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<東京怪談ノベル(シングル)>


【かみさまの1日―しんの場合―】
「えっと、これは……一体どういう事なのかしら……?」
 真は唖然としながら呟いた。そんな彼女が眺める風景というのは昨夜は確かに綺麗に掃除して、整理整頓しておいたはずの店内がしかし営業を終えたまま掃除もされずにごちゃごちゃになったまま放り出されたような風景であった。しかも厨房の隅に置かれた業務用の冷蔵庫の中にはほとんど食材が入っておらず……
「まさか、泥棒が、入った?」
 いやいや、そんな事があるはずがないと真は顔を横に振った。そう思いながらも真が青い顔でレジを開けて見てみると、
「なんだ、ちゃんとあるじゃない」
 お金はちゃんとレジにあった……あったのだけど………
「ちょっと、待って……よ?」
 真はものすごく疲れきったような表情が浮かぶ顔を片手で覆い隠して天を振り仰ぐ。
「そうよ。おかしいじゃない」
 疑問に満ちた声で言った。
「そうよ、そうじゃない。おかしいわ、これは」
 これはおかしい。何が? それはレジの中のお金が、だ。
 彼女の疑問点は二つ。
 一つはちゃんとその日の売上を計算した後は、彼女はレジの中のお金は決められた額だけを残し(レジに納めるべき総額はちゃんと決まっており、その総額のうち、一万円、五千円、千円、五百円玉、百円玉、五十円玉、十円玉、五円玉、一円玉とそれぞれ振り分けが決まっている)、残り分は自宅の金庫に納めているのだが、昨夜ちゃんと計算してそのようにしてあったはずのレジの中の金額もまた店内のように……。
 そしてもう一つは冷蔵庫の中身の減り具合とレジの中の金額が釣り合っていないこと。これは明らかにマイナスが出ている…。
「・・・」
 固まる真。その横ではなぜか疾風が落ち着かぬ様子で首をすくめている…はて?
 そして彼女は疾風がまるで悪戯を親に見つかった時の幼い子どもがごまかし笑いをするように甘えて鼻先を擦り付けてくるのも無視して、ぷるぷると何とも言えぬ訳のわからない状況に苛立ちにも似た感じを覚えて震える体を落ち着けようと、深く深呼吸をして、
「落ち着いて、落ち着くのよ、私。いい? 落ち着くのよ、私」
 なんとかありったけの理性をすべて訳のわからぬ状況にキレそうになっている頭に注ぎ込む彼女。その試みはなんとか成功したようだ。少し、心が落ち着く。
 だけど・・・
 チリーン。店の扉(開店時は自動ドアだが、準備中の今は電源を切ってあるので、どうやら手動で入ってきたようだ)に付けられた鈴が鳴った。
 その音に、まさか泥棒が隠れていた? と真がきっ、とそちらを振り返る。そして同じようにそちらを向いて(なぜか気高きはずの彼が)口を半開きにして固まる疾風。
 …しかしだいたいが普段の真ならば泥棒ごときがどんなに気配を押し殺して隠れていてもたちどころにその気配に気づき、撃退というか玩具にするのに、それにすら気づけぬほどに彼女は狼狽していて、そしてそれは普段は極上の笑みが浮かんでいるその綺麗な顔に表情として浮かんでいるわけで、だからそんな彼女の顔を見た彼は・・・
「うわぁ、ごめんなさい」
 と、大げさすぎるリアクション付で、真に謝った。
 そんなどこか小動物を思わせる彼に真は思いっきり怪訝そうに眉根を寄せて、
 そしてびくびくする彼を半目で眺めていた真は皺を刻んだ眉間に人差し指をあてて、深く息を吸ってそれを弛緩させると、
「で、あなたは何?」
 その質問は少しでも?の海で溺れる自分の現状を打開するための質問であったのだが、しかし更にそれへの答えが真を混乱させる訳で、そして真がそう言った瞬間、なぜか更に絶句したと言わんばかりに口を大きく開いた疾風はこそこそと後ろに下がり始めた・・・?
「えっと、あの、血で汚したハンカチ綺麗に洗濯して返しにきました。それと御礼にこの花、受け取ってください。僕、しんさんの事大好きですから・・・だから・・・」
「はい? ちょ、ちょっと、待って・・・」
 真は両手で耳まで真っ赤にして何やら突然言い始めた彼を制して思いっきりその場にそぐわぬ声を出してしまった。それは必死に自分の想いを紡いでくれた相手に向けるような声ではなかったけど、この場合の真に関してはどうしようもなかったのだ。そう、見ず知らずの相手に告白され、そしてその対象は自分であって、自分ではないのだから。
 そう、彼が告白した相手はある意味では正しく、ある意味では間違いであった。
 震える両手で握り締めるプチブーケを差し出しながら頭を下げる彼から真は何とも言えぬ…そう、苦虫をまとめて5,6匹噛み砕いた時のような表情を浮かべながら…すごく後が怖そうな半笑いの目でこそこそと厨房にある裏口へと逃げようとしていた疾風を見る。
「どういう事なのかしら、疾風? しんの奴がどうやら昨日出ていたみたいだけど、その間、何をやっていたのか詳しく教えてもらえる?」
 にこっと笑う真。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・固まる疾風。
 そして彼は真に語りだした、昨日の事を。

「ふぅわぁー」
 大きなあくび。それを隠しもしないで起き上がる。
 寝癖のついた頭を掻きながら上半身を起こした彼女のもとに近寄る疾風。だが、そのまだ眠そうな彼女の顔を見上げた彼は「ゥオン」と、人間ならば『久しぶり』と、取れる鳴き声を出して、そして彼女も、
「よぉ、疾風。お前とこうやって直でだべるのも久しぶりだな」
 その声はもちろん、真の声であり、外見も彼女であった。しかし彼女を知ってる者が今の彼女を見て、そのしゃべり方を聞いたら首を捻るだろう。なぜならそれは普段の彼女の洗練された艶のある態度と華やかなしゃべり方とまるで別の物だからだ。それもそのはず。今の彼女は彼女であって、彼女じゃない。その体を共有する三神格の一つが【破壊】の神格【しん】なのだ。そして実はそれは見る者が見れば一目でわかるのだ。
 その見た目は19歳の美しい女性という器に入っているのは先ほども言ったように三つの神格。【破壊】の【しん】、【享楽】の【まこと】、【慈悲】の【さな】。器は共有だがしかし、出現時にはそれぞれの特徴がその器に現れるのだ。その特徴というのが瞳であった。【しん】は水色、【まこと】は青、【さな】は蒼紫、となる。
「あー、朝日はいいねー。生き返るぜ。うん、今日も絶好調♪」
 そしてベッドから立ち上がり、うーんと朝日を浴びながら気持ち良さそうに伸びをするその人の瞳は水色であった。つまりが今は肉体は女性だが、中身は男、と少々ややっこしい状態である。
 だけど本人はそんな事は関係なく・・・
「へい、お待ち。カツ丼一丁ね。え? 違うって。まあ、いいじゃない。カツ丼で。すげー美味いからさ。今度来た時に天丼頼んでよ。ほら、おしんこ、サービスすっから」
 などと、体は女性なのに男言葉を使いーまあ、これは肉体と精神の違いから生まれるズレで彼を責めるのは酷と言えば酷なのだがーしかもこれまでの『安い・美味い・店長が美人』と三拍子で謳われるほどにお客さんに愛されてきた『丼亭・花音』に注いできた真の心血すらも無に返すような何においても豪快で極めて大雑把ぶりーまあ、これもまた本人には悪気は無いのだろうが……しかし、
「ほら、お兄ちゃん。若いんだからもっと食べなきゃダメだよ。え、金が無いって? ああ、学生さんは金が無いからね。いいよ、いい。うん、今日は俺の奢り。だから遠慮せずに食いな。はい、5番テーブルのお客さん、天丼大盛り、追加ねー」
 と、これまたこんな発言。その普段との変わりように花音のバイト達も皆一様に驚いていた。
「さあさあ、皆さん、どんどん食べていってねー。本日、『丼亭・花音』特別フェアだよぉー。ほら、バイト君たちも元気に声出して行こぉー!」
 そんな調子のまましんは昼過ぎまでの営業を続け、そして花音がお昼休憩に入った時にはバイト達はいつもと違う店長のせいですっかりと仕事のリズムを崩して、くたくたになっていた。
 そんな中、くたくたのバイト達を横目にしんはスキップを踏むような軽やかな動きで暖簾を仕舞うと、ぐったりと席に座ってテーブルに突っ伏しているバイト達に、
「あ、今日はもうこれで終わりにすっから」
 と、けろっと閉店宣言をしてのけた。
「え、あ、あのでも、店長?」
 これまたいつもとまったく違う店長の閉店発言に戸惑うバイト達。
 だけどしんはそんなバイト達を尻目にアップにしていた髪を下ろし、髪を指で梳きながらにかりとバイト達に笑って、
「んじゃ、そういう事だから。後は店の戸締り、よろしくな」
 と、ご機嫌そうに言って、
「出かけるぞ、疾風!」
 と、本当に店を出て行ってしまった。
 そんないつもの凛とした店長ではなくどこかガキ大将のような今日の店長に戸惑いつつ、バイト達は夏の日差し強い世界に駆け出して行くしんの後ろ姿を茫然と見送るのだった。

「いつも忙しく働いているんだ。たまにはこんなのも悪くねーよな。なあ、疾風。それに久方ぶりに外に出たんだ。こういう日ぐらいいつも真の世話を見てくれているお前の面倒も俺っちが見てやるから、今日は存分に甘えろや。わはははは。楽でいいだろう?」
 にかっと笑うしん。・・・・・・だけど疾風は苦笑い。その瞳に宿る光から彼の内心を探るのならばきっと、いや、っていうか、しんが出てるからこそいつも以上にしっかりと僕が君らの面倒を見ないといけないんだけどね・・・お兄さんとして、お父さんとして、と想っているのは明らかで。
 しかし、しんはそんな疾風の内心に気づく様子も無く、「さあ、疾風、行くぞ」と、すっかりと頼りになるお兄さん気取りで疾風に接するのであった。
 大きくため息を吐く疾風。お目付け役の疾風。がんばれ、疾風。負けるな、疾風。

 そしてしんの本当の意味での一日が始まった。
「えっとさ、まずはこの服とこのスラックスをくれる。それと…あ、こいつでもいいな。ねえねえ、店員さん、今流行の男性ファッションってどうよ? え? 彼氏へのプレゼントか?って。ちゃうよ。ちゃう。俺のだよ。嫌だなー、もう。なんで俺が男にプレゼントすんのさ」
 まずは渋谷の有名な衣料品店で買い物。
 備考@:あらかた値段の高いカッコいい服を試着するも、やっぱもったいないしねとしんが買ったのは結局はセールス品の安い服であった。しかもしんの接客にあたっていた若い女性店員の体を笑いながらばしばしと叩いてやや半キレの苦笑いをされるも、逆にその女性店員に商売人がそんな表情を客に浮かべちゃいかんよ!と説教。その後、この店は店員の笑顔が素敵♪と雑誌に紹介されて、有名になることになる。
 ちなみに疾風、女性店員のめまぐるしく変わっていく顔色にはらはらし、胃が少し痛くなる。

次に彼が行ったのはゲーセンであった。
「おら、おら、おら、おらぁー。俺の前はなんぴたりとも走らせはしねーぜぇー」
 備考A:その店のすべてのオンラインゲーム機のランキングにしんの名前が登録され、その記録は以降破られる事は無く、伝説のゲーマーしんが現れた店、として、その店はゲーマ−たちの聖地となる。
 ちなみに疾風、しんが飽きるまでゲーセンから出られず。よってそれから数日、耳にこびりついたゲーム機の音のせいで不眠症になってしまう。

「あー、腹減った。そういや昼飯食ってねー」
 ぐぅーと抗議の声をあげるお腹を押さえながらしんは辺りを見回す。と、美味しそうなクレープの匂いが。女子高生がたむろっている屋台のクレープ屋を発見した彼は、スキップを踏むような軽やかな足取りでそこに行き、バナナヨーグルトチョコレートのクレープを2つ注文した。
「ふっふっふ。こういう時って本当にこの体に感謝したくなるよな。普通なら男が一人でクレープなんて食えないもんよ♪」
 そして更にそんな事を言うしんを嬉しくさせる事が。なんと、出されてきたクレープは通常よりもボリューム感たっぷりなのだ。
 見ればしんにクレープを渡した店員の若い男は耳まで真っ赤にしている。そしてそれを見たしんの中で悪戯心が起きた。クレープを持っていない方の手で艶やかな黒髪を洗練された仕草で掻きあげながらその麗貌に極上の笑みを浮かべてやる。そのあまりもの綺麗な笑みに店員はしばしぼぉーっとして、
「ねえ、いいの? 生地、焦げてるけど?」
 と、しんの後ろに並んでいた主婦に突っ込まれて、慌てて、生地の面倒を見るも、もう手遅れで、彼は一緒にクレープ屋をやっている妻らしき女性に怒られてしまうのだった。
「ふっふっふ。そんな美人で働き者の奥さんがいるのに、他の女に鼻の下を伸ばしているからだよ。それに綺麗な花には棘があるってね♪」
 ぷんぷんと怒る妻に必死にぺこぺこと頭を下げる夫がいる光景をクレープを食べながら眺めていたしんはいひっひっひと意地悪く笑った。彼も真ほどではないがこういうのが基本的に好きな性格なのだ。そしてそんなしんに、買ってもらったクレープを食べながら疾風はやはりため息を吐くのであった。
 そしてそうやってクレープを食べて燃料を補給したしんはご機嫌そうに疾風と共に(一応人目を気にしつつ)空翔ける。
 と、そこで彼は気の弱そうな男子学生が不良にカツアゲをされているのを目撃した。
「ったく。せっかく、人がいい気分だってのにつまんねー真似しやがって…」そしてそこで不敵に笑う彼。「まあ、食後の軽い運動にはいいかな?」
 
 しんはあっさりとその不良を片した。そしてズボンのポケットに突っ込んでいた心地よい香りを持つハンカチを彼に投げて寄越す。
「ほら、それで唇の血をふきな」
「す、すみません」
「あー、だから・・・」
 しんは頭を掻きながら、
「そうやってお前もうじうじしてるから悪いんだよ」
 と、拳を握った左手は腰に置き、人差し指をぴっと伸ばした右手を軽やかに囀る唇と共に振りながら説教を始めた。見るからに自分に自信のなさそうな彼に訥々と男とはどうあるべきものかとしんは熱く語り、そしてそれは灼熱の円盤かのようだった夏の太陽が沈み、青い海にたゆたうクラゲかのようだった真っ白な月が夕刻の空で仄かに輝きだすまで続いた。
 そして、しんは、すっかりと顔つきの変わった彼(おそらく数時間前からこの一連のしんと彼とのやり取りを見ている自己啓発セミナーを開いている人間がいたら間違いなくしんをスカウトしているであろう)の肩をぽんぽんと手で叩き、
「ま、一夕一朝で強くなるもんでもないし少しずつ根性いれてけよ?」
 と、最後にそう講座を締め括ると、落ち込んだら飯でも食いに来いと店を教え、そして夕日と同じ方向にある我が家へと帰宅していった。

(あー、なるほどね。そうやって好き放題やって、そして満足しながら眠って、その尻拭いは私にまわってくるのね……しんの奴)
 頭の中に浮かんだあらゆるしんへの復習の方法はひとまず置いておいて、真はプチブーケを自分に差し出す彼に微笑んだ。
「ありがとう」
 うん、まずはこれは最初に言うべきよね、と心の中で頷く。そして次に彼女はどうやって自分としんの事を話し、そしてものすごく嬉しいのだが受け取れない彼の好意(体は女だけど、彼に接し、花束を渡したいと想ったしんは男な訳で…)に接しようかと考えて、
 だけど彼が微笑んだ。
「あの、しんさんの事、怒らないであげてくださいね。本当に僕、昨日…学校じゃ誰もがいじめられている僕の事を見て見ぬフリして、だけどしんさんは助けてくれてすごく嬉しくって。本当にしんさんに助けてもらって嬉しかったんです。昨日もずっと、しんさんに男とはどうあるべきかって教えられて、それで僕、気づけたんです。僕、勉強も運動もまるでダメで自信がなくって、それで下ばかり向いていたけど…これからはしんさんのようにカッコいい男の人になれるようにがんばろうって。まずは僕自身が自分を好きになろうって。自分に誇れる生き方をしようって」
 両拳を握り締める彼。そんな彼を見つめながら真はため息を吐く。
「本当にもう、しんにも困ったものよね。口先だけの男論だけじゃなくって私たちの秘密まで話すなんて。……だけどまあ、これじゃあ、怒れないわよね」
 と、真は不安げな顔をしていた彼にウインクする。そして彼の肩に手を置いて、
「しんに何を吹き込まれたか知らないけど、だけど私があなたに言いたい事は一つだけ。自分のペースを大切にしてがんばってね。ほら、花の種って、同じ日に蒔いて、同じ肥料や水をあげてもそれでも芽が出るスピードやつぼみをつけたり、花を咲かせるスピードにはどうしても差が出てしまうでしょう? それはその種それぞれにスピードがあるから。だから花を育てるにはその種のスピードを大切にして、そして諦めずに面倒を見てあげること。それは人も一緒よ。自分を諦めず、いつかちゃんと花を咲かせられる自分を信じて、自分に栄養をあげてね。ちゃんと面倒を見てあげればそれに応えて綺麗に花を咲かせてくれるのは花も人も同じだから」
「はい」
 元気よく頷いて、帰っていった少年の背を見送ると、真は店に入った。そしてレジの横にある鏡に映る自分の顔を見つめて、にやりと皮肉っぽく微笑む。
「あの子に免じて今回は怒らないであげるわ」
 そして両拳を腰に置いた真はゆっくりと汚い店内を見回して、もう一度鏡に映る自分の顔を眺めると、にたりとものすごく意地悪そうに微笑んで、
「だけど・・・自分のやった事の後始末は自分でお願いね」
 と言った瞬間に鏡に映る満足げに笑う彼女の瞳の色が水色に変わって、
 そして・・・
「えーーーー、マジかよぉー」
 表に強制出現させられたしんが不満そうな悲鳴をあげるのだった。