コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


自分のカルテ

「ありがとうございました」
今日の最後の来談者がお辞儀をして帰っていく。
門屋将太郎は、ドアに「診療終了致しました」と書かれた看板を下げて、鍵をかけた。
ビルの隙間からの夕日でふと思った。

―人の心が読めるようになって何年経っただろう。

幼いときから、「読心」を持つ彼。人の心を読める能力に憧れる人も多いが実際、難儀なことこの上ない。本心を知り、その相手に失望するからだ。
彼も其れで悩んだ一人だ。

5歳・幼稚園の頃だった。能力を知ったのは。
かわいい女の子が居たので、
「ねぇねぇ、遊ぼう」
と、誘ってみたのだ
「うん、いいよ」
と、にっこり笑う女の子。
しかし、彼女の目をじっと見たときに…
―将太郎君と遊ぶの、厭だなぁ…
と彼女の声が頭に聞こえたのだ。
本心はそれ、今の笑顔は仮面。
幼い将太郎は、恐怖と憤りを感じ、目を背け、
「いいよ…やっぱり止めておく」
「あれ?どうしたの?将太郎君?」
女の子の声を無視して彼は走ってその場を逃げた。

目があっただけで、相手の本心がダイレクトに脳にたたき込まれる。
―ああ、はやく仕事終わらせて帰りたいなぁ(保育士)
―将太郎のヤツかっこつけやがって(同じ組の男の子)

彼は家で泣いた。
「皆ボクのこと嫌いなんだ」
この能力に目覚めてしまい自覚してから、ほとんど誰とも話すことはなくなった。
心配した母親は、将太郎に訊く…
「将ちゃん…どうしたの?何かあったの?」
―お母さんなら信じてくれるかな?
「ボク…人の心…読めるんだ。…本当の心を…」
泣きながら、自分の能力を正直に話す。
「え?ばかね、そんなことあるわけないよ」
と、母親は将太郎の目を見た。
信じてもらえず、否定された。そのことが悲しくなって、思わず
「本当だって!今、ボクのこと心配してくれているみたいだけど…違うこと考えている!早くしないとスーパーの特売がどうのこうのって!」
母親の片隅で考えていた事を叫んでしまった。
その言葉に母親は驚いた。本当にそのことを考えていたのだ。
―うそ、うそ?どうして?
ダイレクトに母親が困惑している声を「聞いた」。
さらには泣き出してしまう。
「今から…間に合うわ…あそこなら」
と、おたおたと電話をどこかにかける母親。
「精神科の〜先生をお願いします…。もしもし、門屋です…はい…実は…」
そして、電話を切るといきなり、母親は手を将太郎の手を掴んで、
「お医者さんに来ましょうね…」
と、彼を連れて行く。
「ボクは何処も悪くないよ!どうして?」
泣き叫ぶ将太郎。しかし母親は聞かなかった。

泣き疲れて眠ってしまった彼はとある総合病院の精神科の待合室で目が覚めた。
「将ちゃん、次よ」
「ボク何処も悪くないのに…」
「門屋将太郎様どうぞ」
看護婦が呼ぶ。

診察室に入ると、其処には、女性の医師が座っていた。
このときは未だカウンセラーの制度はしっかりして居ない。
「どうされました?」
「実は…うちの息子が…」
2人は将太郎のことについて話をしていた。
当然、母親はまだ混乱している。
しかし、この女性は彼女を落ち着かせるように話を聞いている。
一通りの話が済んだあと、女性は将太郎の方をみて、
「本当のことかな?」
と訊ねてきた。
優しい笑顔で…。
目が合ったときに本心もその笑顔に相応しい、
―怖がらなくて良いから、本当のことなのね?
と将太郎のことを受け止めようと認めようとする声が聞こえたのだ。
将太郎は彼女に向かって頷く。
この日は、いつこの「本心」が聞こえることが出来たかなどの経緯を話して帰宅した。
薬は貰うことはなかった。
女医が言うには、
「カウンセリングでじっくりお子さんとお話ししていきますので安心して下さい」
と、母親を納得させたのだ。


次の診察からは、付き添いで母親はいるが、診察するときは女医と2人きりで、世間話をするようにカウンセリングが行われた。
「この日はこんな事を、「聞いた」んです」
「どう思ったかな?」
「うんとね…」

彼女は、将太郎の能力を信じてくれていた。其れを確かめることすらしなかった。
とある診察日。
「先生、いま晩ご飯のこと考えてる?」
「あ、ごめんね。そうよ」
驚きもせず、苦笑する彼女。
「肉じゃがにしようかなとかおもった?」
悪戯っぽく笑う将太郎。
「あたり。簡単そうで難しいから肉じゃがは」
と、優しく笑う。
そして、
「将太郎君、ホントに凄いね。でもね…」
と、彼を褒めて、また真剣に語り始める。「能力」は自分の意志で抑えることを。
其れに嘘偽り無い事を証明するためか彼女は常に彼の目を見ていた。
将太郎も彼女を信頼し、能力を制御出来る様になって行く。
完全に制御出来るようになるには、6年かかった。
「もう、大丈夫ね。頑張ってね門屋君」
と、女医は将太郎に優しい笑みを浮かべてカウンセリングを終了したのだ。
「はい、先生ありがとうございました」
感謝いっぱいの言葉で礼を言う将太郎。

それからの将太郎は、勉強し、能力も自分から受け止めて生きていく。
―あの人のようになりたい。
と、臨床心理士を目指していった。
また、相手の心の壁を破るにはこの読心能力は最高の武器になる。ならば、其れを有意義に使おうとおもったのもある。
そして現在に…。

「さてと…明日は何人来かな」
ほとんど白い予定表を見ていると、一本の電話がかかってきた。
「もしもし、こちら〈門屋心理相談所〉です。如何為されました?はい、予約ですね…」
と、又一人心に病を持つ患者を迎え入れようと電話をとる門屋将太郎だった。