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<東京怪談ノベル(シングル)>


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 そこに残っているのは悲鳴のみ。それも恐怖とも苦痛とも困惑とも、その出所は知れぬ悲鳴だけ。室内の何もかもが、そこで起こった出来事を全く見ていなかったかのように、或いはすっかり忘れてしまったかのように、そこには何の残留思念も残っていないのだ。…まるで、無理矢理その部分の記憶だけを剥ぎ取られたかのように。
 「…参ったね。これがまさにお手上げと言う状態か」
 ぼやくウォルターに後輩の捜査官が同じように肩を竦めた。
 「遺留品無し、状況証拠無し、目撃者無し、そして被害者も無し、…と。あるのは植物だけってのも何ですかねぇ…」
 「こらこら、失踪した人まで一緒に並べるんじゃない」
 苦笑いで後輩の言葉を諫めるウォルターだが、そう言いたくなる気持ちも分かる。片付いた部屋の真ん中で腰に両の拳を当て、室内を見渡しながら溜め息をついた。

 ここ何件か連続で起こっている失踪事件、そのいずれもが幾つかの共通点を持っている事から全て同一犯の仕業ではないかと言うのは捜査本部での見解だ。その共通点とは、被害者が最後にその姿を確認されたのが全て室内であると言う事、その室内には犯人の痕跡になるようなものは何一つ残されていない事、密室での犯行である事。被害者がただ単に部屋に鍵をかって自主的に失踪したのではないかと言う見方も、当初はあった。だが一度、同じ家に住む人間がいながら、一瞬目を離した隙に煙のように消えてしまった事があった為、何かしらのトリックなり超常現象なりの原因があるのだろう、と言う事に落ち着いたのだ。
 それで、そこにある物から残る思念や来歴を読み取る事のできるウォルターが担当となった訳だが、その彼の能力を持ってしてでも、何も得る事が出来なかったのである。
 だが、唯一とも言える手掛かりになりそうな事実があった。それは、どの部屋にも必ず植物があるのだ。被害者が姿を消した部屋の中で、被害者と加害者以外の唯一の生き物。だが、それも植物では何も語る事はなく、その緑の葉や花々を吹かれる風に揺らしているだけで、ウォルター達の聞きたい事には何一つ答えてはくれなかった。

 「しかしこの事件も、失踪した人達が全て家族なり友人なり恋人なり、人との交流が盛んな人達だったからこそ、発覚した事件ですよね。もしも独り寂しく人生を過ごしているような人だったら、大体消えてしまった事自体にも気付かれないでしょう」
 何件目かの事件が起こった室内にあったと言う、鉢植えの葉っぱを指先で触りながら後輩が呟いた。
 「ああ、孤独な死と言うのは都会じゃたまにある話だが、孤独な失踪と言うのも寂しい話じゃないか。だが困るのは、普通、失踪や誘拐には、例えば営利・怨恨・その他諸々、何かしらの理由があるものだが、今回のこの事件にはそれが思い付かない所だな。被害者同士には何の共通点も無い、年齢・性別・職業、果ては趣味や好きな芸能人や食べ物まで調べたが、何一つ繋がらなかったからな…」
 「何の為に、何の目的で、と言うのが見えなければ、犯人像のプロファイリングも出来ませんもんね」
 お手上げです、と言う心情を現わしてか、後輩が大袈裟なアメリカ人的仕種で両手の平を天井に向け、肩と首を竦めてみせる。同じように、ウォルターもそんな仕種をしてみせた。
 「全く、うら若くて綺麗な女性の損失は、社会の共通財産の損失だって事に犯人には早く気付いて欲しいね」
 そんな事を言うウォルターを、後輩が何か言いたげな目で見る。それを見たウォルターは、にっと笑って片目を瞑り、拳銃を模した人差し指で、帽子の鍔を持ち上げた。
 「勿論、若くない女性も、そして男性陣も、社会の財産だよ?」


 「目撃者が見つかったって!?」
 ある日、慌ただしい様子でウォルターが捜査本部へと飛び込んで来た。捜査陣の努力をあざ笑うかのよう、再び起こった連続失踪事件だったが、その一番最近起こった事件で、これまでで唯一の目撃者が発見されたのだ。逸る心を押さえつつ、部屋に飛び込んだウォルターを迎え入れたのは後輩ただ一人。それ以外には人影は全くなく…。
 「…おい、目撃者は?ここにいるって聞いて来たんだぞ」
 「はい、こちらに」
 「………」
 そう言って後輩が手を指し示す方を、じっとウォルターは見詰めた。たっぷり数十秒は、無言で見詰めただろうか。
 「…だからっ、どっ・こっ・にっ」
 「…ここに」
 「目撃『者』だろう!? これはサボテンじゃないかッ!」
 そう、ウォルターの目の前にあって、後輩が指し示したのは、ひとつのサボテンだったのだ。
 まぁ、フツーのサボテンではないと言えばそうだろう。高さは一メートル強、幹が人の身体だとすれば、腕の位置に二本の枝が、上向きと下向きで互い違いに生えている、凄くある意味基本的な形をしたサボテンだ。ただ、何故かメキシコ風の帽子――俗に言うソンブレロと言うヤツだろうか――を被って(いや、幹のてっぺんが頭だとすれば)しかもポンチョを着ている。…いや、だから二本の枝が腕と肩だとすれば。そしてその背中にはバンジョーを背負って、物凄くメキシコテイストな…、と言うよりはメキシカンを象った扮装をさせられたサボテンと言うべきか。だがいずれにしても、これは『植物』であって『者』ではないぞ、ともう一度ウォルターが後輩に向かって突っ込もうとした時だった。
 「HEY!BOY、そんな胡乱な目で見るなヨ!」
 「うわぁ!?」
 思わず叫び声を上げてしまったウォルターに、そう言う事です、と後輩は頷いてみせた。

 「HEY,Yo!ヨロシク頼むゼ、BOY。キッドって言うんだって?」
 「あ、ああ、ヨロシク。ウォルター・ランドルフだ。でも皆にはキッドって呼ばれている。…で、一体、あの部屋で何を目撃したんだ?」
 「挨拶もそうそうに仕事の話かい、つれないねBaby。まぁ職務熱心だと言う事だろうナ?OK,OK」
 そんな事はある筈ないのだが、その瞬間帽子が肩を竦めてヤレヤレと笑ったような気がした。思わずウォルターは呻いて額を手で押さえる。
 「…いや、な?そりゃ、俺もこんな無粋な事はしたくないさ。だが既に何人もの人が行方不明になっている。生きているか死んでいるのかも分からない状況だ、早く解決するに越した事はないだろ?だからこそ、貴重な話を聞きたいんだが…」
 「それは無理だ、BOY」
 そう帽子が言った途端、思わずウォルターは後輩の方をキッと睨みつけてしまった。その剣幕にびびった後輩が、慌てて帽子とサボテンを指差してもっと良く話を聞いてくれ、とジェスチャーで懇願する。しょうがなく、ウォルターがまた視線を帽子に移すと、またヤレヤレ…と帽子が肩を竦める気配がした。
 『…この帽子に首があったのなら、即座に締め上げてやってるんだがな…』
 目の前の男前が、そんな不穏な考えを脳裏に描いているとはさすがに思いも寄らずに、帽子が促すようなウォルターの視線に応えて言葉を続けた。
 「協力してやりたいのは山々さ、BOY。若くて綺麗な女性が社会から減っていくのは心が痛むからネ」
 「失踪しているのは若い女性だけとは限らないぜ」
 「勿論、若くない女性もこの世の宝サ♪ そして女性は、須らくbeautiful,cute,and fantastic」
 「………」
 こやつやるな、とウォルターが思ったとか思わなかったとか。
 「だが、残念ながらmeは何も見ていないのサ。だからBOYの期待には応えられない。…だが」
 そこまで言うと、帽子がふと眉を顰めた(ような気がした)。
 「meは何も見ていない、だがmeの相棒、サボテンが一部始終を目撃している」
 「何だって!?」
 驚いてウォルターは、帽子を被っているサボテンへと視線を移す。だが、サボテンは何も語り始めようとはしない。それは勿論、今までの植物全てがそうであったのだが、今の状況ではサボテンも言葉を喋って当然、と言う気がしていたのだ。ウォルターは、口を噤んだままのサボテンの前に跪き、真摯な瞳で見詰めて言った。
 「…本当に見たのか?一体何を見たんだ、説明してくれ」
 「残念だがBOY、ソイツはサボテンだから言葉は喋れないゼ」
 帽子のツッコミに思わずウォルターは両腕を伸ばして帽子の首根っこ(は無いので、鍔とクラウンの繋ぎ目、俗に言う腰の部分)をぎゅううぅと締め上げた。
 「ぐ、ぐぅえぇ…HEY,stop! Help me! 落ち着け、BOY、見掛けに寄らず気が短いナ…」
 息も絶え絶え(のように見える)帽子が、ウォルターの手からサボテンの頭へと戻れば、ぜぇぜぇと身体を震わせる。で? と無言のプレッシャーを与えるウォルターに、サボテンが言葉を続けた。
 「だから、コイツが何かを見たのは確かだ。そしてコイツが人の言葉を喋れない事も事実。だが、meはコイツの声を聞く事ができるんだヨ。だから通訳してやれない事もないのだが…」
 「だが?」
 「…meは英語が分からないんだヨ」
 「………」
 どうやらこのサボテンは英語圏のみで育った植物らしい。HEYとかBOYとか言っているのと、言葉を喋るのとは別次元の話なのだな。と、ウォルターは心の中で呟く。
 「だが、目撃した事は確かなんだな?」
 「それは保証するヨ。事件があった後しばらく、コイツが何か英語でわめき続けているのを聞いているからナ。スゴク動揺しているようだった」
 「…どうしましょう、キッド先輩」
 黙って話を聞いていた後輩が、声を掛けてくる。しばらく腕組みをして考えていたウォルターだったが、ふと何かを思い出す。
 「…俺の知り合いに、植物の言葉が分かるヤツがいる。そいつなら英語も話せるし、このサボテンの話を聞き出せるだろう。…だが」
 「だが?」
 「確か、今は仕事で何処かに出掛けていると聞いたな…とは言え、帰って来るのを待っていては埒が開かん。…しょうがない、追い掛けるか」
 「その人の仕事先までですか?」
 「当たり前だ。わざわざこっちに呼び付ける訳にもいかんだろ。俺はこいつらを連れて行ってみる。その間、お前は捜査の続きを頼む」
 「分かりました。お気をつけて」

 かくして、ウォルターとサボテン、帽子の三人旅?が始まった。愛車のハーレーの後部座席に、帽子を被ったサボテンの鉢を縛りつけ、長く広いハイウェイを、知人のいる地へと向けてウォルターは走り続けた。


To be continued!