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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


操作



■ オープニング

 憎悪に支配され生み出されたその力によって、テリトリー内に侵入したものを無差別に攻撃する。しかし、制約もある。"彼女"の場合は時間だった。
 ずっと待っていた。そして、今も待ち続けている。屋上の冷ややかな風はもはや彼女には体感することの出来ない無味乾燥なものであった。
 
「今回は危険だな…」
 草間はタバコに火を点けた。そして、煙を体内に吸い込み、大きく息を吐く。
 依頼があったのは都内の私立高校からだった。内容は魔物(と依頼者は呼んでいたが実際は霊の類かもしれない)を一掃する事。危険度は非常に高いと言える。
 魔物が発生するのは午後6時を過ぎてからだと言う話だった。そして、午後7時になると消えてしまうのだという。
 一週間ほど前から校内に幽霊が出ると言う噂が広まっていたらしいが、学校側は怪談話を誰かが流しただけだろうと放って置いた。だが、その後、実際に見たという生徒が続出した。そして、現在では手がつけられないほどの数の魔物が出現するようになったらしい。
 数人の生徒が怪我をしたと言う話で、敵が悪意を持っているのは明白だった。
「悪霊の類か。もしかしたらそれらを総括する者がいるのかもしれないな…」
 草間が小さく呟く。
 こんな特殊な事件を警察が取り合ってくれるはずもなく…。よってここへ依頼が来たわけだ。
「さて、人選をどうするか、だな…」
 タバコを灰皿に潰すと草間は思案した。



■ 準備

 学校は静かなものであった。静穏に辺りが包まれている。生徒たちが通う平日に調査を行うわけにはいかないので人が少ない日曜日に調べる事となった。
 調査の参加者の一人である海原・みあおは昼間に部活動に来ている生徒たちから話を聞いてみた。やはり日曜日ということもあり、生徒の数が極端に少なかった所為で情報も微々たるものであった。その後、学校の図書室で何か調べられないものかと赴いたのだが目ぼしい情報は得られなかった。
「うまくいかないなあ…」
 ぼやきながら校舎の方へ歩いていると前方から一人の生徒が歩いてきた。生徒は一礼して通り過ぎようとしたが、みあおが呼び止めた。少しでも情報を得たかったからだ。
「僕、今年の夏に転校してきたばかりだからよく分からないんですが、確か、去年の今ぐらいに自殺をした生徒がいたみたいですよ。何かタブーらしいですけどね」
「ふーん、そうなんだ。ありがとね」
「あはは、ミーハーなんですよね、僕って」
 男子生徒が苦笑した。どうやら噂話の類が好きらしく、みあおが質問したわけではないのに、その後、七不思議から校長の秘密まで暴露していた。だが、奇異な生徒のおかげで貴重な情報を得ることが出来た意味は大きかった。
 みあおは、全体の調査の前に一人で校舎へと向かい、能力を使用し小鳥へと変身し校内を一通り回ってみた。不穏な空気が流れているのを肌で感じることが出来た。



■ 東棟

 その学校は基本的には東棟と西棟に分かれていた。今回、東棟の方から校舎内へと侵入するメンバーは四人だ。一人は海原・みあお。彼女にはその幼い顔立ちからは想像できないほどの能力が秘められている。
 玄関で瞼を閉じ、耳を澄ましている女性は硝月・倉菜である。倉菜は音のプロ。彼女は音を頼りに調査を行う。白くて、だけど艶やかで僅かに光る銀髪が風に靡いていた。
 三人目は紗侍摩・刹。彼は戦闘に長けている。人間の感情は時に厄介なもので戦いにおいては邪魔なものになる場合があるが、殺人鬼の彼には関係のない話である。対象を見つけて消す。それだけだ。
 最後の一人はG・ザニ−。黒いレインコートが邪悪な雰囲気を醸し出す。顔はガスマスクで覆われておりその素顔は包み隠されている。
 時刻は午後六時となった。
 四人はさっそく東棟へと足を踏み入れた。
「うわ…」
 みあおが最初に声を上げた。他の三人は、性格上リアクションは薄いが異常な雰囲気は感じ取っていた。
「耳障りな音ね…」
 倉菜が呟く。

―――その時間からが彼女の支配空間。

 その時、前方から数体の悪霊が襲い掛かってきた。いや、中には魔物の類も含まれているようだ。魔物は動物型であり獰猛である。ただし、物理攻撃は可能だ。
「消す…」
 刹が静かにかつ素早く動く。彼の能力である"断絶"により悪霊は一瞬にして消滅してしまった。ものすごい殲滅力だ。
「………」
 同時にザニーも動いていた。数匹の魔物に対して両手に持った刃物で斬りつける。刃物そのものの威力もさることながら彼の腕力も尋常ではない。
 無言の二人は戦いに関しては誰よりも頼りになる存在だった。
「わわ、また来たよ!」
 みあおが叫ぶ。
 悪霊と魔物はまるで誰かの命令を受けているかのようだった。沸いては襲い、沸いては襲いを繰り返す。
「はああ!!」
 敵が目前に迫るというところで倉菜が障壁を生み出す。敵は弾けとび同時に高い音が廊下に反響した。
 残った敵が襲い掛かる。
 瞬間的に霊力を高め倉菜は持っていた霊剣で敵を薙ぐ。
 一閃。
 消滅する。
 静寂。
「よーし、私ちょっと探索してくるよー」
 みあおが小鳥姿に変身する。他の三人が頷いた。
 一行は敵を倒しつつ先に進んでいく。
 常人ならばとっくに命を落としているはずだ。だが、常人ではなく非凡な才能を持つ一行にとってはこれぐらい朝飯前である。とは言え、いくら戦闘に長けているとは言え、この戦いは持久戦に近かった。霊力や体力を消耗する戦いだ。
「みんな、屋上だよ。霊気が歪で、動かないし…たぶん何かいると思うの」
「確かに、上の方からノイズが流れ込んでくるわね…」
 みあおと同様に倉菜もそれを耳で聞き取ったようだ。
「敵…」
 ザニーが指差す。他の三人がその方向を見ると敵がうじゃうじゃと沸きだしていた。
「どけ」
 刹が動いた。
 断絶。
 その名のごとく全てを断ち、絶する力。
 敵は瞬時に消し飛ぶ。
「よし、いこー」
 小鳥姿のみあおが元に戻る。そして、四人は上を目指した。



■ 西棟
 
「土足で悪いが上がらせてもらうぜ」
 校舎の中に自らが生成した土人形と一緒に姿を現したのは御門・兆治。得意の鈍器を片手に壁に寄りかかる。
「そろそろ時間かなー」
 暢気な表情で廊下を行ったりきたりしているのは葉山・壱華だ。妖怪の彼女は無邪気で人懐っこい笑みを浮かべていた。
「準備は万端だ」
 鬼柳・要が左手に右の拳をバシっとぶつける。炎を操る能力を持つ彼は自らの心も燃えているかのようだった。要は密かに持ち込んでいた日本刀の"焔鳳"を腰にさした。
「俺もいつでもいけるよ。ま、みんなで頑張ろう」
 西棟の最後のメンバーである渡辺・綱が明朗な声で全員に呼びかける。彼は御霊の宿った宝刀"髭切"を右手に持った。
 時間になると途端に空気が変わった。
 空間がどよめいているようだ。

―――不穏な空間は悪霊や魔物を生み出すテリトリー。

「きたぞ!!」
 兆治が声を張り上げた。
 敵は時間と共にまるで用意していたかのようにフェードインした。
 悪霊と魔物の両方が一斉に襲い掛かる。
 咄嗟に二つの影が動いた。
 二つの炎が敵を瞬間的に浄化、消滅する。
「…すごい。同じ能力なんだ」
 綱が敵を殲滅した二人に向って言う。
「みたいだな。ま、校舎を燃やさない程度にいこう」
「了解〜」
 要と壱華の能力は発火。それは浄化の炎である。圧倒的な攻撃力を誇るが校内という狭い場所では連発できない。要が愛刀である"焔鳳"を手にした。発火の力と併用するつもりなのだろう。
「…ふう」
 実は既に壁が少し焦げていることに兆治だけが気づいていた(自分も土足で土人形を持ち込んでいるので黙っている)。
 一行が安心しているとまた敵が出現した。どこから現れてどこへ行こうというのか、敵はまるで誰かに操られているかのように、侵入者を排除に掛かる。
「はあああ!!!」
 素早い剣の振りだ。綱の宝刀である"髭切"には御霊が宿っている。それを使役することで敵を攻撃する事もできるし、武器として使用する事も可能だ。
「くっ!! そっちいったぞ!!」
 要が戦いながら叫ぶ。
 兆治へ向かって数体の魔物が襲い掛かる。
 だが、兆治は薄く笑い土人形を使役する。人間の力を遥かに凌駕した圧倒的な力により魔物は沈む。さらに兆治は自らも動き、手にもった大きな鈍器で信じられないスピードで振り下ろした。
「うちは、霊体は相手に出来ないから援護を頼むぜ。魔物相手なら何とかならあ」
 魔物さえ怯える人間離れした物理攻撃は兆治の特権。
「まかせてー」
 壱華が兆治の近くにいた悪霊に向かっていく。小柄にして怪力の持ち主である壱華が炎を敵にぶつける。敵は数メートルほど吹き飛び、そして消滅する。
「おらよ!!」
 要は腕に炎を纏わせ攻撃する。校舎内は戦う場所としては狭いので能力を抑え、それを補う為に日本刀"焔鳳"で戦う。
「みんな、上だ」
 綱が言うと他の者たちも頷く。
 肌で感じ取っているのだろう。強烈な憎悪の対象の居場所を。



■ 屋上

 その場所は東棟と西棟の間にある中央棟から上ることができる。中央棟とは二階と三階にある渡り廊下のことだ。一階には職員室があり通称"職員棟"とも呼ばれている。
 先に東棟のメンバーが、すぐに西棟のメンバーも屋上へと姿を現す。
 八人の強者。一体、校内でどれだけの悪霊を浄化し、魔物を退治したのだろうか。
『やっと来てくれたのね…』
 人間の声ではない。いや、元は人間であろうがもはや"彼女"は死んでいる。
 "彼女"の表情は確認できない。何故なら、顔が血塗られているからだ。
 魔物と悪霊を操作していたのは"彼女"の力だった。しかし、あれは人間の霊ごときが操れる量ではない。
 しかし、例外もある。それは感情が生み出す力。プラスかマイナスか、その方向はどちらでも構わない。それは時に絶大な霊力に変換される。
 その並々ならぬ霊力を皆が肌で感じていた。中には身震いをしているものもいる。
「もう、終わりにしよう?」
 みあおが話し掛ける。だが、既に彼女は目前の八人の姿を別のものとして捉えていた。"彼女"が待っていたのは恋人だった。
 病死した幼馴染のことをいつまでも待っていた。
 来るはずのない人を待っていた。
 手術が終わったら学校へ会いに来ると。
 季節は秋。
 "彼女"は六時に屋上で待つと伝えていた。
 だが、来なかった。
 手術は失敗した。
 "彼女"は落下した。
 重力に逆らうことなく自由落下。
 自由と言う言葉は不釣合いだった。
 同じ季節、同じ時間。
 "彼女"は自分が死んだ事に気づいていない。否、認めていない。
 学校と言う歴史の深い建物に蓄積された憎しみの感情だけを集めた"彼女"が作り出したテリトリー。
 操られているのは魔物と悪霊。
 だが、"彼女"自身も操られている。
 恋人を想う気持ちが憎悪に。
 人は誰しも操られている。
 操ったり操られたり。
 悲しみの感情が増長し、いつの間にかそれは憎悪に変わっていた。
 対象のない怒り。
「誰か浄化を…。いなければ私がやるわ」
 皆が黙認したので倉菜が霊力の込められたバイオリンを手にした。彼女は楽器と認識するもの全てに霊力を込める事が出来る。そしてそれは浄化の道具となる。
「…無理ね」
 不意に倉菜が呟いた。
「どういうことだ?」
 要が口を挟む。
「私の力だけでは浄化できないのよ…」
 倉菜の額に汗が滲んでいた。"彼女"の霊力は本人だけのものではなく学校の歴史の重みを含んでいる。想像できぬほどの絶対量を誇るのは明白。
「どうするのー?」
 壱華が屋上を右往左往する。
「全員の霊力を注ぎ込むしかねえな、こりゃあ」
「みたいですね…」
 兆治の言葉に綱が同意した。
「もうすぐ、時間だよ? 急がないと?」
 みあおが時間を確認する。七時を過ぎると"彼女"は姿を消し、連鎖的に校内の悪霊、魔物も消滅する。七時とは校舎が閉まる時間だ。学生を演じている"彼女"が待てるのはその時間までなのだ。
「早く始末しろ…」
 無口な刹が物騒な事を言いながら倉菜の持つバイオリンに霊力を注ぎ込んだ。ザニ−も無言で動く。
 全員が霊力を注ぎ込んだ。
「いくわ…」
 倉菜が他の七人に目配せする。
 複雑な感情が交錯していた。
 そして、屋上にバイオリンの音が響く。

―――ありがとう…。

 憎悪からの逸脱。浄化され消滅するまでの短い時間で彼女はきっと悟った事だろう。そして、喉の奥から搾り出された感謝の言葉には様々な意味が込められているようだった。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1415/海原・みあお/女/13/小学生】
【2194/硝月・倉菜/女/17/女子高生兼楽器職人】
【2156/紗侍摩・刹/男/17/殺人鬼】
【1974/G・ザニ−/男/18/墓場をうろつくモノ】
【1951/御門・兆治/男/61/元 始末屋】
【1619/葉山・壱華/女/12/子鬼】
【1358/鬼柳・要/男/17/高校生】
【1761/渡辺・綱/男/16/高校生(渡辺家当主)】

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、担当ライターのSWITCHです。
『操作』いかがだったでしょうか?
今回は、オープニングの次の項の『準備』は個別なものになっております。
皆さん、能力に個性があってこちらとしても楽しく書かせていただきました。
それでは、またお会いしましょう。