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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:日本が終わる 後編  〜吸血奇譚〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「どうですか?」
「だめね。繋がらないわ」
 女の声に答えたのは、やはり女の声だった。
 槙野奈菜絵と新山綾である。
「おかしいですね。ホットラインなのでしょう?」
「まあね」
 肩をすくめる綾。
 地方都市の大学助教授ふぜいが首相官邸とのホットラインを持っている、というのもすごい話ではあるが、ほとんどの通信手段が無力化してしまっている現在では重宝するはずであった。
 むろん、繋がればの話である。
「先方で何かあったのかもしれませんね」
 奈菜絵が言わずもがなのことを言う。
「ふふ。だとしたらどうする? また日本征服のために動く?」
「冗談としては不出来ですね」
「でしょうね。べつに冗談をいったつもりはないもの」
「そうですか」
 ちらりと視線を交わす。
 どちらがより相手をしゃらくさいと思ったかは判らない。
 判っていることは、
「エリザベス女王陛下のご協力で、なんとかヨーロッパ中から三千万人分を掻き集めたってのに」
「渡す相手がいなくては、どうにもなりませんね」
 ブレザー姿の少女が事態を要約してみせる。
「で、どうします?」
「向こうが取りに来てくれないなら、こっちから届けるしかないわ」
「つまり、東京に殴り込みをかけるんですね」
「えらく人聞きが悪いわねぇ。ロンドンから届くワクチンを成田で受け取って、配給のお手伝いをするだけよ」
「だけって‥‥それで済むなんて思ってないくせに」
 珍しく苦笑を浮かべる少女。
 だが、たしかに生の情報を得るためにも東京に赴いた方が良いのは事実だ。
 ワクチン授受の手順すら定まっていないのだから。
 明後日には届くそれらは関東圏全域をカバーできる量だが、効率よく分配できなくては意味がない。
「私もいきますよ」
「危険よ。奈菜絵ちゃん」
「危険とは貴女のことでしょう。新山さん」
「はいはい」
 溜息を漏らしつつ、ふたたび電話に手を伸ばす綾。
 相手は首相官邸ではなく真駒内。
 すなわち、北海道における自衛隊の本拠地である。


 北海道で護り手たちが動き出したころ。
 首相官邸の戦いは、内部にまで及ぼうとしていた。
 ヴァンパイアロードの軍勢に押され、防衛線がじりじりと後退しているのである。
「やっぱり数の差はでかいよな‥‥」
 男が呟く。
「すみませんサトルさん。せっかく駆けつけてくださったのに」
 多くの戦傷を負った美女が申し訳なさそうに言った。
「玉ちゃんが謝るようなことじゃないさ。それにしても、人海戦術ってのは人間の一八番だとおもったがね」
「戦訓を取り入れたのでしょう。私たちが滅ぼされたのは、すべて多勢に無勢が要因だったのですから」
 玉ちゃんの表情はほろ苦い。
 サトルもまた、同じ顔をしていた。
 人間のために戦う自分自身に対して、皮肉を感じたのかもしれない。
「あと二つ扉が破られたら特攻するぜ。五匹は道連れにしてやるさ」
「お供しますよ」
 玉ちゃんが微笑する。
 まるで買い物にでも出掛けるような気軽さだった。
 ふっとサトルが笑った。
 それは、あるいは死に場所を見つけたものの笑い。
 いつ果てるとも知れぬ饗宴が、続いている。







※吸血奇譚シリーズ最終回で、3部作の後編です。
 シリアスです。
 がんばって生き残ってください☆
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

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日本が終わる 後編  〜吸血奇譚〜

 戦いが続いている。
 首相官邸を急襲したヴァンパイアロードの軍勢は、その数およそ四〇〇。
 獣人、魔術師、陰陽師などが戦力の中心である。
 対する護り手たちは、首相を守るSPを中核として四〇名足らず。
 勝敗の帰趨など論じる価値もない。
 一〇倍以上の敵を相手に、勝算など立てられるはずがないのだ。
 ゲームやマンガの世界とは違う。
 相手がその辺のチンピラならばともかく、同じように特殊能力をもち、実戦経験を積んでいる強者だ。
 一対一で戦って、かろうじて護り手たちの方に軍配があがる、という程度のものだろう。
 数の差がそのまま戦力差になってしまう。
 有利な点があるとすれば、首相官邸という建造物を護り手たちが維持しているということである。
 籠城戦を展開できるのだ。
 当たり前の話だが、このような拠点防衛戦は攻める方が不利になる。
 ただし、籠城というもの自体、援軍を待つための戦術だ。
 いくら堅固に交戦しても、圧倒的な物量の前にはいずれは失陥してしまう。
「やはりこうなりましたか‥‥」
 宮小路皇騎が内心で呟いた。
 このまま事態が推移すれば、彼らは「順当に」敗北する。
 予想というより既定の事実だ。
 だが、指揮官たるものが公然と口に出せることではない。
 指揮を執るものがそんなことを言った戦いは、必ず敗北している。
 歴史上、例外はひとつもない。
 逆はいくらでも存在するが。
 現在、ヴァンパイアロードの軍勢は正面の扉を破って邸内に侵入しつつある。
 全体の三割ほどの数だろうか。
 一斉に雪崩れ込まれたら勝算など立てようもないが、扉や廊下などの地形を利用し、なんとか護り手たちは各個撃破をおこなうことができる。
「きりがねぇな‥‥」
 この日何度目か、同じ台詞を巫灰慈が吐いた。
 切り払っても切り払っても、敵は押し寄せてくる。
「局地的だけど、邪神連中との戦いよりしんどいわね」
 シュライン・エマが応じるが、その声はすでに掠れている。
 特殊能力であるボイスコントロールを使いすぎたのだ。
 幾人かの獣人どもを無力化することには成功しているが、焼け石に水のたとえ通り、わずかに時間を稼いだにすぎない。
 護り手たちの戦闘力は、尽きかけていた。
 守崎北斗は手持ちの武器をほとんど使い果たし、残るのは一振りの小太刀と炸裂弾が二個だけ。
 御影涼の霊刀も、血糊と刃こぼれで単なる打撃武器に成り下がっていた。
 玉ちゃんやサトルも、全身を無数の戦傷で彩っている。
 それだけではない。SPたちの弾薬も欠乏をきたし始めているのだ。
「そろそろ限界だな。戦いが地下に移行する時、特攻をかけるぜ」
 サトルが言い、
「お供しますよ」
 玉ちゃんが笑った。
 どうやら死に場所を定めたようだ。
「ダメだ。ここで特攻なんかしても何人かの敵を道連れにするのでせいぜい。戦略的に何の意味もない」
 特攻をかけるとしたら、もっと効率よくやるべきだ。
 冷静というよりどぎつい言い方をする御影。
 むしろ、ふたりを抑止するのが目的だったのかもしれない。
「試してみたい手はあるんだけど、ドラキュラが前面に出てきてくれないとなぁ」
 北斗の呟き。
 那須高原で、彼の兄はヴァンパイアロードに肉薄している。
 それにアレンジを加えてやってみようというのだ。
 ただし、北斗自身が言っているように、敵の総大将が前面に出てこないと使いようのない手ではある。
「御隠居っ! 和尚っ!!」
 宮小路の叫びとともに二匹の梟が召喚される。
 奥の手の精霊召喚だ。
 戦闘指揮を執りつつ精霊まで操るのは過度の負担になるが、いまはそんなことを言っている場合ではない。
 これで少しは戦線を押し戻せる。
 戻せるはずであった。
 だが、翼を広げで敵陣に躍り込んだ梟たちの動きが止まる。
 突出した影に捉えられたのだ。
「召喚術は‥‥宮小路の専売特許じゃない‥‥」
 敵陣から漏れる声。
 七条燕の声だ。
 梟に絡みつくのは翼ある蛇。
 ケッツァルカトル、という。メキシコでは神と讃えられる高級精霊である。
「く‥‥七条‥‥」
 無念の臍をかむ宮小路。
 日本に冠たる陰陽の名家の名を持つ二人だ。
 力量はどうやら互角のようである。
「残念がってる場合じゃねぇぜ!!」
 弓から放たれた矢のように飛びだしてゆく巫。
 両手に握られている火焔の剣。
 物理魔法を応用し剣を形づくったのだ。むろん長時間は保たないが、ヒットアンドアウェイをするくらいの時間は大丈夫だ。
 精霊たちの激闘を盾がわりに、敵陣へと迫る。
「バカ灰慈っ! 無茶ばっかりしてっ!!」
 疲れきった喉を酷使して、シュラインが超音波で援護する。
 暗黙のコンビネーションだ。
「俺たちもっ」
「行くぞっ!!」
 北斗と御影、サトルと玉ちゃんも続いた。
 小さな好機でも見逃すわけにはいかない。
 ここで敵の前衛部隊に打撃を与え、一時的にでも後退させるのだ。
「蹂躙するぜぇ!!」
 異形の剣を掲げた浄化屋が叫び、
『応!!』
 仲間たちが唱和した。


「そっちの準備はどうだ? 草間」
 守崎啓斗がいう。
 首相官邸で戦う北斗の、双子の兄である。
 彼は草間興信所に居残り、鼠どもの攻撃から事務所を守っていた。
 だが、官邸の状況が芳しくないと無線で知り、援軍に赴く決意を固めたのだ。
 ビルの中からありったけのガソリンと灯油を掻き集め、仲間が残していってくれた弾薬とともに興信所社用車に積み込む。
 もう一台しか残っていないセダン車だ。
 本来、車を使える状況ではないが、先刻ビルを訪れた仲間のおかげで、高速移動はできないまでも行動の自由は得た。
 仲間の名は、ササキビ・クミノ。
 本名かどうかも判らない。
 北斗も初対面だ。
 しかし重要なのは面識の有無ではなく、黒髪黒瞳の少女の能力である。
 物理攻撃に対する絶対的な結界を張ることのできる彼女が車に同乗することで、移動がスムースになるのだ。
「こっちはオッケーだ。行くぞ」
 所長たる草間武彦がエンジンをかけた。
 その声にはごくわずかな焦りがあるように、啓斗とクミノには感じられた。
 無理もない。
 草間の恋人もまた、首相官邸で戦っているのだ。
 しかもその恋人ときたら、戦局が不利になったからといって逃げ出すような器用な性格はしていない。
「もちろん俺も焦っているけどな」
 啓斗が内心で苦笑を浮かべた。
 シュラインが死闘するとき、弟が座視するとも思えない。
 というより、官邸に向かった仲間たちは、最後の一人になっても戦い続け、壮絶な最後を迎えるだろう。
 そうさせてはならない。
 生還してこその勝利なのだ。
 むろん、戦う以上犠牲が出るのは当然で、それをゼロにすることはできない。
 それでもなお親しい人の無事を願わずにいられないのは、大いなる矛盾というべきだろう。
 つまり、人間とは矛盾の集合体なのだ。
「無事でいてくれ‥‥」
 三人と共通の思いを乗せて、セダン車が走る。


 首相官邸の戦いに、変化が生じていた。
 突如として、ヴァンパイアロードの軍列が乱れたのだ。
 護り手たちは最初、罠を疑った。
 予想以上の抵抗に戸惑った敵が、局面の打開をはかるため縦深陣にこちらを引きずり混む。
 あえりる話だ。
 だが、黙って見ているだけでは状況が好転するわけではない。
 邸内から退却する闇の眷属たちを追撃するカタチで、護り手たちは外へ出た。
 そして見たのである。
 黒外套にガスマスクといういでだちの男が一人、赤黒い刀を振るって戦っているのを。
「なに‥‥? あれ‥‥?」
 シュラインが呟く。
 どう見ても味方には見えなかった。
 護り手たちの戦い方に比して、ずっと乱暴で無造作だ。
 それどころか殺人を楽しんでいるようにさえ見える。
「いけすかねぇな‥‥」
「ああ‥‥」
 巫の言葉に御影も頷いた。
 ガスマスクが返り血を浴び、愉悦に輝いているかのようだ。
 この殺人鬼はG・ザニーというのだが、むろん、護り手たちが知るはずもない。
「何者かは知りませんが、この機を逃すことはできません。一気に押し戻しますよ」
 宮小路が言う。
 もちろん、数的不利が覆されたわけではない。
 闖入者の登場で一時的に敵が乱れただけだ。
 すぐに秩序を回復するだろう。
 その前に少しでも敵を押し戻し、できれば混乱に乗じてヴァンパイアロードまで肉薄したい。
 虫がよすぎるかもしれないが、今は何でも利用しなくてはならない。
「隊列を組み直してください。一点突破をおこないます」
 玲瓏とした声が響く。
「待ってました!」
 勢い込んで、北斗が先頭に立った。
 すでに北斗の覚悟は完了している。
 死ぬ覚悟ではない。
 勝って、生還する覚悟だ。
「いっくぜぇ!!」
 駆ける。
 左右を巫と御影に挟まれて。
 さらにその後から、玉ちゃんとサトル、SPたちが続く。
 大反攻だ。
 これが正解か、宮小路も完全な自信があるわけでもないが、ここで退がるわけにはいかぬ。
「大丈夫よ。ギャンブルに出るとしたら、いまこの時期しかないんだから」
 青年の横に一人残ったシュラインが言った。
 あるいは、安心させるためだったのかもしれない。
 苦笑で、宮小路が応じた。

 ヴァンパイアを滅ぼす方法としては、いくつか言い伝えがある。
 日光を当てる。
 聖水をかける。
 大蒜を使う。
 十字架を見せる。
 心臓に白木の杭を打つ。エトセトラエトセトラ。
 ただし、これらのほとんどが嘘だ。
 十字架や聖水に効果がないことは、たとえばシュラインや巫は知っている。
 ヴァンパイアロードの言葉を借りれば、
「たかだか二千年か三千年の歴史しかない新興宗教のホーリーシンボルを、どうして恐れなくてはならない?」
 ということになるだろうか。
 日光も同じである。
 これは「光は善、闇は悪」というゾロアスター教以来の考え方だからだ。
 人間の定めた教義に、ヴァンパイアたちが従わなくてはならぬ道理などない。
 大蒜に関しては、効果がみとめられている。より正確にいうと、大蒜の成分である硫化アリル及びアリルプロピルサルファイドが、ヴァンパイアの体組織に大ダメージを与えるのだ。
 最後の例、心臓に白木の杭を打つ、だが、これほど馬鹿馬鹿しい話はない。
 心臓に杭など打たれれば、吸血鬼だろうが人間だろうが大型肉食獣だろうがタダで済むはずがない。
 当然のことだ。
 退治法というより、殺人哲学とでもいうべきであろう。
 その殺人哲学を実行しているのが、G・ザニーだ。
 首相官邸の前庭で、黙々と殺し合いに従事する。
 どれほどのダメージを受けようとも、怯むことなく、飽くことなく。
 常軌を逸した戦いぶり。
 怪奇スプラッター映画に登場する殺人鬼のようだった。
 ヴァンパイアロードの軍勢は、すでに二〇人ほどの損害を出している。
 全軍の五パーセントという数は、純軍事的にみても無視できる損害ではない。
 そしてそれ以上に傷つけられたのは、ドラキュラの矜持だ。
 データにない正体不明の闖入者に軍列を蹂躙されるとは。
 この国の覇権をめぐる戦いを、こんな道化者に邪魔されるなど、言語道断である。
 得手勝手だが深刻な憎悪をドラキュラは抱いた。
 怒気に大気をひび割れさせ、傲然とG・ザニーへと向かう。
 そして拳が一閃した。無造作に。
 人間の反応速度で対応できる速さではない。
 刀で受けることができた殺人鬼の方が異常なのだ。
 が、高らかな音とともに折れ飛ぶ刀。
 勢いを減じることなく拳がガスマスクに食い込み、黒衣の殺人鬼の身体が宙を舞った。
 壊れた人形のように二度三度と地面と接吻し、二〇メートルほど離れた場所に転がる。
 ぴくりとも動かない。
 おそらくは第一撃で頸骨が折られていたことだろう。
 その様子は、護り手たちにも見えたが、彼らにもどうするもできない。
 目前の敵だけで手一杯なのだ。
「助けるべきだったかしら?」
「そんな余裕はありません。それに」
「それに?」
「助けを欲しがっているようにも見えませんでした」
「‥‥そうね」
 シュラインと宮小路が会話を交わす。
 冷淡にも見えるが、敵か味方かはっきりしないもののために割く兵力がないのは、たしかな事実だった。
 現在のところ、ヴァンパイアロードの軍勢の残余は三〇〇ほどだろうか。
 一〇〇体以上を屠るか戦闘不能に追い込んでいるのである。
 しかし、対する護り手たちも、もはや一〇人を割り込んでいた。
 集団としての機能など、とっくになくなっている。
 巫の苛烈さも、北斗の機敏さも、御影の献身的な戦いぶりも、すべてこの日に空費されてしまいそうだった。
「まだまだっ!!」
 北斗が放った炸裂弾が、魔術師を二人ほど巻き込んで爆発を起こす。
「退くわけにはっ!」
「いかねぇんだよっ!!」
 御影と巫が獣人たちを切り裂く。
 サーベルのように伸びたサトルと玉ちゃんの爪が陰陽師どもの腹部を貫く。
 不退転の決意だ。
 おそらく自分たちはここで死ぬ。
 だが、死ぬとしても後にだけは倒れない。
 命の最後の一滴が零れ落ちるまで、戦って戦って戦って。
 戦いきってやる!!
「私も覚悟を決めないと‥‥ごめんね。武彦さん‥‥」
 呟いたシュラインの青い瞳に、混戦の靄を突っ切って接近するセダン車が映った。


 後方に千切れ飛んでゆく景色。
 アクセルは底まで踏みっぱなしだ。
 運転するのは草間ではなく啓斗である。
 つい先ほど代わったのだ。
 ある計画を実行するために。
「飛び降りろっ! 草間!! クミノ!!」
 叫ぶ。
 時速七〇キロで爆走する自動車から飛び降りるなど、ほとんど自殺行為だ。
 しかし、これから彼らがやろうとしていることに比べれば、まだ上品で穏健だった。
 一直線にヴァンパイアロードを目指すセダン。
 体当たりをするつもりだ。
 だれの目にもそう見えた。
「おい。やめろ兄貴。むちゃくちゃだ」
 運転席に双子の兄の姿をみとめた北斗が、自分の目を疑いながら言った。
 その間も、魔術師の魔法と陰陽師の呪符がセダン車に降りそそぐ。
 ヘッドライトが割れ、フロントガラスが砕け、屋根が吹き飛んでも、自動車は勢いを減じることなく突き進んだ。
 そしてヴァンパイアロードの間近に迫り‥‥。
 激突!
 ドラキュラは大きく吹き飛ばされ‥‥なかった。
 左手一本で、自動車の突進を止める。
 虚しく空転を続けるタイヤ。
「バイクでダメだったから車か。浅はかだな。小僧」
 凄まじいまでの嘲弄。
「浅はかなのは、てめぇだよっ!!」
 にわかオープンカーとなったセダンの上空へとジャンプする啓斗。
「いまだ草間!!!」
 叫びとともに。
 この時はじめて、車から飛び降りて満身創痍になった探偵が寝転がったまま銃を構えていたことに気がついたものもいた。
 正確にポインティングされる車体。
 発射音は三回。
 一瞬の苦悶ののち、轟音をたててセダンが爆発した。
 このためにガソリンと爆薬を満載してきたのだ。
「無茶なことをっ」
 爆発に巻き込まれないよう、護り手たちが後退する。
 降りそそぐ破片。
「これだけで倒すのは無理だ! シュラ姐! 血清を!!」
 爆風に乗って飛んだ啓斗の声が上空から響く。
 はっとして肩掛け鞄を漁るシュライン。
 それを見て、安心したように自由落下に身を委ねる啓斗。
 彼にできることは全てやった。
 あとは仲間たちを信じるだけだ。
 地面に叩きつけられる寸前、少年は柔らかく受け止められる。
 クミノの結界だ。
「自分の安全も考えた方が良い。啓斗」
「考えてるよ。だからクミノをアテにしてた」
「良い迷惑だ」
 苦笑する少女。だが、黒い瞳は微笑んでいた。
 激戦は、なおも続く。


 シュラインが鞄から取り出したのは、単に「血清」と呼ばれるものだ。
 もともとはハンターが開発したアンチヴァンパイアウェポンの一つである。
 北海道での事件のとき、ひとつだけ分けてもらっていたのだ。
 これをヴァンパイアロードの体内に入れることができれば、あるいは‥‥。
 慎重に、北斗にトスしようとする。
 だが、その慎重さが凶とでた。
 青い瞳の事務員の手にあるものが剣呑な武器であると気づかれたのである。
「させない‥‥」
 突進した七条燕の両手から放たれる魔力光。
 回避も防御もできる距離ではない。
 魔力に貫かれて死ぬ自分を、シュラインは幻視した。
 しかし、
「‥‥ご無事ですか? シュラインさん‥‥」
「玉ちゃん!?」
 貫かれたのはシュラインではなく、金色の髪をした友人だった。
 信じられない速度で駆け寄った玉ちゃんが、自らの身体を盾として利用し、友達を守ったのだ。
「ご無事でなにより‥‥私の方は‥‥これでは助かりそうもありませんね‥‥」
 胸部に空いた大穴を見つめる玉ちゃん。
「ちょっと!? 悪い冗談はやめてよっ!?」
 シュラインが取り乱す。
 医療の専門家ではない彼女にも、玉ちゃんの傷は致命傷に見えた。
 たとえ妖狐でも。
「シュラインさん‥‥私の櫻姫によろしくお伝えくだ‥‥さい‥‥」
 言い終えるよりはやく、大気に溶けてゆく玉ちゃんの身体。
 滅びの風に崩れるように。
「いやよ‥‥どうやって伝えればいいのよ‥‥」
 青い瞳から零れる涙。
 だが、感傷に浸っている時間はなかった。
 ふたたび燕の手に魔力光が灯ったからである。
 執拗にシュラインを狙っている。
 屹っと睨み付ける蒼眸の美女。
「許さないから‥‥」
「許さなければどうなる?」
 燕の嘲弄は、だが、長く続かなかった。
「‥‥悪戯が過ぎたな。お嬢さん」
 背後からかかる声。
「ぐ‥‥」
 自分の胸に空いた穴を、信じられないものでも見るように見つめる燕。
 それは、少女が殺した妖狐の傷と同じ位置だった。
 違うのは、傷口が炭化していることだろうか。
 気の利いた言葉を遺すことすらできず、少女が地面と接吻する。
「女子供を殺すことになるとは、な」
 火焔の剣を持った巫の声は苦い。
 黒髪の青年は人殺しである。だが、殺人者ではあっても殺人鬼ではなく、殺しを楽しんだことなど、ただの一度もない。
 まして、友人の芳川絵梨佳と同年代の少女をこの手で殺めたとなれば、罪悪感は一層深かった。
 たとえ敵だとしても、である。
 ドラキュラや燕を野放しにしていたら、この国に住む多くの人の命が奪われるのだ。
 そしてその中には、彼の恋人も含まれるかもしれない。
 倒すしかなかったのだ。
 判っている。
 判っていても、後味の悪さはどうにもならなかった。
 感傷を振り切るように頭を振る浄化屋。
 まだ戦いが終わったわけではないのだ。
 爆心地で、ゆらりと立ちあがる影。
 確認するまでもなく、ヴァンパイアロードだ。
 あの大爆発の中心にいて、なお現在なのだ。
「北斗」
 シュラインが名を呼び、今度こそ血清をトスする。
『応っ!』
 声まで揃えた北斗と御影が、宙を舞ったパックをそれぞれの得物で切り裂いた。
 刀身にかかる赤い液体。
 硫化アリルの強烈な臭いが充満する。
「さ、行こうか。鬼退治にさ」
「ああ」
 血刀を提げ、二人が歩を進める。
 ヴァンパイアロードの動きは、目に見えて悪くなっていた。
 あれだけの爆発に巻き込まれたのだ。さすがに無傷というわけにはいかないのだろう。
 宮小路とサトルが彼を攪乱する。
 つい先刻までのドラキュラなら、この二人の攻勢など衰弱した蚊を追い払うようにあしらっていただろう。
 もっともこの状態でも、二人がかりでなんとか互角に戦っているのが現実だが。
「鼠賊どもめっ!」
「ネズミの親分が言う台詞かよ!!」
「まったくです」
 幾つも傷を負いながら、追いつめにかかる宮小路とサトル。
 だが、自分たちの技でヴァンパイアロードを倒しえないことを、二人は知っている。
 布石なのだ。
 ドラキュラの注意が二人に集中したところを突いて、
「これで終わりだっ!!」
 突進する御影。
 霊刀を水平に突き出し、あたかも弓弦から放たれた矢のように。
 だが、
「甘いわっ!」
 それを読んでいたヴァンパイアロードが右手を突き出す。
 カウンターアタックを受けた御影が弾き飛ばされた。
 そして、そうなることを、彼は知っていた。
 自らの肋骨が折れる音を聞きながら、御影の顔には笑みが浮かんでいた。
 勝利を確信した不敵な微笑が。
「甘いのは‥‥てめえだよ」
 突如として現れた北斗が、驚愕するヴァンパイアロードの胸を小太刀で突き通す。
 御影がブラインドになって、北斗の突進を隠したのだ。
 そのために、血清を二人の刀に付けたのである。
 ごく初歩というる作戦だが、それだけに成功率が高かった。
「終わりだ。消えろ」
 そのまま刀を横に払う北斗。
 吸血鬼と忍者は、一点に於いて共通する。
 けっして歴史の表舞台には立てぬということだ。
 だが、それを不満だと思ったことは北斗にはない。
 結局のところ、彼はヴァンパイアロードを理解することはできなかったし、おそらくはヴァンパイアロードの方でも人間を理解することはなかったのだろう。
 断末魔を遺すこともなく、ドラキュラの身体が土塊と化してゆく。
 ついに終わったのだ。
 大きく息を吐く宮小路。
 獣人や魔術師たちが散り散りに逃げてゆく。
 追撃する余裕は護り手たちにはない。
 あるいは、何者かが残党を糾合し、ふたたび起つ日が来るかもしれぬ。
 だが、少なくともこの戦闘は終わった。
 とはいえ、本番はこれらだ。
 関東圏に蔓延しつつあるペストを撲滅して、損害を復旧させなくてはならないのだ。
 単に金銭的なことだけをいっても、いったい何兆円の損害が出たとか。
 考えるだけでも胃が痛かった。
 やれやれと周囲を見回す。
 と、ヴァンパイアロードにやられたはずの殺人鬼の姿がないことに気づいた。
 G・ザニーのことだが、むろん彼は固有名詞など知らない。
 ここに現れた目的も。
「あの攻撃を受けて生きているとは、なかなか非常識な方ですね」
 生きているなら、また会うこともあるだろう。
 敵としてか味方としてかは、判らないが。
 血と硝煙の臭いが満ちる前庭。
 遠くからヘリコプターの爆音が聞こえている。


  エピローグ

「みんなー! 無事〜〜?」
 ヘリコプターから響く拡声器越しの声。
 よく知っている声だ。
「やれやれ。やっと登場みたいだな。綾は」
 座り込んだままの巫が言った。
「巻き込まなくてよかったと思ってるクセに」
 シュラインが微笑する。
 声はまた掠れていた。
 苦笑で応える浄化屋。
 まあ、解決の手段を持った人間は幕引きには間に合ったのだ。
 遅すぎる、とは思わなかった。
「たくさん‥‥死んだわね‥‥」
「ああ‥‥」
 長い長い夜が終わり。
 東京の街を朝日が照らす。
 傷つき、疲れ果てた戦士たちを、いたわるように。









                         終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0461/ 宮小路・皇騎   /男  / 20 / 大学生 陰陽師
  (みやこうじ・こうき)
1831/ 御影・涼     /男  / 19 / 大学生・探偵助手
  (みかげ。りょう)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
1166/ ササキビ・クミノ /女  / 13 / 学生?
  (ささきび・くみの)
1974/ G・ザニー    /男  / 18 / 殺人鬼
  (じー・ざにー)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「日本が終わる 後編  〜吸血奇譚〜」お届けいたします。
壮絶バトルの連続だった吸血奇譚ですが、これで完結です。
流れとしては、北の魔術師とハンターシリーズも、これで終わったことになります。
いやぁ、死にましたねぇ。
ヴァンパイアロード側は、ドラキュラもバウディアも燕。
護り手側は、玉ちゃん。
日本におけるハンターも全滅してますし。
ペストの拡大は防ぐことができましたが、暴動とか火事とかで万単位の人も死んでいます。
考えてみると殺しすぎですね☆
楽しんで頂けたら幸いです。

そけでは、またお会いできることを祈って。