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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


水月堂騒動記
●お誘いを受けて
 『水月堂』――そこは巳主神冴那がオーナーの、ペットショップである。
 ペットショップといっても、扱っている動物は独特で……爬虫類関係が多く集められている。
 特に多いのは蛇だろう。メジャーな蛇からマイナーな蛇まで、よく集めたものだと言いたくなるくらい揃っている。
 ただそんな店だから、ペットショップということで時折勘違いして入ってきた女性が、悲鳴を上げてすぐさま飛び出していったことも数知れず。
 まあ、爬虫類が苦手な女性も多いのだから、こういう反応も仕方がないといえば仕方がないのだが。
「……こんなに可愛らしいのに……」
 走り去る女性の後姿を見て、そう冴那がつぶやくことも少なくはなかった。
 さて、ある秋の日のこと。『水月堂』の近くで、うろうろと行ったり来たりとしている少女の姿があった。
「どうしよう……」
 少し進んではまた戻り、少し戻ってはまた進む。傍からだと怪しく見える行動を取っていたのは、志神みかねであった。
(入口からだといっぱい居るし……でもそこを通らないと中には入れないし)
 悩みつつ、なおもうろうろとするみかね。いったい何をそんなに悩んでいるのか。
 実は今日、みかねは冴那からお茶を誘われていたのだ。お茶の場所は『水月堂』。なので、みかねがここに居る訳である。
 けれども1つ問題があった。それは、みかねが爬虫類を苦手としていること。先に書いたように、『水月堂』には爬虫類がいっぱい居る。特に蛇が。
 いくら水槽の中に居るといっても、それだけで全く苦手じゃなくなるという単純な話はまずない訳で。ゆえに、このように悩んでうろうろとしてしまう、と。
 しかし、悩んだのは正解だったのかもしれない。みかねの頭に、ふっといい考えが降りてきたのである。
「あっ! 裏口……!」
 その通り。店舗の場合、たいていは裏口もあるはずである。店の入口を閉めた後でも、出入りが出来るように。
 そのことに気付いた後のみかねの足取りは、まるで羽根のように軽かった。『水月堂』の脇道に入り、裏口へと回り込むみかね。思った通り、そこには裏口の扉が存在していた。
「あった……よかった〜」
 みかねはほっとして胸を撫で下ろすと、トントンと扉を2回ノックした。ところが誰も出てくる気配はない。留守なはずはない。店が開いているのを、この目で見ていたのだから。
「……聞こえなかったのかな?」
 ノックの仕方が弱かったのかもしれない。今度は強めに、3回ノックしてみるみかね。しかし、それでも誰も出てこない。
「…………?」
 みかねは首を傾げた。何故、出てこないのだろうか。
 結局みかねは、避けていた店の入口から入らなくてはいけなくなってしまったのだった……。

●何をしているの?
 みかねが裏口からとぼとぼと表へ回っている頃、『水月堂』の中ではしゃがみ込んでいる冴那の姿があった。
 はて気分でも悪くなったのかと思いきや、そうではない。冴那は棚と棚の隙間を覗き込んでいたのだ、小首を傾げながら。
「……ここでもない……。素早い子ね……」
 ぽつりつぶやく冴那。みかねが表にやってきたのは、ちょうどそんな時だった。
「あの……」
 恐る恐る顔だけ出して、冴那に声をかけるみかね。最初冴那は気付かなかった。だがみかねがもう1度呼びかけると、ようやく気付いて振り向いた。
「……あら、いらっしゃい」
 呑気そうに言う冴那。そしてなかなか中へ入ってこようとしないみかねに、こう話しかけた。
「そんな所に居ないで……中へ入ってきたら?」
「あ、はい……」
 みかねがおずおずと入ってくる。まっすぐに顔の向きを固定して、なるべく爬虫類を見ないようにしながら。
 その間も冴那は、テーブルの下を覗いてみたり、他の隙間を覗いてみたりとしていた。
「どうしたんですか?」
 気になったみかねは、冴那に尋ねてみた。
「……探してるのよ」
「え? お金か何か、落としたんですかっ?」
 驚きさらに尋ねるみかね。しかし冴那は頭を振った。
「お金じゃなくて……落とした訳でもないわね。逃げちゃったんだもの」
「……へ?」
 冴那の言葉を聞き、みかねは背中に嫌な汗が流れたような気がした。
「……喧嘩しちゃって。あの子がわがまま言うから窘めたのよ……。そうしたら、拗ねて……逃げちゃったのよね」
 腕を組み、困ったような素振りを見せる冴那。
「あ……あはは、逃げちゃったんですか……」
 みかねが引きつった笑みを浮かべた。
「ちなみに……何が逃げ……」
「蛇よ」
 みかねが皆まで言う前に、冴那がきっぱりと答えた。みかねの身体が、少しふらついた。
「……探すの手伝ってもらえる……?」
 冴那はそう言って、じーっとみかねの顔を見つめた。蛇に睨まれた蛙状態となってしまったみかねは、丁重に断ることも出来ずに蛇捜索の手伝いをするはめになってしまった……。

●カタストロフ
「怒らないから出てらっしゃい……」
 と、のんびり呼びかけながら、隙間を覗く冴那。その反対側では、すっかり暗い表情になってしまったみかねが、冴那と同じように隙間を覗いていた。
「うう……どこに居るの〜……」
 一応呼びかけてみるみかねだったが、声が微妙に震えていた。恐らくちょっとでも気を抜いたら、そのまま気を失ってしまうことだろう。
 それでも、何とか気絶せずに頑張るみかね。だが、かなりてんぱっているのだろう。店のあちこちで水槽や棚が小刻みに揺れたり、妙なラップ音まで聞こえていたのだから。……冴那にはそれらを気にする様子は、全く見られなかったが。
「……居た?」
「居ません〜……」
 冴那の問いかけに、みかねが首を振った。
「そう……。本当に、どこへ隠れたのかしら……」
「あの……?」
「何?」
「毒……持ってませんよね? その蛇……」
 みかねは非常に気になっていた質問を投げかけた。
「……毒はないわ。ただちょっとだけ……気が荒めだけど」
 しれっと答える冴那。
「うあ……」
 軽いめまいがみかねを襲った。毒はなくとも、気が荒いというのは……どうだろう。
(もしかして、このために呼ばれた……?)
 そんな疑念まで、みかねの中には浮かんでくる。けれどもそれはないだろう。お茶の誘いを受けたのは、昨日のことなのだから。
 そしてまた捜索を再開する2人。しばらくして、隙間から顔を上げたみかねがまた冴那に尋ねた。
「……大きさって、どうなんですか?」
 なるべくなら触れたくなかった質問を、みかねは冴那にぶつけた。聞いてしまえば想像してしまいそうだったから、あえて聞こうとはしなかったのだ。
 だが、もうそんなことは言っていられなかった。だいぶみかねの限界が近付いていたのである。
「そうね、あれは……」
 天井を見上げ、思案する冴那。みかねは冴那の言葉に注目した。
「2メートルくらい……」
 と言いながら、冴那の視線が下へと降りてきて、ちょうどみかねの足元辺りで止まった。
「……あら」
 意外そうな冴那のつぶやき。
「はい?」
 みかねは何気なく足元に目をやった。そこに居たのは――体長まさしく2メートルくらいのボアであった。いつの間にやら、自分から姿を現したのである。
「そこに居たのね」
 のんびりとした口調で言う冴那。しかし、足元にボアが居るみかねにしてはたまったものではない。ここまで何とか堪えていた物が、プチンと切れてしまったのだ。
「きっ……」
 一瞬、みかねの頭が後ろへのけぞった。次の瞬間、店内にみかねの悲鳴が響き渡る。
「きぃやぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁっ!! いやぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!」
 悲鳴に混じり、ガラスが砕け散る音が聞こえてきた。みかねのそばにあった水槽が、木っ端微塵に砕けてしまったのである。
 砕け散った水槽からは、たくさんの青大将たちがにょろにょろと這い出してきて、みかねの方へと向かっていった。
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! こっち来ないでえぇぇぇぇぇぇっ!!!」
 みかねが店内を逃げ惑う。そして水槽が次々に破壊されてゆき、蛇たちがまたにょろにょろと……。
「……いつ、むぅ、なな、やぁ……」
 立て続けに壊れてゆく水槽の数を、冴那は指折り数えていた。何しろ止める隙すらないのだから。
 最終的な被害額は……まあ、深く考えないようにしよう……。

【了】