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十月うさぎ、金色を駆け抜ける
教会。
中では、緩やかな祈りのときが捧げられていた。
様々な声が祈りの言葉を唱えロザリオの数珠を数える。
『めでたし聖寵(せいちょう)満ちみてるマリア。
主(しゅ) 御身(おんみ)と共にまします 。
御身は女のうちにて祝(しゅく)せられ
御胎内(ごたいない)の御子(おんこ)イエズスも祝せられたもう
天主の御母(おんはは) 聖マリア
罪人なる我らのために
今も臨終のときも祈りたまえ 』
が、その中で。
祈るなんてかったるくてやってられっかい、な…二人の少女が居た。
一人は後方の席に座り形式的に唱えている様に見受けられ、もう一人は……傍らの少女の熱心さに負けたように前列で祈りを捧げている。
けれども、この前列で祈る黒いシャツを着た人物が真にかがげている十字を知ればこのような祈りなど無用であると知るのだろうけれど。
長く穏やかな祈りの時間が漸く終了し、最近になって此処の教会へと赴任してきた若い神父の張りのある声が響いた。
「10月も終わりが近くなってきました。そこで。私が最近赴任してきたばかりで何もこの町の事について知らないと言うのもありますし……ちょっとした万聖節前夜のパーティをしたいと思います。一応、仮装は必須で。
次の日の万聖節を良き日と出来うるように」
如何ですか?と、にこりと神父は微笑み……ほぼ満場一致で10月最後の日に「万聖節前夜」もとい……「ハロウィンパーティ」は開かれることとなったのである。
――果てさて、どうなるのだろうか?
+++
「……姉さま、どうしても"これ"着なきゃいけませんか?」
「当然! たまには私の言うこと一つ聞いても神様も怒りはしないよ?」
"高遠"と表札のあるマンションの一室。
モノトーンで構成された部屋の中で、ぐっと言葉につまり姉を睨むのは高遠弓弦。
カトリック系の高校に通う少女であると同時に「姉さま」と彼女が言ったた人物――高遠紗弓の妹でもある。
対照的な髪の色合いがこの姉妹を良く、表していた。
紗弓はタキシードへと腕を伸ばすと一言、妹へと更に止めを刺す。
「ちなみに。それ以外の仮装の洋服は用意してないからね?」
「………姉さまの、意地悪………」
ぽそりと。
弓弦の一言に、紗弓はにっこり――晴れやかな空のように微笑んだ。
『それは最高の褒め言葉だ』と言うかのように鮮やかに。
一方。
もう一つ、とあるマンションの一室では。
(……なーんも……思いつかない……)
しなやかな指にタバコを遊ばせながら、暁リンネは天井を見ていた。
床には散らばった衣装類。
赤に黒、紫、緑に青に黄……様々な色が床に溢れていた。
仮装、と言えば直に思い浮かぶのが「魔女」だったりするのだが安易に過ぎるし……だが、そう言えば。
(あの子、どういう格好するんだろ? ……何か、ひらひらしたの着そうだけど)
不意に思い浮かぶのが大学部と高等部では中々逢えないが、時折逢うことがある「友人」の少女。
その人物がひらひらしている服装で着ているなら魔女で行っても、まあ「ありきたり」とは言われないかもしれない……筈だ、多分。
「良し、決めた! 魔女服で行ってみよう!」
そうと決めたら、まずは準備。
黒尽くめの魔女服。アクセントは耳につけた少しばかり風変わりなピアスと銀製のアクセサリ。
髪にも色が違うつけ毛をつけ、大きな鞄には、少しばかり悪戯の小道具も準備して。
そうそう、魔女の箒も必須項目にして。
いざ――教会へ、出発♪
+++
教会のある、裏手の庭。
大きなテーブルと、椅子が何脚か。テーブルの上には焼きたてのスコーンやマフィン、クッキー等が置いてあり、「じきにケーキも来るようですよ」、と神父がにこにこと微笑みながら紅茶を入れていた。
だが、どういうわけか神父様。
何故か「今日くらいは、お茶目と言う事で許していただきましょう」と、神父服の上に悪魔の翼をつけたリュックを背負っていたりもする……どうやら、シスターのお手製らしい。
そのシスターはと言えば、色々と子供たちのためにお菓子を作るのに、ちょっとばかりてんてこ舞いらしいのだけれども。
向こうでは子供たちが教会の中を探検しているのか、かなり賑やかだ。
こぽこぽと、紅茶から温かな香りが漂う。
様々な、仮装をして来た人々を眺めつつ、時間はゆるりと過ぎる。
「……ねえ、さゆみん。弓弦ちゃんの、その格好って……」
少々、と言うか焦りながら目の前の吸血鬼の仮装をしている人物へリンネは聞いた。
にっ、と聞かれた本人はリンネと、その服装を着ている妹へと微笑い、
「人のことを"さゆみん"言うな、暁さん。……似合ってる、だろう?」
と、まるで自慢するかのようにうんうん頷いた。
(あ、相変わらずのシスコンっぷり………お見事!)
声もなく、リンネは「降参」するかのように髪をかきあげ、ちらと少女を見る。
白い肌が、少しばかり朱に染まっているのはよほど恥ずかしいからだろうか。
…というより、その仮装は誰もが思いやらないものの一つだからなのだろう――天使の仮装と言う物は。
思わず、揶揄うよりも先に気遣う様な台詞が出てしまう。
「……恥ずかしい? そう言う格好は」
「い、いえ、そう言うことではないのですけれど……その……もう少し、違う服が良かったかなあって……」
作り物の羽が、ぱたぱた風に揺れる。
うつむき加減で更に頬を朱に染める弓弦をじっと見て、リンネは軽くその薄い肩を叩いた。
「そんな恥ずかしがってたら、折角のハロウィンも泣いて逃げちゃうから……さゆみん、ちょっとばかり弓弦ちゃんと一緒に付き合ってよ」
「…だから、さゆみん呼ぶなと……」
ぶつぶつと呟きながら立ち上がりリンネへとついていく紗弓と弓弦。
傍から見ると、凄く仲が良いように見えるリンネと紗弓だが、実はこの二人仲良くなったのはつい最近の事だったりする――それも温泉旅行がきっかけだったりするあたりが、この二人を如実に語っているのかもしれない。
お茶会をしている場所から、離れて歩くこと暫し。
様々な枯葉が敷き詰められている場所で「此処で良いかな」と漸く立ち止まるとくるりと振り返り、リンネは弓弦と紗弓、両者をじっと見るとにっこり微笑んだ。
――鞄から、あるものを取り出しながら、
「今日はハロウィンだし、神父様も『大目に見ていただきましょう』と言ってたし、ね♪」
楽しげに、本当の魔女のように茶目っ気たっぷりの表情で。
+++
「……普通、持ってこないよ、そんなの」
「ハロウィンと言えば、かぼちゃですものね……」
姉妹揃ってリンネをまじまじと見る。
大目に見ていただくにしても、サツマイモ……サツマイモがあるというのはどういうことなのだろう?
そう、考えているような表情だ。
が、リンネは意にも介さず、持ってきた魔女の箒で枯葉を集め、その中にサツマイモを入れ、
「いいじゃない、ハロウィンパーティで、焼きイモ! 秋の風情満タンで! てなわけで、さゆみん はいお願いね♪」
「……"はい"って、私に何をしろと?」
「焼いて? 確か、発火能力ありって聞いてるし♪」
満面の笑みで、脅迫……じゃなくて「お願い」をするリンネ。
しかし紗弓にしてみたら、この「お願い」――かなり、困る。
何故なら、彼女の発火能力は不安定なものだったりするからだ。時に、タガが外れきってしまうと制御が難しいほどに暴走する、よって紗弓は滅多なことでその能力を使わない、のだが。
「や、あのだな暁さん、それは……」
だから、丁重にご辞退するべく言葉を紡いだ、その時、
「……弓弦ちゃん、その後、彼氏とはどう?」
悪魔の……もとい、魔女の囁きが耳元に響いてきた。
彼氏!? 思わず知らず紗弓の眉間に深い皺が寄る。近くに居る妹へと目線を移す。自分ひとりの手で育ててきたわけではないけれど、たったひとりの可愛い妹だ。それを、それを……っ。
「あんにゃろ、とっとと弓弦掻っ攫いおってからにーーーっ!!」
紗弓の叫びと同時に炎が舞い、落ち葉の山へと着火した。
リンネはさっと、弓弦を同時に避難させるとにっこり微笑む。
「いやあ、さゆみん揶揄うにはこの手が一番効くね……」
「ね、姉さまに何言ったんですか暁さん……」
「やだな"暁さん"なんて。友達なんだからリンネと呼んで♪ …ってのはさて置き、さゆみんには弓弦ちゃんの彼氏の事、話したんだよ? それだけ♪」
撃沈。
そんな言葉に相応しく弓弦は先ほどより更に真っ赤になりながら頭を抱える。
わたわたと慌てるようなその姿が可愛くて、リンネが思わず微笑を深くした――その、瞬間。
「今度、泣かせたらぶっ殺す!」
そんな、あまり穏やかでない紗弓の言葉が聞こえてきたと同時に炎が更に舞い落ち葉を焼き――。
――秋の味覚、サツマイモは炭イモ、と化した。
+++
「…姉さま、お願いですから、こういうことで炎を暴走させないでくださいね?」
「って言うかさあ……すっごく、信じらんない……――普通ここまでサツマイモ焦がす? 食べれないじゃん、これじゃ」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。焦がしてしまった場所をごまかすように再び魔女の箒でさかさかと掃除をリンネは始めた。
美味しい焼きイモを食べて少しでも弓弦ちゃんを気分転換させて、と考えていた自分自身が甘かったのだろうか……いや……きっと、そうなのだろう、うん。
「……どうなるかなんて解らないもんだし」
妹とリンネの言葉に、さらりと逃げようとする紗弓。が、ここで地獄の門が開こうとは誰が予想しただろうか。いいや、誰も予想はしなかった。……多分。
かさり、と。
ここに居る筈の面々以外の葉を踏む音が後方で、たった。
振り向くと確か、今現在はお菓子作りにてんてこ舞いであった筈のシスターで。
顔に必死に笑みを浮かべながらシスターは一歩一歩、リンネたちのもとに近づく、そして――
「……何をしておいでなのですか?」
「シ、シスター……ええっと、秋のお日柄も宜しく、本日はまた焼きイモを作るに最適かと思い焼きイモ大会を…ですね…」
リンネは汗を流しながら、していたことを告白する。
その告白により更に、シスターの身体が怒りで、震えた。
「何故にそうも貴方は問題ばかり起すのです!」
「で、でも私ばっかじゃありませんよ、シスター。弓弦ちゃんだってさゆみんだって一緒なのにっ」
「そ、そうです、シスター。姉さまや暁さんを止められなかった私にも問題が………」
必死になって弓弦はリンネたちを庇おうとするが、忙しい最中に起きた問題に対してシスターは容赦なく、若い頃はさぞかし美人であったろうと思われる顔に、怒りの皺が刻まれ……、
「問答無用です! さぁ、こちらへいらっしゃい。神父様にも貴方に対して説教して頂かなくては」
強く、強く彼女はリンネの手首を掴んだ。
「え。で、でも、ハロウィンだし大目に見てくださるって神父様が」
「……それとこれとは全くの別問題です。……それとも一ヶ月間、毎日休みなく教会のお掃除が宜しいのかしら?」
「どっちも、い〜や〜!!」
ずるずる、ずるずる……と、引きずられながらリンネは助けを求めるように紗弓たちへと手を伸ばす。
だが、それで手の力を緩めるようなシスターでもなく……いつしか、リンネの姿は遠く、見えなくなっていった。
後には。
何も出来ずにひたすら落ち込みうな垂れる弓弦と。
何が起こったか、かなり理解できていない――ある意味「蚊帳の外」に放り込まれてしまった紗弓が残り………。
その後、リンネとこの姉妹がこう言う経緯もあって更に仲良くなったらしいという噂も聞くが真相は本人たちの中。
ただ後日、教会の中で一人リンネが誰にも聞こえないように呟く。
「……今度は、見つからないようにもうちょっと奥手へ行くとしよう……そして、次こそは美味しい焼きイモをゲットするんだからっ」
……そんな呟きが聞こえたかどうかは、定かではないが。
教会から離れたとある場所でふたりの人物が盛大に「人から噂をされている」と言われる二度くしゃみを――、した。
―End―
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