コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


安眠枕
------<オープニング>--------------------------------------
「――枕?何よこれ」」
「あ、届きましたかー」
 編集部宛てに送られてきた一個の小包。聞いたことのない会社名と品名に麗香が軽く首を傾げる。
 三下が枕と聞いて嬉しそうに近寄ってきた。
「通販で扱ってたんですよ。安眠枕だそうです」
「…家に送ればいいじゃないのよ」
「僕が居ないことが多いので、いっそこっちで受け取ろうかと思いまして」
「それにしても、安眠枕ねえ」
「最近眠れなくて。コレでようやくゆっくり眠れます」
 嬉しそうに枕の包みを抱きしめ、目を閉じて頭を枕に着ける真似をする。
 ――そして、そのまま動かなくなった。
「何やってるのよ」
「………」
「三下?」
「…すぅ…」
「寝るな――ッッ!?」
 すぱぱぱぱぱんッ。
 首根っこを引っ掴んで、容赦ない平手打ちの乱打を喰らわせる。――が。
「――?」
 頬を赤く腫らせながらも、眼鏡をかけたままの三下は目を閉じたままむにゃむにゃと何やら寝言をつぶやいていた。――それにしても、あの短時間でここまで深く眠れるものなのだろうか。
 いやぁな予感がした。
 そしてそれは数時間後、編集部の隅っこで転がしたままの三下が全く起きる様子がない事で決定的になった。
------------------------------
「――参ったわね」
 三下の頭の下に置いてあった枕を自分のデスクの上に置き、ため息を付く。
 枕は、淡い色の布で包まれていた。中身は蕎麦殻のような音がするが、それ以外にも何か入っているらしくずしりと重い。
 ふと、同封されていた連絡先の下に、説明書きがあるのに気付いて手にとった。
『使用説明書
 この枕は夜専用です。夜間以外のご使用はご遠慮ください。
 又、同封の枕カバーを必ずお使いください。

  注意事項
 カバー以外の洗濯はなさらないで下さい。又、何らかの理由により枕に傷がついた場合、すぐご連絡ください。新しいものとお取替え致します。
 決して、枕の中身を取り出そうとしないで下さい。
 <お客様へ>
 説明にある内容を良く守る間は確かな安眠をお約束致します。万一説明を守らなかった場合に置けるトラブルにつきましては、責任を取りかねますのでご了承下さい。
 それ以外の疑問・不明点に付きましては下記の連絡先へお願い致します』
 ぴぽぱぽぱ。
 連絡先の電話番号を目にした途端、端の受話器を取って高速でダイアルボタンを押す。
『――お客様のお掛けになった電話は現在使われておりません―…』
 がちゃんッ。
「つ――使えないじゃないのよっ」
 ふーっ、ふーっ。
 この忙しい時に実に気持ち良さそうに眠っている三下に怒鳴りつけ、荒く息を吐いて少しだけ気を静めると、
「こうなったら…」
 自分のデスクの唯一ほとんどモノが入っていない引き出しを開け、いつも奉仕――もとい、取材で手伝ってもらっている人々の住所録を取り出す。
「これが取材になればいいんだけど…あんたのせいよ、三下。目が覚めたら覚えてなさいよ…」

------------------------------
・呼び出し
 ある日の午後、アトラス編集部の麗香から午後になって突然の連絡が来た。何でも、三下が妙な枕を使ってから急に眠りに就いてしまったとのこと。
 丁度暇でもあり、ついでに寝こけている三下の姿が見たくもあり、藤井百合枝は麗香に呼ばれて『行く』即答し、いそいそと家を出た。
 編集部の前で二人の男女に出会う。同じく呼ばれて来たのだろう、編集部の扉を複雑な顔で見ている。開けた途端何かが出てくるような気がするのは百合枝も一緒だったが。
 中に入り、待ちかねていた麗香に挨拶すると早速事情を聞く。
 そして、二人と別れて自分の出来る探索を始めることにした。
「碇さーん、パソ適当なの一個借りるね」
 いつまでも枕を弄っていても埒があかないと見て、デスクトップタイプのパソコンの前に座り、皆の様子を見守っている麗香に声をかける。
「あーあー、好きなの使っていいわよ。パスワード設定してないのだったらすぐ使えるから」
「ありがと」
 パソコンを立ち上げてみて、使えるのを確認してこく、と頷き、それから立ち上がって机の上に一緒に置いてある箱から取説を取り出し、会社名を確認する。
 ――ドリームカンパニー?
「うーん」
 取説にあった会社のロゴを参考にネット検索を繰り返す百合枝。とは言え、似たような名前はあるものの中々コレと言うものに出会うことも出来ず、困ったように首を回しながら手当たり次第に探し出す。――と。
「…あららら…似たようなことになってるのね」
 ぽそりと呟きながら更に素早くキーを叩いていく。
 ――気になった数件の噂話。
 それは信憑性を欠く噂――本人、もしくはその家族からの書き込みが存在しなかったせいだが、どうやらこの近辺でも原因不明の眠りに就いている人がいるらしい。電気的刺激を与えても脳波の乱れはなく、只意識が回復しないことだけが謎――そう書かれた掲示板には、自分もその話を聞いた、という返事がいくつか入っていた。
 これが事実だとしたら。
「話半分だとしたって、実際に此処に一人いるわけだしねえ」
 通信販売の広告を見て誰がどれだけ注文しようとしたのかは分からないが、他にもあの枕を手に入れた者がいる可能性はゼロではなくなった。
「此処だけでも手一杯なのに。後で探しにいかないといけないのかしらねー」
 先程のずしりと重い枕の感触を思い出して、ややうんざりした顔になり、他にも噂以外での手がかりを探しては見たが、当事者――広告を見た、という者の書き込みすら見当たらなかった。
「こんにちは。――皆様お元気でしょうか…あら?」
 かちゃり、と扉が開いて、おっとりとした声が聞こえてきたのはその時だった。
「おー、良く来てくれたわね二人とも。…呼んでないけど。まあいいわ、手伝って欲しいことがあるの。良いわよね?」
 百合枝が麗香の声に顔を上げ、パソコンの脇から声のした方に顔を向ける。
 見ると、三下の机を調べていた二人も書類の山から顔を上げていた。
「あらまあ。可愛い子たちだこと…」
 ここの入り口で会った桜夜より更に幼い顔立ちの二人を『見』て、百合枝が目をぱちぱちとしばたたかせた。
 ――何、アレは。
 一人はかろうじて――それでも、かろうじて、の範囲だが――立ちのぼるオーラの色が識別できる。が。
 もう一人の、艶やかな振袖姿の少女は――
「っ…」
 慌てて視線を逸らす。半ば無意識に『見』てしまう癖を、この時ほど後悔したことはなかった。
 あと少し、長く少女を見つめて――あの色に見とれていたら。
 もう一度、そっと顔を上げる。
 麗香から説明を受けていた少女が枕の置いている場所に近寄ってきていて、百合枝の方へまっすぐ顔を向けていた。
「宜しくお願いしますね」
 にこり、と。
 少女が、微笑みかけた。
 ――少女の様子を伺っていると、しきりに枕とその周辺のモノを調べているらしい。そうこうしているうちに、三下の机を漁っていた二人がとことこと歩いてくる。
「枕調べたいんだけどいーい?」
「ええ、わたくしも調べようと思っていたところです」
 机の上にちょこんと置かれたごく普通の枕に見えるそれに、三人が覗き込んで…枕本体に亜真知と桜夜がそれぞれ『力』を発動させ触れ、弧月はその傍に置いてある枕カバーに手を置いた。
「――うわ…」
「やはり…」
「……何だ、コレ…」
 三者三様の言葉がそれぞれの口から漏れる。
 ――何か手がかりはあったのだろうか。見ている此方には良く分からない。
 いっそ、中破っちゃえばいいのに。
 そう思いながら百合枝が軽く体を伸ばしたその手の先に、
 かつん。
 会社の備品なのだろう、細身のカッターが触れた。
「そーよね。中身取り出しちゃ駄目って言ったって、三下くんはああやって寝ちゃったんだし」
 きらん、と目が輝く。好奇心に背中をどつかれた形で、それでもこっそり手の中にカッターを落とし、皆の様子を見 に行くように見せて目的のもの、枕へと近づいていった。
 そして、何やら遠目に人相が変わったように見える三下の所からは、アンバランスなアダルトさを見せながら黒い裾を揺らし、もう一人の少女が近寄ってきていた。
------------------------------
・砂より生まれしモノ
「――結界、ですか」
 具合が悪そうな弧月が青白い顔で訊ねる。
「中のモノに対する封印に近いみたい」
 どっちにしても、この世界の法則とは少し違うから、と前置きして桜夜が言い、
「――そうですね…それに、条件が整った時に発動するものでもあるみたいです。少し、危ないですわね」
 ぺたぺたと何気ない様子で枕に触れている亜真知の口から、桜夜の説明に補足が加えられた。
「それが、今彼が見てる夢ってわけ?」
 百合枝が手の中で何か弄びながら訊ねる。こく、と二人の少女が頷いて、
「もう一つの品は其れの力を緩和させ、打ち消すものみたいですね」
 精巧な手縫いの枕カバーを手に、弧月が呟いた。
「本来は、カバーを付けて、定められた時間に使用することで支障なく機能する筈だったのでしょうけれど…素のままこの枕を使えば、あのような深い眠りに就いてしまうようです」
 困りましたねえ、と亜真知が頬に手を当てて言い、
「とりあえず、この枕に結界を張ってしまいましょう。このような物であれば売り先に戻すのが無難でしょうし」
「で、三下さんは?」
「あの方は――この中身に取り込まれてしまったのだと…思います。眠りを覚ますには、此処から三下様の意識だけを 取り出すのが一番なのでしょうけれど…ただ」
「――まどろっこしいわね。この中身が問題なら、さっさと取り出してしまえばいいじゃないの」
 亜真知の言葉を遮り、楽しげな口調で百合枝が先程から手の中で弄んでいたカッターを振りかざす。
 ざしゅ。
 止める間もなくぴりぴり、と音を立ててそれはあっけなく切れた。――途端。
 物凄い勢いで、中から月光色の砂が吹き出してきた。
「わ――な、何コレ」
「中身…ですわね」
 いつの間にか戻ってきていたみそのが至極尤もな事を言い、一瞬だけ困った顔をした亜真知がすぅ、と指先を滑らかに煽動させて何か記号めいたものを宙に描き出し、手をかざした。
------------------------------
 亜真知が両腕を広げると、不思議なことに砂の広がりは消え、編集部内の一箇所に見えないガラスの箱でもあるかのようにある規則正しい形の中を砂が回遊し始めた。
「――ですから…危ないと申し上げましたのに」
 期せずして、全員の視線が百合枝に集まった。手に持ったカッターに視線を落とし、曖昧な笑みを浮かべた後では―――、と深呼吸し。
「わかったわよ、やればいいんでしょっ!?」
 半ば自棄になって百合枝が自分のバッグからハンカチを取り出し、簡易マスクにして後ろできゅっと縛る。
「手伝いますよ。人手は多いほうがいい。…カッター、貸してください」
 弧月が自分もタオルで顔を覆い、百合枝から手渡されたカッターで枕を横半分に切り裂いた。
「蕎麦殻を除けば半分に割ったコレでも十分でしょう。流石に、この中に入れてしまえば外に簡単には出て来ることは出来ないようですからね」
 ね?と話を振られた桜夜が手に小さな箒を持ってこくん、と頷いた。
「そうよ。アレは内側に対する小さな結界のようなものだから。『枕』でなくなったから枕としての役目は終えたけど、包み込む『袋』の機能は残ってるみたいだからね」
「――それでも、直接あの砂を吸い込めば…三下様よりも、ずっと深い眠りに陥ることになります。そうなった場合は、少し面倒なことになるでしょうね」
 両手を広げた格好でいる亜真知がそう告げ、
「今からここの時を歪めます。許されるのは数分だけ…頑張って下さいませ」
 亜真知の隣で逆に手を下にし、手のひらを中に向けたみそのが言う。
「よぉぉっし!」
 勢いを付けるために呼吸を整え、声を上げた百合枝達が『中』へと駆け込んでいった。
------------------------------
「――これで…ほぼ全部よね」
 ぜーはー、ぜーはー。
 編集部を舞い散る月光色の砂を掻き集め、思い切り息を吐く。
 まだ細かい欠片は宙を舞っているが、これ以上は手の施しようがない。まして、下手に近づけば三下の二の舞になってしまうと分かっていれば尚更だ。
「皆様御気を付け下さいませ…そろそろ…術が切れます」
 亜真知が静かにそう告げ、広げていた両手をごく僅か揺らしながらすう…っとその黄金の瞳を細めた。ほぼ同時にみそのもほぅ、と小さなため息を漏らす。
 不意に。
 宙に浮遊していた月光色の欠片が徐々に光を放ち始める。
 小さな光から。
 徐々に、
 揺らめく人型を取って。
「…まあ…」
 両手を重ね、うっとりと其れを見上げるみその。
 編集部の天井は、フラスコ画の如き様相を呈していた。幻想的とも言える、輝く翼を持った乙女達が、ふわりふわりと天井を舞い、下から見上げる人たちと視線を合わせてにこりと微笑む。
「三下様の夢にお出でになった方たちそっくりですわ。…どうやら、三下様の『夢』…糧にしているようですわね」
 でも、開放された今は――
「――ちょっと…あれって」
 ハンカチで顔を覆っていた百合枝が手に持った袋をぎゅっと握り締めたまま数歩後ろへ後ずさる。
 ――夢魔――とは言い切れないが、精神を糧にする存在だと言うことだけはかろうじて分かる。それも、貪欲なまでの。もし亜真知が咄嗟に張った結界がなければ、この編集部中の人間が倒れていたかもしれないと気付いてぞっとした。
「危険ですか?」
 弧月がその様子に気付き、声をかけた。無言でこくこくと頷く百合枝が、手に持った袋を慌てて縛り上げ、そぉっと麗香の――要するに一番片付いていて広い机の上に置く。一度口まで縛ってしまえば、実体を持たない彼女達に干渉する術はない。
「あんたも、早くっ」
 手で縛るジェスチャーを繰り返す百合枝に首を傾げているうち、天井をぐるぐる回っていた乙女達が一斉に微笑んだまま弧月の元へと集まってきた。彼女たちの視線は全て、弧月の手の中にある袋に注がれている。
「う、わ…っ」
「あぶな――」
 桜夜が小さく叫びながら、上から降りてくる乙女達に向かって飛び掛っていく。きゅ、きゅ、と靴音を鳴らしてぶつかる直前で踏ん張りながら、指先で急ごしらえの模様を描き呪を唱え――
 一人の額に、突き抜ける程の勢いで突き立てた。
「っ――」
 目をぎゅっと閉じ、ぶんぶんと頭を振ってからきぃっと睨みつける。
「――『禁』!」
 ふ、っと桜夜の目の前にいた一人が笑みを含んだ表情のまま消滅した。
「――」
 数人の乙女達が弧月に纏わり付き、微笑を浮かべたままで掻き抱こうとする。
 そのうちの何人かが弧月に触れる前に消え去っていった。もう一度頭を振った桜夜が不思議そうな顔で見回すと、亜真知とみそのの二人が悪戯っぽい笑をして顔を見合わせている。
「…駄目ですよ…戻らなくては、ね…」
 纏わり付かれてぐったりとしていた弧月が、手に握り締めた袋を落とす直前に小声で呟き。
 その瞬間、残る全ての乙女達の体に一斉に線が走り散々に裂け、そのままふぅっと部屋に溶けていった。
「わ――っ」
 慌てて滑り込んだ百合枝が素早く袋を手に掴み、その勢いできゅきゅっと袋の口を縛ってほぉぉぅ、と息を付く。
――そして。
「――だ…」
「だるいぃぃぃ…」
 最年少に見える二人の少女を除き、残る三人と奥で皆の行動を見物していた麗香までがずるずるとその場にへたりこんだのだった。
------------------------------
・終局
「おはよう、三下クン。もう起きないと大変よ?」
「…あ…おはようございます…」
 百合枝のからかい声に意識を戻したか、眼鏡の中の瞳をしぱしぱさせながら、三下がゆっくりと起き上がる。そして、ゆっくりと周りを見回した。
「あの…何故、皆さんが僕の部屋に…あれ…?」
「んっふっふっふっ」
 額に怒筋を立てながらも声だけは嬉しそうな麗香。彼女に気付いた三下が、一気に耳まで顔を赤くして上ずった声を出す。
「い、碇さんっ!な、何故僕の所へ!?」
「…まぁだ夢から覚めてないらしいわねえ…いっそこのまま永眠してもらおうかしら?」
 にっこり。
 だるい気配もいっぺんで吹き飛んでしまうような、麗香の笑顔がそこにあった。…恐怖、という名のカンフル剤は良く効いたらしい。
「あっ、えっ、す、すみませんっ」
 何がどうなっているのかわからないままにとりあえず謝る三下。
 ぴしっ。
 その姿に更に麗香の怒筋が増える。麗香の笑顔がますます磨かれたように美しくなった。
 まるで、先程の乙女達のように。
「――綺麗」
 ゆら、と天井まで届きそうなその揺らめきと色を目にし、百合枝がうっとりとした視線で呟いた。
------------------------------
「――ぷっ」
 突然、麗香の怒りも揺らぐ程の明るい声が部屋に響き渡る。
「あはははは、やーだ、いつまでそんな顔してんの?」
 堪りかねたように吹き出した桜夜に、三下がきょとんとした顔を向ける。その表情が可笑しいとまた桜夜の声のトーンが上がる。
「ど、どうかしたんですか?」
 心配そうに――本心から心配してはいるのだろう。三下が困った顔をして見つめてくる。が、その頬を彩る渦巻きと、額の『肉』、鼻の下に丁寧に描かれているひょろんとしたナマズ髭が全てをぶち壊していた。
「見て御覧なさいよ」
 編集部の机の上に置いてある、折りたたみ式の鏡を取って三下に手渡す。
「なっ」
 きょろきょろ。
 周りを見回して、もう一度鏡を覗き込む。
「――な――なんですか、これはっっっっ!?」
 泣き声混じりの悲鳴が、編集部に響き渡った。
------------------------------
「落ちませんねぇ」
 ごしごし。ごしごしごしごし。
「いた、いたたたっ」
 乾いている雑巾で顔を擦りながら、のんびりした口調で呟くみその。雑巾の下の三下のことはお構いなしのようで。
「海原様…おそらく、その方法では落ちませんわ。お水を使わないと」
「そうなんですか。お水が有効なんですね。――それでは、早速」
 亜真知のアドバイスに、とてとて、とどこか危なっかしい足取りでみそのが給湯室に向かっていく。
「コレ、三下さんに使った奴?」
 その様子を耳にしながら、百合枝がひょいと床に落ちていたマジックを拾い上げた。脇から桜夜が見て、
「そうみたいね。――ふぅん」
「どうかした?」
「ううん。なーんでもない♪」
『油性』と書かれていた文字を目ざとく見つけたが、気付かなかったら面白いし、誰かが気付いて言っても構わないし、と楽しそうに首を振ってくすくす笑う桜夜。
 そこに、水をたっぷり含んだままの雑巾を手にみそのが戻ってきた。今度こそ、と意気込んでいるらしく、目がきらきらと輝いている。
 火傷したような赤い顔の三下が開放され、寝る間もなく麗香の指示に従って仕事に駆け回ることになったのは、結局すっかり日が昇ってからだった。
------------------------------
 ――後日。
 百合枝が見つけた、眠りに付いた人たちの噂――それは、ある日を境にぴたりと止んだ。それについての情報も、まるで初めからなかったかのような扱いで、過去の書き込みも見つけることが出来なくなっていた。
 アトラスの社員から僅かに話を聞きだした所によると、三下が目覚めた日の昼頃、麗香と三下の留守を狙ったような絶妙なタイミングで、メーカー回収になった、と破れた枕と床にこぼれていた砂を取りに来た者がいたということだった。
 そして――あの日お土産にとみそのを除く各自に持たされた蟹は美味かったが、気のせいか今回の件のバイト料は妙に少なかった気が、した。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0444/朧月・桜夜 /女/ 16/陰陽師               】
【1388/海原・みその/女/ 13/深淵の巫女             】
【1582/柚品・弧月 /男/ 22/大学生               】
【1593/榊船・亜真知/女/999/超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【1873/藤井・百合枝/女/ 25/派遣社員              】

NPC
碇・麗香(公式NPC)
三下・忠雄(公式NPC)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
大変お待たせ致しました。
「安眠枕」をお送りします。
今回も個性的なキャラクター様達に集まって頂いて有難うございます。私自身も楽しんで書かせてもらいました。
もっと怖い話や軽い話にも挑戦したいと案を練っていますので、その時にはまたお会い出来ることを楽しみにしています。
ありがとうございました。