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<東京怪談・PCゲームノベル>


宇宙公安バルザー! 「変身! 赤色教師を倒せ!」

●『赤』
「街宣車オルグは戦死。直属の部下のミナ・ルーは行方不明。さすがだな議長」
「‥‥何が言いたい? 将軍」
 闇の中、明らかに嘲笑を含む“将軍”の声に、“議長”は屈辱を押し殺して応えた。
「議長の部下の手際に、恐れ入っていたところだ」
「豚が! 素直に笑えばいいだろう、俺の失敗をな!」
 嫌みたらしい将軍に、議長は怒りの声を上げる。しかし、そのやりとりは長く続かなかった。
「何を争っている‥‥同志よ」
 その場に現れた第三者‥‥その声に、将軍と議長はその姿勢を改め、直立の形で礼をした。
「「書記長! 申し訳ありません!」」
 将軍と議長の声がそろう。書記長は、その声に鷹揚に手を振って応え、そして言った。
「次の作戦だが‥‥」
「書記長! 是非、この私めに汚名をすすぐ機会を!」
「いや、書記長、次はこの私の出番です!」
 議長と将軍が、互いに争うように声を上げる。
 書記長は、ややあって言った。
「議長。失敗は償われるべきだ‥‥だが、今はその時ではない。将軍‥‥将軍の作戦を聞こう」
 議長は落胆し、黙り込む。反対に将軍は饒舌になった。
「はい‥‥私の配下のオルグ獣、『赤色教師オルグ』を、ある学校に送り込んでおきました。子供の内から平和平等教育をすりこみ、未来の同志にしようという計画です」
「期待している‥‥」
 言葉短く言い、書記長はこの場に背を向ける。
 空間はそのまま、暗黒の中に沈んでいった‥‥

●赤色教師の恐怖
 小学校‥‥
 今日の授業は『お父さんの仕事』という作文だった。
 だから、習志野・愛は大好きな父親の事を書いた。
「パパはじえいたいで、日本をまもるために、いっしょうけんめい、はたらいています」
 だが、そうやって発表した途端、担任教師の赤居は烈火のごとく怒った。
 曰く「戦争で悪い事をした日本は戦力を持たないと言ったのだから、自衛隊は法律違反の犯罪」「自衛隊は外国へ行って人を殺す、人殺しの集団」「犯罪者の自衛隊なんてろくなものじゃない」だそうで、パパはそんなじゃないと一所懸命に反論した習志野・愛に「犯罪者の子供だから、正しい事に逆らう」と言い捨てた。
 そして‥‥愛は、泣きながら教室を飛び出した。

「先生‥‥言いたい事はわかりますけど、子供にはもっと優しく‥‥」
「何です! 新任の貴方に何がわかるの!?」
 職員室‥‥まだこの学校に来たばかりの若い女性教師、狩野が言うのに、赤居はヒステリックに噛みついた。
「全く‥‥親の責任だわ! 人殺しが、どんな育て方をしてるのか、知れるわね!」
「そんな酷い事を‥‥」
 困惑する狩野の前、赤居は人殺しの娘という言葉を交えて、愛の事を罵り続けていた。
 周囲の教師は、それを『赤居先生は教育熱心だから』と気にもしていない。
 狩野は、ますます困惑を深めていった‥‥

「でね‥‥パパは、人殺しじゃないって‥‥」
 愛は、公園のブランコに座って、事のいきさつを話していた。
 話を聞くのは、一人の青年‥‥彼は、愛に向かってではなく、むしろ内心の怒りを表すかのように呟く。
「『赤』の赤色教育か‥‥」
「何、それ?」
 小首をかしげて問う愛の頭を軽く撫で、青年は立ち上がる。
「安心して良い。多分、その教師は今日にもいなくなる‥‥それと、君の父親は立派な人だ。赤色教師の言う事など、気にするな」
 青年は、愛の通う小学校が有る方向を睨み据え、ゆっくりと歩き出した‥‥



●アンサズ
 洋館の一室。メイド服姿の少女‥‥ミナ・ルーが、欧風の豪奢なベッドに横たわる。
 その傍らに座り、ミナの頭を膝の上に置いて、髪を弄ぶようにしながら頭を撫でるイヴ・ソマリア。彼女は、ベッド横の椅子に座る仮面の男‥‥アンサズに聞いた。
「何かわかったの?」
「色々とね」
 アンサズは、仮面の下から覗く口元を笑みに曲げて、イヴに答えを返す。
「『赤』は、『書記長』と呼ばれる存在をトップに頂き、その直属の部下の『将軍』と『議長』によって動かされている。『将軍』と『議長』の下には一人ずつ直属の部下が居て、その下にオルグ獣、外宣員と続く‥‥いやはや、人類の平等を訴える割には、上下関係はハッキリしているじゃないですか」
 それは、組織の運用に、階級の上下は必要不可欠だからだろう。実際、地球上で共産制を唱えた国家にも、役職上の上下関係はあった。
「となれば、メイド服を着せたのは無駄でしたかね? 職務上の上下関係は、彼らも認めているようですし」
「あら、別に良いんじゃない? 可愛いもの」
 イヴは、ミナの体に目を下ろして答える。その口元には、艶を含んだ笑みが浮かんでいた。
 アンサズはその笑みに軽く肩をすくめ、そのまま何事もなかったかのように、ミナから得た情報を語る。
「彼らの本拠地である宇宙船は、月軌道上に隠れて『浄化装置』の準備をしているそうです」
「浄化装置?」
 その言葉にミナを撫でるイヴの手が止まる。
 浄化装置‥‥言葉の意味はわかる。だが、何を浄化するというのか?
 無論、アンサズはそれを探り出していた。
「他人よりも優位に立ちたいと思う心や、戦いを厭わない心‥‥競争心や闘争心といったものを消し去り、かわりに人を慈しむ心や職務に勤勉であろうという心を芽生えさせる。いわゆる、心の浄化装置ですね」
 アンサズは、その装置を思い、皮肉げに笑う。
「惑星単位でその効果を表すようですから、世界中が聖人だらけになるでしょうね」
 つまり‥‥『赤』は、地球を一気に浄化してしまうつもりなのだろう。戦争どころか、些細な喧嘩すらない、究極的に平和な世界に‥‥
「‥‥で? どうするの?」
「私は、聖人になる気はありませんよ。今の人の世の方が面白い。戦争もまた然り‥‥」
「じゃ、決まりね」
 イヴは、アンサズからその答を得ると、ミナの肩をそっと揺すった。
「起きて‥‥『赤』と戦いに行くわよ」
 目を開けたミナは、焦点の定まらぬ虚ろな瞳で宙を見据え、ゆっくりと頷く。
「はい‥‥ご主人様」
「ああ‥‥やる気になっている所ですが」
 イヴが、ミアを起こしているのを横目に見ながら、アンサズは誰にともなく言う。
「『赤』が今、何処で何をやっているのかは、ミアは知りませんでした。先も言った通り、『赤』も一枚岩じゃないみたいですからね」
 その言葉にイヴは、酷くがっかりした表情を浮かべた‥‥

●始まり
「赤居先生は嫌い」
「そうか」
 学校への道を歩く、ランドセルを背負った少女と、その傍らを歩く、妙に表情に乏しく、汚れたジーンズにTシャツの上にボロ布のようなマントという格好の青年。
 警察でも呼ばれそうな勢いだが、幸いにも二人は誰にも出会わなかった。
「でもね、狩野先生は優しいから好きよ」
「‥‥そうか」
 習志野・愛の話に、宇宙公安バルザーは言葉みじかに答えていた。
 と言うより、他に対応の仕方を知らないようにさえ見える。明らかに、バルザーは愛への対応に困っている。
 しかし、愛の方はそんな事はお構いなしにバルザーに色々と話していた。
 そんな二人はやがて、学校の前へと辿り着く。
 不安そうに足を止めた愛‥‥バルザーは彼女から離れ、一人で歩き出す。そして、誰に言うでもなく、はっきりと言葉を発した。
「励起」
 直後、バルザーの体は自らの内から発した雷光に包まれた。その中で、バルザーの体を包む衣服が原子に分解されて消えていく。しかし、その下には既に、銀に輝くプロテクタースーツが装備されていた。
 最後に、頭部をプロテクターが覆い、変身は完成する。その全てを、愛は目を丸くして見ていた。そして‥‥
「バルザー! 見つけたぞ!」
 荒い息混じりの声が上がる。そこに立っていたのは星野・改造‥‥先の戦いよりずっと、バルザーを追い続けてきた男だった。
「自分は‥‥お前と戦う理由がない」
「僕にはある!」
 振り返りもしないバルザーに、星野は言う。
「確かに兵器がなくなったとしても争いは無くならないだろう。だからといって、何千何万という人を傷つけ、命を奪う兵器を野放しにして置くわけにはいかない‥‥」
 それは、星野の覚悟の台詞と言えた。
 武器を捨て、戦争のない世界を‥‥と。それは、『赤』の主張にも似ている。だからだろうか、星野がバルザーを追ったのは。
 星野の言葉を受け、少し黙った後‥‥バルザーは不意に言葉を投げ返した。
「武力で、武力を消す事は出来ない。武力は、より強い武力を呼ぶ。お前が武器を破壊すれば、次にはより強い武器がお前を殺そうとする。お前を倒すという目的の元に、武器は進化を続けていくだろう」
 敵の打破は、武力を用いる目的となる。目的は進化を促す。故に、武力では武力を消す事は出来ない。永遠に。
「だから‥‥『赤』ですら、武力を主軸にした活動を捨てた。代わりに選んだのは、人の心をねじ曲げる赤色活動と、人々から闘争心のみを奪う非破壊兵器‥‥」
 そこまで言いかけて、しゃべり過ぎたと思ったのか、バルザーは口を閉ざした。
 しばし、沈黙が流れる。
 バルザーはもう何も言わないと察した星野は、自分の決意を確かめるかのように‥‥そして、バルザーからかけられた言葉を消し去ろうとするかのように言う。
「僕が間違っていると皆が言うのなら、どんな汚名でも着てやる。僕は僕の信じる道を進む‥‥!」
 言葉の終わりと同時に、星野は高く跳躍した。その高度から一直線に空を切り裂き、全ての力を込めた蹴りが、真っ直ぐにバルザーを射抜く。
 何をするでもなく、その攻撃を真正面から受けたバルザーの体が、衝撃に大きく飛ばされ校門を抜け、グラウンドに転がり込む。
「お兄ちゃん!?」
 愛の悲鳴混じりの声。その声に耳を塞ぎながら、星野はバルザーめがけて走る。
「まだだ‥‥お前は、その程度じゃ倒れない筈だ。あの時のお前を見せてみろ!」
 走る星野の前、バルザーは身を起こした。そこに、駆け込んだ勢いを全て乗せた星野の拳が打ち込まれる。
 金属を打つ、壮絶な音‥‥バルザーの体は、再び大きく飛ばされ、グラウンドを削りながら地を転がった。そしてそのまま、その体は校舎にぶつかり、壁に大きなひびを入れて止まる。
「バルザー!」
 そこに更に追い打ちをかける星野。
 この場が小学校であり、戦闘を長引かせる事が周囲への被害に繋がると考えるが故に、星野はこれを最後の一撃にすると決めていた。
「プ・ラ・ズ・マァァァ‥‥キィィィィィック!」
 走る星野の体がプラズマ光に包まれ、やがてその輝きは星野の足に集中する。
 全てを焼き尽くす気の力‥‥その力が込められたキックが、動く素振りすら見せないバルザーに突き刺さる。衝撃とプラズマ炎が、バルザーを周囲の壁ごと打ち砕いた‥‥
 崩れ落ちる壁に埋もれていくバルザー。
 それを見ながら、疲労に荒い息をつく星野は地に膝をつく。力を全力で出しながらの戦闘は、星野の体に相当な負担をかけていた。
 と‥‥星野の顔に、信じられないといった表情が浮かぶ。
「な‥‥」
「‥‥‥‥」
 瓦礫が動く。そして、その下から確かに声が聞こえてきた。
「‥‥地球人からの攻撃を確認‥‥‥‥思想犯罪への協力‥‥及び宇宙公安調査局への妨害と認識‥‥攻撃制限、限定解除‥‥」
 直後、立ち上がるバルザー。
 その銀の鏡面の様な装甲は各所が歪み、汚れてはいたが、バルザーはふらつく事もなくレーザー警棒を正眼に構えていた。
「地球人を‥‥排除する」

●遭遇
 銀野・らせんは、近所に住んでいる習志野・愛が教師赤居に泣かされた事を何故か聞きつけ、自分の学校はほったらかして抜け出したあげくに赤居の所にねじ込みに来ていた。
 会議室で赤居と二人きり。銀野は、赤居に向けて声を上げる。
「そりゃあ、自衛隊の存在には色々問題ありますけど、少なくても戦争に参加した例はないはずです! それに災害救助という役割を無視して犯罪者呼ばわりなんて本当に教師ですか?」
「戦争に参加した事がない!? PKOに行ったでしょ!? PKOとは言ってますが、アレは立派な戦争ですよ! それに、災害救助は、自衛隊が居なくても警察や消防が行います! いいえ、本来はそうでなくてはならないの! 災害救助なんて、武器が無くてもできるでしょ!?」
 赤居はヒステリー寸前の金切り声で、銀野に叫び返した。その叫びで、銀野の言葉は封じられる。
 後方での活動‥‥占領軍への支援なども戦争の一環と考えるならば、PKOは立派な戦争参加である。
 そして、自衛隊も含む一般的な軍においては、後方での支援活動なども軍事行動であると見るのが普通だ。敵を殺すだけが、軍事活動ではない。
 そして、実際に戦闘に当たる軍隊に協力している以上、戦場には出ない自衛隊の手も血で汚れているというのは、言いえる論法だった。
 それに、銀野は災害救助の話を持ち出したが、国防に当たる以外で自衛隊の存在価値など有りはしない。
 災害救助だって、雪祭りの雪像づくりだって、自衛隊が居なければ他がそれを行うだろう。
 自衛隊の存在の有用性を説くならば、まずは国防の必要性を説くより他にないのだが‥‥銀野はそれをしなかった。むしろ、自衛隊の存在に問題有りとしてしまっている。
「貴方も、自衛隊の存在に問題がある事はわかっているのでしょう!? そんな自衛隊なんて、廃止してしまえば良いんです!」
 赤居の叫びが会議室を埋め尽くす‥‥というかこれは、銀野が感情的になった段階で敗北が見えていた。
 感情的な議論は、声が大きくて、何があっても折れない者が勝つ。そして、ちょっとやそっとでは折れないという事では、赤居のような連中は折り紙付きである。
 そもそも、問うのが教師としての在り方だとするならば、責めるべき所が違う。自衛隊の正否など、今回の件においては何の意味もない。
 親が自衛隊だろうが、本当の人殺しだろうが、それを理由に不当な扱いを受ける‥‥それは許されないのだと言えば良かったのだ。事件の本質はむしろそちらだろう。
 本質を突いていない議論は、修正がされない限りほとんどが時間の無駄に終わる。この赤居と銀野の対談もまた、全く無為な時間として浪費されていた。
 しかし、その無為な時間は、突然に校庭側の壁が崩壊した事でもって中断させられる。
 崩壊の余波の後に赤居と銀野が見たのは、そこに立つ銀のプロテクターを来た男の背中。
 無論それは、宇宙公安バルザーに他ならなかった。

●殺人
「公安‥‥公安ですって! 政府の犬が、神聖な学舎に何の用ですか!」
 赤居が、金切り声を上げる。どうやら、公安という言葉にだけ鋭く反応したらしい。
 その声に振り返り、バルザーは言った。
「施設を破壊した事はすまない‥‥赤居という教師を捜している」
「そいつを刺激するな! 宇宙公安だぞ!」
 バルザーの声を聞き、星野が我に返って叫ぶ。
 その赤居というのがオルグ獣だとしても、むざむざと殺してしまうのもどうかと‥‥しかし、赤居は宇宙公安という言葉を聞いても、何ら動じることもなく言い返した。
「私です! 逮捕でもする気ですか!? 不当逮捕で、訴えますよ!」
「正しい知識のみを教えるべき学舎で、政治信条に歪んだ赤色教育を行う『赤』‥‥その悪行も今日までと知れ」
 バルザーがレーザー警棒を構える。
「あ‥‥悪行? 真実を教えて何が‥‥」
 赤居は、バルザーの持つレーザー警棒を本物だとは思わなかった。
 だから、逃げようともせずに反論を試み‥‥直後、バルザーが振ったレーザー警棒に胴を真横に断ち割られた。
「‥‥‥‥」
 瞬間、赤居は、自らの腹に赤黒く開いた傷口と、そこから溢れ出る臓物を驚愕の眼差しで見‥‥恐怖の色のこもる目でバルザーを見て、そこで事切れる。
 人形のようにその場にくずおれる赤居の死体‥‥だが、バルザーはここで異常に気付いた。
 死のパターンが、オルグ獣とは違う‥‥オルグ獣なら、最後の瞬間に意識があった場合、通常ならば自爆して敵を倒そうとする筈だ。
 しかし、それが無い‥‥調べてみれば、生命体としての組成も違う。
「‥‥地球人だったか」
 オルグが教師の擬装をしているのだと思ったのだが、赤居は本物の教師だったのだ。
 ミスはミス‥‥と理解する。
 愛の言葉を聞いて、赤居は『赤』だと確信していたのだが、『赤』以上に歪んだ赤色思想の持ち主が居るとは‥‥バルザーにとって、それは誤算だった。
 しかし、事前のチェックを行えば、容易に彼女が人間だと言う事はわかったはずだ。
 何故にオルグ獣であるかどうかの確認をせずに攻撃をしたのか、バルザーはわかっていなかった。無論、そこに習志野・愛との接触が原因としてある事も。
「‥‥人殺し」
 目の前で起こった事に茫然としていた銀野は、ここでようやく我に返った。そして、次の瞬間、この会議室から飛び出していく。
 一方で星野は、目の前で起こった惨劇に怒りを燃やしていた。何の罪もない人を殺したバルザーを、許してはおけなかったから‥‥
「バルザー! よくも、罪のない人を! ボクは、お前を許さない!」
「‥‥バルザー機動モード」
 対峙し、呟くバルザー。その手に巨大な盾が現れ、顔は透明なフェイスガードが覆う。
 バルザー機動モード。それは、バルザーの戦闘力を強化した姿。
 その姿を表したバルザーは、星野に答える事もなく盾を構える。それが、戦いの合図となった‥‥

●通報
「こちら、警察‥‥」
『学校に、銀色の鎧を着た人が! 警備員や教師に怪我を負わせて‥‥!』
 通報を受け取ったオペレーターが聞いたのは、恐怖に震える若い女性の声と、その遠くで響く爆発音‥‥そして、間断なく上げられる悲鳴だった。
「落ち着いて下さい。生徒の避難は‥‥」
 オペレーターは、逆探知で電話をかけてきた学校の場所を調べながら、電話の向こうに落ち着くよう伝える。しかし、その効果は薄く、女性の声にはまだ震えが残っていた。
『やってます! でも、逃げ遅れた子や残った先生も‥‥ああ、神様‥‥』
 オペレーターは的確に自分の仕事を果たしていく。その一方で、電話の向こうの女性に対する指示も忘れない。
「わかりました。今すぐにそちらに向かいますから、校内には誰も入らないように‥‥良いですね? 先生方は生徒さんを連れて、校舎から出きる限り離れて下さい」

「は、はい‥‥」
 答え、教師の狩野は受話器を置いた。
 ここは職員室‥‥遠く、破壊音と悲鳴が聞こえている。他の教師達は、生徒の避難の為‥‥あるいは、自分一人で逃げ出した為にここには居なかった。
 狩野は、オペレーターに話すことで何とか落ち着くことが出来た自分を感じながら、懐から携帯電話を取り出す。それは携帯電話とは全く違う、巧妙に偽装された通信機と呼ぶべき物であった。
「将軍様。バルザーが‥‥宇宙公安が来ました」
『な! 被害は!?』
 通信機は直通。狩野は用件を言う。答える将軍の慌てた声に、狩野はゆっくりと返した。
「私は無事です。でも‥‥同僚の赤居先生が、バルザーの手に‥‥」
 赤居が死んだ事を確認したわけではない。しかし、現場を見に行った同僚教師は、確かにその死体を見たと言っていた。
 正直、赤居に良いイメージはない。言ってる事は間違っていないかもしれないが、子供を傷つけるようなやり方は許せなかった。
 しかし、あまり好きになれない人物だったが、同僚の死にはやはり動揺してしまう‥‥
 と、将軍は狩野に向けて浮かれたような声を返した。
『赤居‥‥人間だな。なるほど‥‥それは面白い事になった』
「面白いだなんて!」
『黙れ‥‥良いから、お前は脱出しろ。これから、私もそちらへ向かう』
 反発しかける狩野を、将軍は一言で押さえる。元々、逆らう様には出来ていないオルグ獣‥‥素直に黙り込む狩野に、将軍は言った。
『これを利用すれば、宇宙公安を地球人の手で始末できる。これは、最大のチャンスと言うべきなのだよ』

●到着
「全く、遅かったわけだな‥‥」
 校門に立つササキビ・クミノは、厄介な事になったと溜め息をついた。
 『赤』の今回の活動は、あまりにも地味すぎる上に非合法でもないので、どこの組織も気付く事はなかった‥‥というか、少なくともササキビと繋がりのある範囲で、モグリ教師だの、教師の行き過ぎた行為だのといった事が問題になる筈がなかった。
 また、そもそも『赤』の活動自体が非常に地味で大人しいというのも問題で、地球人によるもっと過激な左派組織など山と有る現実を考えると、わざわざ危険度の高くない連中の為に人も金も裂く事は出来無い。
 結局、事件が起きてからササキビに連絡が届き、しかもその連絡内容は、むしろバルザーの方を何とかしろと言う話で‥‥
「馬鹿が‥‥地球人を敵に回すつもりなのか」
 警察は既に動き出している。オカルト事件だと判断すれば、IO2も動き出すだろう。何にしても、バルザーは人間の敵に回るわけだ。
 この展開を、ササキビは読めていた。
 バルザーなら、いつかこのような事件を起こすだろうと‥‥だから、出来る限り早い内に共闘態勢をつくって、活動の抑止につとめたいと思っていたのだが。
 返すがえすも、情報の遅れが恨めしい。
「‥‥ともかく、あの銀バカに接触しよう」
 再び溜息混じりに言うササキビ‥‥と、その背を何者かが叩いた。
「?」
「あの、すいません‥‥中で何があったんですか?」
 声をかけたのは雨柳・凪砂。
 下校する生徒を捕まえて、戦争と自衛隊についての取材をしよう‥‥などと考えていたのだが、事態は全く予想しない方向に流れていた。
 まさか、学校内で事件が起こるとは‥‥本物の記者なら、スクープのチャンスと喜ぶのかも知れないが、ライターでしかない雨柳は素直に喜んでもいられない。
「中で殺人‥‥が起こったなんて話ですけど。あの、これから中に入るんですよね?」
 逃げ出すならまだしも、中に入ろうとしているからには何かの関係者のだろうと‥‥多少、身構えながらの質問。
 ササキビは僅かに思考を巡らす。何にせよ、不要な情報撒く必要はないだろう。
「‥‥知らないなら、知る必要がないという事だ。踏み込めば、危険だとは言っておく」
「あ‥‥待って!」
 言い捨て、ササキビは学校に駆け込んでいく。
 その後、雨柳は少し迷ってから、ササキビの後を追って走り出した。
 未だ各所で破壊音の轟く校内へ向かって。

●戦闘
「‥‥高圧水流」
 バルザーの手から撃ち放たれる高圧の水が、校舎の壁を次々に粉砕する。
 その着弾点からわずか離れた場所に、常に星野の体があった。
 星野が攻撃をかわせばかわすだけ、バルザーの攻撃の流れ弾を食って校舎は破壊されていく。もちろん、星野がバルザーを攻撃しても、その余波で校舎は壊れる。両者の戦いは、校舎を凄まじい速度で崩壊へと導いていた。
 もっとも‥‥このままなら、校舎が完全に破壊される前に、星野が倒れるだろう。
 その能力を用いてかわしてはいるものの、バルザーの狙いの正確さの前にかわすのがやっと‥‥何度か接近して攻撃も掛けたが、バルザーのシールドが全ての攻撃を受け止める。
 星野一人では、まだまだバルザーに抗し得ない。そう、新たな力を得ない限り、一人では‥‥
 思考を巡らしながらバルザーの攻撃をかわす星野。と‥‥その背に壁が触れた。
 いつの間に追いつめられたのか。いたぶるような様子もなく、素っ気なく高圧水流を打ち出す手を向けるバルザーを、星野は睨み付けた。
 撃ち放たれる‥‥だが一瞬速く、バルザーは違う方向に視線を向けた。
「そこのお方、手を貸しましょうか?」
 星野にかけられる声。そこには、全身甲冑のような装甲をまとった人間の姿があった。
 バルザーのように機械的な装甲ではなく、何処か生物的な装甲‥‥彼に、バルザーは言う。
「‥‥止めるんだ。地球人とは戦いたくない」
「罪もない人間を殺して、何を言っている!」
 その言葉に、すかさず星野が声を上げる。バルザーは、言い訳をするではなく、ただの報告を読み上げるかのように言い返した。
「確かに誤認によるミスは犯した。地球人が、自分を攻撃する権利はある。しかし、それでも‥‥自分は生き残り、『赤』を掃討しなければならない。よって、攻撃者には反撃を行う」
「人を殺し、そして人の法には従わない。敵として見るには十分ですね」
 乱入者たる装甲の戦士は言う。そんな彼に、星野は体勢を立て直しつつ聞いた。
「君は何者なんだ‥‥」
「そうですね‥‥異端者(へレティック)とでも呼んで下さい」
 ヘレティック‥‥彼がこの学校に入ったのは、異形の気配を感じたからだった。
 彼が感じた異形の気配は二つ。こちらにあった気配を選んだのは、ここが破壊の中心であった事と、ここにある異形の気配がより強い力を感じさせていたからに他ならない。
 そう‥‥明らかに、目の前にいるバルザーは人間ではない。別の何かだった。
 ヘレテッィクはそれを異形と呼ぶ。そして、それを殺すために彼はここに来ていた。
「では‥‥」
「その戦い、ちょい待ぁーち!」
 バルザーとの間合いを詰めようと動くヘレティック。そこに、弾む息をそのままに声が割り込む。
「銀の螺旋に勇気を込めて、回れ正義のスパイラル☆ ドリルガールらせん、満を持して只今見参!」
 皆の視線の先。ピッとドリルを構えた決めポーズを決める少女‥‥ドリルガールらせん。
 彼女は、手のドリルをバルザーに差し向け、怒りに眉を寄せながら言い放った。
「何の罪もない人を傷つける貴方を、正義のヒロイン、ドリルガールらせんは許さないのだわ!」
「正義‥‥」
 何の基準の正義だろう?
 法‥‥ではない事は確かだ。
 だとしたら、個人の正義感か? しかし、個人の正義感などを基準にして戦う事は、正義が相対的なものである以上、大きな‥‥そして致命的な矛盾をはらむ。
 だが、そんな話はどうでも良かった。
 バルザーの持つ法の正義と、彼らの持つ正義が相容れないのは確かだろう。彼らには、彼らの持つ正義がある‥‥それは確実なのだから。
 正義は他の正義を駆逐する。バルザーが、『赤』の正義を打ち砕いてきたように。それを許さないなら、戦うより他に道はない。
「‥‥‥‥」
 シールドを構えるバルザー。その誘いの仕草に、戦いは始まった。

●不屈
 崩れ行く校舎の中で、バルザーの戦いは続いていた。
 数の上では3対1‥‥とは言え、機動モードで手加減無しに戦うバルザーは、星野、ヘレティック、ドリルガールらせんの3人ををほぼ圧倒している。
「く‥‥‥‥」
 星野が、防戦一方の戦局を打破する為、バルザーの懐に飛び込もうと攻撃を仕掛けた。
 しかし、バルザーは何ら焦ることもなく、迫る星野に盾を向けると、星野に向かってダッシュした。
 ここで速度を殺して避けても、次の一撃が避けられない‥‥そう無意識に判断した星野は、避けるのではなく、むしろその速度を上げ、盾ごとバルザーを打ち砕こうと全力を込める。
 一瞬の後、バルザーと星野は激突した。だが、星野の拳は、バルザーの盾にすら届かない。
 星野の攻撃を受け止めきったバルザーは、逆に星野を盾で押し返し、走る。直後、星野はそのまま壁に叩き付けられた。
 盾と壁の間に挟まれ、押し潰される星野‥‥そして、壁に亀裂が入り、崩れる。
「げほ‥‥‥‥」
 瓦礫とともに、壁の向こう側に倒れた星野は、赤黒い血を吐き出すと動かなくなった。
「‥‥生命反応有り」
 バルザーは呟いた後、一瞬だけ迷う。しかし、トドメはささずに残るヘレティック等に向き直った。
「もう一度、警告する。退け‥‥自分は、地球人と戦う事は目的ではない」
 バルザーの警告が虚しく響く。その程度の警告では、誰も退く事はないだろう。
 実際、ここから去る者は居なかった。しかし、
「このままでは、勝てない‥‥あの盾を何とかしないと」
 バルザーの隙を窺いつつ、ヘレティックが呟くように言う。
 バルザーの持つ盾は、如何なる攻撃をも受け止め、かと思うと武器となってこちらを打つ。
 高圧水流やレーザー警棒も脅威だが、盾は攻防一体という事もあり、最も注意すべきものだった。
「あの盾‥‥表面近くの空間を湾曲させて、攻撃を受け流すの。だから、普通の攻撃じゃ絶対に貫けない」
 自分も何度か攻撃を仕掛けてみた結果の感想を、ドリルガールらせんはヘレティックに話す。
 バルザーの盾の秘密は、空間湾曲能力に有ると言えるだろう。その能力により、攻撃を受け止め‥‥あるいは受け流し、時には高速で振り回す事を可能にしている。
 それは、ドリルガールらせんが、ほぼ同じ能力をもっていたからこそわかった事だった。
 故にドリルガールらせんの攻撃なら、同じ空間湾曲能力で、盾の空間湾曲能力をキャンセルできるかも知れない。だが、それが出来ても、盾を破壊する事は出来ないだろう。
 バルザーの本体に一度でも攻撃が当たれば‥‥ドリルガールらせんには勝機があった。
「ねえ、一撃‥‥一撃だけ、打ち込みたいの。協力してくれない?」
「一撃‥‥ですか。やってみます」
 隙をつくる。ヘレティックは自らの役割を確認し、自らの能力を使う。
 周囲の空間から滲み出る様に現れる死霊の群れ。それは、ヘレティックが召還したもの。
 それら死霊にバルザーへの攻撃を命じ、共にヘレティックもまたバルザーへと攻撃を仕掛けた。
 まず、死霊の群れがバルザーに襲いかかる。その先頭に、先ほど殺したばかりの赤居の姿を見るが、バルザーは動じない。ただ、淡々と処理をなす。
 振り抜かれたレーザー警棒が、容赦なく赤居の死霊を断ち切った。恨みのこもる、悲しげな悲鳴を上げながら消失していく死霊。
 バルザーはそのまま、残る死霊達にも同様の処理を施した。斬られ、断ち割られ、死霊達は次々に消えていく。
 そして‥‥
「瘴滅!」
 右手に怨念を凝縮した物をつかみ、ヘレティックが攻撃を仕掛ける。その怨念に触れたならば如何なる者でも発狂し、体内に打ち込まれようものならば内部からの壊死は免れぬという、ヘレティックにとって最強にして禁忌の技。
 しかし、それもまたバルザーの盾が受け止めて見せた。
「触れない‥‥そういう事ですか」
 盾に受け止められた状態で、ヘレティックは呟く。
 盾に触れる事が出来れば、怨念を打ち込んでそれなりの効果を引き出せただろう。しかし、盾までのほんの数ミリの距離‥‥それが縮まらない。まるで、その数ミリの間に、無限の距離を挟み込まれたかの様に。
 如何なる攻撃も、対象に当たらないのでは無力だ。
 ヘレティックの手の中、怨念の維持が難しくなった。そうそう長い間、掴んでられるものでもない。限界が来れば、その怨念はヘレティック自身を害するだろう。
 だが、自らの役割を全うしたヘレティックは、その事をさほど気にはしていなかった。
 盾は、一方向にしか向けられない。
 ドリルガールらせんは、盾のない背後からバルザーを狙う。
「いっけええええええっ!」
 駆け寄ったドリルガールらせんのドリルが、バルザーに触れた。
 しかし、それはバルザーに突き立つわけでもなく、ダメージを与えた様には見えない‥‥
 だが、ヘレティックは盾を構えるバルザーの腕の力がゆるんだのを感じた。
「これで‥‥」
 ヘレティックは、一度退き、盾を迂回する様に周り込むと、怨念を握ったその手をバルザーにたたき込む。
 怨念は確かにバルザーの中に打ち込まれた。
 直後、バルザーは糸が切れた操り人形のように、その場に崩れる。
 安堵した様子を僅かに見せながら、ヘレティックはドリルガールらせんに聞いた。
「‥‥何をしたんです?」
「精神を攻撃したの。本当は、これ以上、学校を壊さないためだったけど‥‥体は頑丈でも、心はそうじゃないって事もあるじゃない?」
 ドリルガールらせんは、少し誇らしげに微笑みながらその答えを返す。
「で‥‥お兄さんの方は何したの?」
「怨念の塊を叩き込んだんです。人間なら発狂は確実‥‥精神攻撃の後という事ですから、多分、死んでいるでしょうね」
 人間なら‥‥ヘレティックが何の気無しに言ったその台詞が真相を突く。だが、この場でそれに気づく者は誰もいなかった。
 何にせよ、人殺しのバルザーは倒れ、正義は守られる‥‥あくまでも、個人が個々に抱く正義が。
 しかし、それで全て終わる訳もなかった。
 校内に響き渡る、校内放送の鐘の音‥‥そして、壊れずに残っていたスピーカーから、女の声が飛び出す。
『はぁ〜い! 良い子のみんな。校内放送の時間です☆ 今日は、『赤』の脅威と戦うバルザーさんを応援する歌を、歌っちゃいたいと思います☆』
 その声は、イヴ・ソマリア。そして、すかさず流れるバルザーを讃える歌。
 しかし今日は、その歌声は二人分だった。
「く‥‥これは」
「動けない‥‥???」
 その歌声を受け、ヘレティックとドリルガールらせんは、体を拘束されたかの様に動きが鈍るのを感じる。
 歌声の威力は、以前、イヴが一人で歌った時より明らかに上がっていた。そして‥‥
「な‥‥瘴滅を受けて立つなんて!?」
 ヘレティックの目の前、バルザーはゆっくりと立ち上がった。動きがギクシャクはしているが、肉体的な損傷からのものではないらしい。
 バルザーは、自分に言い聞かせる様に呟く。
「再起動‥‥不正終了によるエラーチェック完了。エラー修正‥‥エラー修正完了‥‥内部データスキャン。破損データ修復中‥‥‥‥‥‥完了」
 その呪文の様な言葉を終えると、バルザーは満足に動けないヘレティックとドリルガールらせんを見た。
 無論、この状態で攻撃されたなら、二人の命はたやすく掻き消されるだろう。
 だがバルザーは、未だ響く校内放送に耳を澄ませ、ヘレティックとドリルガールらせんに背を向ける。
「『赤』を発見。直ちに殲滅する」
 歩み去るバルザーは、ただそんな言葉を残していった。

●もう一つの戦い
 校内に流れる歌声‥‥それを聞いたのは、バルザー達だけではなかった。
「見つけた‥‥」
 田中・裕介は、歌声に耳を澄ます。
 バルザーを追えば、必ずアンサズと名乗った男に辿り着くと考えたのは正しかった。
 そして田中は、歌声の元がある場所‥‥放送室を探して、崩壊しかけの校舎の中を走る。そして彼は、目的の部屋へと辿り着き、音高くドアを開く。
「‥‥静かにしてもらいたいな。せっかくの歌が乱れてしまうからね」
 田中にかけられた声‥‥それは、忘れようにも忘れられない、あの時に聞いたアンサズの声だった。
 放送室の中、佇む仮面の男‥‥アンサズ。彼の背後にある収録室の扉には、収録中を示す電灯がともっていた。
「そこにいるのか‥‥」
「ええ‥‥」
 田中の問いに、アンサズは小さく頷く。
 部屋の中、田中が奥歯をかみしめる音が小さく響いた。
「何故‥‥彼女をさらった」
「『赤』の思想をくじく為に‥‥しかし、ただそれをやるのも面白くない。そこで‥‥です。連中の道具を使ってそれを行うというのは、皮肉が効いていると思いませんか?」
「あの娘は‥‥確かに、『赤』という組織に使われていたかも知れない。だが、その願いと意志は純粋なものだった」
 アンサズの返した問いかけに、田中は答えることなく、ただ自らの内の言葉を話す。
「彼女は俺が救い出す‥‥彼女は俺が幸せにする!」
 言葉と同時に田中の体が動いた。
 アンサズの仮面を狙い、真っ直ぐに繰り出される拳‥‥だが、その拳は、やはりアンサズに当たる直前で壁に当たり、止まる。
 アンサズは、田中を嘲弄するかのように笑った。そして、傍らのマイクを取って言う。
「イヴ‥‥ミナを出してください」
 僅かな時間。そして、収録室のドアが開き、そこにセーラー服姿のイヴと、彼女に手を引かれたメイド服姿のミナ・ルーが現れる。
 ミナのメイド服は、田中が着せた物とは違っていた。それはイヴとアンサズが着せた物だ。
 イヴの方は、女子高生でブレザー、眼鏡、髪型は二つに分けた三つ編で変装して‥‥と言うシチュエーション。だが、ここは小学校である。女子高生だろうと、部外者である事には何の違いもなかった。
「どうしたって言うの?」
 歌を中断され、ちょっと不機嫌そうに問いかけるイヴ。アンサズがそれに答える前に、田中の声が当たりを制した。
「ミナ‥‥助けに来た!」
 田中は、アンサズのバリアを押し破ろうと力を込める。だが、強固なバリアはそれを阻んだ。
「‥‥ミナ!」
 田中はもう一度名を呼び‥‥異変に気付く。
 ミナは自分の名にも反応しない。ただ、人形の様にその場にたたずんでいる。
「‥‥何をした!」
 田中の疑問‥‥そして怒りは、アンサズに向けられた。
 アンサズは、田中に向けてはっきりと嘲笑を浮かべ、ミナの元へと歩み寄る。
「残念ですが‥‥今の彼女は、その心も含めて、私の玩具に過ぎない。白馬の王子の到着は、遅かったようですね」
 言いながら、ミナの顎に指をかけ、そっと引き起こして上を向かせる。そしてアンサズは、無抵抗なミナの唇に自分の唇を重ねた。
「‥‥いーけど、後で私にもしてもらうんだからね」
 不機嫌そうなイヴの声。だがその声は、アンサズはともかく、田中には聞こえていない。
 田中は‥‥覚悟を決めていた。
「‥‥‥‥」
 一歩退き‥‥次の瞬間、その手の中で、隠し持っていた大鎌が組み立てられる。
 『Baptme du sang』
 呪われた‥‥そして、強大な力を持つ魔性の武器。その気配に気付き、アンサズはミナの体を押してイヴに預けた。
「先に‥‥帰っていて下さい」
「勝手〜‥‥バルザーの応援はどうするの? まだ、終わってないんでしょ?」
 ミアの体を抱き留めながら、イヴは不満げな声を上げる。
「それに私、バルザーにお弁当渡してあげたかったんだけど」
 言いながらイヴは、ピンク色のナプキンに包まれた弁当箱を手に取ってみせる。
 アンサズは、田中の方に油断無い視線を向けながら、苦笑と共に返す。
「残念ですが、彼は目標をこちらに変えました‥‥ミナを狙っているのは明白ですね」
 アンサズに、生体感知の能力が教える。明らかに人とは異質な存在‥‥オルグ獣とほぼ組成を同じくする生命体が、こちらへと移動してくる。それには、バルザーの感触があった。
 バルザーがミナを狙う理由‥‥まあ、アンサズの下僕でいる事もバルザーは知らないわけだし、知った所でバルザーにミナを裁く事が出来ない以上、ミナの罪を許すという展開もあり得ないだろう。ミナを罪から解放する為には、おそらく有るだろう宇宙裁判所に訴え出て、弁護をするしかない。
「それに、彼は弁当は食べないと思いますよ。人ではないのですから」
「そっか‥‥」
 イヴは少し残念に思う。
 そぼろでピンクのハートを書いた上に海苔で『大スキ』と書いたご飯や、タコやらカニやらの形に切ったウィンナーなど、かなり嫌がらせに近い弁当を食べるバルザーを、是非とも見てみたかったのだが‥‥まあ仕方がない。
 あっさりあきらめると、イヴはその弁当をその場に置きアンサズに手を振った。
「じゃあ、ミナちゃんと先に帰ってるから‥‥あと、白馬の王子様、せいぜい頑張ってね〜」
 ついでとばかりに田中にまで手を振り、イヴはミナを引っ張りながら収録室へと逃げ込んだ。
 それを合図に、田中はアンサズに仕掛けた。大鎌の攻撃範囲は広い‥‥ミナが部屋を後にし、巻き込む危険が無い以上、アンサズに全力で攻撃を行える。
 振るう大鎌が、部屋の中の機材を断ち切りながら、アンサズに迫った。
 瞬間‥‥大鎌が宙に突き立つ。アンサズのバリアに触れたが故に。だが、次の瞬間、バリアを突き破って大鎌は振り切られた。
 赤い飛沫が飛ぶ‥‥しかしそれは、大鎌が自ら落とした物。アンサズの血ではない。
「なるほど‥‥それが、君の真の力と言うわけですか」
「!」
 背後から聞こえた声に、振り向く事もなく田中は大鎌を振る。しかし、アンサズは既にそこにはいなかった。
「なかなか良いですよ。テレポートで避けなければ死んでいたかもしれない」
 再び、アンサズは田中の背後に立つ。
 短距離テレポートによる回避。バリアを突破されたと察した瞬間に、アンサズは戦術を切り替えていた。
 そうしなければ、アンサズもただではすまなかったろう。
「でも、終わりです」
 アンサズの呟きと同時に、光の槍が田中の背に叩き込まれる。以前に受けたのと同じ痛み‥‥あの時は、この一撃に屈してミナを失った。
「‥‥なめるなぁ!」
 倒れかかる所を踏みとどまり、田中は大鎌を更に振り回した。今度はその長さを利用して、全周囲をなぎ払うかの様に。
 一度テレポートで飛び、姿を現したアンサズは、一周してきた大鎌の前に立つ事になる。
 アンサズの目の前、大鎌はバリアに触れる。だが、速度を落としつつも大鎌はバリアを抜けた。
「‥‥‥‥っ!」
 とっさに身をよじるアンサズの横腹を大鎌は裂く。飛び散る血‥‥そこに田中は、大鎌を素早く切り返して二撃目を放った。
 首を刎ね飛ばそうとする、狙い澄ました一撃‥‥アンサズはとっさに力を放つ。光の槍が田中の腹に打ち込まれる‥‥直後、それで僅かにずれたか、アンサズの胸に大鎌が深い傷を刻んだ。
「また‥‥ダメだったか‥‥‥‥」
 田中は、その場に倒れる‥‥消えゆく視界の中、アンサズがテレポートで姿を消したのを見た。
 ただ、アンサズが最後に残した言葉が田中の耳に残る。
「今は退きます。『赤』と私が戦う限り、貴方ともまた会うでしょう‥‥」

●悲劇
「先生!」
「あ‥‥習志野さん?」
 崩れかけた校舎の中、最後に脱出しようとしていた狩野が見たのは、途方に暮れた表情で一人たたずむ習志野愛だった。
「どうしたの?」
「お兄さんが‥‥はぐれちゃって。そしたら、学校がこんなに‥‥どうしよう」
 薄々、自分が招いた人物の起こした騒動だと悟っているのか、涙ぐむ愛。
 狩野は、その場にしゃがんで愛と目線をあわすと、優しく微笑んで愛の手を握った。
「大丈夫よ。大丈夫。だから、今は先生と一緒に逃げましょう。ここは危ないわ」
「‥‥先生‥‥‥‥」
 その目に涙を浮かばせ、狩野に抱きつく愛‥‥その体を抱き締め、そして狩野は愛の手を握ったまま立ち上がる。
「今は泣かないで‥‥早く逃げましょう。ここは本当に危ないの」
 バルザーに自分が見つかったら‥‥愛の事を考えずに攻撃を仕掛けてくるかも知れない。
 戦闘用じゃない自分には、バルザーから愛を守る事なんて出来ないだろう。
 だから狩野は、急いでこの場を離れようと、愛の手を引いて走る。
 玄関に駆け出て、そのまま校庭へと‥‥だがその時、今までに無かった激しさで校舎が揺れた。
 崩壊の兆しを見せていた天井から、一抱えほどもある大きさの破片が落ち、愛を狙ったかのように真っ直ぐに落ちる‥‥だがそれは、狩野の腕の一払いで跳ね除けられた。
 無論、常人のなせる事ではない。狩野がそれを出来たのは、彼女がオルグ獣だったからに他ならなかった。
 狩野は傷一つない自分の腕を複雑な表情で見‥‥それから笑顔で、愛に問いかける。
「大丈夫だった?」
「うん!」
 愛の元気な返事に安堵し、狩野は彼女の手を握り直すと、校舎の外へと駆け出た。
 ここまで来れば、後は校門をくぐるだけ。
 しかし‥‥狩野の足は、校庭に出たところで止まった。
 空から校庭に降り立つ、プロテクター姿の男。それはバルザーではない。だが、狩野にとっては、ほとんど同じ事だったのかもしれなかった。
「貴方がオルグ獣でしたとは」
「何の事ですか‥‥」
「とぼける必要はありませんよ。おとなしく殺されるなら、被害は小さくすみますが‥‥どうします?」
 プロテクターの男が、チラと愛に目をやる。その意味を悟り、狩野は唇を噛んだ。
 戦って戦えない事はない‥‥しかし、子供の身を危険にさらす事は出来ない。
 選択肢は一つしか用意されていなかった。
「わかり‥‥ました」
 どうせ、創られた命‥‥子供のためならば惜しくはない。ただ一つ、平和な世界を見る前に死ぬのは残念でならなかった。
 しかしその時、校内に一台の改造バイクが走り込んでくる。
 それは、特殊白バイ「トップチェイサー」とFZ−01だった。
「何をしているんです! 貴方は何者ですか!」
 FZ−01は、教師と少女を脅している様に見えるプロテクター姿の者に問いを投げる。
「貴方の仕事を手伝っているだけです。名前は‥‥ルシファーと憶えておいてください」
 ルシファーはそう答え、さらに付け加えて言い放った。
「オルグ獣を、代わりに殺そうと言うだけの事ですから、邪魔はしないでください」
「オルグ獣‥‥」
 FZ−01は、狩野と愛を見た。どう見ても、人間にしかみえない。
 しかし、センサーは狩野に僅かながら人間との相違点を見つけ出していた。
「確かに! オルグ獣かも知れない‥‥けど、彼女は無抵抗じゃないか!」
 暴れてるなら対応の必要もあるだろう。だが、狩野にはそんな様子は見えない。
 逮捕するなり、何なりの対処は必要だろうが、殺す必要はない‥‥それは甘さかも知れなかったが、FZ−01はそう判断した自分を恥じる事はなかった。
 だが、そんなFZ−01を、ルシファーはせせら笑う。
「無抵抗? 殺しやすくて良いじゃないですか」
「‥‥そんな事はさせません」
 FZ−01はトップチェイサーから降り、狩野の元へと歩こうとする。しかし、その動きをルシファーは制した。
「邪魔をするんですか? かまいませんが‥‥この辺りは火の海になりますよ?」
「何を‥‥!?」
 言い返すFZ−01の耳に、ヘリのローター音が届く。上を見上げたFZ−01は、そこに浮かぶ鋭角的なフォルムを持った戦闘ヘリの姿を見た。
「あれは、私のコントロール下にあります。いつでも、全武装を使える状態でね」
「貴方は‥‥」
 FZ−01の声は怒りに震える。だが、うかつに手を出す事も出来ず、拳を握りしめることしか出来なかった。
 と‥‥狩野が、FZ−01に言う。
「良いんです‥‥私は‥‥‥‥」
 声は恐怖に震え、顔は青ざめていた。
 だが、それでも狩野はルシファーに向かって足を踏み出す。
「子供達に‥‥危害を加えないでください」
「もちろん‥‥」
 ルシファーは鷹揚に頷く。そして、密かに何かを操作した。
 その時になって、愛は何となく理解した。殺すとか、殺さないとか、アニメやドラマでしか見た事の無い事が、目の前で‥‥しかも、大好きな先生の身に降りかかろうとしているのだと。
「狩野先生!」
 何も考えることなく、走り出す愛。
「!? 来ちゃダメ!」
 走り出した愛を止めようと、狩野は押し止めるかのように右手を差し上げながら、愛の方へと体を傾けた。
 直後、天空から不可視の光の矢が落ちる。
 レーザーは空気を焼き焦がし、周囲に熱風を吹かせる。愛はその熱風に足を止め。そして‥‥
 狩野の体‥‥いや、体の部品が転がった。
 右肘から先と、狩野の首‥‥他の部分は、レーザーに焼き消され、消滅している。
 右手はそのまま地に墜ち、僅かに震えて動きを止めた。首は落ちてから勢いで転がり、立ちつくす愛の足下へと辿り着く。驚きの表情を浮かべた狩野の焦点の合わない瞳が、そのまま愛を見上げた‥‥
「!?」
 声のない悲鳴‥‥そして、愛はその場にくずおれる。駆け寄り、慌てて抱き留めたFZ−01の腕の中、彼女は既に気絶していた。
 その前、ルシファーは歩み来る。その手には、狩野の右手。そしてルシファーは、その場に転がる狩野の首を無造作に拾い上げた。
 レーザーで焼き固められた傷口からは出血がない。故に、それは作り物の様にも見える。だが、紛れもなくそれは、先程まで生きていた者のなれの果てであった。
「なんて事をするんですか! 貴方はそれでも人間なんですか!」
 FZ−01は、愛をその手に抱えたまま、怒りを込めてルシファーに叫ぶ。しかし、ルシファーは嘲りを僅かに込め、狩野の首をFZ−01に見せながら軽く返した。
「人間ですよ。これは違いますけどね」
 ルシファーの持つ物は、ただの肉片ではない。星の海を渡る技術を持つ者達の技術の塊‥‥その利用価値は計り知れない。
「どうして、こんな事を‥‥」
「『赤』に戦争を無くされては困る。それと、新製品開発のための企業努力‥‥という所ですか」
 その答えは軽い。オルグ獣‥‥人ではないとはいえ、無抵抗の女性の命を奪った事など微塵も感じさせぬ程に。
「そんな事の為に! 貴方は!」
 愛を地に横たえ、FZ−01はルシファーに殴りかかった。装甲が高く鳴り、ルシファーは僅かに上体を揺るがす。
「そんな事の為に貴方は、女性の命を奪い、少女の心に傷を刻んだのですか!」
 怒り‥‥ただそれだけの感情を込めて、FZ−01はルシファーを殴り続ける。
 だが、ルシファーはさほど堪えた様子もなく、FZ−01の隙を見るや逆に殴り返した。
 ただの一撃‥‥ただの一撃で、FZ−01は宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「重要ですよ。戦争の為というのはね」
 ルシファーは、身を起こそうともがくFZ−01の元へと歩み寄り、無造作に蹴りを入れる。FZ−01は再び宙を飛び‥‥校庭の端の鉄棒につっこんで止まった。
 鉄棒を身に絡め、動かないFZ−01。ルシファーはこの場に背を向けつつ彼に言い放つ。
「戦争こそが文明の導き手なのですよ。我々エリートが指導する正しい戦争によって人類は高みに登る事が出来るのです」
 言い終えるやルシファーは、飛行ユニットを稼働させて空へと舞い上がった。そして、上空で戦闘ヘリに掴まると、そのままヘリに運ばれて空の彼方へと消えていく。
 オルグ獣‥‥狩野の首と腕を持ったままで。

●帰途
 天を貫いたレーザーに、バルザーは足を止めた。
 そして校庭を見‥‥壁を盾の一撃で粉砕し、そこから飛び降りる。
 歩き出すバルザーが目指したのは校庭‥‥そして、そこに倒れる愛の所だった。
「‥‥‥‥死んではいない」
 一目でそう判断し、バルザーは愛を抱え上げる。そして、周囲を見渡し、動かないFZ−01を見つけた。
「‥‥‥‥」
 歩み寄り、無造作にレーザー警棒をふるう。直後、FZ−01にからみついた鉄棒は全て地面に落ちた。
「バ、ルザー‥‥」
 FZ−01は、僅かに意識を取り戻したのか、バルザーを見上げる。
 だがFZ−01の意識は、再び闇の中に落ちていった。
「何があった?」
 バルザーの問いに、FZ−01は答えない。
 動かなくなったFZ−01の前から、バルザーは歩き出す。それは校舎の方向ではなく、校門の方向であった‥‥
「そっちへは行くな! 捕まるぞ!」
 制止の声がかかる。それは、ササキビ‥‥そして、彼女の後ろには雨柳がいた。
「もうすぐ警察が来る。お前なら強行突破も出来るだろうが、それでは泥沼だぞ」
「‥‥‥‥問題ない」
 バルザーは、ササキビの言葉の意味が理解できていない。もしくは、それが取るに足らない事だと考えている。それを見た目から察し、ササキビは溜息をつく
「大有りだ。もっと楽に、確実に仕事をしたいとは思わないのか?」
 溜息混じりの問いに、バルザーは答えない。ササキビは、続けて言葉を連ねた。
「思わないのだろうな。目標を探し、徹底殲滅する‥‥AIだって、もう少し臨機応変に動く。ここが無人の荒野だったならそれでも良かったのだろうが‥‥ここには、お前達にとっては原始的でも、社会が存在しているのだぞ」
「『赤』の感染を防ぐ為だ‥‥問題を起こす事もあるが、問題を打破する力は与えられている」
 バルザーの答え‥‥『赤』は社会の毒。その耐性を得る為、社会的な行動を取らない‥‥そういう事らしい。
 確かに、『赤』の無闇な平和主義は、高度な社会でのみ意味をなすものだ。文字通りの蛮族に、平和主義は意味をなさない。
 だからといって、地球の社会を無視して活動されては、地球人は相応に困る。無論、排除しようと言う流れにもなるだろう。
「地球人を敵に回す気か」
「必要なら‥‥それに、既に遅い。自分は、地球人を殺している」
「え? どういう‥‥」
 バルザーの告白に声を上げる雨柳。バルザーは手を上げ、校舎の一角を指さした。
「あそこで、地球人を殺した。原因は目標誤認。死体はまだある」
 その言葉に嘘はないだろう。バルザーが嘘をつかなければならない理由など無い。
 顔を青ざめさせる雨柳‥‥そして、ササキビは奥歯を噛んでから言った。
「もう、かばえなくなるな‥‥」
 バルザーは、地球人にとっての害悪‥‥となれば、バルザーの手助けをしようとする地球人はいなくなるだろう。『赤』とバルザー、双方もしくはバルザーのみの殲滅‥‥そう方針を変えるに違いない。
 『赤』の方が正義としてはわかりやすいのだ。世界平和の為に戦う‥‥しかも、バルザーが介入しない限り、暴力沙汰は起こさない。どちらを悪と見るか‥‥問うまでもないだろう。
「問題はない‥‥」
 呟く様に返し、そしてバルザーは歩き出した。それを雨柳は呼び止める。
「待って‥‥その子は何なんです?」
 バルザーの抱く、少女‥‥習志野・愛。バルザーは少しの間、彼女を見下ろし‥‥首を横に振る。
 何故、バルザーは彼女を連れて行くのか? それはバルザーにもわからなかった。
「出来れば‥‥修理する。この子は壊れてしまった」
「眠ってるだけじゃ‥‥」
 見た目には、眠っている‥‥気絶なのかも知れないが、とにかく何も外傷はない。雨柳がそれを指摘すると、バルザーは首を横に振った。
「脳内の信号が乱れている。精神的な損傷が激しい。何か、衝撃的な物を見たのだろう」
 バルザー自身なら、精神的損傷も修復できる。だが、地球人の精神を修復する事は出来ないだろう。
「置いていけ‥‥お前が連れ歩く意味はない」
 ササキビは言った。愛には両親がいる‥‥彼らは悲しむだろう。
 バルザーはササキビの言葉に迷い‥‥そして、愛をその場に下ろした。
「頼む」
 一言残し、バルザーは歩き出す。
 やや歩いた所で、変身を解いたのだろう。その姿が、薄汚れた若い男の姿へと変わった。
 遠目にも、彼の体が傷つき、血を流しているのが見える‥‥
 愛を抱き起こしていた雨柳は、そんなバルザーの姿を見て疑問に思う。
「あんなに傷ついて‥‥『赤』を攻撃して回る理由があるんでしょうか? ただ、戦いを止めようって言っているだけの『赤』の人たちを」
 地球には『赤』以上に狂的な反戦主義者など何処にだっている。バルザーに言わせれば、地球全体が『赤』に感染した状態といえるだろう。そんな地球で、『赤』を倒す事にどれほどの意味があるのか?
「奴は一応、正義の味方だ。正義の味方は、自分の正義以外は目に入れない」
 雨柳の問いに、ササキビが一応の答えを返した。だが、雨柳には納得のいくものではない。
「正義の味方ですか? こんなに、無駄に戦っても」
「彼の所属する社会の、公共正義の味方という意味でな‥‥別の社会に属する、しかも自らの正義を主張する事に忙しい連中と、仲良くやれるはずもない。それに、地球での正義など、奴の知った事ではない‥‥」
 ササキビは思う。
「全く、難儀な奴だ‥‥」

●後日
 小学校乱入教師殺害事件として大きく報道された今回の事件は、最有力容疑者として宇宙公安バルザーと名乗る男を追いながら、全力をあげた捜査が行われていた。
 教師赤居は死亡。当初、事件に巻き込まれて行方不明とされた教師狩野は、身元が偽造だった事もあり、今回の事件の犯人との繋がりがある可能性も考えた捜査に切り替えられた。
 事件当時、現場にいたと思われる少女、習志野・愛は発狂しており、今は病院に入院中。周囲の全ての物に怯える生活を送っている。「狩野先生の首」などの言葉を時折発しており、関係者は既に狩野も犯人に殺されており、彼女はその現場を見たのではないかと推測している。
 校舎内で、学校関係者ではない幾人かの怪我人が発見されたが、彼らは暴れる犯人との格闘によって負傷したものとされた。なお、彼らの実名および顔は公表されていない。
 なお、事件当時、上空をヘリが飛んでいたとの報告もあったが、このヘリは映画撮影中の民間機である事が確認され、事件とは無関係とされた。

 かくしてバルザーは、地球人の敵となっていく‥‥

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】

1865/貴城・竜太郎/34/男性/テクニカルインターフェイス・ジャパン社長
2066/銀野・らせん/16/女性/高校生(/ドリルガール)
2069/星野・改造/17/男性/高校生・正義のヒーロー・サイボーグ
1098/田中・裕介/18/男性/高校生兼何でも屋
1166/ササキビ・クミノ/13/女性/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。
2209/冠城・琉人/84/男性/神父(悪魔狩り)
1847/雨柳・凪砂/24/女性/好事家
1855/葉月・政人/25/男性/警視庁対超常現象特殊強化服装着員
1481/ケーナズ・ルクセンブルク/25/男性/製薬会社研究員(諜報員):
1548/イヴ・ソマリア/502/女性/アイドル兼異世界調査員

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■         ライター通信          ■
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 ‥‥赤居のような教師は実在する。もちろん、オルグ獣でも何でもない。

 赤居の事は、最初から罠でした。
 いや、勘違いするだろうなぁと‥‥そして、やっぱりなと。
 その為、オルグ獣と戦う事を想定していた方の多くには、『殺人犯のバルザー』と戦ってもらいました。
 だってなぁ‥‥法律に違反してもいないオルグ獣と、人殺しの宇宙公安、どっちが倒すべき相手かと‥‥考えるまでもない(笑)。
 さて、ノベル中で実際に殺っちゃった人を除いて、オルグ獣を殺すプレイングかけた皆さん‥‥オルグ獣が狩野であったとしても、皆さんは何の問題もなくオルグ獣を殺したのでしょうか。