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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


東京黄昏蜃気楼

■オープニング■

 …以下、『マチカ』さんの書き込み。
「件のこの“バット”すげえよ! 打率滅茶苦茶上がったもん。ラッキー!」

 …以下、『りょー』さんの書き込み。
「件のこの“炊飯器”、電気がなくても御飯が炊けるんですよ。って言うかですね、御米を入れてなくても一度蓋を閉じて開けるとですね、ちょうど良い分量の新しそうな御米が入っていてしかも水加減も丁度良い。後はスイッチ入れるだけ。凄いですね。さすがに」

 …以下、『MIKA』さんの書き込み。
「件のこの“水筒”、あたしの大好きな紅茶が際限なく出てくるのー。しかもいつでも煎れたてって感じなのー。すごーい。嬉しいっ」

 …以下、『パピヨン』さんの書き込み。
「件のこの“口紅”、塗るたびに思った通りの色になるの。しかも似合う色にね。服とか体調――顔色によって色調も微妙に変化してくれる心遣いまであるの。これ一本だけあれば万全よ。ホントに運が良かったわ☆」

 …以下、『道化師』さんの書き込み。
「件のこの“枕”で寝るとすげー調子が良いんすよね。いやあ最近寝ても疲れが取れなくてああ年かなーと思ってたんすけど、この枕のおかげで快眠ですよ。起きた時爽やかだし。仕事も調子が良いし。かー。『迷ひ家』様々だね」

■■■

 …などなどなど。
 最近のゴーストネットの掲示板には何やらこの手の書き込みが増えている。
 しかも、場所は東京二十三区内限定の様子である。
 更に、『件の』、と付いてはいるが、その『物』自体には脈絡がない。
 何て事ない日常用品である。
 が。
 その効能が変である。
 便利過ぎるのだ。
 それも、有り得ないレベルで。
「『境目』を潜ってしまうと異世界に飛ぶ、かぁ…これだけ『証拠』がお持ち帰りされてるって事は本当なのかなあ」
 うーん。と悩みつつ、雫。
 最近よく聞く話。
 そこかしこにある『境目』を潜り『向こう側』に行ってしまうと、今まで歩いてきたのと同じ街並みが続いている事はいるが――何故か道行く人が誰も自分に気付かない。話し掛けても聞こえていない。
 ついでに幾ら歩いても目的の場所には着かない。
 ぐるぐるぐるぐる迷わされるような。
 何故か同じような道が延々続く。
 そして。
 歩き疲れた頃。
 気紛れに『その場所』は現れる。
 どうぞ入って休憩してやって下さいとばかりに扉が開かれた状態で。
 その中は、つい今し方まで人が居たような。
 けれど誰も居ないその『家』に招かれた場合。
 そこにあるものを、どれでも良いから何かひとつだけ持ち帰って構わないらしい、と言われている。

 ――言わば『遠野物語』にある『迷ひ家』、の出張版のような、そんな噂だ。

 …の割には、“炊飯器”とか“野球のバット”とか“口紅”とか、やけに現代染みた代物まであると言うハイカラな仕様である。
 面白そう…なのだが、肝心の雫自身はその『境目』に出会った事はない。
 すべては偶然…と言われている。
 ならば自分は運が悪い。
「うー。悔しいなあ。直に見たいなあ」
 ネットカフェのコンピューターの前で、じたばたと雫は暴れた。


■境目■

 そんな書き込みがゴーストネット他各所で話題になっている頃。
 姓は狸屋、名は大仙と人の世では名乗っている、僧形にざんばら髪の大男――その正体は通力を得、齢五百を数える、直立する巨大な古狸――はふと通りを歩いていた。
 取り敢えず目的はひとつある。
 それは最近の噂。
 マヨイガ…柳田やな。儂の店とおンなじ見えざる家ッちゅうやっちゃな…。
 何ぞ便利なモンでもあったらこれくしょんに加えたろかと思とるんやが…。
 ………………この調子じゃ、そもそも辿り着けるンかいなァ。
 大仙は人身に化けたまま、布袋を担いでえっちらおっちらと…冬であるにもかかわらず額に流れる汗を拭いつつ歩いている。
 その巨体、実は少々歩くのも億劫で。
 …そろそろ潔ォ諦めた方がええンかいのォ…。
 と、思い始めもしたその時。
 たまたま通り過ぎるところだった看板の無い店――どうやらねっとかふぇちゅうとこか――から少々気に掛かる声が飛んできた。
 まだ幼い女の子の声である。
 どうも件の噂が話題らしい。
 しかも何やら手段を色々と講じている様子。
 少し考えてから、大仙はそのネットカフェの出入り口へと足を向けた。
 と。
 小柄な銀髪の娘御が駆けて来る。
 その娘御――海原(うなばら)みあおの小柄な身体が、大きな身体――むしろ肥満といった方が良いような大きなお腹――にぶつかった。
 びっくりして見上げるみあおの目に飛び込んできたのは、大きな布袋を背負った、僧形にざんばら髪の大男。
「前見て歩かんと危ないェ?」
「あっ、ごめんっ! 大丈夫!?」
「…元気な嬢ちゃんやなァ。儂ァ大丈夫や。気にすンな。…ちゅうかな、ちょいと聞こえてもゥたんやが…嬢ちゃんらもあの『迷ひ家』が気になッとるンかェ?」
「え、おじさんもひょっとしてお仲間!?」
「『迷ひ家』探しとるッつゥ意味なんじャッたら…御仲間だァな」
「そか、だったら一緒に行こ?」
「…初対面の儂なんぞがエェのンかェァ?」
「おじさんおもしろそーだからいいの。大歓迎っ!」
 結局、先程ぶつかってしまった大きなお腹に、再度ぎゅ、と抱き付きつつ、みあお。
 と、その後ろから巫女装束の美少女が、まあ、と口を押さえつつ感嘆していた。
「これは…大きな狸様ですね…」
 巫女装束の美少女――榊舟亜真知(さかきぶね・あまち)の声に、大仙はぱちぱちと目を瞬かせる。
「…いきなりそう来るたァ思わンかったな。嬢ちゃん、タダもンや無さそうやなァ」
「たぬき?」
 む? と難しい顔をして大仙を見上げるみあお。
「あァ。確かに儂ャア古狸だわな。つぅてもな、街中歩くンに大狸の格好じゃアさすがに配慮が足らんやろ」
「そっか、それでなんかちょっと違う気がしたんだ」
「…ってなァ、嬢ちゃんもわかるクチなんかィ?」
「霊感あるよー。それにみあおも鳥娘だし似たよーなもんだよきっと。うん」
 ひとり納得し、みあおは頷く。
 と。
「なあなあなあなあついでだから俺も連れて行かねぇ?」
 そんな声と共に大仙の後ろからひょっこり顔を覗かせたのは風体からしていい加減そうな金髪青年。
「それってあの、何かすんごいものが手に入るってあの話だろ? まぁ、俺的にはバットは要らねーんだけど、財布が欲しいなあってね。金がどんどん湧いて来るすんごい財布!」
「…」
 突然現れた金髪青年に…と言うよりその突拍子も無い科白に思わず一同は目を瞬かせる。
「…えーと、お兄ちゃん誰?」
「あぁっと名乗り忘れてたぜ。俺は丈峯天嶽(たけみね・てんがく)ってぇの。…ふふふ。これでバイトしなくて済むし、宝くじ買って拝みたくもねー神様に願掛けする事も無くなる訳だ♪」
「…あンまり欲ゥかいてもエェ事ないで? …気ィ付けヤ?」
 やや呆れ混じりの大仙に言われつつも、何処かにやけた天嶽にはあまり効いた様子が無い。
 …どうもこの丈峯天嶽、風体のみならず言動の方もいい加減そうである。
「あァ…そう言ヤ儂も名乗っとらンかったな。儂ァ狸屋の大仙じゃァ。よろしゥな」
「みあおはみあおだよ。海原みあお!」
「わたくしは榊舟亜真知と申します」
「あたしは瀬名雫! ゴーストネットの管理人です☆」
「ほォ、嬢ちゃんがあの掲示板の。記事がよゥけあって管理も大変やろォ」
「わ、お気遣い有難う御座います! でもでも、怪奇事件がたっくさんあって嬉しい限りなんですよ☆ 狸屋さんみたいな方ともお近付きになれるのがまた醍醐味で☆」
 にこにこと雫は大仙に返す。
「と・に・か・く。よろしっくな☆ 嬢ちゃん方に狸屋の旦那♪」
 下心丸出しの天嶽は、愛想良く皆に挨拶。
 …と、僧形の大男な大仙といまいち行動その他に不安の残る金髪青年な天嶽のふたりを加え、やや頼り甲斐の増した(?)一行は――改めて『境目』探しにネットカフェの表へ出た。

■■■

「…ってかいー加減疲れたンだけど」
 ぼやいたのは天嶽。
 亜真知の導き出した場所――辻――を重点的に、取り敢えず同行している皆にみあおが“幸運”を与え、改めて皆で繰り出してみた後の事。
 更に暫し後、同行している皆が歩くその後ろ、天嶽は真っ先に――ぐったりと上体を折り、両膝に手を突いて立ち止まっていた。 
 だがそれは実は同行している皆の言いたい事をすべてを代弁しているような科白でもある。
 大仙は…よくよく考えればみあおらと合流する前からややバテていたらしいので…息が上がるのも早かった。先程までは嬉々としてそこらの写真を撮りまくっていたみあおと雫もそろそろ足取りが重い。但し、亜真知に限っては平然と歩いてはいるが。…皆を気遣うように、大丈夫ですか? と声を掛けつつ。
「…丈峯の天嶽ちゅうたか…エエ若いもンがイの一番にバテたッちゅうんかい…ってさすがにそろそろ…そないな問題たァ違ゥンかもしれんがのォ…」
「みあおも疲れた…あ、カメラのバッテリーが終わってる。スペアと交換しなきゃ…」
「一応…『境目』は越えられた…みたいだけど…ここまで歩かされるとは…」
 覚悟が甘かった…と、カメラ片手にぐったり言う雫。
「そろそろ皆様本格的にお疲れですね…何処かお休みできるところがあると良いんですけど…」
 この際『迷ひ家』でなくとも何処か簡単なベンチでも良いですし。
 思いつつ、亜真知は辺りをきょろきょろと見渡す。
 と。
「…何ぞあそこの家の…扉が開いとるのァ気のせいかィな?」
 亜真知が何かを見付ける前に、大仙がそろそろとある場所に指を差す。
 そこを見て亜真知が、まぁ、と声を上げた。
「『迷ひ家』ですわ!」
 ぽん、と両手を合わせてのその声に、疲れ切っていた皆の目に生気が戻った様子。

 …そして何とかその家の前に到着し。
「…取り敢えず茶ァでも一杯頂いてもえぇんかィのォ…」
 何にしろひとまず休ませて欲しいわなァ…。
「ここが『迷ひ家』なんだー。ふーん。確かについさっきまで人が居たって感じだねー」
 脱ぎ捨ててある一揃いのサンダルを見、みあお。
 でもでも家自体はみあおの家とあんまり変わんないよー?
「確かに普通の一般の御家庭だね」
 ふむ、と頷き、写真を撮りつつ雫。
「こういう御宅では…確かに現代風の物も多く置かれているでしょうね…」
 感心したように、亜真知。
「よーっしゃ☆ そんじゃま、こっからは別行動で良いって事で♪」
 と言いつつ、先程までの疲れは何処へやら、足取りも軽く奥に入って行く――行こうとする天嶽。
 が。
「だめーっ。その前に皆で記念写真撮るのっ」
 と、みあおに引き止められ、取り敢えずその場にいた五人――疲れて座り込んでいる大仙を囲む形で、ぱしゃり。
 …で、その後は。
 結局皆、それぞれの興味の赴くまま…もしくは改めて休養を取ったりする為に、別行動を始めた様子。


■灯無し蕎麦屋の古狸さんの場合■

「あちィ…」
 ぱたぱたと手で自分の顔を仰ぎつつ、大仙は和室にどっかりと座り込んでいた。
 玄関から…どうにかここまで歩いて来た模様。
 ちなみにこの場所…お盆に載った湯呑みと茶菓子が幾つか置いてある。
 湯呑みには煎れたての如き湯気まで立っていて中身も入っていた。
 が、それらを気にするより、大仙は自分の状態を考える方が先だった。
「…ちょいと考え無しだったかのォ…」
 本気で歩き疲れた。
「あァ…ちょッくら茶ァでも貰ってもえェのンか…」
 ぼやきつつ、そこで初めて、隅に置いてあったお盆の上が視界に入る。
 大仙は少し考えた。
「………………まァ『迷ひ家』やし、くつろがせてもらいまッしゃろ」
 そして、中身の入った湯呑みに手を伸ばす。
 と。
「宜しければ私にも頂けませんか?」
 聞いた事の無い声がした。
 ふと見ると、部屋の入り口に、銀糸の如き長い髪を垂らした男性が、ステッキを頼ってそこに居た。
「ほォ。こりゃ男前な兄さんやな」
「お褒めに預り光栄です。私はセレスティ・カーニンガムと申しますが…ここの主で?」
「いやいや。儂ァ疲れてここで休ませてもらっとるタダの客人じゃァ。主でって訊くちゅう事ァ…旦那も主って訳ャ無いんやな。と、茶ァやったか。ほンだらこっちゃ来て座りゃァえェ。煎茶みてェやけどなァ」
「有難う御座います。では御言葉に甘えて…」
 と、セレスティは中に入って来、少し考えてから――畳に直に座る。
 そこに、大仙が湯呑みをひとつ手渡した。
 有難う御座います、と言いつつ、大仙に続きセレスティもそれに口を付ける。
「ところで」
「なンや?」
「これを頂いて…何も持たずに帰ったら…それでも何かひとつ持ち出した事になるのか…気になるんですが」
 どう思われます?
「…儂ァ茶ァの一杯でそこまで気にせえへんかったぞ」
 飲んじまったがコレで駄目なんかェ。
「ほンだら儂は何もこれくしょんでけへんのかいェ…っておよ?」
 自分の持つ湯呑みに目をやったひとときに、いつの間にやらセレスティの姿は消えていた。

 で、結局のところ、暫くそのままくつろぎ。
 大仙は漸く、ゆっくりと腰を上げた。
「さァて…じゃあ、いッちょ探索させて貰うかィ」
 ひとりごちると、大仙は漸くその和室を出た。
 そしてやっと、当初の目的。
 セレスティの提示したお茶の件は…取り敢えず置いといて。

 一息で裕福ンなったら後は落ちぶれるだけやと思うからのォ…。
 …まァ、見るだけ見よか。
 思いながら大仙は『迷ひ家』の中をふらふら。
「そないな大仰なもンは要らンねんけどなァ…」
 最後に覗いたのは台所。
「…ちゅうてもな…盗ったモン全部そないな特典ツキやしなぁ…と」
 何やら調理中と思しきコンロの火が点いたままの鍋を見た。
「………………こりゃ不用心ャで」
 思い、早々に火を消す。
 覗いてみた鍋の中は…シチューらしい。
「………………焦げるッちゅうねん。主なにしとるんや」
 下手すりゃ家に火ィ付いてまうで。
 …ってな、まァ、えェか。
 儂の家じゃァ無いンやしな。
 ぼやきつつ大仙はふと流しの横を見る。
 まな板。
 包丁。
「おォ、そやった」
 思い付いて声を上げ、大仙は流しの下やら引出しやら棚やら開いて見出す。
 どうせ頂くなら
「村正だの虎鉄だのとは言わんから…何ぞ切れ味いいのンは…っと、しゃあけど村正やったらホンマに落ちぶれてしまうわな」
 だはは、と冗談混じりに笑いつつ、大仙は結局、初めからまな板の上に出してあった包丁を選ぶ事にした。
 見たところそれが一番業物のようである。
「ンじャま、有難く頂いとく事にすッかィ」
 ぱん、と台所にあった包丁に向け両手を合わせると、大仙は出してあった包丁を一本手に取った。
 …一応ぱぱっと調べてみたが、村正でも虎鉄でも無い模様。無銘だ。
 大仙はそこまで確かめて、脇に転がっていた鞘に収めると、無造作に布袋に放り込む。
「ハテ。…そろそろ疲れも取れたァしなァ。よッこらせッと」
 そして布袋を元々していたように、背負う。
 で。
 この『迷ひ家』の中を、何処へとも無く呼ばわった。
「…嬢ちゃんらァ、そろそろ戻らへんかァー」


■ネットカフェに帰還して■

 で。
 出発点でもあったネットカフェに――いまいち統一性の無い気がする五人組が帰還した。
 年若い――特にひとりは幼いと言ってもいい年格好の――お嬢さん三人、ざんばら髪に僧形の大男がひとり、金髪のお軽そうな青年がひとり。
「…あ、セレスと汐耶(せきや)だ!」
 そんな五人組の中から、まずネットカフェの中に声を掛けたのは幼い少女。
 みあおだ。
「みあおちゃん」
 カウンターの中でコーヒーカップ片手に何やらやっている銀縁眼鏡の中性的なお姉さんは綾和泉(あやいずみ)汐耶。
「ああ、みあおでは無いですか」
 カウンターを挟んで店長を前に、車椅子に乗った銀髪の美丈夫はセレスティ・カーニンガム。
「…何してるのこんなところで――ってあー、ひょっとして!」
「『迷ひ家』ですか?」
「その通り。…その様子じゃ、雫ちゃんたちも無事行って来れたのね」
「うん☆」
 元気なみあおの科白が、その答え。

■■■

 暫し後。
 店長はセレスティから預った“懐中時計”を分解し終えていた。
「構造自体は特に変わった事のないゼンマイ式に見えるがね…ただ部品のひとつひとつが妙に精緻ではあるかな」
 …やりがいあるねえ…。
 しみじみ言いつつ、店長はセレスティの前で分解したその時計を、慎重に組み立て直している。
「ゼンマイ…と言う事は、本来、巻く必要がある筈ですね」
「そうは思いますが…『迷ひ家』製ってこたァ永久機関て事もあるのかも知れませんがねえ」
 構造的には真っ当過ぎるくらい真っ当でしたが…。
 ま、ゼンマイが切れるか切れないかは…それこそ時間が経たなきゃわからん事ですか。
 と、店長が“懐中時計”を組み立て直している頃。
 今ネットカフェに来訪した面子の――特に丈峯天嶽は何やら後悔しているような顔になってはぁ、と溜息を吐いていた。
「ねーねー丈峯、だーいじょーぶー?」
 きょろんと小首を傾げ見上げるみあお。
「そう言えば丈峯様は…何を頂いて来たんです?」
 ふと気が付いたように、亜真知。
 と、再び重苦しい溜息が天嶽の口から吐かれた。
「…俺、怖ェから持ってくるの止めた。やっぱ金の湧く“財布”よりマジメに金髪青年を雇ってくれる寛大な親分を探すのが先決だよな…」
「…何も持って来なくても構わなかったんですか」
「一応、あの場所の倣いだとは言ってたけどよ…別に強制じゃねえみてェだぜ。そもそも実際、俺何も持たずに出て来れてるし。いや、人の欲を試してるとか何とか言ってたなあそこの主…親切そうな顔して…つか顔は無かったな、親切そうな声と科白な割に…何だかおっかねえ奴だった…さりげなく脅されたぞ俺…」
「まぁ丈峯様も主様にお会いに?」
「お、あんたも会ったのか?」
「ええ。招いて下さって有難う御座いますとお礼を」
「…で、それ貰って来た訳か…って何ソレ?」
「“茶釜”ですわ。御存知ありませんの?」
「すまん。わかんねえ」
「今時の若い方は御存知無いのでしょうか…」
 悩むように小首を傾げ、亜真知。
 その仕草を天嶽は訝しげに見つめた。
「…って俺少なくともあんたより年上だとは思うンだけど」
「ああ、そうでした。失言ですわ」
 にこにこ。
「…“茶釜”かェア。榊舟の嬢ちゃん、随分風流なモン貰って来たなァ」
 茶釜ちゅうたら…ブンブク茶釜ッてェ茶釜に化けた芸達者な狸も居った気がするのォ。
「そう仰る狸屋様は…“包丁”ですか」
「あァ。何ならよォ切れる“包丁”が欲しいところやと思ォてな。ま、人間の欲を表した話やからの、鵜呑みはイカン気もしたンであまり期待はせンで、造りがよさげなのォひとつだけ有難く頂いて来たわィ」
 ちゅうかな、儂ァあそこで頂いた茶の一杯がいッとう美味かったァナ…。
「狸屋のおじさん『迷ひ家』に着いた頃にはぐったりしてたもんねー」
「…こン身体で歩くンは…どうも億劫でなァ…って海原の嬢ちゃんは“洋服”かい。何ぞ妙な形の服やナ…ッてそりャ嬢ちゃんの身体にゃ合わんサィズじゃ無いかェ?」
 確かに小柄なみあおの身体を考えると…少々、大きめである。
「みあおより大きくていいの! お姉さんへの御土産に貰って来たんだから☆」
「ほォ。嬢ちゃんは姉さん思いなンやなァ」
「で、御土産話はお姉様にするんだ! みあおの御土産はね、皆といっぱい撮った記念写真☆」
「あたしは“カメラ”貰ってきたの! 霊感無くてもばっちり心霊写真が撮れる“カメラ”!」
 ぐぐっ、と握り拳を固め雫は力説。…これで霊感の無いあたしでもばっちり怪奇現象が捉えられる! と。
 そんなこんなで和気藹々。
 が。

「ふぅん…ま、タダより高価い物は無いってね。取り敢えず皆、気を付けた方が良いとは思うよ?」
 セレスティから預った時計を慎重に扱いつつ、ネットカフェの店長はぽつりとそうのたまった。

 そんな中。
 店長のすぐ側にあるコンピューターの画面には、ちょうどゴーストネットの掲示板。
 そこには新たな書き込みがちょこちょこ増えていた。


■エピローグ■

 ………………で、最近のゴーストネットの書き込みの一部。


 ねえねえねえ、こないだ“バット”貰ってきたマチカさん交通事故にあったらしいよ。それも結構ひどかったんだって。
 で、一命は取り止めたらしいんだけど、肩壊して結局野球できない身体になっちゃったらしいよ。


 嘘それって怖い。確かマチカさんって野球で結構良いトコまで行ったって言ってたよね…?


 でも、あんまり期待しないでいるなら大丈夫だってよ? りょーさんの貰って来たって言うこないだの“炊飯器”なんかは効力消えちゃって普通の炊飯器になっちゃったらしいけど、それ以上は本人特に何も無いってさ。


 普通に使えるの?


 うん。普通に使う分には特に不都合は無いらしいよ? 当然ながら電気も要るしご飯もちゃんとといで入れなきゃだけどね。普通の炊飯器として実際今でも愛用しているらしい(笑)
 ちなみに僕もその“炊飯器”で炊いたご飯貰って食べました。炊き立ては普通に美味しかったです(笑)


 MIKAさんの場合“水筒”落として割っちゃったって泣いてた(笑)


 あ、それ私も聞いた。でもまぁタダで貰ったものだし仕方無いか、ってすぐにあっけらかんと立ち直ってたよ? MIKAさんらしいと思わない?(^^)


 そう言えばパピヨンさん…最近オフでも見掛けないんだよね。カキコも無いし。どうしたんだろ?


 確かパピヨンさんて“口紅”貰ってきたって言ってたよね。
 …唇が荒れちゃった…とか顔が崩れちゃった…とかあったりして。


 いや、それマチカさんの件とか考えるとひょっとして洒落にならないから(汗)
 無事だと良いけどねえ…。ってなんかだんだん心配になってきたぞ?


 ところで道化師さんの場合は今でもあの“枕”で快眠してるらしいけど。


 …それって思い込みもあるんじゃ。プラシーボ効果とか? それとも頂いてきた“枕”の形がたまたま道化師さんの頭の形に合っていたとかで…実は初めっから何も特殊な効果じゃ無かったとか…。


 それ凄く説得力あるような(笑)


 ………………そんな感じで、色々と『その後』の噂が流れ始めていた。
 そして、何故こんな事がはじまったのか人々の間に知られることは無く、以後、時々…思い出したよう人々の口の端に上る事になる。
 そう、どうやらこの件は…消えずに定着している模様。
 何故こんな現象が起きるのか、この謎は未解決のまま。

 ――結局、人々の『欲』を試しながら…かの『迷ひ家』は今もそこにある。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1415■海原・みあお(うなばら・みあお)■
 女/13歳/小学生

 ■0442■美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)■
 女/23歳/モデル

 ■2004■狸屋・大仙(まみや・だいぜん)■
 男/500歳/蕎麦屋

 ■1883■セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)■
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■2086■巽・千霞(たつみ・ちか)■
 女/21歳/大学生

 ■0086■シュライン・エマ(しゅらいん・えま)■
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■1593■榊舟・亜真知(さかきぶね・あまち)■
 女/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?

 ■1449■綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)■
 女/23歳/都立図書館司書

 ■2042■丈峯・天嶽(たけみね・てんがく)■
 男/18歳/フリーター

 ■2191■日下部・更夜(くさかべ・こうや)■
 男/24歳/骨董&古本屋 『伽藍堂』店主

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※公式外のNPC紹介

 ■店長
 男/年齢不詳・本名不明・ネットカフェの店長

 ■香坂・瑪瑙(こうさか・めのう)
 女/20歳/大学生でネットカフェのバイト長

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■         ライター通信          ■
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 さてさて。
 深海残月です。
 常連の皆様、いつも発注下さいまして有難う御座います。
 また、初めて御参加下さった皆様にも、感謝の意を。
 …如何だったでしょう。御期待に添えているでしょうか(汗)

 大変お待たせ致しました。
 初日に発注下さった方は納品期限ギリギリと言ういつもの如き遅さです(苦)
 ひょっとすると微遅刻とも(汗)
 …日数上乗せした意味あるんでしょうか自分…そりゃ今回ちょっと個人的にかなり深い谷があったので(俗に言うスランプとは違う意味でなんですが)そのせいで今回と前回の依頼+シチュノベ数本には特に響いてしまったと言うのもあるんですが…そんな言い訳なんぞしてもどうしようもなく…往生際が悪くてすんません(滅)

 取り直しまして今回は、大雑把に「通りすがりに迷ひ家に触れる」パターンと「迷ひ家の主を捜そう、やら『向こう側』がある原因、代償は無いのか等々探索」パターンの二件に分かれております。細かくはもう少し色々な部分が個別になっておりますが。今回、珍しく(汗)個別の率が高いです。
 また、別行動になった皆様も、すれ違っている事がありますので…登場人物欄には今回同時御参加の十名様皆の名前を記載致しました。
 そして中盤、文章が混ざっている率が高くなったのでタイトルにPC名を表記して分けてもいません。

 また、今回は…こちらの事情につき個別のライター通信は無しにさせて下さい…。
 苦情御意見御感想はテラコンの方からでもどうぞお気軽に(礼)
 特に初めて参加なさって下さった方、口調やら性格等の違和感がある場合等どんどんどうぞ。
 …現在、こちらの都合で数件溜めてしまってもおりますが(汗)お手紙頂いたらいずれきちんと返信は致しますので…。

 今回はこうなりました。
 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致します。
 では。

 深海残月 拝