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夢の檻
------＜オープニング＞--------------------------------------
天地のない闇。
重力も何も感じられないその中に一人の黒衣の青年が立っていた。闇の中に一際輝く銀髪。そして暗闇の中だというのに黒布で覆われた両目。すらりと伸びた背筋には異空間にいる不安は感じられない。
「もう逃げられませんよ。さぁ、諦めてコチラへ」
しかしその声に応答はない。
そもそもその闇には何があるのか。
「そちらから出てこないのであれば、私が直に捕まえますよ。夢魔にも心音がある。私はそこに手を伸ばせばいい」
くすっと微笑み青年はすっと暗闇に白いしなやかな指を伸ばす。
そして何もない空間で手を握りしめる動作をすると、闇が一つの形を作り出した。
それはゆっくりと黒い翼を持つ一人の女性の形を描きはじめる。青年の掴んだ部分から白い蒸気が立ち上った。
「捕まえた・・・」
「ぎゃぁぁぁぁっ・・・苦しいっ、離して」
「私もそれほどバカではありませんから。離して貴方が消え去るという可能性を無視できない」
「いやぁーっ」
手足をばたつかせ必死に青年の手を振り払おうとする夢魔。しかし青年はそれを軽く交わし笑う。
「往生際が悪いですね。・・・とても美味しそうだ」
おやつには勿体ないかもしれない、と呟いた青年に息も絶え絶えの夢魔が告げる。
「はっ、『夢狩り人の貘』と名高いアンタが随分とがっついているじゃない。アンタの側には夢魔のガキがいるでしょ。アイツを先に食べればいいっ！」
それは無理です、と貘と呼ばれた青年は残念そうに言う。
「改心したそうで美味しくないらしいですから。私、結構美食家なんですよ」
だから貴方の方が美味しそうだ、と貘は白い肌ゆえに目立つ赤い唇を薄く開く。
「イヤよっ！アンタに食べられるだなんてっ！」
まさに貘が夢魔を食そうとした時、ドンッ、と強い衝撃が闇を襲う。そしてガラガラと硝子が割れるように崩れていく世界。闇に光が満ちていく。
「おかしい・・・何故・・・」
貘の呟きは満ちる光に溶ける。
悪夢の宿主が目覚めた事を告げる夢の世界の崩壊。貘が夢渡りをしている時に目覚めるなど普通ならあり得なかった。そしてその世界の崩壊は貘を閉じこめる檻となる。もしもの時にその檻を突破する術を持つ貘の相方は、あいにく今日は別の件で出ていて此処には居ない。貘は無惨にも檻に閉じこめられた。
「ふふふっ。私の勝ちね。夢に捕らわれ夢の中でくたばりなさいな」
高笑いをしながら夢魔は宿主の精神に溶けていった。
------＜夢紡樹＞-------------------------------------
仕事を終えエドガーが『夢紡樹』へと帰ってきた時、店の前に立つ見覚えのある一人の少女を見つけた。真っ直ぐな黒髪にすっきりと着こなしている着物。ドールショップ『夢紡樹』のお得意さんである白宮・橘だ。
にっこりと微笑みエドガーは声をかける。
「こんにちは、いらっしゃいませ。橘さん、今日はどうされました？」
一瞬びくっとした橘はくるりと振り返った。そしてエドガーの姿を目にするとほんの少しだけほっとした様な表情を浮かべる。手にしているのはからくり人形の『榊』だ。少年の姿をした榊の狩衣姿は和服の橘とぴったりと合っている。
その時、橘の腕の中にいる榊が突然堰を切ったように話し始めた。まるで生きているかのように快活だ。
「なんや、橘にだけ挨拶してわいには一言もなしか」
「申し訳ありません。ようこそいらっしゃいませ、榊さん。お二人とも今日は天気も良くてとても良いお散歩日和ですね」
エドガーは謝罪してから、青空を見上げて呟く。見事な秋晴れだった。つられたように橘と榊も空を見上げエドガーの言葉に頷く。
「ま、忘れてたことはもうええわ。今日はな、あんまり天気いいからちょっと顔でも見よと思って遊びに来たんやけど、貘はんの姿も見えへんしどないしよかーと思ってたとこやってん」
榊の言葉に橘も頷き同意を示す。
しかしその言葉にエドガーは首を傾げた。
自分がメインで行っている喫茶店は休みだったが、ドールショップとドリームショップの方は開いているはずだった。しかし入り口のドアには『CLOSE』の看板。
一瞬エドガーはリリィのさぼりかと思ったが、今日の店番を頼んだのは貘だったからそれもあるまいと思い直す。貘に嫌われるようなことをリリィがするはずが無いからだ。
エドガーは店を閉店にしなくてはならないことが起きたのかもしれないと、嫌な予感を感じつつ橘と榊に向き直る。しかしそれはただの取り越し苦労かもしれない。貘が閉めて良いよと言ったならリリィは喜んで店を閉めるだろう。
やはり自分の取り越し苦労だと考え、エドガーは立ち話をしているのもなんだと橘と榊を店に誘った。
「せっかく来ていただきたのに申し訳ありません。もし良かったら俺もちょっと休憩したいなーと思ってた所ですし、一緒にお茶でも如何ですか？もちろん俺のおごりです」
「ほんま？よっしゃ、その話乗ったるわ」
こくん、と頷いた橘をエドガーは店の扉を開き先に店内へと促す。そして三人が店内に入った途端、店番をしていたはずのリリィの声が耳を貫いた。
「やっと帰ってきたー！遅いっ！どうしよう、マスターが起きないのーっ！」
橘と榊は首を傾げ、エドガーは駆け寄ってきたリリィに落ち着くように告げる。
「貘が起きないのは夢渡りをしているからじゃないんですか？」
「違うよ、違うっ！だって宿主は起きてるんだもの。起きてリリィの所に来たの。でもマスターのことを聞いたら動かないって。もちろん慌てて見に行ったわよ。そしたらマスターが動かないの。多分捕らわれてるんだと思う」
少し考えるそぶりを見せたエドガーだったが、とりあえず宿主と貘の所に行きましょう、と歩き出し思い出したように橘たちを振り返る。
「申し訳ありません、少しお待ちいただけますか？」
「なんか大変そうやなぁ。じゃあわいたちはここで待ってる・・・」
榊が最後まで言わない内に橘はふるふると首を振る。どうやら榊の言葉が気にくわないらしい。
「・・・一緒に行く言うんか？」
頷く橘。疲れたように榊は溜息を吐くとエドガーに告げる。
「そういうわけや。貘はん心配やさかい、わいらも一緒に連れてってや」
わかりました、と言うとエドガーは貘が夢渡り専用に使う部屋へと二人を案内する。店の奥へと続く通路をリリィも含めた４人は進む。大きな木とはいえこんなにも奥行きがあったのかと橘と榊は首を傾げる。もしかしたら別空間にあるのかもしれない、と橘はそっと思う。
そして、これでもか、というくらい歩き続けてやっと目的の部屋へと辿り着いた。
宿主が居なくなっては困るとリリィが部屋に鍵をかけたらしい。鍵を開け中に入ると、途方に暮れたように座り込む７歳くらいの少女とその傍らにソファに凭れ込んだ貘の姿が見えた。
突然現れた人物たちに少女は怯え、貘の服の袖を掴み震えはじめる。宿主はこんなにも小さな少女だったのか。
「大丈夫です。俺はこの店の者です。こちらは貘の友人」
そう橘と榊のことを紹介しエドガーはそっと少女と貘に近寄る。
「目覚めたとき貘が起きなくて驚いたでしょう？申し訳ありません」
エドガーが優しくそう言っても少女の震えは止まらない。
そこへひょい、と榊が口を挟む。
「なんや、貘はんは寝てんねんか。仕方無いな、ほなわいと一緒に遊ぼか」
橘が少女の傍らに座り込み、榊が少女の目の前でそう告げると、少し少女の中の怯えが消える。
それでもまだ伺うように橘と榊を見つめていた。橘の腹話術はこれで食べているだけあって完璧だ。客の気持ちを惹きつける術も心得ている。
生きている人間のように動き回る榊。しっかりと橘の口元を見ていてもどうやって声を出しているのか分からない。そして初めて腹話術というものを見たのか、少女は榊に釘付けになる。
「せやけど貘はんも酷いことをするなー。こんな可愛い嬢ちゃんほったらかして自分だけすやすやと。どないな夢見てんだか」
しかし『夢』という言葉が出てきた途端、少女は再び震え出す。
少女が売ったのは自分の中に巣くう悪夢。そしてそれは未だ少女の中にある。また、貘の精神も。
榊はそのまま少女の頭を撫でながら言葉を紡ぐ。
「ほんまに怖い夢みたんやな。心配せんでも今な、わいたちが怖い夢祓ったる。・・・ただ嬢ちゃんの中にわいと小娘の友だちがまだ入ったままなんや。助け出さないと夢を祓うことは無理や」
分かるか？、と榊が告げると小さくだが少女は頷く。榊はもう一度くしゃっと少女の頭を撫でた。
「そこでだ、どうにかして貘はんを救出せなあかんわけやけど・・・わいは夢に関して詳しくないから兄ちゃんが現状説明してや」
はい、と話を振られたエドガーが頷き方法を説明する。
「悪夢の宿主であるお嬢さんが目覚めている今、夢渡りをしていた貘は悪夢に捕らわれていることになります。そしてその悪夢を作り出した夢魔はお嬢さんの意識と同化しています。貘を助けるためには酷なことを言うようですが、お嬢さんにもう一度夢を見ていただくしかありません」
もう一度夢を見る。それがどのくらいの恐怖を少女に与えているのだろう。
びくっ、と震える少女を安心させるように橘はそっと少女の手を握る。
暖かい温もりが伝わってきて少女は身体の震えを抑えるように、ぎゅっと橘の手を握りしめた。
「もう一度見るのは怖いかもしれませんがお願いできませんか？もう二度とその夢を見ないように全力を尽くしますから」
「もう・・・見ない？これで最後？」
少女が初めて言葉を紡ぐ。小さな小さな声で。
榊が少女に頷いてみせる。
「よーし、偉い。偉い。そしたらわいも本腰いれて協力したろ。小娘も相当なお節介やきやと思ってたけどな、わいもそれに乗ってしまうんやから筋金入りや。せやけど、夢紡樹はんには世話になっとるし、ここで恩売っておいたら、次ん時まけて貰えるかもなぁ・・・」
それを聞いてエドガーとリリィは顔を見合わせ笑い出す。
「きっと貘のことですから喜んでお二人のサポートすると思いますよ。あの人もかなりの世話好きですから」
「俄然やる気出てきたでー。さてと、夢の中に入るんは良いけどわいらはどうやって入るんや？」
「はーい。リリィが皆を夢の中に送るよ」
元気良く手を挙げた元夢魔のリリィが声を上げる。
訝しげな声で榊がリリィを見ながら告げた。
「まさかリリィの姉ちゃん、『わいに精神はないさかい、夢には入れん』なんて言わんやろな？ケチケチせんとサクッと入れたってなー」
榊の言い分に賛同するように橘が必死にコクコクと頷く。サラサラとした黒髪が白い頬の上を流れ落ちる。
そんな二人を見てリリィは、ビシッと顔の前に人差し指を立ててながら、ちっちっちと小さくその指を振った。
「誰もそんなこと言わないし。リリィ、橘と榊のこと好きだもん。意地悪しないよ。夢の中でも今の自分と同じ格好が出来るから安心して」
貘にも怒られちゃうし、と小さく呟くが最後のその囁きは誰にも聞こえなかったようだ。
場が先ほどまでの暗さを消し、少し和んだ雰囲気を作り出している。それもこれも榊の働きによるものだろうか。
ほっとした様子で橘を見上げる少女。
橘は表情も変えることなく何も言わないが、その代わり榊が少女に言う。
「もうちびっとの辛抱やから。ゆっくり楽しい夢見れるようにしたるさかい」
コクン、と頷いた少女の額にリリィはそっと手を触れる。
「ごめんね、強制的に悪夢への回廊開くから」
リリィが手を翳して数秒後、少女の頭がかくんと下がる。リリィは振り返って皆に告げた。
「じゃ、皆送るよ。多分夢魔は皆が入った後、貘にしたみたいに宿主を起こそうとすると思うから。起こそうとしたら強制的に眠らせる。だからリリィはここで待ってる。ナビは任せてよね」
専門職なんだから、と告げてリリィはニッコリと微笑む。
そしてまず始めにエドガーを、次に橘と榊の精神を引き抜き少女の悪夢へと放り込んだ。
------＜悪夢＞-------------------------------------
「なんや拍子抜けするところやなぁ・・・」
夢の中に入った途端、相変わらず橘の腕の中できょろきょろと当たりを見渡しながら、榊は初めて入った悪夢の中を表現する。
榊の表現通り、そこには何もなかった。ただの白い平原が広がっている。真っ白な紙で出来た世界のようだった。
「これは表面上ですから。力が強い者は見かけだけは何もないようにまっさらにするんです。深層にいくにつれドロドロとしてきますよ」
それも嫌やなぁ・・・、と榊は肩を落とす。
「さて、貘が捕らわれてるのがどこだか探さなくては」
エドガーの言葉に初めて橘が口を開く。小さいが凛とした声。
「斬ってしまえばいいのかも・・・」
その声を聞き逃すことなくエドガーは問いかける。
「斬る？」
「あー、小娘は少女の精神と夢魔を切り離したら自然と貘はんの居所も分かるんちゃうかと」
「それが出来れば楽でしょうけど・・・」
「できるで？わいのこの断花でな」
榊はコツコツと手にした飾太刀を弾く。
「橘は『断ち花』やさかいな。飾りや思ってたやろ」
えぇまぁ、とエドガーは苦笑する。その時、どこからかリリィの声が響いた。
『そっちはなんともない？大丈夫？』
「えぇ、平気ですよ。そちらはどうですか？」
『やっぱりね、思った通り。宿主を起こそうとして必死。怖かったら無意識のうちに起きようと思うでしょ？だからちょっと悪戯してあげてるの。それが少しでも楽しい夢に変わるように。今居る場所は表面上だから何ともないだろうけど、下は凄いことになってるみたい。リリィもビックリの悪夢が繰り広げられてるよ』
「どんなのやろ・・・」
行ってみればわかりますよ、とエドガーが言うと、橘もこくん、と頷いた。リリィはその会話を聞いてクスクスと笑いながら更に言う。
『えっとね、夢魔は宿主の精神に溶け込んでいるからやりたい放題なの。一度精神を斬り離すことが出来れば少しは楽になるかも』
そのリリィの言葉に三人は顔を見合わせる。
「リリィの姉ちゃん、それを切り離してもうてもええんか？」
『いいよー。ただし宿主の精神は傷つけないでね。心にも傷が出来ちゃうから』
はっ、としたように橘の動きが一瞬止まる。しかしゆっくりと強い意志を持って頷いた。
「まかせといてやー。わいの剣さばきに感動するかもしれへんでー」
『楽しみにしてるね！』
それを最後にリリィからの声は届かなくなった。
榊の手にした絢爛な飾太刀へ榊と橘の意識が集中していくのが分かる。
ゆっくりとそこら中に立ちこめた気。
宿主である少女と夢魔の精神を一気に断ち切る。
「はぁっ！」
気合いをいれた声と共に空間に剣が舞う。
振り下ろした剣は白い世界を切り裂いて留まることなくずぶずぶと剣先を飲み込んでいく。
その先に広がる闇は剣先だけではなく、そのまま飾太刀を掴んだ榊の手もそして橘もずるずると引きずり込んでいった。
慌てて手を伸ばしたエドガーもそのまま裂かれた闇に吸い込まれる。
吸い込まれてもなお、榊は飾太刀を離さない。
最下層まで断ち切った瞬間、耳をつんざくような悲鳴が辺りに満ちた。
エドガーはすかさず切り離された夢魔を束縛する。少女の意識に紛れていたときにはそれも出来なかったが、単体になった今はそれが可能だ。
なんとかして逃れようとする夢魔に近づきエドガーは静かに尋ねる。
「そろそろ貘を返して頂きたいんですが・・・」
「はっ、もう悪夢の中で朽ち果てているだろうよっ」
「・・・橘さん、榊さん。それではその飾太刀でこの者を断ってやってください。貘の居場所が分からないなら生かしておいても意味がありませんから」
普段とは考えられないような冷酷な判断に、榊も苦笑いするしかない。
「ほんまにええんか？」
「もちろんです。混沌とした夢の中でなければ、私の力でも貘の探索は可能でしょうし」
ニッコリと微笑む。それが橘と榊には悪魔の笑みに見える。
その時、橘がふと白い中に微かに浮かび上がる物体に気が付いた。
「あれ・・・」
すいっ、と橘が指さしたのは白い骨のようなもので作られた檻。
「貘はん・・・か？」
「みたいですね。・・・全く」
檻の中から力無くヘロヘロと手を振る貘を見て、エドガーは大きな溜息を吐く。
「具合悪そうやけど大丈夫か？」
「あぁ、あれですか？ただの食べ過ぎですよ、食べ過ぎ」
「はぁ？」
榊が素っ頓狂な声を上げる。
「最下層にずっと居て暇だったんでしょうね。そこら中に溢れかえる悪夢を食べていたんでしょう」
「心配したわいたちがアホちうことか！」
「いえ、本当に危なかったかもしれません。貘は自力で出ることが出来ないんですから。・・・二人とも、太った貘を見たいですか？」
ぶんぶん、と左右に首を振る橘と榊。
「とりあえず。貘、食べますか？」
エドガーは貘に足下に転がる夢魔を指さし尋ねる。
「ごめんなさい、とっても美味しそうなんだけどもう食べれません」
その言葉を聞き、夢魔は苦しそうに呻きながら言う。
「だったらもう関係ないでしょ。さっさと私を離して！」
「関係ないわけないやろ。可愛らしい嬢ちゃんがアンタが見せる悪夢が怖くて怖くて泣いてるんや。わいは退治してくるって言うたんやから」
飾太刀を構え直し、榊が夢魔に告げる。
「そんなっ！」
「残念やったな。大好きな夢の中で自分が主役の悪夢でも見るんやな」
精神の傷は肉体の傷へと変わる。ましてや相手は夢魔だった。精神と肉体の両方を夢の中で存在させることが出来る。
両方傷つけたも同じだった。
榊のつけた傷痕は夢魔への致命傷へとなり、足の先からゆっくりと夢魔の身体が崩壊していった。
夢魔の身体の崩壊と共に、貘を縛る檻も崩れ去る。
フラフラと檻のあった場所から歩いてきた貘はエドガーに支えられるようにして立つ。
「ありがとうございます、皆さん」
「・・・もちタダやな」
「え？」
貘が可愛らしく首を傾げてみせるが、先ほどリリィがやってみせたように榊は人差し指を顔の前で左右に振る。
「これでこれから半年くらいわいのメンテナンス代がタダになるやろ、小娘も助かるなぁ」
こくん、と頷く橘。表情には出ていないが雰囲気的に心なしか嬉しそうだ。
「え？何時の間に？」
「・・・貘がのんびりと悪夢を食べてるからですよ」
こんなところまで助けに来て貰ったんだから感謝しなさい、とエドガーにたしなめられる貘。
「はい、色々とスミマセンでした・・・気をつけます」
申し訳なさそうに貘が頭を下げる。
その頭を榊がわしゃわしゃと撫でた。
「ま、無事だったらえぇねんけどな」
自分よりも年下に慰められた貘はどう反応して良いか分からずに小さく笑った。
------＜笑顔＞-------------------------------------
ふっ、と意識が戻り、橘は頭を小さく振る。
とても長い夢でも見ていたような気がする。
その時、橘は自分の手を握る小さい手に気が付いた。
そして心配そうに自分を覗き込む少女の顔。
「ありがとう」
それは小さな声で呟かれた短い言葉だった。
そんな小さな一言に橘は嬉しくて仕方が無くなる。
しかし橘の声は引きつったように出てこない。
まるでそれを補うかのように榊が話し出した。
「良かったなぁ、これで怖い夢とはおさらばや」
「うん」
本当に嬉しそうに少女は笑った。
先ほどまでの怯えていた表情が嘘のようで。
「これからも楽しい夢見られるとええな」
「うん」
少女は、バイバイ、と橘と榊、そして貘たちに手を振って夢紡樹を出ていった。
橘も榊も少女に小さく手を振ってその背を静かに見送った。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業 】
【 2081／白宮・橘／女／14／大道芸人 】
NPC
【貘／男／?／夢狩り人・『夢紡樹』店主】
【エドガー／男／?／『夢紡樹』の料理担当 兼 貘の相棒】
【リリィ／女／150／『夢紡樹』のウエイトレスと貘の手伝い】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、夕凪沙久夜です。
この度は『闇の檻』へのご参加まことに有り難うございました。
橘様とからくり人形の榊様。
当店ドールショップ『夢紡樹』の常連様ということで楽しく書かせていただきました。
どうやら半年間は無料でメンテナンス可能となりましたので（笑）、またのお越しをお待ちしております。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
またお会いできるのを楽しみにしております。
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