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ダイエットにご用心
●街に溢れる噂
「あーっ！ この話また書き込まれてるー！」
土曜日の夕方、暇な人間で賑わうインターネットカフェの一角で
声をあげたのは瀬名雫である。掲示板に書き込まれる都会の噂話を
こよなく愛し、あまつさえその謎を解き明かす事を生き甲斐とする
彼女。今回、そのハートを捉えたのはどんな噂だったのだろうか。
「どれどれ？」
ひょいと横から覗きこんだのは結城操。雫の元同級生である。リ
ボンをつけて少女らしい雫とは対照的に、ボーイッシュな格好がよ
く似合っている。一見、正反対に見える二人だが、昔から何かと話
が合う。別々の学校に分かれた今でも、こうしてたまに会ったりし
ているのだが‥‥。
「当たり付きダイエットフード？ 何これ？」
「えーっ、操ちゃんチェックしてないのぉ？ 最近多いんだよ、こ
のネタ」
雫が話すところによると、書き込みの内容は次の様なものらしい。
『繁華街や駅前で配られているダイエットフードの試供品の中に、
凄く効く当たりが混じっているらしい。それを食べた物はどんなに
甘い物を食べようが、ジュースを飲みまくろうが、けして太らない
という。しかし‥‥』
「その大当たりを引いた人達が、化け物を産みおとしているって言
うのよ」
ストローでアイスティーを飲みながら雫が言う。ちなみに彼女自
身は、体重を多少気にしているようだ。シロップには手をつけてい
ない。
「ふーん。ここんとこバイトで忙しかったから知らなかったな」
アイスコーヒーをブラックで飲んでいた操が呟く。こちらは一見
して鍛えている事が窺えるスタイルである。もっとも、この年頃な
ら、もう少し脂肪がついていた方がいいかもしれない。
「ああ、あの貧乏探偵事務所？」
「貧乏言うなーっ！」
間髪入れずに操が突っ込む。それなりに本人も自覚している事な
のだろうか。素早い反応であった。
「もう２ヶ月くらいになるよ。うちの学校でも最近休んでいる人が
いて、噂になってるし。怪しい拝み屋みたいな人を雇ったとかさ。
操ちゃんのとこって、そういう仕事も引き受けてるんでしょ？」
苦虫を噛み潰した様な表情でコーヒーをすする操。若々しい顔に
似合わない影が横顔に走る。
「そういう仕事ばかりだから、ロクに報酬ももらえないのよ。先生
もそういうとこ無頓着だから‥‥」
そんな友人を眺めながら雫が笑い転げる。その笑いが納まってか
ら、操は口を開いた。
「んで、どんな薬なの？」
「はっきりとは書かれていないけど‥‥錠剤じゃないみたい。グミ
とかこんにゃくゼリーみたいな触感らしいよ」
二人の少女の間に、しばしの沈黙が降りる。だが、何やら真剣な
顔で考えている操に対して、雫の方は何かをけしかけるような表情
を浮かべたままだ。
「せっかくだから、貧乏探偵事務所のセールスでもしといたら？
もしかしたら、それを見て依頼してくる子がいるかもよ？」
しばらく親友の顔を横目で睨み付けていた操ではあったが、結局
パソコンの前に座って書き込みをしていくことにしたらしい。
「‥‥という事態になった時は、いつでも依頼してください。○○
○−△△△△、宮田探偵事務所‥‥っと。これで良し」
「ねぇねぇ！ 真相が判ったら教えてよね。絶対だよ！」
期待度１２０％で見つめる雫に対して、操は肩を竦めてみせた。
「こんなんで本当に依頼が来るとは思えないけどね。話を聞いた限
りでは、別の人達が仕事受けちゃってるんじゃないかな」
帰り支度を始める友人に、雫は膨れっ面をしてみせる。まるで貧
乏なのは営業努力が足りないのだと言わんばかりに。だが、次の瞬
間には笑顔を見せて話しかけた。
「とかなんとか言っても、ちゃーんと書き込んでいくんだよねぇ。
助手の鏡だよ、ホント」
「何言ってんの」
苦笑を浮かべて操は席を立った。もう少し粘っていくという雫に
軽く手を振って、店から出て行く。
（とは言ったものの、先生は出張中だしなぁ‥‥。なんか『本物』
くさい気配がするんだけどな）
身震いして、操はブルゾンの前を合わせる。それは北風が吹いて
寒かったからだけではないようであった。
●ネットカフェ
「何だか昔を思い出させる書き込みね‥‥」
ネットに接続されたパソコンの前で、ササキビ・クミノは呟いた。
それはまだ彼女が『仕事』をしていた頃の話である。
（エステサロンに巣食うバケモノを滅ぼしたんだっけ。直接関係が
あるかは判らないけど、探ってみる必要があるかな）
クミノは結局、瀬名雫に連絡を取る事にしたのであった。
「うん、その書き込みね？ 要するに上手い話には気をつけろって
いう内容だったのよ」
電話の向こうで飲み物を啜る音が聞こえた。恐らく、いつものイ
ンターネットカフェにいるのだろう。
「安易にダイエットフードに頼るなっていう警告のはずだったのが、
化け物を産み落したっていう騒ぎに発展しちゃったのよ。実際、学
校とかを休んでいる子も増えているらしいしね」
雫に礼を言って、クミノは電話を切った。彼女が知る事件とは相
違点もあるが、時間が経ち過ぎている。別件と考えた方が良さそう
であった。しかし。
（あの時は救えなかったけど、今回は救えるかもしれない）
それが免罪符になるとは、彼女自身思ってはいない。それでも、
クミノは行動を起こさずにはいられなかった。
「モナ！ リナ！」
二体のメイドアンドロイドを呼び寄せる。彼女達をいくらかふく
よかに擬装させて、駅前と繁華街に送り出す事にした。運が良けれ
ば、件のダイエットフードを受け取れるかもしれない。それと同時
に、クミノは情報屋を通じて拝み屋の連絡先を何件かリストアップ
してもらった。自分がそっち関係をあたることで、事件の被害者へ
の線も辿れるかもしれない。
「さ、行くわよ」
装備を整えたクミノがネットカフェを出たのは、それからすぐの
事であった。
●街角
リストの最初にあったのは、ある人形専門店であった。しばらく
張り込みを続けるうちに、クミノはそれらしい依頼人が拝み屋に接
触した事をキャッチした。指向性の超高感度マイクを使って話の内
容を聞き取る。
『ふむ‥‥なるほど。そのダイエットフードを娘さんが食べていた。
そう、おっしゃりたいんですね？』
『はい‥‥あの子も親には何も言わないのですが、心を痛めている
ようなんですの。先生‥‥出来れば内密に処理していただけません
か？』
『来週までに仕上げなければならない仕事‥‥本業の方ですが。そ
れが立て込んでおりまして。助手に任せる事になりますが、それで
もよろしければ‥‥』
『お〜い、鞘子ちゃん』
『はい？』
『また副業の方が入っちゃってね。すまないけど、代わりに頼むよ』
『またですかぁ？ ようやく本業の方が順調になってきたかと思っ
たのに‥‥』
『それで？ 話は聞こえていましたけど、どこから動けばいいんで
すか？』
『話を聞いた限りでは、腹中虫の一種だと思う。方法は任せるから、
さっきの女性の娘さんと接触してみてくれない？ その薬が手に入
れば、透視を使って出所を探れると思うしね』
（どうやらビンゴの様ね）
メイドアンドロイドから報告が入っていないのを確認し、クミノ
は『鞘子』とかいう拝み屋をの後をつける事にしたのであった。
●工場〜第一幕〜
鞘子が依頼人の家に寄ったのを確認した後、クミノはさらに彼女
の尾行を続けていた。会話の内容から、鞘子が何らかの超常能力を
持っていることは推測できた。だが、その彼女に気づかれない様に
尾行するだけの能力を、クミノは有している自信があったのだ。
「あそこが目的地か‥‥」
鞘子が慎重に周囲の様子を伺っているのが見てとれる。使われて
いない倉庫街というロケーションからも、ここが目的地である事が
想像できた。
ヒラリ
高い塀に囲まれた敷地内に難なく入りこむクミノ。鞘子よりも先
に潜入し、より多くの情報を掴む必要があったのだ。
（作りからして‥‥あそこね）
周囲は既に薄暗くなっていた。それでも、夜目の効く彼女にとっ
ては昼と大差は無かった。最近、人の出入りした形跡のある建物を
探しだし、音も無く駆け寄った。
廃屋の割に、扉にはしっかりと油がさされていた。音も無く開い
ていく向こうに、クミノは予想していた物を見つけた。
「薬の製造用プラント‥‥それも精製型というよりは培養型に近い
か‥‥」
素早く機械類をチェックしていく。すると、彼女は一つの事に気
がついた。
「残っているのは比較的古い機械ばかり‥‥？ 肝心の培養器も見
当らないし。遅かったかしら？」
「そう。ちょーっと気がつくのが遅かったね」
「！」
振り返り様、拳銃を抜くクミノ。サイトの向こう側に立っている
のは、黒づくめの衣装に身を包んだ長身の男であった。細い目が印
象的な顔には、微笑みが浮んでいる。
（モンゴロイドじゃないわね‥‥）
摺り足で間合を取るクミノに対して、男は無造作に踏み込んでき
た。
「『ＳＷＯＲＤ』！」
呪文を唱えた男の右手に、雷の剣が発生する。居合に近いスピー
ドで振るわれたそれを、右手の拳銃と結界の効果でクミノは受け止
めた。
「ほぅ‥‥実に面白い能力です。恒常的に展開された結界ですか。
魔法の効果を半減させましたね」
一つ一つ分析するかのように語る男の姿に、クミノは背筋に冷た
いものが走るのを感じた。
（この手のタイプは長期戦は不利！ 速攻で片付ける！）
カチ
左手のスイッチを押し込むのと同時に、建物に入る前に仕掛けた
小型の爆弾が爆発した。男が気を取られた瞬間に機械の後ろに回り
込み、銃を乱射する。
「くっ、『ＰＥＮＥＴＲＡＴＥ』！」
赤い光弾が、ステンレス製の機器を貫いて襲い来る。クミノは必
死に立ち回り、手榴弾で応戦した。
互いに激しく位置を変える中で、クミノは男が自分の入ってきた
扉の前に立ったのを確認し、腰につけていたスイッチを押した。同
時に、先ほどに倍する爆発が起こり、黒煙が周囲を支配した。
「けほっ‥‥室内戦じゃなかったら危なかったわね‥‥」
殺気が消えた事を確認して、クミノは再度周りの機械類を確認し
た。
「また一歩遅かったかな‥‥。仕方ない、これだけでも破壊して行
きましょう」
クミノは残ったプラスチック爆弾をセットし始めた。
●工場〜第二幕〜
塀を飛び越えた牧鞘子が目にしたのは、建物の窓から天に上る煙
であった。そちらの方向に走り出すと、建物の中から黒づくめの衣
装を纏った長身の男が姿を転がり出てきた。
「やれやれ、無茶なお嬢さんですね。プラントが休業中だったから
良かったようなものの‥‥」
服についた煤を払っていた男は、そこでようやく鞘子の事に気が
ついたようであった。
「おや？ 貴女も招かれざるお客という事ですか？」
身構える鞘子に対し、男は大袈裟に顔を覆ってみせた。
「まったく、何という日だ！ 次から次へと嗅ぎつけて来る‥‥や
っぱりここらが潮時という事ですかね。どう思います？」
指の間から覗く細い目が、鞘子を射抜く。視線に込められた殺気
の意味を考えるより早く、彼女の体は反応していた。
「いい反応ですね♪」
男の手刀が、鞘子の喉元があった場所を薙いでいた。体を翻すの
が遅れていたら、即死だっただろう。
（早い‥‥！ 獣人並みの爪だわ‥‥！）
背中に冷たいものが走る。距離をおいて身構える鞘子に、男は楽
しげな表情を崩さなかった。その背後から、再び爆発音が聞こえた。
「派手にやってくれる‥‥。まぁ、そろそろ片付けようと思ってい
たから手間が省けていいんですけどね」
再び、男の目が細く光る。駆け出そうとしたその姿に、鞘子が右
手を振り下ろそうとした時であった。
「禁則不能歩（足を禁ずればすなわち歩く事あたわず）！」
闇を切り裂く様に放たれたその言葉に、男の動きが不自然な状態
で止まった。
「紅さん！」
悠然と歩み寄る紅・蘇蘭の姿に、思わず鞘子が声をかける。
「お前が責任者かえ？ それとも実行部隊といったところかな。ど
ちらにせよ、私の庭で少々お痛がすぎた様だねぇ」
穏やかな声とは裏腹に、深紅の瞳はどこまでも冷徹な色を映し出
していた。ここまで余裕を崩さなかった男の態度に、初めて動揺が
走る。
「‥‥！ 凄い力ですね。こんな島国にこれ程の力の持ち主がいる
とは‥‥ね！」
かろうじて上半身は動くらしい。男が左手を振ると、袖口から無
数の触手が走り、紅に迫った。
「ふん」
僅かに体をかわして触手を避ける紅。しかし、何本かが彼女の髪
を掠めた。
「あぶない！」
鞘子の放った『風刃』が触手をまとめて切断する。だが、男の顔
に苦痛の色は無かった。続けて攻撃を加えようとした鞘子であった
が、次の瞬間、周囲に満ちる異様な妖気にその手が止まる。僅かに
動く視界の片隅に、紅の姿が映った。
「たかだか造られた妖ごときが‥‥身の程を知れい！」
シュバッ！
迸る雷光が周囲を白く染め上げた。雷光は男を呑み込むと、その
まま工場の壁へと突き刺さった。
爆音と共に壁が崩れる。壁の向こうには、既に火の手があがって
いた。
「‥‥消し炭‥‥ですか？」
「いや、最後に『跳んだ』みたいだ。術を使えるタイミングでは無
かったから、何らかの特殊能力らしいが‥‥生意気だねぇ」
鞘子の問いに答える紅は、既にいつもの平静を取り戻していた。
周囲を圧倒するような妖気も今はない。それでも、鞘子の足はその
場から動く事が出来なかった。
「ん？」
黒煙の立ち昇る工場跡から、一人の少女が姿を現した。手には不
似合いな大型拳銃をぶら下げている。
「中で暴れていたのはお嬢ちゃんかい。所属は？」
「篠宮久実乃。今はフリー」
紅の問いかけは、先程鞘子に問いかけたのとは意味が異なってい
た。クミノはそのまま敷地の外へと立ち去ろうとする。その背中に
鞘子が問いかけた。
「建物の中は？ 薬の解毒方法とか、虫の落とし方とかがあったか
もしれないのに‥‥」
「データ類は全て消去済み。設備も一部持ち去られた後だったから、
最新の物は持ち出したのね、きっと。調べれば薬の作り方くらいは
解ったかもしれないけど、そんな事は許さないわ」
クミノはそれだけ言って去った。
「さすがに消防車とか野次馬が来たようですね。紅さんはどうする
んです？ お仕置きはもういいんですか？」
「まぁ、この組織についてはこれ以上の手出しは無い様だからねぇ。
あの生意気な坊や以外は捨てておくさ。あなたはどうするんだい？」
紅の言葉に、鞘子は俯いて唇を噛んだ。
「手がかりが途絶えた以上、産まれる腹中虫の始末をするしかない
でしょうね‥‥」
香織の笑顔が脳裏をよぎる。出来れば事前に処理してしまいたか
ったのだ。そんな鞘子の様子を見て、紅が溜め息をもらした。
「手間のかかる子だねぇ。『幻視』は使えないんだろう？ しょう
がないから付き合ってあげるよ。これも何かの縁だ」
塀に向かって歩きながら、紅は婉然と微笑んだ。
●エピローグ
クミノは今日もパソコンの前に座っていた。ニュースのページで
は倉庫街での不審火の記事が取り上げられている。
（どちらが情報操作したのかしら？）
あの黒づくめの男のバックにいる組織か。それとも去り際に会っ
た赤い髪の中国人女性の方か。どちらにせよ、クミノの知った事で
は無い。
「これで事件が全て解決した訳ではない‥‥この街に住む人達が愚
かである限り、第二第三の‥‥ってどうでもいいか。私は自分に出
来る事をやるだけ。そう、それだけよ‥‥」
クミノは冷たいコーラに手を伸ばすと、一気にそれを飲み干した
のであった。
了
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
０９０８／紅・蘇蘭／女性／９９９／骨董店主・闇ブローカー
１１６６／ササキビ・クミノ／女性／１３／元企業傭兵
２００５／牧・鞘子／女性／１９／人形師見習い兼拝み屋
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■ ライター通信 ■
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神城です。
遅くなりましたが、依頼の第二弾をお届けします。今回は
ピンに近い行動を取る事になりました。ちらほら登場してい
る他の二人については、別の文章を参照してみてください。
また『薬』の中身については、既にアップしている別の依
頼に詳しい内容が書いてあるので、良かったらそちらも併せ
てご覧になってみてください。
それでは縁があったらまたお会いしましょう。一応、次回
はクリスマス明けにアトラス編集部で依頼をアップする予定
でおります。
ではでは。
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