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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


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 「女らしくしてくれ」
 薮から棒にそう言われて、当然譲の目は点になる。その表情に、自分の言い回しが微妙だった事に気付いた朱姫は、慌てて両手を胸元の前で振りながら言い直す。
 「あ、いや。正確には、女らしくするにはどうすればいいか教えてくれ、だ。私は女を磨きたいんだ。協力してくれないか、譲」
 「…引き受けるかどうかはともかく、どうして僕に頼むんですか?そう言う類いの事は、同じ女性に聞いた方がいいんじゃないかと思うんですけど」
 「逆に同性には恥ずかしくて聞けないじゃないか、こんな事。それに、譲は私の知り合いの中で一番女慣れしているから、男の目から見た女の魅力と言うものにも詳しいのではないかと思ったんだ」
 「………」
 それは褒められているのか貶されているのか。微妙な所だが、朱姫の真剣な表情を見ていれば、褒めているのだろうと言う事はすぐに分かる。第一、朱姫は人に厭味を言ったり遠回しな言い回しで貶したりはしないではないか。駄目な所は駄目とはっきり言い、いい所は素晴らしいと真っ直ぐに誉め称える。そう言う少女であったから、譲も、そんな朱姫がこのようなお願いをして来るにはそれなりの理由と勇気があったのだろうと推測をした。


 「四つの歳の差がこんなに大きいとは思わなかったんだ」
 ふと零すように朱姫が呟く。喫茶店の窓際の席、秋らしからぬ小春日和のような暖かな日差しが差し込むその席で、譲と朱姫は向かい合って座っている。
 最近、朱姫には彼氏が出来たらしい。その彼と言うのは、朱姫が言うように四歳年上なのだが、その所為でか、子供扱いされるのが朱姫にしては少々気に入らないらしい。彼の事は尊敬しているし頼りになる男だとも思っている、だからこそ、自分を一人前の女として認めて貰いたいし、頼りにもして貰いたいのだろう。
 「だけど実際、四歳違えば中学でも高校でも一緒になる事はないし、彼は既に成人している訳だし、多少、子供扱いされるのは仕方がないんじゃないですか?」
 「そうかもしれないけど、でも何て言うんだろう、子供は子供でも、所謂『女の子』扱いと言う感じは余りしないんだ。まるで、男も女も関係なく、とにかく小さな子供を扱うみたいな」
 「それは、それだけ矢塚さんの事を大切に思っているからじゃないんですか?」
 そう言って譲が目を細めて笑う。そんな譲の表情を、朱姫はどこか不満げに見詰めているが、実際、譲の目から見ても、朱姫の彼氏は朱姫にべた惚れているようにみえるし、彼女が言う所の小さな子供扱いと言うのも、彼氏のひたすらな愛情から来ているのだと譲には思える。確かに多少、過保護的な部分もあるにはあるが、それだけ彼氏が朱姫に心酔している証拠だろう。心酔していると言っても、別段、恋人を必要以上に甘やかしていたり付け上がらせていたりする訳じゃなし(朱姫がそう言うタイプの少女でない事も分かっているが)、譲には極普通の、お似合いな恋人同士に思えていたのだが。
 「大切に、か…譲、そんな風に想って貰える、私の魅力は何だと思う?」
 唐突な朱姫の質問に、譲は片手を顎の下に宛って考えた。
 「…そうですね。……カッコイイ所……かな」
 「…それは女らしいと言う意味には程遠くないか…?」
 譲の回答は予想の範囲内だったか、僅かに肩を落として朱姫が疲れたような声を出す。そんな様子を見て、譲は小さく笑いながら付け足した。
 「え、でもハンサムって言う形容詞は、女性に対しても使う表現だし、決して悪い褒め言葉ではないと思いますよ?」
 「それはそうかもしれないが…だが私は、女らしくなりたいのだ。少しでも大人の女になって、彼に相応しい女になりたい。だから、協力してくれないか、と頼んでいるんだ」
 そう告げる朱姫の表情は真剣そのものだ。それだけ、その彼氏の事を深く想っているのだな、そう思うと自然に譲にも穏やかな微笑みが浮かんだ。
 「分かりました、僕に出来る範囲で協力しましょう」
 「本当か!?」
 譲の返答を聞いて、朱姫の表情がぱあっと明るくなる。そう言う所が、素直で真っ直ぐで可愛くて、朱姫の魅力なのだと譲は思ったが、今は取り敢えず黙っておく。
 「但し、効果が絶対あるとは保証しませんよ?これは矢塚さんの素質の問題もあるし、努力の必要もありますからね」
 「分かっている、譲に迷惑は掛けない。だから宜しく頼む」
 「大丈夫です、僕は充分楽しませて貰ってます、既に」
 とは、さすがに言わなかったが。普段ではまずお目に掛かる事のなさそうな、朱姫の殊勝な様子は充分代価に値するものだったのである。


 「まずはですね。男がグッと来る女性の視線と言うのを研究しましょう」
 先程の喫茶店の同じ席、ただ二人の前のカップが新しくなっている。あのまま、譲の講義が始まっていたらしい。
 「取り敢えず矢塚さん、僕を見詰めてみてくださいよ。いつも彼氏を見詰めているみたいに」
 「あ、ああ……んー、と…」
 そう言って朱姫が、いつものような調子で譲を見詰める。それは、面をきりりと上げて譲の瞳を真っ正面から捉え、自信に満ち溢れた、まさに真っ直ぐな視線であった。表現としては凛々しいとしか言えないような、その様子に思わず惚れ惚れとしながらも、譲はわざと肩を竦めてやれやれ…と息を零した。
 「…矢塚さん、そんな親の敵を睨むみたいに…」
 「え、そんなに怖い目をしていたか、私は」
 慌てて朱姫は自分の目許を指先で押さえる。そんな事は全然無かったのだが、朱姫の焦りように、譲はこみ上げてくる笑いを必死で堪えながら大仰に頷いてみせる。
 「いいですか、可愛い女の視線を強調するにはですね…基本はこれです。上目遣い」
 「う、上目遣い?」
 「そうです。やや面は伏せがちに、上目で相手をじっと見詰めた後、徐に睫毛をぱちぱち。これでまずは第一関門突破です。はい、ドウゾ」
 アクション!映画監督がそう女優に合図を出すかのよう、譲は片手を朱姫の方に向けて差し出し、促す。え、え、とやや戸惑いながらも、朱姫は顎を引くと、やや上目遣いで譲をじっと見詰めた。
 朱姫は、外見は完璧な美少女だ。それこそ、見た目は、そこらのグラビアアイドルや人気女優なんぞでは彼女の足下にも及ばないぐらい、素晴らしく整った容姿を持っている。…ただ、如何せん、彼女の性格や気質が災いするのか、色気と言うものがなく、だから美しいとかたおやかだとか言う評価が下される前に、凛々しいとか格好いいとか、そんな言葉が来てしまうのだ。だが、今、譲が言ったように上目遣いで睫毛の長さを強調するような瞬きをする様子は、誰が見ても厭味ではない、いい意味での完璧な美少女の媚で、これなら美しいとか麗しい等の評価も下るだろう、と思われた。が、何か違うような気がする。譲は思わず首を傾げて眉を微かに潜めてみせる。その表情を見た朱姫が、不安そうな眼差しで譲を見詰めた。
 「…やはり変か」
 「いえ、変と言うよりは……うーん」
 上手く自分の感じている事を言い表せなくて、譲は言葉に詰まった。
 「…まぁ、これは後にしましょう。では別の方面からアプローチしてみましょうか。女らしい笑い方、これ、どうです?」
 煮え切らない部分は後に回して、妥協案を譲が持ち出してくる。いいだろう、と朱姫も頷き、興味深々な様子でテーブルに肘を突いて身を乗り出した。
 「元より矢塚さんは、大声で笑うとかそう言う事はないと思いますが、ここでずばっと、女性らしい笑い方で、女らしさを更に強調してみたいと思います」
 「なるほど…確かに笑顔と言うのは重要だからな。…で、女性らしい笑い方と言うのは、どういうのなんだ?」
 「おほほほほ」
 「………? ゆ、譲……?」
 突然、猫撫で声の裏声で、そんな笑い方をする譲に、朱姫が凄く不気味そうな視線で譲を見る。思わず退いていく上体に、譲が苦笑いをしながら引き留めた。
 「待ってください、今は男の僕がしたからヘンだっただけですよ。いいですか、指先を口許に当て、控え目に且つ楽しげに、だが声をそんなに立てずに吐息だけでしっとりと笑う。これがキモです。はい、ドウゾ」
 先程と同じように、Ready,GO!と片手を朱姫の方へと向ける。促され、朱姫が恐る恐ると言った具合に片手の、揃えて伸ばした指先を口許に当て、精一杯のしとやかさで、はんなりと笑顔を作ってみせた。
 「お・ほ。…ほ・ほ、ほ」
 「………」
 そのぎこちない笑い声が相当効果を削ったが、それでも朱姫の整った容貌が綺麗な笑みを築きあげると、その周囲がふんわりと桃色に染まるような感じがした。
 今回の笑顔は、先程のような明らかな違和感は感じなかったが、それでも何か違うような気がする。うーん、と腕組みをして首を捻る譲に、またも朱姫が不安そうな眼差しでテーブルに肘を突き、身を乗り出す。その衝撃に、かしゃんとテーブルの上にカップ&ソーサーが触れ合う陶器の音がした。
 「譲、どこか悪かったんだ?正直に言ってくれ」
 「……言っていいんですか?」
 真剣な面持ちで、譲が声を潜めた。ごくん、と唾を飲み込んで、朱姫が覚悟を決めたかのような表情でこくりとひとつ頷く。両手を軽く拳に握って、膝の上に置き、きちんと椅子の上に行儀良く座ると、今から己に下されるだろう譲の酷評(と朱姫は思い込んでいる)を静かに待った。
 「……似合わないんです」
 「に、似合わない……?」
 「ええ。…いえ、似合わないと言うと語弊がありますが…何と言うんでしょう、『らしく』ないんです。矢塚さんらしくないんですよ」
 「…それは、どう言う…」
 「つまりですね。先程の上目遣いもさっきの笑顔も、実はとっても魅力的だったんです。とても女らしくて、僕でさえドキッとしてしまいました」
 「……で?」
 「ですが、何か違うような気がしたんです。何故だろうってずっと考えていたんですが…分かりました。矢塚さんらしくないんです」
 「…それはようは、私はやっぱり女らしくないって事か…?」
 半分諦め、半分怒りが混ざったような低い声で朱姫が呟く。いえいえ、と譲が弁解するように首を左右に振った。
 「違いますよ、…いえ、ある意味ではそうかもしれませんが…と言うかですね、女らしい矢塚さんもとっても魅力的ですが、でもやっぱり僕は、普段通りの矢塚さんの方が数倍素敵だと思うんです」
 「………」
 「彼氏の為に女らしくしようとする、その気持ちはとても大切だとは思いますけど、でも彼はきっと、普段通りの矢塚さんを好きになったんだろうから、だったら今のままの矢塚さんでいいと思います。もし、それが怠慢のようで厭だと仰るなら、今の矢塚さんの魅力を伸ばすようにすればいいんじゃないかな…って」
 「今の私の魅力、と言うとやはり……」
 「そうですね、カッコイイ所とか、凛々しい所とか…」
 譲の返答は、やっぱり予想の範囲内だったらしく、朱姫は僅かに項垂れた。
 「…やはり私には、女らしさと言うのは程遠いと言う事か……」
 「そんな事言ってませんよ」
 にこり、と譲が笑顔を向ける。面を上げた朱姫が譲を見詰める、その視線は先程の上目遣いに極めて近かったが、無意識である分、今の方がずっと可愛くて魅力的な上目遣いだった。
 「無理しなくても、女らしさなんてのは後から付いてくるんです。作られた美しさより、無意識の美しさの方が何十倍も素敵なんですよ?ほら、良く言うじゃないですか。恋する女は誰でもヒロインになれる、とかって。誰かを好きで、誰かに好かれている人と言うのは、容姿や何かに限らず、皆、綺麗で輝いているもんです。だから、大丈夫」
 自信を持ってください、そう言って笑う譲の笑顔も、充分に魅力的だな、と今更のように朱姫は思った。
 「…なるほど」
 「え?何がですか?」
 何やらしみじみと納得したみたいに頷いた朱姫に、譲がきょとんとした目で聞き返す。いつも通りの快活な笑みを唇に乗せて、朱姫が言った。

 「無意識が一番魅力的だ、と言っただろう、さっき。今の譲の笑顔、女が須らく靡く理由が、分かったような気がしたぞ?」