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クリーン・ディプロマシー
●掃除の鉄人【1】
「さて私の記憶が確かなら、『清掃』や『掃除』に使われる『掃』という漢字の成り立ちは、はく・ほうきの意がある『帚』に手を加えて……」
と――嬉璃や天王寺綾を含む大勢の前に立ち、どこかで聞いたことのあるようなフレーズを述べ始めたのは、仕事着であるバーテンダーの格好に黒マントをつけた九尾桐伯であった。手には少しかじられたピーマンが、何故か握られていた。
そのバックには荘厳な、けれども多くの者には耳に馴染みのある音楽が不思議なことに流れている。
「さしずめ『掃除の鉄人』かしら?」
何だかなあといった表情を浮かべ、シュライン・エマがつぶやいた。そしてシュラインにこんな表情をさせている、今回の騒動のきっかけとなった3人の姿を探す。が、今はここに見当たらない。
「あの……この音楽、誰が用意したんですか?」
隣に居た志神みかねが、不思議そうにシュラインへ尋ねた。
「さあ」
「でも、大掃除をするのにこの音楽って合うのかな。『天国と地獄』の方が合うような気がしませんか?」
首を傾げるみかね。……ああ、知らないということは幸せなことなのかもしれない。微妙に漂う殺伐とした雰囲気を、みかねは感じてもいなかったのだから。
それからみかねは、何かを探すように辺りを見回し、近くに居た女性に話しかけた。
「すみません。その雑巾はどこで……」
「……うん? これは俺の自前だけど。けど、確か向こうの部屋でエプロンとか貸し出していたはずだ」
話しかけられた黒髪の女性、藤井葛が小声でみかねに答えた。桐伯の話がまだ続いていたからだ。
「あっ、そうなんですか。ありがとうございましたっ」
ぺこっと葛に頭を下げると、みかねは教えられた部屋へ向かって静かに廊下を歩き出した。
「……それでは今こそ甦るがいい! アイアン・スウィーパー!!」
一通り話を終えた桐伯が、ややオーバーアクション気味な手振りを交えて言った。マントがばさりと翻った。
するとそれを合図に、3つの部屋の扉が一斉に開かれ、各々の部屋から恵美・零・フェイリーが姿を現した。3人ともきりりとした表情を浮かべ。
そして3人から若干遅れ、ゴミ箱を抱えた柚葉が嬉々としてパタパタ廊下を駆けてきた。
「あー……予め言っておるが、制限時間は2時間ぢゃからな。この4人のどの陣営につくもよし、はたまた独立勢力として動くもよし。各々の判断ぢゃ」
桐伯から話を引き継ぎ、嬉璃が皆に改めて言う。ちなみにこの場に居る人数は、おおよそ40人前後といった所である。
「……あの3人は聞いておらんようぢゃな」
ちらと3人の方を見て、呆れ顔になる嬉璃。恵美たち3人は顔を見合わせ、互いに火花を散らしていた。それを柚葉が面白そうに見ているという図がそこにはあった。
「質問がある」
「何ぢゃ?」
すっと手を挙げた田中裕介の言葉に、嬉璃が反応した。
「1番になった奴が、他の敗者に罰ゲームを受けさせることは可能なのか?」
「まあ……無理ない範囲なら可能ぢゃろう。どうせ受けるのは、彼奴らぢゃ」
また嬉璃が3人の方を見た。どうも今の裕介の質問も、ろくに耳に入っていないようである。しかし裕介は嬉璃の回答を聞き、納得した様子であった。
「負けないから」
「私だって負けません」
「私もです」
火花を散らしたまま、恵美・零・フェイリーが口々につぶやく。何とも緊迫した空気がそこには流れていた。
「掃除に勝ち負けもないとは思うが……」
3人のつぶやきを耳にした真名神慶悟が、ぼそりと言った。それに同意するようにシュラインが頷く。正論である。
「……譲れぬ信念を軽んじる訳にも行かないか」
慶悟はふうと小さな溜息を吐いた。しかし、そんな慶悟の表情がどことなく楽しそうなのは気のせいであろうか。
それはそうと――皆が皆この今回の騒動を知っている訳ではない。たまたまこの時間にあやかし荘を訪れた宮小路皇騎は、3人がこのように睨み合っている所に出くわして玄関先でたじろいでいた。
また、レベル・ゴルデルゼのように自分の所の者を迎えに来て、今回の騒動を知った者も居る。
はたまた台所でラーメンを作っていたあやかし荘の住人・足立昇のように、ラーメンの丼を抱えて何事もなかったかのように自分の部屋に戻る者も居る訳で。昇の言葉を借りるなら、『また何かやっとるばいね』と思っているのであろう。
「今から約10分作戦会議を終えてから、清掃開始ぢゃからな。間違えるでないぞ」
嬉璃がそう言うと、集まっていた者たちは三々五々各陣営に散らばっていった。恵美たち主な3勢力の人数は均衡しており、柚葉の陣営が若干人数少なめという所か。
皆が散らばるのとほぼ同時に、昇も自分の部屋へ引っ込んだ。その後姿を、何故か零とフェイリーが見つめていた。
「いいか、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くんだからな」
散らばってゆく者の中には、高校生くらいの少女を捕まえて念を押すように言っている、やはり高校生くらいの赤髪の少年の姿があった。
「耳にたこが出来るほど何度も言わなくても分かってますっ。鬼柳さんには絶対負けませんから!」
一瞬唇を尖らせてから、元気よく言い返す赤髪の少女――久々成深赤。『鬼柳さん』と呼ばれた少年――鬼柳要は少しの間深赤の目を見てから、笑みを浮かべこう言った。
「俺だって、意地でも負けらんねぇ」
あやかし荘にやってきて今回の騒動を知った2人は(というか、要が言い出したことであるが)、言葉は悪いが騒動に便乗する形で勝負をすることにしたのだった。
「……でも耳にたこ出来るほど言ったかぁ、俺? 精々今ので3度目だよなぁ……」
何気なく振り返る要。すると、だ。『ペンペン草の間』からひょっこり顔を出していた三下忠雄と目が合った。
慌てて顔を引っ込める三下。しかし時すでに遅し。要は意味深な笑みを浮かべていた。
●ブラック軍作戦会議中【2H】
「どんどん散らかすよ〜!!」
「おーっ!!」
柚葉がそんなかけ声をかけると、ブラック軍へ参加した者たちが一斉に叫んだ。男女比は若干男性の方が多めだろうか。
「散らかして散らかして、掃除を妨害しちゃえ〜!!」
「おおーっ!!」
「勝負だから勝つよ〜!!」
「うおーっ!!」
嬉々としてかけ声をかける柚葉と、同じく嬉しそうな様子の参加者たち。
「……ストレス解消?」
そんな一同の様子を見て、呆れたようにシュラインが言った。シュラインはブラック軍の一員ではない。恵美たち3人、それと独立勢力などの進行状況をチェックしてゆく心積もりであった。言わば中立、審判役の1人といった所か。
「で、真名神くんも散らかし班なのね」
慶悟の方へ向き直り、シュラインが言った。そう、慶悟は何故かブラック軍に入っていたのだ。
「どちらか一方を手伝うというのも何だからな。……柚葉嬢と共に妨害組に回ることにした」
もっともらしい言い分だった。しかし――。
「楽しんでない?」
「気のせいだろう」
シュラインの突っ込みを、慶悟はさらりとかわした。でも確かに、楽しんでいるように見えた訳で。
「……汚す散らかすのはよいけれど、壊さないでね」
溜息混じりにつぶやくシュライン。シュプレヒコールが終わり次第、改めてブラック軍の面々には厳重注意するつもりだった。
そこへ三下を引きずってきた要が姿を現した。何と、三下をブラック軍へ引き込んだのである。……一説には拉致ったという話もあるけれど。
「あ、仲間が増えたよ〜!」
柚葉が嬉しそうに言った。
「うう……今日はお休みなんですよぉぉぉっ!」
嘆き泣く三下。ま……運命だ、諦めなさい。
●清掃開始!【3】
約10分後、あやかし荘に桐伯の声が響き渡った。
「清掃……開始!」
その言葉を合図に、各勢力一斉に動き出す。さあ2時間後、勝負を制するのはいったいどの陣営であるのだろう。非常に楽しみだ。
●乱入者、あるいは九州男児の悲劇【4】
開始の合図直後、零とフェイリーは各々単独である部屋を目指して駆け出していた。そしてほぼ同時に、目標とした部屋へ飛び込んだ。
「イキナリなんばいね? おはん等」
その部屋の主、昇は突然の訪問者2人に少し驚いたように尋ねた。ちょうど昼食のラーメンライスを食べ終え、部屋に同居している猫にちょっかいでもかけようかとしていた時のことである。
「お掃除に来ました! 今、お掃除の競争中なんです!」
「なので、入らせていただきますね」
フェイリーと零が相次いで言い、部屋の中へと入ってきた。どうもさっき廊下を通った時に、狙いをつけられていたようだ。
「……掃除の競争?」
訝しがる昇を他所に、2人はどこから手をつけようかと部屋を見回した。やがて零が押し入れの方に近付いたのを見て、フェイリーもすぐさまそれに続いた。
「あ〜、押入れに不用意に触るとぉ〜!?」
2人の動きに気付いた昇が叫んだが、時すでに遅し。零が押入れを開け――大量の縞のパンツが中から雪崩れてきた。
「きゃぁぁぁぁ〜っ!!」
「これ何なんですかぁ〜っ!!」
たちまちパンツの山に埋もれ、悲鳴を上げるフェイリーと零。よくよく見れば、へんてこなきのこが生えているパンツもあったり……。
「だから言うたたい……」
昇が溜息を吐いた。実は洗濯が億劫で、昇は押入れにパンツを溜め込んでいたのである。
だがそんな事情は、2人の知ったこっちゃない。山から這い出すと、部屋の主である昇へ詰め寄ろうとした。これはあまりにもあまりな状況である。
「もっと清潔にしてください!」
「こんな部屋じゃ、徹底的に清掃する必要がありますよ!」
どんと床を踏み、2人が昇へ詰め寄った。それがいけなかったのだろう。その拍子に天井板が一部外れ、2人の頭上へ大量に降ってきたのだ――きのこの生えた縞のパンツが。
「いやああああああああああああ!!」
「酷すぎますぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
フェイリーと零の悲鳴が、遠くまで響き渡った。直後、物凄い勢いで廊下を走ってゆく足音まで聞こえてくる。
「ドロボォ〜〜〜〜〜! ドロボォ〜〜〜〜〜!」
猫と鳥しか居なくなってしまった部屋では、ばさばさと羽根を動かしながら、鳥が何度も何度も叫び鳴いていた……。
●発想の転換【5】
「……悲鳴?」
作業の手を止め、裕介がぼそっとつぶやいた。手には今し方むしったばかりの雑草が、根っ子ごと握られていた。
「おや。外からですか」
不意に声が聞こえた。裕介が振り返ると、そこには桐伯が立っていた。そう、今2人が居るのはあやかし荘の庭であったのだ。
「ああ。あの3人だからな。室内掃除では勝ち目はない……だったらこちらの得意な方を選ぶだけだ」
と言い、また草むしりに戻る裕介。
「……なるほど。発想の転換という奴ですか。これは凄い」
桐伯が感心する素振りを見せた。
「外の掃除はいつも教会でしてるからな」
手を動かしながら、裕介が答える。さすがに手慣れているようで、身体が自然と負担のかかりにくい体勢を取ろうとしていた。
「さあ、他はどうなっているんでしょう」
庭を後にして玄関の方へ戻る桐伯。すると玄関先には皇騎が居て、空を見上げていた。そちらに視線をやると、どうも2羽の大きな梟らしい鳥の姿があった。
「あれは?」
「お目付ですよ」
桐伯の問いかけに、皇騎がくすっと笑って答えた。
●コンビネーション【6】
「はたきを貸してください!」
「はい」
恵美の言葉に素早く反応し、レベルは腰に下げていたはたきを手渡した。はたきを受け取った恵美は、すぐさま頭上にあったクモの巣と埃を払い落としてゆく。
「今度はほうきです!」
「どうぞ」
はたきを返すと同時に、レベルからほうきを受け取る恵美。そして払い落としたクモの巣と埃を、床の埃とともにてきぱきと集めてゆく。上から下へ、恵美はちゃんと掃除の基本を押さえていた。
「さすが技能はしっかりしてるわね」
そばではシュラインが、恵美の掃除の様子をメモ片手にチェックしていた。結果だけでなく、途中経過なども評価のポイントであるらしい。
恵美もたいしたものだが、手渡すレベルの方もたいしたものである。何しろだ、身体全部を使って必要とされる掃除用具全般を運んでいたのだから。
先程手渡したはたきが腰に下げられていたように、今のほうきは背中に括られていたうちの1本である。
そして腕には適度に水の入ったバケツまで。無論雑巾も完備だ。何から何までとは、まさにこのこと。
「大丈夫なんですか?」
「ええ。問題はありませんから。サポートは慣れています。お任せください」
心配そうに尋ねてきた者に、レベルが静かに答えた。
●ループ【7】
「わ〜っ!!」
柚葉とそれに従うブラック軍の者たちがパタパタと廊下を駆けてゆく。ゴミ箱の中の紙屑を巻き散らしながら。
「みんな元気いいなぁ」
そんな柚葉たちの姿を見て、みかねはそんな感想を抱いた。が、表情は苦笑い。
「でも、うーん……」
元気よく過ごしている、それで汚れるのはまあ仕方のないこと。生活していれば、汚れるのは当たり前なのだから。
けれど、今みたくあからさまに汚すのはどうなのだろう。これにはちょっと頭を抱えたくなる。
「あやかし荘ってこういう場所なのかなぁ」
漠然と思うみかね。まあ、こういう場所であるのなら、仕方ないのかもしれない。ともあれみかねは、柚葉たちが汚していった所を後片付けし始めた。
紙屑を掃いて、床を洗って、それから拭いて。この一連の作業を、マイペースに進めてゆくみかね。で、場所を移動してゆく。
ところが、だ。別の場所を掃除して戻ってくると、先程掃除した場所がまた汚れている。そうすると、もう1度掃除しなければならない。
紙屑を掃いて、床を洗って、それから拭いて。紙屑を掃いて、床を洗って、それから拭いて。紙屑を掃いて、床を洗って、それから拭いて……さて、何度繰り返したことやら。
「お……終わらない……何で?」
それはそうだろう。たまたま選んだその場所は、実はブラック軍の主な通り道となっていたのだから。
疲れてきてそこまで頭が回らなくなっていたみかねは、哀れにもしばらく同じ場所をぐるぐると掃除するはめになってしまったのだった……。
●こういうやり方もある訳で【8】
あやかし荘・管理人室。嬉璃と綾は、じっと一方を見つめていた。柚葉率いるブラック軍についたはずの慶悟が、茶と煎餅を味わいながら何故かここでゆっくりとしているのである。
「お主、ここで何をしておるのぢゃ?」
「ん……?」
テレビ画面から視線を外し、慶悟は嬉璃の方へ向き直った。
「柚葉は頑張って妨害しておるようぢゃぞ。お主はここでぼやぼやしておってよいのか」
「……それなら心配無用だ。今、式神たちが我が意に従い走り回っている」
そう言うと、慶悟はまたテレビ画面に視線を戻した。
ちょうどそれと相前後するように、あやかし荘内のあちこちで陣笠姿の者が目撃されるようになっていた。
それこそ、慶悟が召喚した式神たちであった。
●自由闊達【9】
「ん……今呻き声がしたか?」
葛は不意に耳に入ってきた声に、作業の手を止めた。今、男の呻き声が確かに聞こえたのである。
呻き声がしたのは風呂場の方角だった。だが今聞こえてくるのは、フル稼働しているらしき洗濯機の音と、ガシガシとデッキブラシか何かで思いっきり擦っているような音のみ。
「誰か、風呂場を清掃しているのだな」
音から葛はそう判断した。きっと呻き声も、洗濯機の稼働音がたまたまそう聞こえただけなのだろう。
そして葛はまた手を動かし始めた。途中だった窓のガラス拭きを続けるために。
すでに今居る辺り一帯の床掃除は終えていた。ガラスももう少しで拭き終わる。そうなれば、他の勢力を眺めつつ場所移動すればいいだろう。
と、あと2枚ほどでガラスも拭き終わるという時、ぐぅぅぅぅぅ……っと葛の腹が鳴った。
「……お腹空いた……」
手を動かしたまま、ぼそりつぶやく葛。顔が自然と台所のある方角を向いていた。
(後で台所借りるか……)
葛の意識は掃除から、ご飯作りへと少しずつ移行しようとしていた――。
●三下の悲劇【10】
「うわあっ!?」
まず派手にひっくり返る物音、それに一瞬遅れて水の音、さらに遅れて金属が何かに当たる音が聞こえてきた。
さてここで問題です。今のは何の音でしょう?
答え……妨害するため水の入ったバケツを持っていた三下が、廊下でつまずき自分で水を被ってしまい、さらにバケツまで頭に当たってしまった音です。
いつものことだと言ってしまえば、まあそれだけのことだけれども。
「水ごりをしておるのか?」
物音を聞きつけ管理人室からひょいと顔を出した嬉璃が、水のしたたる三下に言った。
「違いますよぉぉっ! 今っ、ここに糸が!」
つまずいた辺りを指差し、主張する三下。
「……どこにあるのぢゃ、そんな物」
「へ?」
しかし、そこには鋼糸など影も形もない。
「妨害するにしても、もう少し上手くやれぬものか……いやはや」
呆れ気味につぶやき、顔を引っ込める嬉璃。
「おかしいなぁ……?」
腑に落ちない様子の三下は、何度も首を傾げていた。が、やがて新たに水を汲むべくその場を去っていった。
「ふ……」
入れ替わりに、不敵な笑みを浮かべた桐伯が姿を現した。その手には糸が――。
●ちょっかいかけましょ♪【11】
「深赤、何やってんだよ?」
「見れば分かるじゃないですか。ガラスを一生懸命拭いているんですっ」
要は窓のガラス拭きをしていた深赤にちょっかいをかけていた。確かに深赤が言うように、見れば分かることだ。もっとも話しかけられた拍子に、手は止まってしまっていたが。
「ふーん……」
と一旦納得してその場を離れようとした要だったが、くるっと振り返ってまた深赤に話しかけた。
「一生懸命ってどんな感じだよ」
「手抜きしないで、精一杯頑張ることですよっ」
雑巾を強く握り締め、深赤が要に答えた。
「あ〜、精一杯かぁ」
うんうんと頷き、歩き出す要。やれやれといった様子で、深赤がガラス拭きを再開しようとした。が――。
「で、精一杯何やってるって?」
「鬼柳さんっ! だからガラス拭きです!!」
ぶんぶんと両手を振りながら、深赤が要に言った。
無論、要はわざとループするような質問を投げかけているのだ。深赤の邪魔をするために。単純な作戦ではあるが……意外と効果あるようだ。
「あたしはっ、ガラス拭きを精一杯頑張っている最中なんですっ! だから邪魔しないでください!!」
きっぱりそう言うと、深赤はようやくガラス拭きを再開した。
「もう、鬼柳さんったら……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、少しペースを上げてガラスを拭いてゆく深赤。そんな時、また深赤に質問が投げかけられた。
「ねえ、何を……」
「だから、鬼柳さ……!」
雑巾を握り締めたまま、深赤は思いっきり振り返った。
べちょ。
「あ?」
思わず目が点になる深赤。何故ならそこに居たのは要ではなく、柚葉であったのだから。しかも雑巾が見事なまでに顔に当たってしまっていて……。
「急に何するの〜っ!」
「ごっ、ごめんなさいっ! あたし、そんなつもりじゃっ!」
抗議の声を上げた柚葉に、深赤は慌てて謝った。その姿を、物陰から苦笑いを浮かべて要が見ていた。
「なぁにやってんだよ……たく」
●前半戦終了【12A】
「あと60分です……ようやく折り返し地点だな」
大きな炊飯器を抱えた葛が、台所へ向かって廊下を歩きながら、参加者に残り時間を知らせていた。
「残り時間半分! より一層、清掃に励むがいい、我が鉄人たちよ!」
玄関先に位置した桐伯が、隅々まで聞こえるように声を張り上げた。
「さあ、各陣営の様子はどうなっているのか――」
ということで、ここで前半を終えた各陣営の様子を桐伯・嬉璃・綾の解説も交えて見てみよう。
最初に恵美率いるブルー軍だ。
さすがにここは恵美に管理人として一日の長があり、汚れの多い場所を的確に把握しており、適切な方法で清掃しつつ次々に場所を移動していた。
その影にはレベルの巧みなサポートもあり、また必要とされる掃除用具を全て持ちながら移動していることもあって、時間的ロスが少なめであった。
「嬉璃さん、これはどのように分析されますか」
「うむ、らしいのぢゃ。ある意味本命ぢゃな」
「ほほう……それは暗に現在優勢だと捉えてもいい訳ですね?」
「まだまだ分からぬがな」
次に零率いるイエロー軍だ。
ここはちょっとハンデがある。零があやかし荘の内部にそう詳しくはないことだ。けれども掃除の質は引けを取っていないし、速度は他の2勢力に勝っている。着実に清掃範囲を広げていた。
「地味な印象が否めませんが、どうですか嬉璃さん」
「苦戦しておるようぢゃ。けれども疲れを知らぬようぢゃから、後半の巻き返しが期待出来るぢゃろう」
そしてフェイリー率いるレッド軍。
幽霊とはいえ、さすがはメイドさん。仕えていた屋敷で厳しく仕込まれていたのか、実は掃除の質はここが一番高かった。
ただ質を重視しているためか、清掃範囲は思ったより少なめであった。
「メイドといえば使用人、使用人といえば……綾さん、いかがです」
「そうやなあ……うちの見た所、ええ仕事しとると思うんやけど。ただ同じ場所に時間掛け過ぎやな。丁寧なんは評価出来るけど」
さらに柚葉率いるブラック軍。
ここの動き次第で戦況はがらりと変わるのだが……少々洒落にならない話が1つある。他のある陣営より、勢力が上回ってしまっているのだ。つまり、一部分だけ元より汚れてしまう場所が出てきてしまう可能性が……。
これには柚葉の勝負に対する執念と、陰陽師である慶悟がここについたことが影響していた。
「予想外、ですか。しかし予想は常に裏切られる物であると、名のある方も言っていますし」
「柚葉……彼奴に任せたのがちと失敗ぢゃったか。ここまでやるとは思ってなかったのぢゃ」
「……全部元より汚れるかもしれへんで?」
「意味ないぢゃろ、そうなると」
最後に独立勢力。
独立勢力はいくつか存在していたが、もっとも抜きん出ていたのは裕介である。屋内では勝負にならないと見るや、活路を屋外に見い出したのだ。
つまり玄関から庭先にかけてを中心に、裕介は掃除していたのである。
「いやあ、発想の転換でしたね、あれは。確かにパイを食い合わない」
「外に気付くとはたいしたもんぢゃ」
「掃除言うと、ついつい屋内に目が向きがちやからな。ダークホースや」
と――各陣営の様子はこんな感じだ。ブルー軍優勢だが、意外な活躍を見せるブラック軍の動き次第でどうなるか分からない。
さあ、後半戦はいかに?
●『あやかし荘新撰組』結成【13】
前半戦が終わった所で、各場所で色々と問題が発生していた。それも犯人は同じらしくて――。
「くそ……誰だ、壁に落書きしたの」
裕介は壁に描かれた落書きを、デッキブラシでごしごしと擦って消していた。庭の草むしりを終えた直後のことである。
特殊な塗料でも使っているのか、落書きはなかなか消えてくれなかった。
「何これ?」
ちょうど庭先に居る裕介をチェックに来ていたシュラインが、落書きを見て眉をひそめた。そこに描かれていたのは、嬉璃と柚葉の合いの子のような似顔絵だったからである。
「…………?」
「…………!!」
無言でシュラインから指差された裕介は、慌ててふるふると頭を振って否定した。
「な……何で終わらないの……?」
目を潤ませて、みかねはごしごしと床の汚れを拭き取っていた。
掃除のループ状態に陥っていたみかねだったが、10分ほど前からさらに状況が酷くなっていた。床に泥だらけの足跡がつくようになっていたのだ。
紙屑を掃いて、泥だらけの床を洗って、それから拭いて。紙屑を掃いて、泥だらけの床を洗って、それから拭いて。紙屑を掃いて、泥だらけの床を洗って、それから拭いて……。
「あの。気のせいか、ずっとここに居ませんか?」
たまたまそこを通りかかった零が、そんなみかねの状況を見るに見かねて声をかけた。
「あっ、零さんーっ!!」
きっとこの時のみかねには、零が女神に見えたことだろう。思わずみかねは、零にぎゅっと抱きついていた。
かくしてみかねは零に心苦しいながらもこの場をお願いして、ようやく掃除のループ状態から抜け出すことが出来たのであった。
ぽこん。
廊下の天井の埃をはたきで払い落としていた深赤は、後頭部に感じた小さな衝撃に手を止めて振り返った。
けれどもそこには誰も居らず、足元に目をやると丸めた紙屑が1つ落ちているだけだった。
「今の……これ?」
とりあえず深赤は紙屑を拾うと、そばに置いていたゴミ袋の中に入れた。そしてまた埃取りに戻ると――。
ぽこん。
後頭部にまた小さな衝撃が。振り返っても誰も居らず、足元にはさっきと同じく丸めた紙屑が1つ。再び拾い、ゴミ袋へ。
ぽこん。
またまたである。
「誰っ!?」
辺りをきょろきょろ見回す深赤。当然のことながら誰も居らず、深赤は狐に摘まれたような表情を浮かべた。
さてはて、これらの事態は何者の仕業であるのか。一部の人間は何となく察しがついていたが、参加者の大半であるあやかし荘の一般住人には分からない。
そんな参加者たちに対して明確な解答を示したのは、誰あろう零であった。
「真名神さんの式神だと思います」
草間興信所で、慶悟が式神を使役している所を何度も見ていたからこそ分かることであった。そしてその言葉を裏付けるように、陣笠の者があちこちで目撃されている。
さあ誰の仕業かは分かった。となると、次はどう対処するかだ。その時、誰かが言った。
「使ってる奴を倒せばいいんじゃないか?」
「おお、グッドアイデア!」
よりにもよって、それに同調する者が居た。それも何人も。
「じゃあどこに居るか探すために、見回りだな!」
「あ、まるで新撰組みたいじゃん!」
「よし、あやかし荘新撰組だ!!」
「おーっ!!」
こうして瞬く間に、『あやかし荘新撰組』なる部隊が陣営の枠を越えて有志住人によって結成されたのであった。
……って、ちょっと待てい。何でそうなるんだ?
●刺客登場、剣客参上【14】
「あと45分です」
どこからともなく、残り時間を告げる葛の声が聞こえてきた。
ちょうどその頃、恵美率いるブルー軍は最大のピンチに立たされていた。
「ふっふっふ……ブラック軍参上!」
「お命ちょうだ……じゃなかった、この場を汚させてもらう!」
「さあ観念してもらおう!」
何と恵美とレベルの2人だけになっていた隙を突かれ、ブラック軍の刺客3人に取り囲まれていたのだ。
ひとまず相手の出方を窺う恵美とレベル。すると刺客の1人がみかんの皮を、これでもかこれでもかというくらい持ち出してきた。
「そりゃーっ、みかんの皮爆弾じゃーっ!」
刺客がみかんの皮を恵美とレベルに目掛け、雨あられと投げ付けてきた。しかし、その瞬間である――刺客の前に影が飛び出してきたのは。
「おはん等か弱き女性相手に何しとるばい!!」
それはデッキブラシを手にした昇であった。昇は巧みにデッキブラシを操ると、柄の部分でみかんの皮をことごとく真下へ叩き落としていた。
「う……くそっ!!」
みかんの皮を投げ付けた刺客は適わぬと見るや、その場から離脱した。だが残された刺客は、まだ攻撃のチャンスを窺っているようであった。
いや、窺っていただけでなく、攻撃準備に入ろうとしていたのだ。何か……生卵らしき物を取り出そうとしていたのだから。
けれども刺客2人はレベルを見て、急に恐怖の表情を浮かべたのである。
「ひ……ひぃっ!?」
「あうあうあうあうあう!」
瞬く間に逃げ出す刺客2人。それを見て、恵美が不思議そうにレベルへ尋ねた。
「何をやったんですか?」
「いいえ、特に何もしていません。目を見開いて、少し威圧をしただけですよ」
目を閉じたまま淡々と答えるレベル。……それだけであんなに怯えるものだろうか。謎である。
「う〜、おいどんグラグラ来たぁ!」
それはそれとして、未だ昇は怒りモードのようであった。刺客も去ったというのに。
「どうしたんです、足立さん? 何だかさっぱりとした感じですけど……あ、肌がちょっと赤いかも」
「管理人さん、よくぞ聞いてくれたばいね! イキナリ入ってきたあの2人に、勝手なことばされたとよ!」
昇が語る所によるとこうであった。零とフェイリーに部屋へ踏み込まれ、部屋の惨状に怒った2人が昇を風呂場へ連行して、デッキブラシで本人ごと洗ったというのだ。
それでしばらく気絶していて、ようやく先程立ち直って着替えてこの場に現れたという訳だ。
「こうなったら、おいどんも管理人さん陣営に参戦させてもらうばい!」
という訳で、昇が電撃的にブルー軍へ加わり、この後もブラック軍の妨害を阻止してゆくことになるのだった。
●ハーモニー【15】
「三下サン……何でさぁ、何もない所ですっ転んでんだよ」
深い溜息を吐き、要は目の前に居た三下に言った。ちなみに今の三下、泥を頭から被ってまるで全身泥パック状態だ。
「だから、さっきから糸がぁぁぁぁぁっ!!」
「そんなもんどこにもねぇって!」
三下は糸に引っかかったと主張するのだが、要はどこをどう見ても糸は見当たらないと主張する。平行線であった。
(拉致んの失敗したかぁ?)
あまりにもの三下の自爆の多さに、要はブラック軍へ引き入れたことを少し後悔していた。
「あー、もうここいいや。そのまんま、向こう行ってくれよ。だいぶ綺麗になってたからなぁ」
少しいらついた口調で、三下に指示を与える要。
「へ?」
「いいから向こう行けって!」
「は、はいっ!!」
要の怒鳴り声に驚きおののき、慌てた様子の声が2つ聞こえてきた。……え、2つ?
振り返る要。するとそこには、床を掃いていたみかねが目を丸くして要たちの方を向いていた。どうやら近くで命令が聞こえたため、つい返事をしてしまったらしい。
「す、すみません〜っ!」
パタパタと廊下を走り去るみかね。遠くで何かが崩れる音が聞こえていた……。
●心配の種【16】
「きゃっ!?」
深赤は短く悲鳴を上げた。そばに積んであった段ボール箱が、突然崩れ落ちてきたのである。幸い埋もれたりぶつかったりというようなことはなく、寸前で回避することは出来たけれども。
「あー、もうっ。しょうがないなあ……」
偶発的か意図的か分からないけれども、崩れた以上は片付けないといけない。深赤は崩れた段ボール箱を、元の通りに積もうとした。
「手伝うわ」
近くを通りがかったシュラインが、その光景を見付けて手伝いに加わった。
「あ、ありがとうございます」
さすがに1人より2人だと早い。てきぱきと作業が進んでゆく。作業の間に、シュラインは経緯を聞いていた。
「そう、急に崩れたの。でも段ボール箱でまだよかったわ。もし割れ物や危険物だったら、怪我してたかもしれないでしょ?」
「そうですね。ほんと、幸運でした」
心配してくれたシュラインに対し、にこっと笑って深赤が答えた。
「壊れそうな物とか……きちんと危なくなさそうな所にいくつか動かさせてもらったけど、大丈夫なのかしら? むー……」
思案するシュライン。さて、どうなんでしょう?
●天誅!!【17】
管理人室――慶悟はまだここに居た。
「のんびりしたものぢゃな」
嬉璃がじーっと慶悟を見つめる。
「……それなりに忙しいんだがな」
笑みを浮かべる慶悟。一見のんびりしているようであるが、こう見えても時折視聴覚を式神たちと連導させているのだ。
「向こうが一生懸命清掃しているんだ……ゆえに、こちらも全力! を尽くして散らかしている」
「もっともらしくは聞こえるのぢゃが」
嬉璃も笑みを浮かべた。と、そこに綾が飛び込んできた。
「大変や! あやかし荘新撰組が探しとるで!」
『あやかし荘新撰組』……再度の説明になるが、それは式神たちに散らかさせている慶悟を探し出し、粛正しようという陣営の枠を越えた組織である。
そして『あやかし荘新撰組』は、瞬く間に管理人室へやってきた。
「あやかし荘新撰組の見回りである! 真名神慶悟、天誅なりーっ!!」
『あやかし荘新撰組』の面々が、どやどやと管理人室へ押し入ろうとした。ところが、目に見えない何かに阻まれたかと思うと、たちどころに全員追い出されてしまったのである。
「詰めが甘い」
慶悟はぼそっとつぶやき、煎餅に手を伸ばした。実は慶悟、念のためにここにも式神を配置していたのだ。
こうして『あやかし荘新撰組』はたいした成果を挙げることも出来ず、自然解消されるのであった……。
●謎の落雷【18】
「すみません、手伝っていただいて」
フェイリーはほうきで床を掃いていた皇騎にぺこりと頭を下げた。
「いえいえ、せっかくですから」
笑顔でそう返し、皇騎は床を掃き続ける。
「ここの住み心地はいかがですか?」
「ええ、皆さんとっても親切にしてくださいます」
皇騎の問いかけに、フェイリーは嬉しそうに答えた。
幽霊であるフェイリーがこのあやかし荘に住むきっかけとなった事件に関わった身としては、この質問はしておかなければならない物であった。が、フェイリーの答えを聞く限り、今後とも安心出来るようである。
「皆さんが手伝ってくださるおかげで、どんどん綺麗な範囲が広がっている気がします!」
「そうですか、それはよかった」
笑顔で言うフェイリーの言葉に、皇騎はうんうんと頷いていた。
しかし、皇騎の動きをよくよく観察していたらきっと気付いたことであろう。皇騎が必要最低限の範囲しか、床を掃いていないということを。
傍目には一緒に掃除をしているように見えるが、実質はそうであるとはちと言い難い。けれどもそれも仕方がない。皇騎にも事情があるのだから……。
とその時、窓の外で激しい稲光が起こった。
「雷ですか?」
フェイリーが窓の外を見た。しかし、外には青空が広がっていた。雷など、とても発生しそうにない。
「いや……罰でしょう。やんちゃが過ぎた輩へのお仕置きですかね」
くすっと笑って皇騎が答えた。
●こんがりと【19】
「あと20分です。秒で表すなら1200秒です」
葛は淡々とそう告げると、台所に戻った。すでに葛の中では掃除は終わりを迎え、すっかりご飯作りに意識が向いていた。
大きな炊飯器では栗ご飯を炊いている。焼き網では、脂がのって丸々と太ったさんまを次から次に焼いている。そして、大きな寸胴鍋ではさつまいもを使ってさつま汁まで作っていた。もちろん人数分以上、至れり尽せりだ。
「やはりちまちま作るより、大量に作るとやりがいがあるなあ……」
感慨深気につぶやく葛。何というかこれだけ作ると、まさしく『料理した!』という気分になるものだ。
あやかし荘の中には、美味しそうな匂いがすっかり漂っていた。それに導かれるように、桐伯が姿を現した。
「おや。アイアン・シェフまで甦りましたか」
桐伯がさらっと言った。いやまあ、その言葉が全く違和感ない格好ではあるのだけれども。
「あう〜……」
と、そこに柚葉が現れた。真っ黒焦げになって、ふらふらとして――。
「……どうした?」
「急に雷が〜……はう」
柚葉はそう言い残すと、その場にぱたりと倒れ込んでしまったのだった。
●三下の惨劇【20】
「よし……こんなもんかな」
裕介は額の汗を拭った。庭仕事も間もなく終わりを迎えようとしていたのだ。
草むしり、落書き消し、掃き掃除……裕介は能力をフル回転してそれらを1人でこなしていた。全力投球である。
裕介は残り時間を確認した。あと3分、ちょうどよい頃合だ。
「後は時間までこの状態を維持して……ん?」
その時、裕介は庭の角の辺りで黒っぽい大きな物体があることに気付いた。
「……何だあれ?」
慎重に黒い物体へ近付いてゆく裕介。そして気付いた。黒い物体ではなく、黒焦げになった三下であると――。
「なっ!?」
裕介は驚き、慌てて三下に駆け寄った。
「おいっ、何があった!」
「うう……柚葉さんの手伝いをさせられてる途中で、突然雷がぁぁぁ……。僕は今日はお休みなんですよぉぉぉぉ……」
涙を激しく流しながら、そう三下は裕介に訴えるのだった……ああ、哀れなり。
●勝者発表【21】
「終了!」
設定時間を過ぎ、桐伯の声があやかし荘に響き渡った。それを合図に、参加者がぞろぞろと戻ってきた。
同時にシュラインが審判役の者たちから得点表を回収し、計算を始める。やがて出た結果を、桐伯へと手渡した。
「……なるほど」
結果を見た瞬間、桐伯はおやといった表情を見せた気がした。
「いよいよ勝者の発表ぢゃ」
嬉璃がそう言うと、桐伯に結果の発表を促した。
「勝者は……」
じっくりと溜めを作った後、桐伯がついに勝者を発表した。
「独立勢力、田中裕介!」
何と――恵美・零・フェイリーを差し置いて、裕介が優勝したのである。
そうなったのにはもちろん理由がある。他の陣営は屋内でパイを奪い合ったのに対し、裕介は屋外に対象を絞ったのだ。
屋外は妨害も少な目であったことも幸いし、量という面で優位に立ってそのまま辛うじて逃げ切ったのである。
ちなみに以下、恵美率いるブルー軍、フェイリー率いるレッド軍と柚葉率いるブラック軍が同順位、零率いるイエロー軍、その他独立勢力と順位は続く。
「さて……俺が一番になったことだし、3人には罰ゲームを受けてもらうか」
裕介はそう言い、どこからともなくトランクを取り出すと、その中からシーツを引っ張り出した。
恵美・零・フェイリーは揃ってぶんぶんと頭を振った。『聞いてない』と言わんばかりに。当たり前だ、聞いちゃいなかったのだから。
そして裕介は、3人を頭からすっぽりと覆うようにシーツを被せた――。
●戦い終わって【22A】
勝負の終わった後、一同は葛の作っていた栗ご飯・焼きさんま・さつま汁に舌鼓を打っていた。シンプルではあるが、掃除の後にはありがたいご馳走であった。
「だからね、掃除の技能についてなら競うのも分かるけれど……愛を持ってって部分についてなら、優劣の問題じゃないと思うのよ。3人ともその辺り、根本的に何か間違えてなかったかしら?」
シュラインは恵美・零・フェイリーを前に、こんこんと諭していた。3人ともうなだれて聞いているのだが……何故か揃いも揃ってメイドさん姿であった。元々メイドさんであるはずのフェイリーは、普段と違うメイド服を何故か着ていた。
実は……これが裕介の言う罰ゲームであった。『今日1日、用意したメイド服で過ごしてもらう』と。
裕介としては勝った上に、3人にメイド服(よく見れば、各々デザインが異なってる!)まで着させて満足。
他の者も掃除は疲れたけれども、葛の作った美味しい料理でお腹を満たすことが出来たのだから、まあ満足。
恐らく実質的な敗者は、恵美・零・フェイリーの3人であるのだろう。各々が自分が一番掃除への愛を持っていると主張していたのだから……。
その後、あやかし荘では掃除の優劣を競うというようなことは行われなくなったということだ。
ま、それがいいでしょう――あやかし荘の平穏のためには。
【クリーン・ディプロマシー 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
/ 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 1098 / 田中・裕介(たなか・ゆうすけ)
/ 男 / 18 / 高校生兼何でも屋 】
【 1312 / 藤井・葛(ふじい・かずら)
/ 女 / 22 / 学生 】
【 1358 / 鬼柳・要(きりゅう・かなめ)
/ 男 / 17 / 高校生 】
【 1370 / 久々成・深赤(くぐなり・みあか)
/ 女 / 16 / 高校生 】
【 1823 / レベル・ゴルデルゼ(れべる・ごるでるぜ)
/ 女 / 20代後半? / 家事手伝いだったり錬金術師の助手だったり 】
【 1901 / 足立・昇(あだち・のぼる)
/ 男 / 20 / 大学生(東京大学法学部) 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ゲームノベル あやかし荘奇譚』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全32場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、あやかし荘での戦略的大掃除の顛末をここにお届けいたします。さて、タイトルの元ネタはそのまんまですから、分かる方はすぐ分かるかと思いますが、いかがでしょう?
・今回のお話の結果、何故こうなったかは本文中でも少し触れていますが、こちらでも説明を。まず最初に、高原は恵美・零・フェイリー・柚葉各々の傾向を設定していました。そこに皆さんのプレイングの影響を加え、ランダム要素としてサイコロも使用いたしました。ここで重要なのは、今回はプレイングがかなり影響していることなんですね。なので、もしある陣営に極めて偏っていたならば、そこが一番勢力を伸ばし勝利していたと思います。
・ところが、中立や独立勢力やブラック軍へ回った方の割合が予想より高かったんですね。掃除の範囲は限られている、すなわちパイは有限な訳です。陣営が増えるとそれだけパイが減る、そして妨害者が増えると状況は混沌としてくる。そのため、計算してゆくと抜きん出た陣営が出にくくなったんですね。
・さらに、高原は基本3陣営の目を屋内に向けていました。なので屋外を選択すると、先の説明で言う所のパイをさほど競合せずに取ることが出来た訳です。その結果が本文です。ちなみに、各順位のポイント差は1〜2ポイント。どこが勝っても本当におかしくありませんでした。ちなみに、三下には基本的にマイナス属性を設定していました。ブラック軍以外だと、大幅なマイナスになっていたかと思います。
・トータルとしては、あやかし荘は勝負開始前より綺麗になっていますので、掃除の意味はあったということです。
・シュライン・エマさん、63度目のご参加ありがとうございます。シュラインさんのプレイングはですね、評価基準に影響を与えました。言い方を変えれば、評価ポイントの項目が増えたんですね。掃除に対する考え方は、それで合ってると思いますよ。なので、最後にあのように。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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