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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


絡みつく……

+++++オープニング+++++

その日草間の元にやって来たのは、「屈強そうな」と言って差し支えない体格の良い男だった。
29歳。
趣味はボディビルとスポーツ全般。
喧嘩をすれば4〜5人は軽くのしてしまいそうな頑丈そうな男が、少々青ざめた顔で言う。
「女が……女がずっと俺を見張ってるんだ……」
「失礼ですが、結婚は?或いは、付き合っている女性か、最近別れた女性は?」
草間の質問に、男は首を振る。
人生はスポーツ一筋。
身も心も脳味噌も、筋肉のような男だ。
「四六時中俺を見てるんだ……、夢の中でも!」
絡みつく視線の不快さに、夜も眠れない。
食事も喉を通らなければ、ボディビルにも身が入らない。
どうか相手を突き止めてくれ、と言う依頼だ。
ああ、また人の色恋か。
草間は心の中で溜息を付き、精一杯の営業スマイルを浮かべる。
……仕方がない。
どうにかして依頼を受けて収入を得なければ、近づく冬に防寒の対策が練れない。
せめてストーブを焚く為の灯油くらいは購入したいのだ。
「宜しく頼むっ!」
ゴツイ手で肩を叩かれて、草間は軽く咳き込む。
……最近ちょっと老けてきたかも知れない。
などと思いながら、草間は言った。
「引き受けましょう」


++++++++++++++++++++

半ばうんざりと言った「引き受けましょう」と言う草間の言葉に、男は舞い上がらんばかりに喜んで堅く草間の手を握った。
どうせなら若いおねぇちゃんに握って貰いたいものだ……と思いながら、草間はやんわりとその手を解く。
汗ばんだごつごつした手など願い下げだ。
そっと溜息を付く草間の肩を、ぽんぽんとシュライン・エマが叩いた。
「疲れてるの?武彦さん……」
「ああ、少しな」
草間は否定せず差し出された湯飲みを受け取り、年寄り臭く啜る。
「女は怖いもんだな……気持ちはわかる……」
ような気がすると言って、クロスワードパズルの雑誌をテーブルに放り投げる武田隆之。
「力になるぞ」
依頼人には劣るが、なかなか逞しい体格のバツイチ三十路男だ。
自分の離婚経験と女性関係その他諸々から、女性の視線を不快とまでは思わずとも少々恐ろしさを感じている。
「ああ、有り難い!」
拝むように頭を下げる依頼人。
その依頼人に、
「女性からの視線がなんで不快なの?」
俺ならすごく嬉しいけど……と、ソファで大袈裟に首を振るのは佐和トオル。
ホストと言う職業柄、依頼人や隆之にはほど遠い細く整った体型の持ち主だ。
「四六時中……と言う事は、今も視線を感じていらっしゃるとか?」
シュラインの問いに、男はゆっくりと頷いた。
「ああ、見られている。ただ、どこから見ているのかが分からないんだ……、こう、意識の中にまで絡みつくように見られているようで……」
……実はこの男の妄想か何かなのではなかろうか、と思いながら、しゅらいんは首を傾げる。
「で、今もやっぱり不快なわけかい?」
隆之の言葉にも頷く依頼人。
「って事は、その視線に何か不快にさせるような感情でも乗せられているのだろうか……うーん……」
トオルも首を捻る。
と、そこで誰かが扉をノックした。
「あ、はーい」
応えるシュライン。
入って来たのは、海原みその、真名神慶悟、観巫和あげはの3人だった。


++++++++++++++++++++

「……、と言う訳なのよ」
後からやって来た海原みその、真名神慶悟、観巫和あげはの3人に詳しい事情を説明して、シュライン・エマは熱いお茶を一口飲んだ。
テーブルの前には、あげはが持ってきた団子が並んでいる。
「筋肉質の殿方は見ていて頼もしく思います。そのような方を悩ませるような方がいるのでしたら会ってみたいですね」
と、みそのが団子に手を伸ばしつつ言った。
「向こうはこちらを知ってる。という事は何処かで遇った事があるという事だ。だが夢の中にまでというのは穏やかではないな。まして不快だと感じているのならどうにかしなければな」
「うーん……まあ、人間どこでどう思われてるか分からないしね。視線、追ってみましょうか?」
慶悟の言葉に頷きつつ、2本目の団子に手を伸ばすトオル。
「お前のほうが余程女に恨まれる心当たりがあるんじゃないのか?」
と口を挟む草間に睨みを利かせる事も忘れない。
「本当に心当たりはないのかい?独身で恋人もいなくて、理想の女性を妄想してるってわけじゃあ、ないんだよな、別に。夢の中にまであらわれるとなると尋常じゃないぞ」
隆之が言うと、依頼人は少し憤慨した。
生まれてこのかた29年、独身を通し付き合った女性もいないが、決して全くモテないと言う訳ではなく、言い寄ってくる女性は数数多。興味がない訳でもないが、ふと自分の人生を考えてみると、女性よりもボディビルの方が大事なのだと切実に思うのだそうだ。
言い寄ってくる女が数数多かどうかの真偽は後に回すとして、この男、本当に身も心も脳味噌も筋肉らしい。
信じられないな、と溜息を付くトオルの横で、苦笑しながらシュラインが口を開いた。
「性同一障害の方等は反対に妙に男らしくしようとしてしまうって聞いた事があるのだけど、絡みつく視線は内面の自分自信の女性要素……とか?」
……思考ぶっ飛び過ぎかしら、と言ってシュラインは首を傾げる。
「あら、でも、女性に興味がないと言う訳ではないそうですから、その可能性は低いのではないでしょうか?」
みそのがのんびりとした口調で言うと、シュラインは「そうねぇ」と頭を抱えた。
「よし。あんちゃん、ちょっと写真、撮らせてもらっていいか?」
突然隆之がポンと手を打った。
職業カメラマン。
彼の撮る写真には、何故かよく写ってはならないものが写ってしまう。
もし視線の主が霊的な存在であれば、何か写るのではなかろうか、と言うのだ。
「それなら、私も是非写真を撮らせて下さい」
と、念写の能力を持つあげはが愛用のデジタルカメラを取り出すと、依頼人は突然服を脱ぎ始めた。
驚きつつ目を逸らす女性陣と、あきれ果てる男性陣。
「あー、別に脱がなくていい」
慌てて隆之が止めると、依頼人はとても残念そうな顔をする。仕方がないので「脱ぎたきゃ別にいいけど」と付け加えると、依頼人はいそいそと上半身の衣服を取り去り、その逞しく盛り上がった筋肉を露わにした。
どうせ写真を撮るのならば、この長年培った筋肉も撮ってくれと言う。
事務所内のソファを片隅に寄せて、依頼人はポーズを取る。
苦笑しつつ、それでも写真となるとやはり神経を集中させて、隆之は何度かシャッターを切り、その横であげはも目を閉じてシャッターを押す。
事務所内にフラッシュが瞬き、フィルムを巻き上げる音が響く。
今この瞬間も、男は視線を感じているのだろうか。
調子に乗って次々ポーズを取る依頼人を、慶悟は静かに見た。
この男に、何か不穏な気配が取り巻いていないか。男に何かしらの感情を持つ霊の仕業か、或いは、男を陥れようとする呪術の類か。
口を閉ざしたまま暫し霊視をした慶悟は、呪術的ではなく、霊と言うには多少異なる気配を感じ取り、僅かに眉を動かす。
式神を打ちかけて、その手を止める。
「ねえ、香りが原因って、ないかしら?」
隣でシュラインが口を開いた。
「ん?」
「アレルギー?シャンプーや香水や整髪剤の香りが変わって、何かまとわりつくような気がしているだけとか?」
と、トオルが大きく頷く。
「ああ、そう言うのあるね。香水なんかの香りがキツイと別れた後になってもその人と一緒にいるような気になったり……」
「でも、依頼人の方からそんなに気になるような香りはしていないと思いますけれど……」
みそのの言う通り、依頼人からやたら鼻につくような匂いは発散されていない。
ここにいるわたくし達には感じられない匂いなのかも知れませんが、と付け加えてみそのは未だカメラの前でポーズを取る依頼人を見る。
「実は、今少し霊視をしてみたら気になる気配があったんだ」
写真の結果を待って詳しく話す、と慶悟は言う。
「ところで、この依頼って武彦さんが引き受けたんじゃなかったかしら……、ねぇ?ガッチリ手まで握られて」
決して依頼人に焼き餅を焼いた訳ではないがちろりと草間を見るシュライン。
「あらあら。草間様が引き受けた依頼=わたくし達が引き受ける依頼、ですわ」
にこにこと笑うみそのの横で、トオルが呟く。
「押しつけられる、の間違い」


++++++++++++++++++++

隆之の撮った写真の現像が出来上がるまでの45分は、依頼人から更に詳しく話しを聞く事に費やされた。
まず、シュラインが気にした香り。
日頃使っている身の回りの品々を変えた事はなかったか、更に何か薬物を口にする事はなかったか、と言う質問に依頼人は首を振った。
シャンプーは男性向けのトニックシャンプー。整髪剤も歯磨き粉もデオドラント剤も父の代から同じ物を使っていると言う。
香水は使用した経験がなく、風邪一つ引かないので栄養剤さえ口にしたことがない。
時折使うエアーサロンパスの類も、常に同じ物を購入していると言う。
「視線に気付かれたのは、いつ頃からでしょうか?」
と言うみそのの問いには、暫し時間がかかった。
何せ脳味噌が筋肉で出来ているものだから、記憶の糸を手繰るのが一苦労なのだ。
「多分……、そうだなぁ、3〜4ヶ月前からか……。しかし、ここ1ヶ月は特に酷くなっているような気がする」
「3〜4ヶ月、ですか……」
となると、その3〜4ヶ月の間に依頼人の身の回りで何かしらの変化があった筈なのだが。
「ちょっとした事でも構わないから、何か変化がなかったかしら?」
「例えば……、職場に新しい社員が来たとか、その、通っていらっしゃるジムに入会された方がいるとか……」
シュラインの言葉を受けて、あげはが言う。
と、依頼人はああ、と頷く。
「そう言えば、丁度3〜4ヶ月前に隣の空き部屋が埋まったな。ヒョロっとした男なんだが、1ヶ月前に同じジムに通うようになって……」
「男、か……。でも、視線は女なんだよね。じゃ、関係ないのかな」
溜息を付くトオル。
「いや、もしかしたらあんたじゃなくてその男の方が標的なのかも知れないぞ。隣の家とか、同じジムと言う理由で間違われている、なんて事はないか?」
一度、自宅とジムの写真も撮ってみたいと隆之は言った。
と、そこへ仕上がった写真を持って草間が戻る。
依頼を6人に押しつけるつもりなら、これくらいの事はしてもバチはあたらない筈だとお使いの命を下されていたのだ。
袋から写真を取り出して、テーブルに並べる。
鬱陶しいほど隆々の筋肉を披露した依頼人の写真。
その数枚に、何から影のようなものが。
「あー、やっぱり写ったか……」
その内の1枚を取り上げて、隆之は溜息を付く。
そこに写ったのは、目だった。
ポーズを取った依頼人の丁度真ん中あたりに、二重の大きな目だけが写っている。
「それが視線の主って訳ね」
手に取って、シュラインはまじまじとその目を見る。
絡みつく、と言うことろから蛇を想像したりしていたのだが、蛇ではなく、間違いなく人間の目だ。
「あの、私の写真にも同じものが……」
と、あげはがデジカメのモニターを皆に見せる。
そこにも確かに、くっきりと目が写っていた。
「お、こっちには髪が写ってる」
トオルが別の写真を取り上げる。
長い黒髪だ。
逞しく天に掲げた腕に、長い髪が絡みついている。長いと言ってもみその程長くもなく、綺麗でもないが。
「あら、こちらに女性の顔が写っていますね」
あげはのデジカメを覗き込んでいたみそのが声をあげる。
「ああ、そうです。女の人の顔が写り易くなるかと思って、過去視とか色々試してみたので……」
どれどれ、と全員が小さなモニターを覗き込む。
そこに写っているのは、少し背の高い女だった。
黒いスポーツウェアを身に纏い、大きな鏡の前でポーズを取る依頼人を、背後からじっと見ている。
少し化粧が濃い。
「これは……ジムの中かしら?」
鏡には運動器具が幾つか映っている。
「ああ、そうだな。確かにジムだが……どうしてこんな写真が?」
依頼人は何故あげはのカメラにジムにいる自分の姿が映し出されているのか分からないようだ。
念写の説明は後に回して、シュラインはそこに写る女性に心当たりがないかと尋ねる。
年の頃は20代半ば、少し肩幅が広いのが難点だが、なかなか美しそうな感じがする。
が、依頼人は全く見覚えがないと首を振る。
「そう言えばさっき、気になる気配があったって言わなかったっけ?」
トオルが慶悟を振り返る。
と、慶悟はゆっくりと頷く。
「ああ、確かに気配を感じた。この点では安心して良いと思うが、死霊や呪術の類ではない」
そう聞いて、依頼人よりもあげはが胸をなで下ろす。
と言うのも、「女の人がもしも生きている人ではなくて、これが心霊写真になってしまったらお祓いが必要よね……不安だわ……」などとコッソリ心配していたからだ。
「て事は、もしかして生き霊かい?」
「そうらしい。式神に後を追わせようかと思ったが、案外近くにいるみたいだから辞めたんだ」
隆之の言葉に頷きつつ、慶悟は依頼人を見る。
「アンタが気付いていないだけで、コイツはすぐ近くにいるぞ。多分、日常的に」
「でも、見覚えがないとおっしゃいましたよね。とても強く、一方的に想っていらっしゃるのですね」
「最近問題になっているストーカーという行為みたいですね。はっきり言った方が良いのではないかと……でも、言えませんよね。何をされるか解りませんし……」
誰かを強く恋しく想う感情は、一歩間違うと恐ろしい事になりかねない。
下手に迷惑だと言い放って良いものか……、とあげはは思う。
「そうか……生きている人間の女か……。どうする?アンタも三十手前で思うところがあるだろうが、結婚はなあ、ようく考えたほうがいいぞ」
遠い目をしつつも人生の先輩としてアドバイスする隆之。
「い、いや、自分の人生設計に結婚などあり得ないんだ……」
依頼人はキッパリと言い放った。
こんな男を好きになってしまった女も、可哀想なものだ。


++++++++++++++++++++

依頼人の自宅とジムの写真も撮ってみたいと言った隆之の提案で、6人は取り敢えずジムに行ってみることになった。
一つには、視線の主を特定すると言う理由もあるが、もう一つはこの素っ気ない結婚もあり得ないと言い切る男を、どうにかして諦めさせようと言う理由だ。
「ライバルが沢山いると分かったら、もしかしたら諦めるかも知れないわよ」
と言うシュラインの言葉に従って、女性陣3人が道中と、ジム内で依頼人にべたべたくっついてみようと言う案だ。
それならば、と大急ぎで家に戻ったみその。
何かと思えば、ジムと言う場所柄を考えて黒のスポーツウェアに着替えて来ている。
「『ぼでぃびるだー』という方の生態はおもしろそうですし、殿方の行動を知ることで御方とのお付き合いも様々な変化球ができておもしろいかと思います」
とにっこり笑う。
姿形こそ女性らしいが現実は13歳の少女だと知ったら、きっと誰もが驚くに違いない。
一応、6人は依頼人の友人で見学したいと言う理由を付けてジムに入り込み、シュラインとあげはは女性スタッフからジャージを借りて見学に望んだ。
普段通りのメニューをこなす依頼人と、それをいちいち格好良いと囃し立て、手取り足取りのコーチを頼む女性陣。
それをやや冷めた目で見つつ実は視線の主を捜す男性陣。
……土曜の夜と言う割に、人が少なくて幸いだった。
人が多ければ多い程、さぞかし妙な光景に見えたに違いない。
「演技とは言え、よくやるなぁ……」
女性陣の奮闘(?)に感心しつつ周囲を見て視線の主を捜すトオル。
「やっぱり女ってのは怖い生き物だな……」
と、引きつった笑みを零しつつ写真を撮る隆之。
「まぁそう言うな。あの興信所で働いていれば演技も上手くなるさ」
視線の主を見つけ次第、今度は直ぐさま式神が打てるよう準備して待つ慶悟。
そこへ、デジカメを持ったあげはがやって来る。
「どうですか、視線の女性、見付かりました?」
「いや、今のところはまだだな。ここに現れなきゃ今度は自宅にも行ってみるか」
言いながらシャッターを切る隆之。
「私、少し未来視もしておきたいと思います。その女性と会って、どうなるのか……」
依頼人にとっては余計なお世話かも知れないが、やはり情報がないよりあった方が良い。
「へぇ、そんな事も出来るんだ。便利だね」
にこりと笑うトオルの横で、あげはは少し時間をかけてゆっくりとシャッターを押した。
フラッシュが鏡に反射して瞬く、その時。
「あ」
「あら」
トオルとみそのが同時に口を開く。
さっきまではなかった筈の視線と感情を、確かに感じた。
その視線の方向へ、振り返る。同時に、慶悟が式神を放った。
依頼人は気付かずトレーニングに励んでいたが、確かに視線の主を捕らえた。
トレーニングルームの入口に佇んだ女が1人。
それは確かに、あげはのデジカメに写った女だった。そして、隆之の写真に写った通り長い髪をしている。
「人の想いをどうこうするのは骨が折れる事だが……、取り敢えず行こう」
慶悟は5人を促して入口へ向かう。
そこでは女が式神に捕らえられ、動けなくなって戸惑っていた。
トオルが小さく口笛を吹く。
写真で見るよりも美しい女性だった。
「あの男性をずっと見ているのは、あなたなのね?」
シュラインの言葉に、女は逃げだそうとしたが動けない。
「そんなに驚かないで下さい。少しだけ、お話を伺いたいだけなんです」
あげはが言う。しかし女はやたらビクビクして口を開こうとしない。
「決して責めている訳ではありません。想い人をじっと見つめていらっしゃるなんて、奥ゆかしいと思いますけれど……」
「視線にもやはり感情が籠もっているからな。あまり見つめすぎると帰って鬱陶しがられるだけだ」
みそのと慶悟の言葉に、女は少ししょんぼりと項垂れる。
「実はあの男、全然結婚する気はないそうなんだが、友達づきあいとなると話しは別だろう。見てるだけじゃなくて、思い切って話しかけてみたらどうだ?」
「そうそう。気持ちは分かるけどね。もう一度彼にきちんと話してみたら?」
隆之に同意するトオル。決して外見で劣る訳ではなく、むしろあの筋肉男には勿体ないくらいだと思う。
女は困ったように暫く俯いて、やはり少し化粧の濃い顔をゆっくりと上げ、「でも……」と呟く。
その声に、一瞬6人は顔を見合わせる。
「でも私、相応しくないと思うの……」
それは、女性と言うにはあまりにも低い声だった。
「だってほら、やっぱり私、一応まだ男だし。でも、好きで好きでたまらないの。一目見た瞬間から、好きになっちゃったの」
「あらあら」
「まぁ……」
あげはとみそのが揃って頬に手を当てる。
「お隣に引っ越して、御挨拶に伺ったのね。その時、彼は上半身裸で玄関に出たの……、その逞しい体を見た瞬間は忘れられないわ。夢でも見てるみたいだった」
女……いや男?まぁこの際便宜上女としておこう。
兎に角女は、誰も聞いていないのにぽつぽつと出逢いを話し始めた。
元々、女性になりたいと言う願望があったのだそうだ。その願望を押し込めて今まで生きてきたのだが、男を見た瞬間それが押さえられなくなってしまった。どうにか男に近付きたい一心で同じジムに入会したのだが、お隣さん・ジム仲間以上の関係になれない。
それならばいっそ、女性の姿で誘惑してみようと女装を始めたのだが、見つめても見つめても、一向に振り返ってさえ貰えないどころか存在に気付いてさえ貰えない。
「私もう、悲しくって悲しくって……でも、やっぱり彼が好きなのね。どうしようもないわ。お願い、私が男だって彼に言わないで。そう言うの、嫌がる人が多いでしょう?」
返答に困り、6人は揃って頭を抱える。
「そ、そうねぇ……、嫌がる人もいるわねぇ……」
実際不快に思われているのだとは、流石のシュラインも言えなかった。
「あ、あの!」
やや思い雰囲気の中で、思い切ってあげはは口を開く。
「折角女装してそんなに綺麗になったのなら、思い切って思いを告げてみては如何でしょうか?」
「そんな事言われても……」
後退る女。
「あら、そうですわね。そんなに素敵なんですから、思いを告げてみるべきだと思います。確かに、あの方は結婚する気はないと仰いましたけれど、男性が嫌いだとは仰いませんでしたもの」
そーゆー問題ではないんではなかろうか……と思うところがなきにしもあらずだが、その通り!と頷く隆之と慶悟。
「見てるだけじゃちゃんと思いは伝わらないからね。やっぱり、大事なのは言葉だと思うよ」
「そうよ。折角彼の為に素敵な女性になったんだから!」
手を打って励ますトオルとシュライン。
「そ、そうかしら……」
「もしかしたらそうかも知れない……」
「全く望みがないと言う訳じゃないからなぁ……」
「その通りです、頑張って!」
6人に口々に言われると、女の方も段々その気になって来たらしい。
「そ、そうよね……、その通りよね……!有り難う!私、頑張ります!」
と、拳を握りしめてトレーニングルームに入って行ってしまった。
「あ、あら、ちょっと待って……!」
せめて何か計画を立ててから、とシュラインは思っていたのだが、虚しく手を伸ばす。
「あーあ。本当に行っちまったよ……」
溜息をついて頭を掻く隆之。
「大丈夫かなぁ、本当に……」
案じつつ顔を見合わせる5人に、あげははにこりと笑って言った。
「大丈夫です」
あげはが差し出したデジカメには、2人が仲良くトレーニングに励む未来の風景が映し出されていた。




end




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1781 / 佐和・トオル   / 男 / 28 / ホスト
1388 / 海原・みその / 女 / 13 / 深淵の巫女
0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 / 陰陽師
2129 / 観巫和・あげは  / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
1466 / 武田・隆之 / 男 / 35 / カメラマン

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■         ライター通信          ■
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最近遅くても午前2時には寝てしまうと言う健康第一生活・佳楽季生です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座います。
ずっと歯茎の下で蠢いていた親不知が、漸くニョキッと顔を出しました。
まだほんのちょっとですが……、上から下へ、ではなくて、左頬に向かって伸びてます。
頬があたる度、痛みます。
「こんなもの、歯医者に行く痛みに比べたら……!!」と、耐えてます。
ではでは。
また何時か何かでお目に掛かれたら幸いです。