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<東京怪談ノベル(シングル)>


あやかし温泉とあかずの扉

「あれ?何だっけコレ?」
机の片隅に置かれた紙片を持ち上げて、海原みあおは首を傾げた。
そして、すぐに頷く。
「……ああ、あの時の」
いつぞやに、あやかし荘町内の運動会に参加して貰った『あやかし温泉無料ご招待券』。
「そう言えば使ってなかったっけ」
そう、使っていなかった。
「でもわざわざこんなの渡さなくても元々無料だし」
その通り。
まぁ、参加賞がないよりはあった方が良かろうと間に合わせに作ったに違いない。
「でも折角だから行こうかな」
管理人に許可を得たり、無断で入ったりするのではなく、ご招待なのだから堂々と入浴出来る。
みあおは早速準備に取り掛かった。
愛用のシャンプー&リンスにシャンプーハット、使い終わると中からプラスチック製人形の出てくる石鹸、ボディタオルにバスタオル、着替えの洋服、お風呂と言えば必需品のアヒルと水鉄砲etc……。
「と、それと牛乳牛乳」
お風呂上がりに欠かせないのが牛乳。
ノーマル2本にフルーツ味とコーヒー味、合わせて4本。
「4本も一気に飲んじゃダメよ」
洗面器を持って来た姉達に注意されて、みあおは苦笑する。
「いくら何でも4本一気になんて飲まないよ」
「さぁ、どうかしらねぇ……」
勢いでやりかねないと心配する姉達。
「それよか、一緒に行かない?券は1枚だけど、1名様限定とか書いてないし」
例え書いていたとしてもあの管理人が拒否するとは思えない。
すると姉達はゆっくりと首を振った。
「あたし達はいいから、迷惑をかけない程度にがんばって?らっしゃい」
……何を頑張るのだろう。
別に事件や怪奇現象が起きた訳ではないのだが……と考えて、みあおはポンと手を打つ。
何が事件と言って、何が怪奇現象と言って、あのあやかし荘こそが事件と怪奇現象の巣窟なのだ。
「うん、それじゃ頑張ってくる」
お風呂道具一式を詰めたバッグと、ここはやはり温泉と言う場所を考えて防水仕様のデジタルカメラを持って、みあおは自宅を後にした。


「あら、いらっしゃい」
玄関先であやかし荘管理人・因幡恵美ににこやかに迎えられた。
「これ、使いに来たんだよ」
言って、みあおは手書きの原稿をその辺でコピーして切ったとしか思えない「あやかし温泉無料ご招待券」を差し出す。
「ああ、運動会の時の。みあおちゃんが初めてよ、使ってくれるの。お姉さん達は?」
「お姉さん達は遠慮するって。みあお1人で来たの」
「あら、そう。それじゃ案内しましょうね」
掃除途中だったらしい恵美は箒を置いて、建物内に入って行く。
その後を追って歩くみあお。
「あ、そうそう。旧館の方なんだけど、あかずの扉だったところがいつの間にか開いてるのよ。何処に繋がっているか分からないから気を付けてね……」
……やはりこここそが怪奇現象の巣窟だ。
返事をしつつ、後でこっそり行ってみようと思っているみあお。
「あ、冷蔵庫あるかな?みあお、牛乳持って来たんだ。冷やしておかないと」
と言うと、恵美が冷蔵庫に入れて置いてくれると言う。
「何か必要な物はない?タオルとか石鹸とか」
「うん、大丈夫。全部持ってきたから」
言って、みあおは肩に掛けたバッグを見せる。
「それより、一緒に入ろうよ。折角の温泉なのに1人で入るんじゃつまんないもん」
玩具も持って来たし……と言いかけて、辞める。
恵美くらいの年齢になると、もう玩具では遊ばないかも知れない。
「そうねぇ」
恵美は首を傾げてふと自分の体を見た。
「お掃除してたら汗かいちゃったし……、夕食の準備までまだ時間もあるし。そうね。入ろうかしら」
「わーい!入ろう入ろう!背中流しっこしよう!」
温泉と言えばやはり背中の流し合い。
自分で洗うより遙かに気持が良い。
「それじゃ、箒を片付けて準備してくるわね。みあおちゃん、先に入ってて」
言いながら、恵美は『湯』と暖簾をかけた扉を指差す。
「こっちが女風呂。隣は男風呂。多分どっちも入っている人いないと思うけど……」
因みに、あやかし温泉は天然露天風呂だ。
誰かが手を加えたのか、自然の形なのか、脱衣所から1歩外に出ると森の中に岩に囲まれた浴槽がある。
時折野生の動物までもが入りに来るという。
「みあおのおうちのお風呂もほどほど大きいけど、温泉だからもっと広いよね。うしっ、泳ぐべしっ!」
準備をしてすぐに戻ると言う恵美を見送って、みあおは扉を開ける。
まずそこにあるのは古びた脱衣所。
木のロッカーに簀の子を敷いた床。
裸電球が古さとローカルさを醸し出している。
一番端のロッカーに荷物を置いて、みあおは浴場に続く扉を開いた。
「うわー……本当に露天風呂なんだぁ……」
紅葉した木々、空は蒼。
「なんて言うか……流石あやかし荘、だよね……」
一見するとごく普通のアパート。
その実は、天然温泉を持つ謎の建物。
「と、まぁそれはさておき」
早速入るとしよう。


湯けむり上がる浴場に、みあお1人。
かけ湯をしてから湯舟に。
古い割に汚れはなく、綺麗なものだ。
あの少々潔癖性の管理人が毎日掃除をしているのだろうか、沸き出す湯の温度も丁度良い。
オレンジ色のアヒルを浮かべて、水鉄砲に湯を満たす。
折角の温泉に1人で入るのは確かにつまらないが、それよりも何よりも、折角持参した水鉄砲、撃つ相手がいなければどうしようもない。
恵美が入って来たら撃つつもりで、みあおはそっとタオルの影に忍ばせる。
そこへ、タオルを巻いた恵美がやって来た。
「お待たせ〜」
普段衣服とエプロンに隠された恵美の素肌に向けて、みあおは弾丸ならぬ湯を撃つ。
「キャッ」
首筋に湯を受けて、恵美が短い悲鳴を上げた。
「えへへ〜」
にこりと笑ってみあおは鉄砲を見せる。
「もう、やったわね!」
恵美は苦笑しつつ、かけ湯をして湯舟に入って来た。
「お風呂って言ったら、アヒルと水鉄砲だもん」
悪びれないみあおに恵美は湯をかけて応戦。
暫し2人できゃぁきゃぁ湯を掛け合って遊んだ。
「そろそろ体を洗いましょう。みあおちゃん、背中洗ってあげるわね」
洗い場で2人並んでタオルに石鹸を泡立てる。
背中を向け合って、交代で背中を洗う。
みあおの背中はあっと言う間に終わってしまうが、恵美の背中を洗うのは少し時間がかかる。
ぷっくりと丸いみあおの体とは対照的な、恵美のスラリと細い体。
「羨ましいな……」
などとつい呟いてしまったりして。
「え?何か言った?」
「ううん、何も!」
慌ててみあおは首を振って、タオルを洗う。
「髪、洗ってあげようか?みあおちゃんの髪って、本当に綺麗よね。手入れ大変じゃないの?」
「お姉さん達お勧めのシャンプー使ってるから。あ、それじゃみあおが恵美の髪洗ってあげる」
背中に続いて、髪の洗いっこ。
シャンプーハットを付けたみあおの頭に、恵美は泡立てたシャンプーを乗せて丁寧に洗っていく。
細い銀の髪は下手に洗うとすぐに絡まってしまいそうだ。
「痒いところは御座いませんか〜?」
美容師のように言う恵美に、
「ないでーす」
と、みあおも答える。
クスクスと笑い合う2人。
……ふと、みあおが首を傾げた。
「今、恵美何か言った?」
「言ってないわよ?」
笑い声が反響しただけだろうか、2人の声とは別の声が聞こえたような気がしたのだが。
首を傾げながらシャンプーを流すみあお。
「やっぱり聞こえる」
シャンプーハットを外して、みあおは立ち上がった。
「何が?ああ、男風呂の方に誰か入ったんじゃないの?」
それにしては随分賑やかすぎるようだ。
「シィッ」
みあおは指を唇に当てて恵美に黙るよう促した。
と。
『腰痛がマシになったよ。やはり温泉は良いね』
『ああ、肩の凝りが和らぐねぇ』
隣の浴場から男の声が。
「ホラね」
笑う恵美。しかしみあおはじっと耳を澄ました。
『これで人間でも喰えばもう……』
『ああ、人間かぁ……奴らの肝で酒を飲むのが溜まらないねぇ』
『いやいや、何が最高ってアンタ、脳の活き造りだよ……』
恵美の顔が引きつった。
「待ってて!」
みあおはそっと脱衣所に戻り、デジタルカメラを持って戻ってきた。
「みあおちゃん、そんな物、どうするの。きっと、あかずの扉から何かこっちに来ちゃったのよ……」
エプロンとお揃いかと思える猫柄のタオルを体に巻いて、逃げ腰になる恵美。
「大丈夫大丈夫」
星マークをちりばめたタオルを巻いたみあおは男風呂と女風呂を隔てる岩をそっと登っていった。
「危ないわ、みあおちゃん!」
心配する恵美に構わず、岩に器用に足をかけてみあおは上まで上り詰める。
そして、湯けむり漂う男風呂を覗き込んだ。
「みあおちゃん、それって、覗きよ……」
怖がっているんだか面白がっているんだかよく分からない恵美は放って置いて、みあおは湯けむりが治まるのを待ってシャッターを切る。
『うわっ!な、何だっ!?』
『しまった、人間だぞ!見付かった!!』
途端に騒ぎ出す声。
その声の主は。
正式な名称があるのだか、ないのだかみあおには分からないが、総称すれば妖怪と呼ぶべきもの達。
腐ったような緑色の体に、数え切れない程の目を付けたのが1匹。
長く伸ばした髪を一つにまとめ上げた一つ目が1匹。
そして真っ白な反物のようなのが1匹。
わたわたと騒ぎ出し、逃げ出すその妖怪達に、みあいは言い放った。
「コラーッ!管理人の許可なく勝手に入っちゃダメなんだからねーっ!!」
……何か違うような気がしないでもないのだが。
最後の1匹が扉の向こうに消える前に、みあおはもう一言言った。
「ちゃんとあかずの扉、塞いで帰るんだよーっ!!」
ピョン、と岩から飛び降りて、みあおは笑う。
「これで、さっきの妖怪さん達、ちゃんと扉塞いでくれるかな」
「み、みあおちゃん……」
ガクリと肩を落とす恵美。
「うん?あ、ねぇねぇ、一緒に写真撮ろうよ!記念撮影!」
恵美に構わず、みあおはセルフタイマーをセットして岩の上にカメラを設置する。
「き、記念撮影って、ここで?この格好で!?」
2人とも、タオルを巻いただけの姿。
「そうだよー!温泉!って感じするでしょ?」
逃げようとする恵美を捕まえて、無理矢理ポーズ。
湯けむりの中で、満面の笑みをうかべたみあおと引きつった恵美。
湯舟に浸かったところやアヒルとも一緒に数枚撮って……。
「はぁ!みあお、のぼせちゃったみたい。頭がクラクラするー」
顔を赤くして、みあおはふらふらと脱衣所に向かった。
「大丈夫?ゆっくり休んで、夕飯食べて行ってね。今夜はお鍋だから」
後に続く恵美は慣れているのか、平気な顔。
天井に設置した扇風機で涼んで、みあおは用意していた服に着替える。
恵美が取って来てくれた牛乳を、腰に手を当てて豪快に飲んで……。
「ぷはーっ!」
上気した頬に笑みを浮かべる。
「そう言えば、あかずの扉、どうなったかな?」
ちゃんと閉まったかどうか、後で確認してみよう。
そんな事を思いながら、みあおは2本目の牛乳に取り掛かった。




end