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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


忌み歌

●始歌
「何、これっ!?」
 女は目の前に広がった光景を見て、驚きの声を上げた。
 先程までただの寂れた洋館であったのに。
 床の上にはおびただしい程の血痕が散りばめられていた。新鮮な血の匂いが、煩わしく鼻につく。

 栃木、那須塩原の山奥で人気のない洋館を見つけた、男女二人。車を止めた時は夜遅く、時期外れの肝試しをしよう、と、この館の中へと足を踏み入れた。
 入り口に鍵はかかっておらず、ただの寂れた洋館だった。中に入ると埃が多く、長い年月、人が踏み入れた様子がない事を物語っていた。
 ただ、ふざけあいながら館を探索する、二人。手には懐中電灯。
 だが、中庭に踏み込んで、飾られた石像の口から、気味の悪い歌が流れたかと思うと、辺りの様相は一変した。
 館中の燭台に火が燈り、人の悲鳴が聞こえた。そして、気味が悪い唸り声。
 慌てて逃げ出すが、何処をどう彷徨っても出口に辿り着かない。それどころか、女は男とはぐれてしまった。
 そして、血痕を見つけた。一体どれだけの血が流されたのだろう。恐る恐る周囲を見渡すが死体はなかった。
 この時、気を失うような弱い神経をしていればよかったのかもしれない。しかし、女は気丈な性格をしていた。
 ガタンッ。
 扉を開く音がした。
「もう、どこに行ってたのよ、‥‥ちゃ‥‥ん?」
 はぐれた男が現れたかと思い後ろを振り向きながら言葉をかけるが、次第に声が小さくなった。
 開かれた扉に立っていたのは、毛むくじゃらな大柄の男――いや、黒い獣皮に身体を覆われた、逞しい体躯の狼男とでも言えばいいか。
 何も身につけていないその毛皮は、鮮血で濡れていた。
 そして――手にぶら下げていたのは、男の生首であった。

 絶叫が館の中に響き、そして、消えて行った。


 という書き込みを見つけた。
 インターネット上で幽霊話や不思議体験などを綴るサイト――ゴーストネットOFF。
 本当に時期外れのオカルト話だな、と思いつつも興味を惹かれた。
 まぁ、実際にあるかどうかはわからない。だが、暇潰しにはなるだろう。
 その館があるとされている場所を確認すると、あなたは出かける為の準備に立ち上がった。

●闇歌
 闇が周囲を包もうとしていた。
 空を。
 山を。
 陽はいつしか遠い西の空に沈もうとしている。
「あーあ。何というか、時間的にも頃合的だねぇ」
 時期外れの怪談話にはもってこいの、と、藍原和馬が呟いた。
 雪がいつ降ってもおかしくはないこの時期、外はかなり冷え込む。そして、闇が一番深く見えるかもしれない、冬の始まり。
「書き込みにあった洋館はどこにあるんでしょうかね」
 冷え切った手を暖める為に、雨柳凪砂は息を吹きかけながら言った。
 記事になるかと思い、ネットの書き込みを見てすぐに来たのだが、一体、件の洋館は何処にあるのやら。
「それにしても、リアルな書き込みだったな。まるでその場にいたような‥‥そんな感じだったか」
 和馬の瞳は、何か楽しんでいるかのよう。
 二人とも、同じように『ゴーストネット・OFF』での書き込みを見て、好奇心に駆られてここまで来ていた。
 もしかすると、わざとこうした文章にしたのかもしれない。そう、誘っているように思える。
 この書き込み文章を見て、のこのこと洋館を探そうとする輩がいるだろう。
(「俺も誘いに乗った一人なんだがな」)
 内心にて、和馬は苦笑いを浮かべた。そして、もう一人の連れを見て、今度は表に出して、苦笑いを浮かべる。
 その彼の視線の先には――釘バットを持った女性、村上涼。
「な、何よぉっ?」
「いや、別に」
 同じように洋館を探してうろついていたので、拾ってきたのだが‥‥。車に乗せてしまって、本当によかったのだろうかと思ってしまう。
「まぁ、問題の洋館を探してから、その武器は出した方がいいかもね」
 くすっと笑って、凪砂が指摘した。そして、その言葉に顔を紅く染めながら、こっそりと後ろ手に凶器を隠す涼であった。

 枯れた葉の上を踏み歩いて、三人は山中を往く。
「噂では、この辺りらしいけど‥‥」
 地図を見つつ、凪砂が呟いた。
 あの書き込みを見て、即座にレスを書いて反応を待っていたのだが、何もなかった。詳しい情報――その洋館の場所を聞き出そうとしたのだが、そううまくはいかないようだ。
 那須塩原の山奥だとはわかるので、新幹線を使い、そして駅からタクシーでこの近くまで辿り着いたのだ。
「運転手さんの話では‥‥だけどね」
「その運転手に逃げられてしまったのだから、信憑性はあるよな」
 和馬のからかうような言葉を気にせず、凪砂は先に進む。
 まぁ、実際にその通りなのだ。怪しげな洋館があると言っていたタクシーの運転手は、凪砂が降りるとそそくさと走り去ってしまった。帰りの交通手段はどうすればいいのだろうかと、凪砂が困ってたところで、和馬に拾われたのは幸いだったのだろう。
 その彼の車に乗ろうとしたところで、同じように途方に暮れていた涼と出会ったのだ。まぁ、彼女は単に勢いで飛び出し、タクシーを返してしまっただけのようだったが。
(「車で来たのは、正解だったか」)
 まぁ、帰りの事を心配するのは、当の洋館を見つけ出し、無事帰れたらの話だ。
「あ、あれかな?」
 手にした懐中電灯で一行の行く先を照らしていた涼が、木々の間からぽつんと突き出たような無機質の建物に気づいた。
 近づくと、誰も住んでいないのか、灯りが全く見えない。しんと静まり返った洋館は不気味で、夜闇が更に際立たせている。
「何か出そうで、やだなぁ‥‥」
 心底嫌そうな顔を浮かべ、涼は洋館を見上げる。
 そういえば、事前に図書館で調べていた本に、こんな洋館の写真が出ていたような記憶がある。民俗学関連で参考になるものはないかと調べていたのだったが、こうして実物を目の前にすると、尚更気持ち悪く感じられる。
「恐怖の館、ですか」
 ぽつりと呟くは、凪砂。
 思い起こすは、事前に調べた事。
 駅からここに向かう途中、ちょっと図書館に寄ってみたのだが、面白いものが見つかった。
「歌の流れる洋館‥‥その歌の名は‥‥忌み歌」
 その凪砂が呟きし言葉に、和馬は興味惹かれたように右の眉を僅かに上げた。
「忌み歌ねぇ‥‥」
 カメラを取り出しながら、凪砂は答える。
「詳しくは知らないけど、『忌み歌』と呼ばれる歌がこの地にあるそうよ」
 ただ、どのような歌かは今現在伝えられていない。
「うわー、何だかもう激しく逃げ出したくなってきたんだけどって逃げていいデスカ?」
 ひくついた笑みを張りつかせながら涼が誰ともなく言うが、二人は聞く耳持たないようだ。それどころか、今度は中に入ろうとしている。
「えーと、これはどうしたら‥‥えーい、もう畜生私も行くわよ! って、置いてかれたらそれはそれで怖いじゃないのっ!」
 一人残される方がやはり、怖い。慌てて和馬と凪砂を追って、涼は洋館の中へと足を踏み入れた。やや早口言葉で何処かへと捲くし立てているのは、内心の恐怖を少しでも和らげようとしているのであろうか。
 一行が館の中へ足を踏み入れた瞬間、真っ暗な館内に灯りが燈った。
 人がいる気配はないのに、次々と置かれた燭台に、火が燈った。

●泣歌
 全く。
 何が何やら。
「気持ち悪いな‥‥」
 司は館を取り巻く魔力の流れに、吐き気を感じた。魔力の流れを感じ取り、原因となるべくものを探し出そうとしていたのだが、混迷な、そして氾濫している魔力に、感覚が迷走する。
「それだけ、この館には‥‥何かあるという事だろうな」
 くまなく館の中を探し歩いた方が賢明か。そう思って廊下を進もうとした瞬間、耳に障るような甲高い悲鳴が聞こえた。
「いやぁぁぁっ! 血、血、どろどろしてるーっ!」
 他にも訪問者がいたのか、と、軽く驚く。
 悲鳴が聞こえた方へと、司は駆けた。
「単に血が派手に散ってるだけじゃねぇか」
 悲鳴があったらしき部屋の中へと入ると、体格のいい男が、苦笑いを浮かべていた。その前には、パニック寸前の若い女性の姿。
「落ち着いてください。他にも何があるかわかりませんからね」
 おとなしい雰囲気の女性が、静かな声でその女性を落ち着かせようとしている。
「そ、そうね‥‥あら? 他にも人がいたんだ」
 悲鳴を上げていた女性――涼が、部屋の入り口に立っていた司に気づいた。
「あ‥‥」
「‥‥村上嬢?」
 涼と司は知り合いらしく、お互い顔を見合わせる。
「お? 知り合いか?」
 男――和馬が苦笑いを保ったまま尋ねると、二人は頷いた。
「それにしても、こんな危険そうなところにいるとはな」
 苦笑しつつ、司は涼を見る。
「そうだな‥‥危なっかしいから、怪我でもしないように、見ておかないとね」
「‥‥ちょっと待ったーっ。誰が危なっかしいのよ!」
 騒ぐ涼。
「妹の友人に怪我させちゃ、悲しむし‥‥」
 そして、司はからかうような目つきをする。
「見ていて飽きないし」
 完全に面白がっている。怒る涼だが、司はそんな彼女の様子を、ただ面白そうに眺めているだけ。
 そんなやり取りを横に、テープレコーダーを手にした女性――凪砂が司に尋ねる。
「‥‥他にも、人が訪れているのでしょうか?」
 その問いに、司は頭を横に振った。
 だが、あの書き込みは『ゴーストネット・OFF』に書かれてあった。見る者が多いあのサイトなのだから、同じように好奇心に駆られて、何か考えがあって訪れる者は少なくはないと思う。
「俺は、一人で来たからな‥‥と、噂をすれば何とか、か?」
 司の言葉で、新たな訪問客が現れた事に気づく、一同。
「よかった。誰もいないと思ってたから‥‥」
 気の強そうな印象を与えさせる女性が、部屋――床が血塗れとなった客間に足を踏み入れながら言った。その表情に反して、言葉にはほっとしたような感じを受け取れる。
 藤井百合枝と名乗ったラフな格好の女性は、その表情をしかめる。床満面に広がった血痕に気づいたからだ。
「これで、五人。心強くなってきたわね♪」
 人が多くなって安心できたか、現金に涼が笑みを綻ばせる。
「いや。七人だ」
 そう言って、客間に足踏み入れたのは、美しい女性を従えた、一人の青年。金の瞳が、非現実的な空気を醸し出す。
 青年は、日下部更夜。女性は翠霞と名乗った。
「‥‥これで、少々の事なら恐れる事もありませんね」
 凪砂は今度は血塗れの床を写真に取りながら、言った。
「少々の事、ならばな‥‥」
 司は何らかの魔力を感じ、客間の奥のドアを見つめた。

●叫歌
 閉じられていたドアが、ゆっくりと不気味な音を立てながら開く。ドアの隙間から見えるは、暗闇。その奥に爛々と光る、狂気宿りし瞳。
「な、何よ!?」
 心底驚きつつ、百合枝は持って来た刀――霊気漂いし刀――を構えた。
 更に、扉は開く。
 現れたのは――人、と呼べるものではなかった。
「‥‥えーと。どうしろと、これは」
 涼が後ずさりながら呟く。その言葉は小さく。
 現れたものは、荒々しい黒の毛皮に覆われた、獣。単なる獣ではなく、狼男と言うべきか。
 その牙は血塗られ、太く逞しい腕の先には、小さなものをぶら下げていた。
「あのねわかってんのよ流石にいい加減こういうマジモンだって事くらいはあんまし信じたくないけどねっ激しく!」
 早口で一気に叫ぶ、涼。
「あの‥‥」
 凪砂が、その狼男に話しかけようとするが、和馬が彼女の肩を掴んで止めた。
「やめとけ。あいつは‥‥話が通じるような相手じゃない」
 その顔は厳しく、瞳は冷たい。
 床に広がる血痕の匂いと、狼男が持つもの――男の生首から流れ出る匂いが同じ。和馬の鼻がそう告げていた。
「来たの、間違ってたかも‥‥」
 涼が憂鬱な面持ちを隠そうもせず、ぼそりと呟いた。
 出立する前は、「とりあえず行ってみようじゃない。だって、見たいじゃない、それ」だと呑気な気分だったのだが、今は後悔ばかり。
「危ないのは嫌、よ」
 そう言ったかと思うと、涼はくるりと身体の向きを変えた。
「敵前逃亡じゃないわよ! 戦略的撤退よっ!」
 危ない目に遭うのは嫌だから。一目散に己らが来たドアへと駆け去る、涼。
「どちらも同じだと思うけど」
 その背に更夜が声かけるが、かけられた本人はとっくに廊下へと出ている。
 確かに、得体の知れぬ相手に、策なく攻撃を仕かけるのは愚かな行為だ。更夜もまた、部屋の外に出る動きを見せながら、皆に撤退を促した。

「さて‥‥どうしようかね」
 早速と道に迷ったようだ。
 館の外に出れないと嘆く涼をよそに、更夜は注意深く周囲を観察する。
 あれから狼男に襲われるまでもなく、部屋の外に出れたのだが――今度は館の外に出れなくなってしまった。表玄関に戻ろうとしても、憶えのある道を辿ることができない。いや、廊下が玄関へと繋いでくれないのだ。
 一本道に見える廊下を進んでも、着いた先は記憶にない部屋へと導く。窓の外から脱出しようとしても、外に見える景色は、崖。
 何気なく窓の外の景色を眺めていた司が呟く。
「まるで、異世界のようだね」
 そう、異世界。
 今まで現存していた世界から、『館』という、逃れ得ぬ世界に迷い込んでしまったようだ。
「戻れないのかしら‥‥」
 それはそれで面倒そうな見合い話から逃れそうだと、百合枝は少し思いながらも、困ったような表情を浮かべた。
「そういえば‥‥書き込みにあった石像はどこにあるんだ?」
 ふと思い出して和馬が尋ねる。
 その言葉にはっとする、一同。
「確か‥‥中庭でしたね」
 凪砂が記憶を思い起こして言うと、司が手荷物から見取り図らしきものを取り出した。
「全体的な構成が変化されていないならば‥‥この近くに中庭があるな」
「じゃぁ、さっさと中庭に行って、石像壊して、こんなとこから出るわよ!」
 涼がそう声を上げると共に、ずんずんと先に進む。
 自棄になっているな、と、思いつつ、司は一言忠告する。
「方向が逆だぞ」

 中庭。
 緩やかな旋律の歌が、聞こえる。
 調べに乗って、声が詩を奏でているはずなのだが、その声は言葉を紡いでいない。
「なななな何よ、これ」
 驚きを必死になって抑えようとしても、言葉に動揺が含まれる。百合枝は心を落ち着かせようとするが、歌声が雑音となって揺らめかせてしまう。
 そして――周囲の色がおかしい事に気づいた。他の者は別段気にしている様子はない。
 百合枝にしか見えないのだ。人の心の中を垣間見得るからこそ。
 極端に捻じ曲がった波紋のような紋様が、グロテスクに混ざった色を、百合枝に見せている。
「気持ち悪い‥‥」
 吐き気を抑えるべく、手を口にあてる。
 だからこそ――ここに何かがあるという事だ。何かの想いを秘めたものが。
「お客さんが来たようだな」
 ニヤリと笑って和馬が見つめる先には、狼男。
「俺が足止めしている間、何とかするんだぜ、お嬢さんたち!」
 さっと駆けると、和馬は瞬く間に狼男の前に移動した。
「翠霞――」
「はい、彼の援護をしてきます」
 更夜が全てを言うまでもなく、翠霞が和馬のもとへと走った。中庭の奥で、戦いの喧騒が聞こえる。
「さて、俺たちは件の石像を調べてみるか」
 落ち着いた様子で、司は中庭の中央に座する、石像の前に立つ。
 人の姿をしているのはわかるのだが、何を意味しているのか不明だ。三対の腕を持ち、天使と悪魔の翼を背に生やした、像。顔は聖母のように穏やかな笑みをたたええている。
「どう考えても、この石像が原因のようだな‥‥そうでしょう? 百合枝さん」
 突然更夜から声をかけられて驚く、百合枝。「えぇ」と短く答えるも、瞳は「どうしてわかったの?」と、尋ねている。
「いえ‥‥貴女がこの中庭に入った瞬間、気分を悪くしたようでしたので。そして、この石像を避けるようにしていたから」
 涼しげな顔で、更夜はさらりと答えた。
「じゃぁ、これを壊せばOKなのよね!」
 釘バットを構えた涼は、やる気満々のようだ。気のせいか、眼が少々危険な光を宿しているようにも見える。
「‥‥怖いめに遭ったのも、この像が原因なのよね! 来るのが悪いって? ‥‥そーよ暇だから来てみたのよ悪かったわねコチトラ仕事先は見つからないわ宿敵はなんか最近ちょっと不気味だわって目の前にいながらいけしゃぁしゃぁとしているわ現実逃避したいのよ参ったか!」
 勢いよく釘バットを乱暴に石像に叩きつけるが、全くびくともしない。如何せん、ただの石像ならともかくも、この館の異常さを形成してるらしき存在。
「代わって‥‥」
 霊刀を片手に下げし百合枝が、涼と交代する。
 一刀両断。
 刀光を閃かせると、まさしく言葉通りに石像を真っ二つにする。
「歌が‥‥止んだ」
 凪砂が、ぽつりと言葉漏らした。

「遅いんだよ!」
 危険に光る爪を余裕で避けながら、和馬は素早き動きで狼男の腹に、重い一撃を与える。
 獣と獣。
 己の力を解放せし和馬は、狼の姿を見せている。
 獣化。
 それが、和馬が力。
 人の姿の時とは打って変わって、閃光の如き動きを見せる。そして、彼の身体から放たれる一撃は、膂力の凄まじさを物語る。
「そこです!」
 九尾の狐が叫ぶと共に、蒼白く燐光をもった光が、狼男を撃つ。
 続いて和馬がその首を捉えると――千切り捻った。
「まぁ、満足できる味だったな」
 不敵に笑う。
 戦いが終わったところで、仲間の方はどうしたかと見やると、石像が真っ二つに割れるのが見えた。
「あっちも終わったようだな‥‥ん?」
 視界が揺らめく。
 意識が不明瞭に蠢く。
「どうしたんだ!?」
 叫ぶも、答える者はいない。

●終歌
 朝日が眩しい。
 ――。
 すぐさま気づき、凪砂は身を起こす。
 周囲を見渡すと、来た時と同じく山の中。ただ違うのは闇に包まれていないだけ。いや、それだけではない。
 館が存在していないのだ。
「‥‥はっくしゅん!」
 司がくしゃみをすると共に、目を覚ました。
「うーん‥‥あと、五分‥‥」
 涼が寝惚けて布団の中に潜りこもうかとするように、司の上着を引っ張る。
「――消えたか、館は」
 ゆっくりと立ち上がりながら、百合枝は館があった場所を見つめる。
「それはどういう事だぃ?」
 何時の間にか意識を取り戻したか、和馬が彼女に尋ねる。百合枝はその問いに苦笑いを浮かべて答えるべく唇を開いた。
「あの館は、虚構のものだったんだよ」
 意識を失くす寸前に、流れ込んだ想念。
 館の主人が、死に行く前に残した、想い。
「その想いが、あの館に形を残す事を許していた――」
 己の手を見つめながら、更夜が呟いた。
 触れるものの過去、そして未来の出来事を『視る』。更夜の力は、彼に館に残された主の行動を見せてくれた。
「財産家であった館の主は、誰も信用できなかった人物だったらしい」
 それどころか、人々に対し、恨みを持っていた。
 誰が己を殺そうとしているのか。誰が己に死を与えようとしているのか。誰が己に害為そうとしているのか。誰が――。
 不信から恨みに変換される。
 己が死に面しているのは、人々のせいだと。
 一笑にふすものなのだが、当の本人は真剣に思ってたようだ。
 だからこそ、人々に恐怖を与えるべく、館に力を与えた。
 愚かな魔術に頼って。
 その事が己の魂を蝕していく事も知らずに。
「館の主は‥‥老人は、廃墟となった別荘を買い取り、何処からか仕入れた魔術の力を以って『恐怖の館』とさせたらしいな」
 淡々と述べる、更夜。
 恐らく、海外にあったいわく有り気な建物をこの地へと運び、廃墟をまっとうな館に見せた。だが、その館は既に実際の姿を保っておらず、石像の力で形を残していた。
「だからこそ‥‥石像が破壊されれば、館は姿を消すのみ、だな」
 眩しそうに空を眺めて、百合枝が言葉を受け継いだ。
「何だ、そんな事だったのか‥‥」
 全く迷惑な話だ。
 他人の思い込みで、こんな危険な代物が作られるなどとは。
「まぁ‥‥一応は仕事のネタにはなる‥‥かな?」
 凪砂はそう呟くと、和馬に「帰りましょう」と、声かけた。来た時と同じく、彼の車をあてにしているのだ。
 もう、為すべき事は何もない。
 一行は館があった地を、後にする。
「だったら‥‥あの書き込みは誰が書いたんだ?」
 ふと思い起こして司は呟いた。
 誘っているような文章。餌を招きよせる事を目的とした書き込み。

 カタカタ。
 インターネットカフェで、『ゴーストネット・OFF』を見ると、小さいながらも動きが見えた。
 司がレスした書き込みに対して、更にレスがついている。
『次なる館でお待ちしております』



End.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0381 / 村上・涼 / 女性 / 22歳 / 学生】
【0922 / 水城・司 / 男性 / 23歳 / トラブル・コンサルタント】
【1533 / 藍原・和馬 / 男性 / 920歳 / フリーター(何でも屋)】
【1847 / 雨柳・凪砂 / 男性 / 24歳 / 好事家】
【1873 / 藤井・百合枝 / 女性 / 25歳 / 派遣社員】
【2191 / 日下部・更夜 / 男性 / 24歳 / 骨董&古本屋 『伽藍堂』店主】

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■         ライター通信          ■
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 月海です。
 大変長らくお待たせしてしまい、まことに申し訳ありませんでした。

 今回は、オープニングを除いて時系列順に5シーンの構成となっております。
 皆様、お楽しみ頂けたでしょうか?
 それでは、次回のご参加、お待ちしております。