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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


東京黄昏蜃気楼

■オープニング■

 …以下、『マチカ』さんの書き込み。
「件のこの“バット”すげえよ! 打率滅茶苦茶上がったもん。ラッキー!」

 …以下、『りょー』さんの書き込み。
「件のこの“炊飯器”、電気がなくても御飯が炊けるんですよ。って言うかですね、御米を入れてなくても一度蓋を閉じて開けるとですね、ちょうど良い分量の新しそうな御米が入っていてしかも水加減も丁度良い。後はスイッチ入れるだけ。凄いですね。さすがに」

 …以下、『MIKA』さんの書き込み。
「件のこの“水筒”、あたしの大好きな紅茶が際限なく出てくるのー。しかもいつでも煎れたてって感じなのー。すごーい。嬉しいっ」

 …以下、『パピヨン』さんの書き込み。
「件のこの“口紅”、塗るたびに思った通りの色になるの。しかも似合う色にね。服とか体調――顔色によって色調も微妙に変化してくれる心遣いまであるの。これ一本だけあれば万全よ。ホントに運が良かったわ☆」

 …以下、『道化師』さんの書き込み。
「件のこの“枕”で寝るとすげー調子が良いんすよね。いやあ最近寝ても疲れが取れなくてああ年かなーと思ってたんすけど、この枕のおかげで快眠ですよ。起きた時爽やかだし。仕事も調子が良いし。かー。『迷ひ家』様々だね」

■■■

 …などなどなど。
 最近のゴーストネットの掲示板には何やらこの手の書き込みが増えている。
 しかも、場所は東京二十三区内限定の様子である。
 更に、『件の』、と付いてはいるが、その『物』自体には脈絡がない。
 何て事ない日常用品である。
 が。
 その効能が変である。
 便利過ぎるのだ。
 それも、有り得ないレベルで。
「『境目』を潜ってしまうと異世界に飛ぶ、かぁ…これだけ『証拠』がお持ち帰りされてるって事は本当なのかなあ」
 うーん。と悩みつつ、雫。
 最近よく聞く話。
 そこかしこにある『境目』を潜り『向こう側』に行ってしまうと、今まで歩いてきたのと同じ街並みが続いている事はいるが――何故か道行く人が誰も自分に気付かない。話し掛けても聞こえていない。
 ついでに幾ら歩いても目的の場所には着かない。
 ぐるぐるぐるぐる迷わされるような。
 何故か同じような道が延々続く。
 そして。
 歩き疲れた頃。
 気紛れに『その場所』は現れる。
 どうぞ入って休憩してやって下さいとばかりに扉が開かれた状態で。
 その中は、つい今し方まで人が居たような。
 けれど誰も居ないその『家』に招かれた場合。
 そこにあるものを、どれでも良いから何かひとつだけ持ち帰って構わないらしい、と言われている。

 ――言わば『遠野物語』にある『迷ひ家』、の出張版のような、そんな噂だ。

 …の割には、“炊飯器”とか“野球のバット”とか“口紅”とか、やけに現代染みた代物まであると言うハイカラな仕様である。
 面白そう…なのだが、肝心の雫自身はその『境目』に出会った事はない。
 すべては偶然…と言われている。
 ならば自分は運が悪い。
「うー。悔しいなあ。直に見たいなあ」
 ネットカフェのコンピューターの前で、じたばたと雫は暴れた。


■境目■

 一方。
「ふぅん…?」
 自室のパソコンのディスプレイを見つつ、小さく声を漏らしたのは美しい女性。ストレートの黒髪にエスニックな顔立ち、抜けるように白い肌に抜群のプロポーション…手垢の付いた陳腐な表現だろうが、とにかく美しい女性である。
 それもその筈、彼女は普段から世界を飛び回っている国際派のファッションモデル、美貴神マリヱ。
 彼女がパソコンで――ネットで見ていたのは、たまたま雫のHP、ゴーストネットの掲示板。
 そこにある幾つかの書き込みを見遣り、うん。と頷く。
「暫く休みだし、ちょうど良いかもね」
 物は試し、私も行ってみようかな? と気紛れに考えてみる。
 但しこの話、マリヱにしてみると少々気になる点もある。
「でも…そんな便利な物が世の中に溢れたら大変よね…」
 口紅とか服とか、悩まなくてもその時の状態に合ってくれるのは有難いけど…。
 色々と困る事が出て来るわよね?
 マリヱは内心でぽつりと呟く。
「…ま、いっか。ひとまず行ってみましょ」
 結局、マリヱは楽観的に行ってみる事に決めた模様。

■■■

 そして、『境目』…を探しがてら、ふらふらと当てどもない散歩中。
 気が付けば人の気配が無くなった様子。
 自分の中に居る虫に寄ればどうやら目的通り――『境目』を越えて『向こう側』に嵌った様子である。
 が。
 …いつまで経っても同じ道。
 どれだけ歩いても風景に変化無し。
 さすがにそろそろ、飽きて来た――疲れも見えてきた頃。

「「はぁ…」」

 溜息が聞こえたのはほぼ同時。
 曲がり角。
 …出会い頭に見えたのはお互いの顔。
 思わず見詰め合う。
「貴女…あれ?」
 長い黒髪を靡かせマリヱは首を傾げる。
「…あ、久しぶりに話が出来る人」
 こちらは買い物用と思しき大きなトートバッグ片手にぽつりと呟く中性的な容貌の女性。
 彼女は気さくに話しかけてくる。
 …確かに、この状況下では…奇妙な連帯感が生まれてしまうのも否めない。
「ここって件の噂の元の場所…みたいですよね?」
「そうみたいですよね。変わった土産話のひとつにでもなれば面白いかと思って…ええ、信じて貰えるかどうかは別として、ふらふらと来てみたんです」
「私は買い物途中で迷い込んじゃったみたいで…まぁ、ここの事を考えてしまってはいたんですけどね。ほら、便利だって噂だから…良いなあ、と思ってしまって」
「やっぱり誰でも思いますよね」
 もっとも、色々ちょっとした不安もありますが。
 和やかに話しつつ、そしてふたりは何となく名乗り合う。
 よく海外に居る国際派モデルの美貴神マリヱに草間興信所事務員のシュライン・エマと。
 で、こんな偶然もあるもんだ、とふたり連れ立って歩き出す。
 そして数分後。
「…う〜ん。足、浮腫んじゃわないと良いけど。後のケアが気になってきたわ…」
 と。
 ぼやいたその時。

 ――隣を歩いていた筈の相手の姿は、そこから消えていた。

 マリヱは目を瞬かせる。
 思わず立ち止まっていた。
「あら」
 多少驚いた。
 が。
 何故か、特に危険とは思えない。虫も特に危険を知らせては来ない。
 と、なると。
「…本来、誰とも会わない筈なんですものねえ…」
 会った方が変なんでしょ。うん。と納得し、マリヱは改めてひとりで歩き出す。
「でもひとりよりふたりの方が気楽だったわ…」
 彼女、シュラインが消えてから何やら疲労を思い出した。
 少しずつ虫が癒してくれてはいるが、この調子では…働いてもらいっぱなしになる。
「それにしても…本当に景色も変わらないし道も終わらないわね…」
 はぁ。

 と、溜息を吐いてから…暫し後。

「…あれかしら?」
 前方に一軒、扉が開かれた家が見えた。
 但し、その家――近代日本的なごくごく普通の一戸建て。


■久し振りに日本に帰って来たモデルさんの場合■

「お邪魔しまーす」
 声を掛け、マリヱはその家に入ってみる。
 が、何の声も返って来ない。
 誰も居ないらしい。
 けれど玄関に靴が揃えておいてはある。紳士物の革靴、ミュールに、何故か長靴が。
 …少し考えてから、マリヱは靴を脱いで中に上がらせてもらう事にした。
 中も少し変である。
 外観と部屋数が一致しない気がする。
 どう考えても中の方が広い。
 良い匂いに誘われて何となく向かってしまった先はダイニング。
 テーブル上にはつい今し方作ったばかりと言うような豪勢な料理がずらり。
 一応、椅子の数だけは用意されている模様。
「うわ。美味しそう…食べたくなるわねえ…」
 とは言え、無闇に手を付けるのは気が引ける代物でもある。
 危険が無くとも、他の誰かの為に作られた料理に見えるから。
「っと、それはひとまず置いておくとして…」
 結構誘惑も多そうね?
 苦笑しつつマリヱは部屋を出た。
 階段を上る。上に行き、また部屋を覗いた。足を踏み入れる事まではせず、幾つか覗いたその後。
 ひとつ決め、書斎と思しき部屋に入る。
 と、その時。
 すぅ、とステッキに頼り歩いている銀髪の美丈夫が一瞬、見えた。
 が、すぐ消える。
「え?」
 声を上げる間にもその男性は…再び現れた。
 が。どうやら相手方はこちらに気付いていない。
「これって…ああ、シュラインさんの時と同じなのかしら?」
 この『迷ひ家』までの道程で会った彼女同様――と言うか、この場合それより遠そうだけど…。
 この人もやっぱり客人なのね…。
 でも話せないのか。
 うーん。
 …どう言う加減なのかしら?
 マリヱはちょっと悩んでみる。が、こんなところで悩んでもどうしようもないかと諦めて、彼女もまた書斎に入る。取り敢えずここもまた――危険は無さそう。
「…やっぱり欲しいのは…旅行鞄かな…」
 長時間持っても疲れなくてー、たくさん入る鞄があったら便利かなーって。
 力には自信があるけど、やっぱりずっと続くものでもないし。
 思いながら、書斎の横にあった――複数の鞄が置いてある棚を見付け、じーっと観察。
 一応危険は無さそうだけど…。
 それでも。
 やっぱり心配なのが――貰うのに何も代償が無いのか、って言う事。
 うーん。
 悩む。
 けれどこんな話だし…。
 そろそろとマリヱは鞄のひとつに手を伸ばす。危険が無いかどうか。
 …特に無いか。
 改めて、手に取ってみた。
 使い易そう。
 留め金を開けてみる。
 中身たくさん入りそうだし。

 でも…。
 やっぱり気になる。
 マリヱは手に取った鞄を、元あった場所へと戻す。

 そして。

 マリヱはこくりと頷いた。
「使い慣れた鞄があるし…それで充分」
 言葉に出してマリヱは自分に言い聞かせた。


 そして結局、何も持たずに帰還して。


 ――数日後。
 マリヱはメールチェックがてら、自室コンピューターの電源を入れていたが、つい先日の事を思い出しマリヱは再びゴーストネットの掲示板を覗いてみた。
 そして新たな書き込みを眺めるなり。
「…あーあ、やっぱり」
 マリヱは小さく肩を竦めた。


■エピローグ■

 ………………で、最近のゴーストネットの書き込みの一部。


 ねえねえねえ、こないだ“バット”貰ってきたマチカさん交通事故にあったらしいよ。それも結構ひどかったんだって。
 で、一命は取り止めたらしいんだけど、肩壊して結局野球できない身体になっちゃったらしいよ。


 嘘それって怖い。確かマチカさんって野球で結構良いトコまで行ったって言ってたよね…?


 でも、あんまり期待しないでいるなら大丈夫だってよ? りょーさんの貰って来たって言うこないだの“炊飯器”なんかは効力消えちゃって普通の炊飯器になっちゃったらしいけど、それ以上は本人特に何も無いってさ。


 普通に使えるの?


 うん。普通に使う分には特に不都合は無いらしいよ? 当然ながら電気も要るしご飯もちゃんとといで入れなきゃだけどね。普通の炊飯器として実際今でも愛用しているらしい(笑)
 ちなみに僕もその“炊飯器”で炊いたご飯貰って食べました。炊き立ては普通に美味しかったです(笑)


 MIKAさんの場合“水筒”落として割っちゃったって泣いてた(笑)


 あ、それ私も聞いた。でもまぁタダで貰ったものだし仕方無いか、ってすぐにあっけらかんと立ち直ってたよ? MIKAさんらしいと思わない?(^^)


 そう言えばパピヨンさん…最近オフでも見掛けないんだよね。カキコも無いし。どうしたんだろ?


 確かパピヨンさんて“口紅”貰ってきたって言ってたよね。
 …唇が荒れちゃった…とか顔が崩れちゃった…とかあったりして。


 いや、それマチカさんの件とか考えるとひょっとして洒落にならないから(汗)
 無事だと良いけどねえ…。ってなんかだんだん心配になってきたぞ?


 ところで道化師さんの場合は今でもあの“枕”で快眠してるらしいけど。


 …それって思い込みもあるんじゃ。プラシーボ効果とか? それとも頂いてきた“枕”の形がたまたま道化師さんの頭の形に合っていたとかで…実は初めっから何も特殊な効果じゃ無かったとか…。


 それ凄く説得力あるような(笑)


 ………………そんな感じで、色々と『その後』の噂が流れ始めていた。
 そして、何故こんな事がはじまったのか人々の間に知られることは無く、以後、時々…思い出したよう人々の口の端に上る事になる。
 そう、どうやらこの件は…消えずに定着している模様。
 何故こんな現象が起きるのか、この謎は未解決のまま。

 ――結局、人々の『欲』を試しながら…かの『迷ひ家』は今もそこにある。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1415■海原・みあお(うなばら・みあお)■
 女/13歳/小学生

 ■0442■美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)■
 女/23歳/モデル

 ■2004■狸屋・大仙(まみや・だいぜん)■
 男/500歳/蕎麦屋

 ■1883■セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)■
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■2086■巽・千霞(たつみ・ちか)■
 女/21歳/大学生

 ■0086■シュライン・エマ(しゅらいん・えま)■
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■1593■榊舟・亜真知(さかきぶね・あまち)■
 女/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?

 ■1449■綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)■
 女/23歳/都立図書館司書

 ■2042■丈峯・天嶽(たけみね・てんがく)■
 男/18歳/フリーター

 ■2191■日下部・更夜(くさかべ・こうや)■
 男/24歳/骨董&古本屋 『伽藍堂』店主

 ※表記は発注の順番になってます

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■         ライター通信          ■
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 さてさて。
 深海残月です。
 常連の皆様、いつも発注下さいまして有難う御座います。
 また、初めて御参加下さった皆様にも、感謝の意を。
 …如何だったでしょう。御期待に添えているでしょうか(汗)

 大変お待たせ致しました。
 初日に発注下さった方は納品期限ギリギリと言ういつもの如き遅さです(苦)
 ひょっとすると微遅刻とも(汗)
 …日数上乗せした意味あるんでしょうか自分…そりゃ今回ちょっと個人的にかなり深い谷があったので(俗に言うスランプとは違う意味でなんですが)そのせいで今回と前回の依頼+シチュノベ数本には特に響いてしまったと言うのもあるんですが…そんな言い訳なんぞしてもどうしようもなく…往生際が悪くてすんません(滅)

 取り直しまして今回は、大雑把に「通りすがりに迷ひ家に触れる」パターンと「迷ひ家の主を捜そう、やら『向こう側』がある原因、代償は無いのか等々探索」パターンの二件に分かれております。細かくはもう少し色々な部分が個別になっておりますが。今回、珍しく(汗)個別の率が高いです。
 また、別行動になった皆様も、すれ違っている事がありますので…登場人物欄には今回同時御参加の十名様皆の名前を記載致しました。
 そして中盤、文章が混ざっている率が高くなったのでタイトルにPC名を表記して分けてもいません。

 また、今回は…こちらの事情につき個別のライター通信は無しにさせて下さい…。
 苦情御意見御感想はテラコンの方からでもどうぞお気軽に(礼)
 特に初めて参加なさって下さった方、口調やら性格等の違和感がある場合等どんどんどうぞ。
 …現在、こちらの都合で数件溜めてしまってもおりますが(汗)お手紙頂いたらいずれきちんと返信は致しますので…。

 今回はこうなりました。
 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致します。
 では。

 深海残月 拝