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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


アトラス編集部の森


------<オープニング>--------------------------------------

 通いなれた場所で、碇麗香は立ち尽くしていた。
「何よ、これは」
 上ずった声だった。麗香が驚くのも無理はない。彼女の仕事先はなくなっていた――鬱蒼とした森へとその姿を変えていたのだから。その近くではいかにも頼りない男――三下が呆然と鞄をアスファルトの上に落として立っている。
「へ、編集長ぉ、会社が消えちゃいました……」
「見ればわかるわよ」
 三下の相手などしている暇はない――麗香は森周辺を見渡す。秋だと言うのにこの森は青々と茂っている。中央には細い道が一本。傍には、二十代の男が一人座り込んで森を見上げていた。困りきった表情で、しきりに「まいったなー」と口にしている。
 男は麗香と三下に気付くと申し訳なさそうに頭を下げ、「すみません」と謝った。
「貴方たちの会社、消しちゃいました」

 *****

「これは、私がつくり出した森なんです」
 近くの喫茶店で、男は説明した。
「この森は現実と夢の境目にある森なのですが、空間の土台が故障しちゃって現実に出てきちゃったんですよね」
「道理で森に季節感が感じられない訳ね。一面緑だもの」
「綺麗でしょう」
「そうでもないわ」
 この男、状況を把握しているのかいないのか、妙に明るい。しかもマイペース。
「それでお願いがあるんですけど」
「何?」
「実はもう土台は直っているんです。森をその土台まで持っていって欲しいんですよ」
「そんなの、どうやって持っていくのよ」
「森の中に入っていけば奥に操縦機があるはずです。それで移動させます。森の中にいれば、空間を移動しても貴方たちの存在が危ぶまれることはありません」
「そう。じゃあ誰か呼ぶわ」
 麗香は携帯を手に取り、電話をかけた。
「あ、待って。誘う時には、相手の嫌いな食べ物とか、恐怖を感じるモノや場面を聞いてくださいね」

 *****

「でもどうして誰かに頼むの? 貴方が森を移動させたらいいのに」
 麗香が疑問を口にすると、男は微かに苦笑して首を左右に振った。
「私はこの世の人間ではないので、今の森には入れないのです」
 え――とこぼす麗香の顔色を調べてから、男は三下に訊いた。
「私はどんな姿をしていますか?」
「? 可愛い女の子だと思いますよ」
 ね、と男は麗香に視線を戻す。
「存在が安定していないので、人によって違う姿に見えるのです」
「――よくわからないわね。貴方は誰? 何をしているの?」
「私より、さっき呼んだ方々の心配をした方がいいのでは?」
「――ただの森じゃないってことね?」
「森なんて最初だけですよ。先には、それぞれの景色が待っている筈ですから。冗談でも、闇でもね」
 男は笑う。細目になったその顔は、アトラクションで遊ぶ子供を眺める親をイメージさせた。





 数時間後。麗香たち3人は場所を森の前へと移し、電話で呼び出した三人を迎えた。
「色々と、説明しなければなりませんね」
 森を出現させた男が一歩前へ出る。男と言っても、麗香にはそう見えるだけで、本来の姿はわからない。
 シュライン・エマは調査するように男を観察する。
 シュラインの目に映っているのは中学生くらいの女の子。
(麗香さんには男に見えているのよね?)
 とてもそうは思えないのだけど。
「中学生くらいの女の子に見えるわ」
 呟いた声に、無表情だった梅田メイカの表情が動いた。
「本当に姿が異なって見えるのですね」
 表情と裏腹に、話し方は淡々としていて、温度差を感じさせる。自分の喜怒哀楽にメイカ自身気付いていないような、あるいは無意識の喜怒哀楽などどうでもいいと思っているような口調だ。
「私には大人の男性に見えます」
「では、この方の呼び名を決めたほうがいいかもしれませんね」
 セレスティ・カーニンガムが提案する。確かに一人一人姿が違うのなら、呼び名を決めた方が便利だ。
「そうですね。私は……この森の管理者ということで、適当に管理人とでも呼んでください」
「わかりました。管理人さん、ですね」
 セレスティは柔らかく微笑む。彼の青い瞳には、年端もいかない少女が頷いているのだ。
(興味深い)
 吸い込まれそうな森。この中はどうなっているのだろうか。
「操縦機の使い方を教えてもらえるかしら」
「簡単ですよ。一つだけ赤く光っているボタンがあると思うので、それを押してください。それでナビが起動するので、あとはその指示に従ってください」
「携帯が使えればいいんだけど――」
「空間の種類がここと違うので、残念ですが携帯は繋がりません」
 一度森に入ると外部との連絡はつかないのだ。
(つまり、今のうちに質問しておいた方がいいということ)
 セレスティは今のうちに疑問を解決しておくことにした。
「操縦機に辿り着くまで、どれくらいの時間がかかりますか?」
「人によって違って見える場所なので、何とも……。道は一本道なのですが、景色が違ってくるので、その反応により多少変わってくると思います。例えば苦手なモノが道に出てきたりすると、辿り着くのが遅くなったりしますしね」
 管理人はシュラインに視線を合わせると、
「ちなみに、シュラインさんの苦手なモノは何ですか?」
「え……」
(私の苦手なモノって)
 シュラインの眉が心持ち上がった。
「別に何もないわよ?」
 声が上ずっているのが自分でもわかる。
 それも当然、既に頭の中では黒く蠢く『アレ』の姿がくっきりと浮かび上がっているのだ。
(考えるだけでゾッとするわ)
 どれだけ苦手かと言うと、あの姿にモザイクをかけても、見ていられないくらいなのだ。モザイクをかけたところで、あの触角は隠せない。
「それは結構なことです。苦手なモノがないのなら、すぐに森を抜けられますよ」
 管理人は薄笑いを浮かべている。お見通し、と言ったところか。
「神経を張り巡らすことが大事なのですね。注意して進めば良いのでしょう」
「まぁ、そういうことですね」
「わかりました。では、行きましょうか」
 メイカの声は冷静で、乱れがない。
「どうぞ、ごゆっくり」
 三人を見送ってから、麗香が訝しげに言った。
「ごゆっくりって……もしかして楽しんでいない?」

 *****

「みなさん?」
 セレスティは首を傾げた。先に入っていった筈のシュラインとメイカはいない。
 ――たった一人で進まなければならない森なのでしょうか。
 一人一人違って見える森なら、他の二人はまた別の森を見ているのかもしれない。
(私の目に映る森は――)
 視線を変えて、セレスティは心の中で小さな歓声をあげた。
 森の中は柔らかい光に溢れていたのだ。まるでクレヨンで描かれた絵本の世界を持ってきて、片っ端から森の中に並べたように。
 ――優しい森。
 道は一本なものの、果てしないくらい横に広がっており、地面には緑色の小さな草花が生えている。
 その向こうから、丸い半透明なものが現れた。タンポポの綿毛のように漂って、セレスティの前まで――。
(これは、シャボン玉?)
 指先で触れてみた。やっぱりそれはシャボン玉で、セレスティの人差し指に当たった瞬間に、割れた。
 ぱちん。
 ――と。
 シャボン玉が割れるのと同時に、目の前に真っ白い仔ウサギが出現した。
 仔ウサギはセレスティの膝の上に乗り、赤い目をセレスティへ向けた。
(愛らしい)
 両腕で包むように仔ウサギを抱く。仔ウサギは嫌がる様子もなく、自分からセレスティの腕に入って行った。柔らかく、あたたかい中に鼓動がある。
 セレスティは他のシャボン玉にも触ってみた。
 ぱちん!
 半透明のシャボン玉はアゲハ蝶に姿を変え、空へと舞って行った。
 空の光に混じって蝶が飛び交う。視力の弱いセレスティには、油絵で描かれた虹ように思えた。
 仔ウサギはセレスティの膝から降りると、二、三歩前へ跳ね始めた。それからセレスティを振り返り、数秒して再び二、三歩前へ跳ねる。
 ――道案内、でしょうか。
 セレスティは銀色の瞳を細めて微笑むと、車椅子を動かしてゆっくりと仔ウサギの後をついていくことにした。
 先まで行こうとも、シャボン玉は何処からか現れ、セレスティはその度に手を伸ばした。
 ぱちん。
(これは)
 楚々として柔和な匂いがする。ヘリオトロープの香りだ。
 ――匂いだけというのも、あるのですね。
 穏やかな香りはセレスティの肌を撫でて宙を漂う。その後仔ウサギの背中も撫でたらしく、仔ウサギはくすぐったそうに一回身を震わせた。
 ぱちん!
 今度のシャボン玉は、馬に変化した。
 馬は力強く鳴いてから、セレスティの後をついてきた。従順な性格らしく、セレスティが言葉をかけると、一鳴きする。言葉を理解しているのか理解していないのかわからないが、愉快ではあった。
(きっと、気持ちは伝わるのでしょう)
 セレスティは、馬を撫でた。仔ウサギよりも硬く、仔ウサギ同様あたたかい。

 *****

 ――セレスティは車椅子を止めた。
 遠くの方から、絹を裂く声が聞こえてきたのだ。
(これは――悲鳴?)
 他の二人に、良くないことが起こったのだろうか。
 一抹の不安がよぎる――と。
 仔ウサギが歩くのをやめ、セレスティを振り返った。
「おいで」
 仔ウサギを抱きとめる。真っ白い小さな体が、小刻みに震えていた。
(怯えている)
 宙を漂うシャボン玉の色が、半透明から黒に変化する。それがセレスティの肩に当たり、弾けた。
(森が――)
 さっきまでの森ではない。道の先から耳元に響く靴音――群集の音だ。
(森が汚れる)
 ――はやく行かなくては。
 馬を振り返る。
「乗せてくれますか?」
 馬は頷いたように見えた。
 セレスティは乗馬すると、道を急いだ。

 *****

 ――…………。
 シュラインは目をしばたたいた。場所は妙な機械がある他何もない広場。目の前にいるのはおぞましいアレの大群――ではなく、銀色の瞳に色白の肌をした少女。
「メイカちゃん?」
 メイカ自身も、瞳に驚きの色を浮かべていた。先ほどまで彼女が見ていた景色は一切消え、目の前にはシュラインただ一人。
「森を抜けた……ようですね」
「そうみたいね」
「ところで、あの――その手は何を……?」
 メイカに指摘されて、シュラインは慌てた。殺虫剤を握り締めていた筈が、今はもう殺虫剤の影も形もなく、残っているのは空を握り締めているシュラインの手のみ。確かに第三者から見ると、奇異なポーズだ。
「何でもないのよ」
 手を下ろし、ホッと息を吐く。とにかくアレからは救われたのだ。
 そこに、ザッと草音を立て、車椅子に乗った男性が現れた。
「セレスティさんも……これで三人揃いました」
 メイカの言葉に対してセレスティは意味を量りかねたらしく、曖昧に微笑んだ。
「ここは――」
「森を抜けたようですよ」
 そうですか――セレスティは呟き、俯いた。視界に入るのは、車椅子に座っている自分の姿。
 全てが夢のように、消えている。
「これが操縦機のようですね」
 メイカは鈍色の機械を眺めた。赤く光っているボタンの他に、青と黒と白と黄色のボタンがついている。
「赤いボタンは……これですね」
 ぽちっと。
 赤いボタンが煌いた。
『ピーンポーンパーンポーン! ナビ起動、ナビ起動!』
 壊れたスピーカーのように煩い音でナビが喋り始めた。
『ただいま準備中、ただいま準備中』
 声に合わせるように、シュラインとメイカが立っている地面から切り株が生えてきた。
「きゃっ」
 強制的に切り株に座らされた。椅子代わりらしい。
『これより空間移動を行うために、四つの質問に答えてもらいます。森の移動はワタクシが自動で行いますが、まずはこの四つの質問を終えないと森の移動を始められません。心の準備は宜しいですか』
「ええ」
 シュラインは頷いたものの、少々不安だ。
(どんな質問なのかしら)
『では第一問、青と言えば何をイメージしますか? 十秒後に三人同時に答えてもらいます』
 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、
「海」
「地球」
「空」
 ブッブーと音が鳴った。
『のぉー、駄目です。駄目駄目。ちゃんと三人同じ答えでなくてはなりません』
「もしかして、この手の問題を四つとも全部、三人の答えを合わせなきゃいけないの?」
『勿論です。ここの森はみなさん違った姿に見えますけど、森を移動させるにはみなさんの創造力の矛先が重ならなければいけません。でないとあさっての方向へ行ってしまいますよ。ではもう一度』
 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、
「海」
「海」
「空」
『のぉー。もう一度!』
 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、
「空」
「海」
「海」
『のぉー。青と黒と白と黄色、ボタンの色全て答えてもらうのですから、頑張ってください』
 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、
「海」
「海」
「海」
『はるる、オッケーです! 第二問、黒と言えば何をイメージしますか? 十秒後に三人同時に答えてもらいます』
 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、
「夜」
「夜」
「夜」
『はるる……。第三問、今度は白』
 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、
「雪」
「雪」
「ウサギ――あ、すみません」
 セレスティは微笑まじりに頭を下げた。
『のぉー……』
 広場に機械の声が響き渡る。それも幾度も。

 *****

「遅かったじゃない」
 帰ってきた三人を、麗香が出迎えた。辺りはすっかり暮れている。
「そんなに長い道のりだったの?」
「森自体はそうでもなかったんだけど、その後が、ちょっとね……」
 シュラインは疲れきった様子で、ため息をついた。
 対照的に、管理人は満面の笑みを浮かべている。
「森の世界はどうでしたか?」
「悪夢のようだったわ」
 むしろ、悪夢そのものである。
「あの森はどうなっているの? 貴方自身も」
「あの森は――思ったことや考えたことなんかがそのまま世界に反映される仕組みになっているんですよ。嫌なことや嬉しいこと、強く思えば何でも反映されます。不安を抱けば棘々しい世界に、希望があればそれを反映した世界に」
「じゃあ、入る前に私に苦手なモノを尋ねたのは――」
「いやー三人のうち一人くらいはスリルを味わってもらおうかと思って」
(こいつ……)
 この管理人の性格がわかってきた気がする。
「メイカさんはどうでした?」
 そうですね――メイカは一瞬黙ってから、微笑んだ。
「不思議な森……だと思いました」
「セレスティさんは?」
「私は――あの森は夢に似ている、と――」
「良い例えですね」
 管理人は儚く笑った。
「私も森と同じです。ならば私も夢と同じですね。見る人の経験や願望によって変化する、意地悪にも優しくもなる――そして、あとには何も残らない」
 ――管理人の姿は消えていた。
 三人がどれだけ見回しても、管理人は見つからなかった。
 目の前にあるのは、いつも見慣れたアトラスのビル。
 それが、まるで何事もなかったかのように建っていただけである。


終。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 2165/梅田メイカ/女性/15歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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「アトラス編集部の森」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。
 今回は丁度話の真ん中が個別部分になっております。
 その個別箇所では、ほんの少しだけ、他のPCさまの話と繋がっている箇所があります。
(どなたかが起こした行動が、他のPCさまのところで反映されているということです)

 *セレスティ・カーニンガムさま*
 初めまして。
 のんびりとしたシチュエーションから絵本の世界を連想しました。
 動物を出すのなら――普通に出すよりもシャボン玉から出した方が楽しそうかななどと考えつつ書かせていただきました。

 依頼を出すのは久しぶりだったので、色々と考える処があり、良い勉強になりました。
 違和感を持たれた個所がありましたら、どうかご指摘願います。