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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


砂時計の謎
●事件の報告
 いつもの草間興信所。けれどもその時は、普段と空気が異なっていた。
「……なるほど、な」
 シュライン・エマからの報告を黙って聞いていた草間武彦はそうとだけ言うと、くわえた煙草に火をつけようとライターを手に取った。
「どう思うの」
「うん?」
 シュラインの問いかけに、火をつけようとしていた草間の手が止まった。
「偶然だと思う?」
「偶然……とは言い難いか。話を聞いた限りじゃ、何かしらまた企んでいるようだな」
 ようやく煙草に火をつける草間。美味しそうに煙草を吸い始める。
 シュラインは先日関わったとある事件について、草間に報告を行っていた。その際、以前の事件に深く関わっていた人物に再開してしまったということも合わせて――。
「あの事件以来か」
 草間が煙を吐き、ぽつりとつぶやいた。
「そうね」
 頷くシュライン。あの事件――『誰もいない街』事件。忘れろと言われても忘れようのない事件の1つである。
 正直、すっきりと解決した事件ではない。灰色決着と言ってしまっていいだろう。計画は阻止したが、企んだ者たちは姿を隠してしまったのだから。
「覚えてる? あの時……最後に戦った時のこと」
 思案顔でシュラインが尋ねた。
「黒房の十手を持たされたあれだな」
 苦笑する草間。言っては何だが、妙な覚え方をするものである。
「……砂時計」
「えっ?」
「持ってたでしょう、私が」
 そう言ってシュラインは、砂時計をひっくり返す仕草をしてみせた。
「あれから色々と考えてたんだけど」
 手元のメモに、何やら描き出すシュライン。草間はメモに記された絵を見て、はっとした。
「これは……時の樹だな」
 時の樹……『帰昔線』事件の際、重要な役割を担っていた物だ。この事件も忘れることが出来ぬ事件の1つ。
「覚えてる範囲で描いてみたんだけど」
 と言って、シュラインはその右隣に今度は砂時計を描いてみせた。
「今度は砂時計か。この2つがどうしたんだ」
 訝し気に尋ねる草間。シュラインが何をしようとしているのか、
「何となく、こういうことかなって……」
 シュラインが2つの絵の間にある記号――『∋』を記した。すなわち、
『時の樹 ∋ 砂時計』
 ということだ。
「砂時計は、時の樹の要素の1つだって言いたいのか?」
「んー……もっと適した言葉があるような気もするけれど、おおよそそんな感じかも」
 草間の言葉に、シュラインは大きく頷いた。
「どっからそういう推論が出てくるんだ」
「些細な、ううん、微弱な所なんだけど。時の樹を彷佛とさせるのよね……あの砂時計」
 頬杖をついたシュラインは、あの時のことを思い返していた。
 壊れた砂時計の中から溢れ出した砂は、闇の中できらきらと輝いて霧散していった。何とも幻想的な光景だった。一瞬、空間自体が輝いたような気がするほどに。
 その場で目の当たりにしていた時は気付かなかった。けれども、落ち着きを取り戻した今だからこそ気付いたのである。時の樹に皆が望む未来を願った後の光景と、印象が重なる部分があったことに。
「それに……」
「それに?」
 シュラインのつぶやきに草間が反応した。手にあったはずの煙草は、とっくに灰皿の中へ移っていた。
「……あ。ううん、何でもないわ」
 シュラインは言おうとしていた言葉を、そのまま飲み込んだ。
(……心当たりがない訳じゃないし……)
 シュラインの脳裏に、ある女性の顔が浮かんでいた。

●黒いドレスの美女に疑問をぶつけ
「紅茶で構わないかしら」
「あのっ。……どうぞお構いなく」
 シュラインは高峰沙耶の問いかけに、一瞬慌て、それから落ち着きを取り戻して答えた。
 高峰心霊学研究所――草間と話をした翌日、シュラインはこの研究所を訪れていた。
「レモンは?」
「ええ、それで」
 シュラインと言葉を交わしつつ、沙耶は手慣れたように紅茶の準備をしていた。常に目を閉じているのに、全く動きに澱む所がない。まるで全て見えているかのごとく。
 シュラインが沙耶の方を見ていると、足元に近寄ってくる物体があった。沙耶がいつも抱いている黒猫である。
 黒猫は最初ティーセットをじっと見つめていたが、沙耶が準備を始めて少ししてからシュラインの方へやってきた。
 うろうろとシュラインの回りを歩いてゆく黒猫。時に立ち止まってはシュラインの顔を見上げ、数秒後にまた歩き出す。それを何度か繰り返していた。その行動はまるで、シュラインの動きを見張るかのように見えた。
(どうにも落ち着かないわね……)
 シュラインはこの場の居心地の悪さを感じていた。それには黒猫が回りをうろうろとしているせいもあるのかもしれない。
 いや、それだけではない。沙耶と2人きりでこの場に居るということが、ちょっとしたプレッシャーになっているようにも思われた。
 沙耶からは、何かしらオーラを感じるのだ。それは静かなる威圧感と言い換えてもいいかもしれない。
「お待たせしたかしら」
 やがて沙耶は、レモンティーを手に戻ってきた。
「いえ、全然」
 シュラインは若干緊張した表情で答えた。
 レモンティーをテーブルに置いた沙耶は、シュラインの真正面に座った。すると黒猫はすぐさま沙耶の膝の上へと戻っていった。きっとそこが定位置であるのだろう。
 そして2人はレモンティーを飲みながら、他愛のない話題を交わしていった。
 別にシュラインは、世間話をするためにここへやってきたのではない。聞きたいこと、確かめたいことがあるから訪れたのだ。
 だが、いざ沙耶を前にすると、なかなかそのタイミングがつかめない。なので不毛な会話が長々と続いてしまうのである。
 さてそんな状態がしばし続き、互いにレモンティーを半分ほど飲み干した頃合だったろうか。不意に沙耶が切り出した。
「……本当の用件は?」
「えっ?」
「私に何かを聞きたくて、あなたはここへやってきたのでしょう?」
 驚きの表情を見せたシュラインに、沙耶はくすりと妖艶な笑みを向けた。何もかもお見通し、暗にそう言いたげな笑みに見えた。
「ええっと……はい」
 シュラインは沙耶の言葉を素直に認めた。それから、改めて沙耶の方へと向き直る。
「浅草寺。あの時の砂時計のことで、お尋ねしたいことがあります」
 ようやく本題を切り出すシュライン。
「…………」
 沙耶は何も言わず、表情すら変えなかった。膝上の黒猫が、前脚をちょいちょいと動かした。続きを話せとでも言っているのだろうか。
「以前……興信所に来られましたよね。ええ、『帰昔線』の調査の時です。覚えてないとは言わせません」
「そうね。そういうこともあったかしら」
 淡々と言うシュラインに対し、沙耶はさらりと答えた。
「依頼内容は、『帰昔線』を探すこと。でも……本来の目的は別にあったのでは? 例えば……時の樹があることを知っていたからこそ、あんな依頼を……」
「……それで?」
 沙耶はシュラインの言葉をさらに促すかのように言った。
「時の樹と、あの砂時計には関連があるんじゃないですか。そして、恐らくはあの砂時計を用意したのは……」
 沙耶の顔をじっと見据えるシュライン。沈黙がその場を支配した。

●あなたが望むのであれば
 どのくらいの時間が経っただろう。数時間にも感じられたが、実際には数10秒しか経っていないのかもしれない。
 不意に黒猫が鳴き声を上げた。沈黙の支配から、その場がたちまち解放される。
「そう……」
 沙耶が口を開いた。
「……そう思いたいのであれば、あなたはそう思えばいい。私は否定も肯定もしないけれど」
 再び、くすりと笑みを浮かべる沙耶。言葉はまだ続く。
「あなたが望むのであれば……それは真実にでも嘘にでもなる。また、それによって矛盾が起こったなら……干渉があるはず。因果律も時空の壁も不安定にして」
「…………」
 シュラインは無言で沙耶の言葉に耳を傾けていた。一言も聞き漏らさずまいと。
「例えば明日突然、大きな揺れが起こったとしても、その程度の揺れは今までにいくらもあったはず。1年2年では揺れ続いていても……100年200年経てば落ち着くでしょう? 些細なことだわ」
 沙耶はそこまで話すと、飲みかけだったレモンティーをこくこくと飲み干した。
「この先何が起きようと、世界は存在し続ける。そう……些細なことよ。世界が滅びることはないのだから」
 沙耶が話を終えた瞬間、黒猫は一際高い声で鳴いた――。

【了】