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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


夢喰らい花

●序
 辛い。ここにいる事が、酷く辛い。どうしてここにいるのか、どうしてここにいなければいけないのか。ともかく……辛い。

 涙帰界にて、鐘が一つなった。カーン、とただ一つだけ。澄み切ったような、それでいて濁っているかのような音。
「……鐘の音」
 穴吹・紗霧(あなぶき さぎり)はそう呟き、時計台の所に向かった。走るわけには行かない。今からは少しでも無駄な体力を使ってはいけないのだ。
「始まりの合図だわ」
 ぼそり、と紗霧は呟いた。
 その時、同じように時計台に近付く者がいた。ヤクトだ。こちらは颯爽と。一分でも一秒でも早く辿り着かねばならなかった。ほんの僅かな時間でも惜しくてたまらなかった。
「やっとこさ、始まるのか」
 にやり、とヤクトは笑う。嘲笑を秘めた笑みだ。
「貰うぜ、その力!」

 時計塔の近くにある掲示板に、一枚の紙が貼られていた。
『私を救い出して。Aブロックに、私はいるから。……花が私を苛むの。私の夢を喰らい、私は夢を思い出せなくなったの。私を救い出して。夢を思い出させて――カスミ』

●動悸
 どうして私はここにいるのかしら?……私は、ここに、いるの?

 シュライン・エマ(しゅらいん えま)は青の目を大きく見開き、ただ呆然と立っていた。
「ここは……不思議な空間なのね」
 ふわり、と風がシュラインの黒髪を揺らした。目を閉じると、少しずつ理解が体中に染み渡っていった。二人の力を求める存在がいるという事、力が姿を変えているという事、そして……この世界が『涙帰界』という事を。
 シュラインが今立っている公園のような場所には、時計台と掲示板がぽつりと立っている。シュラインは掲示板にそっと近付く。そこには、件の助けを求めるかのような張り紙があった。
「……これは」
 シュラインはくるりと振り返った。感覚で分かる、Aブロックの場所。
「不思議な感覚だけど……いいわ。行くべき場所に行きましょうか」
 そう呟き、シュラインはAブロックへと向かった。きゅ、とポケットに入っているライターを握り締める。この空間に飲まれてしまわぬように、握り締めているライターだけが、感覚を正常にしているかのように。

 Aブロックに向かう途中、シュラインはぴたりと足を止めた。目の前に、誰かが立っていたからだ。白い髪に、燃えるような赤い瞳。体の周りには、何故か微風が絡み付いている。
「……あなた、ヤクトさんね?」
 シュラインは慎重に声をかける。ヤクトはにやりと笑う。
「この空間に上手い具合に同調できているようだな」
 シュラインはすっと身を固めた。おぼろげながらも得た情報では、ヤクトは全てを破壊するという本能を持つ魔。
「そう構えなくても何もしねぇよ。……あの忌々しい小娘ならば別だがな」
 そう言うと、ヤクトは赤い目を更に赤く燃やす。
「悪いけど……何かの用があるのかしら?Aブロックに行こうと思っているんだけど」
 シュラインはぴん、と背筋を伸ばしてヤクトに言い放った。ヤクトはにやりと笑う。
「俺は行ってきた。……だが、どうしてもどこに欠片があるか分からなくてな。どうだ?力を回収したら俺に渡さないか?相応の礼はするが」
「残念だけど、捕らぬ狸の皮算用はしないことにしているの」
 にっこりとシュラインは笑う。
(もし回収できても、あなたには渡さないけどね)
「成る程。……いいだろう、あの小娘に伝えておけ。俺は諦めないとな!」
「ちょっ……!」
 シュラインが声をかける間もなく、ヤクトはどこかに飛び去ってしまった。後に残るは、ただ空虚な空間。
「あれが、ヤクト……」
 本能的に世界の消滅を実行しようとしている存在、力の回収を求めている魔。
 びゅう、と風が吹いた。先程のヤクトを追いかけていくかのごとく。

●依存
 辛さだけが増してゆく。辛い事だけが増え続けている。辛さの理由すら思い出せないまま。

 何かの植物の蔦が絡み付いているAブロックには、6人の男女が集結していた。
「蔦があるのなら、根もあるという事よね。燃やしたらどうかしら?」
 皆を見回し、シュラインはそう言って、皆に提案する。
「燃やすにしても、カスミの場所を探すのが先決のような気がするんだけど」
 黒髪の奥にある黒の目を光らし、影崎・雅(かげさき みやび)が言った。ぐるりと辺りを見回し、蔦の状況を見ているようだ。
「夢を喰らうのでしたら、その花の群生している所を狙うのが一番ではないですかな?」
 網代笠をぐい、と引き上げ、護堂・霜月(ごどう そうげつ)は銀の目で蔦を見上げた。
「まるで、眠れる森の美女、だな」
 茶色の髪を揺らし、守崎・啓斗(もりさき けいと)はぽつりと呟いた。緑の目で同じく絡み付いている蔦を見つめている。
「とにかく、蔦を切り裂きながら進むしかないよな」
 茶色の髪をくしゃりとかきあげ、黒の目で蔦を見ながら倉塚・将之(くらつか まさゆき)が言った。手には日本刀が握られている。
「そうそう。俺も炸裂弾でどーんと蔦の壁に穴を開けて行くし」
 にやりと笑い、守崎・北斗(もりさき ほくと)は青の目を悪戯っぽく光らせた。笑った衝動で、茶色の髪が揺れる。
「花の群生している場所を狙って、ともかく進んでいくのみ……といった感じかしら?」
 シュラインが言うと、皆が頷く。
「そういえば、ヤクトとかいう輩に会いましたかな?」
 霜月が尋ねると、皆が顔を見合わせた。
「皆、会ってるみたいだな。マメな奴だな」
 雅が妙に感心して言った。将之は溜息を一つつく。
「なんにせよ、向こうはまだ気付いてなかったみたいだったけどね。力の場所」
「あー何か協力しろとか何とか言ってたよな」
 こくこくと頷きながら、北斗が同意する。ちらり、と啓斗を見ながら。
「……何だ?北斗」
「ん、何でも無い」
「狭霧さんはまだ来ていないのかしら?」
 シュラインはそう言って、辺りを見回した。ヤクトが来たのならば、狭霧が来ていてもおかしくは無い。否、寧ろ来なくてはおかしいのだ。
「伝言預かっちゃったからなぁ。諦めないとか何とかって」
 雅が言うと、啓斗と北斗以外の全員が頷く。啓斗と北斗は顔を見合わせる。
「ともかく、進んで行っていたら狭霧嬢も来るのではないですかな?」
 霜月が提案する。
「そうだよな。……じゃあ、まずは花が群生している場所を見つけてみるか」
 うーん、と伸びをして将之が賛同する。
「じゃあ、分かれて探した方が良いよな」
 啓斗が言うと、皆が頷いた。
「じゃあ、1時間後に再びこの場所で落ち合おうぜ。……良いよな?」
 北斗が皆を見回して確認した。それから、各自思うがままに進んでいく。花の群生を探し、カスミの場所を見つけるために。
「花が苛む……ね。カスミさんの夢を養分としているのだったら、彼女は比較的開きかかっている蕾の方向にいる筈だわ」
 小さくシュラインは呟き、蔦を見上げた。未だ、開く気配すら見せてもいない蕾がついているだけの蔦を。

●幻視
 喰われてゆく。喰われ続けてゆく。自分の夢が、次から次へと。そうして夢を持っていた事すらも喰われてゆく。

 シュラインは暫く歩き、蕾が群生している場所を発見した。辺りを見回すが、他に誰もいないようだ。まだ探している途中なのかもしれないし、このような場所は一箇所ではなく、他のメンバーはまた別の群生を見つけているのかもしれない。
「……どちらにしろ、ここは私が確認すればいいだけよね」
 シュラインは小さく呟き、群生している場所をぐるりと見渡した。かなりの広範囲だ。蕾が様々な所から出ている。
「植物の法則を無視しているかのようね」
 苦笑し、しゃがみ込んだ。群生しているということは、この蔦の中にカスミがいる可能性だってある。その場合、この蔦を何とかせねばいけないのだ。シュラインは蔦を掴み、ぎゅっと引っ張った。簡単に蔦は千切れたが、またすぐに再生を始めてしまった。
「蔦の中に入るには、蔦を千切らないといけないけど……これじゃあ、千切って侵入している隙に、閉じ込められそうな勢いね」
 しゃがみ込んだまま、シュラインは溜息をつく。そして、根をじっと見つめた。よくは見えないが、植物である以上、根はある筈だ。
「根を引き抜いて燃やしたら……少しは再生時間に余裕が出来るかもしれないわね」
 シュラインはそう呟き、期待を胸に蔦を引っ張った。ぎゅ、と強く引っ張ると、根は簡単に抜けてしまった。シュラインはそれに素早くポケットに入れておいたライターで火をつけ、燃やした。あっという間に火は燃え盛り、蔦を燃やしていく。が、暫くするとだんだん火は弱まり消え、燃やされた蔦からは少しずつ再生を始めた。
「……再生はするけど、ただ千切るよりも遅いわね」
 シュラインはきゅっと唇を結び、自分が通れるくらいのスペースを確保しながら根を抜き、燃やしていく。中に入っていくと入ってきた場所の蔦が再生していき、閉じ込められたような状態になっていった。だが、出ようと思えばまた同じ方法を使えばいいだけだ。
「……結構、奥深いわね」
 蔦が建物のような外観を作り出していたのかもしれない。シュラインは諦めず、ただたっだ根を抜き、燃やしていく。途中で諦めてしまっては、このまま蔦に絡められてしまう可能性だってあるのだ。
「あ」
 シュラインは小さく声を上げた。蕾が一つ、シュラインの目の前にあった。
「蕾を燃やすのはまずいかしら……?」
 一瞬考え込んだ後、シュラインは蕾に手を伸ばした。……と、その瞬間だった。蕾が少しだけ開いたかと思うと、シュラインをすっぽりと包み込んだのだ。
「……これは!」
 真っ暗な世界に連れてこられ、シュラインは一瞬動きを止めた。
「私の夢をも、喰らおうとしているの?」
 小さく、シュラインは呟いた。そしてにっこりと笑う。
「お生憎様。私の夢を喰らおうなんて、まだまだ早いわよ……?」
 シュラインは息を大きく吸い込み、超音波を発生した。空気を震わせる事によって、蕾を内側から壊していくのだ。少しずつ、明るくなっていく。シュラインは一旦深呼吸し、再び空気を震わせた。
「……あら」
 ふと気付くと、シュラインは再び蔦の中にいた。目の前にあった蕾を見ると、ずたずたに切り裂かれていた。蕾の周りにあった蔦も、同様に。
「やりすぎちゃったかしら?」
 シュラインは小さく苦笑し、再び前の作業を繰り返した。暫くすると、目の前に開けた空間が現れる。真中には、蔦に絡まっている少女がいた。さらりとした白く長い髪をした、真っ白な少女。
「カスミ、さん?」
 少女に問い掛けてから、周りを見回した。気付くと、将之以外の他のメンバーが皆集結していた。
「ここが、中心部みたいだな」
 啓斗がぽつりと口を開いた。
「みたいだな」
 突如した声にふと見ると、少し遅れて将之がやってきた。一緒に、長い黒髪を靡かせた穴吹・狭霧が立っていた。狭霧は紫の目で皆を見回すと、ぺこりと頭を下げた。
「初めまして、皆さん。……ああ、自己紹介は無用です。あなた方が私の事を感覚で知ったように、私も散らばる力に情報を頂きましたので」
「へー、そりゃ便利だな」
 雅はそう言ってにっこりと笑った。狭霧もつられて笑う。
「それで彼女がカスミ殿、で宜しいのかな?」
 霜月が白い少女を指して言った。皆がはっとしてそちらに向いた。少女はただ俯き、蔦に絡み捕られたままでいる。
「きっとそうね……」
 シュラインはそう言ってそっと少女に近付いた。しゃがみ込み、少女の顔を覗き込む。消え入りそうな、真っ白な少女。
「カスミちゃん、なの?」
 シュラインが尋ねると、少女はそっと顔を上げてシュラインを見た。鮮やかな緑の目。それからこっくりと頷き、あたりを見回した。
「皆掲示板を見て来たんだ。……大丈夫か?」
 将之が尋ねると、カスミはぼんやりと首を傾げた後、そっと口を開いた。思ったよりも高い声のトーンで。
「辛い」
 カスミはたったそれだけ呟き、小さく皆に笑いかけるのだった。

●願望
 いつからこうしていたのかも分からなくて。いつまでこうしているのかも分からなくて。ただ分かるのは、自分がこうしてここに在ると言う事だけ。

 カスミの目には、何も映ってはいない。ただただ虚ろに物事を映し、口からは「辛い」という言葉を繰り返すだけだ。
「夢を喰われたからか?ならば、喰われた夢を探さないといけないな」
 雅はそう言ってあたりを探した。咲いている花を探しているようだ。
「もしかしたら、根の方に蓄積されているかもしれないわよ」
 シュラインはそう言ってカスミの近くの地面を見回す。
「本人に、起きる意志はありそうなものなのじゃが」
 ただただ「辛い」と繰り返すカスミを見て、霜月は溜息をつく。
「起きているとは思うんだが……」
 啓斗はちらりとカスミを見て言う。確かに、カスミは起きている。起きているが、意識があるのかどうかは謎だ。
「狭霧さん、何か分からない?」
 将之が狭霧に尋ねると、狭霧はそっとカスミに近付く。カスミは狭霧が近付くとびくりと体を震わせ、じっと狭霧を見つめた。
「……カスミが力の具現化したものだというのは分かるのですが、それ以上は」
 力の具現化というのならば、近付いたから反応しただけともいえる。
「……なあ、あんた」
 カスミの前に北斗は立ち、見下ろす。「辛い」と呟いていたカスミは口を閉じ、北斗を見上げる。
「あんた、実はそこにいたいんじゃねーの?」
 北斗の言葉に、皆がしんと静まり返った。カスミの目が大きく見開き、何か言いたげに口をそっと開いた。だが、何も言わない。
「あんた、やっぱり出ていけないって言ってさ、安心してんじゃねーの?」
「北斗」
 啓斗が北斗を諌める。北斗は啓斗を見てぐっと黙り、小さく溜息をついてからカスミを見る。
「違ってたら謝る。すまねぇ。でもさ、そう見えるんだよ」
「……辛いの」
 カスミがまた口を開いた。だが、今まで行っていた「辛い」という言葉とは何となく違っていた。何か言いたげに北斗を見つめ、絡まっている蔦を必死で引っ張った。
「……なあ、あれ」
 雅が突如声を上げた。カスミの頭上の方を指差している。そちらを見ると、綺麗な花が咲いていた。淡い青い色の花が。
「あれ、カスミさんの喰われた夢じゃないの?」
 シュラインは根を見るのをやめて立ち上がった。霜月は懐から鋼糸を出し、花に向けて放った。シュル、という涼やかな音と共に花が霜月の手元にやって来る。
「これで、カスミさんの夢が取り戻せるのか?」
 花を興味深そうに見つめ、将之が皆に尋ねる。皆頷き、カスミと花を交互に見た。
「蜜とかから、カスミさんに夢を返せないかしら?」
 シュラインが言うと、霜月は花を覗き込み、頷いた。そっと花をカスミに近づける。すると、カスミは目を閉じてすう、と大きく吸い込む。途端、花は青い光に変わってカスミの体に吸い込まれていった。
「あ」
 将之が小さく呟き、そっと狭霧を見た。狭霧はその様子には気付かなかったようだが。
「……喰われた夢が」
 ぽつり、とカスミが呟いた。皆がはっとしてカスミを見る。
「私の夢、取り返してくれて有難う……」
 カスミは絡まっている蔦を必死で引っ張る。緑の目に虚ろなものは何も無い。ちゃんとした意志が宿っている。
「辛いとばかり思っていたわ。ずっとずっと、辛いと思っていたわ」
 ざり、と音がした。狭霧が一歩後ろに下がったのだ。顔が青い。
「毎日は辛いものでしかなかったわ。言う事を聞かない体を持ってしまって、私は毎日絡まった蔦を断ち切る事ばかり考えていたわ」
 啓斗と北斗が顔を見合わせた。
「夢を見る事しか出来なかった。それだけが私に与えられた、唯一の自由」
 霜月は眉間に皺を寄せた。カスミは小さく笑った。じっと狭霧を見て。
「狭霧さん、大丈夫か?」
 将之が心配そうに狭霧を見た。狭霧の顔は青いまま「ええ」とだけ答える。
「最初は夢を無くしてしまったのだと思っていたわ。でも、喰われていたんだわ」
 雅が溜息をついた。カスミはほっとしたように笑い、蔦を引っ張る。
「そんな事、この蔦に出来る筈ないと思っていたの。そんな事は無かったのに」
(私と同じね。尤も、私にはできなかったみたいだけど)
 シュラインが苦笑した。カスミを捕らえていた蔦が、ぶちりと切れる。
「これで自由。私の喰われた夢。辛さからの解放」
 ふわり、とカスミの髪が揺れた。狭霧はそっとカスミに近付く。
「あなたは……私の力の具現なのね?」
(やっぱりそうなのね)
 シュラインは確信した。辛いと思っていたのは、過去の狭霧。ずっとずっと自由を求めていた、溢れようとする力に苛まれていた狭霧の力。
(ああ、だから)
 狭霧の手の甲にある青い花が光る。今は少しだけ、赤く染まっているけれども。
(だから、花に苛まれる、だなんて言っていたんだわ)
 狭霧は皆を見回した。このまま、自分がカスミの力を受け取って良いのかと確認するかのように。皆、それを分かっていたかのように頷く。狭霧は少しほっとしたような表情を見せ、カスミに向かって手の甲をかざした。微笑むカスミは青い光となり、狭霧の花へと吸い込まれていった。光が完全に吸い込まれてしまうと、狭霧はその場に座り込んでしまった。どうにか虚が安定してきたとは言え、まだまだ体力的には完全とはいえないのだから。
「おお、蔦が無くなっていきますな」
 少しずつ消えていく蔦を見て、霜月が微笑んだ。
「カスミさんの力が回収されたからかしら?」
 シュラインが辺りを見回しながら微笑む。
「そうだな。あーめでたいめでたい!」
 うーん、と大きく伸びをしながら雅が言った。
「ともかく、何とか回収できて良かったよ」
 将之がにっこり笑ってしゃがみ込んだままの狭霧に手を差し出した。
「本当本当。何とかなるもんだなー」
 妙に感心しながら北斗が言った。それに、啓斗が小さく小突く。
「北斗、行き当たりばったりはあまりよくない」
「そうは言ってもさ。……ほら、臨機応変だって」
 啓斗と北斗のやり取りに、一同が笑った。将之に立たせて貰った狭霧は、左手甲に光る赤い花を抱きながら、小さく微笑んで頭を下げた。
「皆さんのお陰ですね。有難う御座います」
 あれだけ覆っていた蔦は、もう無い。在るのはただ、清々しいまでに綺麗になった空間だけだった。

●結
 すう、と音も無く掲示板から張り紙が消え去った。件の事件が解決してしまったからだ。時計台の上で、ヤクトは下を見下ろす。鐘の鳴る気配は無い。
「あの小娘が……!」
 本来在るべき自分の力は、この世界に散らばってしまっている。そしてそれは、一つ見つかったが狭霧の手に渡ってしまった。もう回収は不可能だ。
「……小娘が!」
 今一度ヤクトは唸るように言い、その後うおおお、と叫んだ。足りない力を、叫びによって呼び集めようとするかのように。

 狭霧は叫び声が聞こえたような気がして振り返った。だが、何も変わった様子は無かった。小さく溜息をつき、自らの手の甲の花を見た。真っ青だった手の甲の花は、力を帯びて少しだけ赤くなっている。
「まだ、一つ」
 ヤクトに対抗する為には、まだまだ力が足りない。折角、安定してきた虚。これでヤクトに対抗する術は整い始めているのに。
「……辛いだなんて、もう」
 小さく狭霧は呟いた。自らの思いを、真正面から受け止める為に。

 シュラインは普段の街に戻り、今自分がいた場所を思い浮かべた。二つの力が争う、不思議な場所。
「不思議な所だったわね……」
 シュラインは小さく溜息をついた。場所を思い、力を思って。それから微笑む。
「でも、大丈夫よね」
 無事に力は狭霧に渡す事が出来たのだし、カスミは喰われていた夢を取り返すことが出来たのだから。そして、あの時咲いていた花は、今でも鮮明に思い出せる事が出来た。儚くも美しい、夢を喰らった青い花。
「笑っていたものね。大丈夫よね」
 にっこりと笑ったカスミを思い浮かべ、再びシュラインは微笑んだ。胸に、白い少女と青い花を思い浮かべながら。

<夢を喰らう花は静かに胸で散ってゆき・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
【 1555 / 倉塚・将之 / 男 / 17 / 高校生兼怪奇専門の何でも屋 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、霜月玲守です。この度は初の異界「夢喰らい花」へのご参加、本当に有難う御座いました。如何だったでしょうか?
 初めての異界の依頼という事で、かなり分かりにくいオープニングだったと思います。難易度は最初なので下げたんですけど、きっとオープニングが難しかったのではないかと。すいません(汗)でも、そんな事は関係なく皆さまのプレイングがしっかりしていたので、逆に安心しました。有難う御座いました。
 シュライン・エマさん、いつも参加してくださって有難うございます。異界は如何だったでしょうか?まさか根を引っこ抜いて燃やされるとは思っていなかったので、ちょっとびっくりしました。さすがシュラインさんです。
 初めて涙帰界に参加してくださいまして、本当に有難う御座います。分かりにくい世界設定をしており、更に分かりにくいオープニングで申し訳ない限りです。今回の「夢喰らい花」でこの世界を掴んでいただければ幸いです。因みに、カスミはカスミ草という花のイメージと、狭霧の力なので霧に近い言葉の「霞」から取っています。
 今回の話も、個別の文章となっております。お暇なときにでも、他の方の文章も読んでくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。