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「天使の卵 悪魔の卵」
〜プロローグ〜
それは他愛ない、よくある噂のひとつだった。
ネットで最近流行っているこの、卵シリーズ、今回は「天使の卵」と「悪魔の卵」だ。
どうやら自分で選ぶことは出来ないという。
その代わり、中に天使と悪魔を模したチョコレートではなく、本物の天使と悪魔のミニチュアが入っていた場合、未知の扉が開くと言われている。
不思議なことに、善良な魂の持ち主には「天使の卵」が、凶悪な魂の持ち主には「悪魔の卵」が送られてくるらしい。
「それで、こちらに依頼とは？」
草間はタバコをふかしながら、依頼主と相対した。
相手は妙齢の女性。
雰囲気は、古き良き時代の着物美人という感じだ。
涙に暮れたその瞳には、たとえようもない悲壮感がただよっている。
「先日、退屈しのぎにと、息子に買ったのです・・・」
どうやら入院中の、9歳になる息子に、この卵を買い与えたらしい。
すると、その夜、病院のベッドから、忽然と彼は姿を消したのだ。
「誰も息子の姿を見た者はおりません・・・ですが、側にはこの卵の殻だけがございました・・・」
草間は指先でその殻をつまんだ。
零もそれをのぞき込み、そっと首をかしげた。
「単なる卵の殻ですね・・・」
「ああ」
何の変哲もないそれは、ちょっと指先で押すと、ぱき、と割れた。
「息子はもう先が長くないのです・・・良くてあと数年・・・」
目頭を絹のハンカチでおさえ、女性――――阿由葉栄子（あゆば・えいこ）は震える声で言った。
「もし、息子が行った先で、幸せそうにしていたら、ここには連れて帰らなくても構いません・・・あの子が幸せであれば、それで・・・」
「なるほど」
草間は少し天井を仰ぐ。
それから、膝の上に両手を組んで置くと、言った。
「わかりました。お引き受けします」
そして、おもむろに事務所を見回し、今回の役に適任な人物を見繕い始めた・・・
1.卵を手に
「ありがとうございました。落ち着きました」
ぺこり、と零に頭を下げて、彼女――――ラッキー・バード（らっきー・ばーど）はふわりと微笑んだ。
それから、思い出したかのようにあたりを見回すと、かすかに首をかしげた。
「…そういえば、私何故この興信所にいるのかしら。そうね、多分行き倒れていたのね・・・」
つぶやくように自分に言い、もう一度零を見上げて、にこ、と笑う。
「お名前をお教えいただけるかしら？」
「草間零と申します」
「そう、零さんとおっしゃるの。ご迷惑をおかけしました」
また丁寧に一礼して、バードはふと、草間と阿由葉栄子の方を見やった。
「あの・・・」
「何だ？」
草間は、また変なものを拾って、という目で零を一瞬見やり、ため息と共に、バードを振り返った。
「ええと…卵、ですか」
「ああ、卵だ」
聞いていたのか、という感じで、草間はバードを真正面から見た。
「『天使の卵』と『悪魔の卵』があるらしいが・・・」
「誰が入っていたのでしょう・・・」
ぽつりとバードは声をもらした。
しかし、その声を誰かがすくいあげる前に、彼女は自分で自分の言い方を揶揄した。
「…いえ、入っているというのもおかしな話なのですけれど」
何か知っているふうな彼女に、草間はふっと笑った。
「どうやら解決の糸口のひとつには違いなさそうだな」
草間は零を見、こう言った。
「彼女を今日はここに泊めてやってくれ。明日には、卵が届くよ」
翌日。
久々に普通のソファでぐっすりと眠れたバードは、金色に輝く髪をそっと振って、手ぐしで直した。
あまり乱れもしないらしく、彼女の背に波打つように沿っている。
大きな緑の目は光をたたえながら、それ以上に夢見るように見開かれていて、何を映しているのか、のぞき込んでみたくなるほどであった。
ふぁ、と小さめのあくびをし、バードは音が近付いて来るドアの方を見やった。
時間は10時、そろそろ所員たちが現れる頃だろう。
一番に入って来たのは零、その後に草間が眠そうに入って来る。
後からどやどやといろんな人たちが入って来ては、入れ違いに出て行く。
ここではあらゆる事件が持ち込まれ、それぞれの裁量で片付けられているらしい。
不思議そうにその様子を見ながら、バードは目の前に差し出されたかぐわしい香りのするカップに、視線を上げた。
「おはようございます。よく眠れましたか？」
零だった。
少し頷いて、バードはカップを受け取った。
ちょっと濃い目の朝のコーヒーは、ミルクでだいぶ緩和されていた。
こくんと一口、その後でバードの手に、草間がひとつの淡いピンク色の卵を差し出した。
そして、零の手にも。
「ひとつ訊いてもいいか？」
草間はバードに尋ねた。
「祐樹くんは、なぜ『あたり』を引いたと思っている？」
「祐樹さんが「あたり」の卵を手に入れたのはおそらく彼が『求めた』から・・・」
「『求めた』？」
「ええ。そして、おそらく彼は『天使の卵』を手に入れているわ」
にっこりと、バードは笑った。
「彼は、『神の庭』にいます」
ぱか、と彼女の、そして零の手の中で卵が割れた。
バードの卵の中からは、かわいらしい天使のチョコレートが転がり落ちる。
だが、零の卵からは、霧が立ち昇り、人型を取った。
びっくりしている零と、表情を変えないバード、それから、零が手に持っている卵の中に、『チョコレートしか』見えない他の人たち。
やがて、その霧は静かに形を変え、天使の神々しい姿に変わった。
しかし、その視界の端にバードを見とめると、鬼のような形相になる。
『あなたは』
「名前は呼ばないで！」
きっ、と相手をにらみ、バードは言った。
「今の私は只の鳥なのだから」
『なるほど・・・』
唇だけで微笑し、その天使はバードを見やった。
『では、せいぜい精進なさい』
改めて零を見、天使は彼女に訊いた。
『それでは、我と共に、『神の庭』に行くか？』
「あ、あの・・・」
零は困ったように、助けを求めるようにバードを見た。
「私は『神の庭』にいる権利がないんですよね・・・」
寂しそうにそう言い、バードは零を見返した。
「でも、『神の庭』に行く、ということは、魂の旅路をたどる、ということ。還れなければ、肉体は滅ぶわ。あなたは、いずれ迫り来る死を、この場で受け入れる？」
零は小さく首を振った。
「いいえ、選べません・・・」
「そうよね」
バードは立ち上がった。
そして、その天使に向かって言う。
「連れて行くのは無理のようですね。でも、目的があって、あなたを呼ぶことを選んだのです。私が、代わりに行っても大丈夫かしら？」
「修行期間が延びてもいいというのなら」
「・・・どうせ終わらないもの」
「ならば参ろうか」
「ええ」
バードは零を振り返る。
「祐樹さんに訊いて来ます。それ次第だわ」
「お願いします」
零は頭を下げた。
その頭を上げた時、彼女の目の前には、いつもの事務所の風景しか、映ってはいなかったのだった。
2.『神の庭』
虹の光が渦巻くトンネルを高速で抜けると、あたり一面花で覆われた土地にたどり着く。
ここは『神の庭』――――天国の入り口だ。
まだ天国に入っていない、生と死の狭間にある世界である。
ここで魂は完全に浄化され、天国への門をくぐる。
まれにこの場所に迷い込んでしまう生きた魂も存在し、その後生還した際に、「夢の世界のようだった」と報告されることがあるのも、この場所である。
今回、卵で「あたり」を引き、なおかつここへ来ることを選択したものは、一度この場所で、己の意志を確認するよう求められていた。
そして、祐樹も例外ではない。
バードは、『神の庭』に入ることも許されていないのだ。
だから、ここへ引率されてきた時に、首に銀の細い環をつけられることになった。
この環は、修行の「失敗」を意味するものである。
無論、この後も、ご丁寧に地上へ送り返されるのだが。
『神の庭』の片隅に、祐樹の姿を見つけたバードは、ゆっくりと花を踏みしめながら、彼に近付いた。
「こんにちは」
「こんにちは！」
にこっと、笑顔と元気な挨拶が返って来る。
その隣りに腰を下ろし、バードは祐樹が一生懸命作っているものに目をやった。
「それは・・・？」
「花かんむりだよ」
地上には咲いていない花で作られたその冠は、祐樹には少々大きすぎるものだった。
「祐樹さん、ひとつ訊いてもいいかしら？」
「なあに？」
せっせと、冠を作る手は休めずに、祐樹はかわいらしい声でそう聞き返した。
「あなたはここで幸せに包まれるでしょう。でも、敢えて困難に向かい、あなたを一番慈しんでくださる人の元へ帰ることを考えられますか？」
祐樹はその時になって、ようやくその手を止めた。
完成したのだ。
得意満面の笑顔で、バードを見上げ、祐樹は言った。
「おねえちゃんの言ってること、むずかしいね。でも、ママのところに戻るかって訊いてるんでしょ？」
「ええ、そうよ」
「僕がいると・・・ママが泣くんだよ・・・」
祐樹は訴えるように、バードに言った。
「僕がいなくなれば、ママは泣かないんだ・・・きっと・・・」
「では、祐樹さんは、お母さんのところには戻らないのね？」
ぱた、と祐樹の足元の花がぬれた。
ひとつ、またひとつと、しずくが落ちる。
「ううん、僕、ママのところに戻りたいな・・・」
こつん、と頭をバードにもたれさせ、祐樹は遠くを見つめるような目つきになった。
「僕、ずーっとママといっしょにいたいよ・・・でも、もうすぐここに来なくちゃいけないんでしょ？ママはいっしょには来れないよね？」
「そうね・・・」
「ママ、僕が戻ったら、次に僕がここに来る時、もう一回泣いちゃうよね・・・」
「祐樹さん・・・」
「すぐ、ママをひとりにしちゃうんだね・・・」
ぽろぽろとその目から涙が落ちる。
しゃくりあげながら、祐樹はそれでも、花冠を両手に持った。
「でも、僕、ママに何にも言わないで来ちゃったの・・・だから、ごめんなさいって、言わないといけないんだ・・・」
「ええ・・・」
「僕、帰るよ、おねえちゃん・・・」
バードはゆっくりと立ち上がった。
その背に、大きな真っ白い翼が広がる。
「私が連れて行くわ」
差し出した手に、祐樹の小さな手が重なる。
「さあ、行きましょうか」
次の瞬間、ふたりは虹の光に包まれていた。
〜エピローグ〜
ベッドで眠る祐樹の側に、栄子が眠らずに座っていた。
先ほどまで草間興信所で、何度も何度もお礼を繰り返していた彼女である。
その彼女と入れ違いで、バードは病室を出ていた。
これから、また病魔との、勝ち目のない戦いの日々を祐樹はしばらく続けることになる。
だが、それは彼が選択したことだ。
バードは、その彼に、そっと告げた。
「後悔は、しないわね・・・だって、最後はあなたが求める道を選ぶべきなのだから」
彼女はその場を静かに立ち去った。
病院を出、どこへともなく歩き出す。
その時、ようやく彼女はひとつの事実に気付いた。
「そ、そういえば・・・」
ある通りにさしかかったところで、いつものように、くらりと意識を強打するものがあった。
「私・・・何も食べてない、かも・・・」
――――ばたり、と、何かが倒れた音がした。
「ああ、そうだ」
草間は、今頃思い出したかのように、零を振り返った。
「結局、彼女は何者だったんだ？実費で、報酬を支払わないといけないんだが・・・」
「えっ？草間さん、訊かなかったんですか？」
「・・・いや、俺は何も聞いてない」
「それでは・・・」
ふたりは阿由葉栄子の置いていった多額の報酬を見やった。
「・・・」
「・・・」
ふう、と吐息して、草間は所内を見回した。
「誰か、あの金髪の行き倒れを探して来てくれないか？・・・たぶん、どこかで行き倒れているだろうから・・・」
やれやれ、と草間はため息をつく。
そのため息が終わるか終わらないかのうちに、またしてもドアが開くのだ。
「草間さん、助けてください」と、あわただしく――――きっと。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【2126／ラッキー・バード （らっきー・ばーど）／女／２４／フリーランスのモデル】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、藤沢麗（ふじさわ・れい）です。
初めてのご参加、ありがとうございました♪
ラッキー･バードさんだけが『天使の卵』とお答えになったので、
個別で書かせていただきました。
こんなに綺麗な行き倒れ、あっていいものでしょうか。
さすがにちょっと彼女の将来が不安です（汗）。
それでは、また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。
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