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ホスト・ホステス大募集!
【オープニング】
「金が……金が無い」
草間武彦の哀れな呻き声が、ボロっちいけれど愛すべき我が家、草間興信所応接間に、虚しく響いた。
「いつものことじゃないですか」
義理とはいえ、妹とは思えない容赦のない発言で、ぴしゃりと零が草間のボヤキを一蹴する。俺はそんな冷たい娘に育てた覚えはない、と、育てた事実もないくせに、草間がぶつぶつと文句を言った、その瞬間。
ブブーッ、と、玄関の呼び鈴が鳴った。ぱたぱたと応対に出ようとする義妹を、草間が渾身の力で引きとめる。
「やばい! 零! 出るな!」
「え? ええ? でも、お客さんかも……」
「違う! 俺にはわかる。客じゃない! 敵だ!」
「て、敵?」
本人の好む好まざるに関わらず、草間興信所には、幽霊やら妖怪やら宇宙人やら、はては神様から妖魔精霊なんてものにまで至るような、実にバラエティにとんだ依頼が寄せられる。自然、敵も多くなってくるのだろう。
私が兄さんを守らなければ……健気に思う、大日本帝国最終戦闘機・心霊兵器プロトタイプ零。
が、敵は、そんな彼女の力をもってしても、いかんともしがたい存在だった。なぜならば……。
「大家だ! もう家賃を三ヶ月も溜めている!」
それは怖い。確かに怖い。零の力をもってしても、抑えることは不可能だ。だんだんだん、と、扉を割れんばかりに叩く音。がなり声。
「草間さん! いるのはわかってんだよ! さぁ、家賃滞納分、二十一万六千円、耳を揃えて、払ってもらおうじゃないか!!」
嵐のような一時だった。大家の怒声罵声攻撃に、五年分は気力を使い果たした、草間武彦三十歳、独身。本人にしてみれば哀れなことこの上ない話なのだが、なぜか、周囲の人間からは、失笑、嘲笑、冷笑が飛び交う。
人の不幸は見ていて実に面白い。草間興信所の下請け調査員は、一筋縄ではいかない輩ばかりである。
と、そこに、さながら菩薩か女神様のような声が響いた。
「あの、草間さん。よろしかったら、うちのパーティーで、バイトしませんか?」
声の主は、天下の大財閥、東条グループ本家令嬢、東条舞。用事もないのに草間興信所に遊びに来て、大家の家賃払え攻撃に本気で怯える草間の姿に出くわしたわけである。慈悲深い令嬢が、救いの手を差し伸べようとするのは、当然といえば当然の話だった。
「明日、帝国ホテルで、東条家主催のパーティーがあるんです。でも、その……さくら、が、ちょっと足りなくて。早い話、壁の花になっている方に積極的に声をかけたり、ダンスをしたり、お喋りの相手をしてあげたり……ええと、ホスト、ホステスみたいなことをするわけですから、あんまり良いお仕事ではないのですけど……。一応、バイト代は七万円ですから、悪い話じゃないと……」
やらせてくれ!
草間がそう叫ぶ前に、もっと素早く、他の者が動いた。
「はいっ! 立候補!」
哀れな草間を踏み台にして、名乗りを上げる、客人たち。いつも草間に仕事をもらっているくせに……否、押し付けられている故か。
彼らの間に、友情はない。
「貴様らぁぁぁ!!!」
草間の貧乏生活は、まだまだ続く……。
【仕方ないから】
「武彦さん。何時の間に、これだけ滞納したの?」
シュラインは、草間が、ここ二ヶ月分の家賃を既に滞納していたことは、知っていた。
金にならないような妙な依頼ばかり連続して舞い込んでしまい、ただでさえ余裕の無い興信所の財政が、すっかり大打撃を被ったのだ。
だが、ほんの一週間ほど前、運良く浮気調査の仕事が入ってきて、難は逃れた。どこにでもいる平凡な主婦は、三十万円というそれなりの報酬をちゃんと現金で渡してくれて、それが諸々の経費に充てられたのだ。したがって、住処に金も支払えないほどに困窮しているはずが、ないのである。
「あのお金、いったい、どこに行ったの?」
しかし、現実問題として、家賃は三ヶ月分も溜まっている。
草間は、安物の煙草をふかしながら肩を竦めただけで、以後は、貝のように口を閉ざしてしまった。
こうなると、どう頑張っても、草間から返答は得られそうにない。妥協も融通も知っているはずの探偵が、時々、呆れるほどに頑固な一面を覗かせることを、シュラインは、長年の付き合いの中で、ちゃんと知っていた。
「まったくもう……」
とりあえず、金が無いのは事実なのだから、バイトは受けた方が良いだろう。が、肝心のホステス業が終了するまでは、自分の分も興信所に援助してやるなどとは、露とも口にする気はない。
「場所は……帝国ホテルよね。時間も教えてくれる?」
東条舞に、愛想よく尋ねる。草間が、横で、露骨に顔をしかめた。
「……ホステスだぞ。本気でやる気なのか?」
「面白そうじゃないの。珍しい料理もたくさん出そうだし、何事も経験よ」
「経験ね……」
まだ十分に楽しめるはずの、吸い始めの煙草を、乱暴に灰皿に押し付ける。イライラしたときの草間の癖だ。
急に不機嫌になったことはわかったが、シュラインは気付かぬふりを決め込んだ。ホステスだろうが何だろうが、瀟洒なパーティーに着飾って出席するのは大いに楽しみだったし、豪華一流の帝国ホテルの料理にも、惹かれるものがあった。
思わぬ人物に会えるかもしれない。思わぬ話も聞けるかもしれない。そこで誰かに見初められたら、玉の輿よねと冗談めかして笑ってみたが、彼女の容姿なら、決して夢物語ではなく、現実に起こり得そうなことである。
「……好きにしろ」
所長のお許しも出たことだし、男の気も知らないで、大いに楽しんでやろうと、とことん呑気なシュラインだった。
【会場にて】
パーティーだからといって、借り物みたいな豪華絢爛な衣装は、シュラインの好みではない。
黒のハイネック、ノースリーブスのワンピースに、それだけでは寒いので、ショールを引っ掛けてきた。あくまでも主役は招かれた客人たちであるので、アクセサリーも大人しい物に限った。
めぼしい飾りは、左手首に飾った、カルティエのプラチナの三連リングだけだ。他の女性陣と比べると、随分と控えめな出で立ちである。
が、それでも、はっきり言って、シュラインは目立っていた。
「これって……フランス料理?? でも、使っているのはフカヒレよね。中洋折衷なのかしら」
密かに熱い視線が送られてきているのだが、本人は、男どもの賞賛の眼差しより、既に珍しい料理の方に夢中である。どこぞからメモ帳を取り出して、一生懸命、草間家の食卓に彩を添える新メニューの手本にするべく、細かな書き込みを行っていた。注目には、恐ろしいほどの無関心だ。
それに加えて、草間の存在。
この男、一応ホストをしに来たはずなのに、全然、まったく、そんな自覚はないらしい。ボディーガードよろしくシュラインの斜め後ろに張り付いて、サングラスの奥から、周囲を睨めつけているのである。
草間は、日本人の平均身長を十センチ以上も軽く超える、かなりの長身である。おまけに、探偵などというヤクザな家業のせいか、目つきがあまり良ろしくない。ダークグレーのスーツのポケットに手を突っ込んで、仁王立ちしている様は、どう頑張ってもホストなどではなく、さながら暴力団対策課刑事か、闇組織の特殊諜報メンバーか。
シュラインと並んで立つと、まるっきり、トップモデルとその身辺警護員である。なかなか精悍なボディーガードですねと、何とか会社の社長に誉められたときなど、シュラインは、本気で笑い転げてしまった。
「あのね。武彦さん。いつまでも私に張り付いていなくていいわよ。一応、ホストなんだから、頑張ってお仕事してきたら?」
草間の表情が、ますます憮然としたものに変わる。
この男の性格からして、ホストなどという職業の真似事が、出来るはずもない。知っていて言うのだから、シュラインも人が悪い。
「……俺には、愛想笑いもお世辞も無理だ」
「興信所のお客には、愛想良いじゃないの」
「それとこれとは話が別だ!」
「お客相手にしているみたいに、ニコニコして話しかければいいのよ。難しいこと無いでしょ」
「お前な……」
「それから、そのサングラス! こんな会場に、そんなもの付けてこないのよ。ますます人相悪く見えるじゃないの」
「悪かったな。人相悪くて」
「七万円のためとはいえ、辛いわねぇ……で、あの主婦からもらったお金、何に使ったの?」
にっこり。
不意を付かれた草間は、咄嗟に、返事が出来なかった。
探偵のくせに、いかにも慌てた様子で目をそらす。ひっぱたいてやろうかと、シュラインは思った。この人目のある会場で、それをすれば、かなり目立つに違いない。基本的に注目を浴びるのが嫌いな草間には、それだけでも、十分すぎる薬になるだろう。
「何に使ったの?」
「仕事してくる」
憮然としたまま、草間が、大股で歩いていった。
いじめすぎたかしらと軽く肩をすくめて、シュラインも、反対方向へと歩き始めた。
【帰り道】
帰りは、歩きだった。
経費節減のために、タクシーは使わない。時刻はまだ九時をまわったばかりであり、公共の乗り物はいくらでもあった。地下鉄とバスを乗り継いで、興信所近くまで来たとき、細い道の曲がり角に、ぽつんと女性が立っていることに気が付いた。
「あら……」
驚いたことに、それは、いつかの浮気調査の主婦だった。以前は、ひどく疲れた顔つきをしていたのだが、今日は、見違えるほど、さっぱりとした表情をしている。格好も、きちんとしたスーツに身を包み、生活に疲れた主婦というよりは、新人社員のような生気に溢れていた。
女性は、草間の姿を見ると、深々と頭を下げて、やや慌てた様子で、一枚の封書を差し出した。
「ありがとうございます。草間さん。改めて、依頼料を、お渡しします」
シュラインが驚いて草間を凝視する。探偵は、封書を受け取る前に、もういいのか、と短く尋ねた。
「今日、正式に、あの人と離婚できました。これから、私は、自由です。頑張って働いて、すぐにあんな男なんか、追い抜いて見せますよ」
笑顔に、曇りはない。無理をしているようにも見えない。草間は、今度こそ封書を受け取った。中には、一週間前には受け取らなかった三十万円が、入っている。
「離婚やら、娘の養育費やら、家のゴタゴタで、お金がかかるから、支払いを待って欲しいって無理なお願い、聞いてくださって、ありがとうございます」
草間は黙って頷いた。あえてシュラインの方は見ないようにしている。元主婦が去った後、ポケットを探り、煙草を取り出した。
ライターを忘れていることに気付き、舌打ちする。エマが、笑いながら、草間に火を差し出した。
「支払い、待ってあげてたなんて。言ってくれれば良かったのに」
「下手をすれば、もらえない可能性もあったからな」
経理担当のシュラインには、言い出しにくかった。草間は正直に白状する。
「今回のバイト代、思わぬ臨時収入になっちゃったわね。あのボロボロ黒電話と玄関の呼び鈴、新しいものに買い換えようか」
「七万じゃ、二つは無理だろ」
「十四万よ。私の分も合わせて」
「とことんタダ働きが好きだな。お前は」
「所長の教育の賜物かしらね。質素倹約とボランティア精神が身に付いてしまっているのよ」
「…………世話をかける」
「あんまり素直だと、不気味よ」
「悪かったな」
何となく、沈黙が降りた。決して気まずいものではない。話したいことが無くなったわけでもない。黙って並んで歩いていることが、ただ、心地良かった。
弱い街灯の明かりの中に消えてゆく紫色の煙を見ながら、不意に、草間が、呟く。
「何処か行くか?」
「え?」
「いや……。何でもない」
「どこかって、どこ?」
「温泉とか」
「武彦さん。微妙におじさんくさいわよ」
「うるさい。ディズニーシーとか言えばよかったのか?」
「温泉の方が、いいわ」
「ほらみろ」
「どこへ行くか、早速、零ちゃんと相談して決めるわね」
なんだかんだ言って、嬉しそうなシュライン。自然と興信所へ戻る足取りも速くなる。
それとは対照的に、草間は少しばかり複雑な表情だった。だいぶ短くなってきた煙草を靴の先で踏み潰し、今度は、煙のない夜空を見上げた。
「二人で……って、意味だったんだけどな」
まぁ、いいか。
社員旅行だとでも思えば、それも、楽しい思い出になるのだろう。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【86 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【381 / 村上・涼 / 女性 / 22 / 大学四年、就職活動中】
【1252 / 海原みなも / 女性 / 13 / 中学生】
【1380 / 天慶・律 / 男性 / 18 / 高校生 兼 天慶家当主護衛役】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23 / 都立図書館司書】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
お名前の並びは、整理番号によります。
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■ ライター通信 ■
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ソラノです。
村上涼さま、天慶律さま、綾和泉汐耶さま、はじめまして。
シュライン・エマ様、海原みなも様、セレスティ・カーニンガム様、再びのご参加、ありがとうございます。
今回は、ほぼ完全に個別形式となりました。
特に事件も起こらず、皆さんそれぞれのプレイングを可能な限り生かしたいと思ったところ、どうしても個別作成にならざるをえず……。
キャラ同士の会話、関わり合いなどを楽しみにしておられた方には、申し訳ないです。
ただ、個別に作成したため、一人一人が完全に主役となっています。
みなもさんとセレスティさんのみ、二人同時参加です。そのため、長くなっています。それ以外の方は、完全に独立した話となっています。
(綾和泉さんの話にシュラインさんが出てきたり、天慶さんのストーリーにみなもさんや涼さんが登場したりと、時間軸は一緒です)
時間が許せば、全員の分も読んでみると面白いかもしれません。
広いパーティー会場で、それぞれがどんなトラブルに巻き込まれていたか、お楽しみください。
シュライン様へ。
二度目の参加、ありがとうございます!
シュラインさんは、やっぱり草間さんと一緒に登場させてしまいました。
さらに、今回の話の中では、草間→シュライン、という図式になっています。
書いているうちに、何となく、そうなってしまったというか……設定と微妙に違うかもしれませんが、ご了承いただけると幸いです。
それでは、またどこかでお会いできることを願いつつ……。
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