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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間を救え!

+++++オープニング+++++

朝。
何の変哲もない朝。
事務所の掃除に精を出していた零は珍しく早く起きてきた兄・草間武彦と2〜3言葉を交わして、首を傾げた。
どうも様子がおかしい。
寝起きで頭が爆発してるのは何時もの事として、ちょっと顔が浮腫んでるのも何時もの事として……。
さて、一体どこがおかしいのだろう。
箒を杖代わりに体を預けて、零は暫し考える。
「うーん……?」
何故か所在なさ気にソファに腰を下ろした兄。
「義兄さん、コーヒー飲みます?」
と、試しに尋ねて、その返答を聞くや否や。
零は箒を投げ出して応接室の草間の机に向かった。
そして、そこにあるアドレス帳を捲り、手当たり次第に電話をかける。
早朝から電話に出てくれた人に、零は言った。
「誰か助けて!義兄さんが……!!」
何事かと受話器に耳を押し当てる相手に向かって、零は叫ぶ。
「義兄さんがっ義兄さんが三下さんみたいになっちゃったーっ!!!!」
…………草間が三下化?
三下と言えばあのあやかし荘の住人の、月刊アトラスの冴えない使えないどーしよーもない三下忠雄?
「助けてぇぇぇぇ……」
涙ながらに訴える零。
その後ろで、情けなさそうな顔をした草間が応接間を覗き込み、言った。
「あ、あの〜……どうしたんですかぁ……?」
……引きつった顔で零は振り返り、変わり果てた義兄を見る。
一体何故こんな事になってしまったのだろう。
兎に角、誰かが早くどうにかしてくれる事を、零は切実に祈った。


++++++++++++++++++++++++++++++

午前6時と言う、起きている人もいるが寝ている人もいる、中途半端且つ迷惑な時間に突如草間零の呼び出しを受け、何が何だかよく分からないが兎に角草間の身に何か起きたらしい―――三下化してしまった?―――と聞いて早朝にも関わらず草間興信所に集まったのは6人。

「おっさんが変ってー?うっわ確かに変ねこれはかなり変ね!」
と、草間が一言発するや否や大爆笑した村上涼。
「……草間さんが三下さんになってしまった……というのはどういう意味かしら?変装?」
首を傾げつつ、扉を叩いた観巫和あげは。
「草間さん、どうしたの?草間さんが三下のお兄さんになっちゃうと……うーん、三下さんウィルス?染っちゃったら皆三下のお兄さんになっちゃうの……なっちゃったら怖いの……」
戸惑いつつ大きな目に涙を浮かべる石和夏菜。
「これは……確かに、三下さん化、ですね……」
電話に邪魔されて朝食を食べ損ねた柚品弧月。
その横で、
「うーん……三下さん、と呼ぶに相応しいなぁ……」
と感心する(蘭空)此葉。
「草間さんが三下さんになってしまったのですか?それとも、三下さんのようになってしまったのですか……?」
と、何故か妹から借りたと言うカメラを持った海原みなも。

それぞれ、草間の為に集まったのか零の為に集まったのか、はたまた単なる好奇心でやって来たのか、甚だ謎だが兎に角、草間の一大事と聞いて6人もやって来たのだから上出来と言えば上出来かも知れない。
「あのぉ〜……、皆さん、こんな朝早くからどうしたんですかぁ?」
その、集まった面々を前にしてのんびりとした口調で言う草間。
「ひぃっ」
突然涼が隣のあげはに縋り付く。
「イヤだわ、何だか不気味だわ、おっさんの声でこんな低姿勢だなんてっ!」
日頃から、決して高圧的ではない草間だが、クールな性格だけにこうも豹変すると少々気持ち悪い。
頭からつま先まで、寸分違わぬ草間の姿。
そして、口を開けば三下忠雄。
涼に不気味がられても、零がパニックを起こしても、仕方がないと言えば仕方がない。
「朝、起きたらこうなってたんですっ。吃驚してしまって、皆さんに電話したんですけど……、助けて下さいっ……!」
涙ながらに訴えつつ、それぞれにコーヒーを差し出す零。
「しかしまた、どうしてこんな事に……?」
弧月が首を捻りつつ、カップを受け取る。
「あら、そう言えばシュラインさんは来てないんですね?零さん、電話しなかったの?」
ふと、みなもが口を開く。
そう言われてみるとシュライン・エマの姿がない。
恋人である草間の一大事ならば何を置いても駆けつけてくると思うのだが……。
もしかしたら愛想を尽かされたのかも……、とは口に出さず、大人しく首を傾げるあげは。
その横で、零が机の上のアドレス帳を捲る。
「私、慌てていて誰に電話をかけたのかハッキリ覚えていないんですけど……でも、確かシュラインさんには一番に電話した筈です。それから、慶悟さんと……」
慶悟と言えば、陰陽師としてしょっちゅうこの興信所に出入りしている真名神慶悟だが。
「……こんな早朝に?」
此葉の言葉に、零が頷く。
そして全員が顔を見合わせた。
……よく電話に出たのもだと。
そして、よく怒られなかったものだと。
「もしかしたら、今、来てる途中なのかも。それよりも、今は草間さんの事なの!」
とんとん、と夏菜が机を叩く。
その通り、今はここにいない人物よりもまず、目の前の奇妙な草間の事だ。
「いーい、三下おっさん。これはきっと天罰だと思うわけね」
突如涼が草間を指差した。しかも何故か『三下おっさん』等と命名までしている。
「このままでは草間さんもお仕事にならないだろうし……所で、本物の三下さんはやっぱり三下さんのままなのよね……?」
涼の隣で、あげはが暫し考え込む。
「三下さんウイルスじゃないとしたら……、うんとね、えっとね、記憶とか知識とかに問題なくて、ただ態度が三下のお兄さんなの?うーん?」
そのあげはの隣で夏菜が頭を抱え……、
「まずは原因を追及しなくてはなりませんね。何故こんな事になってしまったのか……」
どうしてこうも毎度毎度妙な事件ばかりなのかとあきれ果てる弧月。
「朝起きて三下さん化したということは、寝室があやしいですね。調べてみましょう」
と、草間の自室に向かおうとする此葉。
「でも、確かに三下さんの様ではありますけど、具体的にどう三下さん化したのかお話を聞いてみないと……」
言いながら、草間にカメラを向けるみなも。
と、その時。
突然扉が開き入って来た人が3人。
「武彦さんっ!大丈夫なのっ!?」
風の如く早く、草間に掛けより額に手を当てるシュライン・エマ。
そして、珍しくどこかヨレッとした感じのする真名神慶悟と、その慶悟に首根っこを掴まれた三下忠雄……。
「シュラインさん……、慶悟さんに三下さんも……」
神仏でも拝むかのように、3人に手を合わせる零。
「三下なら此の通り、ピンシャンしてるぞ」
まだ少し眠たそうな、そしてやや不機嫌そうな声で、慶悟は言った。
「おはよぉ御座いますぅ〜……い、一体何事なんですかぁぁ!?」
首根っこを掴まれたまま、泣きそうな声を出す三下。
何でも、零から電話を受けた慶悟は寝起きながらもどうにか頭を働かせ、まずはここへ式神を飛ばしたのだと言う。
確かに草間がいて、霊的な痕跡は見当たらない。
次に月刊アトラスへと式神を飛ばし、三下の姿を探した。
が、そこに三下の姿はない。
考えてみれば午前6時半と言う時間に出社している社員がいるはずもない。
仕方なく起きて、ここへ来る途中にあやかし荘に立ち寄ったのだと言う。
そこに、三下の様子を確認しに来たシュラインがいたのだと。
「草間が三下そのものになったのか?それとも三下風になっただけなのか?……と考えていたんだが、この通り三下は三下で三下のままだからな。意識や魂が入れ替わってしまったのではなさそうだ」
と、そこで慶悟は欠伸を噛み殺す。
「どう言う状況か分からないから取り敢えず三下を連れて来たんだ。確認はしたのか?そこの三下風が本当に草間かどうか。朝早くの電話で起こされた挙句、思い込みだの早とちりだのだったら怒るぞ。昨日は遅くまで飲んでいて調子が悪いんだ……」
……既に怒っているのではなかろうか。
人間眠いと無性に殺気立ってくるものだ。
「武彦さん、体が辛いとか、ないの?零ちゃんも大丈夫!?」
全員が見守る前で、シュラインは手早く体温計を差し出し草間の瞼の裏や喉を見る。
「な、何ですか。どうしたんですかぁ?」
シュラインの為すがままになりつつ草間が口を開く。
「ええっ!?草間さん、何ですか。どうしたんですかぁ?」
慶悟に首根っこを掴まれたままの三下が言う。
……まるで三下が2人いるようだ。
「……何だか空気が淀んでるような気がして鬱陶しいわ……」
ふらふらとよろめく涼。
「あ、ちょっと窓を開けましょうか」
ボケているのか素なのか分からないみなも。
「どうしようっやっぱり三下さんウイルスなのっ!?皆に伝染っちゃうよ!?」
……こちらは本気の夏菜。
此葉と弧月は揃って溜息を付く。
「ウイルス?そうよ。武彦さん、おたふく風邪や風疹は済ませたの!?病院に行った方が良いかも!」
胸ぐらを掴むような勢いで尋ねるシュライン。
もしそうだったら、とても切実な問題だ。恋人にとっては特に。
しかし、ピピピッと検温を終えた体温計は至って平熱。喉にも瞼にも扁桃腺にも目に見える異常はない。
「……落ち着いて、少し話しを整理しませんか?」
取り敢えず全員が揃ったところで状況を正確に把握しようとあげはが言った。
「賛成」
と、涼が右手を挙げる。
「そうですね。では、零さんに俺達に電話をかけるまでの経緯を話して貰いましょうか」
弧月が零を見る。
「えっと……」
朝、掃除をしていたら義兄が起きてきた。その姿形は確かに義兄だったが……何か何時もと様子が違う気がした、そこで、コーヒーはどうかと声をかけた。すると義兄は、聞き慣れた声でこう言った。「あ、すみません〜、お願いします〜」……何時もの義兄ならば「ああ、すまないな。頼む」とか、「いや、今はいい」と言うのだが。
物腰がやたら低い。低すぎて、零の頭の中で瞬時に連想された。
物腰の低い男→三下忠雄。
それで、慌てて電話をかけたのだと。
「それじゃ、武彦さんがどう三下クン風になったか確認した訳じゃないのね?」
「三下風になったフリをしていると言う可能性もある訳か?」
揃って口を開くシュラインと慶悟。
「すみません……、私、気が動転してしまって」
しょんぼりする零。
「でもさ、おっさんがよりにもよって三下サンの真似なんかする?」
よりにもよって、を強調して三下を指差す涼。
「うーん……考えにくいと言えば考えにくいですけど……」
「草間さんならもう少し気の利いた冗談をやるでしょう」
三下を見ながら此葉と弧月。
その横で、あげはが口を開いた。
「貴方は本当に……草間さん?」
ふと全員が草間を見る。
草間が悪い冗談をやっているのでもなく、病気でもなく、慶悟が言う通り霊的なものでもなく、更には三下と意識が入れ替わったのでないとすれば、全く違う第三者と言う可能性もある。
何者かが草間の姿を借りて、今ここにいるのではないか。
「お話を聞いてみましょう」
みなもが草間に向かってカメラを構える。
「住所氏名と電話番号、生年月日と……それから、ここにいる全員の名前。本当の草間さんなら分かる筈です」
「私、メモとる!」
ペンと紙を用意する夏菜。
何時も通り自分の机に座った草間を10人が取り囲み……まるで、尋問のようだ。
「草間さん本人に答えを書いて貰った方が良いんじゃないでしょうか?筆跡に何か現れるかもしれませんよ?」
あげはの助言で、夏菜が草間に紙とペンを渡す。
まずは基本の質問。住所・氏名・生年月日と電話番号。 
「確認して下さい」
此葉が紙をシュラインと零に渡す。
と、2人はすぐに頷いた。
回答に間違いはなく、文字も見慣れた草間のものだ、と。
「じゃ、次はここにいる全員の名前よ」
涼が促す。
すぐに草間はペンを走らせる。そして全員の名前を、一字一句間違えることなく書いた。
「やっぱり天罰よ!」
草間を指して、涼は言う。
「日頃私たちに仕事丸投げして中利益とか抜いてくれてるのの。だからこれからはピンはね一切なしで私のバイト料倍とかにすることをここに誓ってみるといいと思うのよ!誓約書ちゃんと書いてね拇印も押すのよ!」
と、どこからか取りだした誓約書を草間に突きつける。
その様子をカメラに納めるみなも。
「あら、良いじゃない。誓約書以外にも証拠があるって訳よね。これでおっさんが元に戻ったとしてもこの誓約書は破棄出来ないわよ!」
……みなもとしては決してそんなつもりで写真を撮っている訳ではないのだが……、否定して話を更にこじれさせるのも何なので取り敢えず黙っておく。
「……天罰かどうかは別として……」
あげはが話を元に戻す。
「三下さん風になってしまった原因を探さなくてはなりませんよ」
「そうねぇ……、最近の依頼や外出で何か変わった事はなかったかしら?変な物を食べたとか、何か送られてきたとか……」
言いながらシュラインは最近草間が引き受けた依頼内容を思い出す。
……特に妙な事はなかったような気がする。
「昨日最後に草間さんに会ったのは誰です?」
弧月が全員を見回す。
と、零が手を挙げた。
昨夜、興信所を最後に出たのはシュライン。その後、零は出掛けると言う草間と2〜3話をしたと言う。
話と言っても帰宅が何時になるかと言うたわいない事だが。
「それが確か……午後9時頃だったと思います」
「午後9時以降に、草間に会ったか?」
慶悟が三下に尋ねる。と、三下は激しく首を振った。
「と言う事は……、ええと、午後9時以降、今日の午前6時半までに何かがあったと言う事ですよね」
この場にいる10人が知らない草間の9時間半の行動を調査してみる必要がある、と此葉は言う。
「霊的な事でないとしたら……、僕は催眠術とか、薬物とかじゃないかと思うんですが……、」
或いは超常現象か、と言う此葉。
「まぁ、そうだった場合、僕には手の出しようがないですから、このまま放置の方向で……」
「そんなのダメなの!理由がわかれば何とかできそうだけど……、出来そうな気がするだけだけど、やらなきゃずっと草間さん三下さんのままだし!とりあえず良く判んないケド頑張るの!」
冗談めかして笑った此葉に慌てて首を振る夏菜。
「ところで武彦さん、午後9時から今朝まで、何をしていたの?」
シュラインが問う。
本人の事は本人に尋ねるのが一番早い筈。
「午後9時から今朝まで、ですかぁ?ええっとぉ〜……何と言われても……、はぁ……」
「はぁ……はなくて!オッサンちょっとしっかりしてよ!」
「はぁ……ええっと……何をしてたかなぁ……」
「もしかして草間さん、思い出せないんですか?」
写真を撮る手を休めて、みなも。
「はぁ……、どうやらそうみたいなんですけど……」
この返答に、全員が顔を見合わせて溜息を付く。
「しょうがないですね。手分けして調査しましょうか。俺は草間さんの持ち物を借りてサイコメトリーでもしてみます。他に誰か、手伝って貰えますか?」
弧月が言うと、あげはが手を挙げた。
「サイコメトリーは出来ませんが、念写で草間さんの昨夜の行動を追ってみたいと思います」
「僕は、誰かが草間さんの部屋に侵入した形跡がないか調べてみます」
「なら俺はこの建物内に何か呪術的な痕跡が残っていないか徹底的に調べよう」
此葉と慶悟が手を挙げる。
「私は武彦さんが最近受けた依頼で、こんな風に人が変わってしまったと言う内容のものがないか調べてみるわ」
「それなら、私もお手伝いします」
と、シュラインと夏菜。
「あたしは……草間さんにもっと詳しくお話を伺ってみたいです。話している内に何か思い出せるかも知れませんし」
「私としてはもう契約書も書いて貰ったし、このままで全然構わないんだけど……、ま、話くらい聞いても良いわ」
みなもと涼が言い、慌ただしく動き始めた人の中で、
「あ、あのぉ?ぼ、僕は一体どうすれば良いのでしょうかぁぁ……?」
突然強制連行された三下が情けない声を上げる。
「ああ、もう用は終わったから帰って良い」
連行した本人である慶悟は冷たく言い放ち、調査に取り掛かった。


++++++++++++++++++++

「こっちがここ1ヶ月で武彦さんが受けた依頼なの」
と、シュラインは薄っぺらいファイルを1冊取り出す。
その横に並んでいるのが、この興信所に出入りしている面々が受けた依頼だと言う。
草間の倍以上の厚さがある。……いかに草間の受ける依頼が少ないかよく分かるが、それは今は置いといて。
2人は次々と関係のありそうな依頼を探してファイルを捲っていく。
……が、それらしい依頼は見当たらない。
「もしかしたら、この興信所に依頼したと言うだけで所長である武彦さんを恨んでいる人がいるのかしら……、それとも、何かやましい事でも……」
頭を抱えて表情を曇らせるシュライン。
「逆恨みかも知れないですよ。一応、他の依頼も調べた方が良いかも……」
と、夏菜は他のファイルを指差す。
全てを調べると言ったら相当面倒な作業だ。
「時間がかかりそうね」
「でも、頑張らなくちゃ!草間さんの為だもん!」
「そうね、武彦さんの為だものね」
互いに励まし合って、シュラインと夏菜は分厚いファイルに手を伸ばした。


++++++++++++++++++++

調査を始めて1時間程が過ぎた頃。
突然、「ああっ!?」と言う零の悲鳴が興信所内に響き渡った。
今度は何事だと声の元に急ぐ8人。
「ちょっとー!?どうしたのよー?」
閉ざされたトイレの扉の前で涼が呼びかける。
「大丈夫ですか?何があったんです?」
続けて呼びかける弧月。
すると、ゆっくりと扉が開いた。
そこに少し青ざめた零の姿。
「どうしたの?大丈夫なの?」
その様子に驚くシュラインに、零は震える手で内部を指差し。
「義兄さんが……」
と言う。
一瞬、全員が辺りを見回し、草間の姿を探した。
草間はトイレの前に立った8人の一番後ろに、惚けた顔で立っている。
「草間さんがどうかしたんですか?」
首を傾げるみなも。
「ちょっと失礼」
断って、此葉が零の指す内部を覗き込む。
そして、「あ!」と声を上げた。
「何だ?何事だ?」
此葉に倣って内部を覗く慶悟。
「あら……まぁ……」
同じく内部を覗いたあげはが頬に手を当てる。
トイレの個室の前。
手洗い場の上にかけられた鏡。
その鏡に、草間の姿が映っている。
もちろんそれは、今8人の後ろにいる草間ではない。
鏡の前には間違いなく零が立っているのだが……。
「さっき、念写した写真の中にも手洗い場の写ったものがありました……。ねぇ?」
「ええ、それに、俺がサイコメトリーした昨夜の草間さんの行動にも手洗い場が出てきましたね」
あげはに同意する弧月。
「どうして草間のお兄さんが2人……?」
「しかも鏡の前にいる訳でもないのに写ってるし……うっわ。気持ち悪い」
頭を抱える夏菜と、眉をしかめる涼。
「思うんですが……、鏡と言うのは、その人を映すものですよね。鏡に映った自分と言うのは、全く正反対の性格を持っていると言います。もしかして、その鏡に映っている草間さんこそが本物の草間さんなのではないですか?」
言って、普段と全く正反対の草間を見る此葉。
「……何かの拍子に入れ替わったと言う訳か?」
何かの拍子で誰かと魂が入れ替わってしまったのであれば命を司る泰山府君の祭でも執り行って魂の入れ替えを……と考えていた慶悟が呟く。
「その、何かが分かれば元に戻ると言う訳でしょうか?」
「何かって言われても、ねぇ……」
そろって頭を抱える弧月とシュライン。
「そう言えば、キミと涼さんで草間さんに話を聞いたのではなかったですか?何か分かった事は?」
此葉に尋ねられて、みなもと涼は同時に首を振った。
昨夜、この興信所で仕事をした事は覚えているのだが、9時以降の記憶になるとサッパリなのだと。
「……記憶がなくなる……と言えば、頭を打つと言うのがオーソドックスなところでしょうか?」
ぼそりと呟くあげはに、「あ!」と声を上げる草間。
「何?どうしたの武彦さん?何か思いだした?」
「は、はぁ……あの、そう言われてみると昨日、どこかで頭を打ったような気がするんですが……」
言って、草間は額を撫でる。
見ると心なしか腫れているようだ。
「……つまり、鏡で頭を打った、と言う事なんでしょうか?」
みなもの言葉に、そうなのかも知れない、と頷く一同。
「……原因は分かったとして、それじゃどうするのよ?」
涼が言う。
「そりゃぁ……、やはりここはもう一度頭を打って貰った方が良いんじゃないのか、草間に」
苦笑しつつ答える慶悟。
「運が良ければ、無事もとに戻るかも知れませんね。運が悪かったら……、」
まぁ、痛い思いをするだけだ、と弧月。
「うーん……痛いのはイヤだけど……草間のお兄さんがこのままなのもイヤなの……」
言って、草間の手を取る夏菜。
「だから、草間さん。頑張って、もう一度頭を打ってみて?」
「ひぃぃっ」
たじろぐ草間。
「義兄さん、頑張って!」
8人の熱心な視線と零の声援。
「うううううううう〜っ」
情けない声を上げつつ、草間がトイレに入り込む。
そして、期待の目で見守る8人と義妹の前で、バタンと扉を閉めた。
「……ま、あとは草間さんに任せると言うことで」
肩を竦める此葉。
「皆さん、有り難う御座いました」
深々と頭を下げる零。
「それじゃ、ちょっとコーヒーでも入れましょ。飲む人は?」
シュラインの質問に、涼とみなも、夏菜と此葉が手を挙げる。
「俺は帰って寝る」
欠伸をしつつ興信所を出て行く慶悟。
「私はお店のお掃除をしないと……」
と、念写に使ったデジカメをかたづけて、あげは。
「俺も帰ります」
弧月ものんびりとした足取りで興信所を出る。大学に行くのは辞めて、家でじっくり朝食を摂るのだそうだ。
「あーまったくもう、おっさんも朝から人騒がせよねぇ。ま、契約書があるから良いんだけどさ」
「ちょっと怖いけど、面白い体験でしたよね、腰の低い草間さんって」
クスクスと笑い合う涼とみなも。
「でも、良かったぁ。草間のお兄さんが元に戻って……」
にこりと笑う夏菜に、此葉が苦笑する。
「三下さん風になってしまった事で、なかなか思い切りが付かなくて時間が掛かるかも知れないけどね……」
その言葉の通り、草間がトイレから出来たのは昼を過ぎた頃だった……。




end




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 / シュライン・エマ / 女 /26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389 / 真名神・慶悟   / 男 /20 / 陰陽師
0381 / 村上・涼     / 女 /22 / 学生
2129 / 観巫和・あげは  / 女 /19 / 甘味処【和】の店主
0921 / 石和・夏菜    / 女 /17 / 高校生
1582 / 柚品・弧月    / 男 /22 / 大学生
1557 / (蘭空)・此葉  / 男 /16 / 万屋『N』のリーダー
1252 / 海原・みなも   / 女 /13 / 中学生


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■         ライター通信          ■
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親不知で顎と頭が痺れるように痛い佳楽です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
眠気に負けて納品が遅くなりました……。
申し訳ありません。
また何かでお目に掛かれたら幸いです。
寒くなりましたので、皆様お体には呉々もお気を付け下さい。