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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


午後一時二十九分

【オープニング】

 陰気な少年だった。
 何らかの依頼を持って、草間興信所を訪れたにも拘らず、その肝心の内容を、一言も話そうとはしない。
 ソファに行儀よく腰を下ろし、自分が人間であることも忘れたように息を詰めて、テーブルの上の煙草が山と盛られた灰皿を、ただじっと見つめている。
 まるで、灰の一粒一粒でも数えているようだ。ほとほと扱いに困って、草間も零も、顔を見合わせるばかりだった。
「信じて欲しいんだ」
 やがて、少年が、ようやく口を開いた。
 草間興信所に彼が姿を現してから、四十五分後のことだった。
「何をですか?」
 零が尋ねる。少年は、疑い深そうな眼差しを、少女に向けた。
「僕のこと、信じてくれる?」
「話してくれないと、こちらとしても、信じようがない」
 草間が、灰皿を少年の前から取り上げた。
「信じて欲しければ、まずは俺たちを信じることだ。何も話さない人間を、どうやって信頼しろと言うんだ?」
「僕……僕は」
 少年の震える唇から、かろうじて聞き取れる小さな声が、流れ出た。うつむいた拍子に、長い前髪が、顔を覆った。

「僕には、未来が、見えるんだ。新幹線が……三日後、事故を起こして……たくさん、人が、死んでしまうんだ」

 北海道を走る初の新幹線が、三日後、開通する。新聞でもテレビでも大いに騒がれていたことなので、むろん、草間もそれを知っていた。
 無事故を誇る新幹線の、その高い技術の粋を集めて完成した、最新最速の地を走る乗り物だ。セキュリティも万全。何度も何度も試運転を繰り返し、最高の出来に仕上げた。死傷者が出るほどの惨事が、簡単に起こるはずもない。
 草間は、そう言って、笑い飛ばしてやりたかった。大人をからかうもんじゃない、そう怒って、少年を追い払ってしまいたかった。
「新幹線が、事故、か……」
 だが、一方で、草間は、世の中には有り得ない事柄が星の数ほどもたくさん転がっていることを、ちゃんと知っている。
 絶対など、この世界には存在しないのだ。
 いつだって、不可能は可能となる。奇跡は必然になる。全ては起こるべくして起こるのだ。ならば、未来が見えるというこの少年が草間の元を訪れたことも、あるいは、運命だったのかもしれない。
「いつだ?」
 草間は尋ねる。少年は、驚いて探偵の顔を凝視した。
「信じてくれるの?」
「とりあえず、話は、全部聞いてやる。言ってみろ。事故は、三日後の、いつ、どこで、起こるんだ?」
「場所は……」
 少年の目に、涙が浮いていた。これまで、きっと、色々な人にこの「事故」を訴え続けてきたのだろう。嘘つきとなじられながらも、気味が悪いと後ろ指を差されながらも、どうしても、見捨てることが出来なかったのだ。
「信じて。僕の、言うこと。本当なんだ。本当に、起きてしまう事なんだ。助けて……。僕、僕、もう、見ているだけなんて、嫌なんだ……」
「いつだ?」
 草間が、少年の頭に手を置いた。元気付けるように、その髪を、くしゃりとかいた。
「時刻は……」
 少年の体の震えが、嘘のように止まった。
「時刻は、午後一時二十九分」





【未来の残像】

 草間は、傍の人がそう思っているよりは、遥かに普通で常識人である。
 新幹線の悲劇を防ぐ、という構図を思い描いて、まず真っ先に浮かんだのは、走れなくしてしまえ、というものだった。
 走らなければ、悲劇は起こりようもない。脱線にしろ、火事にしろ、テロにしろ、止まっていれば、被害は最小限に抑えられるはずである。三日後には開通が約束されている新幹線を、いきなり運休にしてしまうのは、なかなかに無理のある話だが……それを現実的に実行できる力があるのは、誰だろう?
 考えて、三人の名が浮かんだ。
 アイルランドの名門、七百年の歴史を誇る、リンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガム。
 日本の政治経済界に大樹のごとく深く根を下ろす、応仁守(おにがみ)財閥総帥令嬢、応仁守瑠璃子。
 遠く清和源氏の流れを汲み、政府内に圧倒的に太いパイプラインを持つ、渡辺家当主、渡辺綱。
 権力、財力、という、一種異様な「力」の使い手である彼らならば、新幹線を走る前に止めてしまうことも、あるいは可能であるかもしれない。北海道初の新幹線の初回乗車を楽しみにしている方々には申し訳ないが、安全が確定するまで、新幹線にはおとなしく眠っていてもらおう。命を担保に旅に出るよりは、マシなはずである。
 草間は、早速、携帯のメモリを呼び出した。
 
 
 
 難事件は、自然と人を呼び集めるものらしい。風か雲のようにいつも飛び回っている元気少年、伍宮春華が現れた。ちなみに、お目当ては、草間家冷蔵庫に眠っている、ご近所の知る人ぞ知る穴場喫茶店の「秋の味覚をたっぷり詰め込んだ栗饅頭! 限定発売!」である。
 新幹線の悲劇を食い止めるために馳せ参じた、などという事実は、無い。肝心要の、近江真人(おうみまひと)、と名乗った予知の少年も、既に帰ってしまっていた。
 草間の家に上がりこむと、いそいそと冷蔵庫に向かう。
 そして、悲鳴。
「栗饅頭がないぃぃ〜っ!」
 ああ、そう言えば、さっき全部食べてしまったな、と、草間が呟く。春華が、ひどいや!と足をじたばたさせた。一応、彼は、平安の世に跳梁跋扈した由緒正しき天狗の一門……のはずなのだが。
 言動は、どう見てもただの中学生……いや、いまどき栗饅頭に悔し泣きする中学生がいるとも思えないので、ただの小学生である。
「義兄さん。春華さんのために、栗饅頭、買ってきてあげてください」
 妙に迫力のある零の笑顔に背中を押されて、草間がしぶしぶと買出しに出かけようとしたとき。
「草間。暇だから来てやったぞ。秋季限定発売栗饅頭の土産つきで……」
 レイベル・ラブが、勢いよく扉を開けたので、草間は哀れにもドアと壁に挟まれた。
 侮ることなかれ。一見美人なこの女性、引っこ抜いた電柱で恐竜をも殴り倒すという、恐るべき怪力の持ち主なのである。その彼女の開けたドアが、どれほどの速度と破壊力を誇るかは、いまさら逐一説明するまでもないだろう。
 草間が復活したのは、十五分後のことだった。
「向こうが見えたぜ……」
 三途の川からの帰還にしては、お早いお帰りである。
 
 
 
 草間が呼び出した、由緒正しき御家の三名が、まもなく現れた。
 栗目当ての春華と、その春華の胃袋を期せずして満たすことになったレイベルも、同席した。
 とりあえず、草間から、少年の「未来予知」の話を聞く。これほど育ちも考え方も種族も違う全員の意見が、一致した。
 すなわち、「少年に直に会って、直接、彼が見た未来の話を聞きたい」とのことである。
「時刻は、午後一時二十九分。北海道新幹線『極光』に起こる悲劇」
 セレスティが、何かを考え込むように、首をかしげる。長い銀髪が、肩から胸に滝のごとく流れた。
「時間がはっきりわかっているので、それから場所を割り出すのは、簡単ですね。しかし……近江真人くん……と言いましたね。まずは、彼から直接話を聞いてみたいものです。出来れば、彼が見た光景そのものを……この目で」
 もともとは人外の者であるが故に、現実世界にはそぐわない、セレスティの瞳。その代わり、肉眼などには及びもつかない鋭い感覚が、彼には先天的に備わっている。その第三の目とも呼ぶべき感覚で、少年の見た未来を確かめたい。
 少年を疑っているわけではなく、少年を信じていればこそ、完璧な情報が欲しいのだ。
「それについては、全く同感ね」
 応仁守財閥の総帥令嬢、瑠璃子が同意する。
「新幹線を、財閥の力で止めることは、おそらく可能……。だけど、それをすれば、間違いなく、多大な迷惑、多大な悪影響を、様々なところに及ぼすことになる。まぁ、人の命には変えられないわけだけど……。確たる証が無ければ、動けない。権力、財力は危険な力よ。時に、人を助けるどころか、人を食らうわ」
 草間が、やれやれとでも言いたげに、今日二十四本目のマルボロに手を伸ばした。
「明日、もう一度、近江真人を呼んで、未来を幻視させるか。さっき、おまえたちが来る前にやらせたばかりだから、俺としては避けたいんだがな」
「さっき?」
 渡辺綱が、訝しげに眉を寄せる。草間が説明した。
「このメンバーのほかに、さっき、四人が、近江真人と居合わせてな。その中の一人、巽千霞という大学生には、シンパシー(精神感応能力)があって……。彼女の力で、近江真人の見た未来を、全員で直接覗いたんだ。俺は、謹んで辞退したがな……。かなり酷いものだったらしいぞ。そう何度も近江真人にその力を使わせるのは、酷かも知れん……」
「精神感応能力……シンパシー……」
 渡辺綱が、顎の辺りに手をあてて、考え込んだ。出来るかもしれない、と、やがて、ぽそりと呟いた。
「俺には、過去視の力があるんだ。ここで、その真人が見た光景を、俺が拾えば……」
 いや、でも、それでは、自分しか見れないな、と、溜息を吐く。加えて、綱の過去視の力は、極めて不安定で危険なものだ。あまりにも負担が大きすぎて、最悪の場合、精神崩壊までも引き起こしかねない。正直言って、怖い……。
 安易には踏み込まざるべき、禁じ手。
「心配は要らない」
 綱の目の前に座っている、美人だが少々愛想にかける女が、言った。レイベル、って名乗ったな、と、綱はその名を思い出す。
「私は、医師だ。私の目の前で、生死に関わるような事態は、起きない。起こさせない」
「なんかよくわかんないけど」
 天狗だという少年が、うんうんと頷いた。
「俺、手伝ってやるよ。あんたのこと。あんたは俺に栗饅頭くれたし」
「それは、私だ」
 さりげなく突っ込むレイベル。そうだっけ?と、春華は笑った。彼にとっては、重要なのは栗饅頭そのもので、それをくれた人は興味の圏外であるらしい。
「まぁ、いい。それに、あなたが過去視で拾った光景は、私が皆に伝えよう」
 綱が、驚いてレイベルを凝視した。
「出来るのか? そんなこと」
「型破りの力が、私の最大の特色でな。ただし、方法は、企業秘密だ……」
「なんだぁ。それ」
 綱が苦笑する。セレスティが、さりげなく、光しか感じられない自身の目に手を当てた。
「私も、補佐しますよ。渡辺さん一人だけに、それほど危険な力を、行使させたりはしません」
 恐ろしいほど綺麗な人だな、と、綱はセレスティの容姿に驚嘆する。単に綺麗などという話ではなく、何か、包み込むような、大きな力を感じるのだ。
 もともとは、セレスティが「水」に属する存在だからなのだが、むろんそれを綱は知らない。彼自身が持つ天性の感覚で、見抜いたといった方が近かった。
「そこまで期待されちゃ、頑張ってみるしかないよな」
 源氏の宝刀「髭切」を、己が内より召喚する。力の行使には欠かせない御霊を宿す神剣は、それ自身が明確に意思を持って、主の呼び声に応じた。
「俺に、見せてくれ。近江真人が目にした、未来の残像を」
 とんでもない事件にかかわってしまった、とは、綱は思わない。そんな後ろ向きな思考は、彼には無い。
 今、自分に出来る精一杯のことをするだけだ。必要とされているから、危険な力の開放も、怖くはない。
 線の細い、小柄な少年の見た未来の欠片が、綱の中に、流れ込んできた。声が、遠くに、響いた。



「僕は、新しい新幹線の通路を、歩いていたんだ……」



 完成したばかりの新幹線は、綺麗だった。
 照明が煌々と輝いて、眩しいほどだ。目の覚めるようなブルーの座席に、それとは対照的に、あくまでも白い内壁。落ち着いた淡い緑のカーテンが、完璧に調えられた空調の風に、微かに揺れる。
 車輪のもたらす振動は、ほとんど無い。まるで滑るように走っていた。
 思い思いに寛いでいる人々の間を、少年は、ゆっくりと歩く。
 首を捻る。
 どうして、僕は、こんな場所にいるのだろう?
 辺りを見回すと、向こうに、車内販売の女性がいた。そうだ。彼女に聞いてみよう。少年は駆け出す。だが、ふと、奇妙な違和感を覚えて、立ち止まった。
「暗い……」
 新幹線の中は、暗かった。電気は点いているのに、それでも何故か暗いのだ。その理由は、すぐにわかった。窓の外が、真っ黒なのだ。まるで、墨で塗りつぶしたみたいに。
 いや、時々は、何かの合図のように、ぽつん、ぽつん、と、明かりが灯る。だが、その青白い光は、少年にはかえって不気味に感じられた。まるで、何かの化け物の、目みたいだ……。
「耳……痛い」
 それに、音。切れ目のない、低い轟音。
 何となく顔を上げると、ドアの上の電光掲示板に、「本日開通! 北海道新幹線『極光』にようこそ!」と、文字が流れていた。それで知る。そうか。ここは、北海道新幹線の中なのか。
「窓……。まだ、暗い」
 トンネルにしては、長すぎる。時速三百キロ以上を誇る新幹線が、どうして、いつまで経っても抜け出せないんだ?
「長い……長いよ」
 その時、ふと、声が聞こえた。

 いらせられませ。

 驚いて、振り返る。誰かが呼んだ? でも、そこには、思い思いに寛いでいる人々がいるだけだ。本を読んだり、眠っていたり。誰も少年に気など払わない。
 ああ、気のせいか。何となく、安堵する。その瞬間。

 世界が、反転した。

 凄まじい衝撃。体が激しく叩き付けられる。爆発音が轟き、硝子が砕け散る音がした。明るかった視界が、暗闇に包まれる。何が起きた? 何が起きた? 少年は、必死に目を開けて、辺りの様子を確かめる。シートが、正面の壁になっていた。頭蓋の割れた誰かの頭が、大きくのけぞり、白目と目が合った。
「う……うわあぁぁぁ!」
 少年は、割れた窓を尻の下に敷いて、座り込んでいた。ぱらぱらと、天井からも硝子の破片が降ってくる。新幹線が、横転していた。すすり泣く声。苦痛の呻き。痛い。痛い。痛い……。
 そして、鳴り止まぬ地響き。徐々に大きくなる。何かが迫ってくる。いきなり、水が溢れ出した。跳ねた飛沫が、口に入った。しょっぱくて、思わず吐き出した。海水だ。海水が、どんどん、嵩を増して……。
 踝まで。膝まで。太腿まで。腰まで。胸まで。喉まで。
 溺れる。流される。水に埋まる。だけど、出口はない。運良く車外に押し出されたけれど、上を見上げて驚愕する。上は、岩盤。硬い土くれ。コンクリートと、何かの建築資材が、悪夢のように連なっている。海面が無い。
 出口が、無い。
「あ…………あ………」
 漂ってきた死体に、ぶつかった。腕時計が、闇の中で、光っていた。デジタル文字に仕込まれた発行塗料だけが、肝心の時計が壊れてしまったのに、生きている。こんなに暗いのに、なぜか、その文字は、はっきりと見えた。
「PM1:29」



「ああぁぁぁ!!!」



 悲鳴が、全員の意識を、現実世界へと引き戻した。
 それぞれが、詰めていた息を、ほっと吐き出す。

「青函トンネル、ですね」

 セレスティが言い、現代日本の知識が少々欠けている平安天狗の春華以外が、頷いた。
「『極光』は、東京と札幌をノンストップで結ぶ新幹線だ。途中、青函トンネルを……通る」
 自分の声が、掠れそうになるのを、必死でこらえる、綱。
「それが、新幹線を巻き込んで、崩れたら……」
 苦しみ足掻く人々悲鳴すら飲み込んで、瞬く間に全てを奪い取った、深海の脅威。思わず総毛だった二の腕を、瑠璃子が擦った。
「全滅……か」
 絶対に助からない。医師だからこそ、その生存率の低さが、レイベルにはよくわかる。ジャンボ旅客機三台分の墜落に勝るとも劣らない、大惨事だ。もはや、子供のタチの悪い戯言では、すまされない。
「よぅし! 作戦会議だ!」
 この中では、一番何も考えていない……いや、失言。一番のムードメーカーである伍宮春華が、ぐっと握り固めた拳を振り上げた。
 おお、からす天狗、意外にも真面目じゃないか……と、ちょっと褒めてやろうかと、レイベルがらしくもない仏心を起こしたのも束の間、春華は、悪びれた風も無く、実に恐ろしいことをサラリと口にした。
「新幹線、俺たちで、乗っ取ってしまおう!」
 走らなければ、事故も起きないし。起きても、乗ってるのが俺たちなら、死にそうにないし。
 正論といえば、正論なのだが……何かが違う。
「そうですね……。乱暴な武力行使は、控えるべきですが……例えば、座席を全て買い占めるとか、方法は、ありますね。死傷者を出さない、という点では、悪い手段ではないと思いますよ」
 セレスティ・カーニンガムが、穏やかに微笑しながら、春華の「新幹線乗っ取り大作戦」を後押しする。財閥総帥様、綺麗な顔に似合わず、意外に言うことは過激だ。
 瑠璃子は、早速、携帯で一族郎党に連絡を取った。蛇の道は蛇、という奴で、財閥総帥御令嬢の彼女には、表立ってはとても言えないような、あんな知人、こんな友人が、たくさんいる。
「……追って連絡を入れるわ。それまで待機よ。いいわね」
 ぶつん、と、携帯を切る。それにしても、行動が速い。
「大丈夫、だよな」

 綱が、にわかに活気付いてきた皆を横目に、ひっそりと呟いた。彼の脳裏には、過去の残像の中に出てきたある「声」が、白い布地にこびり付いた汚れのように、いつまでも、消えずにわだかまっていた。

「いらせられませ」

 何だったのだろう? あの声は。
 まるで、足元から、這い上がってくるような……。

「まずは、出来ることから、始めよう!」
 どこまでも明るい春華の声がする。綱は、意識を無理やりに嫌な予感から引き剥がした。

 そう。出来ることから、始めればいい。ここにいる自分は、一人ではない。立ち向かうべき困難は大きいけれど、様々な能力を持った、頼もしい仲間たちがいる。
 
 未来は、きっと、変えられるものだから……。





【水に属する者たち】

 セレスティ・カーニンガム、応仁守瑠璃子、渡辺綱。
 三人は、それぞれの家の力を最大限に活用して、有言を見事に実行して見せた。
「貸切です。今日の新幹線は」
 結局、この新幹線騒動に巻き込まれた総勢は、九名。海原みその、応仁守瑠璃子、鬼頭郡司、セレスティ・カーニンガム、レイベル・ラブ、巽千霞、渡辺綱、伍宮春華。
 千三百名を一気に運べる新幹線が、近江真人も加えたたった十名のために、運行する。
 そう。運行するのだ。新幹線は。走ること自体を、止めるわけではない。
 誰もが、正体不明のあの「声」に危機感を抱いていた。
 あの「声」の正体を確かめなければ、事件は解決を見ない。確信が、全員にあった。そして、原因を根本から正さなければ、未来はまた幾度でも歪むだろう。一時的に新幹線の運行を邪魔したところで、それは、臭い物に蓋をしたに過ぎないのだ。
 新幹線には、五名が乗り込んだ。
 巽千霞、葛西朝幸、渡辺綱、応仁守瑠璃子、そして、近江真人。
 レイベル・ラブ、海原みその、セレスティ・カーニンガムの三名は、なにやら調べ物があるとのことで、後から別の手段で追いつくことになっている。
 また、高い飛行能力を誇る鬼頭郡司と伍宮春華は、一足先に、例の問題場所である青函トンネルに現地入りした。

 セレスティ・カーニンガムは、多忙だった。
 三日後には開通が約束されていた新幹線の運行を、財閥の力で強引に捻じ曲げたのだ。ある程度の覚悟はしていたが、やはり、それによって跳ね返ってくる非難不満の量は、並大抵のものではなかった。
 人間は、結局、目に見せるものしか信じない狭量な生き物であるため、そこに神がかった異常事態が入り込んでくるのを、極端に厭うのだ。セレスティは、いかにも現実くさい理由をでっちあげ、もっともらしく説明し、怒りやるかたない人々には見せたくもない笑顔を見せて、この未曾有の混乱に対処しなければならなかった。
 超常現象の調査は、彼でなくとも、優秀なメンバーが揃っている。だが、面倒くさい「現実」に折りよく渡りを付けられるのは、セレスティだけだ。
 彼は、適材適所という言葉の意味を、正しく理解していた。
 他の仲間たちが新幹線に乗り込んで旅を楽しんでいる間も、裏方のような役目に従事していたのである。
「海原さん、お願いがあります。一足先に青函トンネルに飛んで、万一に備えて、そこで待機してください」
 みそのに、セレスティが提案する。みそのは華奢なおとがいに手を当て、少し思案した後、わかりましたと頷いた。
「トンネルが崩壊する、と、お考えなのですね」
「ええ……。真人君の夢見の通りなら、それは、紛れもなく、現実に起こり得ることです。本来ならば、私が行って止めるべきなのでしょうが……。残念ながら、まだ手が離せない状態です。そして、私以外に、トンネルの崩壊を防ぐ力を持つ方といえば……この中では、海原さんだけでしょう」
 高い戦闘能力を持つ仲間はいるが、彼らの力は、物理的に、何かを壊したり崩したりするためのものだ。それは、広範囲に、森羅万象に働きかけるものとは、明らかに袂を分かつ。
「私が何よりも恐れているのは、海底トンネルの崩壊です。それが起こったときの被害は、計り知れない」
 単純に誰かが生き死ぬという問題ではない。一度壊れてしまったものは、修復に気の遠くなるような時間がかかるのだ。それが、技術的に困難を極める深海の通路ならば、なおさらだ。
「あの声が何であるか……大体の見当は、ついています。ただ、なぜ、それが、急に目覚めたのか……わからないことはあります」
「あの声は、何ですか? 海に関わる亡霊のものであることはわかりますが、どこから来たのか、何が望みなのか、はっきりしません。わたくしの声にも……答えてはくれません」
「洞爺丸、という名を、海原さんはご存知でしょうか?」
 みそのは、いいえと首を振った。新幹線すら知らなかった彼女に、洞爺丸のことを聞くのは、明らかに間違いだ。セレスティは自分自身に苦笑した。
「世界第二位の海難事故として名高い、悲運の船です。千二百名以上もの死者、行方不明者が、出たそうです。あのタイタニックの死者が、約千五百名ほどですから……どれほどの惨事だったかは、わかりますでしょう」
「洞爺丸……。では、あの声は、洞爺丸の?」
 みそのは、いぶかしげに眉を寄せた。
「でも、その悲運の船と、海底トンネルと、どんな関係がありますの?」
 事情を知らない者には、その疑問はもっともだ。セレスティは、ありますよ、と、ごく簡潔に答えた。
「洞爺丸の大惨事が原因で、青函トンネルが掘られることとなったのです。洞爺丸こそが、青函トンネルの生みの親……そういうことです」





【1329の因果律】

 一人の老人が、セレスティとみそのの元を訪れた。
 若い頃は、大型船の航海士だったと説明したその老人は、財閥総帥を目にしても畏まる様子もなく、いきなり、二人に、疑問を投げかけた。
「なぜ、新幹線を、止めたのかね?」
 別に、怒っているふしはない。ただ、純粋に、わからないことを質問してきただけのようだった。
「新幹線に、惨事が起こると、そういう予言があったのです」
 みそのが説明する。馬鹿馬鹿しいと一笑に臥すと思ったら、老人は、ごく真面目な顔つきで、やはりそうですかと呟いた。セレスティが、慎重に、問いかけた。
「やはり……とは?」
「数字ですよ」
 老人が、答える。
「数字?」
「1329の、数字です。新幹線の乗客乗員の数が、ちょうど、この数字だったのです。わしは……何かが起こらねばよいと、危惧しておりました。その数字は、絶対に、青函トンネルに関わるものが、使ってはならん数字なのです」
「意味が、わかりませんが……」
 戸惑いながらも、みそのの声は、どうしても低くなる。予言の時刻は、13時29分。それを頭に思い浮かべずにはいられなかった。
「1329……。それは、一体、どういう数字なのですか」
 老人が、ぎゅっと目を瞑った。
 何か、不吉なものを思い出して、それを堪えようとしているかのような顔つきになっていた。

「青函トンネルの生みの親……洞爺丸。その惨事を知らぬ者は、おらんでしょう。たくさんの人が死にました。一般には、千二百名と言われております。しかし……そうではないのです。本当は、もっと多いのです。洞爺丸事故で亡くなった人、行方知れずになった人の数こそが………1329なのです」

 因果、という言葉が、セレスティとみそのの脳裏に浮かんだ。
 一切のものは、原因があって生起し、それは絶対普遍の法則となる。
 奇しくも同じ数字が、洞爺丸と新幹線の間に、ねじれた因果律を生み出した。
 眠っていた、生への妄執が、目覚める。死者が、生者を、仲間へと誘う。



 いらせられませ。いらせられませ。
 水清らかなる、眠りの淵へ。

 いらせられませ。いらせられませ。
 闇静かなる、とこしえの地へ。





【回避された予言】

 午後二時十二分、セレスティは、応仁守瑠璃子からの携帯で、事故が回避されたことを知った。
 そこでどんな生命のやり取りが行われていたかは、後で合流した皆から、口々に聞かされた。

 みそのは、セレスティの願いどおり、函館の出口付近に待機して、青函トンネルの崩落を防いだ。洞窟内部には足を踏み入れず、狂った因果の生み出したトンネル崩壊という最悪の状況を、一人で回避し続けた。
 セレスティは、迅速に、まずは新幹線の正式な運行停止と、トンネルの修復改善の手続きを取った。
 途中、洞爺丸の霊を鎮めるための小さな祠が、青函トンネル内部に設置されているのを知った。
 だが、その祠は、新幹線工事の途中で、壁の中に塗り込められてしまったのだという。もっと立派で、もっと贅沢な宮が、違う場所に建てられて、それがあれば、古い社は必要無いと捨てられたのだ。
「そんな簡単に、取って代われるものではありません。人の想いというものは。新旧は関係ありません。その小さな祠は、紛れもなく、鎮めの力の核を成していたのです。それを元通りにしてください」
 1329の共通項から目覚めた亡霊が、それを抑える祠を失い、溢れ出した。それこそが、今回の事件の真相だった。天災ではなく、人災だった。過去を振り返るのを怠った人間たちが、起こり得ないはずの災いを、呼んでしまったのだ。
 そこに近江真人がいなければ、彼が草間の興信所に行かなければ、そして一銭にもならない依頼を受ける酔狂な能力者たちが居合わせなければ、人災は、1329の命を、瞬く間に摘み取っていたことだろう。

「人は、うつろう存在ですから、忘却は、仕方のないことなのかもしれません……。しかし、想いは、時として、人ならぬこの身よりも、遥かにうつろわざるものとして、永遠を生き続けます……」

 覚えていてもらいたいものですね。
 セレスティは、そう言って、新聞をテーブルの上に放り出す。
 社会面の一等欄に、トンネル修復の記事と、新幹線開通予定の見出しが、躍っていた。





【自分らしく】

 事故は、起こらなかった。
 開通前の試運転で、トンネルに重大な破損箇所があったと、関係者にわずかばかりの説明がされただけだった。
 当たり前のように、修繕のための工事期間が設けられ、そして、いずれ、新幹線は復活する。
 午後一時二十九分の戦いは、草間興信所から派遣された九名と、当の預言者である少年しか、知る者はいないのだ。こんな事があったんだよと訴えたところで、真実は、虚言よりも、はるかに奇異で非現実的だった。
 全ては、ひっそりと、闇に埋もれた。

「事故は、防いだが、あなたが狼少年と呼ばれることに、変わりはないぞ。誰も、真実を、知らないのだからな」
 レイベルの言葉に、みそのが頷く。優しげな顔をして、その発言は、相も変わらず物騒だ。
「少しくくらいなら、起こった方が、良かったかもしれませんね」
 だが、少年は、首を振った。起こらないで良かった、と、何ら躊躇いもなく、そう笑った。もともと、褒めてもらう気など無かったのだ。目の前で苦しんでいる人がいたから、それを助けようと思っただけ。理由は、それ以上でも、それ以下でもなかった。何かの利を求めたわけでもない。
「私には、人の運命を変える力があります。キミが望むのでしたら、キミ自身をこれまで苦しめてきたその力を、奪うことも出来ます。どうしますか?」
 セレスティの言葉に、少年が、はっと息を呑む。それは、途方もなく、魅力的な提案に思えた。今まで、こんな力を欲したことはない。何を見ても信じてもらえず、口にすれば嘘吐きと罵られ、全てが終わった後には、気味が悪いと露骨に避けられた。
 失くせるものなら、失くしてしまいたい。いらないからと、古い月めくりを取り替えるような感覚で、今の自分を新しい自分に据え置くことが出来たなら、それは、どれほど、楽で安易な道だろう?
 だけど……。

「それでも、これが、僕だから」

 その力も、近江真人を形作る、重要な構成面の一つなのだ。捨ててしまっては、いつまで経っても、本当の自分自身と向き合えない。
 それに、彼だけではなかった。不思議な力の持ち主は。彼が今まで知らなかっただけで、たくさんいたのだ。そのほとんどが、何らかの事情を抱え、己の特異な力と折り合いをつけて、生きている。
 彼らに出来て、自分に出来ないはずがない。真人は、そう思った。この忌まわしい力さえも、与えられた宝の一つとして享受して、誰に憚ることもなく、堂々と、先を見つめていたいだけ……。
「僕は、この力と一緒に、これからも、頑張っていくよ」
「真人くんなら、そう言うと、思っていました」
 少年の答えを、初めから、セレスティは知っていたようだった。嫌だからと逃避するような人間なら、そもそも、狼少年と呼ばれるのを覚悟の上で、不吉な予言を口にしたりはしない。
「また、何かが見えたら、一人で抱え込まずに、草間さんに頼ったらいいですよ」
 みそのが無責任にアドバイスをする。草間が聞いたら、なんで俺が……とボヤくこと間違いない。
「物好きな能力者が、また、好んでトラブルに飛び込んでくれるだろう。遠慮することはないぞ。根っから騒動が好きな奴らばかりだからな」
 あながち外れてはいない、レイベルの指摘。
「ありがとう。お兄さん。お姉さん」
 少年は、ぺこりと一つ深くお辞儀をして、身を翻した。夜の帳の向こうに、その姿は、まもなく溶け込んで消えた。

「お姉さん、ですか……。最後まで、誤解、解いてはくれませんでしたね……」
 みそのがやや不満げに呟く。
「同い年、なんですけど……」
 海原みそのも、十三歳。
「その格好のせいだろう。黒いスーツなんか着込んで……。おまけに、その黒いマフラー。どう頑張っても、十三歳の中学生には見えんぞ」
「今回は、新幹線の騒動でしたので、アニメの00何たらを参考にさせていただきました。妹たちのオススメなんです」
 沈黙が、満ちた。
 その00何たらの正体を、あえて確かめる物好きな性質は、二人にはない。聞き流すことにした。
「………帰りましょうか」
「………そうしよう」
 
 それぞれに、帰途につく。
 あくまでも僕らしく頑張るのだという、少年の声が、ふと、脳裏に甦った。

「それでも、これが、自分だから……」





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1388 / 海原・みその / 女性 / 13 / 深淵の巫女】
【2086 / 巽・千霞 / 女性 / 21 / 大学生】
【1472 / 応仁守・瑠璃子 / 女性 / 20 / 大学生・鬼神党幹部】
【1892 / 伍宮・春華 / 男性 / 75 / 中学生】
【1838 / 鬼頭・郡司 / 男性 / 15 / 高校生・雷鬼】
【1761 / 渡辺・綱 / 男性 / 16 / 高校生(渡辺家当主)】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【0606 / レイベル・ラブ / 女性 / 395 / ストリートドクター】
【1294 / 葛西・朝幸 / 男性 / 16 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。ソラノです。
今回は、色々な方に初参加していただきました。ありがとうございます!
ちなみに、登場人物紹介の並び順は、お申し込み順です。

このお話は、大きく三つのパートに分かれています。
一つ目は、海原みそのさん&セレスティ・カーニンガムさん。
二つ目は、伍宮春華さん&鬼頭郡司さん&レイベル・ラブさん。
三つ目は、巽千霞さん&応仁守瑠璃子さん&渡辺綱さん&葛西朝幸さん。

皆さんのプレイングが、それぞれ個性的で、あれも使いたい、これも使いたい、と、かなり泣きました。
結局、枚数その他の関係で、大幅に削ってしまった箇所も多く、中にはほとんどプレイングが生かされていないPCさんもおります。
かなり字数を詰めましたが、それでも長いです。物凄く長い話となっております。
長文が苦手なPCさんには、申し訳ないです……。

セレスティ・カーニンガム様。
謎解きを担当していただきました。海原みそのさんと二人、他とはかなり異なる話の流れとなっております。
それから、少年に対する「運命の変革」の提案。面白い力なので、使わせていただきました。