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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


午後一時二十九分

【オープニング】

 陰気な少年だった。
 何らかの依頼を持って、草間興信所を訪れたにも拘らず、その肝心の内容を、一言も話そうとはしない。
 ソファに行儀よく腰を下ろし、自分が人間であることも忘れたように息を詰めて、テーブルの上の煙草が山と盛られた灰皿を、ただじっと見つめている。
 まるで、灰の一粒一粒でも数えているようだ。ほとほと扱いに困って、草間も零も、顔を見合わせるばかりだった。
「信じて欲しいんだ」
 やがて、少年が、ようやく口を開いた。
 草間興信所に彼が姿を現してから、四十五分後のことだった。
「何をですか?」
 零が尋ねる。少年は、疑い深そうな眼差しを、少女に向けた。
「僕のこと、信じてくれる?」
「話してくれないと、こちらとしても、信じようがない」
 草間が、灰皿を少年の前から取り上げた。
「信じて欲しければ、まずは俺たちを信じることだ。何も話さない人間を、どうやって信頼しろと言うんだ?」
「僕……僕は」
 少年の震える唇から、かろうじて聞き取れる小さな声が、流れ出た。うつむいた拍子に、長い前髪が、顔を覆った。

「僕には、未来が、見えるんだ。新幹線が……三日後、事故を起こして……たくさん、人が、死んでしまうんだ」

 北海道を走る初の新幹線が、三日後、開通する。新聞でもテレビでも大いに騒がれていたことなので、むろん、草間もそれを知っていた。
 無事故を誇る新幹線の、その高い技術の粋を集めて完成した、最新最速の地を走る乗り物だ。セキュリティも万全。何度も何度も試運転を繰り返し、最高の出来に仕上げた。死傷者が出るほどの惨事が、簡単に起こるはずもない。
 草間は、そう言って、笑い飛ばしてやりたかった。大人をからかうもんじゃない、そう怒って、少年を追い払ってしまいたかった。
「新幹線が、事故、か……」
 だが、一方で、草間は、世の中には有り得ない事柄が星の数ほどもたくさん転がっていることを、ちゃんと知っている。
 絶対など、この世界には存在しないのだ。
 いつだって、不可能は可能となる。奇跡は必然になる。全ては起こるべくして起こるのだ。ならば、未来が見えるというこの少年が草間の元を訪れたことも、あるいは、運命だったのかもしれない。
「いつだ?」
 草間は尋ねる。少年は、驚いて探偵の顔を凝視した。
「信じてくれるの?」
「とりあえず、話は、全部聞いてやる。言ってみろ。事故は、三日後の、いつ、どこで、起こるんだ?」
「場所は……」
 少年の目に、涙が浮いていた。これまで、きっと、色々な人にこの「事故」を訴え続けてきたのだろう。嘘つきとなじられながらも、気味が悪いと後ろ指を差されながらも、どうしても、見捨てることが出来なかったのだ。
「信じて。僕の、言うこと。本当なんだ。本当に、起きてしまう事なんだ。助けて……。僕、僕、もう、見ているだけなんて、嫌なんだ……」
「いつだ?」
 草間が、少年の頭に手を置いた。元気付けるように、その髪を、くしゃりとかいた。
「時刻は……」
 少年の体の震えが、嘘のように止まった。
「時刻は、午後一時二十九分」





【未来の残像】

 草間は、傍の人がそう思っているよりは、遥かに普通で常識人である。
 新幹線の悲劇を防ぐ、という構図を思い描いて、まず真っ先に浮かんだのは、走れなくしてしまえ、というものだった。
 走らなければ、悲劇は起こりようもない。脱線にしろ、火事にしろ、テロにしろ、止まっていれば、被害は最小限に抑えられるはずである。三日後には開通が約束されている新幹線を、いきなり運休にしてしまうのは、なかなかに無理のある話だが……それを現実的に実行できる力があるのは、誰だろう?
 考えて、三人の名が浮かんだ。
 アイルランドの名門、七百年の歴史を誇る、リンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガム。
 日本の政治経済界に大樹のごとく深く根を下ろす、応仁守(おにがみ)財閥総帥令嬢、応仁守瑠璃子。
 遠く清和源氏の流れを汲み、政府内に圧倒的に太いパイプラインを持つ、渡辺家当主、渡辺綱。
 権力、財力、という、一種異様な「力」の使い手である彼らならば、新幹線を走る前に止めてしまうことも、あるいは可能であるかもしれない。北海道初の新幹線の初回乗車を楽しみにしている方々には申し訳ないが、安全が確定するまで、新幹線にはおとなしく眠っていてもらおう。命を担保に旅に出るよりは、マシなはずである。
 草間は、早速、携帯のメモリを呼び出した。
 
 
 
 難事件は、自然と人を呼び集めるものらしい。風か雲のようにいつも飛び回っている元気少年、伍宮春華が現れた。ちなみに、お目当ては、草間家冷蔵庫に眠っている、ご近所の知る人ぞ知る穴場喫茶店の「秋の味覚をたっぷり詰め込んだ栗饅頭! 限定発売!」である。
 新幹線の悲劇を食い止めるために馳せ参じた、などという事実は、無い。肝心要の、近江真人(おうみまひと)、と名乗った予知の少年も、既に帰ってしまっていた。
 草間の家に上がりこむと、いそいそと冷蔵庫に向かう。
 そして、悲鳴。
「栗饅頭がないぃぃ〜っ!」
 ああ、そう言えば、さっき全部食べてしまったな、と、草間が呟く。春華が、ひどいや!と足をじたばたさせた。一応、彼は、平安の世に跳梁跋扈した由緒正しき天狗の一門……のはずなのだが。
 言動は、どう見てもただの中学生……いや、いまどき栗饅頭に悔し泣きする中学生がいるとも思えないので、ただの小学生である。
「義兄さん。春華さんのために、栗饅頭、買ってきてあげてください」
 妙に迫力のある零の笑顔に背中を押されて、草間がしぶしぶと買出しに出かけようとしたとき。
「草間。暇だから来てやったぞ。秋季限定発売栗饅頭の土産つきで……」
 レイベル・ラブが、勢いよく扉を開けたので、草間は哀れにもドアと壁に挟まれた。
 侮ることなかれ。一見美人なこの女性、引っこ抜いた電柱で恐竜をも殴り倒すという、恐るべき怪力の持ち主なのである。その彼女の開けたドアが、どれほどの速度と破壊力を誇るかは、いまさら逐一説明するまでもないだろう。
 草間が復活したのは、十五分後のことだった。
「向こうが見えたぜ……」
 三途の川からの帰還にしては、お早いお帰りである。
 
 
 
 草間が呼び出した、由緒正しき御家の三名が、まもなく現れた。
 栗目当ての春華と、その春華の胃袋を期せずして満たすことになったレイベルも、同席した。
 とりあえず、草間から、少年の「未来予知」の話を聞く。これほど育ちも考え方も種族も違う全員の意見が、一致した。
 すなわち、「少年に直に会って、直接、彼が見た未来の話を聞きたい」とのことである。
「時刻は、午後一時二十九分。北海道新幹線『極光』に起こる悲劇」
 セレスティが、何かを考え込むように、首をかしげる。長い銀髪が、肩から胸に滝のごとく流れた。
「時間がはっきりわかっているので、それから場所を割り出すのは、簡単ですね。しかし……近江真人くん……と言いましたね。まずは、彼から直接話を聞いてみたいものです。出来れば、彼が見た光景そのものを……この目で」
 もともとは人外の者であるが故に、現実世界にはそぐわない、セレスティの瞳。その代わり、肉眼などには及びもつかない鋭い感覚が、彼には先天的に備わっている。その第三の目とも呼ぶべき感覚で、少年の見た未来を確かめたい。
 少年を疑っているわけではなく、少年を信じていればこそ、完璧な情報が欲しいのだ。
「それについては、全く同感ね」
 応仁守財閥の総帥令嬢、瑠璃子が同意する。
「新幹線を、財閥の力で止めることは、おそらく可能……。だけど、それをすれば、間違いなく、多大な迷惑、多大な悪影響を、様々なところに及ぼすことになる。まぁ、人の命には変えられないわけだけど……。確たる証が無ければ、動けない。権力、財力は危険な力よ。時に、人を助けるどころか、人を食らうわ」
 草間が、やれやれとでも言いたげに、今日二十四本目のマルボロに手を伸ばした。
「明日、もう一度、近江真人を呼んで、未来を幻視させるか。さっき、おまえたちが来る前にやらせたばかりだから、俺としては避けたいんだがな」
「さっき?」
 渡辺綱が、訝しげに眉を寄せる。草間が説明した。
「このメンバーのほかに、さっき、四人が、近江真人と居合わせてな。その中の一人、巽千霞という大学生には、シンパシー(精神感応能力)があって……。彼女の力で、近江真人の見た未来を、全員で直接覗いたんだ。俺は、謹んで辞退したがな……。かなり酷いものだったらしいぞ。そう何度も近江真人にその力を使わせるのは、酷かも知れん……」
「精神感応能力……シンパシー……」
 渡辺綱が、顎の辺りに手をあてて、考え込んだ。出来るかもしれない、と、やがて、ぽそりと呟いた。
「俺には、過去視の力があるんだ。ここで、その真人が見た光景を、俺が拾えば……」
 いや、でも、それでは、自分しか見れないな、と、溜息を吐く。加えて、綱の過去視の力は、極めて不安定で危険なものだ。あまりにも負担が大きすぎて、最悪の場合、精神崩壊までも引き起こしかねない。正直言って、怖い……。
 安易には踏み込まざるべき、禁じ手。
「心配は要らない」
 綱の目の前に座っている、美人だが少々愛想にかける女が、言った。レイベル、って名乗ったな、と、綱はその名を思い出す。
「私は、医師だ。私の目の前で、生死に関わるような事態は、起きない。起こさせない」
「なんかよくわかんないけど」
 天狗だという少年が、うんうんと頷いた。
「俺、手伝ってやるよ。あんたのこと。あんたは俺に栗饅頭くれたし」
「それは、私だ」
 さりげなく突っ込むレイベル。そうだっけ?と、春華は笑った。彼にとっては、重要なのは栗饅頭そのもので、それをくれた人は興味の圏外であるらしい。
「まぁ、いい。それに、あなたが過去視で拾った光景は、私が皆に伝えよう」
 綱が、驚いてレイベルを凝視した。
「出来るのか? そんなこと」
「型破りの力が、私の最大の特色でな。ただし、方法は、企業秘密だ……」
「なんだぁ。それ」
 綱が苦笑する。セレスティが、さりげなく、光しか感じられない自身の目に手を当てた。
「私も、補佐しますよ。渡辺さん一人だけに、それほど危険な力を、行使させたりはしません」
 恐ろしいほど綺麗な人だな、と、綱はセレスティの容姿に驚嘆する。単に綺麗などという話ではなく、何か、包み込むような、大きな力を感じるのだ。
 もともとは、セレスティが「水」に属する存在だからなのだが、むろんそれを綱は知らない。彼自身が持つ天性の感覚で、見抜いたといった方が近かった。
「そこまで期待されちゃ、頑張ってみるしかないよな」
 源氏の宝刀「髭切」を、己が内より召喚する。力の行使には欠かせない御霊を宿す神剣は、それ自身が明確に意思を持って、主の呼び声に応じた。
「俺に、見せてくれ。近江真人が目にした、未来の残像を」
 とんでもない事件にかかわってしまった、とは、綱は思わない。そんな後ろ向きな思考は、彼には無い。
 今、自分に出来る精一杯のことをするだけだ。必要とされているから、危険な力の開放も、怖くはない。
 線の細い、小柄な少年の見た未来の欠片が、綱の中に、流れ込んできた。声が、遠くに、響いた。



「僕は、新しい新幹線の通路を、歩いていたんだ……」



 完成したばかりの新幹線は、綺麗だった。
 照明が煌々と輝いて、眩しいほどだ。目の覚めるようなブルーの座席に、それとは対照的に、あくまでも白い内壁。落ち着いた淡い緑のカーテンが、完璧に調えられた空調の風に、微かに揺れる。
 車輪のもたらす振動は、ほとんど無い。まるで滑るように走っていた。
 思い思いに寛いでいる人々の間を、少年は、ゆっくりと歩く。
 首を捻る。
 どうして、僕は、こんな場所にいるのだろう?
 辺りを見回すと、向こうに、車内販売の女性がいた。そうだ。彼女に聞いてみよう。少年は駆け出す。だが、ふと、奇妙な違和感を覚えて、立ち止まった。
「暗い……」
 新幹線の中は、暗かった。電気は点いているのに、それでも何故か暗いのだ。その理由は、すぐにわかった。窓の外が、真っ黒なのだ。まるで、墨で塗りつぶしたみたいに。
 いや、時々は、何かの合図のように、ぽつん、ぽつん、と、明かりが灯る。だが、その青白い光は、少年にはかえって不気味に感じられた。まるで、何かの化け物の、目みたいだ……。
「耳……痛い」
 それに、音。切れ目のない、低い轟音。
 何となく顔を上げると、ドアの上の電光掲示板に、「本日開通! 北海道新幹線『極光』にようこそ!」と、文字が流れていた。それで知る。そうか。ここは、北海道新幹線の中なのか。
「窓……。まだ、暗い」
 トンネルにしては、長すぎる。時速三百キロ以上を誇る新幹線が、どうして、いつまで経っても抜け出せないんだ?
「長い……長いよ」
 その時、ふと、声が聞こえた。

 いらせられませ。

 驚いて、振り返る。誰かが呼んだ? でも、そこには、思い思いに寛いでいる人々がいるだけだ。本を読んだり、眠っていたり。誰も少年に気など払わない。
 ああ、気のせいか。何となく、安堵する。その瞬間。

 世界が、反転した。

 凄まじい衝撃。体が激しく叩き付けられる。爆発音が轟き、硝子の砕け散る音がした。明るかった視界が、暗闇に包まれる。何が起きた? 何が起きた? 少年は、必死に目を開けて、辺りの様子を確かめる。シートが、正面の壁になっていた。頭蓋の割れた誰かの頭が、大きくのけぞり、白目と目が合った。
「う……うわあぁぁぁ!」
 少年は、割れた窓を尻の下に敷いて、座り込んでいた。ぱらぱらと、天井からも硝子の破片が降ってくる。新幹線が、横転していた。すすり泣く声。苦痛の呻き。痛い。痛い。痛い……。
 そして、鳴り止まぬ地響き。徐々に大きくなる。何かが迫ってくる。いきなり、水が溢れ出した。跳ねた飛沫が、口に入った。しょっぱくて、思わず吐き出した。海水だ。海水が、どんどん、嵩を増して……。
 踝まで。膝まで。太腿まで。腰まで。胸まで。喉まで。
 溺れる。流される。水に埋まる。だけど、出口はない。運良く車外に押し出されたけれど、上を見上げて驚愕する。上は、岩盤。硬い土くれ。コンクリートと、何かの建築資材が、悪夢のように連なっている。海面が無い。
 出口が、無い。
「あ…………あ………」
 漂ってきた死体に、ぶつかった。腕時計が、闇の中で、光っていた。デジタル文字に仕込まれた発行塗料だけが、肝心の時計が壊れてしまったのに、生きている。こんなに暗いのに、なぜか、その文字は、はっきりと見えた。
「PM1:29」



「ああぁぁぁ!!!」



 悲鳴が、全員の意識を、現実世界へと引き戻した。
 それぞれが、詰めていた息を、ほっと吐き出す。

「青函トンネル、ですね」

 セレスティが言い、現代日本の知識が少々欠けている平安天狗の春華以外が、頷いた。
「『極光』は、東京と札幌をノンストップで結ぶ新幹線だ。途中、青函トンネルを……通る」
 自分の声が、掠れそうになるのを、必死でこらえる、綱。
「それが、新幹線を巻き込んで、崩れたら……」
 苦しみ足掻く人々悲鳴すら飲み込んで、瞬く間に全てを奪い取った、深海の脅威。思わず総毛だった二の腕を、瑠璃子が擦った。
「全滅……か」
 絶対に助からない。医師だからこそ、その生存率の低さが、レイベルにはよくわかる。ジャンボ旅客機三台分の墜落に勝るとも劣らない、大惨事だ。もはや、子供のタチの悪い戯言では、すまされない。
「よぅし! 作戦会議だ!」
 この中では、一番何も考えていない……いや、失言。一番のムードメーカーである伍宮春華が、ぐっと握り固めた拳を振り上げた。
 おお、からす天狗、意外にも真面目じゃないか……と、ちょっと褒めてやろうかと、レイベルがらしくもない仏心を起こしたのも束の間、春華は、悪びれた風も無く、実に恐ろしいことをサラリと口にした。
「新幹線、俺たちで、乗っ取ってしまおう!」
 走らなければ、事故も起きないし。起きても、乗ってるのが俺たちなら、死にそうにないし。
 正論といえば、正論なのだが……何かが違う。
「そうですね……。乱暴な武力行使は、控えるべきですが……例えば、座席を全て買い占めるとか、方法は、ありますね。死傷者を出さない、という点では、悪い手段ではないと思いますよ」
 セレスティ・カーニンガムが、穏やかに微笑しながら、春華の「新幹線乗っ取り大作戦」を後押しする。財閥総帥様、綺麗な顔に似合わず、意外に言うことは過激だ。
 瑠璃子は、早速、携帯で一族郎党に連絡を取った。蛇の道は蛇、という奴で、財閥総帥御令嬢の彼女には、表立ってはとても言えないような、あんな知人、こんな友人が、たくさんいる。
「……追って連絡を入れるわ。それまで待機よ。いいわね」
 ぶつん、と、携帯を切る。それにしても、行動が速い。
「大丈夫、だよな」

 綱が、にわかに活気付いてきた皆を横目に、ひっそりと呟いた。彼の脳裏には、過去の残像の中に出てきたある「声」が、白い布地にこびり付いた汚れのように、いつまでも、消えずにわだかまっていた。

「いらせられませ」

 何だったのだろう? あの声は。
 まるで、足元から、這い上がってくるような……。

「まずは、出来ることから、始めよう!」
 どこまでも明るい春華の声がする。綱は、意識を無理やりに嫌な予感から引き剥がした。

 そう。出来ることから、始めればいい。ここにいる自分は、一人ではない。立ち向かうべき困難は大きいけれど、様々な能力を持った、頼もしい仲間たちがいる。
 
 未来は、きっと、変えられるものだから……。





【洞窟内にて】

 セレスティ・カーニンガム、応仁守瑠璃子、渡辺綱。
 三人は、それぞれの家の力を最大限に活用して、有言を見事に実行して見せた。
「貸切です。今日の新幹線は」
 結局、この新幹線騒動に巻き込まれた総勢は、九名。海原みその、応仁守瑠璃子、鬼頭郡司、セレスティ・カーニンガム、レイベル・ラブ、巽千霞、渡辺綱、伍宮春華。
 千三百名を一気に運べる新幹線が、近江真人も加えたたった十名のために、運行する。
 そう。運行するのだ。新幹線は。走ること自体を、止めるわけではない。
 誰もが、正体不明のあの「声」に危機感を抱いていた。
 あの「声」の正体を確かめなければ、事件は解決を見ない。確信が、全員にあった。そして、原因を根本から正さなければ、未来はまた幾度でも歪むだろう。一時的に新幹線の運行を邪魔したところで、それは、臭い物に蓋をしたに過ぎないのだ。
 新幹線には、五名が乗り込んだ。
 巽千霞、葛西朝幸、渡辺綱、応仁守瑠璃子、そして、近江真人。
 レイベル・ラブ、海原みその、セレスティ・カーニンガムの三名は、なにやら調べ物があるとのことで、後から別の手段で追いつくことになっている。
 また、高い飛行能力を誇る鬼頭郡司と伍宮春華は、一足先に、例の問題場所である青函トンネルに現地入りした。

 その飛翔自慢の二人が、青函トンネルに到着したのは、当日の朝だった。
 彼らが持っている動物的な感覚を最大限に高めて、現地調査を開始したが、特に怪しいものは感じられない。
 いや。感じられない、という言い方は、正しくないだろう。この長大な海底トンネルそのものが、何か一種異様な力で、狭く、きつく、閉じられている。何かは感じるのだ。ただ、その出所が、漫然とし過ぎているというだけで。
 洞窟全体が、不思議な霊的な力で満たされていた。邪悪、という種類のものではない。むしろ、これは、祈りに近い……。
「もうすぐ、新幹線が、ここを通過する」
 どれほど時間が経過したかわからない、その時、ふと、覚えのある声が聞こえてきた。
 振り返ると、そこにはレイベル・ラブが立っている。彼女は、セレスティやみそのと行動をともにしていたはずだが、ここにきて、現地調査組に加わった。
 雷鬼と天狗の二人は、その能力にはなんら問題は無いが、人外の存在であるがゆえに、著しく常識に欠けているふしがある。多少は常識人であるこの私が手伝ってやろう……と思ったりもしたのだが、彼女も、変わり者という点では、前者二名になんら遜色はなかった。
「無事に、通り過ぎてくれればいいが……」
 ごぉぉ、という、低い音が轟いてくる。新幹線が、近づいてくる。あまり寄りすぎると危険なので、三人とも、可能な限り、壁際に下がった。鼓膜が破れそうだ。振動が、はるか彼方にまで伝わってくる。

 不意に、聞こえた。
 列車の唸りとは別の次元で、囁く声。

 いらせられませ。

 現れた新幹線は、傍から見てそうとわかるほど、斜めに傾いていた。片方の車輪は、既に完全に浮き上がっている。壁から、地面から、無数の赤い光が這い出して、何かの蟲のように鉄の塊に取り付いていた。それが、ぐいぐいと、新幹線を横に引き倒そうとする。
 ありえない光景に、誰もが息を呑んだ。
「雷獣!」
 一番速く動いたのは、郡司だった。天に属する彼が、地の底で力を行使するのはひどい負担になったが、そんなことに構っていられる状況ではない。
 召喚の言霊は、闇を裂いて、黄金色の霊獣を異界より呼び出した。それが跳躍するだけで、辺りに青白い雷が放たれ、密集していた怨霊たちが、ぱっと裂かれた布のごとく四散する。
 幼さをどこか含んだ少年の顔が、いつの間にか、完全に大人のそれに変わっていた。声はいっそう低く、張りを増し、腕や胸周りが厚みを増した。夏草色の双眸が、獲物を狙う猛禽の獰猛性を帯びて、鬱金に輝く。いつもの陽気な鬼頭郡司の姿は、そこには、無い。
 帯電のため、硬い針のように棚引く髪の間から、鋭く尖った角が突き出ていた。無造作に腕を払うと、何もない宙空に、雷が半円の青い軌跡を描き出す。
「めんどくせぇ……。一気に吹き飛ばしてやる!」
 洞窟内の空気が、脅えたように震えた。正負の荷電粒子が、恒星のような塊を生み出した。
「郡司、張り切ってんな! 俺もやるぞっ!」
 春華の得意分野は、風。固い岩盤を紙のように切り裂くことも、突風や竜巻であらゆるものを薙ぎ倒すことも可能だ。
 今、この時、何が一番楽しいかな? 考える。結論は、すぐに出た。そうだ。郡司の雷を、風の力で、掻き回してやろう。
 洞窟内の隅々にまで、あの強烈な白い閃光を、送りつけてやる。もちろん、加減は忘れない。トンネルそのものを壊してしまったら、意味が無いからだ。
 わくわくした。楽しくて仕方ない。背中の翼が、ほとんど無意識のうちに広がった。深紅の瞳が、種火を与えられた熾きのごとく、色鮮やかに輝きを増す。
 懸命に人間社会に馴染もうとはしているものの、やはり、彼らは、人ならぬ存在だった。力に対するこの高揚感は、忘れられない。如何ともしがたい。
「……私がこの場にいること、綺麗に忘れているな?」
 レイベルが、低く唸る。雷を二、三発食らって死ぬような、ヤワな体はしていないが、それでも、黒焦げになるのだけは御免被りたい。まぁ、彼女は無数の奇跡の体現者であり、不死者でもあるから、たとえ核爆弾を真上に落とされても、どこかでちゃっかり復活を果たしていたりするわけだが……。
「仕方ない。私は、連中の迷惑な風と雷が、洞窟と新幹線に被害を及ぼすのを、防ぐとするか」
 ぴしゃん、と、足元で雷が弾けた。ひょいと片足を上げて、それをかわす。ふと見ると、新幹線が、ガタンゴトンと動き始めていた。まさか、雷で電気系統が復活したのか!?
 
「洞爺丸です!」

 突然、誰かの言葉が、脳裏に弾けた。テレパシーの使い手か何かが、新幹線の中にいるようだ。もう少し、音量を下げてくれ、と、レイベルは思った。本気で脳天に響く。
「聞いてください。鬼頭さん! 伍宮さん! レイベルさん! 外に、洞爺丸の霊を慰めるための、祠があります! 新幹線の工事で、それが、埋まってしまっているんです! 見つけてあげてください! 表に出してあげてください! この人たちは、ただ、忘れられたのが、悲しかっただけなんです!」
 洞爺丸。
 レイベルは、その名前を記憶の底から掘り当てる。世界第二位の海難事故に見舞われた、悲運の船、と、聞いた覚えがある。一位は、あのタイタニックだ。それにしても、なんで洞爺丸なんだ? 青函トンネルと何の関係が……。
 そこまで考えて、はっとした。
 関係は大ありだ。洞爺丸事故こそが、青函トンネルが掘られることとなった、その原因ではないか!
「なるほど。この有象無象の心霊現象たちは、その洞爺丸の亡霊ということか……」
 新幹線の脱出用扉が、開いた。戻れ、と、叫んでいる。
 レイベルはだっと列車に飛び移った。春華がそれに続いた。郡司はなかなか来なかった。祠を、探しているのだろう。
「鬼頭! 鬼頭! もういい! 戻れ! 戻れ!!」
 新幹線に乗った者たちが、最後の一人を必死に呼ぶ。悔しそうな表情を隠そうともせず、郡司が飛び乗ってきた。がん、と、近くの壁を思い切り蹴飛ばす。
「ちくしょう! どこにあるんだ! 何か感じるのに……探せねぇ! この近くにあるはずなのに!」
「仕方ないよ。郡司。いくら郡司でも、ここが完全に水に埋まってしまったら、マズイだろ?」
「もう少しなのに……」
「……あれだ!」
 レイベルが叫んだ。彼女の指す方向の壁に、ごく小さな亀裂が走っていた。目には見えない何かが、そこから染み出している。
 止める間もなく、天狗の少年が飛び降りた。それを慌てて郡司が追う。二人で、その割れ目に手を突っ込んだ。壁を崩した。
 塗り固められた資材の向こうに、壊れかけた古い社が、ひっそりと顔を覗かせた。
「そりゃあ、怒るよ。こんな所に、こんな風に、閉じ込められたら」
 自分も長く長く閉じ込められていた春華だからこそ、その気持ちが理解できる。寂しかった、あの頃。何もない闇の中、ただひたすらに、誰かが現れてくれるのを、待ち続けた。封印されていた間の記憶はほとんど無く、全てが朧に霞んでいるのに……ただ、それが途方もなく長い時だったということだけは、よくわかる。
 今も、ぼんやりと、体の隅に孤独の残滓が残っている。
「戻るぞ!」
 郡司に促され、春華が頷く。まだ、全て終わったわけではない。生きてここから出ないことには、全てが無駄になってしまうのだ。
 新幹線の速度は、既に時速二百数十キロにまで回復していた。本来の三百キロ以上には及ばないものの、十分に速い。
 それに追いつくのは、郡司と春華の能力をもってしても、至難の業だった。無理か、と思った瞬間、新幹線の最後尾の緊急脱出用の扉が開いた。そこからレイベルが身を乗り出して、春華と郡司の腕をつかんだ。
 もつれるように転がり込んだ三人を跨ぎ越して、綱がばたんと開いたままのドアを閉める。
 亡霊は、まだ、狭い車内を這い回っていた。祠は見つけたのに、それだけでは、癒しにならないとでも言いたげに……。



「光」



 レイベルが、呟いた。
 新幹線の窓の向こうに、急に、景色が生まれた。地底から、地上に、体が持ち上がる感覚。あっという間に光が満ちて、彷徨っていた亡霊たちが、消えた。
 外は、紅葉。鮮やかな燃える山並みと、瓦ではない屋根の群。広大な平野に、夏の緑の名残が揺れている。暗い海底トンネルのすぐ向こうは、秋の実りの北海道だった。
 空気が、澄んでいるのがわかる。残暑の厳しい本土とは、まるで違う。冷たいとすら感じる、碧く色付いたような風。
「北海道だ!」
 不思議だった。その景色を見た瞬間に、全ての徒労感が消えてゆく。心地よい安堵感が、身を包む。
 ぐったりと、座席の背に沈み込んだ。睡魔が、まどろみの中に、彼らをたちまち誘った。
 終着駅は、札幌。休むことなく、新幹線は、北の大地を駆け抜ける。
 それまでは……。





【自分らしく】

 当初の予定、三時間五十七分を三十五分ばかりオーバーして、東京発新幹線は、無事、札幌駅に到着した。
 セレスティ・カーニンガムは、既に手を打っていた。青函トンネル内に発見された、霊鎮めの祠の修復を、すぐさま指摘する。三週間ほどの工事期間が設けられ、その後、改めて、開通式が行われた。
 草間興信所のメンバー九名が乗り合わせた走行は、ただの試運転だった。遅れた三十五分の間に何があったかを知る人は、彼らの他には一切なく、その事故の規模とはあくまでも対照的に、真実はひっそりと闇に埋もれた。

「事故は防いだが、あなたが狼少年と呼ばれることに、変わりはない。誰も、真実を知らないのだからな」
 レイベルの言葉に、みそのが頷く。優しげな顔をして、その発言は、相も変わらず物騒だ。
「少しくくらいなら、起こった方が、良かったかもしれませんね」
 だが、少年は、首を振った。起こらないで良かった、と、何ら躊躇いもなく、そう笑った。もともと、褒めてもらう気など無かったのだ。目の前で苦しんでいる人がいたから、それを助けようと思っただけ。理由は、それ以上でも、それ以下でもなかった。何かの利を求めたわけでもない。
「私は医師だ。あらゆる治療を引き受ける。例えば、あなたから、望まぬ力を取り除いてやるような施術も、知っている。どうする?」
 レイベルの言葉に、少年が、はっと息を呑む。それは、途方もなく、魅力的な提案に思えた。今まで、こんな力を欲したことはない。何を見ても信じてもらえず、口にすれば嘘吐きと罵られ、全てが終わった後には、気味が悪いと露骨に避けられた。
 失くせるものなら、失くしてしまいたい。いらないからと、古い月めくりを取り替えるような感覚で、今の自分を新しい自分に据え置くことが出来たなら、それは、どれほど、楽で安易な道だろう?
 だけど……。

「それでも、これが、僕だから」

 その力も、近江真人を形作る、重要な構成面の一つなのだ。捨ててしまっては、いつまで経っても、本当の自分自身とは向き合えない。
 それに、彼だけではなかった。不思議な力の持ち主は。彼が今まで知らなかっただけで、たくさんいたのだ。そのほとんどが、何らかの事情を抱え、己の特異な力と折り合いをつけて、生きている。
 彼らに出来て、自分に出来ないはずがない。真人は、そう思った。この忌まわしい力さえも、与えられた宝の一つとして享受して、誰に憚ることもなく、堂々と、先を見つめていたいだけ……。
「僕は、この力と一緒に、これからも、頑張っていくよ」
「まぁ、そう言うだろうと、思っていたがな」
 少年の答えを、初めから、レイベルは知っていたようだった。嫌だからと逃避するような人間なら、そもそも、狼少年と呼ばれるのを覚悟の上で、不吉な予言を口にしたりはしない。
「また、何かが見えましたら、一人で抱え込まず、草間さんに相談したら良いと思いますよ」
 セレスティがアドバイスをする。草間が聞いたら、なんで俺が……とボヤくこと間違いない。
「物好きな能力者が、また、好んでトラブルに飛び込んでくれるだろう。遠慮することはないぞ。根っから騒動が好きな奴らばかりだからな」
 あながち外れてはいない、レイベルの指摘。
「ありがとう。お兄さん。お姉さん」
 少年は、ぺこりと一つ深くお辞儀をして、身を翻した。夜の帳の向こうに、その姿は、まもなく溶け込んで消えた。

「お姉さん、ですか……。最後まで、誤解、解いてはくれませんでしたね……」
 みそのがやや不満げに呟く。
「同い年、なんですけど……」
 海原みそのも、十三歳。
「その格好のせいだろう。黒いスーツなんか着込んで……。おまけに、その黒いマフラー。どう頑張っても、十三歳の中学生には見えんぞ」
「今回は、新幹線の騒動でしたので、アニメの00何たらを参考にさせていただきました。妹たちのオススメなんです」
 沈黙が、満ちた。
 その00何たらの正体を、あえて確かめる物好きな性質は、他二名にはない。聞き流すことにした。
「………帰りましょうか」
「………そうしよう」
 
 それぞれに、帰途につく。
 あくまでも僕らしく頑張るのだという、少年の声が、ふと、脳裏に甦った。

「それでも、これが、自分だから……」





【1329の因果律】

 後日、「13時29分」の真の意味が、セレスティ・カーニンガムと海原みそのの口から、皆に伝えられた。

「新幹線の乗員数は、満席時、客員乗員あわせて、1329人。そして、洞爺丸の、死者、行方不明者数が……1329人」

 奇しくも同じ数字だったことが、そこに、ねじれた因果律を生み出してしまった。
 亡霊を鎮めていた祠が壊されたことも、その歪んだ法則を確たるものにしたのだろう。
 死者の世界より、魂たちが甦る。同じ数の生者に成り代わろうと、意識が目覚める。



 いらせられませ。いらせられませ。
 水清らかなる、眠りの淵へ。

 いらせられませ。いらせられませ。
 闇静かなる、とこしへの地へ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1388 / 海原・みその / 女性 / 13 / 深淵の巫女】
【2086 / 巽・千霞 / 女性 / 21 / 大学生】
【1472 / 応仁守・瑠璃子 / 女性 / 20 / 大学生・鬼神党幹部】
【1892 / 伍宮・春華 / 男性 / 75 / 中学生】
【1838 / 鬼頭・郡司 / 男性 / 15 / 高校生・雷鬼】
【1761 / 渡辺・綱 / 男性 / 16 / 高校生(渡辺家当主)】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【0606 / レイベル・ラブ / 女性 / 395 / ストリートドクター】
【1294 / 葛西・朝幸 / 男性 / 16 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。ソラノです。
今回は、色々な方に初参加していただきました。ありがとうございます!
ちなみに、登場人物紹介の並び順は、お申し込み順です。

このお話は、大きく三つのパートに分かれています。
一つ目は、海原みそのさん&セレスティ・カーニンガムさん。
二つ目は、伍宮春華さん&鬼頭郡司さん&レイベル・ラブさん。
三つ目は、巽千霞さん&応仁守瑠璃子さん&渡辺綱さん&葛西朝幸さん。

皆さんのプレイングが、それぞれ個性的で、あれも使いたい、これも使いたい、と、かなり泣きました。
結局、枚数その他の関係で、大幅に削ってしまった箇所も多く、中にはほとんどプレイングが生かされていないPCさんもおります。
かなり字数を詰めましたが、それでも長いです。物凄く長い話となっております。
長文が苦手なPCさんには、申し訳ないです……。

レイベル・ラブ様。
初参加、ありがとうございます。レイベルさんの独特の個性をどう出すか、非常に苦戦しました。
淡々と、達観して……を意識したのですが、一緒の登場人物が過激なので、結局、レイベルさんも言動が過激に……。
総勢九名の新幹線騒動、少しでも楽しんでいただければ幸いです。