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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


東京黄昏蜃気楼

■オープニング■

 …以下、『マチカ』さんの書き込み。
「件のこの“バット”すげえよ! 打率滅茶苦茶上がったもん。ラッキー!」

 …以下、『りょー』さんの書き込み。
「件のこの“炊飯器”、電気がなくても御飯が炊けるんですよ。って言うかですね、御米を入れてなくても一度蓋を閉じて開けるとですね、ちょうど良い分量の新しそうな御米が入っていてしかも水加減も丁度良い。後はスイッチ入れるだけ。凄いですね。さすがに」

 …以下、『MIKA』さんの書き込み。
「件のこの“水筒”、あたしの大好きな紅茶が際限なく出てくるのー。しかもいつでも煎れたてって感じなのー。すごーい。嬉しいっ」

 …以下、『パピヨン』さんの書き込み。
「件のこの“口紅”、塗るたびに思った通りの色になるの。しかも似合う色にね。服とか体調――顔色によって色調も微妙に変化してくれる心遣いまであるの。これ一本だけあれば万全よ。ホントに運が良かったわ☆」

 …以下、『道化師』さんの書き込み。
「件のこの“枕”で寝るとすげー調子が良いんすよね。いやあ最近寝ても疲れが取れなくてああ年かなーと思ってたんすけど、この枕のおかげで快眠ですよ。起きた時爽やかだし。仕事も調子が良いし。かー。『迷ひ家』様々だね」

■■■

 …などなどなど。
 最近のゴーストネットの掲示板には何やらこの手の書き込みが増えている。
 しかも、場所は東京二十三区内限定の様子である。
 更に、『件の』、と付いてはいるが、その『物』自体には脈絡がない。
 何て事ない日常用品である。
 が。
 その効能が変である。
 便利過ぎるのだ。
 それも、有り得ないレベルで。
「『境目』を潜ってしまうと異世界に飛ぶ、かぁ…これだけ『証拠』がお持ち帰りされてるって事は本当なのかなあ」
 うーん。と悩みつつ、雫。
 最近よく聞く話。
 そこかしこにある『境目』を潜り『向こう側』に行ってしまうと、今まで歩いてきたのと同じ街並みが続いている事はいるが――何故か道行く人が誰も自分に気付かない。話し掛けても聞こえていない。
 ついでに幾ら歩いても目的の場所には着かない。
 ぐるぐるぐるぐる迷わされるような。
 何故か同じような道が延々続く。
 そして。
 歩き疲れた頃。
 気紛れに『その場所』は現れる。
 どうぞ入って休憩してやって下さいとばかりに扉が開かれた状態で。
 その中は、つい今し方まで人が居たような。
 けれど誰も居ないその『家』に招かれた場合。
 そこにあるものを、どれでも良いから何かひとつだけ持ち帰って構わないらしい、と言われている。

 ――言わば『遠野物語』にある『迷ひ家』、の出張版のような、そんな噂だ。

 …の割には、“炊飯器”とか“野球のバット”とか“口紅”とか、やけに現代染みた代物まであると言うハイカラな仕様である。
 面白そう…なのだが、肝心の雫自身はその『境目』に出会った事はない。
 すべては偶然…と言われている。
 ならば自分は運が悪い。
「うー。悔しいなあ。直に見たいなあ」
 ネットカフェのコンピューターの前で、じたばたと雫は暴れた。


■気になる人々■

 …ちょうどその時。
 ネットカフェにとてとてと現れたのは黒髪の美少女。
 何処か不思議な印象を与える、中学生くらいと思しき巫女装束の少女である。
 彼女はコンピューター前で何やら暴れている雫を見るなり、側まで歩いてきた。
「雫様? どうかなさいましたか??」
 そして雫の横から覗き込むよう、可愛らしく小首を傾げ問うて来る。
「…う〜っ…あ、亜真知(あまち)ちゃん!」
 亜真知と呼ばれた彼女――榊舟(さかきぶね)亜真知の存在に、そこで漸く雫も気付いた。
「あのねあのねあのね、最近カキコによくあるこの『迷ひ家』の件なんだけどさー」
 行ってみたいんだけど行けないのー!!!
 と、悔しそうに言いながらもまたじたばた。
 …まるで駄々っ子である。
「『件の』…ああ、『迷ひ家』ですか。確かに最近ネット上でよく見掛けますわね?」
 …『行って来た』方々の結果報告のカキコ。
 ぽむ、と両手を合わせつつ、亜真知は納得。これは雫なら確かに気になるだろう。自身でまだ行った事が無いとなれば尚更。
 亜真知としても興味深く思うと同時に、昔の知り合いにも本家『迷ひ家』が居たけどその関係者かしら? と少々気になっていた事でもある。
「やっぱり亜真知ちゃんも知ってるんだ…ねえねえ亜真知ちゃんは行った事ある?」
「いいえ。今のところ、雫様と同じく『気になる』止まりですわ」
「ふーん…むー、亜真知ちゃんでも駄目なのかなあ」
 雫は更に考え込む。
 それを見ていて亜真知がぽろり。
「…そうですね。ここは協力して探してみましょうか?」
 にっこり。
 微笑む亜真知に、雫は目をきらきらと輝かせた。
「うんっ!」
 元気良く頷く。
 と、話が決まったところで。
 店の入口自動ドアが開く。
 …なり。
「あ、やっぱり雫ここに居たっ!」
 聞き覚えのある元気な声が飛んできた。
 それを発した主は銀髪銀瞳の女の子。
 海原みあおである。
「みあおちゃん」
「みあお様」
「あ、亜真知も居るんだ! ちょうど良いや。皆で一緒に行ってみようよ! 最近噂の『境目』の『向こう側』! 『迷ひ家』っ!」
 偶然か必然か、後はまぁ御想像の通り。
 みあおに亜真知、雫の三人は純然たる好奇心から『迷ひ家』探しに立ち上がった。

■■■

 亜真知はその件に関しての書き込み――即ち体験談等の情報を様々な角度から分析している。
 体験談――即ちそれが一番頻繁に書かれているのはゴーストネットの掲示板の書き込み――を、周囲に気遣ってか正体を隠す為か、ネットに直にダイブをする事はしないで見ながら、うーん、と唸っていた。
「…あんまり共通点は無さそうですわね…あら、これなんか家を出た途端に『境目』を越えていたみたいですわ」
「わ、ホントだ。でもそれもちょっと焦るよね」
「行きたいと思う思わないもどうやら関係が無いみたいですし…いえ、ひょっとして…」
 ふと気付く。
「辻が多いかもしれませんわね?」
「つじ?」
 首を傾げてみあおが問う。
「…曲がり角や分かれ道に当たる場所です」
 そこで『境目』を越えたか、と気付いた方が多いようです。
「辻…確かに『らしい』よ! それなら。三叉路とか異界と通じるってよく言うし!」
 気が付いたように雫。
「そっか。じゃあ…確か“運が良く”なきゃ行けないんだよね、だったらみあおが雫に“幸運”あげてみるからさ! だからだから、それで亜真知の言うようなところ重点的に取り敢えず歩き回ってみようよ!」
 と、みあおが大声を上げ、真っ先にネットカフェから駆け出ようとしたその時。
 みあおの小柄な身体が、大きな身体――むしろ肥満といった方が良いような大きなお腹――にぶつかった。
 びっくりして見上げるみあおの目に飛び込んできたのは、大きな布袋を背負った、僧形にざんばら髪の大男。
「前見て歩かんと危ないェ?」
「あっ、ごめんっ! 大丈夫!?」
「…元気な嬢ちゃんやなァ。儂ァ大丈夫や。気にすンな。…ちゅうかな、ちょいと聞こえてもゥたんやが…嬢ちゃんらもあの『迷ひ家』が気になッとるンかェ?」
 どうやらこの大男――狸屋大仙(まみや・だいぜん)は、ネットカフェの前を通りすがるところで店内から気になる声が聞こえ、ふと中に入ってみようかと向かったところであるらしい。
 で、そこでみあおの突進を食らった様子。
「え、おじさんもひょっとしてお仲間!?」
「『迷ひ家』探しとるッつゥ意味なんじャッたら…御仲間だァな」
「そか、だったら一緒に行こ?」
「…初対面の儂なんぞがエェのンかェァ?」
「おじさんおもしろそーだからいいの。大歓迎っ!」
 結局、先程ぶつかってしまった大きなお腹に、再度ぎゅ、と抱き付きつつ、みあお。
 と、その後ろから巫女装束の美少女が、まあ、と口を押さえつつ感嘆していた。
「これは…大きな狸様ですね…」
 巫女装束の美少女――亜真知の声に、大仙はぱちぱちと目を瞬かせる。
「…いきなりそう来るたァ思わンかったな。嬢ちゃん、タダもンや無さそうやなァ」
「たぬき?」
 む? と難しい顔をして大仙を見上げるみあお。
「あァ。確かに儂ャア古狸だわな。つぅてもな、街中歩くンに大狸の格好じゃアさすがに配慮が足らんやろ」
「そっか、それでなんかちょっと違う気がしたんだ」
「…ってなァ、嬢ちゃんもわかるクチなんかィ?」
「霊感あるよー。それにみあおも鳥娘だし似たよーなもんだよきっと。うん」
 ひとり納得し、みあおは頷く。
 と。
「なあなあなあなあついでだから俺も連れて行かねぇ?」
 そんな声と共に大仙の後ろからひょっこり顔を覗かせたのは風体からしていい加減そうな金髪青年。
「それってあの、何かすんごいものが手に入るってあの話だろ? まぁ、俺的にはバットは要らねーんだけど、財布が欲しいなあってね。金がどんどん湧いて来るすんごい財布!」
「…」
 突然現れた金髪青年に…と言うよりその突拍子も無い科白に思わず一同は目を瞬かせる。
「…えーと、お兄ちゃん誰?」
「あぁっと名乗り忘れてたぜ。俺は丈峯天嶽(たけみね・てんがく)ってぇの。…ふふふ。これでバイトしなくて済むし、宝くじ買って拝みたくもねー神様に願掛けする事も無くなる訳だ♪」
「…あンまり欲ゥかいてもエェ事ないで? …気ィ付けヤ?」
 やや呆れ混じりの大仙に言われつつも、何処かにやけた天嶽にはあまり効いた様子が無い。
 …どうもこの丈峯天嶽、風体のみならず言動の方もいい加減そうである。
「あァ…そう言ヤ儂も名乗っとらンかったな。儂ァ狸屋の大仙じゃァ。よろしゥな」
「みあおはみあおだよ。海原みあお!」
「わたくしは榊舟亜真知と申します」
「あたしは瀬名雫! ゴーストネットの管理人です☆」
「ほォ、嬢ちゃんがあの掲示板の。記事がよゥけあって管理も大変やろォ」
「わ、お気遣い有難う御座います! でもでも、怪奇事件がたっくさんあって嬉しい限りなんですよ☆ 狸屋さんみたいな方ともお近付きになれるのがまた醍醐味で☆」
 にこにこと雫は大仙に返す。
「と・に・か・く。よろしっくな☆ 嬢ちゃん方に狸屋の旦那♪」
 下心丸出しの天嶽は、愛想良く皆に挨拶。
 …と、僧形の大男な大仙といまいち行動その他に不安の残る金髪青年な天嶽のふたりを加え、やや頼り甲斐の増した(?)一行は――改めて『境目』探しにネットカフェの表へ出た。

■■■

「…ってかいー加減疲れたンだけど」
 ぼやいたのは天嶽。
 亜真知の導き出した場所――辻――を重点的に、取り敢えず同行している皆にみあおが“幸運”を与え、改めて皆で繰り出してみた後の事。
 更に暫し後、同行している皆が歩くその後ろ、天嶽は真っ先に――ぐったりと上体を折り、両膝に手を突いて立ち止まっていた。 
 だがそれは実は同行している皆の言いたい事をすべてを代弁しているような科白でもある。
 大仙は…よくよく考えればみあおらと合流する前からややバテていたらしいので…息が上がるのも早かった。先程までは嬉々としてそこらの写真を撮りまくっていたみあおと雫もそろそろ足取りが重い。但し、亜真知に限っては平然と歩いてはいるが。…皆を気遣うように、大丈夫ですか? と声を掛けつつ。
「…丈峯の天嶽ちゅうたか…エエ若いもンがイの一番にバテたッちゅうんかい…ってさすがにそろそろ…そないな問題たァ違ゥンかもしれんがのォ…」
「みあおも疲れた…あ、カメラのバッテリーが終わってる。スペアと交換しなきゃ…」
「一応…『境目』は越えられた…みたいだけど…ここまで歩かされるとは…」
 覚悟が甘かった…と、カメラ片手にぐったり言う雫。
「そろそろ皆様本格的にお疲れですね…何処かお休みできるところがあると良いんですけど…」
 この際『迷ひ家』でなくとも何処か簡単なベンチでも良いですし。
 思いつつ、亜真知は辺りをきょろきょろと見渡す。
 と。
「…何ぞあそこの家の…扉が開いとるのァ気のせいかィな?」
 亜真知が何かを見付ける前に、大仙がそろそろとある場所に指を差す。
 そこを見て亜真知が、まぁ、と声を上げた。
「『迷ひ家』ですわ!」
 ぽん、と両手を合わせてのその声に、疲れ切っていた皆の目に生気が戻った様子。

 …そして何とかその家の前に到着し。
「…取り敢えず茶ァでも一杯頂いてもえぇんかィのォ…」
 何にしろひとまず休ませて欲しいわなァ…。
「ここが『迷ひ家』なんだー。ふーん。確かについさっきまで人が居たって感じだねー」
 脱ぎ捨ててある一揃いのサンダルを見、みあお。
 でもでも家自体はみあおの家とあんまり変わんないよー?
「確かに普通の一般の御家庭だね」
 ふむ、と頷き、写真を撮りつつ雫。
「こういう御宅では…確かに現代風の物も多く置かれているでしょうね…」
 感心したように、亜真知。
「よーっしゃ☆ そんじゃま、こっからは別行動で良いって事で♪」
 と言いつつ、先程までの疲れは何処へやら、足取りも軽く奥に入って行く――行こうとする天嶽。
 が。
「だめーっ。その前に皆で記念写真撮るのっ」
 と、みあおに引き止められ、取り敢えずその場にいた五人――疲れて座り込んでいる大仙を囲む形で、ぱしゃり。
 …で、その後は。
 結局皆、それぞれの興味の赴くまま…もしくは改めて休養を取ったりする為に、別行動を始めた様子。


■青い鳥娘な外見小学生さんの場合■

 みあおは休憩もそこそこに、たーっと『迷ひ家』の中を駆け回っていた。
「ホントについ今し方まで人が居たみたいな感じなんだー」
 ふーん。
 感心しながらカメラでぱしゃぱしゃ。
 景気良く写真を撮り捲くっている。
 けれど大丈夫。
 メモリとバッテリーは多めに持参してるから。
 だぁって、なかなか来れるところじゃ無いもんね〜☆ チャンスは最大限利用しなくっちゃ。
「…って思ったよりひょっとして部屋の数多い?」
 ふと小首を傾げる。
 外から見たところではみあおの家とあんまり変わらなかった気がする。
 だから部屋数もそんなもんかなーと思っていたのだが、案外そうでもないらしい。
「それに部屋ごとに…なんか趣向が極端」
 思いながらも、ぱしゃり。
 …ちなみにさっき入った部屋は…エスニック系の家具で揃えられていた安らぎの空間的な部屋だった気がする。
 で、今覗いてみた部屋は…何やら剥き出しのコードがうねうねしてる、ハッキーなPCルームばりな部屋だった。
「うーん…お持ち帰りの品はどーしよーかなー」
 ぱしゃり。
「お姉さんだったら何でも喜びそうだけど…何か洋服にしようかな?」
 みあおにはなんでだか良くわかんないけど、良く変わった格好してるから。
 考えながら、ぱしゃり。
「あ、こっちの部屋にクローゼットがある!」
 …お姉さんに良さそうな物を探してみよー!
 言って、みあおは写真を撮るのをやめ、がさがさとクローゼットを漁り出した。
「うわー、びらびら。これって何かのドレスかなあ? こっちは…あれ、これって…フード付きの…繋ぎの作業服みたいな感じだけどひょっとして中身ごと透明になる、これ? …うわやっぱり透明になるー! 面白そー、これにしよっと」
 嬉々としてみあおはその繋ぎの作業服めいた服を取り出し、畳む。
「よし。そんじゃ改めて、メモリとバッテリーの尽きるまで!」
 むん、と力一杯みあおは写真を撮りに走りまくった。

 そして暫し後。

 ぱしゃり。
 ちょうど最後のメモリが終了。
「…よっしゃ。この程度で良いかな?」
 うん。と満足げに頷くと、みあおは一緒にここに来た面子を探しに、再び、たーっと駆け去って行く。


■ネットカフェに帰還して■

 で。
 出発点でもあったネットカフェに――いまいち統一性の無い気がする五人組が帰還した。
 年若い――特にひとりは幼いと言ってもいい年格好の――お嬢さん三人、ざんばら髪に僧形の大男がひとり、金髪のお軽そうな青年がひとり。
「…あ、セレスと汐耶(せきや)だ!」
 そんな五人組の中から、まずネットカフェの中に声を掛けたのは幼い少女。
 みあおだ。
「みあおちゃん」
 カウンターの中でコーヒーカップ片手に何やらやっている銀縁眼鏡の中性的なお姉さんは綾和泉(あやいずみ)汐耶。
「ああ、みあおでは無いですか」
 カウンターを挟んで店長を前に、車椅子に乗った銀髪の美丈夫はセレスティ・カーニンガム。
「何してるのこんなところで――ってあー、ひょっとして!」
「『迷ひ家』ですか?」
「その通り。…その様子じゃ、雫ちゃんたちも無事行って来れたのね」
「うん☆」
 元気なみあおの科白が、その答え。

■■■

 暫し後。
 店長はセレスティから預った“懐中時計”を分解し終えていた。
「構造自体は特に変わった事のないゼンマイ式に見えるがね…ただ部品のひとつひとつが妙に精緻ではあるかな」
 …やりがいあるねえ…。
 しみじみ言いつつ、店長はセレスティの前で分解したその時計を、慎重に組み立て直している。
「ゼンマイ…と言う事は、本来、巻く必要がある筈ですね」
「そうは思いますが…『迷ひ家』製ってこたァ永久機関て事もあるのかも知れませんがねえ」
 構造的には真っ当過ぎるくらい真っ当でしたが…。
 ま、ゼンマイが切れるか切れないかは…それこそ時間が経たなきゃわからん事ですか。
 と、店長が“懐中時計”を組み立て直している頃。
 今ネットカフェに来訪した面子の――特に丈峯天嶽は何やら後悔しているような顔になってはぁ、と溜息を吐いていた。
「ねーねー丈峯、だーいじょーぶー?」
 きょろんと小首を傾げ見上げるみあお。
「そう言えば丈峯様は…何を頂いて来たんです?」
 ふと気が付いたように、亜真知。
 と、再び重苦しい溜息が天嶽の口から吐かれた。
「…俺、怖ェから持ってくるの止めた。やっぱ金の湧く“財布”よりマジメに金髪青年を雇ってくれる寛大な親分を探すのが先決だよな…」
「…何も持って来なくても構わなかったんですか」
「一応、あの場所の倣いだとは言ってたけどよ…別に強制じゃねえみてェだぜ。そもそも実際、俺何も持たずに出て来れてるし。いや、人の欲を試してるとか何とか言ってたなあそこの主…親切そうな顔して…つか顔は無かったな、親切そうな声と科白な割に…何だかおっかねえ奴だった…さりげなく脅されたぞ俺…」
「まぁ丈峯様も主様にお会いに?」
「お、あんたも会ったのか?」
「ええ。招いて下さって有難う御座いますとお礼を」
「…で、それ貰って来た訳か…って何ソレ?」
「“茶釜”ですわ。御存知ありませんの?」
「すまん。わかんねえ」
「今時の若い方は御存知無いのでしょうか…」
 悩むように小首を傾げ、亜真知。
 その仕草を天嶽は訝しげに見つめた。
「…って俺少なくともあんたより年上だとは思うンだけど」
「ああ、そうでした。失言ですわ」
 にこにこ。
「…“茶釜”かェア。榊舟の嬢ちゃん、随分風流なモン貰って来たなァ」
 茶釜ちゅうたら…ブンブク茶釜ッてェ茶釜に化けた芸達者な狸も居った気がするのォ。
「そう仰る狸屋様は…“包丁”ですか」
「あァ。何ならよォ切れる“包丁”が欲しいところやと思ォてな。ま、人間の欲を表した話やからの、鵜呑みはイカン気もしたンであまり期待はせンで、造りがよさげなのォひとつだけ有難く頂いて来たわィ」
 ちゅうかな、儂ァあそこで頂いた茶の一杯がいッとう美味かったァナ…。
「狸屋のおじさん『迷ひ家』に着いた頃にはぐったりしてたもんねー」
「…こン身体で歩くンは…どうも億劫でなァ…って海原の嬢ちゃんは“洋服”かい。何ぞ妙な形の服やナ…ッてそりャ嬢ちゃんの身体にゃ合わんサィズじゃ無いかェ?」
 確かに小柄なみあおの身体を考えると…少々、大きめである。
「みあおより大きくていいの! お姉さんへの御土産に貰って来たんだから☆」
「ほォ。嬢ちゃんは姉さん思いなンやなァ」
「で、御土産話はお姉様にするんだ! みあおの御土産はね、皆といっぱい撮った記念写真☆」
「あたしは“カメラ”貰ってきたの! 霊感無くてもばっちり心霊写真が撮れる“カメラ”!」
 ぐぐっ、と握り拳を固め雫は力説。…これで霊感の無いあたしでもばっちり怪奇現象が捉えられる! と。
 そんなこんなで和気藹々。
 が。

「ふぅん…ま、タダより高価い物は無いってね。取り敢えず皆、気を付けた方が良いとは思うよ?」
 セレスティから預った時計を慎重に扱いつつ、ネットカフェの店長はぽつりとそうのたまった。

 そんな中。
 店長のすぐ側にあるコンピューターの画面には、ちょうどゴーストネットの掲示板。
 そこには新たな書き込みがちょこちょこ増えていた。


■エピローグ■

 ………………で、最近のゴーストネットの書き込みの一部。


 ねえねえねえ、こないだ“バット”貰ってきたマチカさん交通事故にあったらしいよ。それも結構ひどかったんだって。
 で、一命は取り止めたらしいんだけど、肩壊して結局野球できない身体になっちゃったらしいよ。


 嘘それって怖い。確かマチカさんって野球で結構良いトコまで行ったって言ってたよね…?


 でも、あんまり期待しないでいるなら大丈夫だってよ? りょーさんの貰って来たって言うこないだの“炊飯器”なんかは効力消えちゃって普通の炊飯器になっちゃったらしいけど、それ以上は本人特に何も無いってさ。


 普通に使えるの?


 うん。普通に使う分には特に不都合は無いらしいよ? 当然ながら電気も要るしご飯もちゃんとといで入れなきゃだけどね。普通の炊飯器として実際今でも愛用しているらしい(笑)
 ちなみに僕もその“炊飯器”で炊いたご飯貰って食べました。炊き立ては普通に美味しかったです(笑)


 MIKAさんの場合“水筒”落として割っちゃったって泣いてた(笑)


 あ、それ私も聞いた。でもまぁタダで貰ったものだし仕方無いか、ってすぐにあっけらかんと立ち直ってたよ? MIKAさんらしいと思わない?(^^)


 そう言えばパピヨンさん…最近オフでも見掛けないんだよね。カキコも無いし。どうしたんだろ?


 確かパピヨンさんて“口紅”貰ってきたって言ってたよね。
 …唇が荒れちゃった…とか顔が崩れちゃった…とかあったりして。


 いや、それマチカさんの件とか考えるとひょっとして洒落にならないから(汗)
 無事だと良いけどねえ…。ってなんかだんだん心配になってきたぞ?


 ところで道化師さんの場合は今でもあの“枕”で快眠してるらしいけど。


 …それって思い込みもあるんじゃ。プラシーボ効果とか? それとも頂いてきた“枕”の形がたまたま道化師さんの頭の形に合っていたとかで…実は初めっから何も特殊な効果じゃ無かったとか…。


 それ凄く説得力あるような(笑)


 ………………そんな感じで、色々と『その後』の噂が流れ始めていた。
 そして、何故こんな事がはじまったのか人々の間に知られることは無く、以後、時々…思い出したよう人々の口の端に上る事になる。
 そう、どうやらこの件は…消えずに定着している模様。
 何故こんな現象が起きるのか、この謎は未解決のまま。

 ――結局、人々の『欲』を試しながら…かの『迷ひ家』は今もそこにある。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)
 性別/年齢/職業

 ■1415■海原・みあお(うなばら・みあお)
 女/13歳/小学生

 ■0442■美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
 女/23歳/モデル

 ■2004■狸屋・大仙(まみや・だいぜん)
 男/500歳/蕎麦屋

 ■1883■セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■2086■巽・千霞(たつみ・ちか)
 女/21歳/大学生

 ■0086■シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■1593■榊舟・亜真知(さかきぶね・あまち)
 女/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?

 ■1449■綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■2042■丈峯・天嶽(たけみね・てんがく)
 男/18歳/フリーター

 ■2191■日下部・更夜(くさかべ・こうや)
 男/24歳/骨董&古本屋 『伽藍堂』店主

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※公式外のNPC紹介

 ■店長
 男/年齢不詳・本名不明・ネットカフェの店長

 ■香坂・瑪瑙(こうさか・めのう)
 女/20歳/大学生でネットカフェのバイト長

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■         ライター通信          ■
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 さてさて。
 深海残月です。
 常連の皆様、いつも発注下さいまして有難う御座います。
 また、初めて御参加下さった皆様にも、感謝の意を。
 …如何だったでしょう。御期待に添えているでしょうか(汗)

 大変お待たせ致しました。
 初日に発注下さった方は納品期限ギリギリと言ういつもの如き遅さです(苦)
 ひょっとすると微遅刻とも(汗)
 …日数上乗せした意味あるんでしょうか自分…そりゃ今回ちょっと個人的にかなり深い谷があったので(俗に言うスランプとは違う意味でなんですが)そのせいで今回と前回の依頼+シチュノベ数本には特に響いてしまったと言うのもあるんですが…そんな言い訳なんぞしてもどうしようもなく…往生際が悪くてすんません(滅)

 取り直しまして今回は、大雑把に「通りすがりに迷ひ家に触れる」パターンと「迷ひ家の主を捜そう、やら『向こう側』がある原因、代償は無いのか等々探索」パターンの二件に分かれております。細かくはもう少し色々な部分が個別になっておりますが。今回、珍しく(汗)個別の率が高いです。
 また、別行動になった皆様も、すれ違っている事がありますので…登場人物欄には今回同時御参加の十名様皆の名前を記載致しました。
 そして中盤、文章が混ざっている率が高くなったのでタイトルにPC名を表記して分けてもいません。

 また、今回は…こちらの事情につき個別のライター通信は無しにさせて下さい…。
 苦情御意見御感想はテラコンの方からでもどうぞお気軽に(礼)
 特に初めて参加なさって下さった方、口調やら性格等の違和感がある場合等どんどんどうぞ。
 …現在、こちらの都合で数件溜めてしまってもおりますが(汗)お手紙頂いたらいずれきちんと返信は致しますので…。

 今回はこうなりました。
 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致します。
 では。

 深海残月 拝