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<東京怪談ノベル(シングル)>


「遊んで下さい!」

「――そんなことを言われても困りますよ」
「こちらこそ、そんなことを言われても困ります!」
「私は今日中にこの本を読んでしまいたいのです」
「今日一日読まなかったからって死んだりしませんでしょう?」
「ではキミは今日一日私が遊ばなかったら死ぬとでも言うのですか」
「無論です!」
「………………」
 さすがの私も頭を抱えた。このいかにも世間のセールスマン・イメージを見事に体現した感じの男性は、どうしても私に遊ばせたいらしい。
「――キミの職業は、何でしたっけ?」
「セールスマンです!」
「どうして私が遊ばないと死ぬんですか」
「今日中に遊んでいただいた上でご購入していただかないと、私がクビになってしまうからです!」
「それでどうして私を」
「お金持ちのドーラクで買っていただけそうだと思ったからです!」
「………………」
 セールスマンはずいぶんと正直だった。そして声がうるさい。
「すみませんが、もう少し小さな声で会話していただけませんか?」
「はい! わかりました!」
「………………」
「ああっ、睨まないで下さいよ! これでも半角のビックリマークにしたんですから!」
 つまり少しは小さくなっていると主張したいようだ。
(まったく……面倒な人をあげてしまいましたね)
 私はこのセールスマンを屋敷の中に入れたことを後悔していた。何故”書斎に通したことを”ではないのかといえば、応接間に通すつもりがこのセールスマン、勝手にここまでやってきたからだった。
 私は大きく息を吐く。
「――まあ、購入するのは構いません。それでキミが帰ってくれるのなら。しかしその”遊んだ上で”という条件は何なのですか?」
「わが社の社風です!」
「………………」
 本日何度目かの、沈黙をした。
「やればきっと楽しいですよ! これです!」
 重苦しい私のオーラもなんのその、セールスマンは何やら大きなシートのようなものを取り出して床に置いた。円が8つ、描かれている。
「――これは?」
 どうやって遊ぶのか、予想のつかない品だった。私が少しばかりでも興味を持ったことを悟って、セールスマンは嬉しそうな顔で説明を開始する。
「身体全体を使って遊ぶゲームです! 円には1つずつ違う色がついているでしょう? 2人の人間がそれぞれ指示された色の円に、右手・左手・右足・左足をのせるんです! 色はこのくじで選んでいくんですよ!」
「………………」
 私にとっては問題外なゲームだった。
「残念ですが、私のこの脚では無理でしょうね」
 私は車椅子を操作して、机の脇へと出る。
「あ……!」
 車椅子は大きな机に隠れていたため、セールスマンには見えていなかったのだ。ちなみに車椅子のままなのは、彼のために応接間へと向かおうとしていたからである。
「そ、それでは確かに無理ですねぇ……」
 ここへやって来てから初めて、セールスマンが声のトーンを落とした。
(おや)
 あれだけ迷惑に思っていたのに、いざ彼の元気がなくなるとちょっと可哀相になる。
(そういえば、クビでしたよねぇ……)
 私のように無理やり売りつけられる被害者を減らすためにも、少々協力してあげましょうか。
「!」
 そう考えた時、閃いた。
「どうしました……?」
「試すのは、私でなくても構いませんか?」
「え、ええ! 構いません!」
「ではうちの運転手を連れてきて下さい。外にいるはずですから」
 私は笑顔で命令した。



「――セ、セレスティ様……わたくしにこれをやれと……?」
 おそらく何の説明もないまま連れて来られた運転手は、書斎の真ん中に敷かれているシートを目にするなりそう告げた。――怯えた声で。
「おや、このゲームを知っているんですね。ならば話は早い」
「やはり……」
 運転手は思い切り脱力する。
「仕方がないのですよ。私はこの脚でできませんから、くじをひきます。すると残るのはキミとそこのセールスマンですから」
「しかしこういうものは、女性が恥らいながらやるから面白いのでは?」
 運転手は、それでも何とか避けようと反論を試みる。
「おや、キミは女性と一緒の方がいいですか。ならば1人呼びま」
「いえいえ! そ、その人でいいです……」
 しかしそれは罠の材料にしかならなかった。
(面白いですねぇ)



 こうして私は、運転手とセールスマン”で”遊んだのである。
 そして最後には、ちゃんとシートも購入した。
(次は女の子と遊ばせましょうか♪)
 ひっそりと計画していることは、言うまでもない。





(終)