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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


Call

 冬の匂いが近付いて来て、日が沈むと肌寒く感じるようになった。万年貧乏の草間興信所に役に立つ暖房器具の類があるはずもなく、オフィス内は冷たい空気に満ちていた。
 夏よりは良い、と草間武彦は思う。夏は窓を開け放っても外気との差がないが、冬は窓を閉めれば空気がこもり心なしか暖かく感じる。気休めでしかないその理屈が、草間は案外気に入っていた。
「だからさー、頼むよ草間さん」
 少年が今しがた淹れたばかりの珈琲を草間に手渡しながら嘆くように言った。豆を持参してきたこの少年はこの興信所の常連で、忘れた頃に依頼を持ってやってくる。
「怪奇探偵って呼ばれるの嫌なんでしょ? たまには普通に探し物を」
「お前が持ってくる時点で普通の依頼じゃないだろ」
 溜息交じりの草間の言葉に、少年は俯きがちに口の両端を上げた。
 少年は一般に超常現象と呼ばれる物に反応するセンサーが人一倍敏感だ。本人はそういう物に関わりたくないらしく、「嫌な予感」がすると草間の所に転がり込んでくる。草間が知っている限り、少年の「嫌な予感」的中率は100%だった。きっと今回も、現代科学で説明できない何かが絡んでくるのだろう。
『昨日電車で寝てたら乗り越しちゃって、急いで降りたら携帯置いてきたらしい。駅に連絡して全部調べて貰ったんだけど、見つからないから、きっと誰かが持ってるかどこかに置いてあるかだと思うんだ。電話かけてみようと思ったんだけど、何か、ね?』
 先程、少年が珈琲を淹れながら説明した依頼内容はこんな物だった。今、草間が飲んでいる珈琲は、きっと賄賂なんだろう。
「……たまには普通の探し物するか、クソッ」
 普通の、を強調して言ってファイルを開いた草間を見て、依頼人の少年は満足そうに微笑んだ。


 草間興信所に今回の調査員が揃ったのは、午後6時を少し回った時だった。
「じゃあ、早速事情を話してもらおうか」
 草間が煙草に火を点けながら言った。皆一様に依頼人の少年が持って来た珈琲を飲んでいた。海原みなもと葛生摩耶がソファに座り、シュライン・エマと漁火汀は立ったままだった。
 まず携帯の機種を聞き、乗っていた路線・区間・時間を聞いた。
「どの駅まで意識があった?」とシュラインが聞く。
「乗ってから……三回停車したのははっきり覚えてるけど、それ以上詳しくは覚えてないです」
「あの」漁火が片手を軽く挙げる。「普通携帯を落として見つからなかったら、誰かに不法に使われることを警戒して、通話できないように電話会社に依頼するものではないですか? メモリーに残っているデータとかも大事でしょうが、捜査にかかる経費と新しく携帯を購入する値段を天秤にかけたら、後者の方が安くつくと思うのですが……」
 その質問に少年は一瞬眉を顰め、視線を床に落としてからゆっくり漁火を見上げた。
「金よりも、携帯自体が大切だから。これじゃあ、理由になりませんか?」
「いえ、なると思いますよ」
 きっと話さないだろう、と判断し漁火は頷いた。
「ねぇ、電話掛けるのが気が引けるんでしょ? じゃあメールは?」摩耶は少し身を乗り出して少年に聞いた。
「えっと、俺が掛けたくないだけで、皆さんの中の誰かが掛けてくれるのは一向に構わないんです」
「嫌な予感がしたから、掛けたくないって事ですか?」みなもが首を傾げながら聞く。
「そうですね」少年は頷いた。
「その、嫌な予感っていうのが具体的にわかれば教えてほしいんです」
 むずかしいねぇ、と苦笑しながら少年は視線を泳がせる。どうやら考える時の癖のようだ。
 助けを求めるように少年が草間を見ると、草間は後頭部に手をやり息を吐いた。
「虫の知らせと似たようなものだから、とりあえず、何か起こりそうな気がするんだろ?」
「そうそう。これは参考程度に聞いて欲しいんだけど、俺が電話をしない理由は、誰かが持ってる気がするからっていうのも、あります」
 粗方質問し終え、最後に番号とアドレス、着信音を聞いた。怖いからここで待っていると言う依頼人を置いて、彼らは興信所を出た。


 ビルを出て見上げると、興信所の窓から少年が顔を出していた。手には漁火の蘇芳色のスケッチブック。今日は葉の色が映える天気だったため、興信所に来るまでは公園でスケッチをしていたのだ。
(勝手に見るのはいただけないな)
 そのまま他の者の後ろをゆったりと歩いていると、興信所の中の様子が風に乗って聞こえてきた。否、自分が乗せているのだが。
『ねー、草間さん。あの人、あれで納得したのかな』
『何が』
『金よりも、携帯自体が大切だから』
 少年が話題にしているのは紛れもなく漁火その人であった。
『それに納得したんじゃなくて、話したくないって事に納得したんじゃないか? 大丈夫だ、あの人はお前なんかよりずっと大人だから』
『形見とか、言えば良かったのかね』
「漁火さん、どうしたんですか?」
 シュラインがこちらを振り返って立ち止まっていた。彼はいつの間にか歩みを止めていたらしい。
 首を振って、今度は彼女の隣を歩いた。
(形見で、携帯電話と言う方が、もっと可笑しい)
 知らずと笑みが漏れた。


 一先ず、少年が言っていた駅に向かう事になった。手っ取り早く、興信所で少年の携帯に電話を掛ければ良かったのだが、それを少年が断固拒否した為だ。
 今から移動すれば、少年が昨日乗った電車の時刻に間に合う。それまでは地道に足を使い、駅構内を捜索しよう、という手筈だった。
「乗ってから三駅は確実に起きてた。という事は、盗難の可能性を除けばその駅周辺で発見された可能性は無いわ」
 目的の路線に向かう電車の中で、どの駅から捜索を始めるかを思案している中で、シュラインが言った。
「盗難の可能性、ないんでしょうか」みなもが考え込むように言った。
「あると思う?」シュラインが一同を見回す。
「私はあると思う」依頼人の話からすると、人じゃないみたいだけど、と付け加えながら摩耶が答える。
「盗まれたなら、尚更駅で発見される可能性は少なくなると思いますよ。電話を掛けてみればわかる事ですから、今の所は盗難の線は考えない方が調査が捗るのでは?」窓の外をぼんやり眺めながら漁火が言った。
「そうね、ではまず四番目の駅に行きましょう」
 最初の目的地は、少年が寝過ごしたと思われる最初の駅に決まった。


 駅に着くと、シュラインとみなもが駅員の所に向かい紛失物が無かったか聞き込みをし、漁火と摩耶とホーム内を探した。
 携帯の充電状態が気になり、頻繁に電話を掛ける事は躊躇われた。よって、捜索は完全に足を使ったものになる。手分けして、それなりに広いホーム内を探す。しかし、探す場所はある程度限られていて、聞き込み班が戻る頃には全て探し終えていた。
 他の二人がホームに戻り、シュラインが摩耶に問い掛けた。表情から、駅員室にはなかった事がわかった。
「どう?」
「ダメ」
 売店の人間にも話を聞いてみたが、それらしい情報を入手する事はできなかった。
 それを何駅か繰り返したが、少年の携帯電話を見つける事はできなかった。どんどん日は落ち辺りが暗くなった頃、少年が乗った電車の時刻になった。ちょうど中間の車両に乗り込み、
「じゃ、掛けてみるわね」摩耶が少し緊張した面持ちで携帯電話を耳に当てた。
「あたし、後ろの車両探してみます」
 そう言い背を向けたみなもを追うようにして、漁火は後ろの車両へ、シュラインは前の車両へ移動を始めた。
 その時、摩耶がシュラインの腕を掴んだ。
「出た」小さな声でそう呟いた。
「知り合いのフリをして」鋭くシュラインが摩耶の耳元で囁いた。
「海原さん」漁火がみなもを呼んだ。振り返った彼女に、相手が出たようだという旨を伝える。
 小走りでみなもが摩耶のもとに近寄った。摩耶はゆっくりと話し始めた。
「もしもし?」
 返答はなかった。摩耶は皆に目配せをして、もう一度電話の相手に話し掛けた。
「もしもし? 今、どこにいる? 私今――」
『山手線新宿駅のホーム』
「ふふっ、コマ劇場にでも行くつもりなの? ねぇ、これから会いたいんだけど、ダメ?」
『別に』
「じゃ、新宿駅ホームに行くわ。待ってて」
 笑い交じりに会話を終え、摩耶は電話を切った。長い溜息の後に、私電話してこんなに緊張したの初仕事以来だわ、と苦笑しながら言った。
「どんな人でしたか?」
「若い男。ごめんなさい、知り合いって言うより、援交みたいになっちゃったわ」
「相手が不審に思ってた様子は?」
「全然ない。というか、あんまり喋らなかったわ、相手」
「会う約束を取り付けただけでも、一歩前進でしょう。お疲れ様です、葛生さん」
 摩耶を労うように微笑んだ漁火に、彼女はありがとう、と小さく礼を言った。
 次の駅で電車を降り、山手線へ戻る事になった。緊張からか口数が減り、周りの乗客の声だけが空しく響いていた。まるで、自分たちだけ違う時空に入ってしまったかのように、その声は遠くに聞こえていた。


 数十分掛けて新宿駅に着いた時、漁火は若干だが風の動きが良くないと感じた。大きなゴム風船が駅構内に転がっているような感触だった。
 人の波に流されながら、摩耶が携帯を耳に当てた。シュラインは摩耶から少し離れた位置でホーム内の人間を観察している。みなもは同じくホーム内を見回している漁火に近付いた。
「漁火さん、何か聞こえますか?」
 ちょうど人が増える時間帯だ。漁火はみなもが人波に攫われないように気を配りながら答えた。
「聞こえるんですが、様子が少しおかしいんです」
 漁火は風に少年の着信音であるパターン1の音がないか聞いていた。風たちは確かにその音を見つけていた。今時、パターン1の着信音の人間などそう多いとは思えない。
「おかしいってどんな風にですか?」
「膜が張ってるみたいに、はっきりしないんです」
 風たちはその所為で音の場所を特定できないでいるようだった。大体の場所はわかったものの、そこに留まっている人の姿はなかった。
 摩耶に視線をやると、相手が出た様子はない。という事は、まだコールは続いている筈だ。
「あ!」みなもが声を上げた。
「どうしたんですか?」
「葛生さんが消えました」
 摩耶がいた辺りに目をやると、彼女の姿は見えなくなっていた。摩耶を挟んで反対側にいたシュラインを見ると、彼女も摩耶の姿を見失ったらしく、こちらを見ていた。
 合流した方が良さそうだ、とお互い近付こうとした時、周りの人間が一瞬にして消えた。
「え?」
 みなもが驚いた声を漏らした。シュラインも愕然とした様子で立ち止まっていた。
 周りの人間が消えた代わりに、摩耶の姿が現れたのだ。彼女は携帯を耳に当てたまま、ある方向を凝視していた。
「あなた……」
 唇をわなわなと震わせ、摩耶はやっとの事で声を出した。彼女の視線の先を追うと、そこには依頼人の携帯電話を耳に当てている若い男が立っていた。
「依頼人?」
 若い男は依頼人と同じ顔をしていた。違う所と言えば、服装だけだった。興信所にいた依頼人は制服を着ていたが、今目の前にいる依頼人は私服だった。
 いや、他にも違う所はあった。
 表情が違う。
「あんた、何者?」
 シュラインが男を睨みつけながら言った。男は口の端を引き上げて笑う。
「お化けでも見るような目で見ないでくれる? 俺はそういうのとは違う」
 男は明らかにこの状況を楽しんでいるようだった。ゆっくりと、まるで講義でもするように歩き始めた。
「例えば、今あんたらがいるココ。ココは山手線新宿駅のホームです、見りゃわかるな。でも、人がいない。何故かわかるか? そう、次元が違うって言えば通じる? あんたらが生きてる世界とこの世界は同じだけど、繋がってない。稀に、今みたいに繋げる事ができるけどね」
「講釈垂れるのも結構だけど、人の質問には答えていただけますか、ティーチャー」
「俺は何者か、という質問だったね、シュライン・エマ君」合わせていた両手を離し、人差し指でシュラインを指す。「あんたらの世界の言葉で言えば、ドッペルゲンガー? 三人見たら死ぬらしいけど、俺の場合は俺が奴を殺すから、そこの所だけ違うけど。この回答、不服かい?」
「つまり、あなたは依頼人とは別人なんですね」みなもにしては棘のある口調であった。
「あんな馬鹿な奴と一緒にすんなよ」心底嫌そうな顔をして、男はみなもを睨んだ。「アイツも本当に馬鹿だよな。自分で取りに来りゃ、最後に面白いモノ見られたのに」
 男は既に近距離まで接近してきていた。そのまま真っ直ぐ摩耶に近付き、彼女の前に立つと呆然としている彼女の手に依頼人の携帯電話を持たせた。耳元に口を近づけ、何か言ったようだった。
 背を向けて始めに立っていた位置まで戻ると、口元を歪めて笑った。依頼人とは似ても似つかない表情だった。
「さて、これで用事も済んだし、お引取り願おうか。俺はあなた方の世界に住んでいる方々は、頭脳明晰すぎて大嫌いなんだ」
 男が右手を上げると、何もない頭上から大量の水が降ってきた。
 あまりにもお粗末だ、と漁火は思った。これで、何がしかの攻撃のつもりだろうか。それとも、ただの嫌がらせか。多分、後者だろう、と彼は思う。
 風を使い自分に降りかかる筈だった水を避ける。水の筋が男目掛けてぶつかっていくのが見えた。水の筋は鋭くなり、突き刺さるようにして飛んでいく。スピードが増すように、密かに風を飛ばした。
 男に水がぶつかった瞬間、彼らの目の前には見慣れた喧騒が戻って来た。ホーム内には人が溢れ、水浸しの摩耶とシュラインを横目で見ると、無関心な顔で彼女たちから離れた場所を通り過ぎて行った。


 取り戻した携帯を興信所に届けると、今回の調査依頼は終了した。随分夜も遅くなってしまい、シュラインが心配したが、途中まで漁火が送るという形で丸く収まった。
 制服姿のみなもと、まるでフランスの田舎町から飛んで来てしまった画家のような(おまけに今日はスケッチブックも持っている)風貌の漁火が並んで吊り革につかまっている様子は、さぞ人目を引いた事だろう。
「漁火さんはご自宅、こっち方面なんですか」
「えぇ、まあ」
 咄嗟に嘘を吐いた。人間長く生きると、嘘も上手くなるらしいが、みなもはくすくす笑っていた。
「あの、今日はありがとうございました」
「何がですか?」
「送って下さって。あと、私が……水を使った時に、手伝ってくれましたよね?」
 先程の事を思い出し、みなもは気分が沈んだ。漁火はみなもを見ずに、窓を見て答えた。辺りは暗くなっていたから、窓を見ても車内の様子が映っているだけだった。
「彼の言葉には、僕も正直腹が立ったので。つい」
「私、憎むって事が一番嫌いなんです。でも、あの時の自分の気持ちが憎むとどう違うのかわからなくて。攻撃したのは、いけない事だったのかもしれません」
 下を向いてしまったみなもに、漁火は優しく話しかけた。
「憎悪は愛情の裏側だという人がいます。愛しすぎて、憎む。海原さんはあの時、彼の物言いに怒ったのだと、僕は思いますよ。依頼人の方を、この世界の方々全てを、彼が侮辱したから。僕はあなたの行為は間違ってなかったと、思います」
(行為の正否を決めるのは、自分自身だ)
 その言葉は、きっと精神的打撃を受けている今の彼女には辛いものだろう、と思い胸の中に押し戻した。
 電車が止まった。ここで降りるというみなもを、漁火はドアまで見送った。
「ありがとうございました」みなもはもう一度礼を言った。
「お気を付けて」漁火は帽子を取って首を傾けた。「おやすみなさい」
 おやすみなさい、とみなもが返すとちょうどドアが閉まった。電車はゆっくりと動き出し、駅を抜けた。
 帰路に着いた漁火は、電車が止まるまで、明日が晴れならば良いと考えていた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252 / 海原・みなも (うなばら・みなも) / 女 / 13 / 中学生】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1998 / 漁火・汀 (いさりび・なぎさ) / 男 / 285 / 画家、風使い、武芸者】
【1979 / 葛生・摩耶 (くずう・まや) / 女 / 20 / 泡姫】



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■         ライター通信          ■
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漁火汀様

大変お待たせいたしました。
はじめまして、siiharaです。
今回は「Call」にご参加くださいまして、真に有難う御座いました。
今回の携帯を探すという普通の依頼だったためか、皆様的確かつ具体的に行動指針を指し示してくださいまして、書く側としてはとても助かりました。
こういう普通の依頼も良いかなと思いまして挑戦してみましたが、物足りないという方にはとても申し訳なく思います。

プレイング、仰る通りです。私なら潔く買い替えます。
これは入れなきゃ駄目だろう、という事で引用させて頂きました。そして答えが曖昧ですが、どうかお許しください。
風使いという特性をフルに活用させて頂きました。漁火さんのおかげで見えた事も多くあります。
紳士らしく、格好良くスマートに書こうと試みましたが、私の力では到底及ばず。最後の部分で紳士を前面に押し出したつもりですが、あれではただの良い人ですね。
今回は後ろから見守り補佐して頂きましたが、漁火さんは本当は凄い人なんだと私は信じております。
如何でしたでしょうか? 至らない部分も多いかと思いますが、気に入って頂けたら幸いです。
機会がありましたら、また宜しくお願い致します。