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<東京怪談ノベル(シングル)>


形のないプレゼント

 あたしは、大きな溜息をついた。
 周りの皆が少しずつ将来の道を決めて行く。中にはあたしと同じように将来の道を全然決めてない人もいるのだけれど。
 だけどそれでも。あたしは焦ってた。
 そんなふうに悩んで、ちょっとだけ疲れているあたしを見て、友達や先生には中学生らしくないとか若年寄だとか言われてしまったけれど。だって、どうしても考えてしまうんだもの。
 焦ってもしかたがないのですけどね。
 あたしは自分の出した回答に苦笑を浮かべた。
 焦ってもしかたがないとわかっているのだけれど、どうしても焦ってしまう。
「みなも、なんだか最近元気がないのね」
「え?」
 やだ、そんなにあからさまだったかしら。
 ・・・お姉様にまで心配かけてしまうくらいに。
 ここで嘘をついてもどうせ見抜かれてしまうし、隠し事なんかしたらお姉様はきっと余計に心配するだろうから。
 あたしはそれでも、少しでも心配をかけないように軽い微笑で頷いた。
「少しだけ」
 でも大丈夫だから――そう告げようとしたあたしの口に軽く人差し指を当てて、お姉様はにっこりと悪戯っぽい笑顔を見せてくれた。
「それじゃあ、頑張り屋のみなもにプレゼント♪」
 くすりと笑ったお姉様は、今日の夜を楽しみにしていなさいと言い足しました。


 ――−−--‐‐・・・・・・
 目の前に広がっているのは、明るい太陽とどこまでも蒼い海。
「うわあ・・・・」
 見た瞬間、あたしはすぐにわかった。
 これが、お姉様のプレゼント。
 さっきあたしは、確かに布団に入ったのだ。だからこれは夢。
 夢だと自覚しているのだけれど。
 とても綺麗な景色に、あたしはしばらく茫然としていた。
 海の底まで見えそうな透明な海――さっきは蒼と言ったけれど、正確には碧。蒼と碧の海を、魚たちが楽しそうに泳いでいた。
 そのさらに底、海底には岩と珊瑚が見える。近くで見たらきっともっと綺麗だろうな・・・。
 照りつける太陽は強く、けれど優しい。
 太陽の光を反射して、海面がキラキラと煌いていた。
「・・・・すごい」
 こんな綺麗な海、今の日本じゃあ見られないのじゃないかしら?
 沖縄の海は綺麗だと聞いたことがあるけれど、ここはそこよりももっと綺麗な海なのだと思う。
 だって、夢の中なんだもの。夢のように綺麗なって言葉がぴたりと似合う風景。
 さっそくあたしは海の中へと足をいれた。
 引いては寄せてくる波が気持ち良い。
「あら?」
 可愛らしい貝が波打ち際に寄せられた。
 糸を通してペンダントにしたいかも♪
 綺麗な色と、可愛い形の貝を拾おうと駆け出した時――だって、急がないとまた海の中に消えてしまいそうだったのだもの――
「きゃあっ!?」
 あたしは見事に足を滑らせて、盛大な音を立てて水の中に倒れこんだ。
 途端――景色が変わった。
「え? あら?」
 蒼。
 ただただ一面の、蒼。
 空を探して上を見れば、そこには太陽の光を受けて揺らめく水面があった。
 もしかして、海の中!?
 夢の中だからなんでもありなんだろうけれど。突然水の中に放り出されたら心の準備も出来てないし、第一息が・・・・・・苦しくなかった。
 あ、あれ?
 今あたし・・・人魚の姿に変身してないわよね?
 改めて自分の身体を確認して、あたしは思わずぽかんと目を丸くしてしまった。
 あたしの今の姿は人魚とも違う、普段の人の姿とも違う。
 腕はひれに。背中には尾ひれがあって。腰には腰ひれ。肌はイルカのような艶やかな光沢を放つ漆黒に近い青色。下半身もイルカのような尻尾に変化していた。
 ほとんどイルカの姿だというのに、頭はそのままというのが、なんだかいかにも夢っぽくて。
 思わずクスクスと小さな笑みが零れた。
 勢いよく、身体を動かす――水を押しのけて、進んで行く。
 さっきの地上からの景色も素敵でしたけど、ここもとっても素敵。
 天上から降る、柔らかな太陽の光。水を通している分、地上よりもずっとずっと弱い光。けれどその弱さが光に神秘的な雰囲気を与えていた。
 そして海の景色。
 神秘の光の中を悠々と泳いで行く魚たち。
 色とりどりの熱帯魚たちが、あたしの横を並んで泳いで行く。
 海底は、外から眺めていた以上に色鮮やかだった。
 珊瑚の色。海草の色。岩の色。魚の色。
 全ての色が複雑に絡みあって、色とりどりの美しい景色を作り上げている。
 心地よいスピード感に身を任せ、あたしはどこまでもどこまでも遠くへと泳ぎ続けた。
 何も考えないで、ただ行動するっていうのはずいぶんと気持ちが良くて。
 スッと心が軽くなっていく気がした。
 音が――聞こえた。
 甲高い、鳴き声。
 呼んでいる。
 ――海面に顔を出すと、もう太陽は沈みかけていた。
 大きな赤い太陽が、海を照らす。
 蒼い海と青い空が太陽の赤に染まり、あたしの頬も赤く染めた。
 バチャンッ!
 遠くから、水音が聞こえる。
 見ると、水面ジャンプを繰り返すイルカたちの姿があった。
「さっきの声はあの子たちだったのね」
 遠く遠くまで響くイルカの聲が、イルカの姿のあたしの耳にも届いたのだ。
 イルカたちは飽きることなく、海面を飛びつづける。
 太陽が完全に沈むころになってようやっと、静けさが戻った。
 あの水音も素敵だったけれど、こんな沈黙もなんだか心地が良い。
 いったい何時の間に昇っていたんだろう?
 夜空には真ん丸い月。
 そして、それを映し出す水の鏡。まるで月が二つあるようだった。
 妙に心が静かで、気持ちが良い。
「起きたら、お姉様にお礼をしないと」
 思いきり身体を動かして、思いきり感動したせいか、少しだけだけど気持ちは軽くなっていた。
 明日からもまた頑張れる。
 あたしは、瞳を閉じた。
 ――−−--‐‐・・・


 ・・・・・・目覚し時計の音が鳴ってる。
 うっすらと瞳を開ければ、カーテンの隙間から入ってくる太陽の光。
「もう、朝・・・?」
 あたしはまだ目覚めきっていない頭を起こして、時計の針を見つめた。
 いつもの時間より少し遅い。
「やだ、大変っ」
 まだ遅刻にはならないが、いつもよりちょっと急いで支度をしないと。
 仕方がない。お礼を言うのは帰ってきてからね。
「いってきまーすっ!」
 急いだかいあっていつもとほとんど変わらぬ時間に家を出たあたし。
 その足取りは、昨日までのあたしよりもずうっと軽かった。