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金礼生成中
突然ですが。私、ラクス・コスミオンはただいま悩んでいます。
その悩みと言うのも……
「人間の世界では、お金と言うものが必要なんですよね……」
何気なく呟きながら、ラクスは屋敷の主、雨柳・凪砂の隣に伏せた。
「そうですね…何をするにも、たいていはお金がいるでしょう…」
片手サイズの本に目を通しながら、凪砂もまた同じように何気なく答えると。それを待っていたかのように、ラクスは身をぐぐっと乗り出して、
「ココにお世話になっているのだから、きちんとお金を出さないといけませんよね」
と、凪砂に申し出たのだった。
すると、凪砂はきょとんとして、
「あぁ…構いませんよ、お金なんて……」
「ですが…」
「あたしがいいと言っているんですから、気にしないでください」
やんわりと微笑を浮かべて拒まれたが、それではラクスの気が納まらないのだ。あくまで食い下がろうとする。
何とかして『家賃』を払い、御礼に報いたい。
しかし。かといって、ラクスにめぼしい収入はあったろうか。それを思案して、止まった。
「…どうしたものでしょうか………」
ラクスは一人、部屋の中で思案していた。
屋根のある家。その部屋は質素ではあるが、住みやすく快適だ。しみの無い白い壁も、気持ちがいい。
そんな部屋の中には、本やら魔具やらが、きちんとはしていないがある程度は整えおかれている。
そう、割と自由に使わせてもらっているのだ。部屋だけでなく、そこでの生活も含め、凪砂には世話になりっぱなし。
ラクスはもう一度、そっと伏せながらどうしたものかと呟いてから。何かひらめいたような顔をし、がばっと立ち上がった。
「凪砂様、部屋を一室、お借りできませんか?」
弾んだような様子に、凪砂はきょとんとし、首をかしげながらラクスを見た。
「構いませんが…いったい何に?」
凪砂の問いに、しかしラクスは、笑みだけを返す。凪砂はまた、首をかしげたのだった。
ラクスは借り受けた部屋へ入り、ざっと見渡した。
めったに使っていない部屋なのか、そこにはものが殆どない。そして、少しだけ埃っぽかった。
「この広さなら、きっと十分ですよね」
掃除道具を魔術で操りながら、ラクスは微笑む。
彼女が欲しいのは、お金。端的に言えば金だ。
そう、無いのなら作ってしまえばいい。ラクスの考えは、そこに至ったのだ。
金への変換は、『図書館』でもよくやっていたこと。難しいことではない。
「まずは、部屋を綺麗にしませんと…」
金の埃など作るわけにも行かない。ラクスは魔術ではたきを振り、床をせっせと雑巾がけしだす。
そんなラクスの様子をガラス越しに見て、凪砂はやはり首をかしげながらも、微笑ましげに見ていた。
「…お茶でも、一緒に飲みましょうか……」
ラクスと同じようにせっせとお茶の準備をしている凪砂。お菓子なんかも用意しながら、わずかに苦笑を浮かべた。
何をする気なのかはわからない。だが、彼女の一生懸命な姿には、逆に申し訳ないような気さえした。
「本当に、気にすることなんて無いのに……」
盆に茶を乗せ菓子を乗せ。凪砂はラクスの居る部屋へと向かいながら、呟いていた。
「こんなものですか、ね……」
額に光る汗をぬぐい。ラクスは綺麗になった部屋を見渡した。
ラクスの住まうのと同じ、質素な部屋。物がない分、余計簡素に見えたものだ。逆に、綺麗な白壁はより際立っていたが。
だが、ここはすぐに目もくらまんばかりの、文字通り黄金の部屋になるのだ。凪砂に喜んでもらえることを思うと、気合も入る。
が。ラクスはとんでもない見落としをしていたのだった。
金の練成手順をざっと振り返り、確認してから、さぁ本番と思ったまさにその瞬間。
物陰から這い出してきたのは、黒い影。生きた化石だの主婦の敵だの台所の悪魔だの言われる、アレだった。
一瞬、目が点になるラクス。次に出てきたのは、悲鳴。それも、とてつもない絶叫だった。
「き…きゃああああああああっっっ!!!」
「ラクスさん、調子はどう………」
混乱状態になりながら、手振り足振り部屋中を逃げ回った。逃げ回りながらも、練成だけはきっちりやっていたようで。
はっとわれに帰ったその瞬間は、眩しさに目がくらんでのことだった。
真白だった壁も、天井も、床も。全て金に変わっており、その眩しさと完成の喜びに、ラクスは微笑みながら光を遮るように手をかざした。ちょっと異様だが、気にしない。
「これなら、凪砂様にお返しできますね」
思わず、顔がほころんでしまう。
ところで。
「先ほど、凪砂様の声が聞こえた気がしたのですが……」
不思議そうに思っていると、ふと、足元に視線が行った。
そこに転がっていたのは、間違いなく、アレ。しかも、眩しきかな純金製だ。
「まぁ…なんて物を作ってしまったのでしょう……」
純金製でもおぞましいものだ。ラクスはよらないようにそっと離れながら、再び思い起こす。
声はすれども姿の見えぬ、凪砂のことを。
はてはてと思い、首をかしげた直後。はっと至った思いに、自分で驚愕。
「まさか……」
恐る恐る、扉を振り返る。はたして。そこには見事な純金像。お盆を持った可愛らしい女性が、扉を開けかけた姿で立っているのであった。
「まるで、凪砂様のような顔をしていますね……」
まごうことなく、凪砂本人であったが。
呟きはたいした現実逃避にはならず。次の瞬間には、滝のような冷や汗と共に、凪砂の像にすがり付いていた。
「な、凪砂様ぁ〜〜〜!!」
先ほどのパニック時、なりふり構わず金にしてしまったらしい。凪砂の入室タイミングも、かなり運が悪かったが。
いや、そんなことを言っている場合ではない。とにかく凪砂を元に戻さなくてはならない。
その作業は完全徹夜で一週間に及んだ。
何とか、やっとの思いで凪砂の自由を取り戻したラクスは、寝起きでぼんやりしているような状態の凪砂の前に、土下座した。
「凪砂様、済みませんでしたっ!」
「…………え?」
お盆に載ったお茶片手に。やはり凪砂は、首をかしげるのであった。
それから後のこと。
「金の部屋を……それに巻き込まれてしまったのですね…」
「本当に申し訳ありませんでした…」
お世話になりっぱなしで『家賃』さえ払えない状態で。屋敷の主を金に仕立て上げてしまうなんて、なんと言う失態だろうか。
しゅんと肩を落とすラクス。そんな彼女の横に腰掛けて、凪砂はクスクスと笑っている。
「戻れたのですから、そんなに落ち込まないでください」
「……凪砂様は、優しい方ですね……」
そんなのは、今更なことだ。だが、いまはより身にしみて思うのである。
こんな渚に住まわせてもらっているのは、幸せなことだと感じる。
思っていると、凪砂がじっと見てくる。
(まだ落ち込んでいると思われてるのでしょうか…)
ラクスがにこっと笑って見せると、凪砂も安堵したように、微笑んだ。
金銭での礼は、いまは諦めよう。そのかわり、少しでも少しでも、凪砂の役に立てればいいのではないか。
ラクスの悩みは、そんな結論に、至ったのだった。
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