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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>




件名:影を   投稿者:少年

夢うつつの世界で、僕は影をなくしました。
歩いていても自分の影を見ることが出来ず、とても不安です。
捕まえようとしてもすぐに逃げられてしまうし、とても困っています。
次の満月の夜、枕元に蝋燭を一本燈して目を閉じ、僕のいる世界に来てください。
逃げ回る僕の影をどうにかして捕まえて、僕の足首に縫い付けて欲しいのです。
裁縫セットは僕が持っています。
枕元においた蝋燭が危なく感じる方は、消えないように細工してくださっても構いません。
あなたの影まで逃げてしまわないようにしてくださればそれで結構です。

僕の影を捕まえて下さい。

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そんな書き込みを見て、指定の満月の夜、ラスイルはシンプルな燭台を床に置いた。
長時間持つようにと大きめの蝋燭を持ち出し、火を燈す。
揺らめいた炎がラスイルの銀糸の髪をほんのり赤く染めていた。
固い床の上に体を横たえると、窓から満月の光が差し込む。
長い髪がはらはらとゆたって、蝋燭と月の光を照らし返している。
「これで、目を閉じろと」
割に光の強いこの状態では自然に目が眇んでしまう。
ラスイルはごく自然に目を閉じた。
横たわった影が、二方向からの光を受けて、不規則に伸びていた。






集まった人数は二人。
馬渡日和と名乗る少女とラスイル・ライトウェイという男。
そしてその二人の前に、一人の少年が立っていた。
茶色の短髪に白いシャツとズボン、外見は15,16辺りで通用するだろう。
少年は言う。
「来てくれてありがとう」
にっこりと笑った時に見えた八重歯が少年らしさを強調している。
「それで、ここはどういうところなのですか?」
銀の髪が美しいラスイルは軽く辺りを見回して訪ねる。
「ほんと、ここは何処なの?」
日和も同じことを聞いたのだが、そう言いたくなるのも無理はなかった。
三人の会するその場所は、何も無い、ただの空間に過ぎなかった。何処までも広がっていそうで、すぐに行き止まりがありそうな白い空間、限界がなさそうだが、押しつぶされそうなほどの窮屈感。
見回しても他の二人以外には誰も居ない。
「ここは夢と現の境目、僕が影をなくした場所です」
風も無いのに少年は短髪を揺らす。
「…どういうことですか?我々は単に同じ夢を見ているというだけではないのですか?夢現の世界とは…」
ラスイルが問う。
「夢現の世界とは夢と現実の狭間のこと。暖かく小さな光に包まれて、体を楽にすれば、浮遊感がもてることはありませんか?朝目覚める時に、まだ眠りたいと思ったことは?」
「あっ、あるある!日舞のお稽古の日なんて朝早かったりすると、どうしても、後五分〜って!」
(たしかに、朝は起きるのが辛いよな…)
饒舌に語る少年の言葉に、日和が元気よく答えた。
「お二人とも、そういった経験がおありでしょう。夢を見る直前、ぬるま湯に浸っているような、確かに体は横たわっているのに、どこか中に浮いたような覚束無い感覚」
「それがこの世界というわけですか」
「眠りに落ちる直前、少し意識のチャンネルをずらせば、ここに来ることは可能なんです。ここが童話のネバーランドと言っても過言では無いでしょう。ここでは何でも出来る、何でも手に入る」
少年はそう言って、翳した右手に小さな箱を現せてみせた。
突然、何も無い空間から音も立てずに小箱が現れ、二人は驚きを隠せない。
「すごーい!その箱は何?」
(騒ぐなよみっともない)
「なによお!日向だって吃驚したくせに!」
特に日和は興味深々で、少年の右手にある小箱を見つめた。
「これが裁縫箱です。この中に入っている針と糸で、捕まえた影を僕のココ、足首に縫い付けて欲しいんです」
少年は右足をひょいと上げて、足首を指した。
「妙な話ですね」
ラスイルがふと、呟くと同時に、彼の後方には丁寧な作りの椅子が現れた。
「ここでは何でも出来る、何でも手に入る。それならどうしてあなたは自分の影を自分で捕まえられないのですか?」
現れた椅子に物腰穏やかに腰掛け、腕と足を組みながら、ラスイルは青い目を少年に向けた。
あたしも、と日和も一人掛けのソファを出して、そこに体を預けた。
「それを言おうと思っていたんです。確かにここでは何でも出来ます。空を飛ぶことも出来ますし、瞬間移動だって出来る。…瞬間移動は行き先までしっかり思い描いていないとダメですが。でも、対象物に意思がある場合はそれを自由に出来ない。例えば、会いたい人をここに呼び出すことは出来ても、消すことは出来ない。隙が無い限り、本人が消えたくないと思えば、消したいと思うこちらの意思とぶつかってしまうからです」
少年が出した椅子は何処にでもありそうな普通の学習机にある椅子だった。
「意思がぶつかっても和解できれば二人はここに存在できる。和解しなければ最終的にはお互いが消えてしまえば良いと望みます。そうなれば、意志の強さ比べになってしまう。…僕が捕まえたい僕の影は、意思があるんです。僕はここからまだ消えるわけにはいかない。僕の影と僕が意志の強さ比べをしても、絶対に僕が負けてしまう」
「どうしてそんなことが解るんですか?」
ラスイルの問いに、少年はただ、笑うだけだった。
日和は柔らかなソファに座って頭を抱える。
「む、難しい〜…」
(しっかりしろよ、協力するって決めたのはお前なんだからな)
「日向だって反対しなかったくせにぃ…」
「簡単です。お二人はただ、瞬間移動してもらえればそれで良いんです。場所は"僕の影のあるところ"。そこに行って、僕の影を捕まえて欲しいんです」
「私たちが意思比べに負けて消えても問題ないということですか」
すっかりこの空間に慣れたラスイルが、今度は手に茶の入ったカップを持っている。
「消える、というより正確には目覚めてしまうということです。人間はいつも現に属しています。稀に夢に属する人もいますが、そういった人たちは…病院で寝てるんじゃないですかね。決してこの世界で消えることが死を意味するわけではなりません」
「ねえ、でもサ、どうして影なの?…そもそも影ってなに?」
ラスイルを真似て手にジュースを出した日和が言った。
「影は僕の半身、片割れです。僕だけでは僕という人間の半分に過ぎない。半分のままこの世界から消えるわけには行かないし、半分のままこの世界で過ごすわけにも行かない。日和さん、あなたの半身がなくなれば困ることも多いでしょう?」
「……そうだね」
(核心を突くな、こいつ)
日和の半身、日和の中に存在するもう一人の人間日向。
少年がそのことを言ったのか。あるいは純粋に右半身もしくは左半身が無かったらということを言ったのかは解らない。
「では我々に蝋燭を立てて眠りにつけというのも…」
「はい、お二人には影とともにあって欲しいからです。光が無くては影は存在しない。影が無くても光は無い」
ラスイルは一つ息を吐いて飲み終わったカップを手元から消し去って言う。
「やれやれ、嘘か真か」
「夢か現か」
少年がそれに続けてまた笑った。
「とにかく行こう!影を早く捕まえてこなくちゃね!」
(元気だなお前は…)
ラスイルと日和は、少年の前から霧のように消えた。

影のもとへ。



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「キリートさん」
少年は椅子に座ったまま、呼んだ。
すぐ脇に現れたキリートは、再び現れて、はい、と返事をした。
「あの二人は僕の影を捕まえて帰ってきてくれると思いますか?」
「そう願うのであればどうして私に影の捕獲を願わなかったのです?」
少年はキリートの方に振り向いた。
「だって、一人でも多い方が寂しくなくて良いでしょう?」
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日舞は優雅な動きとは対照的に力を使う。
手の位置、足の運びから全て決まっていて、姿勢的にも中々に疲れるものが多い。
日和の結い上げた髪が何も無い空間に、靡いて影の前を通った。
相方も唄方も意思のある人が務めるため呼び出すことは出来ない。
音楽も拍子もない場所で、ただ踊る。
少年の形をした影絵のような物体は、動かずに立っているだけだった。
かつぎという顔を覆う薄布がひらりと舞って。
白い空間に、目の冴えるような煌びやかな着物。舞台は無い。
「音も無いのに豪華なだけの舞台なんて寂しいだけだもんね」
(まあな。それよりあの銀髪の男は…)
「うん、頃合を見計らって捕まえるって言ってたけど…いつかな?そろそろじゃないかなぁ」
(…大人しいな、あの影…)
所作を進めながら影を観察する。
ラスイルが一向に動く気配も無く、日和のすぐ後ろに立っていた。
舞う日和を挟んで、静かに影とライスルは対峙する。
一つ、演目がそろそろ終盤を迎えようとした時。
「日和さん、もう結構です」
「えっ…?」
ラスイルが口を開いたのだった。対する影はいまだ動かぬまま。
「全く、あの少年の影とやらはお間抜けですね。少年自体がお間抜けなのでしょうか。この空間にいて時間も長いでしょうに、どうして自分の前に現れた者たちが捕獲者だと気付かないんでしょうか」
そう言いながらラスイルは、影の前に立つ。
突然現れた二人の人物。女の方に「私が踊りを踊ってあげる」といわれて素直にそれに見入った影。
その後ろに立つ銀髪の男の視線を感じつつ、黙って舞を見ている内に動かなくなった体。
「動かないね」
日和もラスイルに続き、影の前に立つ。
「あなたの舞に魅入っていたところを私が眼で縛しました。これで動けないでしょう」
「そ、それに気付かなかったの?この影…」
(ホント間抜けだな)
「あっさり済みましたが、いい力加減ですよ。私の縛し方が強すぎて消滅させるわけにはいきませんし、あなたの舞で魅了しすぎて"彼の半身"というものを失わせるわけにもいきませんから」
何も無い空間での静かで優雅な戦いは、あっという間に幕を閉じていた。

影と二人は早々に、先ほどの少年のところへと戻った。






変わらず椅子に座ったままだった少年は嬉しそうに二人を迎えて、膝に載せていた小箱を手に取った。
「ありがとうございます。早速ですが、影を僕の足首に縫い付けてもらえますか?」
「はいはいはい!私がやります!」
日和が我先にと手を上げて、少年の傍に寄った。
「ありがとう日和さん。じゃあ頼みますね」
「まかせて!えへへ、本当にウェンディみたい」
(っていうか、何気に怖いぞ。針と糸で足首に影を縫いつけるのって…)
少年は座ったまま小箱を日和に渡し、足を差し出した。
ラスイルが影の腕を捻って跪かせると、日和が小箱の中から、銀に光る針を取り出した。
その針には既に黒い糸が通されており、いつでも縫い物が出来状態にされている。
「あ、でも…痛くない?」
「大丈夫です。痛く無いと思えば痛くありませんから」
「そういうもん…?」
「本人がそう言っているのです。大丈夫でしょう」
ラスイルのどこか嬉々とした声に、日和はそっと針を踝側から足首に刺した。
何の抵抗も無く針は少年の白い足首に埋まり、反対側から出てきた。
「痛くない?」
「大丈夫ですよ。その針を影の足首に通してください」
ラスイルが、グイと影の足を少年の方に押し出した。
少女らしい白い手が、少年と影の足首の辺りを行き来して数針、短くなった糸を玉止めると、はさみで切られた。
パチン、という軽い音が合図のように、少年の椅子の後ろにキリートが現れる。
「本当にありがとう。これで僕はやっとこの空間から出ることが出来ます」
縫い付け終わると同時に影はすうっと消えてしまった。
椅子から立ち上がった少年は八重歯を見せて笑う。
「ね、この世界から出られるって事は、君も起きるって事だよね?だったら、目覚めたら今度一緒に遊びに行こうよ!まだ名前も聞いてないし!」
日和は小箱を閉めて少年に手渡すと、ニコニコ笑った。
(どういうつもりだよ今度は…)
「だってこの子凄い可愛いんだもん、友達になりたい!」
そんな日向とのやり取りを聞いているのか居ないのか、少年は、今度は八重歯を見せずに笑った。
「ありがとう、日向さんにそう言ってもらえて嬉しい。でも僕は現の世界であなたに会うことは出来ないんです」
「え?なんで?」

キリートも、ラスイルも黙っていた。

「僕は自分の半身を得ることが出来ず、ずっと夢現の世界に居ました。自分の影と対峙するほどの力も無いまま、この世界に長時間存在することの意味は、現実の世界で言うところの」
少年が言葉を切った。
「…」
(………昏睡…危篤状態)
日向がぽそりと呟く。
「さようなら、日和さん」







「おやおや可哀想に」
ラスイルは溜息混じりに言った。
日和の一瞬の隙を突いて、少年は彼女を強制的にこの世界から消してしまった。
さっき、ふらりと現れた吸血鬼のような風貌の男は見えない。
自分を見て何かを感じ取ったのか。
「自己中心的だと笑って下さい。僕は、機械を通じて現実の世界にあの書き込みを残すだけで精一杯だった。そこで自分の力を全部使い果たしました。影の捕獲は他人に任せきってしまった」
少年が立ち上がると、椅子も消えた。
「最後の力は影の捕獲に使えばよかった。でも、影を捕まえれば僕はこの空間から出なければならない。僕の場合は、それはつまり現実での死を意味します」
ラスイルの長い銀髪と、少年の茶色い短髪が揺れた。
作り出した柔らかな風が、有限なのか無限なのかわからないその場所を吹き抜ける。
「ここで会いたい人に会うことは出来た。夢と現の狭間を通り過ぎる人、僕が意図的に呼び出した人。
みんなみんな、さっきの日和さんのように、一瞬の隙をついて僕が消した。それでも死ぬ間際に僕があなた方を呼び出したのは………一人で死にたくなかったんです」
少年は途中、言葉を切って、自嘲気味に、八重歯を見せずに笑った。
「それも人の知恵でしょう」
青い目を閉じて、ラスイルは静かに言った。
「もう一つ、自己中心的にならせてください、ラスイルさん」
ラスイルは殆ど予知していたように、両手を少し翳した。
次の言葉を知っているかのように、髪を掻き揚げた。
「僕、『タイスの瞑想曲』が大好きなんです」

優しく力強い音色が現れた。
ラスイルが思い描いたのかそれとも少年か、音は無限に響き渡った。
少年の体は少しずつ輪郭を失っていくが、ラスイルの体のほうが消えていく速度が速い。
音の響きは失われることなく紡がれる。
自分の存在よりも音の存在に意識がうつっていくからか。
ただ、言葉を意識にのせていく。


「さようなら少年、堕天の魂を宿す私ではあなたを連れて行くことは出来ません」


やがて最後の一音を奏で終わり、弓を引いた瞬間、ラスイルは背中に硬いものを感じた。
視界には薄暗い無機質な天井。大きなスクリーンのようなそこに、人の形よりはるかに不自然に大きく、影が映し出されていた。
背中に感じたのは床だった。
燈していた蝋燭にはまだ余裕があり、一定の炎でもって辺りを明るく照らしていた。
まるで楽器を構えるように、ほんの少し胸の上に差し出していた両手が妙に空しかった。
――帰ってきた。
目覚めた、ではなく。
ゆっくりと体を起こす。
煌々ときらめく炎に映し出された影が、天井のスクリーンを大きく動くさまは、少し不気味な感じがする。
痛む肩を少しほぐして、ラスイルは呟いた。
「さてさて…夢か現か…」

―――幻か―





翌日、新聞の片隅に、いじめを苦に自殺を図り、長らく昏睡状態に陥っていた中学生の死が報じられていた。
善意の塊のような、影の無い八重歯の笑顔は、影にまみれた級友によって断ち切られてしまった。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号■PC名■性別■年齢■職業】

【2021■馬渡・日和 (まわたり・ひより)■女性■15歳■中学生(淫魔)】
【2070■ラスイル・ライトウェイ (らすいる・らいとうぇい)■男性■34歳■放浪人】
【1986■キリート・サーティーン (きりーと・さーてぃーん)■男性■800歳■吸血鬼】

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、相田命です。
今回は調査以来にご協力いただきありがとうございました。
人間の「影」というものが色々な形で書けていたら良いなぁと思いつつ(^^;
三者三様、三品で一つのお話「影」と纏めたつもりでございます。
端折ってるな、と思われる部分がありましたら、他の二品を読んで下さると嬉しいです。
ラスイル様と日和様の使った蝋燭や、少年とキリート様の最後の消え方など、「光と影」風に対照的な部分も多いと思われますので、どうぞ読み比べてやってくださいませ。

お三方とも「静なる美」を要素に持った方達でしたので、全体としてはとても静かなものになりました(笑)
絵的にも美しいシーンばかりを想像して書いてしまったのですが、いかがでしたでしょうか。


■ラスイル・ライトウェイ様■
はじめましてこんにちわ。
作中では影の止め(というのかアレは?;)と少年の葬送者を担当していただきました。
音楽の才もあり、力も強く、更に目で相手を戒めることが出来、そのうえ冷酷さ漂う美丈夫さん、ということで、かなり楽しませていただきました…!
タイスの瞑想曲が鎮魂歌に当たるのかどうかはちょっと疑わしいところですが、有名どころということで起用してしまいました。
全体の雰囲気として、「夢か現か幻か」、はっきりしない感じが出せていればと思います。
素敵なキャラクターで、書いていて、本当にこんな人が夢に出てきてくれないかしら、などと考えてしまったほどです(苦笑)
また機会などあれば是非お相手くださると嬉しいです。
ありがとうございました!