はその隙をついて走った。目は、家の壁に立てかけてあった、大きな鉄鍋を捉えている。
「楯へ……!」
 攫うように手にした鍋に念を送り、物質を形成している粒子の一つ一つに語りかけた。ザワと反応した鍋が、藤湖の声に呼応して楯へと変化する。
「野菜兵が火を持っている!」
「いるのか!」
「死刑だ! 死刑だ! 死刑だ!」
「走ろう!」
 ワァッと押し寄せる紙の大群を躱し、涼は走り出した。突然の突風。四人の兵士が空に舞い上がり、風見鶏に突き刺さった。
「どけ!」
「死刑だ!」
「うるさい! 黙れ!」
 風見鶏は、邪魔だ、離れろと盛んにまくし立てる。兵は死刑だとがなった。辺りは、喧々囂々と、互いの声さえも聞こえぬ騒ぎだ。
「遅れるな!」
「うん!」
「手を!」
 兵達はムキになって槍を振るった。突き通す威力は無いものの、チクチクとした槍の先端は、身代わりとなっている野菜兵達の肌に刺さる。
 シュラインはその槍を奪うと、追ってくる兵士達数人を串刺しにした。そのまま、地面に突き立て、動きを封じる。
 兵士は風見鶏に刺さった時同様、手足をばたつかせてもがいた。
「悪いけど、そのままでいてちょうだい」
「良い考えね!」
 藤湖は奪った槍を剣に変え応戦した。切られた兵士は、倒れるどころか破片になって藤湖にまとわりつく。
「やっぱり火じゃないと駄目かぁ」
 藤湖のカリフラワーは悪びれずに、楯で兵を蹴散らし走った。
 死刑、死刑と叫びながら、兵士達はしつこく追いかけてくる。
 そうして走り続けた果てに、ポツリと建物が現れた。
「皆、見て! お城が!」
「不幸中の幸い、だな」
 兵士を薙ぎ倒しながら、慶悟のブロッコリーが頷いた。
 辿り着いたのは──城壁も無ければ、門番もいない、ちっぽけな石造りの城だった。入口を潜ったそこに広がったのは、王の間だ。
 カッカと燃える炎を纏い、玉座から太った男が立ちあがった。顎はダルダルとたるみ、足は極端に短い。それがヨチヨチと歩いては、火を吹き上げた。
「無礼者! 死刑!」
 王は、グワアッと手を伸ばした。舞い上がる炎で、紙の兵士が六人ほど消滅した。
「あんまり戦いたくないんだけど」
 シュラインは咄嗟にペットボトルの水を投げつけた。クマの背から銃を取り出したのはセシリアだ。
「王様は皆を思って思われて、始めてちゃんとした王様なのよ。じゃないと、全然偉くもないし、怖くもなんかないんだから!」
 引き金に手をかけ、王に狙いを定める。先端から迸ったのは、一筋の液体──水だ。
「寒いいいいぃ!」
 怒り狂った王は分別を失い、傍にいた大根男に齧り付いた。大きな歯が、大きな歯形を残す。ガブリガブリと手当たり次第に、手の届く者を襲った。敵も味方もない。恐れおののいた側近達は、右往左往しながら逃げ惑った。
「向こうだ! 走れ!」
 慶悟は王の間の右手に繋がる、通路を指さした。長い長い廊下だ。奥が全く見えない。外から見た規模を遙かに越えたそこへ、五人は雪崩れ込んだ。
 王は、自らが吹き上げる火の中、今度はピーマン男に齧り付いている。通路へ近づこうとする紙の兵士達が、王の出す火の粉でたちまち灰になった。王は、こちらを見てもいない。一心にピーマンを食らっている。
 シュラインが、振り返っていた顔を元に戻した。
「この奥で良いのかしら」
「そう祈るしかないよ。戻る事も出来ないし、あんなのが通路を追ってきたら、逃げられそうも無いからね」
 レタスの涼が肩をすくめた。
 五人は野菜兵達よりも前に出て、先を急いだ。
 通路には窓が無い。明かりは絵に描かれたロウソクだ。それがユラユラと辺りを照らし出している。進めば進むほど、天井が低くなって行くのは気のせいだろうか。今はまだ藤湖が延ばした剣の先も、そこには届かない。
 やがて、顔にウジをつけた二人の人参男が、一行の行く手を阻んだ。
「良かった。合ってたみたいね」
 シュラインの前で、人参男はガッチリと槍を交差した。フンと鼻を鳴らした拍子に、虫が一匹転がり落ちる。
「ラディッシュ兵! 合ってたとは何か!」
「何でもないわ」
「何でもないか! 王様の弱点は!」
「セシル、知ってるよ! お歌にしちゃったもん! 今、歌ってあげるね♪ 『王様杖が宝物ぉ〜、王様、王様何が好きー♪ 王様、王様風が好きー♪ でもでも王様水嫌い〜♪』」
 セシリアの歌に、人参男の反応は無い。
 藤湖の顔に苦笑が浮かんだ。
「『水』、よね?」
「通って良し!」
「すまないな」
 涼しげに言って、慶悟は人参男の顔についた虫を払った。だが、取っても取ってもきりが無い。中から湧いて出てくるのだ。
「防虫スプレー、かけてあげようか」
 殺虫剤を取りだし、涼は人参男の顔にそれを噴射した。兵士は目を見開いたまま、涼の顔を凝視する。のたうつ虫が、ボロボロと剥がれ落ちて行き、後には穴だらけのしなびた皮だけが残った。
「……眩暈がするな」
「えぇ」
 慶悟とシュラインが槍を潜る。
 天井は、やはり低くなっているようだ。藤湖が剣を掲げると、その先端が冷たい石壁に当たった。
「このまま行くと、這う事になるのかしら」
「それは、憂鬱ね」
 いくら姿を消していても、実体が無くなっている訳ではない。
 冷静なシュラインの反応に、藤湖もやや暗い声を返した。
「次の関門か……」
 慶悟が、大きく開け放たれた扉を顎で指す。
 ジャッキン、ジャッキン、ジャッキン。
 中をそっと覗くと、忙しそうにハサミを振るう紙の兵士達が見えた。頭、手、足をジョキジョキと器用に象って行く。新しい兵隊を作っているのだ。
「紙! 紙! 紙が無い! 紙が無い!」
 そう言って、兵は隣にいる兵にハサミを入れた。
 アッという間に、兵士は一回り小さな兵士になった。よく見れば、この部屋の兵隊達は、皆、形や大きさがおかしい。紙が無いと叫んでは、互いの体を切り刻んでいるからだろう。
「……見るもの全部に頭痛が起こるのは、私だけかしら」
 シュラインは目頭を押さえる。
「ううん。セシルも倒れちゃいそう……」
「良かったわ……仲間がいて。とにかく、あのハサミを取り上げる事が出来れば良いのだけれど」
「俺が行くよ。皆はここで待ってて」
 涼のレタスの構えた手が、一本の刀を召還した。『正神丙霊刀・黄天』──タンと踏み込んだ足は、兵士の傍らを抜け、次々とハサミだけを両断して行く。薙ぎ、払い、切り、突き。剣道で慣らした感は、寸分の狂いも生じない。確実に兵士の手元のハサミだけを切り落とした。
 紙の兵士達は、切る事だけを命じられていたのだろう。ハサミを失えば、ただの紙切れでしかない。ユラユラグニャグニャと、まるで海草のように突っ立ち、揺らめいている。
「これで紙の兵隊さんは増えないね!」
「あとはタマネギか」
 エリオットを抱え直したトマトに、ブロッコリーが続く。
 天井はますます低くなり、手を伸ばすと届く所まで下がった。そしてとうとう、異臭を放つタマネギ男の前へと、一行は辿り着いた。
 ドロリと崩れた横顔を、五人は静かに見つめる。踏み出すのを躊躇う、強烈な腐敗臭が辺りを包んでいた。
「草間はこの先にいる……」
「行かないと行けないのよね」
「武彦さん……面倒な事に巻き込まれたわね」
「……報酬は二倍かな」
「くさ〜い」
 五種五様。最後のセシリアの声は、鼻をつまんでいるせいか、くぐもっていた。
 渋々と言った感じで、慶悟が一歩進み出た。途端、タマネギ男が、槍を交差して叫ぶ。
「王様が大好きなのは!」
「風だ」
「風ね」
「風よ」
「風だね」
「風、風〜〜〜♪」
「通って良し!」
 ほぼ、全員が一斉に口を開いた。早く通過したい一心である。それほどまでに臭いのだ。だが、牢屋の鍵は、このタマネギが持っている。何とかしなければ、草間を救い出す事は出来ない。
「とりあえず、この腐った部分を剥いてしまおう」
 そう言って、涼はタマネギ男の顔を剥き始めた。
 ズルズルドロドロ、ベチャッ。
 シュライン、藤湖、セシリアは口元を抑えて、目を伏せる。匂いは吐き気を催す程だ。
「ほら、綺麗になってきた」
 涼は、どんどんタマネギを剥き続けた。兵士達は槍を上げた体勢のまま、されるがままになっている。慶悟はその隙をついて、ポケットから鍵を奪った。
「もう、良いだろう」
「そうだね」
 半分以上も顔が無くなってしまった、スリムなタマネギに、慶悟は五行を奉じた。腐敗止めである。
「これで、もう腐る事はない」
「あとはこの天井が、これ以上、下がらない事を祈りましょ」
 尻つぼみになったトンネルのような通路を、五人は再び歩き始めた。正面に格子の付いた鉄の扉が見える。あれが、牢屋に違いない。
「無事だと良いけど……」
 自然と急ぐ足。シュラインは呟く。
 駆け寄って中を覗き込むと、探偵は胡座をかいて目を閉じていた。
「大丈夫みたいだな」
 慶悟が鍵で扉を開けた。そして、穏形法を解く。
「武彦さん」
 シュラインの声に草間は顔を上げた。慌てて立ちあがり、天井に頭をぶつけそうになる。中はそこまで低くなっていたのだ。藤湖は、おいでおいでと草間を手招きした。
「早く、外へ」
「あぁ」
「武ちゃん、お怪我はない?」
「無事でなにより」
 皆に迎えられ、草間が今まさに牢を出ようとした、その時。
 目も眩むような光の球が現れた。
 何事かと見上げる余裕も無い。
 球は風を起こしながら、頭上を駆け抜けて行く。
 まばゆさに視界を奪われ、一瞬、思考が停止した。
 そして、目を開けたそこに広がっていたのは──

 空にしたばかりの灰皿。くたびれたソファー。壁にはビキニ姿のセクシーポスター。
 見慣れた草間の事務所だった。
「戻った……のね?」
 シュラインがハッとして横を見ると、草間は寝覚めの悪そうな顔で、首筋を撫でている。
「……最悪な気分だ」
「そうみたいね。でも、ホッとしたわ」
「あぁ。皆に、礼を言わなければならないな……」
 シュラインは苦笑してテーブルの上を見た。閉じていたはずの本が開かれており、野菜兵に救い出された旅人の姿が描かれていた。話が追加されたのだ。皆の頭上にある『Fin』と言う文字が、物語のラストを締めくくっていた。
「……これが光の正体だったのかしら」
 シュラインは文字を目でなぞった。
「──かもしれないな」
 慶悟はポケットを探り、煙草をくわえた。深く吸い込んだ一服に、やっと戻った実感が湧く。
「どうしてこんな事になったのか。説明してもらわないとねぇ」
 微笑む藤湖に、皆が頷いた。だが、草間は曖昧に首を振るばかりだ。
「それが、俺にも分からないんだ。杖を預かってくれと言う依頼を引き受けたんだが──」
 と、目でそれを探す。
「杖なら、お爺さんが持っていっちゃった。やっぱり武ちゃんが盗ったんじゃなかったの?」
「持っていった?」
 それっきり草間は難しい顔で口をつぐんだ。短い沈黙を涼が破る。
「曰くのありそうな話だね。依頼人はどんな人だったんだろう。老人との繋がりや面識は?」
 草間はまたしても首を振る。
「突然、杖が送られてきたんだ。依頼人とは電話で話しただけなんだが、声を聞く限りでは壮年の男だった。老人とは一致しないし、繋がりも分からない。少なくとも、俺の知っている顔や声じゃなかった事は確かだ」
「いずれにせよ……。依頼人から預かった物が盗られたとなると、取り返さなくちゃならない訳ね」
 シュラインの声に草間は頷く。
「やれやれ……。いつもこうだな。俺は『怪奇』とは、無縁の暮らしがしたいんだが……」
 運が悪いと言わんばかりの顔で、草間は肩をすくめた。シュラインの手が草間の背にかかる。慶悟はそれを横目に、灰皿を引き寄せた。
「だが。そのおかげで、こっちは食い扶持が稼げる」
「確かにそうね」
 と、笑って、藤湖は本に手を伸ばした。だが、それに触れる事は出来なかった。
 何故なら、それは突然禍々しい黄と黒の蜘蛛に変化し、テーブルの上を這いだしたからだ。慶悟が符を飛ばし、蜘蛛を両断する。後には白い煙だけが残った。
「手が込んでるな」
「『コレ』と、対決する勇気はあるかい?」
 草間は、不敵とも取れる笑みを浮かべた。


                        続く




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】
     
【0086 / シュライン・エマ(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
     
     
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師
     
【1174 / セシリア・ローズ (11)】
     女 / 情報提供業
     
【1752 / 禄上・藤湖 / ふちかみ・とうこ(999)】
     女 / 大学生  
        
【1831 / 御影・涼 / みかげ・りょう(19)】
     男 / 大学生兼探偵助手?
     
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■          あとがき           ■
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 こんにちは、紺野です。
 この度は、当依頼に参加してくださり、
 誠に有難う御座いました。
 大幅に体調を崩し、その上大遅刻をしてしまいましたが、
 どれほどのご迷惑をかけたかと思うと、自己嫌悪の嵐です(涙)。
 本当にごめんなさい。
 もう少し自分の体調管理をしっかりしなければと、
 痛感致しました。
  
 後編のアップは、金曜日を予定しております。
 宜しければお付き合いくださいませ。

 苦情や、もうちょっとこうして欲しいなどのご意見は、
 喜んで次回の参考にさせて頂きますので、
 どんな細かい事でもお寄せ頂ければと思います。

 今後の皆様のご活躍を心からお祈りしつつ、
 またお逢いできますよう……
 
                   紺野ふずき 拝