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<東京怪談ノベル(シングル)>


通りすがりのお店にて〜疲れた時には休みましょう

 あれはいったいなんだったのでしょう。
 思い出そうとしても思い出せません。
 わかりません。
 けれど、わからないながらも…何か、あったようには思います。

 学校の帰り道でした。
 その日はとにかく疲れていて…それは、考えても仕方無い事ばかり考えていたせいでもあるんですけどね。
 将来の事とか。
 お父さんにお母さんの事とか。
 人魚である自分の事とか。
 青い鳥な妹の事とか。
 海の底に居るお姉様の事とか。
 いつも立ち寄る興信所の財政状況だとか。
 どうして自分はコスプレばっかりしてるのかなあとか。
 中学生でバイトってやってても良いんだったっけ、とか…今更な話まで。

 そんな中、普段なら歩き過ぎてしまうような普段通りの道の…そのお店に気が付いたのは多分、偶然なんだと思います。
 …最近、必然と言った方が良いような偶然が多い気もしますけど。
 疑っていたらきりがありません。

 ………………それは、輸入雑貨を取り扱うお店でした。

 中学生でもあり。
 純和風なごくごく普通の日本の御家庭(…一部疑問あり)である我が家とは特に関係は無いと思しきお店です。
 何となく気になり、外からウインドウを覗いていました。
 そこにディスプレイしてあったのは、飾り気の無い簡単な椅子。
 何故でしょう。

 ………………それが、凄く気になりました。

 そして。
 気が付いたら足が店内に向いていました。
 自然と、お店に入ってしまいます。
 いらっしゃいませ、聞こえた気がしました。
 ですがどうも、はっきりしません。
 けれど何故か、全然気になりませんでした。

 ………………とにかく、さっきの椅子。

 ふらふらと探す姿に気付いたか、誰か――店主さんでしょうか? その方から…探していた椅子を示されます。
 その椅子を見ると…妙にそわそわします。
 座りたいな、と思っています。
 と。
 それを見透かされたように、座って良いよと言われました。

 ………………けれど。

 何故でしょう。
 今になってみると…その店主さんが…どんなひとだったか、思い出せません。
 取り敢えず、優しいひとだったのでしょうか。
 ふと入店して来た疲れている女子中学生に、座って良いよ、と言って下さったと言う事は。
 …あれ?
 今考えますと…男性か女性かさえも…よくわかりません。
 不思議です。

 ………………ともあれ、御言葉に甘えて、座りました。

 座り心地は良いです。
 全てを受け止めてくれるような…程良い感触です。
 暫くすると、眠ってしまっていました。

 ………………その時、どうなっていたのでしょう?

 わかりません。
 ただ…自分が椅子になったような気さえ、する程でした。
 ずっとこのままで居たいような…指先ひとつ動かしたくなくなるような。
 沈み込むような深い眠りに落ちていました。
 疲れも何も全て癒されるような。
 心地良いです。
 堪らなく。
 このままずっとまどろんで居たいと思う程です。
 いえ。
 そんな事も考えられないくらい、深い深い眠りだった気がします。
 もう、二度と戻っては来れないくらいの。
 けれど、怖かったりは――しませんでした。
 むしろひどく安心してしまう感じでした。
 このままで居て良いんだと。
 このままずっと座っていて良いんだよと。
 そう言われているようでした。
 動きたくありません。

 ………………ずっとここに居るんです。

 そう、定めてしまうまでには…時間が掛からなかったと思います。
 考えてみれば、寝返りすら打たなかったと思います。
 頭を少し動かす事すら、無かったと。
 ぴたりと、固定されたような格好で。
 けれど疲れることはなく。
 何処かが痛い、と言う事もありません。
 静かに静かに、沈んで行きました。

 ………………二度と覚めない眠りの中に。

 その筈だったんですが。

 気が付くと、自宅に居ました。
 慌てて起きますと…お姉様の姿があります。
 曰く、某所で寝こけている妹に気が付いて、連れて返って来たとの話。
 …どうやら、何かまた御迷惑を掛けてしまったようです。

【了】