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<東京怪談ノベル(シングル)>


母の思い …運動会のその裏で…

「ただいま!みんな、元気だった!」
明るい声が玄関から中に呼びかける。そのとたん、3組の足が、6つの瞳が駆け寄って明るい声で出迎えた。
「お母様、おかえりなさいませ。」
「お疲れ様、お母さん。」
「おかあさん、お帰りなさい〜。」
長女、次女、三女。私の宝たち。
一仕事を終え、かわいい娘たちが出迎えてくれる。
これぞ、至福のとき。海原・みたまは、玄関で靴を脱ぎながら幸せそうに笑った。
だが、3分後彼女は凍りつくことになる。
「?おかあ…さん?」
かわいい娘の呼び声も耳に入らず…。

「…お母さん?どうして、フライパンで焼いてるだけのウインナーが炭に?」
「おかしいわね?ちゃんとやっているはずなのに…?」
「あせらないでください。炭のお弁当を運動会に持っていかせるわけにはいかないでしょ。」
「うっ…。」
やさしく諭すような娘の言葉にどちらが母か判らない。みたまは手の中に力を込めた。
「あっ!」
握った卵が…潰れる。
「はあっ…。」
二つのため息が一つにシンクロした。

「あのね、来週の日曜日運動会なの。おかあさん、来てくれる?」
「大丈夫。私が行くわ。」
「やったあ♪じゃあ、おかあさん、お弁当お願いね。」
「ええ、楽しみ…よ…え?お弁…当?」
「うん!!!」
「だいじょぶ、そんな凝ったのでなくていいの。普通の、家庭的なやつでいいからね!たっまご、からあげ、ソーセージ〜♪」
楽しそうな歌声の影で握られる拳。
「お弁当…料理…やれるかしら、いや、やるしかない!!」

物思いにふけるみたまを、真ん中の娘の叫びが現実に戻す。
「おかあさん!!卵、焦げてますって!!」
仕事を休んで現在、料理修行中である。
天然地鶏のモモ肉でから揚げ、卵とウナギでう巻き卵、ソーセージ。マイタケ、マツタケできのこご飯のおにぎり。
トマト、レタス、きゅうりのサラダ。デザートはりんご。
コネを全開にして天然の最高級食材を集め、さあ!と腕まくりを始めたのは3日前。
娘にレシピの指導は受けた。知識としてマニュアルは頭に入っている。後は経験あるのみ!
だが、この3日でそのほとんどは炭と化し、のこりは何故か天使の取り分に消えた。
「行くわよ!!」
みたまは卵をかき混ぜる。そのスピードは神速。長い金髪を振り乱して。
結果…卵のほとんどはボールには残っていない。
キラリ、包丁を赤い瞳のように煌かせた。
鳥肉をから揚げ用に斬る。切るではなく、斬る!斬る斬る!!…結果鶏肉はミンチ。まな板はボロボロ。
…から揚げにはならない。
ソーセージをフライパンで焼く。焔の調節が肝心。
炎を強くした。ゴオッ!火柱が立ち上がる。
ソーセージは、一瞬で炭になった。
みたまの傭兵としての腕は、神業と呼ばれる。剣の速さ、判断力、動きも神速。天下一品だ。
それと同じペースで調理器具を扱う。そのスピードもまた神速。
だが…。
(お母さんの技は、お料理には向いていないんだけどなあ…娘談)

「ねえ、お母さん。から揚げとかね、今、冷凍食品とかで結構いいやつ売ってますよ。オーブンやレンジでチンするだけの。そういうの使ってみたら?失敗も少なくなると思うんだけど…。」
真ん中の娘の心配そうな声に、みたまは首を振った。
「いいえ。絶対に私が作るわ!冷凍物は邪道!」
包丁を握りしめるみたまに、娘は、そう?というとそれ以上何も、言わなかった。
タン!
きゅうりを半分に切って、みたまは小さく息をついた。
(どうして、こうなのかしら…。戦うのよりもよっぽど大事なのに、どうして上手くいかないのかしら。)
シンクの中に落ちた黒焦げの炭。生ゴミのバケツも、すでに満杯だ。
山のような高級食材はすでに二度目の買いなおしをして、その半分がもう無い。
娘たちには家庭の味を伝えたいから…、その思いで包丁を取ったが、自分の主婦としてのレベルの低さに悲しくなるばかりだ。
(普段、家にもほとんどいられず、娘達に母親らしいことをあまりしてあげられない。だからこそ、こんなときくらいは…。)
みたまの眼前に薄い靄がかかる。うっすらと瞳にかかったそれを包丁を握ったままの手で軽く拭くと、もう一度、眼前の食材に向かい合った。
(私の大事な娘のために、頑張らなくっちゃ…!)
ダンッ!!
爆発音にも似た轟音が、キッチンに響き渡った。

ちょん、ちょんちょん。
箸が、重箱の中身を整える。
「で、できたああ!!」
思わず地面にへたりこんだみたまに、真ん中の娘が笑いかける。
「お疲れ様。おかあさん。これくらい出来てればなんとかなるんじゃないかしら。」
「そう?良い出来だと思う?」
「まぁ、最初に比べればねぇ(苦笑)」
「そうね…。」
娘の言葉に、みたまも苦笑する。まだ、キッチンの床に座っている母を、娘は抱き起こすように促した。
「ほらほら、早く持って行ってあげなきゃだめでしょ。今ごろもう、運動会、始まるんだから。はやく着替えて着替えて!準備は私がしてあげるから。」
「そうだった…、早く着替えないと。」
お願いね。そう言って部屋の向こうに母が消えたのを確認すると、娘は箸を取った。
ちょん、ちょんちょん。
重箱をキレイに整えた。みたまがかけた時間の数分の1で、重箱の中の料理たちは綺麗に整列する。
「お弁当は目でも楽しまないと…。ね。」
母の努力を無駄にしないように、さりげなく直しながら、娘は弁当の残りのから揚げを一つ口に運んだ。
(まあまあ、ってところかしら…。)

「あ、お母さん!」
声をかけると、娘が走ってくる。
木陰で荷物を見て手を振ると足に思い切り抱きついてくる。
「見ててくれた?」
「ええ、上手だったわよ。」
「えへへっ♪」
頭を撫でた。娘は照れくさそうに笑う。その背後からまた、彼女を呼ぶ声がする。
今度は同じクラスの友達だ、家族と一緒に手招きしている。手を繋ぎ、その招きに応じ笑顔でその子の家族に一礼する。
『ステキなお母さん』の演技は完璧だ。
「綺麗なお母さんだねえ。」
嬉しそうに娘は微笑む。
「うん!」
「いっしょにお昼食べよ。」
土の上に敷かれた赤い毛氈の横に、みあおと母はビニールシートを広げた。
側には他の家族もいる。その一人一人に礼をしながら重箱を並べていった。
(これでいいのかしら?)
ドキドキしながら見ていると、
「ファンタスティック!」
周囲の家族達の反応は思いのほか良かった。高級素材ばかり食べているとこういう平凡な味は新鮮らしい。
だが、一番喜んで欲しい人は、どうだろうか…?
「どう?」
おそるおそる問い掛けるみたまに卵焼きを頬張る娘が答えた。
「おいしい!!」
美味しい笑顔が最高の返事。それまでの苦労がすべて報われた。みたまは、そう思っていた。

その夜、またみたまはキッチンに向かう。
「少しは主婦レベルの向上も狙わないとね。」
今日はカレー。
有機栽培の野菜にから揚げの残りの鶏肉。
「美味しいカレーを作るわよ〜〜。」
刻まれたにんじん、細切れのお肉。千切りのじゃがいも。
「少し細かくしすぎたかしら?まあ、いいわ。」
やがて、部屋に匂いが広がっていく。美味しそうな匂い…ではない。
「うわ〜〜、焦げてる!!」
鍋の中身は見事に炭と化していた。

主婦レベルの経験値向上はにはかなり、かなり、時間がかかりそうである。