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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


銀座の花泥棒顛末記

OP
 最近謎の失踪事件が相次いでいる。皆銀座でホステスなどをしていた若い女性ばかりだ。被害者達の関連性はパッと見ですぐわかる。最初の被害者の名前がさくら。次はすみれ。
そしてエリカ・かんな・かすみ・椿・百合・蘭・芙蓉‥‥すべて被害者は花の名前を源氏名にしていたのだ。それぞれにタイプは違うが美しい女性達だ。
「この関連性を放置してどーする!」
 編集長、碇麗香の厳しい声が部屋にこだまする。
「どーするといいましても‥‥」
 三下忠雄は女王陛下である麗香の機嫌を損ねないよう、極力低姿勢に言った。
「いいか! よく聞きなさい。水商売の女と言ってもね『銀座の女』は格が違うのよ。いうなれば『ホステスの中のホステス』よ。それが相次いで失踪だなんて偶然はない。ありえない! なのよ」
 麗香はたった1人の聴衆である三下相手に勿体なくも全力で演説をする。
「つまりね。これには何らかの作為が働いているのよ。それを暴き白日の下の晒す! これこそスクープであり社会正義であり部数アップであり臨時ボーナスなのよ! わかる?」
「は、はい!」
 麗香の言ってる事は半分は聞き流すことにしている三下も、臨時ボーナスの言葉には即座に反応した。
「臨時ボーナスのために粉骨砕身働きました結果、ホステスさん達は皆、店が終わった後お寿司屋さんに行き、そこからタクシーを拾って帰宅しています。そこまでは目撃証言があります。けれど自宅前でタクシーを降りたにもかかわらず、翌日店に出てこなくて‥‥どこを探しても居なくなっちゃっているんです」
 三下はメモを見ながら必死で説明する。寿司屋が閉店するのが午前3時。そこから深夜タクシーを使っているのだが、失踪したホステスは客と同乗してはいない。
「‥‥これ以上は三下じゃ無理かしらねぇ」
 麗香は冷徹な瞳を部下に向ける。失踪した9人のホステス、そして10番目のホステスを守るため‥‥ではなく、月刊アトラスのスクープのために鬼編集長碇麗香にはどうしても人手が必要だった。

●情報
・寿司屋の名前は竹富寿司。午後6時から午前3時まで営業
・ホステスを乗せたのはTTタクシーのハイヤーで、運転手は決まっていない
・ホステス達の勤務する店はそれぞれ違う
・本名は花の名前ではない
・目的:真相解明。事件の解決は必要ではない。


 銀座に灯がともる。夜の帳が下りると、この街はもう1つの顔を見せる。夜を彩る最高の女達が集まり競い咲く街、銀座。多くのサラリーマン達が新橋や有楽町から家路を急ぐラッシュアワーの頃店は開くが、実際にはもっと早く―起きた時―から彼女達の戦いの日々は始まっている。時間をかけて入浴し美容院に行って髪をセットする。軽く食事をしながら衣装を選び、馴染みの客に電話をして営業をする。うまく話が進めば同伴出勤となり実入りが増える。バブルがはじける前も後も厳しい銀座の営みは変わらない。そこに生きる女達は皆したたかで美しいのだ。

 海野みそのは午後2時に『竹富寿司』の店内にいた。かつては丑三つ時と呼ばれ魔が跳梁する頃合いといわれていたが、店内は明るく活気がありとても今の時刻が真夜中だとは思えない。店員もお客達の誰もが眠そうですらなく陽気に語り、飲み食べていた。みそのはカウンター席の一番奥に腰を下ろしていた。時折珍しそうに店の中を見回していたが、コートは脱いだ黒のマーメイドドレス姿は鮮やかに人の目を惹く。店内には水商売らしい女達はたくさんいた。化粧室に立つ者もいたが、入れ替わりが行われている様子はない。同じ服同じ顔をしていたとしても、みそのにはその人の放つ波動で他人かどうかわかる。
「お客さんは初めてだね」
 店主−この店では客達から『大将』と呼ばれていた−は使い込まれた包丁で手際よく仕事をしながら聞いた。おっとりと、みそのは視線を大将へと向けた。
「はい。わたくし黒百合と申します。こちらのお店のことは“ほすてす”の皆様にお聞きして参りました」
「あんた、黒百合さんっていうのか? ここらじゃあんまり見ない顔だが、どこの店に出ているんだ?」
 大将が何か言う前に、やはりカウンターに座る廣瀬秋隆が声をはさんだ。鬼の編集長から電話を貰って以来、寸暇を捻出しては調査をしてきたが、『黒百合』という源氏名を持つ女のいる店には行った事がない。女性なら誰でも好ましいと思う野性的な黒い瞳がみそのをじっと見つめる。その視線がみそのの曇りのない視線と絡み合った。

 テーブル卓ではウィン・ルクセンブルクが野趣あふれる切り出した木片の様な器に乗った『特上にぎり』を食べていた。向かいには典雅な女性が座っている。ここ数日で馴染みになったホステスで、源氏名は蘭という。蘭のいる『ClubSea』が閉店してからそのまま竹富寿司に来たという訳だから、いわゆる『アフター』という奴だ。
「こんな美女にごちそうになっていいものかしら?」
 蘭は疲れも見せずにみずみずしい微笑みを浮かべる。永く銀座の水で生きてきた蘭だが、女性客とアフターに出るのはこれが初めてだ。ウィンは店内の照明だけでさえ豪奢に輝く髪を揺らしてうなづいた。
「当然だわ。私があなたと食事がしたくてお誘いしたんですもの」
 ウィンの話す日本語は母国語の様に流暢だ。
「嬉しいわ」
 蘭は素直にそういって寿司を口にした。その様子に目を細めながら、ウィンは店の中を静かに目で伺っていた。大将も他の板前達も忙しく働いている。見習のような若い男達は頻繁に店の中や外へと出入りしているが、客の目からではその動きが必要なものなのか、不必要かはわからない。小さなため息をつくと、ウィンも目の前の寿司を堪能し始めた。
 午前3時の閉店時刻となると一斉に客達が帰り支度を始めた。下っ端の板前や見習達が会計をしたり、深夜タクシーを呼んだりして忙しく立ち動く。
「今夜は楽しかったわ。またお店に来て下さる?」
 タクシーを待つ間、蘭は男性客に言うかのような誘いの言葉をウィンに告げる。ただにっこりと意味深長な笑みを浮かべただけでウィンは答えない。蘭はいぶかしげに首を傾げたが足元からか弱い鳴き声を聞いて視線を落とす。
「まぁ‥‥綺麗な猫」
 なつっこく蘭のピンヒールに包まれた足にまとわりついているのは、銀色に輝いている様にも見える長毛種の白っぽい猫だった。しゃがみ込んで抱き上げると、どことなく哀れっぽい様子で蘭に甘え声を出す。
「全然警戒してないなんて、きっとどこかの飼い猫なんだわ」
 タクシーが来たので猫を道に戻そうとした蘭だが、猫は彼女の胸にしがみついたままどうしても離れようとしない。困ったようなどこか嬉しいような顔をして蘭は運転手に猫を同乗させてもいいか訊く。
「綺麗な人の頼みは断れないね」
 運転手がそういうと蘭は猫を抱いて後部シートに収まった。タクシーが発進とウィンもきびきびと身を翻す。彼女が兄から借り受けた車で追うのは、ホステス蘭を自宅まで送り届ける筈のTTタクシーだった。

 店にまだ残っている客はみそのと秋隆だけになっていた。2人はカウンター席に残って大将と話を続けている。
「あんただって気になるだろう? 失踪したホステス達はみんなあんたの店に最後に寄ってるんだぜ。俺だけじゃない、誰だってここが怪しいって思うもんだぜ? で、実際のところはどうなんだ?」
 いくらネタや技術を売る老舗の寿司屋といっても、客商売である以上評判は気になるだろう。秋隆の口ぶりには明らかに、この店も一連の失踪事件に関与しているのだろう言っていたし、自分が感じたのと同じ事はいずれ人の噂になり伝わっていくだろうと示唆している。
「俺が調べたところじゃ消えたホステス達は皆その店の売れっ子だった。ナンバーワンを張ってた女もいる。そんなやつらがこぞって自分から消えるわけないんだよ。店はホステスにとっちゃ仕事場だが、光の当たるステージみたいなもんでもあるんだから、な」
 気取った『銀座の女』は苦手だが、この世界で生きる者の思いはわかる。秋隆の言葉をみそのはじっと聞き入っていた。今口をはさんで秋隆の邪魔をすべきではないと判断したのだ。だが、ただぼ〜っと聞いていただけではない。黙って後片付けをする大将に秋隆がじっと厳しい視線を向けていると、ふと袖をチョイチョイと引っ張られている事に気がついた。黙って聞いていたみそのだった。
「どうかしたのか?」
「ご店主殿は何かお気づきなのではありませんか? お花の名を持つ皆様のために、もしご存知のことがあれば教えていただけませんか?」
 みそのは丁寧に言った。目の前の老人が何も知らないとは思えない。けれど、何かの理由があって口をつぐんでいるのではないかと思ったのだ。
「店の客で気になる男がいた。酒も寿司も頼まんで、吸い物だけを注文する。その男が来た日の翌日は決まってホステスが消えている」
「ビンゴだろ、それ!」
 秋隆が勢い込む。今夜もその男が来ていたことを大将が告げると、秋隆とみそのは脱兎のごとく店を飛び出した。

 ウィンが兄から借りた車を発進させたのは、蘭がタクシーに乗ってから5分以上は経過していた。だが、都内とはいえ午前3時の道路はどこも空いているし信号も殆どが点滅状態になっている。屋根に派手な飾りのついたTTタクシーを肉眼で捉えるのに『力』は使わなかったし、時間も10分とかからなかった。そこからは抑えた運転に切り替え追尾する。更に15分ほど走った後,タクシーが停車したのはウォーターフロントに最近出来た超高層マンションのエントランス前だった。
「ありがとう」
 軽く礼を言い,猫を抱いた蘭がタクシーから降りる。真夜中というよりは早朝になりつつある時刻であったが、エントランスは光があふれ外にまで漏れている。蘭は全く周囲を伺う事なくオートロックの扉へと向かう。その華奢が姿がハンドバックの中からキーを取り出そうとうつむいた時、黒い影が蘭へと襲いかかった。

 悲鳴と怒号、そして不吉にも聞こえる猫の高く大きな鳴き声が響いた。
「うぁあああ」
 銀色の猫はスルリと蘭の腕から飛び出し、迫り来る影へと身を躍らせた。酔いと睡魔と疲労に支配された蘭は何も出来なかったが、猫の目から見ればどうしようもないくらい愚鈍で稚拙な襲撃だった。難なく爪で顔をかきむしってやる。金属の高い音がしてナイフがエントランスの床に落ちた。
「くそぉぉ」
 顔をひっかき傷だらけにして、黒い服を着た中年の男が蘭と猫をにらみ付けた。
「変な猫けしかけやがって! 覚悟しろ!」
 とり落とした凶器を拾うでもなく、素手のままで拳を作り蘭へと躍りかかる。
「そこまで‥‥ね」
 男が振り上げた右腕は細いがしっかりとした手に掴まれた。
「間に合ったわね」
 男に当て身を喰らわせると、ウィンは晴れやかな笑みを蘭に向けた。いつしか猫の姿は消えていた。

 その少し前、秋隆とみそのは竹富寿司の見習いで最も若い男を追いつめていた。店を出た2人の目にいきなり飛び込んできたのは、いかにも人目をはばかるようにして携帯電話を使うこの男だったのだ。そっと近づいてみれば蘭の事を詳しく話している。秋隆はこの男が共犯なんだとピンと来た。つかつかと男に駆け寄り携帯電話を取り上げぽ〜んと夜空に放り投げる。それは絶妙のコントロールでみそのの手に収まった。
「にいさん。今の話し俺にも詳しく教えてくれないか」
 店でも滅多に見せない極上の『キメる時の笑顔』を浮かべた秋隆に男は恐怖を感じて座り込んだ。
「もしもし‥‥もしもし‥‥変ですわね。どなたもお返事してくださいませんわ?」
 みそのは困った様な表情でもう一度携帯電話に呼びかけた。

 捕まった2人の証言から、監禁されていたホステス達は開放された。中には衰弱して病院に運ばれた者もいたが概ね元気そうだという。犯人逮捕に協力したということでウィン、みその、秋隆には警察から感謝状が出たが今後の裁判にも関わるということで詳しい事実関係を記事にする事は検事側、弁護士側双方から控えるようにとの連絡がアトラスに入った。というわけで、次号の部数が飛躍的に延びる事はなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1388 / 海原みその / 女性 / 若そう / 黒百合】
【1493 / 銀色の美猫 / 不明 / 不明 / 愛玩動物】
【1588 / ウィン・ルクセンブルク / 女性 / 20代? / 青年実業家?】
【2073 / 廣瀬秋隆 / 男性 / 20代後半から30代前半 / 業界人?】

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。花泥棒の顛末をここにお届けいたします。東京怪談にゲーム的な要素あること、また複数の方々の行動によることから、OMCとはいえ発注通りにならない場合があります‥‥というか、なってます。お読みになって一時でもお楽しみいただければ幸いに思います。またご縁がありましたら、是非ご用命くださいませ。

◆ウィン・ルクセンブルク様
 目の醒めるような美女でのご参加、ありがとうございます。深夜の東京ルールぶっちりぎ走行だと思われますが、お兄さまのお車は傷一つ無く無事に返却なさっただろうと存じます。お疲れさまでした。