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結婚式をぶち壊せ!
●オープニング
クライアントを送り出した後、憂鬱そうな表情を隠そうともせず、草間はソファーに腰を下ろした。
「一週間後にXホテルで結婚披露宴がある。それをぶち壊しにして、新郎新婦に大恥をかかせて欲しい、という依頼だ」
依頼主は沢渡京子(さわたり・きょうこ)。二十六歳の女性。高校時代から交際していた高畑良二(たかはた・りょうじ)との結婚話が具体化した二年前、親友だった三枝美鈴(さえぐさ・みすず)に「掠め取られ」破局。それを恨みに思う京子が、復讐のため、良二と美鈴に「一生消えない心の傷」を負わせて欲しいと依頼してきたのだ。
「別れさせろって話なら、珍しくも何ともないが……。参列者まで巻き込むのは、どうなんだ?」
草間は気乗りしない様子。それなら断れば良さそうなものだが。
「仕事を選べるほど立派な興信所か? それに『あなたまで私の敵になるなら、ここで舌を噛んで死ぬ』と言われちゃなあ……。とにかく、後一週間ある。どうしたらいいか、ちょっと考えてみてくれ。ああ、依頼主は披露宴に呼ばれてないから、証拠のビデオが欲しいそうだ」
依頼を完遂するべきか。依頼主に翻意を迫るべきか。すべては草間興信所の面々に委ねられた。
●調査報告
京子が草間興信所を訪れた翌々日。衝立に遮られた一角で、六人の男女がテーブルを囲んでいる。
「裏付け調査をしてみたんだけど、大体、沢渡さんの言った通りで間違いないわ」
シュライン・エマは、手元の書類を繰りながら言った。
「高畑さんは、かなり前から二股掛けてたみたいね。それで、沢渡さんに結婚をほのめかされ、三枝さんから『はっきりして』と迫られ、沢渡さんを振って三枝さんと婚約」
「やっぱり……」
鹿沼デルフェスがポツリと呟く。急に心変わりをしたにしては、手際が良すぎると思ったのだ。
「それじゃあ、高畑さんたちの方が悪いってことですよね。沢渡さんが可哀想」
いつも穏やかな海原みなもが、珍しく怒気を含んだ声で言い捨てた。その隣で、ミネラルウォーターのペットボトルを抱えていた藤井蘭が首を傾げる。
「えーと。きょうこさんの物を、みすずさんが取ったから、みすずさんのけっこんしきをこわすんだね? でも、どうして、きょうこさんは自分でこわすのをやらないの?」
「そりゃあ、自分の手を汚したくないんだろ?」
細い指で机を叩きながら、真名神慶悟が答えた。
「だが、金を払って頼んだ時点で、それは自分でやったと同じことなんだ」
もう一度書類に目を落とし、シュラインは慎重な物言いで続けた。
「自業自得って言い方はできると思う。でも、草間興信所としては、この依頼は遂行できないという見解よ。変なことをすれば、最悪、会場のホテルから訴訟を起こされるわ。かと言って、一度引き受けた以上、何もしないというわけにはいかないのよね」
「分かってる。沢渡嬢を説得すればいいんだろう? 連絡先をくれないか?」
慶悟は立ち上がり、シュラインからメモを受け取ると、椅子に掛けてあった上着を羽織って出て行った。
そんな中、ウィン・ルクセンブルクは思い詰めたような表情で俯いている。
「ウィンさん?」
シュラインに呼ばれ、ウィンはすっと顔を上げた。
「どうしたの? 気分でも悪い?」
「いいえ」
唇だけで笑い、ゆっくりと席を立つ。
「私は、高畑氏に会いたいんですけど?」
「構わないけど、うちの名前は出さないでよ」
黙って頷き、同じように連絡先を受け取り、静かに出て行く。その背中を、みなもは痛いような気持ちで見送った。
(どうしたのかしら? とても悲しそう……)
●良二の気持ち
「高畑良二さんですわね?」
青い瞳のプラチナブロンド。しかもスタイル抜群の美女。そんな女性に声を掛けられれば、たとえ婚約者がいようと、話ぐらいはしてみたくなるのが男の常。良二も例外ではなかった。
「そうですが、どちら様で?」
「三枝美鈴さんのことで、少々お伺いしたいことがあるのですが、お時間いただけます?」
不審そうに眉を顰めたものの、すぐに頷く。
「はあ。構いませんけど。ええと、そこでいいですか?」
指さした先は、ファストフードの店。ウィンとしては、もう少し落ち着ける場所が良かったのだが、こんな美人と二人きりになって、変な噂が立っても困るという判断なのだろう。
二人分のコーラを挟み、奥の席に陣取る。
「沢渡京子さん。覚えていらっしゃるかしら?」
そう切り出した瞬間、良二の顔が強張った。
「な……何の話ですか。美鈴のことじゃ……」
「悪い噂を耳にしただけですわ。沢渡さんとのことは、きちんと清算されているのでしょうね?」
「も……勿論じゃ……ないですか……」
消え入りそうな声が、良二の意志に反して、後ろめたさを表している。
「傷付けられた人の痛みは、傷付けた人には分からないものです」
「だから……何なんですか? はっきり言って下さい」
「言わなくても分かると思いますけれど?」
はったりではなく、良二の口調、態度から、ウィンには確信があった。
「私から言いたいことは、それだけですわ」
項垂れる良二を残し、ウィンは一人、夜の街に帰って行った。
●予行演習
草間興信所に、みなも、ウィン、慶悟が順に戻って来る。ウィンを除き、報告は芳しくない。特に、慶悟の報告は、草間興信所にとっては絶望的な物だった。
「……やるしかないわね」
覚悟を決めた様子のシュラインが、あるギャラリーの名を告げる。
「元は倉庫だったのを改築した所よ。中は真っ白で、広さもあるわ。結婚式の予行をするには打って付けの場所ね」
京子から披露宴の妨害をするよう依頼されているが、影響が大きすぎるので、事前に偽のビデオを撮って、それで誤魔化したい。そう説明された良二と美鈴は、一も二もなく指定のギャラリーに現れた。これで本番の披露宴が無事に済むなら、安いものだ。
何も知らされずに呼ばれた写真館の美容師が、本番さながらに新郎新婦を仕上げる。最初のうちこそ「ドレスを着るのは結婚式までとっておきたかった」と不満を漏らしていた美鈴も、「ビデオと写真は、結婚式とは別の日に撮りたいというお客様も多いですよ。その方が落ち着いてできますからね」との言葉に、機嫌を直したようだ。
シュラインが事務的に告げる。
「途中で一回ハプニングが起きます。ただ、リアリティを出すために、何が起きるかはお知らせしません」
一瞬高まる緊張。それが収まり、そろそろ始めようかという時に、ギーッという音が響く。
「……えっ?」
開いた扉から入って来たのは、デルフェスに伴われた京子。振り返った良二と美鈴は、驚きのあまり動けずにいる。いや、驚いたのは、デルフェス以外の全員だ。京子を連れて来るなんて話は聞いていない。京子すら、良二と美鈴がいるとは聞かされていなかったのだろう。呆然とした表情で立ちすくんでいる。
「沢渡様のご希望は、証拠のビデオでしたね? でも、実際にご覧になった方がよろしいと思いまして」
躊躇うことなくデルフェスは美鈴に歩み寄ると、右手を翳した。何かを叫ぼうとするかのように、美鈴は口を開くが、声は出ない。良二の顔色が変わる。
「美鈴……? 美鈴ーっ!?」
遠目には分からないが、近くにいる者には、美鈴の肌が命ある物のそれではなくなったことがはっきりと分かった。
「高畑様のなさったこと、とても許されることではありません。その罪の代償として、花嫁を石に替えさせていただきました。元に戻すには、披露宴の当日、お客様の前で罪を告白し、許しを乞うことです」
人々の目が京子に注がれる。ただ一人、美鈴に縋り付く良二を除き。
「きょうこさんは、これで満足? 持ち主さんが言ってたよ。自分のしあわせのために他人をぎせいにしちゃいけないって」
無垢な瞳で、蘭は京子に尋ねる。京子は、しばらくの間ぼんやりと美鈴を見ていたが、突然、ガタガタと震え始めた。
美鈴が自分より幸せになるのが許せなかった。良二には死にも勝る苦しみを味わわせたかった。そう願い、どうやって二人を不幸にしようかと、想像するのが楽しかった。やがて想像では飽き足らなくなり、現実にしようとしたが……。いざ現実になろうとしたとき、訪れたのは喜びではなく恐怖。
みなもは、震える京子の左手をとった。
「三枝さんは、本当は沢渡さんに謝りたかったんだと思います。でも、沢渡さんが許してくれないって思い込んで、それで、沢渡さんに会えなかったんだと思います」
復讐は何も生まない。京子の頭の中、慶悟の声が蘇る。
「わ……私……、違う……、私……は……」
良二の膝が崩れ、動かない美鈴の足元に落ちた。
「美鈴は……悪くない。悪いのは、僕だ……。美鈴は、僕の罪を、すべて知って、それでも……、それでも、許すと。それが、美鈴を苦しめるなら……。お願いだ! 僕は何でもする。美鈴をこれ以上苦しめることだけは止めてくれっ!」
呻き声を漏らしながら、なおも震え続ける京子を、ウィンは全身で抱き寄せた。
「この二年間、辛かったのでしょう? 私も、同じだった。だから分かるの。だから……泣くのなら、私の胸で泣いて欲しいの。私の手が届く所で……」
●終幕
「まあ、草間さんの所の仕事だから、そんなことじゃないかと思ったんだけど」
バカにしているのか慰めているのか分からない言葉と請求書を残し、写真館のスタッフは去って行った。
ウィンと京子は、慶悟が呼んだタクシーで草間興信所へ。良二は、動かない美鈴の足元に跪き、声を立てずに泣いていた。
「これで良かったのかしら……?」
独りごちるシュラインのバッグの中から、携帯電話の着信音が。
「はい。……沢渡さん? ……いいの? 本当に?」
電話を切り、デルフェスに向き直る。
「沢渡さんが、依頼をキャンセルするって。だから、三枝さんを元に戻して欲しいそうよ」
「そうですか」
淡々と、デルフェスは換石の術を解く。京子本人がそう言っているのなら、それでいいのだろう。
虚ろな表情のまま、美鈴の肌に命の色が戻る。人目も憚らず、良二は美鈴を抱きしめ、涙を流し続けた。
それから二週間後。再び草間興信所を訪れた者に、所長の草間はこう言った。
「沢渡京子の件だが……。高畑家から相応の慰謝料を払う話が進んでいるそうだ」
金ですべてが解決するわけではない。だが、そういう「形式」が必要な時もある。
「まあ、慰謝料云々の話ができるようになっただけでも進歩だ。そうは思わないか?」
煙草をくわえながら、草間は苦笑いとも言い切れない笑いを浮かべた。
【完】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師】
【1252/海原・みなも/女/13/中学生】
【1588/ウィン・ルクセンブルク/女/25/万年大学生】
【2163/藤井・蘭/男/1/藤井家の居候】
【2181/鹿沼・デルフェス/女/463/アンティークショップの店員】
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■ ライター通信 ■
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東京怪談は2作目ですが、草間興信所は初めての小早川です。今回ご参加いただいたPCさんは、初めて描写する方ばかりなので、ちょっと緊張しています。お気づきの点がありましたら、遠慮なくテラコン経由でお知らせください。
今だから言えますが、オープニングを出した段階で、これはハッピーエンドにならないと思っていました。ところが、皆さんの力の入ったプレイングのおかげで、無事に幸せな結末を迎えることができました。登場NPCに代わってお礼を申し上げます。
ウィン・ルクセンブルク様、はじめまして。私信の方もありがとうございます。掲示板も拝見させていただきました。普段は明るい方とお見受けしましたが、今回は事件が事件でしたので、少し憂いを含んだ感じにしてみました。言うまでもありませんが、最後、京子が依頼を取り下げたのは、ウィンさんの存在によるものです。ギャラリーから興信所までの様子も書きたかったのですが、これだけでノベル一本分になりそうなので、やむなく割愛させていただきました。この部分についてはご想像にお任せ致します。
それでは、またお会いできますように。
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