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<東京怪談ノベル(シングル)>


・・・いつか・・・
1・
「お母さん、声が聞こえるの。男の子の声。私を呼んでいるの。」
幼い日のイリス・ミケーネは母にそう言った。
「・・母さんには聞こえないわ?どんな事言ってるの?」
母は優しげにイリスに聞いた。
イリスは少し考え込んだが、首を振った。
「わからない。でも、私を呼んでるの。おいでって。なんだか悲しそう・・。」
イリスがほんのりと涙ぐむと母はイリスを抱きしめた。
「きっとイリスを待っている人の声なのね。大丈夫よ。きっと会えるときが来るわ。」

2・
慣れてしまった血の匂い。無表情に仕事をこなす大人。下される命がけの仕事。
イリスはそんな機関に所属していた。
父と母がそこに働いていたから、イリスも当然の如くそこに入れられた。
「イリス。今日は自宅待機だ。」
「はい。」
いつもは倒れても酷使されるのに、その日はなぜか自宅待機を命じられた。
家に帰ると、父も母も仕事に行っていて留守だった。
イリスはベッドの上に寝転がった。
小さな頃から聞こえていた声は今も聞こえる。
その声は優しげで、でも悲しげで。イリスを呼び続けていた。
外は吹雪だ。どこかに出かけるつもりもないが、吹雪の音で『声』がかき消されてしまいそうなのが嫌だった。
イリスは目を閉じて耳を済ませた。
耳から聞こえる声ではないが心を落ち着かせると、よりいっそう強い声が聞こえる。

『イリス・・俺を探して・・君に会いたい・・』

誰の声なのだろう?できることなら私もあなたに会ってみたい。
でも、この国が許さないだろう。私が逃げ出せば父や母は・・・。
イリスはいつの間にか寝入った。
日々のハードな訓練で酷使された体がイリスに眠ることを強要した。
次に目を覚ました時、自分に災いが起きようとしていることを知らずに・・。

3・
「父上と母上が逝去されました。この家は機関の管理下に置かれます。別に用意した部屋へご案内します。」
どんどんと扉が叩かれ、起こされたイリスに向かい坦々とした口調で男は告げた。
「死んだ?何故ですか?」
「・・・研究中の事故です。」
研究中の事故・・。嘘だ。父と母は機関に殺されたのだ。
そして、この家の何かを探しだそうとしている。
イリスの脳裏に父と母が浮かんだが、それに構っている暇はなかった。
あの声の主に会いに行くチャンスは今しかないと思ったのだ。
イリスは瞬時に男を殺した。コートを着て国境へと急ぐ。
オーストリアへ・・この国から亡命するのだ。
だが、そう甘くはなかった。
歩き出してすぐに追っ手はやって来た。
この吹雪の中では思ったより足が進まないせいもある。
でもここで捕まるわけには行かない。捕まったら殺されるだけ。声の主にも会えなくなる。
絶対に、逃げ切る!

4・
機関を甘く見すぎていた。
秘密を知っている者をそうやすやすと逃がすはずはないと思ったが、こんなにも簡単に罠に引っかかった自分が情けなかった。
イリスは崖に追い詰められた。銃口がイリスに向けられている。
逃げ場は崖だけ。だが、ここから落ちたら間違いなく死ぬだろう。
極寒の滝壺がイリスを待ち構えるように大きな口をあけている。
「どうした。逃げないのか?」
薄笑いを浮かべて追っ手は銃を一発打った。
弾はイリスの右大腿部へとヒットし、イリスは悲鳴こそ上げなかったものの激痛に座り込んだ。
「さぁ、逃げてみろよ。お前の逃げ道は崖しかないぞ?」
銃を撃った男がイリスに近寄る。殺すならいまだ。
だが男は銃を突き出し、イリスを崖から突き落とした。
「お前に近寄るのはあぶねぇからな」追っ手の笑い声がこだました。
これで・・あなたに・・もう会え・・ない・・・。

5・
温かい意識がイリスを包み込んでいた。
滝壺に落ちたはず・・吹雪の中で・・私は死んだのだろうか?
<死なないで・・イリスはまだ死んじゃダメなのよ・・>
ささやきがイリスを包む。いつもの声じゃない。小さな綺麗な声。
目を開けると、滝壺近くの木の洞の中だった。
あの声は・・・私は生きてる・・。
今まで、あんな温かさをイリスは感じたことがなかった。
<そう、イリスは生きてる・・>
目に見えない、先ほどまでイリスを包んでくれていた声が聞こえた。
私を助けてくれたのね。私を守ってくれたのね。ありがとう。
何かがここに居ることは分かった。こんな身近にこんなに温かな存在がいたことに気付かなかったのだ。
イリスは耳を済ませた。
<大丈夫?><もう痛くない?><お腹空いてる?>
バラバラにイリスの周りで囁く声に混じっていつもの声が聞こえた。
『東京へ・・』
あなたに・・会いに行く・・。
イリスは、オーストリアへと歩みだした。
足の怪我はなぜか治っていた。

6・
東京という地名が日本にあると調べた。
父は日本の人だった。だからあの声は父の血の繋がりのある人なのかもしれない。
イリスは逃げ込んだオーストリアで日本への亡命を望んだ。
日本はイリスが日独のハーフだということを知り、亡命を受け入れた。

もうすぐあなたに会える。
同じ国、あなたの住む場所へ私も行く。
あなたの声が今も聞こえる。
あなたの声をこの耳で聞きたい。
あなたの悲しげな理由を知りたい。
・・・いつか・・・。