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釣士の悪戯
【オープニング】
いつものように朝に眠り夜に起き。からりと開けた窓から颯爽と飛び出したのは、闇に紛れてしまいそうな姿をした、男。
何故に扉から出て行かないのか。それは気にせず捨て置こう。
ともかく、黒い衣を翻し華麗に地に付いた男は、神々しく輝く月を仰いでにやりと笑んだ。
「さて、今日は何が釣れるかな」
巷でちょっと噂になっている話。夜道を行く女性を襲う通り魔の噂だ。
被害者に目立った外相は泣く、冷たい体だけが眠ったように瞳を伏せて横たわっているそうな。
「草間さんの分野じゃないですか？ この犯人、人じゃないみたいですよ」
茶を淹れながらの草間零のその言葉は、少なくとも草間武彦にとっては驚きと脱力にしかならなかった。
新聞の記事に目を通しながら、問う。
「何でお前がそんなことを…」
「私、昨日会いましたから」
微笑んで言われても、困るのだ。
ともかく、零の目撃情報によれば、悪魔のような羽と釣竿を持った青年が犯人だと言うこと。
聞きながら、早いうちに何とかしてくれればいいものを。などと思っていた武彦の元に。
通り魔を捕まえて欲しいと言う依頼が、哀しきかな舞い込んできたのであった。
【本文】
昼の喧騒静まり返り、人も通らぬ夜道にそっと姿をあらわしたのは、物静かな雰囲気漂う、青年。
「こ、これじゃまるっきりストーカー……かな…」
冷や汗掻きつつ電柱の影などから先行する女性――梅田・メイカを見やっているその青年は、天城・昴だった。
いや、別に彼はストーカーではない。これも草間武彦の手伝いをする上での、仕事の一環。
そう、店の常連であるメイカの護衛なのだ。微妙にわかってもらえず、遠巻きにメイカを見守っていた昴を冷やかすおば様もいたような記憶が無きにしも非ずだが。
しかし昴はれっきとした恋人もちの成人男性。
だが、彼女持ちゆえに、いまのこの状況がちょっとした恐怖の元になる。
「朱姫さんに、見つからなきゃいいけど……」
恋人の姿に夜叉を重ね、昴は遠くを見つめていた。
いや、そんな場合でもない。通り魔退治のために今は気を集中させねばならない。
思いながら、メイカを追って進もうとした瞬間、聞き覚えのある声が、後ろからかけられた。
「あら、あんた……」
がつんっっ
「…………昴、よね…？」
「え…あ、シュラインさん」
電柱に激突し、打ち付けた鼻を押さえながら振向くと、苦笑したシュライン・エマの姿があった。
一瞬の動揺をすぐに落ち着きに変えた昴は、微笑を浮かべながら尋ねた。
「どうしてこんなところに…？」
「武彦さんのお手伝いよ。囮中、とでもいいましょうか」
にこ、と微笑むシュラインを見て、昴も頷いた。
「俺もです。前にいる店の常連のメイカさんの護衛として……あれ？」
昴はメイカの姿を示そうとして、彼女の姿がないことに気付いた。
もしかしなくても、見失ったようだ。
「いない、ようだけれど？」
わずかに青ざめた表情に、またシュラインに苦笑された。
（護衛が見失って、どうするんでしょうね……）
遠い目再び。
いけないいけないと首を振ると、瞳にそっと意識を託し、『月読』を使用した。
千里を射る眼が、先に起こる事をも昴に伝えた。それによって昴が得が答えは、『焔・月姫』の召還。赤と蒼の刀身が、夜闇の中美しく輝いた。
「あんたも気付いたのね」
「えぇ、近いですね」
シュラインも、その存在に気付いている。携帯が鳴った。メイカもその場所にいるようだ。
駆け向かったのは、公園。
一件目二件目、と、被害のあった場所を順に辿った道筋にある場所だ。
「メイカさん！」
ようやっと追いついたその場には、メイカと、騒動の犯人らしい青年と、もう一人。自己紹介は後といなされたが、後に、その者が海原・みなもという少女であることを、彼は知るのだった。
「うわぁ、ヒト、増えてくねぇ…分が悪いから、僕は帰りたいなぁ……」
「あら、騒動の犯人が、この場から逃げられると思っているのかしら？」
にやりと笑うシュライン。彼女が一度息をつき、再び口を開いた、その一瞬。空気が張り詰めるような音がし、次の瞬間には両手で耳を押さえ、宙でもがく青年の姿があった。
「な…なんだよ、この音はっ！」
動きが止まった。その隙を見逃さず、昴は『月姫』を放った。
複雑な形を持ったその刃は、青年の佇むその空間を切り裂いた。
居所を失い、地に落ちていく青年。
直後、地を走るように放たれたメイカの光弾が、その姿を完全に捉えた。
「ぅわ……っは……」
地面に叩きつけられた青年は、後頭部辺りをさすりながら、上体を起こす。そのころには、すでに４人に囲まれており、思わずたじろいでいた。
「さぁ、言い訳ぐらい聞きましょうか？」
「どうして、女性ばかり襲ったりしたんですか」
ずい、と詰め寄るシュラインとみなもに、思わず引きつつ。青年はもごもごと答えた。
「何でって…そりゃ、仕事…だし……どうせやるなら、女の子の方がキャーって叫んでくれたりして、いいかなぁ……って……」
「それ、だけですか？」
微笑み尋ねる昴だが、その胸中は平静ではなかった。なにか、おかしい。まだ終わっていないのではないかと言う、漠然とした不安のような物を感じていたために。
そう、断片的に見た未来は、こんな穏やかな物ではなかったのだ。打ち光る刀たちも、まだその役目在りしことを訴えている。
（何が…あるというんだろう……）
そうやって気を張り詰めたいたせいか、笑顔にも思わず爽やかな毒っ気が。
青年が怯えるように後ずさるのを見て、わずかにかくれて苦笑した。
「それだけも何も、だから仕事なんだって……」
だが、そう言い掛けた瞬間、いいえ無い不安の謎が解けた。
突然、青年が消えたのだ。
いや、正確には砕け散ったのだ。ぱぁん、と音をたててはじけた風船のように、目の前にいた悪魔の青年は、ただの肉塊に換わった。
血が飛沫となって辺りを濡らし、染めた。
思わず口もをと押さえた昴。同時に、誰かがうめくように呟いたのを聞いた。
一体誰が、いや、何がこんなことを。
辺りを見渡すと、いた。犯人と呼ぶにあたう姿を。
薄くぼやけた輪郭をしているようだが、確かに、見た。
場の中心で殺気を放つ少年の姿を。血を浴びて佇む狂気の姿を。
（この感じ……）
先刻感じた気配に似ている。はっきりとはしないけれど。
ただ、気圧されれば、今ほどの青年のようにばらばらにされてしまいそうだということだけは、判った。
一触即発の雰囲気さえ漂うその場から、少年の方が姿を消した。
滴り落ちる血の音だけを残して。
あの者は何だったのか。呟く者がいる。
昴も含め、彼らは知らない。あの少年が紗侍摩・刹という名を持ち、ただ一人、孤独の中で狂った意識を飼い続けているという、そのことを。
知ることが出来る、理由が無かったのだから。
昴はただ、危険が去ったことだけを悟り、役目を終えた双刀を収めるのだった。
後日。昴とメイカは、喫茶店にて茶を楽しみながら、先日の件について、話していた。
「この間はお疲れ様でした。いきなりメイカさんが消えたから、驚きましたよ。って…見失ったのは俺なんですけどね」
苦笑を浮かべる昴は、何処かぽやぽやとしている。メイカもつられて、微笑んだ。
『月読』で見た、危険を及ぼす未来は、あの悪魔の青年との接触ではなかった。そう、青年が血飛沫とともに消えた後に見た少年。彼との対峙だった。
あれから後、あの少年と会うことはなかった。何だったんだろう。などと、カップ片手に思案していた。
メイカも、考えていることは変わらないようで。かちゃり、音をたててカップを置くと、ポツリと呟いていた。
「ヒトでは、ないのでしょうか……」
メイカの言葉に顔を上げて、また下げると。一口だけお茶を飲んで、呟く。
「…そんなことは、ないですよ…彼は、きっと…」
確証はない、けれど。
昴はそう付け加えて、沈黙した。めぐる思考は、あらぬ事実さえ連想させる。
だが、いくら考えても埒があかないので、止めた。
「メイカさんが無茶しなくて一安心ですよ。これからも、その調子で行ってくださいね」
「えぇ、善処します。昴さん、ありがとうございました」
今度はにこりと微笑むメイカにつられ、昴もまた、苦笑でない笑みを浮かべていた。
「いえ、こちらこそ。またご一緒できると良いですね」
次は彼女に誤解されるという心配を持たずに済む物が良いな、などと思案しながら、つかの間の休息に浸る昴であったそうな…
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登場人物
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0086 ／ シュライン・エマ ／ 女 ／ 26 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
【1252 ／ 海原・みなも ／ 女 ／ 13 ／ 中学生】
【2063 ／ 天城・昴 ／ 男 ／ 21 ／ 大学生＆喫茶店店長】
【2156 ／ 紗侍摩・刹 ／ 男 ／ 17 ／ 殺人鬼】
【2165 ／ 梅田・メイカ ／ 女 ／ 15 ／ 高校生】
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ライター通信
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えぇっと…初めまして。このたびは【釣師の悪戯】に参加いただき、まことにありがとうございます。
初めてのことでてんやわんや状態ですが、なんとなく楽しんでいただけたら幸い…かと。
昴さんは、どうしても『何処かしら抜けたお兄さん』というイメージが抜けず、節々にギャグを運ぶ役割を担わせてしまったような気が……（汗
そして二つの刀のイメージが掴みきれなかったのを許してください（土下座
具体的な描写が殆ど無いのはそのせいです……
…何にせよ、お疲れ様でした。またお会いできる機会を楽しみにしております…
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