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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


東京黄昏蜃気楼

■オープニング■

 …以下、『マチカ』さんの書き込み。
「件のこの“バット”すげえよ! 打率滅茶苦茶上がったもん。ラッキー!」

 …以下、『りょー』さんの書き込み。
「件のこの“炊飯器”、電気がなくても御飯が炊けるんですよ。って言うかですね、御米を入れてなくても一度蓋を閉じて開けるとですね、ちょうど良い分量の新しそうな御米が入っていてしかも水加減も丁度良い。後はスイッチ入れるだけ。凄いですね。さすがに」

 …以下、『MIKA』さんの書き込み。
「件のこの“水筒”、あたしの大好きな紅茶が際限なく出てくるのー。しかもいつでも煎れたてって感じなのー。すごーい。嬉しいっ」

 …以下、『パピヨン』さんの書き込み。
「件のこの“口紅”、塗るたびに思った通りの色になるの。しかも似合う色にね。服とか体調――顔色によって色調も微妙に変化してくれる心遣いまであるの。これ一本だけあれば万全よ。ホントに運が良かったわ☆」

 …以下、『道化師』さんの書き込み。
「件のこの“枕”で寝るとすげー調子が良いんすよね。いやあ最近寝ても疲れが取れなくてああ年かなーと思ってたんすけど、この枕のおかげで快眠ですよ。起きた時爽やかだし。仕事も調子が良いし。かー。『迷ひ家』様々だね」

■■■

 …などなどなど。
 最近のゴーストネットの掲示板には何やらこの手の書き込みが増えている。
 しかも、場所は東京二十三区内限定の様子である。
 更に、『件の』、と付いてはいるが、その『物』自体には脈絡がない。
 何て事ない日常用品である。
 が。
 その効能が変である。
 便利過ぎるのだ。
 それも、有り得ないレベルで。
「『境目』を潜ってしまうと異世界に飛ぶ、かぁ…これだけ『証拠』がお持ち帰りされてるって事は本当なのかなあ」
 うーん。と悩みつつ、雫。
 最近よく聞く話。
 そこかしこにある『境目』を潜り『向こう側』に行ってしまうと、今まで歩いてきたのと同じ街並みが続いている事はいるが――何故か道行く人が誰も自分に気付かない。話し掛けても聞こえていない。
 ついでに幾ら歩いても目的の場所には着かない。
 ぐるぐるぐるぐる迷わされるような。
 何故か同じような道が延々続く。
 そして。
 歩き疲れた頃。
 気紛れに『その場所』は現れる。
 どうぞ入って休憩してやって下さいとばかりに扉が開かれた状態で。
 その中は、つい今し方まで人が居たような。
 けれど誰も居ないその『家』に招かれた場合。
 そこにあるものを、どれでも良いから何かひとつだけ持ち帰って構わないらしい、と言われている。

 ――言わば『遠野物語』にある『迷ひ家』、の出張版のような、そんな噂だ。

 …の割には、“炊飯器”とか“野球のバット”とか“口紅”とか、やけに現代染みた代物まであると言うハイカラな仕様である。
 面白そう…なのだが、肝心の雫自身はその『境目』に出会った事はない。
 すべては偶然…と言われている。
 ならば自分は運が悪い。
「うー。悔しいなあ。直に見たいなあ」
 ネットカフェのコンピューターの前で、じたばたと雫は暴れた。


■境目■

 そんな書き込みがゴーストネット他各所で密かに話題になっている頃。
 ふらりと表に出ていた和装の男性――日下部更夜はふと立ち止まる。
 と、同時に。
『更夜様、場の気配が』
 声と共に、す、とその場に現れていたのは二十歳程の見目麗しい淑女。
 その登場の仕方からして尋常な人では無い。
 が、更夜の方は気にもしなかった。
 それも当然、この彼女は――更夜自身に『憑いて』いる六尾の狐。
 更夜の名付けた名は翠霞。
 己に『憑いて』いると言う状況である以上、彼女はいつでもそこに居る。
 更夜が立ち止まった理由は、彼女の指摘するところに更夜自身も気が付いていた故で。
「…妙なところに迷い込んだな」
『危険は無いでしょうか…』
「どうかな。…先程視えたところでは「浮かれた男」と「不安そうな女」に「黙してひたすら歩く男」が居たが」
 …あれがこの場の過去なり未来だとすると、取り敢えず切羽詰まって危険では無さそうだ。
 そこまで言って更夜は翠霞の姿を、ちら、と見る。
「取り敢えず行ってみるか」
『はい』
 翠霞は素直に更夜の声に頷いた。

 が。
 暫し後。
「疲れた…」
 はぁ、と溜息混じりに更夜。
 翠霞が心配そうにその顔を見上げている。
『大丈夫ですか?』
「大丈夫じゃない…」
 そもそも大丈夫だったら初めから疲れたとは言わない。
 はぁ。
 それでも、こんなところで立ち止まっていても仕方が無いので結局更夜は歩いている。
「…なぁ翠霞」
『はい』
「『戻って』いてくれ…」
『わかりました。…私が『居て』は余計疲れますものね』
 配慮が足らず申し訳ありません。
 深々と頭を下げると翠霞の姿はそのまま掻き消える。
 それを認めて、更夜も再び息を吐いた。
 翠霞の養分は主――即ち更夜の精気。即ち人身を見せて歩いているだけでもそれなりに消耗はする。普段はその程度なら大して気にもしないで済むが…今の場合は如何せん、とにかく疲れた。

 そして暫く歩くがやはり道は変わらない。
 延々と続いている。

『不思議なところですね』
「そうだな…通りすがりに人を見かけても幻のようだ。どうにも自分の『能力』と混乱する…向こうの気配を感じられもしなければ向こうがこちらに気付いた気配も無いからな…ん?」
 ふと更夜は立ち止まる。
 見えたのは車椅子の男性。
 止まっている。
 きょろきょろと辺りを見回していた。
 妙に、存在感がある。
 これは自分の『能力』故か? 『過去か未来に起きた事象』か?
 更夜は思うが…何となく違う気もする。
 まさか…話し掛けたら気付く…と言う事はあるか?
 俄かに疑問に思い、更夜は同意を求め翠霞に話しかけた。
「…この中では誰にも会わんと言う話だったと思うんだが…なあ、翠霞」
『ではこれは…更夜様が出会われた新たな事実なのかもしれませんね』
「つまりこの相手は俺の能力で見えた『過去か未来にこの場所で起きている事象』では無く実際目の前にある現実と言う事だな。翠霞にも感じられるか」
『はい。私にも、しかと』
 姿の無い相手とそんな遣り取りをする和装の青年を観察しつつ、振り返った車椅子の男はゆっくりと口を開く。
「…キミは…キミも迷い込んでしまったクチですか?」
「まぁ、そうだな。…そちらもか」
「ええ。好奇心が勝ってしまいましてね。少々腕が疲れてしまいました」
「…俺もそろそろ歩き疲れてきていたところだ」
 そうですか。と同意しつつ、ふたりは改めて前へと進み出す。
 車椅子の彼はセレスティ・カーニンガム、異形の瞳の彼は日下部更夜、今は姿は見えんだろうが自分が話していた相手は、自分に憑いている六尾の狐の翠霞だ――と何となく名乗りあった…暫し後。
「ところでカーニンガム総帥だったか…」

 ――と、呼んだ時には相手の姿はそこには無かった。

「…やはり幻か」
 ふむ、と頷きつつ、更夜はそのまま歩いている。
「それよりも…何処か休める場所は無いものだろうか…」
 と。
『更夜様』
「何だ」
『あそこに休めそうな家が』
「ん?」
 更夜はその場から目を凝らす。
 少し離れた場所。
 翠霞の意識が示した場所は――扉の開かれた一戸建て住宅。
 外観は普通の家。
 だがこんなところに普通の家もあるまい。
「…なるほどな」


■すべてこれ相応に■

 中に入り。
 つい今し方まで人が居たような様子の割には…人の気配だけがぱったりと無い。
 外同様、相変わらず。
「噂の『迷ひ家』だな…」
 更夜は中を見渡して言う。
 外観と部屋数が合わない気もするが…。まぁ、それも『迷ひ家』故か。
「…何かひとつ持ち帰って良いらしい。つまりふたつは駄目と言う事だ。これはどう言う事かわかるか?」
『それを判別する者が居ると言う事ですか?』
「その通り、この家には主が居ると言う事だ。翠霞、力の中心点を探れ。会いに行く」
『ですがあの更夜様、御身体は…』
 翠霞の科白に、更夜は、ふ、と口許だけで笑う。
「どうやらここに着いてから足の疲れが取れてきているようだ。…これも『迷ひ家』の効能のひとつなのかもしれん」
 噂では『モノ』の方が先行しているが…ひょっとするとこちらが本題なのかもしれないな。
 自分の体験した道行を考え、更夜はふと思う。
 ――異世界で歩き疲れた者の前に現れる『一時の休養を取る為』の家。
 その方が幾らか納得が行く。
『では、失礼致します』
 言って、翠霞が姿を現す。
『暫しお待ち下さい。力の中心点を探って参ります』
 そんな科白と共に、翠霞の姿は再び掻き消えた――今度は、『迷ひ家』を探る為。

 暫し後。
『更夜様』
 待っていた更夜の耳に、翠霞の声が届く。
 続いて、その姿も目の前に戻って来ていた。
「…見付けたか」
『はい』
「では行くか」
 こくりと頷き、翠霞は先に立って歩き出す――歩き出そうとする。
 が、その前に翠霞は更夜を見た。
「なんだ?」
『それは…あの…更夜様は、何をお持ち帰りになられるのかと…』
「その事か。…可能ならば“力”を。翠霞のみに頼ってはいられないからな」
『そんな…お気になさらず。私が更夜様の命に従うのは契約故ですから。そして契約が可能だったのは更夜様の御力故の事。ですから今の私の力は更夜様の力も同じで御座います』
「そうか?」
『はい』
「まぁ、それでも俺の気は変わらぬが。…その類の願いが無理なら“薬”だな。ああ、お前は…お前もやはり“妖力”が望みか?」
 ついでに更夜は問い返す。
『はい。…もしくは“稲荷寿司”を…』
 と、頬を染めつつ翠霞はぽつり。
「そうか。…さて。何が出るか。非常に興味深い」
 更夜が頷くと、翠霞は照れているのか、顔を隠すようにして振り返り歩き出した。

 …着いた先は二階の、奥の和室。
「ここか」
『はい。ここが…場の力の中心点と』
 足を踏み入れ、更夜はぐるりと中を見渡す。
 と。
「およ、こっちにゃまた人が居るみてーだな。何してんだ?」
 金髪青年が顔を覗かせた。
 更夜は思わずそちらを見る。
「…てゆーかひょっとして…ここの人?」
 と、冷汗混じりに問うてくる金髪青年――丈峯天嶽(たけみね・てんがく)。
「違う。ここがどうも主の気配が一番濃そうでな。気になって来たまで――それよりまた人が居るとはな…否、まさかお前が主か!?」
 更夜はぎょっとしたよう天嶽に向け言い放つ。
「…ンな訳無いって俺も客! っと…あんたが違うっつーならよかった…焦ったぜ」
『焦る…と言う事は、何か良からぬ事でもなさったのですか?』
 天嶽の態度に軽く突っ込んだのは翠霞。
「ぎくっ」
 ある意味図星で、天嶽が返したのはわかりやすい反応。
 と。
 突然。
≪…なァに脅えとるんじゃァ?≫
 何処からともなく、声が響いた。。
「うわああああああっ!」
「…何を叫ぶ。喧しい」
 冷たく天嶽に言い捨てた更夜は、部屋を見渡し、姿が見えないと知ると…漠然と中空を見つめた。
「主だな?」
≪いかにも≫
「…姿を見せられんのか?」
≪いやあ、残念な事に儂にゃ「形」がないんだな≫
「…ほう?」
≪強いて言うならこの空間自体が儂とでも思ゥてくれや≫
 かっかっかっ、と笑う声。
「ならばそう思う事にしよう…それでも話は出来るのか」
≪それは今お前さんが話しとる通りじゃ。待たれては出ん訳にいかんじゃろ≫
「…俺は待ってねぇ」
 更夜と主が話す横で天嶽はぼそり。
 と。
≪…ほー。お前さんは来る前から決めとったか≫
「ぎくっ」
≪蝦蟇口、札入、他にも種類があるが…今持っとるそれで構わんか?≫
「え」
 やや挙動不審だった天嶽はその声にきょとんとした顔をする。
 …いや、俺だったら金の湧く財布なんてかっぱらわれた日にゃ真っ先にツルシ上げて取り返すと思うんだが。
 つーとマジで持って帰ってイイ訳?
 主様、とやらの御墨付き?
「って…マジ良いンかよ!?」
≪構わんよ。…それがここの倣いじゃ≫
「後で返せだの泥棒だの…ましてや訴えるぞなんてこたぁ無いと思って良いんだな!? マジだな!?」
 と、まくし立てるとかっかっかっと笑う声。
≪ンなごちゃごちゃややっこしいこた考えとりゃせんわい。そもそも人の世の決まりはここでは通用せんわ。そもそも訴えるッつゥても何処に訴えりゃええんだ儂ァ?≫
 かっかっかっと笑い声が響く。
≪…ま、迷った果てからの…単なる土産とでも思うてくれりゃ良いトコじゃの≫
「土産…ならば迷わせたのも主の仕業か」
≪いーや。人が迷うンは…こりゃ儂も理由などよう知らん。ただな、ここを経由すりゃ即『向こう側』へ戻れるってのは確かでな。迷ゥた人見付けたら…なるべくとっとと扉開ける事にしてるんだが…最近やたら多くてな、儂の方で見付けるのが遅れてしまうんじゃ。だからここに着く頃なァ…大抵の連中は本気でくたびれておる≫
「そんな奴ら全部にこんなすんごいお宝やってるンかよ。…かー。太っ腹だね旦那」
 感心したように天嶽。
 が。
≪太っ腹ッつゥかの、儂の趣味でな≫
「趣味?」
≪人の欲を計る事がな≫
「…へ?」
≪ここにあるものァ大抵、人の欲に応じて何でも叶う。だがな、相応の反動も戻る事になっとる≫
「…」
 絶句する天嶽。
≪欲が向けられれば向けられる程、素直に叶えられはするが…それに応じて何処からか反動は来る訳さ≫
「反動」
 鸚鵡返しに更夜は口を開く。
≪そう。まァ、大した欲を持たなけりゃ、タダ「ちょっと便利」で終わるがね≫
 反動は殆ど来んわ。
≪つゥてもなァ…『向こう側』で噂になっとるとも聞いたからなあ。何も無い時より欲持って来る奴も多いなあ…≫
 天嶽を意識してかさりげなく言いつつ、主。
「…迷う奴がそんなに多いのか」
≪多いなあ。…最近頓に多い。『向こう側』で何ぞあったんか?≫
「何ぞ…お前は何か心当たりはあるか? 翠霞」
『…何か心当たりですか…。私にも思い当たりませんが…? 更夜様にも…特には無いのですね』
 更夜の声に、態度からして心当たりまったく無し、とばかりに首を傾げる翠霞。
 それを見てか、主は納得したよう再び声を発した。
≪…………………ま、『そう言う事』かもしれん訳か。だったら…お前さんらにはわからんわな≫
 お前さんら自身の存在自体が理由ならな。
 昨今の東京ではお前さんらみたいな…『ちょっと違う』連中が増えとんのじゃろ。
「?」
 訝しげに首を傾げる更夜。
 更夜としては主が何を言いたいのかわからない。
≪ま、つゥ訳でそこの兄ちゃん、その財布持ってっても全然構わんぞ。望めば金も無尽蔵に湧いて来る≫
 …だがその後、お前さんにどんな反動が出るかはわからんが?
 笑みを含んだ声音が響く。今度は天嶽に向け、言った模様。
 それを聞き天嶽は暫し押し黙る。
 …今の反動云々の話を聞いておきながらこの財布、持って帰ると言うのは…何やら精神衛生上宜しくないような。
 だって手許にあったら誘惑に負けそうだし。
 で、誘惑に負けてこの財布から出た金ぱーっと使っちまったりしたらどっからか反動で得体の知れない代償が来るっつー事にもなる。…金っつーと人間の欲の対象として上位常連だし、その代償となると…考えるのが怖い。
 …しかも自分の意志を鑑みれば…誘惑に勝つ自信はほぼ無いが負ける自信なら満々である。
 で、脳内の切羽詰まった究極の選択的な思考の結果。
 ――返却。
 天嶽は先程手に取った財布を元あった場所に戻そうと、ちっ、と舌打ちしつつ部屋を出た。
 それを認めたか、主の物と思しき笑う声が、何処からとも無く静かに響く。
 今度は更夜が中空を見上げた。
「…ひとまず、物品である事が条件か」
≪まァそうだな。“力”を望まれても…それこそこちらの手には負えんわい。済まんなあ≫
 適当にそこらにあるモノなら持ってって貰って良いンだがの。…さすがに“力”は落ちておらんなあ。
「ならば仕方あるまい。俺は薬をひとつ頂いて行く事にする…世話になったな、主」
≪歩き疲れたろうからな、確り休んでから帰っとくれよ≫
 主のその声が響いた時には、部屋の外に足を踏み出していた更夜は振り向きもせずに、ただ頷くのみ。
 代わりのように、翠霞が部屋を振り返り、お気遣い有難う御座います、と深々と頭を下げた。

 そして。

 やがて誰に言うとも無く、声が響く。
≪…すべてこれ相応に。過分なモノは与えられぬよ≫
 迷ひ家の空気――即ち、その主が、そう述べていた。


■六尾の狐憑きな骨董&古本屋『伽藍堂』店主さんの場合■

「で、どうするか…こんな普通の一戸建て風であるからには…“薬”と言えば救急箱か」
 居間だな。
 思い、更夜は階段を下りて、居間らしき部屋へ。
『私は台所に探しに行ってみます』
 静かに微笑み、翠霞も同様、台所に向かう。
 更夜は一通り探し、部屋の隅にある棚から救急箱を漸く見つけた。蓋を開け、少し考えてから…膏薬らしき小さなケースをひとつ取る。
 と。
 台所方面からまぁ、と感嘆するような翠霞の声が聞こえた。
 取り敢えず居間での目的を終えた更夜も、救急箱を元あった場所に戻し台所に向かう。
 そこには。
「…」
 ざんばら髪に僧形の巨体の姿があった。
 コンロの火を止めていた様子。
 …ちなみに翠霞の姿にも更夜の姿にもまったく気付いていない様子。
『更夜様、狸屋(まみや)さんです』
「狸屋? …となると…彼は『灯無し蕎麦』の狸どん…か?」
『ええ。…人身に化けてらっしゃるようです』
「こんなところで見かけるとは奇遇だな。まぁ、先程の車椅子の方と似たようなものだと考えれば良いのか…向こうは気付いてはいないようだが…相対せぬとなれば知人とてあまり意味は無い、か。ところで翠霞、肝心の稲荷寿司は手に入ったか?」
『はい。冷蔵庫にしまってありました』
 言いながら、翠霞はちょこんと包みを示す。
 それを見て更夜は口を開いた。
「帰るか。翠霞」
『はい。更夜様』
 こくりと頷き合い、更夜と翠霞は台所を出、表に出る。


 店に帰還して。


 更夜は早々にコンピュータの電源を入れていた。何やら色々操作する。
 そしてその画面を見つつ、貰ってきた膏薬の小さなケースをためつすがめつしつつ、ふと更夜は翠霞を見た。
 貰ってきた稲荷寿司を嬉しそうに頬張っている。
「美味いか?」
『…はい。それに、この包みの中身…一度閉じてまた開くと、元通りなのです…』
 嬉しそうにはにかみつつ、翠霞が言う。
「ほぅ…いや待て、それはある意味“力”と言う事にもならないか?」
『そう仰られますと…はい、確かにこの“無くならない稲荷寿司”がある限り、更夜様に負担を掛けずに済みますね?』
「…どうやら半永久的と言う訳にも行かないようだが…まぁ、効力が続く内は有難く世話になろうか。主の言う通り、あまり欲を持たずにな。いつ無くなっても構わないくらいの心持ちで居た方が良いようだ」
 この“薬”もいざと言う時以外は…使わない方が良いかもしれんしな。
『更夜様?』
「これを見ればわかるだろう? 有難い事に具体的な前例の数々が書き込まれているよ」
 そう言って、更夜はコンピュータ画面を指差し、翠霞に示した。


■エピローグ■

 ………………で、最近のゴーストネットの書き込みの一部。


 ねえねえねえ、こないだ“バット”貰ってきたマチカさん交通事故にあったらしいよ。それも結構ひどかったんだって。
 で、一命は取り止めたらしいんだけど、肩壊して結局野球できない身体になっちゃったらしいよ。


 嘘それって怖い。確かマチカさんって野球で結構良いトコまで行ったって言ってたよね…?


 でも、あんまり期待しないでいるなら大丈夫だってよ? りょーさんの貰って来たって言うこないだの“炊飯器”なんかは効力消えちゃって普通の炊飯器になっちゃったらしいけど、それ以上は本人特に何も無いってさ。


 普通に使えるの?


 うん。普通に使う分には特に不都合は無いらしいよ? 当然ながら電気も要るしご飯もちゃんとといで入れなきゃだけどね。普通の炊飯器として実際今でも愛用しているらしい(笑)
 ちなみに僕もその“炊飯器”で炊いたご飯貰って食べました。炊き立ては普通に美味しかったです(笑)


 MIKAさんの場合“水筒”落として割っちゃったって泣いてた(笑)


 あ、それ私も聞いた。でもまぁタダで貰ったものだし仕方無いか、ってすぐにあっけらかんと立ち直ってたよ? MIKAさんらしいと思わない?(^^)


 そう言えばパピヨンさん…最近オフでも見掛けないんだよね。カキコも無いし。どうしたんだろ?


 確かパピヨンさんて“口紅”貰ってきたって言ってたよね。
 …唇が荒れちゃった…とか顔が崩れちゃった…とかあったりして。


 いや、それマチカさんの件とか考えるとひょっとして洒落にならないから(汗)
 無事だと良いけどねえ…。ってなんかだんだん心配になってきたぞ?


 ところで道化師さんの場合は今でもあの“枕”で快眠してるらしいけど。


 …それって思い込みもあるんじゃ。プラシーボ効果とか? それとも頂いてきた“枕”の形がたまたま道化師さんの頭の形に合っていたとかで…実は初めっから何も特殊な効果じゃ無かったとか…。


 それ凄く説得力あるような(笑)


 ………………そんな感じで、色々と『その後』の噂が流れ始めていた。
 そして、何故こんな事がはじまったのか人々の間に知られることは無く、以後、時々…思い出したよう人々の口の端に上る事になる。
 そう、どうやらこの件は…消えずに定着している模様。
 何故こんな現象が起きるのか、この謎は未解決のまま。

 ――結局、人々の『欲』を試しながら…かの『迷ひ家』は今もそこにある。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1415■海原・みあお(うなばら・みあお)■
 女/13歳/小学生

 ■0442■美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)■
 女/23歳/モデル

 ■2004■狸屋・大仙(まみや・だいぜん)■
 男/500歳/蕎麦屋

 ■1883■セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)■
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■2086■巽・千霞(たつみ・ちか)■
 女/21歳/大学生

 ■0086■シュライン・エマ(しゅらいん・えま)■
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■1593■榊舟・亜真知(さかきぶね・あまち)■
 女/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?

 ■1449■綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)■
 女/23歳/都立図書館司書

 ■2042■丈峯・天嶽(たけみね・てんがく)■
 男/18歳/フリーター

 ■2191■日下部・更夜(くさかべ・こうや)■
 男/24歳/骨董&古本屋 『伽藍堂』店主

 ※表記は発注の順番になってます

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■         ライター通信          ■
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 さてさて。
 深海残月です。
 常連の皆様、いつも発注下さいまして有難う御座います。
 また、初めて御参加下さった皆様にも、感謝の意を。
 …如何だったでしょう。御期待に添えているでしょうか(汗)

 大変お待たせ致しました。
 初日に発注下さった方は納品期限ギリギリと言ういつもの如き遅さです(苦)
 ひょっとすると微遅刻とも(汗)
 …日数上乗せした意味あるんでしょうか自分…そりゃ今回ちょっと個人的にかなり深い谷があったので(俗に言うスランプとは違う意味でなんですが)そのせいで今回と前回の依頼+シチュノベ数本には特に響いてしまったと言うのもあるんですが…そんな言い訳なんぞしてもどうしようもなく…往生際が悪くてすんません(滅)

 取り直しまして今回は、大雑把に「通りすがりに迷ひ家に触れる」パターンと「迷ひ家の主を捜そう、やら『向こう側』がある原因、代償は無いのか等々探索」パターンの二件に分かれております。細かくはもう少し色々な部分が個別になっておりますが。今回、珍しく(汗)個別の率が高いです。
 また、別行動になった皆様も、すれ違っている事がありますので…登場人物欄には今回同時御参加の十名様皆の名前を記載致しました。
 そして中盤、文章が混ざっている率が高くなったのでタイトルにPC名を表記して分けてもいません。

 また、今回は…こちらの事情につき個別のライター通信は無しにさせて下さい…。
 苦情御意見御感想はテラコンの方からでもどうぞお気軽に(礼)
 特に初めて参加なさって下さった方、口調やら性格等の違和感がある場合等どんどんどうぞ。
 …現在、こちらの都合で数件溜めてしまってもおりますが(汗)お手紙頂いたらいずれきちんと返信は致しますので…。

 今回はこうなりました。
 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致します。
 では。

 深海残月 拝