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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


汝の敵は二日酔い

 颯爽と廊下を歩く綺麗な髪の女性がひとり。
 清楚な印象の女子大生。

 彼女の名は暁リンネ。

 リンネは今、友人に紹介してもらった相手に会いに行くところである。
 いや、紹介と言っても色っぽい話ではなく。
 …色々と便利な薬を作れると言う相手だ。

 確かその相手の名前は…羽澄静夢。

「こんにちはー」
 やがてリンネは彼の物と思しき研究室を見つけ、とんとんと軽くノックをすると――返事も待たずにドアを開けつつ、それでも一応遠慮がちにひょこりと顔を覗かせる。
 中に居たのは。
「…どちら様かな?」
 えらく秀麗な顔立ちの人物だった。
「っと、友達から話が行ってると思うんですが…」
「友達? ふむ。…薬の依頼かな?」
「はい。そうです。羽澄さん…ですよね?」
「…ああ。確かに俺が羽澄と言う者だが…ノックの返事も待たずに顔を出すあんたのお名前は?」
「ああ…ごめんなさ…つい。私は暁って言います」
「暁…暁リンネか。確かに聞いている。にしても前触れも何も無く、か。日付と時間くらい予め言っておいてから来てもらわないと俺が不在の可能性もあったんだが」
「羽澄さんは殆ど研究室にこもりきりだと聞いたので」
 リンネのその科白に静夢はやや眉を顰める。が、特に突っ込まず、再び静夢はデスクに視線を落とす。…リンネが研究室に入って来る前から何事か書き物をしていた最中の様子。そちらを再び始めると、彼はもうリンネの顔を見もしない。
 が。
「…で、何の薬を所望だ?」
 無視されたかと思いきや、声だけで目的通りの事柄をあっさり促され、リンネはきょとんとする。
 これは、相当頼まれ慣れていると見た。
「お忙しいようですが…頼めるんですね?」
「その為に来たのだろう? それに薬を作るのは趣味なものでね」
 淡々と返る科白。
「だったら…『二日酔いにならない薬』と、『すぐ眠れる薬』と、その逆に『徹夜しても眠くならない薬』をお願いしたいんですけど…?」
 指折り数えつつリンネがぽつり。
 静夢は何事か気に掛かったのか、ちら、とリンネのその顔を見てから、即座に再びデスクに視線を落とし書き物の続きをさらさらさら。
「…どうかしました?」
「…いや、特に酒に弱そうにも見えんし夜遊びしそうにも見えなくてな」
「へ?」
「ところで今挙げた三つの薬だが…『すぐ眠れる薬』、に関してだけは医師の処方箋が無いと無理だ。睡眠薬は個々人によって成分を変える必要もあるのでね。それに、下手に渡して危ない用途に使われたら困ると言う理由も大きいが」
「えーと、じゃあ、他のふたつはお願いできるんですね?」
 …自分としてはむしろそちらの方が結構無茶な要求だと思っていたのだが。
 リンネは思いつつ確認。
 と、あっさりと頷く静夢。
「出来上がったら連絡を入れよう。携帯番号を控えさせてもらいたい」
 相変わらず顔も上げないまま、静夢は手近に放置してあったメモ帳を手探りで取り、リンネに向けて差し出す。
 目を瞬かせながらも、リンネは素直にそのメモ帳を取ると、携帯電話の番号をそこに書き、自分の名前も併記して…メモ帳を差し出したまま停止している静夢の手の中に、そのメモ帳を戻した。
 すると、まるで決まっていた事のようにメモ帳ごと手が引っ込む。
 それっきり、リンネに何の声も掛けて来ない。…もう用は終わったと言う事か。

 …変な人だなあ。
 それが静夢に対するリンネの第一印象。



 後日。

 薬ができたと連絡があったのはついさっき。
 リンネは数日前に歩いていた同じ廊下を再び歩いていた。
 羽澄静夢の研究室へ続く廊下である。
 ………………但し今回は…ちょっとばかり足許が覚束無いように見えるのは気のせいだろうか。

 再びリンネは――否、今度はノックもせずに、がら、といきなり研究室のドアを開けた。
「…礼儀知らずに拍車が掛かってるな」
 そこにぼそりと掛けられる静夢の声。
「うーるさーい…ったく…前触れ無くすぐ来いって呼びつけます…?」
「あんたは先日前触れ無くここに現れたがね。こちらの都合も考えず」
「ったってね。こっちにだって都合があんの。…う〜、気持ち悪…」
 額に手を当て、ぐったりと俯いているリンネ。
 …よくよく考えてみれば彼女がここに入ってきてからそこはかとなく辺りが酒臭い。
 ついでに何やらリンネの印象が先日と違う。
 同一人物である事は外見からしても確かなのだが…。
 静夢は少々眉を顰めた。
「…まぁ、何でも構わないが頼まれていた薬は出来た。『二日酔いにならない薬』に『徹夜しても眠くならない薬』のふたつ。前者はつまりアルコールを次の日にまで残さないようにする薬だな。まぁ、飲み過ぎないと言うのが一番である事は確かだが。実際に酒を呑む前でも、呑んでからでもどちらでも効く。寝る前に…――」
「だーっ!!!」
 唐突にリンネは叫んだ。
「ぐだぐだぐだぐだうるさいのぉっ! こっちは朝からずーっと頭痛いんだからっ、小難しい理屈並べたてないでもっと簡潔に話してよ!」
「――…後者はまぁ、ある種の興奮剤か。そうは言っても後になって眠くなるような代物じゃないがな。眠ると言う事は脳を休めると言う事でもある。故にそちらを考えた成分も調合してあ…――」
「だからぁっ!!」
 苛立ったように再び上がるリンネの声。
「なんだ?」
 平然と止まる静夢の科白。
 互いに顔を見合わせ一瞬、沈黙。
「…何でもないっ」
 むくれてリンネは静夢の手から、薬と思しき包みふたつをひったくる。
「作ってもらえればそれで良いのっ…って、ぅ…ごめ…そこでちょっと寝かせて…どーせこの研究室って貴方のモノなんだろーし…良いわよ…ね?」
 言うだけ言って応えも待たず、リンネは近場にあった…客人用らしき備え付けのソファにばたりと倒れ込む。
 で、そのままうーうー唸っているが、どうも起きる気配が無い。
 静夢はその様を見届け、処置無しとでも言いたげに小さく肩を竦める。
「…いったい何なんだ…まったく。『二日酔いにならない薬』…と言うより『二日酔いを治す薬』が欲しいんじゃないのかこれは」
 リンネの醜態を見、派手に嘆息する静夢。
 やがて彼はおもむろにロッカーに近付くと、中から淡い色のブランケットを一枚取り出す。…そしてぐったりと寝こけているリンネの上にそっと、掛けた。更には先程手渡したと言うより引っ手繰られた、リンネの手の中ぐしゃぐしゃになりかかっている二種類の薬を取り、起きた時にすぐわかるよう机上に丁寧に置き直す。更に冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出しキャップをくるくると開け、これまた何処からとも無く引っ張り出してきたグラスに注ぐと、薬のついでに机上に置いておく。…起きれば凄まじく喉が渇くだろうと思うので。薬では無くただの水。
 が。
 そこまでやっておきながら静夢はリンネに一切声を掛けない。

 で。

 次には最早何事も無かったよう、リンネを放置し再び静夢は自分の机――またも何かしら実験しているらしい設備と言うか器具に向かっていた。
 …薄情なのだか親切なのだか繊細なのだか鈍感なのだかよくわからない。

【了】