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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


東京怪談・ゴーストネットOFF「失われ行く名前」

■オープニング■
【204】名前 投稿者:@@村
失われてしまいます。
時代の流れでしょうか。私はなす術もなく大きな流れの中に飲み込まれ失ってしまうのです。
私は共に歩んで来ました。
何年も何年も。
成長もし、失敗もした。
それは私の証であり最も誇らしいものだったのです。
でも、それは失われてしまうのです。

どうか、その前に。
失われていく私の『名前』を、どうか止めてください。
それは止められないかもしれません。けれどどうか。
私が居た証を、失われなくなってしまう前にどなたかに託したいのです。


 雫はきょとんと目を瞬いた。
 書き込みの内容も珍奇だが、それ以上に投稿者名が珍奇極まりない。
「@@村って……?」
 文章の後ろには〇×県△#郡@@村何番地と、詳細な場所が記されている。
 それはつまりその場所へ来てくれという意味なのだろう。
「……そう言えば……」
 ふと歴史の時間に教師が脱線話題で出した事柄を思い出す。あまり興味がないのでニュースやなにかも聞き流していたが脱線話題は何故か覚えているものなのだ。
 現在地方では市町村合併が積極的に推し進められている、と。
 合併ともなれば確かに市町村名は変わるだろう。地区の名称として残るかもしれないがその村だの町だの名前ではなくなる。
「って、村が依頼してるのこれ!?」
 村おこしだとかそう言った意味ではない。村そのものが、人の集合体ではなく村がこれを書き込んだというのか。
「……嘘でしょ?」
 雫は再び目を瞬かせた。

■本編■
 キーボードを叩く音がやけに高く聞こえた。実質の音量以上にである。
 シュライン・エマ(しゅらいん・えま)は周囲を見渡し、成る程と溜息を落とす。
「つまり――何も無いと」
 音とはそのものの音量以上に周囲の物音によって響き方が違ってくる。その場にはつまり何の物音もなかった。かと言ってそれは怪異に属するものではない。
 単に、静かなのだ。
 〇×県△#郡@@村何番地。ゴーストネットの掲示板で指定されていた場所は、見事に何もなかった。人為的に作られた何もなさではなく、人工物の数が極端に少ない。
 ビルもなければ車も走っていない。塗装された道路の上をのどかにスズメが飛び跳ねている。見渡す限りは刈り取りの終わった水田で今は枯葉色に乾いて休憩中。
 実にのどかな、牧歌的な――はっきり言ってしまうなら鄙びた――場所であり、村だった。
「のどかだこと」
 ぐるりと周囲を見渡し、シュラインは呟く。そしてかたかたかたと高い音を立てるその人物へと歩み寄った。恐らくそれとしての意味ははじめから成していないだろうガードレールに腰掛けている。
「何をしてるの?」
 実際問うまでもないことではあるが、そう声をかけるとその音源――妙齢の女性だ――は黒い髪を揺らして顔を上げた。手は止めないままに。
 面白いのはその対象が二人である、と言うところである。
「何って、人生の戦い」
「少し調べ物がありまして」
 答えは異口同音ならぬ異口異音、欠片も重なりはしない。声のトーンはといえばどちらもかなり真剣ではあったのだが。
 片方の女、冴木・紫(さえき・ゆかり)はシュラインに軽く手を振るとそのまま手元に集中する。ノートパソコンになにやら打ち込んでいるのは確かだがそれがなんであるのかまではシュラインには検討がつかなかった。そう、見当もつけられない、こうしてここで鉢合わせているにも関わらずである。
 それに肩を竦めたのはもう一人の女、雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)である。
「来る前にも少し調べたんですけど、もう少しと思いまして。やっぱりあんまり手がかりらしいものもないんですけどね」
「そうね、私もそうだったわ」
 シュラインもまた肩を竦めて見せる。
 〇×県△#郡@@村何番地。ゴーストネットの書き込みに従ってやってきた先で顔を合わせた人物がその場でパソコンを駆使して何をやっているか、そんなものはごく自然に想像の範囲内だ。書き込み内容に関連のある事柄を調べているのが普通であり自然である。
 シュラインと凪砂が顔を見合わせてもまだ、『その事態でも何をやっているのだか分からない』紫は、軽快な音をパソコンのキーボードから奏でている。
「熱心ですね」
「まーね、人生かかってるから」
 感心したように言う凪砂に、紫は事も無げに答えた。それに『なにを書いているのか』まではわからずとも『なにをやっているのか』は大体想像がつくシュラインは苦笑する。
「で、財布の残金は?」
 さらりと問い掛けたシュラインに、紫はゆっくりと、殊更にゆっくりと顔を上げた。
 顔色は蒼白に近く目は完全無欠に座っていて、その上口元はといえば微笑を形作っている。
「――聞きたい?」
「聞かなくても大体分かったわ」
「残金?」
 こちらは話についていけない凪砂が当然のように聞き返す。紫はぎゅるんと首を凪砂へと巡らせる。
 シュラインにはまあ免疫のある表情だが、凪砂には全く免疫などあるわきゃあない切羽詰りまくった顔のまま。
「だから。――聞きたい?」
「え、ええ。まあ……」
 その異様な迫力に大学卒業後好事家として生きている、つまりはお嬢様がめいっぱい引いたのは言うまでもない。怪異や妖怪の類いとは、そもそも全く異なった異様さである。無理もない。
「ふ。帰りの電車賃もないわ」
 いっそ偉そうに紫は言い切った。『は?』と凪砂が問い返し、シュラインが天を仰ぐ。
「というわけで邪魔はしないでくれるここでこの戦いに勝っとかないと私は東京にも戻れずにここで農業営むしかなくなるのよ!」
「は、はあ……」
「いっそ生活安定していいんじゃないの?」
「こんな交通機関も発達してないとこに奴が追いかけてきたら逃げ場もないじゃないの」
 奴とは紫の兄の事であり、そのシスコンっぷりはシュラインもよく知っている。あんまり知りたくなかったが。
「どう言うことですか?」
 と問い掛けてくる凪砂に、シュラインは、
「――まあ世の中知らなくてもいいことはあるわよ」
 とだけ答えた。

「つくづく……」
「……良く会うな。先に言っておくが電話代は払わんぞ」
「ち」
 顔を合わせるなりきっぱり言い切った真名神・慶悟(まながみ・けいご)に、紫ははっきりとした舌打ちを漏らした。
 会話内容に目を丸くしたものが約四名。訳知り顔で溜息を吐いているシュラインに凪砂が問い掛ける。
「……会話の意味が良く把握出来ないんですけど、このお二人って……?」
「まあ一言で言うなら被害者と加害者の関係ね」
 きっぱりシュラインが言い切る。
 一同は納得したように頷いた。行き成りの牽制と舌打ちという応酬が実に良くその関係を表している。紫は端っからたかるつもりだったようで、慶悟はそれを良く理解していて先手を打ったわけだ。
「ま、それはそれとして。皆やっぱりゴーストネットなの?」
 務めて明るく――それまでの不機嫌も一先ずおいて、イヴ・ソマリア(いヴ・そまりあ)が問い掛ける。
 シュラインと紫、そして凪砂は顔を見合わせて首を振った。
「まーねー」
「……一応郷土資料館の類いには行って見たんだけど。特に変わった歴史も由来もないわね」
「ネットで調べた結果も同じです。……そもそもこの地域まだADSLも届いてなくって」
 さもありなんと日下部・更夜(くさかべ・こうや)が肩を竦める。
「この有様ではな」
 広がるのは閑散とした農地。家自体も疎らで、コンビニ一つ見当たらない。今時珍しいほどの田舎である。
 うん、とイヴが頷く。
「こっちも役場は回って来たんだけど……統合自体は決定事項みたいだわ」
 イヴは切なげに目を細める。
「なんか悲しい話ね」
 村はいくつかの市町村と統合されて大きな市となる。地名は残っても、その『村』が地図から消えてしまうことに変わりはない。
 流れの中で消えていくものが名を残す事を求める。それ自体が切ない。
「……実際にこういう小さな村は、統合と言うより吸収といってしまったほうがいいのかもしれません。大抵は大きな市や町が音戸を取って進めていくものみたいですから。それで揉めたりする例もあるみたいで」
 凪砂も小首を傾げる。
 平成13年の市町村合併支援本部の設置以降、各地で急速に市町村合併が進められている。推進される理由は曰く、
『地方分権の推進や少子・高齢化の進展、国・地方を通じる財政の著しい悪化など市町村行政を取り巻く情勢が大きく変化している中にあって、基礎的地方公共団体である市町村の行政サービスを維持し、向上させ、また、行政としての規模の拡大や効率化を図るという観点から、地方分権推進委員会の市町村合併の推進についての意見(平成12年11月27日)を踏まえ、市町村合併について、国民への啓発を進めるとともに、国の施策に関する関係省庁間の連携を図るため、内閣に市町村合併支援本部(以下「本部」という。)を設置する』
 とのことだが、その理念に従って自治体が合併を進めているわけではないだろう。
 現在急速な市町村合併が進められているのは今なら補助金が出るからだ。細かい思惑は兎も角、実際の所この急激さの理由はそんな所である。
 頑なに合併を拒む自治体があるのも現実である。
「復活する町名もあれば消える名もある……か。止める事は難しいでしょうね。その地にいる人達が悩んで出した結果なんだろうし愛着ある筈の名前を変える覚悟はし終わってるでしょうから」
 蓋を開けてみれば実に切ない。
 ところで、と、更夜が一点を指し示した。
「あそこでさっきから様子を窺ってるのはなんだ?」
「え?」
 しんみりとした空気の中一人周囲を観察していたらしい更夜の声に、一同は目を瞬いた。
 6人分の視線が一気にそちらへと向けられる。
「……あ」
 そこにいたのは一人の少年。向けられた視線に硬直し、じりじりと後退し、そして一目散に駆け出す。
 一同は顔を見合わせた。
「――もしかして、っていうかもしかしなくても」
「あれが、『村』だろう」
 紫に見上げられ慶悟が肩を竦める。追尾のために慶悟が放った式を追って、一同もまた駆け出した。

「はがれろったら! なんだよお前!」
 一同が少年に追いついたのは古びた建物の前だった。その周囲を慶悟の式がふよふよと飛んでいる。
「お疲れ様です」
 凪砂に微笑まれ、式がちょこんとお辞儀する。中々器用だが問題は式より式が纏わりついている少年である。
「何が待っているかと思ったら……」
「村を名乗るとはな。大した度胸だ」
 シュラインと慶悟が溜息を落とす。しかしそれですまなかったものがいる。紫である。
「……子供の悪戯とは恐れ入ったわね。私の新幹線代どうしてくれんのちょっとー?」
 その言葉にぴくんと少年が反応した。
「悪戯じゃないっ!」
「普通『村』だと名乗って掲示版に書き込み何ぞするのは悪戯と言うんだが?」
 すいっと目を細め上から見下ろしてくる更夜に、少年は一瞬怯んだ。しかし即座に己を取り戻して怒鳴る。
「……悪戯じゃ、ねーよ!」
 目に涙まで溜めてぎっと更夜を睨みつける少年に、イヴは小首を傾げる。
「そうね。悪戯とも思えないわね」
 こんな大それた嘘がばれてしまったなら、それが単なる悪戯であったなら。いくら気が強かろうとこんな子供が居直ったりは出来ない。少なくとも居直る前に蒼白になり怯えるだろう。
 こうしてこの少年が居直っていられるのは、その身の内に確固たる『理屈』があるからだ。
「どうして、あんなこと、したの?」
 書き込みの文面もとても子供とは思えない。
「だって……だってなくなっちゃうから!」
 目に涙を溜めて、名さえ名乗らない少年は叫んだ。そしてばっと後ろを指し示す。そこに在るのは古びた校舎。
「……この学校、なくなるんだ」
 統合の余波で、いくつかの小学校も統廃合になるという。そんな話を村役場で聞きかじってきたイヴはああそういえば、と頷く。
「じーちゃんもばーちゃんもみんな通ってたとこなのに……学校もなくなって、役場もただの分署になって……でっかい市の名前になって……」
「それが、切なかったの?」
 シュラインが少年の頭を撫でる。『うん』と少年は頷いた。でも、と凪砂がいう。
「可能なら『村』と村民さんたち、村長さんとも協力して合併をなくす方向にしたいですが、現実問題難しいでしょうね」
 既に決まってしまっている事。それを覆す事は不可能だろう。
 それにも『うん』と、少年は頷く。
「だから託したかったんだ、誰かに」
「へ?」
 紫がきょとんと目を瞬く。
「俺がやったこと、凄い馬鹿なことだよね?」
「それは、まあ、なんてゆーか、ねえ?」
「俺に振るな」
 紫に選択を預けられ、慶悟は明後日の方向に視線を彷徨わせる。変わって断じたのは更夜だった。
「馬鹿だな」
「ちょっと!」
「馬鹿に違いないだろう。騙されてのこのこやってきた俺たちも相当なものだとは思うが」
 イヴ同様、不機嫌になりかけた紫を制して、少年は泣き腫らした目を隠そうともせず言った。
「だから……こんな馬鹿な気持ちを、誰かに知って貰いたかったんだ。馬鹿でも、いいから。気持ちを託しておきたかった」
「あんた……」
 己の胸ほどまでも身長のない、幼い少年の言葉とも思えない。不審げにシュラインが眉を顰める。
 少年はにこりと、初めて笑んだ。
「だから……」



 覚えててよ? こんな馬鹿な村の事を。



 目も眩むほどの光輝が、その場に満ちた。
 一同が目を眇め、そして再びあけた時、その場には最早何ものの姿もなかった。
 さしもの更夜でさえ目を見張る。
「どうやら……」
「……本当に村、だったらしいわね」
 シュラインの呟きに、一同は頷く事も出来なかった。ただ紫がぼそりと呟く。
「……村が何パソコンを駆使するよーな時代になっちゃったワケ?」
 どうやらそのようだった。



 碑を建てよう。
 そう言いだしたのは慶悟だった。
「あの度胸に免じてな」
 そう言って皮肉に笑った慶悟だったが交渉事には余り向かない。結局村役場にその話をねじ込んだのはシュラインと紫の口車、そしてイヴと凪砂の財力だった。
 式典はささやかに、村民でさえ殆どは知らぬままに行われた。
 それに背を向ける更夜に、シュラインは苦笑する。
「どこへ行くの?」
「性には合わないからな」
 イヴや凪砂を怒らせたことはどうでも良くとも、村に騙されたあたりは少々プライドに触ったかとシュラインは推察し、くすくすと笑う。
「ま、好きになさいよ」
 そういうシュラインの手に、更夜はぬっと無造作に二号瓶を押し付ける。
「なに?」
「――あの『村』へ、な」
 それ以上の説明はせず、更夜は身を翻した。シュラインは日本酒の二号瓶を見つめ薄っすらと微笑む。
「手向け、ね」


 せめて最高の祀事を。
 消え行く名前へのせめてもの手向けに。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【1847 / 雨柳・凪砂 / 女 / 24 / 好事家】
【2191 / 日下部・更夜 / 男 / 24 / 骨董&古本屋 『伽藍堂』店主】
【1548 / イヴ・ソマリア / 女 / 502 / アイドル兼異世界調査員】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございます。

 うちのほうの町も市町村統合ででっかい市になるそうです。
 それで便利には、多分なりませんね。お役所の本部が遠くへ移ってしまって、このあたりのは出張所でしかなくなるみたいですし。
 合併して便利になるならいーんですけど多分不便になるしなーんて反対意見は通らず結局統合になる模様で。
 なんだかなと思いつつ生まれたお話でございました。

 今回はありがとうございました。また機会がありましたら宜しくお願いいたします。