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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


迷路の神さま

投稿者:5年A組
ともだちがいなくなりました。
たぶん、迷路の神さまにさらわれたんだと思います。
だれか助けてくれませんか?
ぼくたちは**小学校の5年生です。

投稿者:雫(管理人)
こんにちは>5年A組さん
書き込みありがとう。もうすこし、詳しい事情を、
メールでもいいので聞かせてもらえませんか?
迷路の神さま……って、何のことですか?

投稿者:J
おれ、知ってる。
『迷路の神さま』って今、小学生のあいだですごく流行ってるんだ。
おれの妹たちのクラスでもブームらしい。
要するにあれだ、「コックリさん」みたいなもん。
十円玉で未来がわかったりするんだと。

投稿者:5年A組
そうです。
『迷路の神さま』を呼び出した後は、
呪文をとなえて、お札を持ってなきゃいけないんです。
そうしないと迷路の中に閉じ込められちゃうからって。
タカシくんもお札を持ってたはずなのに……。

投稿者:J
おい、マジでヤバイかも。>雫
今日、妹に聞いてみたんだけど、
妹のガッコでもいなくなった子がいるらしい。
ネットで調べてみたら他にも行方不明の小学生がいるみたいなんだ。

投稿者:雫(管理人)
うーん、それはただ事じゃないわね……。
いいわ。ちょっと心当たりにメールを出して調べてもらう。

■迷路のいざない

 ほどなく、ゴーストネットの件の書き込みにひとつのレスがついた。

投稿者:ナギ
>5年A組さん
友だちがいなくなって心配でしょうね。どうぞ気を落とさないで。
世の中には不思議なこと、おそろしいこともいっぱいあるけど、
それと同じくらい、そういうものから守ってくれる力も存在しているんだよ。
まず、『迷路の神さま』のやり方を教えてくれませんか?

 ふう……と、書き込みを終えて、藤井葛は息をついた。また厄介なことを抱え込んでしまったのだろうか。相変わらず卒論ははかどらない。ほんのちょっとだけ気分転換をしようと思って、雫のメールを受信してしまった。
 まるで他人ごとのように、自分が書き込んだメッセージを眺める。ナギ、というのは昔飼っていたペットの名前だ――。

「子どもが消える……。これは放っておけませんね」
 天樹燐は、ぽつりと呟く。
「結構です。この依頼、お受けしましょう」
 口に出しながら、その旨の返信を入力する。
「物好きな……。主よ、調べる宛はあるのか」
 低い声が問うた。
 おや、と、誰もが思ったに違いない。見たところ、燐は自室に独りきりだったからである。
「ええ」
 だが燐は、平然と微笑んだ。どこか悪戯めいた笑みだった。
「すこし宛があります」
「ほう。だが気をつけよ、なにやら面妖な話であろう」
 それには微笑だけで応える。そして燐は傍らの日本刀――まさにその言葉を発したぬしを手に取ると、とすっくと立ち上がったのだった。

 もうひとり――瀬名雫からのメールを受取った人物がいた。
 だが、どうやら雫は、タイプミスをしでかしたらしかった。メールは間違って、なんら面識のない人間のもとに届いたのである。
 そのとき村雨花梨は、保育園での勤めを終え、いつものように、出入りしている人材派遣会社の花壇に手を入れているところだった。携帯でメールを受取った花梨は、しばらく首を傾げてどうやらこれは間違いメールであろうと結論づけたものの、あまりに不思議といえば不思議、不気味といえば不気味な内容にどうにもひっかかりを覚え、事務室のパソコンを拝借して、インターネットにアクセスしてみたのである。
「『迷路の神さま』……か。ヘンなの」
 彼女がゴーストネットをのぞいたとき、そこにはすでにナギこと藤井葛が書き込みを行い、さらにそれにレスがついていた。
「うちの保育園ではさすがにやってる子たちはいないなぁ……やっぱり、小学生くらいからよね、こういうのに興味を持つのは」
 掲示板には、『迷路の神さま』を行う手順が詳しく述べられている。
「…………」
 じっとモニタをながめる花梨の目が、すっと細められる。

「ユキちゃんがいなくなっちゃったの!」
「え――?」
 学校から帰ってくるなり、賈花霞はそう言って、兄の腕にとりすがった。
 たまたま部活が休みで家にいた蒼月支倉は、きょとんと目を丸くして妹を見返す。
「3組のユキちゃんだよ!」
「あ、ああ……学校の友だちか。いなくなったって?」
「『迷路の神さま』にさらわれたのかもしれないんだって!」
「迷路……って……。花(ホア)、最初から話してごらん」
 要するに、被害者は件の書き込みの子どもだけではなかったわけである。もっとも、兄妹はまだそんなことを知らない。
「コックリさんかぁ……あれって、あんまり不用意にやると危険だっていうけどね。その子はいついなくなったの?」
「んと、昨日の掃除の時間のあとに、こっそり『迷路の神さま』をやったんだって。3組の担任の松原先生がお嫁さんを貰えますか、って」
 無邪気な子どものやることである。支倉は苦笑を浮かべた。
「で?」
「『神さま』はダメだって」
「ありゃりゃ。……で、ユキちゃんはどうしたの」
「どうもしないよ。おまじないに使った紙は燃やす決まりだから、焼却炉に捨てて、みんな、お札を書いてポケットに入れて持ってたの。でも……その日の帰り道に、ユキちゃんがいなくなった」
「全員がお札を持っていて、ユキちゃんだけがいなくなったんだね?」
「うん。美奈子ちゃんと一緒に帰ってたんだけど、ちょっと角をまがって、美奈子ちゃんが振り返ったら、もういなくなってたんだって」
「ふうん……」
 支倉は腕組みをして考えこんだ。
「わかった。ちょっとネットで調べてみようか」
「うん。それで『迷路の神さま』をやってみようよ!」
「そうだな、それがいいかもしれない」

 こうして、5人はそれぞれのキッカケで、『迷路の神さま』に挑むことになったのである。

■迷うもの、迷わないもの

 ズズズ……と、音を立てて、八島真はでがらしの緑茶をすすった。
「ちょっと榊原くん」
 八島をはじめ、がらんと広い事務室にいるのは全員、黒服に黒眼鏡の人間ばかりだった。身長や体型でしか見分けのつかない人間が、ズラリと並んで黙々と事務机に向かっている光景はかなり異様である。
 八島の呼び掛けに応えて、彼のいちばん近くに坐っている男――この男はやや貫禄ある体型……ありていにいうとすこし肥っているので、見分けがつきやすい――が、顔だけを八島へ向けた。
「ゴーストネットを見たかい?」
「……コックリさんもどきの?」
「ああ、そう。あれ、どう思う」
「そうスねえ。……なんともいえませんが……。あ、自分、ムリですよ。江戸川区の幽霊武者事件で手一杯ス」
「そうか……そうだったな」
 言いながら事務室を見回すが、誰も、彼と目を合わそうとするものはいなかった。
 やれやれ――ため息をついた八島のもとに近付いて来た足音がある。
「お邪魔します」
「あ、天樹さん」
「先日はご迷惑をおかけしました」
 天樹燐は深々と頭を下げた。
 東京都千代田区の地下深くに秘密裏に存在しているこの特殊機関の事務室に、燐が迷いこんだのはつい先日のこと。本来ならば強固な結界で守られているはずの区域へ、燐はその能力で『穴』を開けてしまったのである。
「そのお詫びに参りました。お仕事をお手伝いできないかと思いまして」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、時に八島さん。ゴーストネットOFFはご覧になりました……?」

 葛は、横断歩道の向こうで、ひとりの小柄な女性がかるく手をあげたのに目をとめた。
 信号が青になるのを待って、駆け寄る。
「あなたが花梨さん? メールをくれた」
「そうです。藤井葛さんですね」
「行こうか」
 葛は彼女をともなって、自分の大学へと来た道をとって返した。
「自分独りでやってみようとしたんですけど、アレって二人以上いないと出来ないんですね」
「十円玉を動かさなきゃいけないからね。ああいうの、ときどき流行るんだよね。俺が子どもん頃もあったよ。他の呼び方のもあったな……『星の王子さま』とか『キューピッドさん』とか。……あ、花梨さんって、霊とか見える質? 俺ってさっぱりなんだけど」
「そうですね……霊感と呼べるほどのものはちょっと。……ところで、それ、何なんです?」
 花梨は、ちょっと不思議なものを見る目で、今知り合ったばかりの、この男のような喋り方をする女性の手元を眺めた。
「ああ……一応……護身用に、と思って」
「木刀が効く相手ならいいですけどね」
 ふたりは連れ立って、葛の研究室に入った。
「今の時間、誰もいないから、ちょうどよかった」
「用意してきましたよ」
 花梨はかさこそと一枚の紙を取り出した。
 おそらく、伝統的なコックリさんの図案と、大差ない。
 1〜0の数字。あ〜んまでの五十音の文字。「はい」と「いいえ」。そして、おそらくここが『迷路の神さま』をあらわすポイントなのだろうが――いちばん上に、一ツ目が描かれている。
「人が迷ってしまうとき、一ツ目で未来を見通してくれる神さまなんですって」
「なるほど」
「じゃあ、はじめましょう」
 花梨は十円玉をとりだした。

 同じ頃。
 別の場所では、花霞と支倉の兄妹が、やはり同様の紙を前に、十円玉を用意していた。
 すでに、同様に姿を消した子どもたちが大勢いることがわかっている。
「誰かが言ってたなぁ。形のないモノを信じるな、って」
 支倉はつぶやいた。
「それでも……やっぱり未来って知りたいものなのかな」
「ね、はやくやってみよう、哥々」
「よし」
 ふたりは、十円玉の上で指を重ねた。

 迷路の神さま 迷路の神さま
 道にしるしをつけてください
 曲がり角をおしえてください
 迷路の神さま 迷路の神さま
 歩き方をおしえてください
 手をひっぱって
 連れていってください

「これでいいのかな……なにを訊く?」
「『ユキちゃんは見つかりますか』!」
 す――っ、と、十円玉が紙の上を滑った。……「はい」。
「やった!」
 支倉は、ぱっと明るくなった妹の顔を眺めて微笑した。
 おまじないなんてものは、こういう罪のない、気持ちのもちようを変えるためにやるものだ。ほとんどは気のせいでしかない。……だが、現実に、消えている子どもがいるとなると……。
「よし。帰ってもらう呪文をいくよ」

 迷路の神さま 迷路の神さま
 どうかどうか お帰りください
 迷路の神さま 迷路の神さま
 辻の向こうに お帰りください

「……これで終了」
 葛は息をついた。
「これがお札です」
 花梨が差し出したのは、お札と呼んでいいものかどうか、短冊状の紙に、例の一ツ目と、迷路のような複雑な紋様が描かれてるものだった。
「これを持っていればいいのか。……で、次はどうする」
「実際に、現場に行ってみたらどうでしょう。ネットで調べてみて、いくつか見当がついたところがあるんです」
「OK」
 ふたりは席を立った。
 そして花梨は――そっと、後ろ手に、自分のお札を握りつぶした。
(いっそ、連れていってもらえばいいんだわ。迷路の神さまと、直接、対決するのがいちばん早いもの。葛さんには悪いけど、あんまり普通の人を巻き込めないしね)

 支倉と花霞の兄妹もまた、しだいに暮れていく街を歩いていた。
「あそこだよ、あの曲り角のところ」
「ふうん。特にヘンな気配もないようだけど……」
 ふたりはもちろん、ポケットに例のお札を忍ばせている。
 そこはなんの変哲もない住宅街だ。しかし、時刻は黄昏時――影は濃くなり、もしやそこになにか魔性の存在がひそんでおりはしまいかという気にさせる。そういえば、件の少女も夕暮れに消えたのだ。
「お札の書き方、ネットで調べたらすぐわかったけど……でもいなくなった子も持ってたんだよね。効力がないんだろうか……。いなくなった子たちに共通点とかないか、わかるとよかったんだけど……」
 角を曲がる。
「…………」
 支倉は、ふいに、首のうしろの毛が逆立つような、いいようのない不安に襲われた。
 沈黙。
 ――まさか。
 祈るような思いで、ふりかえった。
「……花」
 花霞は、いなかった。
 心臓をなにかに掴まれたような感覚。
 ほんの数秒前まで、たしかにそこに居たはずの彼の妹は、忽然と姿を消してしまったのだ――。

「葛さん!?」
 花梨もまた、別の場所で、呆然と立ち尽くしていた。
 夕日に伸びる長い影法師はひとりきり。
「そんな、どうして……!」
 迷路の神さまは、自分の力を利用したものを攫ってしまうことがある。それから逃れるために、お札を用意して、次の日一日中持っていなければならない。そのはずだ。
(彼女は確かにお札を持ってた……わたしは持っていなかったのに……持っていないわたしを残して、持っていた彼女を……)
 ぐるぐると、混乱した思考が頭をかけめぐる。
「まさか……」
 たどりついた恐るべき結論に、唇をかみしめる。
 黄昏は、宵闇に姿を変えようとしていた。

■四つ辻の向こうへ

「これはなかなか面白いというべきか、興味深い状況ですよ」
「と、いいますと?」
 助手席の燐が、八島に顔を向けて、続きを促す。
「私が調べてみたところ、『迷路の神さま』は昨年頃から流行しはじめ、日本全国に広がっていますが……行方不明事件はこの1ヵ月少々のあいだ、それも東京でしか起こっていません」
 ハンドルを切りながら、八島は答えた。
「それはつまり……?」
「『迷路の神さま』は東京にしかいない、ということです」
 燐は考えを整理するようにつぶやいた。
「おまじないをしたら、必ずさらわれるというわけではない……でも、さらわれる子どもは、おまじないをやっていた……子どもをさらう実体はこの東京にいて、おまじないを標識にしているということですね」
「『迷路の神さま』が利用されたとも言えるでしょう」
 そのときだった。八島の携帯電話が着信を告げる。
「失礼。……ああ、支倉くん。……なんですって。落ち着いて。場所を教えて」
 ただならぬ気配で話しはじめる八島のとなりで、燐は印をつけた地図に目を落した。バツ印は事件の現場……。
(いずれも、交差点や、四つ辻。辻には霊的な力の流れが集まるもの。これを利用して、なんらかの術式をほどこしたのだとしたら――)
「すいません、天樹さん、すこし目的地を変更します。最新の失踪事件が発生しました」

「八島さん! こっち!」
 支倉が大きく腕をふる。
 八島と燐を乗せた車がキッ、と、急停車した。
「まさか花霞さんを狙うとはね」
「ほんのちょっと目を離したスキに……どうしよう、僕のせいだ、くそ!」
「大丈夫」
 燐が、つい、と寄って支倉の肩に手をかけた。
「助け出しましょう」
「でも……」
「敵は、『辻』を通じてこちらに干渉してくるのです。おそらく、空間の隙間のようなものをつくっているのではないかと」
「問題は、どうやって入り込むかですね。何か鍵のようなものがあれば――」
「あるわ」
 声に、3人は振り返った。風が――人々の頬をなでる。
「鍵と言うより、パスポートでしょうか。……村雨花梨といいます。わたしも『迷路の神さま』にさらわれた人を探しています」
「パスポートって?」
 花梨は、あたかも神託を告げる巫女でもあるかのようなしぐさで、支倉のポケットを指差した。
「お、お札? だってこれはさらわれないために、って――たしかに、花はお札を持っててもさらわれたけど……」
「ああ、これが標的なんですね!」
 燐が声をあげた。八島が頷く。
「それならつじつまが合います。敵はお札を持っているもの、つまり『迷路の神さま』を行ったものの中から犠牲者を選別して拉致しているんです。そうすれば……行方不明は“神隠し”だと周囲に思わせることができる」
「でも、僕はこれを持っててもさらわれなかった」
「誰でもいいというわけではないんですね。真の目的は何なのか――」
「とりあえず、やはり、『迷路』に入り込むには力づくしかないってことのようですね」
 燐が、さらりと言ってのけた。
「おい、主よ――」
 ふいに、誰の者でもない低い声が響いたので、一同はぎょっとなった。だが、それについて深く考えるいとまもなく――
「『我が前に遮るものなし』!」
 かれらは、燐の一喝とともに、目の前の空間が壊れるのを、見た。まるで、それまで目にしていた光景が芝居の書き割りででもあったかのように崩れ、『穴が開いた』のである!

「……花梨さん?」
 ふと気づくと、葛は見知らぬ街角にいた。
 さきほどまで歩いていた場所では……ないようだった。
 空が……不気味な赤い色に染まっている中に、黒い雲がどろどろと流れている。生温い風がどこかから吹いてきているようだった。どこまでも続くのは土塀のようだったが、その向こう側にはなんの家屋もないようで、ところどころ道が分岐している先の風景も、まったく同じような様子である。
(迷路……)
 これがそうなのだとしたら。
 まるで悪い夢の中の風景だった。
 ぐっと手に木刀を握りしめ、油断なく周囲を見回しながら歩いてゆく。しかし見渡す限り、人影は見当たらないようだったが……。
(!)
 いや、すこし先の角に、なにかの影が見えたような気がした。
 葛は木刀を握り直し、忍び足で近付いていく。目の端でとらえた何かは、その角を曲がった先に消えたようだった。
(鬼が出るか蛇がでるか。さあて……南無三!)
 一歩踏み出そうとした葛を――
「だめ!」
 後ろからすがりついて止めたのはひとりの少女だ。
「な、なに!?」
「その角を曲がっちゃダメだよ!」
「ど、どうして。あなた、いったい」
「花霞だよ。おねえちゃんも、『迷路の神さま』に連れてこられちゃったの?」
「ええ……。でも、曲がっちゃだめって?」
「わからない。でも、なんかすごく危ない気がして」
(ククク――)
 忍び笑いに、ふたりははっと顔を見合わせる。
(幼きものはまこと、道理を知るものよ)
「誰なんだい。姿を見せな!」
(これは威勢のよい。その門口は『死門』ゆえ、そこな娘がおらねば首が飛んでおったと心得よ。……さても、拾ってはみたが、われらが網にかけるにはいささか薹が立っておったようだ)
「悪かったね!」
「『迷路の神さま』なの!?」
 花霞が叫んだ。
「お願い! いなくなったみんなを返して!」
(生憎とそういうわけにはいかぬのだ。……さてもさても、まだおるわ。これは珍しい客人なるかな)
 ふいに、声が遠ざかっていった。
「何なんだ。ったく。曲がっちゃいけない角があるわけ。どうやって進めばいいの」
「大丈夫だよ……。きっと、哥々たちが来てくれるから」
 花霞は言った。
 耳をそばだててみると、確かに遠くから、なにかの物音が近付いてくるようであった。

■八陣の闘い

「あちらとこちらをへだてる壁を『解体』しました」
 空間の裂け目を前に、燐が言った。
「さあ早く。不自然な状態ですからあまり持ちません!」
 かれらは次々にその穴のなかへと飛び込んでいく。勢いよく支倉、滑り込むように燐、ややためらいがちに花梨、そして最後に八島が入ると、穴はよじれるようにして閉じていく。
「主よ、気をつけい! 妖気に充ち充ちておるわ!」
 燐の手にした刀が声を張り上げた。
「聞こえる……」
 花梨が言った。
「風にまじって……子どもたちの泣いている声が」
「まさか……花霞?」
「こっちです」
 駆け出そうとするふたりへ、
「危ない! 注意して!」
 八島が警告を発した。
「八島さん――?」
「これは……奇門遁甲です」
「きもん……とんこう……」
「土地に施す魔術の一種ですね」
 と燐。
「ええ。それもおそらく『八陣の図』。諸葛孔明があやつったといいますが……。誤った道に迷い込めば命を落します」
「そんな……」
「『死門』にはまれば即座の死が、『驚門』にはまれば狂い死に、『杜門』にはまれば永劫に迷い続ける……敵を惑わし、陥れる、霊的なワナの集合体です」
「それが『迷路』というわけですね」
 燐は不敵に笑った。
「ならばその迷路ごと、『解体』すればよいこと!」
「主よ、さきほどより無茶のし過ぎだ。ここにはさらわれた子どもらも――」
 刀の声はごう、と風の唸る音にかき消された。
 がらがらと音を立ててどこまでも続いているかに見えた土塀が崩れていく。
「女は度胸です!」
 ぐっ、と拳を握りしめる。
 だが。
 破壊された瓦礫の中から、次々とあたらしい壁が立ち上がってくるではないか。こんどは土塀ではなく、つるつるとした金属製で、表面には例の一ツ目が描かれている。
「敵が攻撃に転じてきたようです。みなさん、注意して!」
 八島の警告よりも早く、支倉は動いていた。
 ドリブルで敵陣をすりぬけるように、土煙をあげて崩れる土塀のあいだを駆け抜ける。その行手をはばむように壁が立ちはだかったが――。
「花を返せッ!」
 空中に出現した無数の狐火が、ミサイルのように壁に襲いかかった。
 ぎゃっ、と声をあげて、壁と見えたものはひとりの人間の姿になっていた。中国風の――功夫着というのだろうか、そんな服を着た男だった。服に燃え移った火を必死にはたいている。男の額には一ツ目が描かれている。
「神さまの正体見たり、ですね!」
 すらり、と、白刃を抜き放ち、燐はそれを振るった。光の軌跡とともに、壁のいくつかが崩れ、あとには昏倒した男たちだけが残った。
 花梨は、両のてのひらで、空気を包み込むようなしぐさを見せる。ひゅん――、と音がして、その手の中に風が渦をなしたのが、巻き上げられた土煙によってわかった。
「ごめんなさいね。お仕置きさせてもらいます」
 解放された風が、矢のようにほとばしった。
 また幾人かの男たちが血飛沫をあげて倒れる。
(おのれ、小癪な)
 いんいんと響く、不気味な声。
(我が陣中におりながら、斯様な力を振るうとは)
 ひときわ高い壁が、地面から伸び上がったかと見えると、くるりと回転する。
「花!」
「葛さん!」
 壁の裏側には、ふたりが文字通りはりつけになっている。
 そのかたわらに、ゆらり――と幽鬼じみた影が立ち昇った。白髪の、老人であるようだった。
「何者!」
 燐が誰何の声を放つ。
「愚かものめ、術師がなにゆえ名を名乗ろうか」
「子どもたちをさらっていたのは貴方?」
 花梨が身構える。風が、彼女の周囲で躍った。
「いかにも。当節は幼な子の肝が大陸で売れる故に」
「臓器売買……」
 八島が呻いた。
「そんなひどいこと!」
 青白い狐火が飛ぶ。
 だが、笑い声を残して、老人の姿は壁の裏側に染み込むように消えていく。あとは、狐火の軌道上にいるのは、他ならぬ支倉の妹ともうひとりの女性だけだ。
「ちくしょう!」
 やむなく、炎を戻す。
「哥々! 花霞なら大丈夫!」
 花霞が叫んだ。彼女たちは、四肢を金属の枷で壁にいましめられていたのだが、今、キン――……という金属とともに、それが弾け飛んだのである。
 そして、もう少女のすがたはそこにはなかった。
 二度目の音は、葛の手枷足枷がはずれる音だ。
「葛さん!」
「はいよッ!」
 葛の手の中に――中国風の刃が握られている。手蘭『賈花霞』だ。
 一閃!
 いにしえの武器が、壁に深々と突き立てられる。
 耳をつんざく、断末魔の悲鳴があがり――

 そして気づくと、かれらはとっぷりと日も暮れた、もといた街角に立ち尽くしているのだった。
「大丈夫? さあ、もうお家へ帰れるわ」
 子どもたちだった。どの子も相当、弱っている様子だったが、怪我などはないようだ。花梨が、これはさすがに商売柄か、たくみに子どもたちをなだめ、落ち着かせている。
「花霞! 平気? 怪我はない?」
「ぜんぜんっ! よかったね、みんな無事で! 哥々とやった『迷路の神さま』の通りになったね!」
「えっ。ああ、あれは……でも……」
 妹を安心させるために、十円玉を自分が動かしたということは、支倉の永遠の秘密になった。
「臓器売買目当ての誘拐団とは。中国系の犯罪組織のようでしたが、やれやれ、物騒なことです」
 八島は周囲に累々とよこたわる功夫着の男たちを見渡して、言った。
「ご覧なさい、白帝。万事、うまくゆきましたでしょう?」
「…………」
「まあ、都合の悪い時は黙りこくって!」
 自分の刀と言い争っている(?)燐たちを尻目に、葛は、自分の木刀を拾うと、独り、歩き出す。帰ったら「5年A組」さんにメールを出してあげよう。つかれた頭と身体を労りながら、ぼんやりとそんなことを考えている。
 そして。
 風に吹かれて、一ツ目を描いたお札の切れ端が、かさこそと飛ばされていったのだった。

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1312/藤井・葛/女/22歳/大学生】
【1651/賈・花霞/女/600/小学生】
【1653/蒼月・支倉/男/15/高校生兼プロバスケットボール選手】
【1868/村雨・花梨/女/21歳/保母。裏家業は殺し屋。】
【1957/天樹・燐/女/999歳/大学生(精霊)&何でも屋】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。『迷路の神さま』をお届けいたします。
ふと、なんとなく思いついた『迷路の〜』なるネーミングから出発したシナリオです。
オープニングはわりとそっけなかったですが、実は珍しくちょっとした仕掛けをほどこしてありました。
そう、逆に「お札を持っているものこそ」が狙われるという展開です。

>藤井葛さま
はじめまして。いつもお姉さまにはお世話になっております。
木刀で得体の知れない怪異に立ち向かう葛さんの意気やよし!と
いったところでしょうか。迷路の中に迷い込んでいただくことになりましたが……

>賈花霞さま
いつもありがとうございます。
『迷路の神さま』の狙いは子どもたち――ということで、花霞さんがいらして
いただけた瞬間、しめしめと思ってしまった邪悪なライターです。

>蒼月支倉さま
いつもありがとうございます。
たいへん仲のよろしいご兄妹を、今回はちょっと引き離してみたくなりました(笑)。
かえって、妹さん思いな面を書き込む形になりましたが。
そういえば、今回も白一点でしたね〜。

>村雨花梨さま
はじめまして。
果敢かつ真摯に、『神さま』に立ち向かおうとする花梨さんの決意が印象的でした。
あえてお札を持たずにいどむというプレイングに、これまたニヤリとしてしまった狡猾なライターです……。

>天樹燐さま
依頼でははじめまして。いつも掲示板にてお世話になっております。
と、いいますか、天樹さまのおかげで、本来予定のなかった八島さんの緊急出演となりました(笑)。
白帝さまの渋いキャラにちょっと萌え。

それではまた、機会があればお会いできればさいわいです。
ご参加どうもありがとうございました。