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<東京怪談ノベル(シングル)>


怪盗ベンティスカ【プリンシピオ】


 人生を変える一言はこんなにも些細な物である。
「明日にでも倉を整理しようと思うんだが」
 その叔父の一言が、彼……凍鶴ふぶきの人生を大きく変えた切っ掛けだった。


 全ての始まりはふぶきが居候先の古い七福神を売ってしまった事にあった。
 フリーマーケットに誘われ、何かいい物はないかと思い友人を笑わせるつもりでその七福神を持ち出してしまったのである。
 まさか売れるだなんて思わなかったのだ。
 今さら過ぎた事を言ったもどうしようもない、買った客を捜すあてもないのだから、これからどうするかを考えるべきだ。
 謝る?
 それとも何か言い訳を探す?
 受験勉強のためにとノートを開きはした物の、ずっとその事が頭から離れない。
 叔父にばれる事もまずいが、なにより彼女にこの事がばれた方が状況が悪くなりそうな気がする。
「………こんな事なら持ち出さなきゃよかっ」
 ふと思いつく、逆転の発想。
 あの七福神が既に盗まれていたら。
「そうだ……っ!」
 泥棒でも入ったように偽装すればいいのだ。
 そうと決まれば早くしないと、明日にはばれてしまう。
 そっと家を抜け出し、七福神がおいてあった場所に行き思考をめぐらせる。
 ここが犯行現場なら泥棒がどういう行動を取るかを考え、そう見せかけれればいい。
 もちろんその場合には自分は疑われないようにしなければならない。
 荒らされた様子でも作ったほうがいいだろうか、そんな事を考えていた時だった。
「誰か居るの?」
 聞き慣れていた彼女の声。
 もっとも注意するべきだったはずだ、その足音が……近づいてきている!
 とっさに倉に入ってしまった物の、今さらでようものなら……七福神がない事も自分がここにいる事もバレバレだ。
「………まずいっ」
 悪化する一方で混乱する思考をなんとか押さえたふぶきの視界に入ってきたのは、黒い布とロープ。
「………………」
 決めていたはずだ、泥棒の仕業にしようと……喉を鳴らし、ロープを手に取る。
「七福神がない!!!」
 他に道はないのだ、やるしかない。
 そこからのふぶきの手際は実に迅速だった。
 式神のスノーゴーレム……見た目は小さな雪だるまだ。それを幾つか召喚し黒い布をかぶせ人型に見立ててから、自らも縛られたフリをして床に転がる。
 忘れてはならない事がもう一つ。
 術を使い、ふぶきは壁に氷で書かれた文字を書き込んでいった。
 扉が開く。
「ーーーっ、ふぶきっ!?」
 駆け寄ってきた彼女に縄を解いて貰いながら、でっち上げた事情を説明する。
「泥棒が出たんだ!」
「ええっ!?」
 窓の外から飛び出していく雪だるま。
 追いかけようとした彼女を慌てて止める。
「危ない!」
「そんな事言っても何か盗られたなら……」
 自由になった手で、壁を指さす。
 そこには、ハッキリと『七福神はいただいた』と書かれていた。


 直ぐに警察が呼ばれ、事情調書が行われる事になった。
「つまり、そのマントを着た何者かが奪っていったと言う事になるんですね」
「はい」
 警部だという男に事情を話し、更に細かい事を話すために倉へと案内する。
「ここで捕まって縛られたんだな」
「はい」
「どうしてここに?」
「試験勉強をしていたら、誰かが忍び込む気配がしたんです」
「ほう?」
 目の奥が光ったような気がした。
「勘は鋭い方なのか?」
「……どういう事ですか?」
「ここと君の部屋は少し離れすぎてるんじゃないかと思ったんだ」
 まずい。
「普段から鍛えてますし、部屋の近くを通ったのを気付いたんですよ」
「なるほど、そう言う事か。では、次があるのでまた」
 他の刑事に話しかける警部に何事もなかったように背を向けたが、小声でマークしておけと言っているのが聞こえた。
 このままであれば、ばれるのは時間の問題だろう。

 嘘に嘘を重ねるというのは、こういう事を言うのだろう。
 今さら名乗り出るには事件は大きくなりすぎてしまっていた、もう後戻りは出来ない。
 試験勉強と称して友人宅に泊まりに行くという。
 これは何もおかしな所はないはずだった。
 だだ一言。
「現場検証が騒がしくて集中できないんです」
 そう言えば済む事だった。
 何をするにしても何時あの警部がきてもおかしくないし、彼女が居る家で動くのは危険だろう。
 倉での二の舞は避けたい。
「泥棒が入ったんだって、お前も大変だな」 
「そんな事……少しはあるかな」
 軽く会話をしながら、問題集を解いて行く。
 もっとも外には自分をマークする警察が居るから、集中なんてできなかったが。
 未成年だと思って油断しているのか、そもそも盗難事件に人員を割けるものでもないらしい。
 相手は一人だ。
 そろそろ良いだろう、目の前にいる友人に心の中で謝りながら術をかけて眠らせる。
 後はここでスノーゴーレムにが自分に見えるように幻術をかけ、着替えの下に隠し持って服に着替えそっと部屋を抜け出した。
 金のカツラに白いスーツ。顔を覆う仮面にシルクハット。
 そして極めつけは夜風になびく黒マント。
 どこからどう見ても怪盗としか答えられないような服装だった。
 後は警察に捕まらない程度に目立ち、怪盗を演じればいい。
「よしっ!」
 あらかじめ調べておいたのは縁起物の収集を趣味にしている家。
 盗む物の共通点は多いほうがいいだろう。
 窓を凍らせ触れることなく割れた窓から進入し、数多くあるだるまの中から持ちやすそうなダルマを選び、申し訳ないとは思いながら前にやったように氷で壁に文字を残す。
『ダルマはいただいた』
 そこで部屋の電気が付く。
「誰だ!?」
 いいタイミングだ。
 マントで顔を隠し、別の窓を破り外へと飛び出す。
「ドロボーー!!! 誰か警察を呼べー」
 目立つ容姿のおかげで、予想以上に早く警察が集まってきた。
「待てー!!」
 パトカーの窓から身を乗り出し叫ぶのはあの警部。
 ここで印象づけたほうがいいだろう。
 屋根の上を身軽に飛び回りしばらく追いかけさせてから、追い詰められたフリをして屋根の途切れる場所へで立ち止まる。
「追い詰めたぞ!」
「お疲れさま」
 クスリと仮面越しに笑みを浮かべ、警部を見下ろす。
「なんだと? お前はもう包囲されている、逃げられんぞ!」
 事実ふぶきよりは数段ゆっくりとした動きではあるが、屋根の上を警察が追ってきていた。
 それでも余裕めいた笑みを崩さない。
 闇夜の中、月に照らされながら黒いマントと白いタキシードのコントラストが鮮やかに映える。
「諸君が良くやった事は認めよう、だが君たちは所詮我が輩を引き立てるために存在するに過ぎない」
 朗々とした語りに、警察がいきり立つ。
「……っ、捕まえろーーー!!!」
 飛びかかってくる警官を飛び越え、スノーゴーレムを召喚し足止めをさせる。
 怒りに我を忘れてしたにいたはずの警官も屋根へと上がってくる。
 つまり、下はがら空きだった。
「また近い内に会おう、警部クン」
 一旦上がった屋根から降りられないように氷を張っておく。
 下手をすれば真っ逆様だという恐怖。
 大勢の警官が氷が溶けるまで降りられず、新聞の紙面を飾った事を知ったのは翌朝の事である。
 とにかく今は友人の部屋に戻り、服を着替え何事もなかった様に装う。
 友人にも外の警察にもばれていない。
 部屋の時計をいじってから、術を解き友人を起こす。
「あれ……俺……?」
「寝てたんですよ、5分ぐらい」
「……結構よく寝た気がするんだけど……」
 当たりとは思いながら時計を確認させて、納得させたところで改めて寝るように促す。
「中途半端に寝たら風邪引きますよ」
「それもそうだな」
 大人しく寝たのを確認してから、時計を元に戻す。
 これでアリバイは完璧だった。
 疑いは晴れるだろうが、念のためにもう少し続けたほうがいいかも知れない。



 その日から新聞に怪盗の話題が載り始め、日にちが立つに連れてテレビでも取り上げ始めた。
『現代の怪盗、またもや盗みに成功』
『次の獲物も縁起物?』
『連敗警部が語る!』
 そんな見出しと共に、新聞の紙面を飾るのはマントをなびかせた怪盗の姿。
 テレビを回せば雪だるまを従え、屋根の上を走る姿。
 レポーターが道行く人に意見を求めたりもしていた。
『最近噂の怪盗についてご意見よろしいでしょうか?』
『怪盗? ああ、あの雪だるまの人な』
『凄いよね』
『がんばれー』
『警察も根性鍛え直したほうがいいって』
『怪盗雪だるまー、サイコー!』
 そんな意見が次々とわいてくる。
 だから……少しばかり、最初の目的と趣旨が違ってきてしまったとしても、誰に責められようか。
 最初は申し訳なくも思っていた。
 あと一回とも思っていたのである。
 だが、怪盗を繰り返す内に……だんだん楽しくなってきてしまったのだ。
「見えた、今マント見えた!!!」
 人に注目され、
「出たぞーー! 怪盗雪だるまだーー!!」
 迫り来る警官の群れをかいくぐり、
「ふっ……我輩に触れるのには、君の脚力は少々たりなかったようだね」
「くそーー!!」
「また挑もうという気があるのなら、その時はお相手しよう」
 手にした十二支の像を見せつけるように、警官達の間を駆け抜けてテラスへと続く通路を駆け抜けるた。
 そして……。
 見下ろす位置には数多くの警官と、怪盗の姿を目にしようとした群衆。
 警部が出す指示が歓声にかき消される。
「怪盗だーー!!!」
「こっち見てーー!!!」
「無能警官何かに捕まるなーー」
 この歓声を聞き、どうして止める事が出来ようか。
 ただし気になる事が一つ。
「怪盗雪だるまーー!!!」
 見下ろす範囲全てにニッと笑い、名乗りを上げた。


「我が名は怪盗ベンティスカ……神が遣わし収集者なり……」