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永遠の白
手の平にあるキラキラと輝くかけらを見せて、みなもは今日あった出来事を楽しそうに話す。
「なんとか戻れたんですけど、真珠になっていく時は少し怖かったです」
「まあ、それは大変でしたね」
ゆらゆらと湯気の立つティーカップを手に、お茶の時間に話題に上ったのはその話。
ステータス異常ウイルスが、感染した物に色々な効果を与えたのだという。
みなもが変化したのは、美しい真珠。
「でもキレイだったんで、少し持って帰ってきちゃったんです」
みなもの手の平にある白いかけらがその名残だ。
淡い光沢を放つこのかけらがみなもの体を余すところ無く覆っていたのかと考えると、その場にいなかった事が悔やまれる。
さぞかし、美しかっただろう。
「本当に、キレイですわね」
その日の話題はそこで終わったのだが、そう思っていたのはみなもだけだったらしい。
後日、みそのは一人IO2本部へ訪れ、どういう交渉をしたのか知らないが……話題に上ったステータス異常ウイルスを手に入れてきたのである。
小瓶の中に詰められたそれは、ダイヤを細かく砕いた極微量のかけら。
「お姉様、それは?」
嬉しそうに差しだした小瓶に、つい最近の事と慣れていたからすぐに状況が理解できたのかみなもは困ったように笑う。
「みなもがあんまり楽しそうに話すものですから、わたくしも見たくなってしまいましたの」
「でもどうやって……?」
確かに悩むのも当然だ。
みなもはあのウイルスがダイヤに戻ったのを見ているのだから。
「少々お願いして、制御できる事を理解していただいてウィルスの状態にして貰いましたの」
灰にはできなかったが、効果は変わりが無かったようだし灰よりもこの方がキレイだ。
何はともあれ手に入って良かったと思う。
「良く持ち出せましたね……」
「お願いしたら、少しだけという条件でこころよく分けていただきましたよ」
その『お願い』に付いて詳しく聞かないのはお約束。
そしてあえて質問を避けていた事もある、そっちは聞く必要があるだろう。
覚悟を決めたように見え、結局はためらいがちに聞いてくる。
「やっぱりそれの使い道って……」
「みなもの真珠姿をどうしても見たくなってしまいまして」
「やっぱり、そうなんですね」
困ったような表情とは反対に、みそのの胸はこれから見れるだろうみなもの姿を楽しみに高鳴っていく。
永遠の白。
そんな言葉が似合うほどに、みなもは純粋で清く……淡い光を放ち続ける存在なのである。
「みなもがどうしても嫌だとおっしゃるのなら諦めますが……残念です」
それを表すように、みそのが少し寂しそうにそう言うだけでみなもは顔を上げて首を振った。
「違うんです、少しビックリたしただけで。それにお姉様ならちゃんと元に戻してくれるって解ってますから」
「では、いいんですね?」
「はいっ」
元気良く頷くみなもに微笑みかけ、
「それでは、始めましょうか」
どこからとも無く取りだしたカメラを手に、そう言った。
ステータス異常ウイルスは効果が不安定だと言ったが、流れを見極め操作すれば前と同じ効果を出す事は可能なはずだ。
元々は呪いなのだから、その呪いを理解し不安定な流れを操作すればいいのである。
しかしせっかく真珠にするのだから、どういう姿で固まるのかも決めたい。
みなもにしかできない、みそののためだけのアート。
「薄着のほうがいいですわね」
「は、はい……」
言われたとおりに服に手をかけるが、ジッと見ていると流石に視線が気になり始めたらしい。
「少し恥ずかしいのですが……」
「どうしてです?」
「どうしてって、あの……いえ、いいです」
寒くないようにしっかりと暖房は入れてある。
ほぼ何も着てないと言っても過言ではない下着姿になったみなもはドキドキとする胸を押さえ呼吸を一つ。
落ち着いてから、ニコリと微笑む。
「では、始めましょうか」
緊張した面もちでうなずいたのを確認してから小瓶の蓋を取り、さらさらと流れだした光のかけらがみなもの周りを包むように流れ始めた。
かけらの流れを操るのは容易い事。
けれどウイルスほどの細かさを持ち、呪いのように不安定な形状をした物を流れに乗せ繰るのは最初こそ慣れなかった物の、一度コツを掴めば後は簡単。
少しずつ浸透していく光がみなもの体に浸透していくにつれて表面から光沢のある真珠へと変化していく。
「………んっ」
「大丈夫ですか?」
「はい、でもちょっと暑いです」
たじろぐように身をよじると桜色に染まった肌と、白く輝き始めた真珠の光沢と合わさりとても魅力的だった。
その事には触れずにシャッターを切る。
「どのような暑さですか?」
「なんだか、お湯に使ってるみたいです」
流れを浸透させるために、血液の流れが良くなっている所為だろう。
それを説明し、安心させる。
「大丈夫ですわ……もう少しの辛抱です」
「はい」
ホッとしたように笑うみなもの表情も写真に押さえておく。
そろそろ動きづらくなる頃だろう。
全身を覆う真珠が、遙かに生身よりもずっと多くなっている。
立ったままの姿で、両腕を抱くような姿で固まり始めた。
美しい真珠の完成を前にしてみそのはウットリした表情でその変わり行く姿を眺める。
「素敵ですわ……」
「んっ、お姉、さま……」
そこで言葉は途切れた。
話してくれた時とは違い、今回はそうなるように調整したのである。
意識の一欠片までも完全に消えたのは明かで、みそのはため息を付くようにみなもへと手を伸ばす。
白く輝く光沢、つややかな光沢を持つ手触り、ヒヤリとした表面のその奥には生命の流れる様がハッキリと感じ取れた。
生きた芸術。
調節したおかげで前よりも真珠としての質も上がり、みなもの美しさを表現できるように細部までより細かく変化しているだろう。
みそのだけの宝石。
本当なら、こんなに美しい姿は独り占めにしておきたかったが……より美しい真珠に出来た事で満足しておこう。
「わたくし意外の前で、そんな素敵な姿をしてはいけませんわ」
シャッターを切り、みなもの姿を写真に残しておくべく写真を撮り続けた。
今は、これで我慢しておこう。
これからもみなもの美しさを色々な形で残しておきたいのだから。
それからウイルスを取り除き、元の状態に戻した頃にはみなもは流石に疲れたのかソファーの上でよく眠っている。
体調を崩さないように毛布を掛け、少し残っていたフィルムに気付く。
だから、寝顔を一枚。
真珠姿も美しかったが、こちらも可愛らしい……そう思ったのだ。
剥がれ落ちた真珠のかけらを集め、部屋を後にする。
「お休みなさい、また明日」
また明日。
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