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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


緑の黒髪
●オープニング
「はぁ……」
「どーした?」
 入って来るなり大仰にため息をついたシュライン・エマに、草間武彦は目を細める。
「この間成り行き上、曰く付きの人形を預かったんだけど……」
 とシュラインは風呂敷に包まれた何かをデスクの上におきつつ話始める。
 出版社に向かう途中であった女性。その女性が持っていた人形は、遥か昔、まだ日本が鎖国をしていた頃、恋人だったオランダ人に捨てられた女性が自刎をし、その残された黒髪を使って供養の為に作られたものだった。
 しかし、何故かその人形が出来てから、代々職人と結婚を繰り返してきたその家の娘が、別の男性と結婚を試みるとその男性が失踪したり謎の死をとげる、といった現象が起こり始めた。
 そしてそれを危惧した女性は、家族に内緒でその人形を持ち出し、人形寺のような場所に預けてしまおうかと思っていた、という事。
「それで、人形貰ってから怪奇現象とか起きるようになったのか?」
 半信半疑な口調で草間はシュラインのデスクの上に置かれた包みをつつく。
「それがね……なんでか知らないけど最近夜中にこの人形出して歩き回ってるみたいなのよね、私」
 ふぅ、と出社してから数度目のため息を落とした。
「なにしてるんだ? 徘徊して」
「……わからないけど誰か捜してるみたい、なのよね」
 話しているうちに、風呂敷がとかれ人形の姿があらわになる。
 瞬間、蛍光灯がパチパチと音をたて、点滅を繰り返して消える。
「停電か?」
 雷も鳴ってねぇのに……呟きつつ壁のスイッチをカチカチやっていた草間は、何かを感じてシュラインを見る。
 そこには人形を腕に抱え、草間を見つめるシュラインの姿があった。
「…やっと見つけた…」
 婉然と微笑んだ。

●事件の始まり−シュライン・エマ−
 目覚ましが鳴り響いた。
 瞬間、布団の中からしなやかな腕が首をもたげ、そのまま目覚ましを叩く。
 そして待つ事数分。再びその手が動き出し、時計を持ち上げ布団の中へと引きずり込んだ。
 刹那。
 がばっと布団をはね除けてシュライン・エマは起きあがった。
「やばい……二度寝するとこだった……」
 軽く欠伸をしつつベッドを降り着替え始めた。

 今日は翻訳の締め切り。
 昨日も例の如く夜遅くまで草間興信所で作業していた為、できあがったのはかなり遅く。実際眠った時間は3時間にみたない。
 今日は1日草間の方に休みをとっているから、早めに出版社に原稿を届けてから眠ろう、と思っていた。
 実際、今はメールで添付して原稿を送ってしまえばいいのだが、プロバイダーが不調の為添付するとファイルが壊れるので、仕方なくて届ける事になってしまった。
「?」
 電車に乗り込んで、いつものように車内に目を走らせた瞬間、その女性で視線がとまる。
 別段特徴があるわけではなく、飛び抜けて美人という訳でもなかった。どちらかと言うと可愛い方で、しかし客観的にみれば十人並み、である。
 もしかしたら包みのせいかもしれなかった。
 しっかりと胸に抱えられた包み。大きさは人間の赤ちゃんくらい。しっかり抱えている割に、顔はすぐにでも放りだしたいような表情を浮かべている。
 興信所で事務員をやりはじめたせいか、はたまた奇怪な事件に巻き込まれすぎているせいなのか、どうにも『訳あり』といった風情の人間に勘が働く。
 うまく人の合間をぬってその女性の近くに立つ。
「どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」
 そう小さな声で問うと、女性は弾かれたように顔をあげると、その瞳から大粒の涙をこぼした。

 出版社に原稿を届けた後、シュラインはその女性を伴ってファーストフード店へと入った。
 当初女性は遠慮していたのだが、シュラインの性格故見過ごす事はできない。
 話すだけでも楽になるし、もしかしたらその悩みを晴らせる人物を紹介できるかもしれない。と女性に語る。
 それに女性はようやく小さく頷いた。
 朝早い事もあり、手頃な喫茶店が開いていなかったのでファーストフード店となった。その為早朝の喧騒に包まれていた。
「こんな事、見ず知らずの人にお話しても仕方ないんでしょうけど……」
 と切り出し、女性は語り始めた。
 自分の家は長崎にあり、古くから人形を作っている家だと言う。
 遥か昔、そう、まだ日本が鎖国をしていた頃にさかのぼる。港に来ていたオランダ人と恋に落ちた女性が、捨てられ、見事な緑の黒髪を切り、海に身を投げた。
 その女性を供養する為、その黒髪を用いて人形が作られた。
 しかし、それが全ての始まりだった。代々この家は人形作りの職人と結婚し、家を守っていくのがしきたりだった。しかし恋した相手はオランダ人。
 故か、それ以降職人以外の男性と恋に落ち、結婚の約束を交わすと、何故か男性は謎の失踪を遂げるか、死亡する。
 そして、その人形を抱えて家を飛び出してきたこの女性も今、職人ではない男性とつき合っている。
 つき合っている、という状態ならば問題はないらしい。
「怖いんです……。ここ数代の間はずっと職人との結婚が続いて、すでに忘れられかけてた事なんですが…。先日ふと、祖母がこの話をしてくれまして……」
 親には内緒でつき合っていた。祖母は知っていたのかもしれない、職人ではない男性とつき合っている事を。それ故の警告だったのかもしれない。
「……その人形、預かりましょうか?」
 シュラインがそう言うと、女性は戸惑ったように顔と人形を見比べる。
「でも……ご迷惑をおかけしてしまう事に……」
「大丈夫よ、これくらいの迷惑は慣れてるし。それに、今までそういった事件に多数からんできたのよね。今更一件増えた所で大したことないわ」
 ふぅ、とため息をつきつつ言うと、女性は瞳を伏せ、膝の上に大粒の涙をこぼしながら小さな声で「お願いします」と言った。

 その日の夜。
 帰宅したシュラインはそのまま寝ようとしたけれど、何故か寝付かれなくて結局いつもの時間になってからベッドにもぐった。
 人形はテーブルの上。後で誰かに見て貰おう、とそのまま風呂敷に包まれていた。
 しかしその人形はシュラインを枕許から見下ろして。
 嬉しそうに微笑みながら。

 その日から、人形を胸に抱えて誰かを捜しているシュラインの姿が目撃されるようになった。
 そして話は最初に戻る。

●とりつかれたシュライン
「草間さんが外人さんとは知りませんでした」
 冷静な口調で雨柳凪砂に言われて草間は苦笑する。
「俺もしらんかったよ」
「シュラインさん、完全にとりつかれてますね」
 困りましたね、と眼鏡を直しつつ綾和泉汐耶はシュラインを見た。
 その瞳はうつろで、草間をみているようで、しかし遥か遠くを見つめているようにも見えた。
「禁縛!」
 咄嗟にとんだ真名神慶悟の声。それによりシュラインの動きを封じられた。
 すかさずシュラインの周りに結界をはり、そこから出られないようにする。
「無理矢理祓う事は出来るが……事が事だ、ちゃんと成仏させてやった方が後々の為にいいだろう」
「そうですね」
 同意したのは九尾桐伯。
「ここにシュラインさんが持ってきてくれた人形に関する資料があるみたいですし、見てみましょうか」
 さすがに自分でも不審に思っていたのだろう、シュラインはしっかりと人形の資料を作り上げていた。
 印刷された物、手書きで書かれたもの、パソコンで打ち出されたもの、写真、さまざまな物が入っていた。
「草間さんを見て『見つけた』と言うくらいですから、きっと草間さんとその女性とは何か縁があるんでしょうね。転生、そっくりさん、実は区別がつかなくなっている……」
 思った事を整理するように口にのせる桐伯。
「そっくりさん、って事はないでしょうね。当時のオランダ人の髪が黒かった、というのなら別でしょうけど」
 書類に目を通しながら汐耶は振り返らずに言う。
「あの…エマさんあのままだと可哀想じゃないですか?」
 人形を抱いたまま立っているシュラインを見て、凪砂が気の毒そうな顔をする。それに慶悟はああ、と頷いてイスを持ってきて座らせる。
「なんとかシュラインの意識だけでももどらねぇか?」
 じっと凝視されたままの草間は居心地悪そうに頭をぽりぽりかく。
「無理矢理ひきはがす事は出来るが、シュライン姐の精神の方に負担がかかる」
「そうか……」
 じゃ、仕方ないか…と草間は大仰にため息をついて自分のデスクに戻った。
「お話する事はできますか?」
 控えめに凪砂が訊ねると、慶悟は呪言を唱える。
「私は当時の入国者の記録にあたってみます」
 都立図書館の司書である為か、そういった方面の知り合いは多い。
 汐耶は携帯電話を取り出し、電話をかけはじめた。
「この書類によると、人形を持ってきたのは長崎の旧家、松尾圭子(まつお・けいこ)という女性ですね」
 年齢は22歳。3人姉妹の長女。
 書類に書かれている事を桐伯が必要部分だけ読み上げていく。
 鎖国の頃の話なので詳しい資料が残っていなく、しかも地方の小さな恋の物語な上に、外国人との恋故か、ひた隠しにされていたらしく、噂で知っているものはいない。勿論記憶にとどめている者など残っているはずはなく、松尾家の一部の人間だけが事情を知っているだけだった。
 それもここ数代は職人を普通に結婚していた為、はっきりと知っているのは祖母の須磨(すま)だけとなっていた。
 その須磨も寝たきりとなっており、耳こそしっかり聞こえるらしいが、だいぶ記憶の混乱が起きているらしく、家族でも時々しか会話が成立しないらしい。
 その記憶がはっきりした時に、圭子に語って聞かせてくれたのだ、という。
 唯一蔵の中に残っていた家系図から、当時の女性の名が加代(かよ)という事だけわかった。
「……ダメね。昔の話すぎて、書類があまり残っていないのと、当時長崎には沢山の船員が出入りしていたから、その中から見つけるのは不可能に近いって」
 ため息をついて汐耶は携帯をしまう。
「やっと、やっと見つけたのに…。どうしてこちらを向いてくださらないの?」
 悲しそうな眼差しでシュライン(中身は別だが)は草間を見つめる。当の草間は渋い顔で珍しく書類とにらめっこをしていて顔をあげない。
「あの方は、あたなが捜している方とは違いますよ」
 諭すように凪砂が言うと、シュラインは「え?」という顔で振り返り、そこでようやく自分と草間以外に人がいる事を知ったようだった。
 しかしそんな事はどうでもよかった。今目の前にずっと待ちこがれていた愛する人がいる。
「ずっと、ずっと待っていたのに…貴方はあれきり来てくれなかった…。わたくしが嫌いになったのなら、そうおっしゃって下されば良かったのに……」
 顔だけしか動かせない体で、シュラインは懸命に草間に訴える。抱えた人形からは涙がこぼれていた。
「最後にあったあの日、あなたは結婚をしよう、と言ってくれたのに……」
 なんで? どうして? 疑問符ばかりが紡がれる。しかし草間は答えない。否、答えようがない。
 質問の答えは向けられた人物はもってはない。
「落ち着いてください……加代さん」
 桐伯に名前を呼ばれ、シュライン−加代は悲しげに瞳を伏せた。
 そこでようやく草間は慶悟の方を見て、なんとかしてくれ、と視線で訴える。
「封じてしまう事は簡単ですが…それでは根本的な解決にはならないでしょうね」
 不思議な光彩を放つ青色の瞳で汐耶は人形を見つめた。汐耶の能力なら人形に完全に加代を封じてしまう事が出来る。それは未来永劫、加代の転生を絶つ、という事になる。それだけはしたくなかった。
 ため息が自然と落ちる。
「ようするは、だ。その男と話ができればいいわけだな」
「出来るんですか?」
「ちと難しいがな……。本来相手の没年月日とかわかんなきゃ出来ないもんなんだが…」
 言いながら慶悟は指輪に触れた。そして小さく呟く「姉さん、力を貸してくれ」と。
「ちょっといいか?」
 言って草間を連れてきて無造作に周りの物をどかす。
 草間を中心に簡易の結界をはると、慶悟はお札を草間の額にはりつけた。
 凪砂は加代の動きを警戒しつつ、記事のネタに、とメモをとる。
 聞き取れないくらいの低い声音で、慶悟は呪言を唱え始めた。
「…本当に草間さんの前世がオランダ人だった、って事かしら?」
 横に立っていた桐伯に汐耶が問うと、桐伯は「どうなんでしょうね」と肩をすくめた。
 痛いのはやめてくれよなぁ、などと呟いていた草間の態度が一変した。
 イスに座ったままだったが、雰囲気ががらりと変わったのはその場にいた全員がわかった。
「ヨハン!」
 頬に赤みがさし、加代の表情が明るくなり、瞳を輝かせる。
 草間−ヨハン−はなにが起こっているのかわからない、と言った感じでこめかみを押さえ、頭を左右にふる。
 一瞬もれた言葉はオランダ語のようだった。そしてそれから片言の日本語で口を開く。
「ここは、どこ、ですか?」
 テレビなどに登場する霊媒などは、例え外国人を呼んでも流暢な日本語で話をする事が多いが、少し違っていた。
「ここは日本の東京、という場所よ」
 汐耶が答えると、繰り返すように口の中だけで「とうきょう」と言う。
「ヨハン! わたくしの事を忘れてしまったの?」
 呼びかけられてヨハンはようやく加代の方を向いた。
 しかし加代の姿はシュライン。ヨハンは首を傾げてじっと加代の顔を見つめた。
「……もしかして、カヨ、ですか?」
 感嘆詞はオランダ語のようだった。
「わたくし、ずっと貴方が来るのを港で待っていたのに……風の噂で向こうの方と結婚した、と聞いて……」
 崖から身を投げたの、とまでは言わなかったが。
「あれは、キミが、おみせのヒトとけっこんする、ときまったから」
「え?」
「そう、キミのいえのヒト、いいました」
「そんな……」
 瞳を伏せ、頭を何度も左右にふる。
「そんなの嘘よ…。わたくしは誰とも結婚なんて決まってなかった…」
「それじゃ…」
「家の誰かが彼にそう伝えた、という事ですね」
 嘆息まじりに桐伯が言う。
「二人の仲を引き裂いたんですね……」
 凪砂はしんみりとした口調で加代を見た。
「あのヒ、わたしは、ユビワ、もってカヨのところへいきました」
 そう言い始め、ヨハンはその日の事を話し始めた。
 良く晴れたその日。港についたばかりのヨハンは、自国で買い求めた指輪を持って加代の元へと急いでいた。
 今まで黙ってつき合っていたが、結婚するとなったら話は別。男としてきちんと両親に話をしておきたかった。
 しかし時代は鎖国。日本に入国できる数少ない『外国』で、この長崎との交流は深かったが、男女の関係でつき合うにはかなりの蔑視があった。
 でもそれを乗り越えないと加代とは一緒になれない。そう思い、屋敷の門をくぐった。
 しかし…無情にもその思いは打ち砕かれる。
 加代は近々職人の妻になり、この家を継いでいく事に決まった、と家人はいった。
 その証拠に、となかを覗かせて貰うと、一人の男性と仲むつまじく話をしている加代の姿が目に入った。
 同じ日本人同士。加代が幸せになれるのなら、とヨハンは松尾家を後にした。
 そしてオランダに帰ったが、失恋の疵は癒えず。そこへ両親が持ってきた話にのり、そのまま結婚してしまった、という事だった。
「外国人との交際を快く思わない両親がうった策だったんでしょうね」
「ひどいわ……」
 桐伯の言葉に加代は大粒の涙を流す。
「その日の事はわたくしもよく覚えています。やけに両親が健さんと話をしてこい、と言った日。誰かお客様がいらっしゃってるみたいで、お前は邪魔だから奥で話をしてこい、と。次の人形をお前に似せて作りたいと健吾が言っていた、と言われて」
 はたはたとこぼれる涙。それをふき取る為なのか、おさえる為なのか、慶悟の術がゆるみ、加代の両手が動かせるようになった。
 それにそっと凪砂はハンカチを差し出す。
「話はまとまったみたいだな」
 ぶっきらぼうな言い方だが、慶悟の言い方には暖かみがあった。
 その頃にはすっかり禁縛がとけ、加代の身体は自由になっていた。
「一つ伺っておきたいんですが…」
 と疑問符をあげた桐伯に、加代は振り返る。
「今までその家を祟り、職人以外の人と結婚しようとすると相手を殺したり行方不明にさせたり、としていたのは貴女なんですか?」
 それに加代は何の事を言っているのだろう? という顔で首を左右にふった。
「シュラインさんの資料には、それらしき現象が書かれているけど……」
 言った汐耶の口が「あ」という形でとまる。
「もしかして、それも皆、松尾家の人が仕組んだ事じゃないかしらね。外の人間と結婚をするとたたりがある、として家を継がせようとした……」
 それは真実かもしれないし、違うのかもしれない。
 ただ、職人と結婚して家を継いできた、という過程を考えるとあながち間違ってはいないような気はする。
 当時の人がその為に人殺しまでしていたのか、は定かではないが。偶然にかこつけて祟りにしてしまう例など数多くある。
「もう一つ気になるのが…草間さんが本当にヨハンさんだったんでしょうか?」
 魂に国籍や性別はない。例え草間の前世がヨハンだったとしてもおかしくはないが、偶然にしてはできすぎている。
 凪砂の問いに加代は小さく首をふった。それは「わからない」と言ったふうにとれた。
「出会った瞬間、この人だ、という思いがあったから……」
「それってシュライン姐の気持ちってやつか?」
「そうかも、しれないですね……」
 シュラインの草間への気持ちは公然の秘密、のようなものである。知らないのは草間当人だけだろう。
「これで一緒にいけるか?」
 軽く上を親指でしめした慶悟に、二人は頷いた。すでに寄り添っている状態である。
 外見は草間とシュライン。お似合いではあるが、当の本人達の意識はない。
「カヨ、これからはずっと、いっしょに、いよう」
「ええ、ヨハン……」
 顔が至近距離まで近づいて、唇と唇が合わさりそうになった瞬間、シュラインの自我が戻り、きょとんとした間の抜けた顔になる。
 刹那、近づいている草間の顔に驚愕して声にならない悲鳴をあげた後、思い切り突き飛ばした。
 これが草間の意志で、しかも瞬間まで二人が正常な意識を保っていた状態ならば、いつでもこい、という雰囲気なのかもしれないが、いかんせん直前意識は別の場所にあった。
 シュラインの方はぼんやりと加代が前面に出ている間も見えていたが、それは微睡みの中の出来事だったので、覚醒した途端焦りにかわった。
「い、いててて……」
 突き飛ばされて尻餅をつき、デスクのわきに後頭部をぶつけた瞬間、草間の意識が戻った。
 何があったのか全然把握できていない草間は、ぶつけた後頭部をさすりながら顔をしかめる。
「なんなんだ一体……」
「なんでもありませんっ」
 シュラインの言葉に草間は怪訝な表情になる。
「大丈夫ですか?」
 凪砂がぬらしたタオルを草間の後頭部にあてる。
「どうやら二人ともいったみたいですね」
「そうね…。とりあえず人形に残っている念は封じておくわね。もう出てくる事はないと思うけど」
 長い間魂のよりしろになっていた人形。その為多少の念は残されている。それを汐耶が封じた。
「…で、人形は一体どうなったんだ?」
 草間の問いに凪砂が簡潔に事の次第を話す。勿論、最後の「何故相手が草間だったのか」という部分は抜きにして。
「で、シュライン、大丈夫なのか?」
「え?
 草間に急に問われてシュラインは間抜けな返答になる。
「とりつかれて大丈夫だったのか?」
「あ、ああ、ええ。大丈夫よ」
「そうか」
 ならよかった、と小さく言った草間に、シュラインは笑みを浮かべた。
 自分も一応とりつかれた、という事になっているのだが、それは気にしていないらしい。
「ま、今日の仕事分は、後で姐さんにおごって貰うって事にしといてやるわ」
「それでしたら、是非また珍しいお酒の話題を教えてください」
「珍しい品物が来たら、連絡くださいね」
「ああ、この間の本の返却日、明後日ですからね」
 口々に言われてシュラインは苦笑以外できなかった。
 横目で人形を見て笑う。
 あの子、持ち主に返してあげなきゃね、と思いながら。

 数日後、松尾圭子の元へ人形が届けられた。
 もう何も心配はいらない、と言った手紙がそられて。
『後は本人の意志だけよ』
 と追記されていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー/きゅうび・とうはく】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1449/綾和泉・汐耶/女/23/都立図書館司書/あやいずみ・せきや】
【1847/雨柳・凪砂/女/24/好事家/うりゅう・なぎさ】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちはもしくは初めまして、夜来聖です。
 汐耶さんと凪砂さんは初めましてですね♪
 今回はちょっと違った感じの始まり方にしてみました。
 NPC以外にも依頼人が欲しい! と思ってやってみました。どうだったでしょうか? 
 楽しんで貰えたなら、もう一回やってみようかな、という感じで(笑)
 依頼人がシュラインさんに決まった瞬間に「おし、相手は草間だな(笑)」と思ってましたが。
 ちなみにアトラスなら三下さん、ゴーストネットならPCさんがお相手になりました。
 東京怪談もどんどん新しくなっていきます。すでに取り残されている感もありますが、これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
 それではまたの機会にお目にかかれる事を楽しみにしています。